novel

Distance 2round カウントダウン 3


 玄関に入ってすぐ、母親が奥から出てきた。だが、卓巳と一緒にいる北上神(きたにわ)を見て、少し胡散臭そうな顔をし、更に目ざとく、卓巳がネクタイをしていないのに気が付いて、異変を察したようだった。

「た、卓巳、一体何が! これはどういうことなの?」
 ワイシャツを掴んでそう言うパニックを起こしかけている。

「あ、あの……母さん、聞いて」
 とにかく落ち着かせないといけないと母親の肩を掴む。

 すると、隣にいた北上神が。

「申し訳ありません」
 そう言って頭を下げたのである。

「え? え? 北上神?」
 何が起こったのか解らなくて焦る卓巳と、急な展開に驚いて、パニックが収まった母親。

「実は、卓巳君が同級生に絡まれていて、助けようとしたのですが、声をかけたタイミングが悪かったのか、相手が掴んでたワイシャツが破れてしまったんです」

 北上神はそう嘘を言った。

 えーーーーーーーーーー?
 呆然とする卓巳を余所に、北上神の嘘は続く。

「相手が柔道の経験者で、それがわかったのが、その時で、一応空手の経験があるので、俺が対応したんですが、ちょっと蹴りが入ってしまって。もう少し上手く対応出来ればよかったんですが。それでもし卓巳君に逆恨みでもしたら申し訳ないと思って、送らせて貰いました」

 嘘つき過ぎだ、北上神……。
 くらくらしてくる卓巳。

「ま、まあ、そうだったの?」
 意外や意外、母親の方は、それで納得しかけているようだ。

「う、うん、そう」
 卓巳は頷いておく。北上神がそう言っていたからだ。

「相手が柔道経験者だなんて……何故もめてたの? 卓巳はそんな喧嘩をするような子じゃないのに」

「いえ、それが卓巳君はもめていた理由を言わなかったのですが。少しだけ聞こえた内容では、電話がどうのこうのとか」
 北上神がそう言うと、さすがに母親も相手が誰なのか解ったらしい。

「ま! それ、仲川って人じゃないの!?」

「う、うん……」
 卓巳は仕方なく頷く。まあそれは間違ってはいないことだったからだ。

「電話をやめてくれるように言ったら、掴みかかってくるなんて、なんてことでしょう!」
 母親は激高している。

「電話魔なんですか? その人」
 北上神は仲川のことを詳しく聞いていたくせに、わざわざ母親にそのことを聞いている。

「ええ、そうなのよ。毎日毎日何回も電話をかけてくるんですよ。取り次がなかったら、折り返しで、着信拒否すれば、別 の電話からって。もうホントに困ってしまうんですよ。向こうの家の方にも言ったんですけどね。子供のことだとか言って躾もなにもあったもんじゃありません」
 よほど、母親は鬱憤が溜まっていたらしい。聞いてくれる相手がいることでそれが一気に溢れ出したようだ。

「そんなに酷かったんですか……それは知りませんでした。卓巳も言ってくれれば……」
 そう言って北上神は少し責めるように卓巳を見る。

 んなこと知ってるくせに!
 思わず怒鳴りそうになるのを卓巳は必死で抑えて答えた。

「いや……そこまで北上神に甘えるわけには」
 たぶんこれは話を合わせておくべきなのだろうと判断出来た。

「そうは言っても、相手は柔道経験者だろ。卓巳に相手出来るとは思えないよ」
 北上神は凄く心配しているような顔でそう言ってくる。

「う、うん、そうだね」
 白々しい……。てか、なんて演技力なんだ。

「そいつ、卓巳が優しいから、そこに付け込んでるんだ。何とかしなきゃな」
 北上神はそう言って、難しい顔をする。

 母親もどうしていいのか解らないという顔をしている。

 いくら言ってもやめてくれないし、電話番号を拒否しても無駄。かといって家の電話番号を変えても、多分調べてかけてくるに決まってる。
 更に向こうの家に言っても、子供のことと言って相手をしてくれないときている。

「あの、お母さん」
 北上神は何か思いついたらしい顔をして真剣に母親に聞いた。

「え? 何かしら?」

「その人は、今は電話をしてくるだけなんですね?」

「ええ、それが?」

「ということは、家の場所は知られてないんですね」

「あら、でも生徒名簿があれば……」
 そう母親が言った時、母親の顔色が変わった。

「家に来るかもしれないって事かしら! 嫌だわ! 土日は卓巳一人なのよ!」
 さすがに状況が解ってきたらしく、一人で大慌ての母親。

 だが、そこで北上神が言った。

「あの、良かったら、俺が力になります」
 こう言ってくる北上神を母親は少し驚いた顔をして見たがふっと力を抜いて言った。

「えっと、北上神さんでしたわね」

「あ、自己紹介が遅れました、北上神威(あきら)と申します」

「どうも、卓巳に母です。こんなところで失礼しました。どうぞ中へ入ってくださいませ」
 母親はニコリとして北上神を中へ勧めた。

 そういえば、初めて来た人物が、うちの中に簡単に入れたのは、北上神が初めてかもしれない。
 呆然として北上神の背中を見送ったが、すぐに母親がやってきて。

「ほら、卓巳、何ぼっとしてるの! 北上神さんと今後のこと話さないといけないでしょ」
 そう言われて、卓巳はハッとした。 これが北上神のうちの母親に対する対応かと。

 だが、こうも簡単にやられるとは思わなかった。
 呆れながら、卓巳は居間へと入っていった。
 



 ソファに座って話しているのは、殆ど母親と北上神(きたにわ)だ。
 とにかく仲川に対して、どうするかという話なのだが、どうも妙なことになってきている。

「それで、土日は俺のうちで面倒を見てもいいと」

「それは悪いわ。おうちの方がどうおっしゃるか」

「いえ。父も仕事で忙しいですし、家にいるのは俺くらいなもので。俺が友達を連れてきたくらいじゃ何もいいません。卓巳みたいな友人なら歓迎はしても、文句も出ませんよ」
 そう言って北上神は笑顔を振りまいている。

 そう、母親が急に態度を変えたのは、北上神の家庭環境を知ったことからだ。

 北上神威(きたにわ あきら)は、キタニワグループの御曹司だった。キタニワは、国内では有数の資産家で、企業家。ホテルやらレストランなど、様々な企業を経営しているらしい。父親は現社長でワンマン社長。先代の資産を使い、様々な成功を収めた人で有名だ。

 北上神も、この年ながら、ソフトの開発などを手伝っているそうだ。
 しかも、北上神の容姿も母親が気に入ったところだ。

 長めの髪なのだが、邪魔にならないようにしているが、見ように寄ってはだらしないと取られてしまうところ。カバーしているのは、顔の造りのよさだろう。

 スッと伸びた鼻梁に、細めの瞳、唇も薄く、顎はスッと尖っている。焼けてない肌もシミ一つない綺麗な肌で白い。身長も高いが、背格好はやはり運動を殆どしない自分とは違って、筋肉があるが、それも無駄 な筋肉ではないから、細身に見える。

 あの仲川だって、柔道をやっているからかなりの肉体をしているし、力も敵わなかったが、北上神から感じるのは、そういう圧迫感ではないのは確かだ。

 こういうのを綺麗でかっこいい男というのだろう。
 特に女性には気に入られるはずだ。
 ふうっと卓巳は息を吐いた。
 殆ど話は聞いてなかったかも。

「卓巳、疲れてるのか?」
 声をかけられてハッとした卓巳を北上神が覗き込んでいた。

「あ、いや……」
 疲れてはいる。頭の中がごちゃごちゃしていて、纏まらない感じだ。

「卓巳がこんなに疲れているのに、すみません。こんな話込んでしまって、俺はそろそろ帰ります」
 北上神はそう言うとスッとソファを立った。

「まあ、こちらこそ、色々と相談に乗ってもらって助かりました。それにお食事でもと思ったのですが」

「いえ、それはまたの機会にでも。今日は大丈夫だろうし、一旦帰ります。何かありましたら、こちらまで連絡下さい」
 そう言って、北上神は自分の連絡先を書いてある名刺を差し出した。

 そこには、自宅と、もう一つ別の番号と、携帯の番号が書いてあった。

「自宅は、あんまり居ないことが多いので、この下の方に。携帯も日中は学校ですし、電源はあまり入れてませんから」
 北上神がそう説明すると、母親は感謝をしてそれを受け取った。

 どうやら、仲川に対しての文句を全部北上神が聞いてくれて、それに賛同してくれたことが大きな要因だろう。

 玄関まで母親が送っていって、丁寧にドアを閉めるまで礼を言っていた。
 母親が居間に戻ってくると、もう感激という表情を隠そうとはしない。

「本当に、北上神さんって人間が出来てる方ね。あんな人が友人だなんて、お母さん知らなかったわ」

「あ、うん」

「ああいう方ですから、こちらに迷惑がかかるような事はなさらないからかしらね。やっぱり、同じ年でもこんなに違いがあるんですもの。友人は選ばないとね」
 母親はそう言って、夕食の支度に入った。
 そんな上機嫌の母親を見て、卓巳はまた溜息を吐いた。

 ここまで母親に信用された北上神を、実は今日初めて知り合ったとは言えなくなった。

 それに北上神は、自分と知り合ったのは最近で、しかも北上神が腹痛を起こして廊下で蹲っているところを、卓巳が助けて保健室に連れていったということにしてあるのだ。

 抜かりが無い。

 最近なら、とても新しい友人が出来たとは母親には言えない状況だし、それも母親には解っていた。
 電話魔の仲川がいるから、北上神は電話をしてこなかったと母親は勝手に解釈しているのだ。

 卓巳にとっては、今日は助かったのだが、北上神がどういう意味で、ここまで助けてくれるのかが解らない。自分には利用するメリットはないだろうし、北上神の背景からもそれはないだろうと思える。

 だったら、一時の遊びみたいなものだろうか?
 そんなことを考えながら、部屋で制服を着替えた。

「あ、このワイシャツ洗って返さないとな」
 自分にはかなり大きいワイシャツ。袖を戻してみると、手の長さもう一つ分くらいある。
 首周りも、丈も随分違う。

「つくづく、嫌味な男だな」
 思わず卓巳は呟いてしまった。

 自分も北上神みたいだったら、今日みたいなことがあっても、自分で対処出来たかもしれない。

 母親に平然と嘘をつくようなことはしたくなかったが、その嘘で母親が安心するなら、自分だって嘘をつくだろう。

 その辺は北上神には解っていたということだ。

 どこまで計算高いというか、策士というか。
 人の心を上手く手玉に取るというか。

 悪い印象はないが、何処か信用していいのかどうか、判断がつかないでいる。

 仲川のせいで、疑うことに慣れていたのかもしれない。

 こういう自分は嫌だ。
 出来れば、人は信用したい。
 馬鹿だとは思うが。

 さっと思考を止めて、卓巳は着替えを終えると、下へと降りていった。







 一方、卓巳の家を出た北上神(きたにわ)は、ふっと家を振り返ってニヤリとしていた。

 駅に向かいながら、我ながらよくやったと思うと笑いが出そうになる。 まずは母親を陥落。

 案外簡単なものだった。人を疑うことは疑うが、基準が違う。いいところの出身なら誰しも人間は出来ていると思う思考だからだ。

 とりあえずは、卓巳との友人という地位を手に入れた。
 後は、卓巳の信用を絶対にすること。

 それには少し、利用しなくてはならないものがある。