novel

Distance 2round カウントダウン 16


「で、北上神(きたにわ)は腕を摩ってるわけか」

「また、偉いことになったもんだ」
 田上と熊木は、学校が始まるまで、二人に会えなかったのだ。

 警察や弁護士やら、そういう人が北上神が怪我をしたと言っていたが、腕を縫ったくらいですとしか聞いてなかったのだ。

 二の腕を縫ったので動かしてはいけないといわれ、北上神は腕を二三日つっていたが、それも抜糸と共に解禁になった。

 そして学校が始まり、やってきた二人を捕まえて、どうなってんだ!と二人は詰め寄ってきたわけだ。

 お昼休みに恒例の屋上で、話をしたわけだが、これがまたややこしくて北上神が簡単に説明をしていた。

 その時に、北上神は縫ったところの皮膚が引きつると言って、よく摩るのだ。
 それを指摘されたところだった。

 結局、仲川は自主退学ということになった。

 家宅侵入に器物破損。そして北上神の怪我。更に卓巳へのストーカー行為というのが重なり、でも未成年という考慮があり、こっちも向こうが目の前から消えてくれるなら、なんでもいいと言ったことから、仲川は実家がある鳥取辺りに連れて行かれたらしい。

 もちろん、卓巳へのストーカー行為があるので、東京への出入りは禁止され、しかも卓巳に何らかの接触をすることも許されない。
 それが破られたら、それなりにこちらも出るということになった。

 病院で目が覚めた仲川は警察がいるのを知って、全て失敗に終わったことを悟ったのか、全部話していたそうだ。
 卓巳へのストーカー行為は、自分でもどうしてそこまでしたのか解らないという動機だ。

 発端は、結局、卓巳が自分の電話に出なくなったことから始まっていたらしいが、北上神が加わったところで、更にエスカレートしてしまったらしい。
 その頃を振り返っても、そこまでした自分が信じられないと愁傷なことを言っているそうだ。

「そんなわけ解らん理由で、東稔嫌がらせにストーカーって、どっちにしろ、迷惑かけたってことじゃねーかよ。愁傷になるなら、最初になっとけってんだ」
 田上が、その後の仲川の理由を聞いてからはこんなものだ。

 誰でもそう言いたくなる理由であるし、ただの子供だったのかとも。でもあそこまでやれる機動力があるなら、計画的にやってきたということもあるので、それは北上神も警戒しているところである。

 弁護士や警察の前ではそう言っているだけで、実は本当の理由を隠しているのではないかというのが、北上神の意見だ。
 その辺は皆、多分そうだろうと納得している。

「しっかし、それでもやり過ぎだよな。俺、そこまで酷いと思わなかったし、牽制してれば大丈夫だとか思ってたからさ」
 熊木がそんなことを言って、一人で反省している。

 熊木は、仲川がただ卓巳に執着しているのは知ってるし、もしかしたら好きだからという理由だとも言っていた。

 だが、本当に襲う目的、しかも性的なことをしようとして、卓巳が一人になることを待って、そして家に侵入してきたことに本当に驚いていた。

 いくら憎いからと言って、相手を犯そうと考えるのはおかしいし、それでも可愛さあまって憎さ百倍という意味が本当にあっていたのだと思ったのだ。

 でも、ナイフ持参なら、強姦目的であるのははっきりとしてるし、北上神に怪我までさせたということは、殺すということもあり得たのではないかと思うと、自分の考えの甘さを呪ってしまうところだ。

「熊木がそんなこということないよ。俺もそこまでとは思ってなかったから……」
 卓巳がそうフォローした。

 実際、卓巳もそう思っていたくらいなのだ。北上神の警戒があれほど強くなかったら、今頃自分はと考えただけで、ぞっとするものだ。

「今は、誰も彼もが東稔に同情してる状態だしね。仲川のしたことは、広まってるし」
 左部がそう言って屋上から校門を見る。田上も溜息を吐いて言う。

「だよな。あの報道陣もなあ」

 この話題は、高校生の男子が、同じ高校生の男子を犯そうとして、家にまで侵入し、殺傷事件を起こしたということで、何処からか漏れ、ワイドショーで一部取り上げられたりしている。

 その間、卓巳はずっと北上神の世話をするという理由をつけて、母親に避難するように言われていた。

 家は報道陣だらけで、とてもじゃないが両親も帰れるところではなく、暫くはホテル暮らしになるとのことだ。

 その騒動の中、北上神は上機嫌だ。巻き込まれ、刺された少年として北上神もマークされているのだが、居所がわからないうえに、実家の方はなんらかの対策に乗り出したから大丈夫だと北上神は言っていた。

 卓巳が恥ずかしいかもしれないが、仲川が如何に酷いことをしたかを知ってもらうのには、この報道も使えるというのだ。
 牽制には十分なるし、一時流したら誰もそのことに関心がなくなるものだとも。

 そういえば、今朝は報道陣はかなり少なかった、と卓巳は思った。
 病院の前を通った時は、こんなものではなかった。

 卓巳の顔が知られてなくて助かったが、その後は、北上神の父親の秘書が手を回してくれて、なんとか病院を抜け出したというのもあった。

 そして、一旦家に帰っても同じ状況で家には入れず、秘書の人に頼んで、母親に全部荷物を運び出してもらったくらいなのだ。

 今はやっと落ち着いてきたというところだろう。

「それにしても、あの探偵は凄いよね。本当に警察呼べちゃったし」
 卓巳がそう言った時、皆がうんうんと頷いた。
 今回の勝因はやはり、警察だったのだ。

 病院で目が覚めた仲川は最初は、卓巳の家に最初から居たとか言い出したらしいが、警察がちゃんと進入するところから、争っているところ、そして、北上神が携帯をずっとつなげていて、それを録音していたことから、言い逃れが出来ない状態になっていたからだ。

 その探偵は、徹底的にと言っていたが、本当に徹底的に仲川を潰してくれたわけだ。

「嗄罔(さくら)が仲川を紹介したお陰でもあるんだよな。そうじゃないと接点なんてなかったわけだし。そこがなんともいえないっていうか」
 その辺は北上神の不満としているところらしい。

 でも、北上神が父親に頼んで探偵を雇ったとして、その探偵が玖珂探偵のようにやってくれたかどうかはさっぱり解らない。
 仲川のお陰で玖珂探偵と組めたことを喜ばなければならないが、そこがやっぱり納得できない。

 その探偵の料金は非常に良心的で、最初にしていた調査分は入ってなかった。
 そして関係していた資料は全部提出してくれ、最後に仲川の近辺の調査も含まれていた。ここまでは頼んでなかったが、正直ありがたかった。

 自主退学した仲川は実家から暫く出ることはなかったが、お金を積めば入れる寄宿舎がある学校へ入る予定になっているそうだ。
 その後の報告も定期的にしてくれる。もちろん、問題がなければ卓巳の耳には入らないようになっている。

 実に出来た探偵である。

「まあ、結果オーライってこと。神はこちらの味方をしてくれた。そういうことじゃないか? そこまで優秀な探偵なんて、そうそう見つけられないぜ」
 左部(さとり)が納得がいかない北上神にそう言う。

 まあ、確かに結果はこうなったわけで、めでたしめでたしなのだ。

「向こうにあの探偵がついたらって考えてみたら、怖いよなあって今は思える」
 卓巳はそう実感していた。

「ま、確かにな」
 その辺は北上神も頷いてくれる。

 あの探偵の凄さは、調査報告書だけで十分伝わってくるものだからだ。北上神があの探偵、玖珂をかなり気に入っているらしいのも卓巳にはよくわかる。

 その北上神に左部が何か話しかけていたが、聴こえないコソコソしたもので、しかも卓巳は田上たちに話しかけられて聞き取れなかった。
 その聞き取れなかったところはというと。

「で、新婚なところはどうなわけ?」
 左部が北上神にそう聞いてきた。

 卓巳はこっちを気にしていたが、向こうで田上たちに話しかけられて、そっちに思考がいってしまったようだった。
 それにホッとして北上神が言う。

「つーかよ。仲川のせいで、思いっきり二の足ふんでますよーだ」
 北上神が拗ねたように言う。

「何、まだやってないのか」

「やってないとかいう問題じゃねえんだよ。仲川が何をしに来たか、解っていってんのかよ」

「まあ、あれじゃあ、北上神に同じことされたら、東稔も立ち直れそうになさそう」

「そういうことで、何も出来ませんってな具合だ。でもな、少し期待してるのもある」
 北上神はそう意味深なことをいうのだ。

「何々?」

「気のせいじゃなきゃ、進展は早いかもしれないってことくらいだな」
 北上神は言って、ニヤリとする。

 進展は自分の方から進めるのではなく、卓巳からの反応があれば、いけるというところだった。

 この三日程は、卓巳が妙に北上神を意識しているところにある。
 北上神の勘に間違いがなければ、それはたぶん……。








 北上神のマンションに帰ってからも、卓巳は何か気になっていることがあるらしく、一人でボーっとしていることが多い。

 それが何を意味するのか解らない北上神は、極力用事がない限りは話しかけないようにしている。

 そしてそれまで意識的にやっていたスキンシップも抑えている。
 卓巳もそれには気付いていた。

 それまで普通にやっていたスキンシップが無くなったのは、どういうことなのかと。

 もしかして、北上神が自分にああいうことをしていたのは、気があるからではなく、仲川への牽制をしてくれていた親切なのかと思いだしたのだ。

 そうなると、この事件が終わったことで、それも必要なくなって、北上神もやめてしまったのではないか。そう思うと、妙に寂しい自分がいることに気付いたのだ。

 あれがないと寂しいだなんて、自分はどうかしてるんじゃと思う一方、あれが欲しいと思いだした。

 だから、どうしようと。
 北上神に聞くのも違うし……。

 そんなことを思ってふっと卓巳は気が付いた。
 そういえば、自分から北上神に何かスキンシップしたことはないなと。 

 そう考えて、ふっと気付く。なんでスキンシップしたいんだ?

 どうして北上神ならいいのか。

「卓巳、ボーっとしてるが、勉強はかどってないなら、考えるか勉強するかどっちかにすれば?」

 目の前で何かの企画書を読んでいた北上神がそう言ったところで、卓巳はハッと我に返る。

「あ……ごめん」

「いや、別にいいんだけどさ」
 北上神は企画書から目を上げて卓巳を見た。

「何だ? 俺について何か考えでもしてたか?」
 北上神がそういうと、卓巳はその通りだったので顔を真っ赤にさせてしまい、俯いてしまった。

「当たりってとこか」
 北上神は少し嬉しそうな声でそう言った。

 そこで卓巳は意を決して言う。

「あ、あのさ。俺、多分変なんだと思う」
 卓巳がそう言い出すと、北上神は首を傾げて、先を促した。

「威(あきら)のことばっかり考えてる。何でか解らないけど……」
 卓巳が正直にそう言うと、北上神は少し嬉しそうな顔をして聞き返してくる。

「どんなことを考えてる?」
 そういうのだ。

 卓巳は少し考えてから、さっきまで考えていた自分の考えを言っていた。

「どうしてスキンシップしなくなったんだろうとか。それを自分が寂しいって思ってるとか……。でも、これは仲川への牽制であって、もう必要なくなったからやらなくなったんじゃないかって思うと、なんか悲しくなってきて」
 卓巳がそう吐き出すと、北上神はニコリと笑って言った。

「まあ、仲川への牽制は当たってる。でもな、それだけじゃないって考えは無いか?」
 そう問われて、卓巳はえっと顔を上げた。

「他に? んー、なんだろ。前に思ってたのは、少しは俺に気があるのかと思ってたけど、違うよね?」
 卓巳がそういうと、北上神はニコリとする。

「いや、間違ってない。俺は卓巳に気がある。で、気がある、という意味は他にないか?」
 更に北上神は問う。

 その問いにまた卓巳は考える。
 まさかの考えが浮かんできて、それじゃと考えては違うと思ってしまうような考えだ。

 意味。
 それは。

「まさかと思うけど。俺のこと好きなの?」

「正解。で、好きは好きでもどんな好きでしょうか?」

 まるで謎々を出しているかのように北上神は言う。

 それに卓巳は考える。
 好きにも色々ある。

 例えば、友達が好き。田上や熊木はこの辺だ。
 知り合いが好き、この辺は左部あたりだし。
 家族だからはないとして。その他に北上神が自分を好きという意味。

 それは……。

「れ、恋愛感情のある好き?」
 まさかと思いながら、卓巳がそういうと、北上神はニッコリと優しい笑顔を浮かべた。

「正解です」