novel

Distance 2round カウントダウン 18


 その日、卓巳はかなり緊張していた。

 あの騒ぎが収まったのは、二週間後のことで、やっと家も落ち着いて、卓巳も家に帰ることが出来て、数日たった金曜のことだった。
 自宅に帰った卓巳を、当然のように北上神が迎えにきて、というのは普段と変わりなかった。

 ただ、その日の北上神は全開の笑みだったのだ。

「じゃーん」
 そう言って出したのは、昨日付けの病院からの診断書だった。

「ここに書いてあるだろ?」
 そう言われて見たら。

『5月○○日完治したことを証明する』
 と、書かれてあったからだ。

「ほんとに?」
 卓巳は嬉しくて北上神を見ると、ニヤリとされてしまった。

「ほんとほんと。昨日行ってきたら、もう病院に用は無いってさ。で、卓巳約束覚えてるだろな?」
 そう北上神は詰め寄ってくるのだ。

「……う」
 一瞬であの日約束したことを思い出してしまった。
 しかも自分から言い出したことだ。

『腕が完全に完治してからだ!』
 これを忘れてたとは。

「ちゃんと、お母さんにも承諾貰ってるから、泊まりもオッケー。もちろん、約束だから守ってくれるよな? 卓巳」

 ニヤリとしたままで北上神が言うのだが、その悪魔な笑みが、今の卓巳には恐ろしい。
 ここまで自分に執着する北上神を怖いのではなく、とうとうと思うのが怖いのである。







「勢いとは恐ろしい……」
 卓巳は誰に言うでもなく呟いてしまったが、それを田上と熊木がしっかり聞いていた。

「なんだなんだ、北上神か?」
「なんか、北上神に言ったのか?」
 田上と熊木は同時にそう言ってくるのである。

 今、昼休みの終盤で、北上神はさっきまで一緒にいたが、野暮用とかでクラスの友人に呼ばれて屋上を降りて行ったばかりだ。

 ここに居ない北上神のことが、何故いきなり出てくるのか。
 それを疑問に思って卓巳は聞いた。

「なんで、北上神関係になるんだ?」
 卓巳が不審な顔でそう言うと、田上と熊木は顔を見合わせて、二人で爆笑したのである。

「ど、どうしたんだよ」
 聞き返すと二人は。

「だって、あんな上機嫌な北上神に、ブルーな東稔ってきたら、もー」

「そうそう、もうあれっきゃない」

「まだだったってのも驚きだけどさ。でも仕方ないよな」

「まあ、北上神も完治したことだし?」

「そうそう、とうとうってことで」

「「いやー、もうお暑い夜に」」
 二人は最後に声を揃えてそう言ったのである。

 散々言われて、もう二人がどういうことなのかを悟っているのだと解ると、卓巳は床につっぷしていた。

「…………おまえら……」

 完全にノックアウト状態の卓巳。
 すると田上が真面目に言い出した。

「いやね。これはこれで仕方ないって思うわけよ。北上神の我慢というか、慎重ぶりみれば、真剣に東稔のこと好きなのは解るしさ」

「それに、最近、東稔綺麗になってるし。それってやっぱ、北上神のお陰だろうしな」
 と熊木も頷きながら言う。

 二人も、卓巳と北上神の関係を一応心配していたらしい。

 でも最近、特にあの事件が終わった辺りから、卓巳の気持ちが北上神に傾いているのが解ってくると、これはもうしょうがないという結果になってしまったのだ。

「あんだけ上機嫌の北上神も見れたし、妙にブルーな東稔も見れたし」
 田上は完全に面白がっている。

「まあ、それは置いておいて。マジ俺らは応援してっからさ。その夜のことじゃなくてだな。関係をだ」
 熊木が言って卓巳の肩をぽんぽんと叩いた。

「俺らの関係は変わらないから。安心しな」
 田上もにっこりとして言う。

「田上、熊木……」
 こんな関係、学校では有りとは言われても、友達がそうだと解ったら、普通は冷たくなるものだと思っていた。
 それが応援してくれていると言うのだ。

 卓巳にはそれが嬉しかった。

「ぷー。東稔感激してんのな」
 田上が可笑しそうに茶化す。
 それがなかったら卓巳は多分泣いていたかもしれない。

「友情に感謝してんだよ!」
 卓巳がそう言うと、田上と熊木はニコニコしている。

「そういう東稔のこと、俺らも好きだしな」
 熊木が言うのを田上が茶化す。

「うんうん、まあそういうことで、今後、北上神と何かあったらぜひわが社に報告を!」
 ふざけて言う、田上だが、タダ単に好奇心旺盛なだけだろう。

「よーするに、相談は受けないが、状況だけは把握したいってことなのかい?」
 熊木がツッコミを入れる。 

「いやあ、俺も好奇心旺盛なもんでねー」
 田上は、はははっと笑いながら言うのだが、これは絶対、喧嘩なんかしたと相談したら、その日のうちに学校に広まっていそうだ。
 卓巳は内心でそう思った。

 やっぱ、相談するなら、左部(さとり)委員長だよなと。

「そんなこと言ってると、本当に東稔、何も言ってくれなくなるぞ」
 熊木が忠告すると、それは嫌だとおもったのか、すぐに田上は態度を改めた。

「大丈夫絶対言わないし。でさ、聞きたかったんだけど、北上神ってそんなにいいんか? そりゃいい男だとは思うよ。年のわりにしっかりしてるし、勉強も出来る顔もいい、金持ちだし、欠点っていえば、俺様なところくらいなもんだけど、あれも似合ってるから問題ないといえばないんだけど。東稔ってああいうのと付き合った経験ないから、惹かれたとかそういうの?」

 田上は一気に北上神のいいところは誉めているが、どうしても卓巳がそうなるということに妙に引っかかるところがあるらしい。

 そういえば、二人が知らないことが沢山あるのである。
 例えば、もうキスを何回もしているとか、一緒の布団で寝たこともあるとか。
 そうした些細ではあるが、二人は知らないのだ。
 まあ、キスくらいはもうしていると読んでいるだろうが。

「んー。その辺がよく解らない。色々、田上みたいに気になるところ上げて言ってたら、気が付いたら、凄い好きだって気付いたんだ」
 卓巳は正直にそう答えた。

 先に、北上神の心を確かめてからだったから、自分はそう導き出したのかもしれないが、今はそれで幸せだと思えるからいいとしている。
 恋愛していると確信があるから。

「おー、真面目に答えだしたところが、東稔らしいよな」
 熊木が感心して言う。
 うんうんと田上も頷く。

「そうやって出した答えなら、間違いはないな。ま、幸せそうだから、こっちから何か言う必要もないかと思ってたけど……」
 田上は途中で言葉を切った後、熊木と見詰め合っていったのだった。

「まだ、やってなかったとは……」
 その言葉に感激していた卓巳は、またノックアウトを食らったのだった。

「つーか、あの北上神が?って思ったくらいだしな」
「そうそう、強引なところあるし、東稔天然だから、騙してとかやってそうだと思ったんだよな実は」

 そういう強引なところが確かに北上神にはある。だが、それは卓巳に対してはあまり通用しないらしい。
 妥協を何度もしてくれるからだ。
 そうして大事にして貰っていると思うと、卓巳は嬉しくなる。

 そうしたところへ、北上神が戻ってきた。

 さっきまでの上機嫌とは言えない、とても悪魔な表情を浮かべていたのだから、そこにいた全員がぴしりと固まってしまった。

「おー、俺の印象ってそんなもんだったのか。なかなか鋭くて宜しいが……。卓巳からかってると、てめーら屋上から突き落としてやる」

 そう言ったものだから、田上と熊木は一気に呪縛が解けたように、荷物を掴んで屋上から逃げてしまった。 その時捨て台詞を忘れない。

「今夜、十分にお楽しみ下さい!」
「東稔、美味しく頂かれちゃってくれい!」
 と。
 さすがにそれには、卓巳も北上神も苦笑するしかなかった。

「あいつら、まったく」
 北上神はそう言うと、卓巳の隣に座る。

「ごめん、なんか話の流れがそっちへ行っちゃって」

「まあ、いいって。どうせ勘づいていたんだろうしよ」

 卓巳が謝ることではない。上機嫌すぎる北上神の様子から察することが出来るからだ。

 それにしても、自分はこんなにも表情が顔に出やすいのかと北上神は思ってしまった。
 笑顔を作るのは巧いが、機嫌までわかるとなると、かなり周りもびっくりだろう。

 卓巳は弁当を片付けて、鞄に入れると、ふっと北上神を見た。

「なんだ?」
 何か言いたそうな顔をしていたので、北上神は聞いた。

「威(あきら)って、そういう性格? その、いいと思った相手と、すぐに出来ちゃうみたいな……」
 そんなことを言い出されて、さすがの北上神も絶句した。

 それがしっかり当たっているからだ。

 今まではそうだったが、卓巳程時間と手間をかけたのは初めてだと言っても信用しそうにない顔をされては何て答えたものかと思った。

「まあ、それでストーカーされて、自粛してたのもあるかな。それから卓巳に出会って、考えが間違ってたことに気付いたって言ったら、嘘に聴こえるか?」
 北上神は正直に言い、そして卓巳に聞いていた。

 こんな俺では嫌か?と。
 すると、卓巳は少し考えてから答えた。

「前に、自分が変われそうみたいなこと言ってたから。変わったんだと信じるよ」
 そしてニッコリと微笑んだのだ。

「確かに俺はかなり変わったと思う。卓巳以外何見ても、綺麗だと思わなくなったもんな」
 北上神がそう言うと、卓巳は顔を真っ赤にしてしまう。

 こういう反応が新鮮である。
 今まで付き合ってきたのは、いつでも割り切れる相手だったし、自分からモーションかけたこともなかったのだ。

 初めて、自分から欲しいと思って相手に近づいてモノにしたのだから、感動もあるし、更に今日迎える出来事もワクワクして、感情が表面 に出てしまうほどなのだ。

 まるで、初めて誰かを抱くような気分になれるのだ。

「……馬鹿なこと言うなよ」
 卓巳は小さい声でそう言うと更に付け加えた。

「俺だって、北上神以外の男見てもかっこいいとか思わなくなったんだから……」
 そう言って、さっと立ち上がる。

 ちょうど予鈴が鳴って、北上神の言葉は遮られたが、嬉しさは押さえられなくて卓巳に抱きついた。

「夜まで待てないこと言うなよ」
 そう耳元で囁いてやると、また卓巳の顔が赤くなり、耳まで真っ赤に染まってしまったのだった。