novel

Distance 3round やわらかな傷跡 11


「つーわけで、結果良好。飯はまだ通常通りには回復してないが、胃が小さくなったのを考えれば、今でも十分食べてるといえる。食うほうより作る方にも興味が出てきたらしいから、あの爆裂料理食わせて貰え。ある意味拷問だ」

「え…………?」
 食事療法の話を聞いていたのに、いきなり爆弾を落とされた形になった。

 大介は呆然として、鬼柳を見た。

 水渚が手料理を作るなど、初めてのことだ。家ではまったく家事をしない方だし、自分もあまりやらないのだが、あれが料理するとは信じられないし、しかも拷問のような料理ということは、ずばり下手だということだろう。

「透耶も下手だが、ああいうのは似るもんかな? もちろん斗織も料理はしなかったんだろ?」

「斗織もあれの母親もしなかったものですから」

「多分、料理本見ても、少々とか少し多目にとかが理解できないんだろうな。CCか大さじか小さじできっちり書けって言う理屈っぽいの」

「ああ、解ります。多分、そのタイプですね」

「俺の適当レシピ、かなり盗んでったから覚悟しとけよ」
 つまり鬼柳のレシピはCCや大さじ小さじとか詳しく書いてない部分があり、その通りに作ってもどうしても不味くなっているらしい。どうして最後の塩加減で失敗するのか見ていた鬼柳でも訳がわからないらしい。

「……覚悟しておきます」
 物凄い拷問だ。これが鬼柳からの仕返しだろう。甘んじて受けるしかないようだ。

「で、薬は飲ませてないし、眠剤ももう必要ないらしいから。梧桐に感謝な。あれが色々連れまわしたお陰で眠れるようになったらしいし。それから角里(ろくり)とかいう奴」

「角里が?」
 意外なところで名前が出て大介は驚く。

「眠れない時は相手してたらしい。なんだ? メッセンジャーだっけ?」

 そう言われて思い出した。水渚が机にうつ伏せで寝てた時に開いていたメッセンジャーの相手は確か皇帝だった。
 あれが角里だったのだろう。
 しかし知れば知るだけ周りに借りが増えるばかりだ。

「ああ、解りました。あの、この主治医は今日は会えないんでしょうか?」
 そういえば、何故ここにカルテやらがあるのに、肝心の主治医がいないのかが不思議だった。

「忙しいんだと。カルテと診断書だけ寄越しやがった。ま、言い訳だ。秘密の話をしたから、漏らしたくないってところだろうな」

「守秘義務忘れるんですか?」

「気に入った相手のことになるとな。それにこれは仕事っていうか趣味の一部だし。透耶の時は、黙っててやり過ごして、俺に報復しやがったし」

「報復……」
 なんかヤバイ医者を敵に回した感じだ。

「そろそろいいか」
 鬼柳はそう言って、居間を出て行った。どうやら透耶を呼びにいったらしい。

 こういう生活面については、やはり鬼柳の方が詳しい説明が出来ると思って任せたのかもしれない。

「透耶」

「はいはい。終わった?」

「聞いてたくせに」

「はい、聞いてました」
 どうやらずっと居間のドアにへばりついていたらしい。すぐに居間に入ってきた。

「というわけで、3年もの恨み言は言わないことにします。その代わり時々家に報告に来てもらいますね」
 透耶はにっこりとそう言った。
 これには拒否権はないらしい。

「それから、氷室の爺さんから。「なんでもっと早く立ち直らなんだ。3年か、斗織も寂しかっただろうに」だそうです」
 そう言われて、絶句した。
 あの人からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。

「墓を別にしたのは、斗織の希望だったらしいよ。氷室の墓には入れてくれるな、出来れば母親と同じ墓に入りたいって言ってたらしい。そりゃもう爺さん落ち込んじゃって。斗織を可愛がってたのは確かだし。それから「水渚のことは、今のままでいい。可愛がってやりなさい」だって。爺さん、恥ずかしいよ」
 最後の爺さんの台詞に透耶は本当に照れていた。

 だか、それより、墓を別にと言ったのが斗織だったことや、その希望に答えてやってたり、水渚とのことにもう既に勘づいていた爺さんには驚かされる。

「なんだ、爺さん知ってたのか?」
 鬼柳が少し驚いた顔をしていた。さすがに微妙な二人の中は解ってないのではないかと思っていたらしい。

「あの人が育てたの、斗織だよ? 当然じゃん」
 透耶がそう言い切ってくれたお陰で思わず納得してしまった。
 つまり心の中は全部読まれていたということだ。水渚がどう思っているか、大介がどう思っているか、全部を知っていたということらしい。

「と、いいますか、貴方はあの人と繋がりがあったんですか?」
 ようやくそこの疑問に気が付いた。

「え? 知らなかったの? 最初に大介さんが引っ越したばかりのマンションに行った時、その住所、俺が知ってたと思う? それに大介さんがおかしくなってた時に、何で俺が急に出入りできたと思ってんの? 全部爺さんの手配に決まってるじゃん」
 ケラケラ笑って言われた。
 正直やられたという気分だ。
 確かに、今考えれば当時の大介の居場所を知っているのは家族だけだったし、透耶が出入り出来たのは水渚が玄関を開けていたのかと思っていたが、水渚は大介の嫌がることは当時はとことん嫌っていたはずので、嫌がらせ同然のようにやってくる透耶たちを部屋の中に入れるはずなかったのである。
 透耶は爺さんから合い鍵を預かって部屋に上がり込んでいたというわけだ。
 冷静に考えれば裏で透耶と氷室の爺さんが繋がっていることくらい、普通に解ることだった。大介はそんなことさえ見抜けないくらいに、偏った考えしか出来なかったらしい。

「まあ、怒らないでやってよ。あれでも心配してたんだから。水渚君引き取る引き取らないって話も、全部芝居みたいなもんだしね。結局は水渚君の好きにさせたけど、大介さんが本当に引き取る気があるのかどうかを確かめたかっただけなんだよ」

 そんな確かめ方があるかと言いたくなる。まるで水渚を道具にしていただけじゃないかと怒鳴りたくなる。

「斗織が大事にしてたものは大事にしたいって気持ち、解るし」

 しみじみこう言われたら弱い。あの男も、そう言っていた。斗織が大事にしたかったのは、自分たちだけなのだと。

 死しても尚、自分たちは斗織に守られているのだと、こんな時に実感する羽目になってしまった。

 正直、恥ずかしい。
 今なら、解る気がする。

 斗織が、「最後まで一緒に」と言った時、何故か泣きそうな顔をしていた意味が。

「斗織は要らないモノは持っていく、でも要るものは置いていく。そう言ってたんだけど、要るものって、貴方達なんだよ。斗織がいなくなってからすぐに解ったことだけど。いつこれを伝えればいいのかって思ってた。今なら素直に聞けるよね?」

 そう言って透耶に顔を覗き込まれた時、そっくりだと思ってた透耶の顔が、随分大人びて見え、まったく違う青年を見ている気がしてきた。

「ありがとうございます……」
 自然と頭を下げ、声が出た。

 斗織にとって、自分は要らないものではなかった。要るからこそ、あの時、斗織は自分をボディーガードから外したのだ。最後まで、彼女は、自分を信用してくれていたのだ。

 そのことが解って、やっと安心が出来た。

 だが、全ては居なくなった彼女が仕掛けていったものだと解ると、なんだか情けなくもなってくる。

 あの男にしろ、透耶の存在にしろ、爺さんや、この鬼柳だって計算して仕組まれたものだ。もっとも大きな罠だったのが、今、この手にある大きな存在。

 嗄罔(さくら)水渚だったのだから。





「やーい、情けない男ナンバー1の玖珂さん。どうだ、この見事な見送り」
 東京駅で大きな声でそう言ったのは、榎木津光琉(みつる)だった。

 忘れていた。あの透耶の弟の存在を。

 大介は光琉の姿を見て、がっくりと肩を落とした。
 回れ右をしたくなるのは何故か。

 それは、この仮装行列のようなメンバーだろう。

 それは変装なのか? それともどっきりか何かか? バラエティーの撮影か? と思わしき面 々の様相。

 先に来ていた水渚は、すっかり居場所をなくして、小さくなっているし、このメンバーで変装類をしていない自分たちの方が浮いている状態を何とかしたい。

 ゲラゲラ笑ってるのは、急遽見送りに来た、鬼柳である。透耶は少し遠くへいってしまっている。

 かなり早目のサンタの登場。

 多分、テレビ局で借りてきたのだろう。梧桐などはトナカイであるし、他、角里(ろくり)や我耶(がや)、那順史奈(なより しな)や末乃(まの)、後は光琉の友達であろう面々のサンタがズラリ。

「恥ずかしいだろ? 思いっきり恥ずかしいだろ? こんな時期はずれにサンタに囲まれて、すっげー恥ずかしいだろ?」
 二十人近いサンタに囲まれたらさすがに恥ずかしい。

「新幹線の外からもしっかり万歳三唱で送ってやるから安心しろ」
 この弟は、透耶にしたことへの仕返しをしているのだ。それも自分に出来る最大の力を使って。

 透耶が呆然としているのは、それを知らなかったのだと解る。知らせたのは、多分鬼柳だろう。

 今日、いきなり全員を揃えるのは無理だから、昨日のうちに連絡網が回ったに違いない。それくらい平気でやるのだ、榎木津光琉は。

「わ、悪かったです……光琉さん」
 大介が半ば泣きながら謝ると、光琉はふっと真剣になって小声で言った。

「つーかてめぇ、今は準備がなかったから、こんくらいで済んでありがたいと思え。俺はまだ怒ってるんだよ。透耶にしたことこれでチャラになると思うなよ。それから斗織のこと信じなかった罪の分もまだあるから覚悟しとけ。あの世から斗織が戻ったら、こんなもんじゃすませねえって」
 そう言われて冷やりとした。
 紛れもなく、この人は透耶の弟であり、更に斗織と同じ血を持つものなのだ。

 そう言ったところに透耶が話しかけてきた。

「光琉、これ物凄いデジャヴなんだけど……」

「あたぼーよ。鬼柳さんの時にやった半分だもん」

「やっぱり……」

 思わず大介は、貴方もやられたのですか!?と透耶に同情したくなった。

「大介……なんか凄いことになっててごめん」
 水渚がこそっと話しかけてきた。恥ずかしさを通り越して眩暈を起こしかけているようだ。

「いえ、これくらいは仕方ないかと。水渚も知らなかったんでしょ?」

「うん、でも梧桐が何時の新幹線って聞くから答えちゃったからさ」

「情報源はそこでしたか……失敗しましたね」
 さすがに新幹線の時間まではわからなかったのではと思ったが、ここから漏れていたらしい。

 そうしてよく解らないサンタの団体に東京駅で万歳三唱で送られて、がっくりとした。ここまで恥ずかしいとはと思ったのだ。

「あのね……さっき、光琉さんに車両番号と座席番号確認されたんだけどさ……」
 水渚がそう言い出して大介はハッとした。
 水渚も同じことを思ったらしい。

「まさか……」
「……まさかな」

 結局二人っきりになったはずの新幹線の座席に座っていても、心が落ち着くことがなかった。

 その不安は見事的中した。

 夜の京都に到着した瞬間、窓の外に大人数のサンタの団体がいたのである。
 その先頭にいるのは、玲泉門院葵(れいせんもんいん あおい)だったのだった。


 やられた……である。