novel

Distance 3round やわらかな傷跡 10


 ここ暫く、大介の様子がおかしいことに気づいた。

 水渚(なぎさ)が出かける前には家にいるし、帰ってきても家にいる。そう、いつでも家にいる状態なのだ。

 仕事をしているわけでもないし、かといって、この間まで躍起になっていた外国人探しも中断しているようだ。

 そして、何故かこの光景を前に見たことがあると感じることだろう。
 すぐにあの時のと思い出したが、その時程、状態は悪いわけでもないのは解る。

 はっきり言えば、呆然というのが当てはまる。

 こっちが何を言っても、「うん」「ああ」しか答えない時もあるし、食事も食べているのか怪しいくらいだ。

 気になりだして、グルグルするのはよくないと言われたから、透耶に相談した。

 この状態の話しを透耶にしたら、ケラケラ笑って。

「うん。多分、やっと真実が見えたのかもしれないね」
 というだけなのだ。
 自分には解らなくて透耶には解っているのが悔しいが、何か知っている透耶と何も知らない自分とでは考え方や情報量が違うから悔しがっても勝てる気がしない。
 透耶は暫く放っておいてやってと言っていたので当初の予定通り、大介のことは放っておくことにした。

 夏休みに入ってからも水渚は梧桐と出かけている。最近では透耶も混じって出かけることも多くなってきている。
 この人にもやっと慣れてきたら、結構付き合いやすくお節介な人なのだと解ってきた。

 相変わらず、大介は透耶には会いたがらない。家に連れてくるというと凄く嫌な顔をするのだ。

 これがおかしなことで、そこまで嫌な顔をすることないだろ?と言いたくなる程だから可笑しいとしかいいようがない。
 割合、喜怒哀楽が出にくい顔だったのだが、妙に出てくることがあって可笑しい。

 それを透耶に話すと。

「俺に会ったら何されるか解ってるから会いたくないんだよ。でも喜怒哀楽が出るってことは、何かよい変化が現れているのかもしれないね」
 そう言って笑うだけだ。

 水渚の診察も、順調で、もう薬に頼らなくても大丈夫な程、健康になっている。

 でもヘンリーと話していると楽しくて、透耶の家に時々来てもらっている。診察は、全部透耶の家で行っていたからだ。

 あの家は結構楽しい。人の出入りが結構あって、知らない人がいきなり来るし、でもいい人ばかりで話していると仲良くなれる。梧桐は、あのアイドルである榎木津光琉で、透耶の弟と仲良くなってしまい、テレビ局まで出入りを始めた。でも実質は、家来みたいなものだ。

 それに梧桐の親友の我耶祥真(がや しょうま)にも会うことが出来た。もちろん付いてきた角里(ろくり)とも初顔合わせで、かなりマニアックな会話もしたと思う。
 梧桐も我耶も付いてこれなかったと笑っていた。

「玖珂も、やっと人間らしくか」
 そう言って笑ったのは角里だ。

「サイボーグじゃないんですけど」
 そう言うと。

「いや、奴はサイボーグだった。いつ寝てるんだとか、飯食ってるのかとか、まあ、謎だったわけよ」
 そういう角里はなんだか楽しそうだ。彼は彼なりに心配していたのかもしれない。

 そうして、大介だけが一人、呆然としたまま夏は終わり、秋になった。
 学校が始まって、暫く経って、いきなり大介が言った。

「ちょっと、透耶さんに会ってくる」
 それは意外な変化だった。

「あ、会ってくるって……。俺も一緒にいったら駄目?」
 水渚がそう言って見上げると、大介は苦笑して。

「かっこ悪いところは見せられないから、また今度。それに学校があるだろ」
 そう言って断られた。でも透耶に会いに行く=かっこ悪いは、怒られて来るってことなのだろう。

「あ、あのさ。透耶さんから何を聞いても、僕のこと、怒らないで欲しいなと思うんだけど……」
 水渚はそう言っていた。
 多分、透耶は大介に全部バラすだろう。そんな予感がする。

 大介はキョトンとしていたが、それからすぐに笑顔になって、水渚をギュッと抱きしめると。

「この体調の変化の原因かな?」
 そう言ったのである。

 知っていた。
 頭の中が真っ白になって言い訳も思いつかないでいると。

「でも、透耶さんには相談したんだ……」
 そう言って尚いっそう強く抱きしめられた。

「い、いや、それは、バレたというか、なんというか。大介、気づかないし」
 しどろもどろと答える。

「ん、悪かった。こんなことにも気づかないなんて、どうかしてたと思う。でも、段々良くなってるようだったから、透耶さんに甘えておこうと思った。今日はそれらも全部怒られて来る」
 どうやらそれも覚悟しているようだ。

「あの、多分凄く怒ってると思うんだよね」
 ああいうことはとことんやる人なので、大介に関してはかなりきていると思われる。

 水渚がそう言うと、大介は水渚を離して少し困った顔をした。

「それを思うと、結構怖いかな」
 そういう大介が可笑しくて、水渚は笑っていた。

「それから、水渚が学校から帰ってきたら、斗織(とおる)の墓参りに行こうと思う。それは一緒に来てもらえるだろうか?」
 大介のその言葉に水渚は驚いた。

 大介は今まで一度も墓参りにはいったことがないのだ。今までのわだかまりがあったのか、それとも実家から行くなと言われていたのかは解らないが、一度もないのだ。

 それに墓は、東京にはない。

 氷室の墓は建てて貰ったが遺骨はないし、かといって、氷室の墓にも入れて貰えず、結局母親と同じ、京都の嵯峨野に追いやられていた。
 さすがに殺人事件の重要人物と被害者は家の名を汚すと思われたのだろう。

 大介も仕事であっても、一度も京都へ行ったことがないくらいに足も向けられないでいたのだ。

「そ、それって……」

「家の許しは得たよ。渋々って感じだったけどね。それに斗織について話があると思うし、それは聞いて欲しい」

「う、うん」
 確か明日は土曜日で学校は休みだ。それに合わせてくれたのだろう。

「行く……」
 水渚が同行を了承すると。

「ありがとう」
 大介は今まで見たこともないような笑顔を浮かべて礼を言っていた。










「こんにちはー、一体何時ぶりかなあ」
 こういう時のこの人はかなり怒っている状態だと聞いたことがある。

 大介は、榎木津家の玄関の前で、にっこりと微笑んでそう言う透耶を前に硬直していた。

「お、お久しぶりです。3年ぶりです」
 何とかそう答えたのだが、それが余計に怒らせたらしい。

「そういうまじめな答えは必要ないって思わない?」
 何かヤバイものが余計に出たような気がする。

「は、はあ……すみません」

「ま、覚悟は出来てるらしいから、玄関先ではこのくらいで。どうぞ」
 にっこりと笑って言うと、さっさと中へ入っていく。それに続いて大介が入っていくと、そのまま居間へと案内された。

 そこには、前に見た覚えがある、そしてその時よりずっと逞しくなっている鬼柳恭一がいた。

「よう」
 鬼柳はそう答えて、顔には似合わない料理の雑誌を見ていた。

「お久しぶりです。いつぞやはご迷惑をおかけしました」

「いや、あれは別にいい。つーかよ、あんた、あんなに透耶怒らせてどうすんだ? なんで俺が帰って来てる時に限って、クゾガキやらなんやら邪魔すんだ?」
 最後の辺に異様に拘りがあるらしい。

「すみません、帰ってらっしゃるとは伺っていなくて。確認すればよかったですね」

 大介はそう言って謝った。この人にとって透耶が一番であって、その間を邪魔するのは許せないのだ。だが、それでも大事なことであるのは了承しているらしく、仕方ないという顔をしている。

「で、これがクソガキの診断書。カルテはこっち」
 いきなり鬼柳にそう言われて、差し出されたものを見て、大介はキョトンとした。

 こういうのは透耶がやると思ったからだ。

「あの……?」
 鬼柳はああっという顔をして。

「透耶は今、自分で何を言うか解らないくらい怒ってるから、少し頭を冷やしてからにするって」

「何を言われても仕方ないと思うのですが」

「だからって、お前が傷つくことは言いたくないってのもあるんだろ。そっちがよくたって、透耶があとで嫌な思いをしなきゃならない謂れはない。言葉ってのは言われた者だけじゃなく、勢いで言った方だって傷つくってことだ」

 そう言われて、大介は申し訳ないと思った。そこまでして自分たちを気遣ってくれる人はいないだろう。

 だが、その愁傷な態度が鬼柳にはカチンと来たらしい。

「これは口出すことじゃないと思ってたから今まで黙ってたがさすがに我慢の限界だ。あんたらは、自分らだけが傷ついた風なことを言うけど、透耶が傷ついてないって思うのか? 斗織がいなくなって、おかしくなったのはあんたらだけじゃない」

「!」

「そんな時に透耶は何やってた? 覚えてねえとは言わせねえぞ」

 愕然とする。大介にはそこまで考えがいかなかったのは仕方ないかもしれない。だが、それだけでは済まされない。

 彼があの時何をやっていたか。それは自分たちが一番よく知っている。彼は自分が辛いのを我慢して、憎まれ役をかってでたのだ。それも疎まれても仕方ないという役を。
 それはすべて自分の気持ちを押しやって、大介たちを生かす為にしたことである。

「本当に申し訳ありません!」
 あんなことをやられて自分が傷ついたと思っていた。それどころか、顔を合わすのさえ嫌だと思った。

 そうなると解っていて、彼は、その役をやったのだ。
 偽の斗織という役を。

 そうしなければ、自分たちが動けないと判断したからだ。
 なのになんで、彼にはこの人がいるから大丈夫なんだろうと思ったのだろう。

 たとえ、慰めてくれる人がいたとしても、人が一人いなくなることに耐えるのには余程の精神がなければ乗り越えられないのだ。

 しかも彼が身内を亡くすのは三度目なのだ。
 それに3年だ。3年も心配している人に疎まれて、彼が辛い思いをしなかったはずはない。

 この人はそういうのを全て見てきたのだ。関係者でありながら、傍観者のように。

「ま、俺が言いたいのはそんくらい。透耶はそんな恨み言言わないだろうし。あんたらは言われるまで気が付かないだろうと思ったから」
 さっきまでの怒気を込めた声は何処へやらの様子で鬼柳はそう言って、カルテを投げて寄越した。