novel

Distance 2round カウントダウン 13


「え? 泊まり?」
 卓巳が驚いて聞き返すと、父親と母親は少し困った顔をして頷いた。

「なるべく、泊まりでない方法をとお願いをしたんだが、先方が譲れないのだと言ってきてな。明日なんだ」
 父親の会社の関係上、その取引先からの誘いは無視できないものなのだという。

「急に北上神くんにお願いしても問題はないだろうか?」

「う、うん、それは聞いてみるけど。北上神にも予定ってものが」
 そうなのだ。北上神は明日は来れないことになっている。

 それはいいのだ。いつも付き合ってもらっているから、忙しい北上神にもやらなきゃならないことがあるのは十分に理解している。

 明日は田上たちと一緒に図書館で遊んでから家に帰る予定にしていたのだ。

 それが、いきなり三日も両親が居ない状態になるとは。

「玖珂さんの方も、大丈夫なように用心して見張るとは言ってくれていたが。探偵の方が心配でな」
 仲川が雇った探偵が信用出来ない人柄だったから、余計に心配になってきたのだろう。
 仲川が動かなくても、探偵が動くかもしれないと。

「……北上神にも聞いてみる」
 卓巳はそう言ったが、明日くらいは一人でも大丈夫だろうと思った。

 結局、両親が不在であるということは、北上神には相談しなかった。
 家に閉じこもっていれば、問題はないと甘いことを考えていた。




  

「うわー目立つなあ」
 田上が小声で呟く。

「あれで気付かれないとかいうのは嘘だと思うに一票」
 熊木はクロスワードが出来たと手を上げて言うのと同時に呟いた。

「俺も」
 田上も手を上げる。

 この図書館に、スーツの男は珍しいことはない。休憩する振りをするサラリーマンもいるくらいだからだ。でも、あれはない。高級スーツの男、例の探偵は十分に浮いている。

 卓巳もクロスワードが出来たという合図と共に手を上げた。その意見には賛成したくなる。

「俺も」

「だよな」
 隣に居た田上が解答を覗き込む振りをしてこそっと言う。

「俺様探偵」

「間違いないなそれ」
 熊木が賛同する。

「ネーミング大賞だ」
 卓巳も調子に乗って言ってみる。全員でその笑いを我慢する。

「ここまで気付かない振りして来るの苦労したんじゃないか?」
 今日は一人で家を出てきたから、あれに遭遇した時は、正直卓巳も笑いそうになってしまったのだ。

「あそこまで目立ってると、不用意に気付かない振りするの無理かもと思ったくらい」
 卓巳はそう言って苦笑した。


 そうして昼には近くの喫茶店に入って昼食を採った。
 さすがに喫茶店は狭くて、あの探偵も入っては来れない。

「俺、こんなに笑いたいの我慢したの初めてかも」
 リラックスした田上が言う。

「我慢大会だよな」

「ちょっとトイレ」
 卓巳はそう言って席を立った。

 ここなら一人でも大丈夫だからだ。トイレには一人しか入れないし、探偵はいない。
 そう思ってトイレから出ると、客が一人待っていたらしい。

「あ、すみません」
 卓巳が横へ寄ると、その人は少しじっと卓巳を見ると言ったのだ。

「仲川は近くに来ている。どうやら探偵から両親不在のことを聞いての行動らしい。十分注意して。帰りは送ってもらうように」
 そう言うと、その人はトイレに入っていった。

 卓巳はハッとして振り返ったが、その人はそれを言う為に来た、玖珂の部下だった。
 真面目な風体だった時とは違い、ライダースーツだったので気が付かなかったのだ。

 事務的ではあったが、今、恐ろしいことを言った。卓巳はなんとか不自然にならないように席に戻った。
 ここは外から見えない席だからそこまでは不自然でなかったと思う。
 だが、席に座った瞬間、顔が強張っているのを田上に気付かれた。

「どうしたんだ?」

「あ、うん。さっき、ライダースーツの人、いたでしょ?」
 ここでそれを隠しても仕方ないと卓巳は正直に話すことにした。

「あーうん、かっこいい人ね」

「あの人、玖珂さんの部下の人で、それで伝言だった」

「え?」

「仲川が近くにいるらしいって。帰りは送って貰えって」
 さすがにこれは田上も熊木も驚いた。
 思わず周りを見てしまったのだ。

「あ……いけね」
 田上は慌てて姿勢を戻す。

「大丈夫だ、外からは見えない場所取ったんだから」
 熊木も一瞬しまったと思ったが、あの探偵が見えると可笑しいのでという理由で取った席が幸いした。

「あー良かった。焦った」

「つーか、それヤバイだろ?」
 田上はホッと息を吐いていたが、熊木は早々に立ち直っていた。

「……うん」
 やっぱりというのと、まさか本当にこれだけで動いてくるとは思わなかったというのが正直なところだ。

「帰りは送ってやるから。それとも北上神じゃないと心配か?」
 熊木に北上神の名前を出されて一瞬卓巳はびくっとする。

「……そうじゃないけど」
 やっぱり、親の言う通り北上神に昨日のうちに電話をしておけばよかったのだ。
 そう思うと、自分の危険に対する意識の弱さを実感する。
 熊木は暫く黙っていたが、ふうっと溜息を吐いてもう一度言った。

「帰りは家まで送っていく」

「あ、ありがとう」
 礼を言った卓巳の顔は、見事に微笑を浮かべるのに失敗した。






 図書館で夕方まで過ごし、帰りは田上と熊木に送られて、家まで無事に辿り着いた。

「まあ、さすがに往来では出てこないか」
 田上が安心したように言った。

「ありがとう」

「いいって。とにかく家に入ってくれよ。心配で帰れないから」

「うん」
 卓巳が玄関の門を開けて中に入ると、熊木が呼び止めた。

「……怒られてこい」

「え?」

「さっさと怒られてこいってんだ。家入れ」
 いきなりそう言われて、卓巳はポカンとしたが、とにかく家に入ろうと思った。

 何に怒られるのかと思ったが、ふと思い出したのは、北上神のことだ。この状況では、ほらみたことかと言われそうだ。
 それでも怒られてこいと言った熊木は、卓巳の気持ちが解るのかもしれない。

 とにかく、北上神に謝ろうと思い、家に入って玄関の鍵を閉めて、玄関にあるセキュリティを解除しようとしてふっと気付いた。

「え?」
 よく見るとセキュリティが解除されているのだ。

「なんで……」
 確かに自分が出かける時はちゃんとセットしていったのだ。何度も確認したから覚えている。

 誰かいる。
 そう瞬時に思ったのは、物音がしたからだ。

「だれ……?」
 ゆっくりと玄関を上がって、居間を覗こうとした瞬間。

「!」
 突然現れた影に口を押さえられていた。
 叫ぼうと思った。だがその影の声を聞いたら出来なかった。

「お前、ふざけた真似しやがって」
 その声は、北上神(きたにわ)の声だった。

「ん!」
 凄く低い声で、しかも怒っているのが解る。

「玖珂(くが)さんから電話貰って、熊木にメールしたら、お前の様子がおかしいとか言い出すし。そしたらお前の母親から、今日はお願いしますとか訳わからねえこと頼まれるし」

 目を開いてみると、北上神は今まで見たこともないような、怒りの表情を見せていた。
 はっきり言って怖い。
 ぞくりと体が震えるのが解ったくらいだ。

「よくよく聞いてみりゃ、今日は誰も家にはいないだと? しかもお前が昨日電話したはずだと? そんなの聞いてねえぞ」

「んん!」

「ああ、どうやって家に入ったかってか? 鍵はもしもの時にってお前の母親に貰ってたんだよ。もちろん、セキュリティの解除の番号も聞いてた。納得か?」

「ん、ん」
 口を押さえられたままだったが、なんとか頷くことは出来た。

「で、なんだ? ああ、そうだ。もう一度熊木にメールして、とりあえず家に送れと言ったんだった。さっきまで寝てたんだ。徹夜で朦朧としてる頭の中に爆弾放り投げてくれやがって」

 北上神は寝起きで頭が回ってないらしいが、とりあえず怒って頭の中を整理しているようだ。

「引き摺り回したいところだが、とりあえず、俺がどれだけ怒ってるか理解したようだな。あんなのにくれてやる気はさらさらねえんだよ」

 だんだん支離滅裂な気がしてきたが、ふっと手が離れたと思った瞬間、北上神の唇が卓巳の唇を塞いでいた。

 それは貪るようなキスだった。
 卓巳の口の中で、北上神の舌が暴れまわっている。舌を絡めてくるので思わず答えてしまったら、もう止まらなかった。

「ん……ん」
 舌が痺れる程絡めとられて、翻弄され、どちらの唾液だか解らないものを卓巳が飲み込んだ時、やっとキスが終わった。

「はっ……はぁ」
 急激に空気が送り込まれて息を吐くと、卓巳の体には力が入らなくなっていた。

 崩れそうな体を北上神は抱きしめて言う。

「このくらいで済むと思うなよ。きっちりやらせてもらうからな」
 ぼーっとした頭の中にその言葉が入ってきて、卓巳は無意識に頷いていた。

「……無意識なほど質が悪いな、お前は」
 はあっと息を吐いた北上神は、とにかく居間へと卓巳を運んだ。

 やっと意識がはっきりとしてくると、卓巳は、まるで怒られた犬のように小さくなっていた。

「言いたいことは言った。言い訳を聞こうか?」
 北上神は小さくなっている卓巳の体を抱き寄せるとそう言う。

「あ、あの。忙しいから迷惑かと思って……」

「はあ?」

「ひ、一人で一晩くらい大丈夫かと」

「んで、電話しなかったと」

「う、うん。それに」

「それに?」

「……か、彼女とかいると、やっぱ、困るかと……」

「彼女? 何処の? 誰の?」

「北上神の……」
 卓巳がそう答えると、北上神は本当に驚いた顔をしていた。

 そして何か思い当たることがあったらしく、暫く唸っていた。

「そういう、くだらねえことをしっかり覚えてんじゃねえよ。いねえったらいねえんだよ。前はっつったろ? この頭の中の記憶装置は故障中か?」
 北上神は卓巳の頭をがっしりと手で掴んで振りくってくる。

「だって、俺が邪魔してんのかと思って」
 そう言い返すと、また北上神は驚いた顔をした。

「……お前、鈍い、鈍すぎる。これだけやって気付かれなかったの、生まれて初めてだ。再起不能にさせられた」
 北上神はそう言うと、ぐったりと卓巳の膝の上に倒れこんだ。

 どうやら、相当なダメージだったらしい。

 卓巳は訳が解らずキョトンとしたままだった。