novel

Distance 2round カウントダウン 15


「威(あきら)!」

「しっ」

「でも……」

「どうやら防犯も一緒にとってる電源をやられたらしい。あのくそ探偵やってくれる」
 北上神(きたにわ)が舌打ちをして言った。

 仲川がこんな大それたことを一人でやれるわけがないから、これはあの俺様探偵がやったことなのだろう。そこまでして、進入してくるつもりの仲川が一層に怖くなる。

 卓巳は自然と北上神の腕を掴んでいた。
 たまたま近くにいたから出来たことだったが、とてもじゃないが今はこの手を離すことが出来ない。

「卓巳、今はいいが、俺が離せと言ったら手を離せよ。目が慣れてきたら、部屋のクローゼットへ入れ」
 北上神がそう指示を出す。
 そうして片手で携帯を操作して、玖珂の部下に連絡を入れる。

「やられました。防犯が鳴らないように、主要電源を元からばっさりです。このまま携帯の通話しておきますので、警備会社に連絡入れてください」 
 向こうから解ったという声が聞こえた。

 それから、暫く静かだった家だったが、ガシャーンとガラスが割れる音が聴こえた。

「同じ進入路を使う気だな。部屋で出迎える。卓巳、クローゼットへ」
 北上神はそう言って卓巳が掴んでいる手をポンポンッと叩いて大丈夫だと言った。
 卓巳は安心してクローゼットに入った。

 自分はこれから起こることに邪魔なのだと悟ったし、北上神なら大丈夫だというのもあった。

 ゆっくりと部屋のドアが開く音が聞こえた。

「やあ、仲川、待ってたぜ」
 北上神がそう言った。

 すると相手の息を呑む音が聞こえた。
 まさか、北上神がいるとは思わなかったという証拠だ。

「な、なんでお前が!」
 やはり仲川だった。
 焦っている様子から、北上神がどうやってこの家にいたのかがわからないらしい。

 そりゃそうだ。卓巳を付けているだけでは北上神の行動は、誰にもわからないからだ。
 卓巳だって家に入るまで、北上神がいるとは思いもしなかったのだから。

「どうでも出来る。で、お前は何をしにきたんだ?」
 北上神はそう聞き返した。

 そうなのだ。わざわざ家まで来て仲川は何をしようとしたのか。
 それが卓巳にも解らない。

 嫌がらせや驚かすだけにしては、これはやりすぎなのだ。

「そりゃ……どうせ、お前とやりまくってる東稔をやりにきたって言えば解るか?」
 仲川はいやらしい声でそう言った。
 それを聞いて卓巳は眩暈がした。
 本当にそんなことをしにきたのかと。
 それにしても、動機が解らない。そんなことされる理由がないのだ。

 怨みを買っているのだとは解っても、皆が口を揃えて、あれはコンプレックスからくるものだと言っても、それだけで男を犯そうなどと思うだろうか?

「ざーねん。卓巳と俺は、まだそんな関係じゃないんだな。だから、お前に犯させるわけにはいかない!」
 北上神がそう声を上げると、ドカッと音がして何かが始まった。

 そして、フッといきなり電気が付いた。
 どうやら玖珂の部下という人が早急に対応してくれたらしい。

 線を切っていればこんなに簡単に電気は戻らなかっただろうが、外の何かを触っただけのようだ。

 そして、今更ながら、警備システムが作動して、ベルが鳴り始めた。
 だが、それもすぐに止まった。
 人が部屋に入ってくる気配がして、卓巳は緊張したが、その声にホッとした。

「どうやら、片付いてしまったようですね」
 玖珂だ。仲川を付けてきたのだから、傍にいるとは思ったが、登場が遅いと文句を言いたくなるところだろう。

「卓巳、いいぞ」
 北上神の声で、卓巳がクローゼットから出ると、卓巳はその場で目を見開いてしまった。

 なんと、北上神は左の腕を押さえて立っているのだ。 
 その白いシャツからは、血が少し滴っているのだ。

「あ、威!」
 卓巳が北上神に駆け寄ると。

「触るな、汚れるから。大丈夫だから心配しなくても」
 慌てている卓巳を落ち着くように言うのだ。その声は冷静だ。

「で、でも……」

「大丈夫です。止血しますから」
 玖珂がそう言って、近くにあったタオルで北上神の腕に出来た傷を止血してくれた。

「武器は持ってると思ったが、さすがに暗闇じゃ、感覚が掴めないな。練習足らないなあ……」
 止血をして貰っている間、北上神は自分の腕を過信してたことを反省している始末だ。

 一方、武器を持ってきた仲川は完全に伸びている。
 玖珂が持ってきたのか、腕を後ろに回し、何故か手錠をされている。
 それに突っ込もうとした時。

「おー、けが人一人か。これで完全に警察の範囲の事件だな」
 その人物は玖珂にそう言っていた。
 何者かと思っていると、玖珂からの相談を受けていた警視庁の警部だというのだ。

「柊(ひいらぎ)だ。玖珂の知り合いってところだ。これから事情聴取などになるが、大丈夫かな?」
 卓巳にそう聞くので、卓巳は何とか頷いた。
 警察がこの場にいてくれてよかったと思って安堵したのもある。
 それにしても玖珂は、既に警察に連絡してくれていたのは驚きだ。

 そういえば、嗄罔(さくら)は直に警察を呼べるようなことを言っていたが、そういう意味だったのかと、今更納得するところだ。

「じゃ、救急車二台だな。こりゃ本当に落ちてるな……」
 関心したように柊が言う。

 落ちてるとは、武術では、失神していることを言うのだそうだ。
 これだけの騒ぎなのに、道理で仲川がピクリともしないと思っていたが、なるほどと納得だ。
 北上神が落としたのだ。完全に動けなくなるように。

「それに、さっき自白の声を聞かせてもらって、保存もしてある。完全に家宅侵入に器物破損に、暴行未遂。十分、ストーカー法以上の事件だ」
 確認すると、柊という警部が、部下らしい男に仲川を連れて行くように言っている。
 そこへ警備会社から、父親の友達の社長がやってきた。

「た、卓巳くん、無事なのかい!」
 警察が先にやってきていたことに驚いていたが、部屋に入ってくると、卓巳にそう言った。

「俺は大丈夫です。でも威(あきら)が怪我をして……」
 卓巳が北上神の怪我をしている方を見ると、社長はさすがに青くなった。

「俺の訓練不足ですから」
 北上神は気にしないように言うが、そういうわけにもいかない。
 どう考えても縫わなきゃいけない怪我だったはずだ。

 その場で現場検証は無理だった。仲川とやりあった北上神の怪我が先に治療することになったからだ。
 卓巳はそれに付き添った。

 とても家で警察と一緒にいることは出来なくて、それは社長に代理を頼んできた。

 北上神は救急車で応急処置を済ませると、汚れていた右手を拭いてもらって、その手で卓巳の頭を撫でた。

「そんなに心配するな。こんなの昔はよくやった怪我だしな。骨折よりかなりマシだ」

「馬鹿! そういうことじゃない!」
 卓巳は笑って大丈夫だと言う北上神に怒鳴っていた。
 自然とさっきまで出なかった涙がポロリと出てしまった。

「……卓巳」

「け、怪我してるの見て……俺が平然と笑って、そうか大丈夫かって言えるか……」
 最後は小さくなってしまった声を北上神は聞き逃さなかった。
 北上神は撫でていた手を卓巳の後頭部に当てて、自分の胸に卓巳を埋めた。

 うーっと泣き出す卓巳を撫でて、しっかり抱きしめたいが、腕が痛みで動かないから抱きしめられない悔しさを感じていた。

「……悪い。そういうことじゃないな」
 溜息を吐くように北上神は言っていた。
 もし、これが卓巳だったら、自分はとても冷静じゃいられなかっただろう。
 卓巳のように泣きはしないが、心配で他のことなど目に入らないだろう。

 そういう意味で卓巳は言っているのだ。
 その感情は何故か嬉しかった。
 自分を泣くほど心配してくれる人がいるというのが嬉しくて仕方ないのだから、自分はどうかしてると思うと北上神は思った。

 これも全部、卓巳のせいだ。
 卓巳がこんな気持ちにさせるのだ。その責任はちゃんととってもらわないと……。

 などと、北上神は良からぬことを考えていたのは、当然卓巳は知らないことだ。

「馬鹿……怪我なんかしやがって」
 卓巳はそう文句を言う。

 これじゃ、せっかく協力してくれた北上神に申し訳がない。
 自分が切られた方が、もっと仲川も納得したかもしれないのにと思ってしまう。

 だが、それじゃ守ってくれると言った北上神にも失礼になる。
 彼は本当に自分を守ってくれたのだから、それに感謝しなければならないのに自分は文句ばっかり言っている。

「……威、本当にありがとう」
 なんとか、言葉にして伝えると、北上神が抱きしめる腕が強くなった。

「卓巳が無事でよかった」
 ほっとしたように言われて、卓巳も頷いていた。

 これで全部終わったのだと思ったからだ。

 仲川からの脅威も全部一人で抱え込まなくてよくなった。
 家族の心配もしなくていい。後は警察と弁護士に世話になるだろう。

 子供がすることは、もう殆どないのだ。

 こうして、騒がしい一日は、北上神の活躍と、玖珂の機転で終わったのだった。