novel

Distance 10round Fainal Distance 3

 正直、成果が上がりすぎて、西水真久(すがい まさひさ)は自分でも驚いていた。

 初めに生徒会から直接に西水に依頼があった、校内の秩序を乱す教師、野島の行動制限に関する提案という内容には、いささか呆れていたのだ。

 野島など放っておけば、いずれ誰かに訴えられて逮捕されるようなことになりかねないやり方をしていたから、それでいいじゃないかと思っていた。

 校内のテリトリーに関することは先輩に聞いていたし、テリトリーを持つ者も知っていた。だが、彼らのことには興味はなかった。自分のテリトリーの管理くらい、自分で出来ないでどうするという気持ちもあったし、その管理が優れているらしい自分のテリトリーの視聴覚室でことに至る人間もいなかったので、気にしてもいなかった。

 だが、協定といおうか、そういうものが一応はあるので、協力しないわけにもいかない。

 生徒会が西水をアテにしたのは、視聴覚室がまだ使われていないことと、西水の背後の力だとはっきり言われた。
 生徒会長がアテにしているのは、背後の力。理事の一人である父親や、理事の知り合いのことが関係していたからだ。
 野島なんたらという教師は、その理事の一人の娘と結婚する運びになっていた。

このままの状態で理事の娘という権力を野島が手に入れると更に困る事態になるのだという。

 この学校には学院長はいて、理事長もいるが、基本生徒会が学校を仕切っている。よほどのことがない限り、生徒会が生徒の問題を解決することとされ、その実績から生徒会はただの飾りではない。

 その生徒の問題と教師の問題、この両方に野島は関わりがあった。 ある生徒が野島に無理矢理性行為をされたとして、生徒会に泣きついてきたのだ。

 何をされたかについては、詳細に資料があったが、正直、西水は野島の勘違いから始まっているんだなと意見を出した。
 野島はこの学校が同性愛に理解があるのを理由に、まるでそれが無罪放免とばかりにやりたい放題していた。

 アナル性行為の準備すらろくにせず突っ込む。
 アホかと馬鹿かと。
 お前はAVのアナル専門を見たこと無いのかと。
 女性の性器でも準備してやらないといけないものなのに、本来性行為をする場所でもないところで無理にしている自覚すらない。

 野島の被害はかなりあるようで、生徒会が調べだしてから、すぐに10人ほどの被害者がいることが解った。

 被害者は相手が教師であるということと、男に興味を持って近づいたことも関係していて、訴えるという気概はないらしい。それに長くて3年、短くても1年我慢すれば、野島から逃げられる環境であえて騒動を起こそうという気は出ないだろう。

 しかし、生徒会に被害者が訴えてきたことで、周りも放っておく訳にもいかなくなった。他にもテリトリーを野島に荒されて、そのテリトリー内で、テリトリーの主である人物の恋人を野島が襲ったこともある故に、テリトリー持ちの人間はみんな野島を危険だと思っていた。

 そうした事情が重なって、全員が協力することになった。
 その中で西水真久(すがい まさひさ)はテリトリー持ちではあったが、そこで誰かとことに至ることは一切無いという特殊な人間だった。

 西水が視聴覚室のテリトリーを貰ったのは、先に卒業した大学の人間からだった。なんでもその先輩は、テリトリーの主の条件に当てはまる人間が見つからずに、持ち越してしまったというのだ。

 そのテリトリーが西水に回ってきたのは、たまたま大学の映像編集の教授に会いに行った先でのことだった。
 西水は趣味で映像を作ったり、編集したりするのが好きだった。
 その影響を西水に与えた教授が大学に居て、そこで先輩と偶然会った時に、映像編集出来る人間の秘密の部活というものを教えられた。

 学院内で撮った秘密の映像を密かに編集して依頼主に渡し、報酬を受け取るというものだ。その中にはAVさながらの映像も含まれていて、外部に持ち出すわけにもいかない。だから、内部にそうした秘密を守れて絶対に漏らさない人間が必要だった。

 その活動内容に興味を持った西水は生徒会に紹介され、一つ仕事をしたところで、視聴覚室のテリトリー主として認められた。
 普段、西水は視聴覚室にある映像機器などの貸し出しなどもやっている。放送部でも貸し出しはやっているが、視聴覚室にある備品の方が高価なのだという。出入りの多い部に高い機材は置いておけば、盗まれたりしてトラブルの元になるので、普通に放送に使う分以外は視聴覚室の準備室内に隔離されている。
 その貸し出しをしながら、西水は依頼された映像編集をやっていた。

 その中である映像を頼んできたものの中に高等学校人気生徒というランク付けの妙な依頼があった。
 毎年やっているこのランク付けしたものは、動画と静止映像を織り交ぜた、所謂学校内の美人で可愛い子を紹介というものだ。一体誰が何の目的で観るものなのかまったく想像すら出来ないが、この一仕事で三千枚が毎年捌けるというのだから恐ろしい。

 その後に映像編集に関わるようになった西水はその存在を初めて知った。頼まれたものを仕上げていく中で、一人だけ西水の目を惹く人間がいた。

 それが南几光(あい ひかる)だった。
 紹介文を見ると、明るくて可愛い、クルクルした表情、笑顔が人気の秘密だが、ノンケなため人気ランクは下の方だった。一年の最初の頃に女子校の子に失恋をしたらしく、恋人はその後出来なかったのである意味お買い得な時期だという。
 その写真を長く見つめていて、西水は昔のことを思い出した。

 自分のことを「まーくん」と呼んで、暫く自分の周りを付きまとっていた子。西水はその子のことを、名字のあいから取って「あいちゃん」と呼んでいた。

 だが、幼稚舎を卒業すると、「あいちゃん」には二度と会えなかった。
 ずっと傍にいて「まーくん」と呼んでくれ、面白くもない性格をしていた西水に唯一笑いかけてくれていた存在がいなくなった。居なくなって初めて、自分は「あいちゃん」に如何に自分を慰めてもらっていたのかを知った。

 それから、西水は自分から笑うようになった。
 次に「あいちゃん」に会った時は笑って会いたかったから。

 だが、その目的も次第に人を欺くような笑顔にすり替わった。所詮自分はそんな人間なのだと分かってしまった。
 誰とでも親しくしながらも、誰とも深く繋がることなく過ごしてきた西水のところに舞い込んできた「あいちゃん」の消息。

 南几光(あい ひかる)。絶対に間違いない。「あいちゃん」だった。
 西水はそれから光のことを調べた。

 幼稚舎卒業のころ両親が事故で亡くなり、親戚の家に預けられていたこと。中学校までは公立だったが、大学進学の為に高校でこの学校へ戻ってきた。

 親戚は光の両親の遺産から出る養育費を誤魔化し、残りの金額を着服していたことがバレ、光の親権などを剥奪されていた。現在の光は光の母親方の祖父に親権が移り、光は都内で一人暮らしをしている。
 祖父は有名な政治家だったが、母親が南几の父親と駆け落ち同然で家を出たことを恨んでいて、その息子であり、父親ににている光のことには関わりたくないと思っているらしい。

 なるほどと西水は納得した。
 光が居なくなった理由や、戻ってきた理由。その両方に説明がついた。
 だが、光の前に何度姿を見せたとしても、さすがに幼稚舎の頃のまーくんから今の西水を想像するのは難しい。
 なんとか接触を持つ方法を探そうとしていた矢先、野島の件が舞い込んできたのだ。

 最初は野島などに構ってる暇はなかった。だが、次の標的がどうも光になりそうだと言われて、西水は焦った。
 光の友人の中道に近づいていた野島は、中道から光に目を付けたらしい。しかも光の方は野島に懐いてるという。

 確実に光が食われるのが分かっていて、指を咥えて見てるわけにはいかない。
 そうした時、野島が結婚する話が回ってきた。親経由だ。
 野島は学校内の教師には内緒で、理事の一人娘と結婚するというのだ。 

 そんな情報が入ってきたので、西水は生徒会長に話を回した。
 南几光の処遇を西水の好きにしていいなら、野島退治をしてやってもいいという条件だ。
 生徒会長は呆れていたが、それに乗った。

 そうして野島包囲網が出来、西水の罠に野島を送り込むことに成功した。野島は光に体が安定する薬だと言って、一種の精神安定剤を渡して飲ませていた。それは相手の思考回路を弱らせ、眠らないが思考回路や体の動きが鈍くなるものだ。ここまでは証言で予想出来ていたので野島は光にも飲ませるだろうと。

 しかし、目の前で繰り広げられた、野島が光にしようとしていることに我慢がきかなかった。
 俺の光に触るな。
 いろいろな怒りが溢れて、野島の行動を止めていた。
 本当はもっときわどいところまで撮影しておくはずだったが、そんなのは他人の予定だ。自分の心には嘘は付けない。

 けれど光の姿を見ていてただでさえ高ぶっていた西水は、思わず野島を追い詰める為に用意したものを光に使った。
 目の前でほとんど全裸な姿を見せられて、紳士な態度は取れなかった。 おまけに光の思考回路は薬で弱っていた。つけ込むのには好都合だった。

 光が手に入るなら、どんな方法でも良かった。
 その時はそう思った。
 だが、それは間違いだった。

 今や見たかった光の笑顔を凍り付かせる原因がこの自分なのだ。
 絶頂を迎えて我に返った後の光は、いつも困惑した表情をしていた。 西水のことをどう見ていいのか分からないという表情だ。
 ここまでやっても西水は光の心が読めなかった。

 あの映像があるから脅されているとはいえ、光がここまで従順に従ってくるのが分からない。
 あの友人の伊吹とやらに言ったようでもないし、西水について何か尋ねて弱みを握ろうとしたりもしない。
 そもそもその気概がないのか。

 こんなのでは、野島の時になにかあったとしても光はこうやって黙ってやり過ごしたのだろうか。
 いや、それ以前に自分はその野島と同じことをしている。

 そのことにはずっと前から気付いていたが、知らないふりをした。だって光が傍にいる。それが嬉しかったから。

 だから、暫く知らないふりをした。
 でも結末なんて、とっくに予想出来ていた。

 西水の情報から野島を大人しくさせる方法に、生徒会長はついに野島を学院から排除する方法を取ることにした。

 野島が被害者の一人一人に接触しようと試み、さらには西水の父親に接触しようとしていたからだ。ここで野島を西水に信用させるようなことをされては学院側も困ることになる。

 その野島から逃げて、沈黙を守っていた被害者一人一人が情報を持って生徒会に泣きついてくる結果になり、被害者は15人になった。おかげで野島が学院に来てからの被害がはっきりとしてきた。
 野島は二ヶ月に一人を選びターゲットにして薬を飲まし最悪のセックスをすると被害者の写真を撮って脅す方法をとっていた。

 校内に薬を使った強姦魔がいる結果に、生徒会もとうとう生徒間の問題ではないとして、理事長に報告をあげた。学院長を飛ばしたのは、理事の関係で、学院長が強く出られない可能性が高いからだ。

 そうして理事長は、一人一人の被害者から事情を聞き、被害がはっきりしたので、野島をとうとう懲戒免職にすることに決めた。

 当然、理事会が開かれ、その中にいた野島と来月結婚するはずだった娘を持つ理事は信じなかったが、理事の一人である西水の父親が、息子がその現場を目撃し被害者を一人救ったことや、被害者が嘘を付く必要性がまったくないこと、さらには被害者一人一人にその後に連絡を取ろうとしている様子から、被害者に脅迫をしていた事実も出てきたことを上げた。

 学院は生徒の教育と共に生徒を守るのが仕事のはず。その生徒が被害にあっているのに、娘の結婚相手だから庇うのか、彼をこのままこの学校に置いておくと、理事の立場を利用して、さらに被害者を増やす口実になる可能性もあるがどうだ? 強姦魔のいる学校と噂されたら、この学校だって無傷とはいかなくなるが責任は取れるのか?と問うと理事の一人は押し黙った。
 娘のためとはいえ、その娘の願いを優先させれば、すぐにその理事という職を失うこになるのだ。それが解っていて庇いきる気はないらしい。

 理事会は満場一致で、野島教師の自主退職勧告を出した。
 混乱したのは野島だろう。少しの被害者なら誤魔化せていたことだったし、理事が自分のことを買ってくれていたこともあったから庇ってくれると思っていたのに、出されたものは自主退職勧告だった。しかも理事からは来月結婚のことも白紙に戻された。
 内容が内容だけに学院側は表沙汰にはしたくない。生徒の気持ちを考慮してという言い訳を立てて、野島にも教職を失いたくはないだろうと脅しをかけて追い出したのである。

 しかし野島はただの職がない教師では済まずに、教師としての職もどこからも与えられなかった。
 教育委員会の中に生徒の親の知り合いがいて、野島の情報を裏からバラまいた人がいたらしい。薬を使って生徒に淫らな行為を繰り返し行い脅迫までしていた教師など何処も雇いたいとは思わないだろう。ただでさえ、トラブルは即新聞沙汰である。
 やっと野島の件が片付いた今、西水は目を背けていた事実に向き合うことにした。
 光を視聴覚室に呼び、編集をしている作業室に通した。

「ここ、何やってるところ?」
 光が興味深そうに眺めていたが、説明する必要はない。

「光、これ」
 西水はテーブルの引き出しからあの映像が入っているDVDを取りだした。

「光を解放させてあげる。もう俺の相手をしなくてもいい。脅す材料も……こうする」
 西水は言って、そのDVDを真っ二つに割って、更に編集していたDVDも割った。

「これは本物だ。他にコピーはないし、データも残ってない。これで本当に光を脅すものは、俺の手元にはないことになる」
 いきなりの西水の行動に光も頭がついていかないのか、呆然としている。じっと破片になって使い物にならないロムを光は凝視していた。

「もう……ないの?」
 震える唇がやっと言葉を吐き出したように呟いた。
 光がそう疑うのも分かる。だが、本当になかった。

「ないよ。もう光は自由だ」
 そうはっきりと告げると、光がふらつきながら視聴覚室を出て行くのを見送った。

 結末なんて、分かっていた。

 光にとって西水はただの脅迫者であり、野島となんら変わりない。脅迫する者と脅迫される者、そんな関係がいつまでも正常に続くわけがない。いつかは破綻して終わることで、二度と戻るものではない。
 続けていればずっと光を脅し続けていくことになる。確かにそれで光は自分に逆らわないだろうが、そんなことで光が手に入ったとはいえない。
 西水がやったことは、西水が終わらせるしかない。

 分かっていた、結末なんて。
 そう言い聞かせていても、西水はその場から暫く動くことすら出来なかった。

 光を二度も失うことになった。
 それも二度と会えないような、残酷なことをして、最悪のものを残しただけだ。

 西水が見たかったのは、光の笑顔だ。
 その笑顔が戻るなら、自分のところに居ては駄目なのだ。
 手放すことが光の為、そして自分の為。

 結局、西水は自分は最低の人間だと再確認した結果になってしまい、不意に笑いが漏れた。

「何処に居ても、俺は俺でしかないんだな」
 自嘲した笑みを浮かべて、西水はDVDの残骸を袋に入れ、それを持って視聴覚室を出た。