novel

Distance 2round カウントダウン 2


「み、見てわからねえのかよ」
 仲川がそう答えが男が見ているのは卓巳の方だった。

「お前に聞いてねえ。そっちの、俺、邪魔か?」
 男は仲川を睨んで言って、もう一度卓巳に視線を戻して聞いた。

 ここは助けてくれるというのだろうか。一瞬迷ったが、このチャンスを逃すわけにはいかないだろう。
 卓巳は必死に首を横に振った。

「じゃあ、助けて欲しい?」
 男の言葉に必死で首を縦に振った。何度も頷いた。

「なに、勝手なこと言ってんだよ!」
 仲川が叫んで、卓巳の上から退くと、男に殴りかかった。
 だが、男はさっとそれを避けて、反撃に出た。仲川の腹に蹴りを一発入れたのだ。

 仲川は無様に床に転がって呻いている。
 手慣れてると卓巳が思ったのは間違いないらしい。どう考えても、さっきの戦い方からして仲川とこの男の差は歴然としている。
 男は転がっている仲川には目もくれず、卓巳の方へ近寄ってきた。

「あーあ、可哀相に」
 男はそう言って、卓巳の口の中に詰め込まれていたタオルを取ってくれた。

「は……」
 やっとまともな空気が補充されて、卓巳はホッとした。

「こんな綺麗な顔殴るなんて、どうかしてる。それに拘束? これ、レイプか」
 ベッドに括られていたネクタイも解いてくれた。ゆっくりと体を起こしてくれ、ブレザーの前を閉じてくれた。

「あ、ありがとう……」

「どう致しまして」
 男はニッコリと笑って言うと、ふっと仲川の方を向いた。

「さて。問題はこの男だが」
 どう始末つけてくれようという顔つきだった。これがレイプ未遂で更に暴力を振るっているということが怒りにあるようだった。

「お、俺じゃない! そいつが誘ったんだ!」
 仲川はいきなりそんなことを言い訳した。

「じょ、冗談じゃない! お前が嘘の手紙で呼び出したって!」
 卓巳がそう叫ぶと、男はふーんと言って卓巳に手を差し出した。

「証拠は?」

「あ、これ……」
 ブレザーのポケットに入れていた手紙を取り出して渡した。

「へえ、これで十分証明出来るな。この熊木ってのに聞けば、これを書いたか書いてないかも解るし、お前がこれを誰かから受け取ったなら証人がいるはずだ。更に、お前が書いたとなれば筆跡鑑定も出来るわけだ。当然、指紋だってお前とこいつしかついてないだろうし、このメモのはし切れだって、十分出所が解る」

 男がつらつらと証拠を挙げていくと、さすがに言い訳が通用しないと思ったんだろう。仲川はだっと駆け出し、保健室から逃げ出したのだ。

 あまりのあっけなさに、卓巳は呆然としていた。

「あらま。脱兎のごとくとはよく言ったもんだ」
 男はふうっと息を吐いて、ベッドに腰をかけた。

「にしても、あんたも無防備過ぎるな。こんな手紙信用して」
 そう言われて卓巳は、確かに迂闊だったと思った。メモが仲川からという時点で怪しむべきだったのかもしれない。

「……迂闊だったと思う。あんなのでひっかかるなんて」

「で、これ信用した訳は?」

「熊木は本当に保健室にいたんだ。場所は書いてないけど、教室で聞いたら荷物を保健室に運んだと言ってたから、それで帰る前に何か話があるのかと思って……」
 卓巳がそう言うと、男はさっとベッドから立ち上がって、保健医の机の上にあったノートを見ていた。

「1-3の熊木。確かにいたな。で、どうやら保健医と一緒に病院に向かったらしい。タッチの差か。友人という餌で釣って、保健医がいないのを確認しての計画的犯行。案外、頭が働くな」
 そう言われて卓巳は絶句しかけた。そこまでして仲川は自分をどうにかしたかったのかと。
 それもあんなことをしようとしたなど、想像以上におぞましい。

 カタカタと今更、歯が鳴っている。体が震え出し、両手で自分を抱えないとどうにかなりそうだった。

 そうした時、ふわっと包み込むように、男が卓巳を抱いてくれた。
 とんとんと背中をさすられて。

「俺がいるから大丈夫だ」
 そう言われたとたん、ぶわっと涙が出た。普段はこんな泣き方なんてしないだろうと思う程、子供っぽい泣き方だったかもしれない。しゃくり上げるような泣き方で、最後の方には訳が解らなくなってしまった。

 男は、苦笑して、常備してあるタオルを冷やして、卓巳の目元や少し腫れた顔を冷やしてくれた。

「ごめん。あ、そうだ。貴方の名前聞いてなかった。何かお礼を」
 卓巳はそう言って男を見上げると、男はニコリと笑って。

「ああ、俺は北上神威(きたにわ あきら)。1-1だ。あんたは?」

「俺は、1-2の東稔(とね)卓巳」

「ふーん、卓巳ね。そうだ、卓巳、お前ワイシャツの替えとか持ってないよな?」
 名前を確認したあとにそう言われて卓巳はキョトンとした。いきなりな質問だったからだ。

「え? 持ってないけど、なんで?」

「そのまま帰るつもりか?」
 そう言って指を刺されて、卓巳はハッと気づいた。このままの姿では、到底何処にもいけない。

「ど、どうしよう……」
 これでは帰った時にさすがに母親にも聞かれるだろう。何があったのかと。

「俺の予備はあるけど。ちょっと待ってな」
 北上神(きたにわ)がそう言ってベッドから立ち上がった時、思わず卓巳は北上神のブレザーのはしを掴んで止めてしまった。

「あ……ごめん」
 パッと手を離すと、北上神は。

「ちょっと来い」
 そう言って保健室のドアの前まで卓巳を連れて行くと、自分のブレザーから定期入れを出して卓巳に渡した。

「ここに書いてあるのが合言葉だ。それ以外の奴が何を言っても、ここの鍵は開けるな。いいな、卓巳」
 北上神はそう言うと、さっと保健室を出て行った。
 卓巳はすぐに保健室の内鍵を閉めた。

 北上神が戻ってくるまで、卓巳には随分長い時間だったと思う。外を行き過ぎる生徒の声に怯え、どうか来ないようにと願いながら、北上神が戻ってくるのだけを待っていた。

 それから暫くして、コンコンと保健室のドアがノックされた。

「言うぞ」
 北上神の声だ。ハッとして定期を見ると。

「有効期限、200X年、4月○日〜5月○日。購入日、4月○日」
 それはピッタリと一致していた。

 それを確認して鍵を開けると、北上神はドアを開けて入ってきた。そしてまた鍵を閉める。

「こ、こんなの空覚えしてんの?」
 定期を指差して言うと、北上神はニヤリとして。

「当然」
 と、答えたのだった。

「ほら、ワイシャツ。サイズは全然合ってないけど」

「ありがとう」
 ホッとして卓巳が微笑むと、北上神はポンッと卓巳の頭を叩いて、傍にあった椅子に座った。
 卓巳はすぐに破れたワイシャツを脱いで北上神のワイシャツに着替える。

 だが、180センチはある北上神のワイシャツが、165センチしかない卓巳には大き過ぎた。
 かなり不恰好だが、袖は折ってなんとかなるし、裾はズボンに入れてしまうからいいとして、ちょっと首周りが微妙な感じだ。

「ネクタイはやめとけ。余計不恰好になる」

「だけど、これじゃ。母さんに何があったのか問い詰められる……」
 卓巳がそう言うと、北上神はふーんと考えて、それから言った。

「じゃ、その説明、俺がさせてもらう。だから、卓巳は俺が言うことに頷いていればいい。襲われたなんて言わないで上手く切り抜ける方法思いついたから」

「え?」

「任せとけ。助けてやるって言っただろ」
 北上神にニッコリと笑って言われて、卓巳は頷いていた。

「う……うん」

 なんだか不安だが、自分ではどうにも説明が出来ないし、まさか、仲川に襲われたとは言えない。それこそ母親が卒倒するだろう。

 だが、北上神はなんて言うつもりなのか。





 玄関に田上を待たせていたことを卓巳は思い出し、北上神と慌てて向かった。

 相当待ったにも関わらず、田上はまだちゃんと玄関にいた。
 だが、やってきた卓巳を見て、田上は叫んだ。

「な、な、ななんかあったのか!?」
 呂律が回らない口調で言ったが、それをすぐに北上神が押さえ込んだ。

「うるさい。あんま目立ちたくねえから、歩きながら話す」
 いきなり現れた北上神に、田上はまた混乱している。

 とにかく玄関前で目立ちたくないので、校門を出てから、北上神が田上に事の顛末を話して聞かせた。

 さすがに、仲川が、こんな大胆な作戦を思いつくとは思ってなかったらしく、田上は蒼白していた。

「やっぱ、俺もついていけばよかったんだ……」
 暢気に、遅いなと玄関で待っていた自分が許せないらしい。

「田上のせいじゃないよ。俺がもっと考えて行動すればよかったんだ」
 卓巳はすぐにそう言い返した。

 そういう二人に、北上神は仲川がどういう存在かを聞いてきた。

「編入してきて最初に東稔が親切にしたってだけで、東稔のことに執着してさ。俺らのことも鬱陶しそうに見るし、休みとかでも図書館までついてきて、相手にされないと暴れて迷惑かけるし。とにかくさ、東稔を自分のものにしたいって感じ」

 余程田上は仲川に怒りを感じているらしく、あれこれと詳しく北上神に話して聞かせる。

 こう聞いていると散々な目に自分は合っているんだと実感できる。

 だが、それを聞いている北上神は、とにかく田上の話したいままに話させていて、相槌を打って、時々質問しているだけだ。

 確かに助けてくれるとは言ったが、どうしてここまでやってくれるのかが解らない。

 他人にあまり関心が無い卓巳には、北上神という人間を詳しくしらない。
 1組ということは、頭はいいのだろうが、1組とは付き合いのある友人もいないから、どういう人物なのかも聞いたことは無い。
 そういえば、この1年になるまでに北上神の名字すら聞いた覚えが無い。 

「でさ、北上神は何か案がある?」
 田上と北上神の話は、何処まで進んだのか解らないが、いきなりそんなことを言い出す。

「そうだな。暫くは卓巳に誰か付いているしかないな。同じクラスなら田上がいるし、送り迎えは、家の方向が同じの俺でいいだろう」
 北上神はそう簡単に答える。

「でも、家にいる時に来たりしたら……」
 田上はそこまで仲川がしてきそうだと思っているから、なんとかしたいと思う。だがそれの手段が思いつかないでいた。

「それは、こっちで考える。まあ、手はある。任せな」

「あの、言っちゃ悪いけど、東稔の母親はちょっと難しいと思うけど」
 最初の頃、散々卓巳の母親にあれこれ言われた田上としては、現状、北上神が母親に上手く取り入ることが出来るのか?という疑問があった。

「そういう母親にはちゃんと対応があるんだぜ」
 北上神はニヤリとして言った。

 本当にあの母親に対して、嘘の言い訳が通用するのかどうか。
 どうでもいいが、田上はすっかり北上神を信用しているようだ。

 電車の中で、田上と別れた、卓巳は北上神と自宅に向かって歩きながら、少し溜息をついた。