novel

Distance 3round やわらかな傷跡 12


「はははは、情けない男ナンバー1の玖珂よ。ようこそ京都へってな訳で、光琉の作戦に乗ってみました編」

 新幹線の降り口で、そう出迎えられて、大介はがっくりした。
 この人にも十分恨まれているのだろうなと感じた。

 それが、光琉の作戦に乗ってみました編←これが、別パターンがあるという証拠だろう。

「よう、水渚(なぎさ)。この後ろにいるのは全部警察だから安心しろ」
 と、胸を張って言われても、こんな胡散臭い警察信用できないところだ。

「……府警さんですか?」
「全部神元(みょうもと)の部下だ」

 そう言った横で神元尚輝(なおき)が申し訳なさそうに頭を下げている。
 あんた、警視にまでなって何やってんですか!?とツッコミ入れたいところだ。

「葵さーん、そろそろ解散ですかー?」
 駅を出たところでやっとサンタが解散になるようだ。

「おお、飲み屋は、いさ坂屋だけだぞ。俺ツケで飲みまくってくれ」

「タダ酒!」
「やった」

「このまま、いさ坂までサンタで行こうぜ」
「お、面白!」
 ぞろぞろ移動サンタ警察はすぐに姿が見えなくなった。全員警察だから、飲酒運転はしないだろうが。

 つーか、あんた金出してまでこんなことするんですか!?とツッコミ入れるところだろう。
 水渚に至っては、もうツッコミも入れられない状態だ。

「こんなもん、まだ可愛い方だ。光琉もこんなもんで満足してないらしいからな」

「ええ、それは十分に言われました。貴方達を敵に回したくありませんね」

「本当だったら、今頃東京湾にドラム缶にコンクリ詰めで沈んでてもおかしくはないな。ま、水渚がいるからそこまではやらないだろうがな」
 こういうことを本気で言う辺りが、血が濃いというのだろうか。

「透耶はそれほど怒ってなかっただろう?」
 葵がそうだっただろうと、少し笑って言った。
 この人はなんでもお見通しらしい。

「そうですね。その代わり周りが非常に怖いですけど」
 透耶が怒るのを諦めるどころか、こっちに同情してしまう感じになってしまっていた。

「あいつが怒らない分、周りが怒るのさ。透耶には言うことがあったし、怒ってる場合じゃないのも解ってる」

「そうですね。沢山真実を教えて貰いました。3年も何やってたんだかと思うようなものです」
 この辺は大介も自分で情けないと思うところだ。
 結局、自分で前に進まない限り真実にはたどり着けないようになっていたからだ。

「なーに。真実ってもんは、傍観者でいる時の方がよく見えるもんさ。斗織がそうだっただろう?」

 そう言われて思い出した。彼女は事件に関わった時も、あくまで傍観者であり続けた。真実を探すのに、深入りをすることはせず、常に離れた所に居た。
 そう最初の事件に深入りし過ぎたばかりの結果だ。

「人が近くにいると目隠しや耳を塞がれたりするだろ。あんなもんだ」
 葵は解りやすい例えを出してくれたが、それはよく斗織が言っていた言葉でもあった。

「斗織のそれは貴方の受け売りでしたか」
 妙に納得するところでもあった。

「まあ、伊達に叔父はやってないって。とりあえず、うちに泊まるだろ?」
 当然のように誘われて、大介は苦笑してしまう。

「今日はお願いしたいですね」

「明日は?」
「ホテルを取ります」

「いい覚悟だ」
 はっきり答えた大介に、葵はニヤリと笑った。

 車に乗って玲泉門院家に行くと、水渚は驚いた顔をしていた。そういえば、水渚は一度もここにきたことがないのだ。

「ここが、斗織の家?」
 広い屋敷を見つめて水渚は呟いた。今や斗織の家は東京にはない。だから、斗織の家となると、ここになるのだろう。

「正確には、斗織の母親の実家ですよ」
 大介は水渚の肩を押して家に入った。

 大きな家なのだが、住んでいる人は四人しかいないのに、もっと人がいる気配がして家が生きているような気がする。そんな感じで、ここは結構居心地がいい。
 水渚はそう感じていた。あの東京の家より、もっと感じがいいのだ。

「水渚には面白いものを見せてやろう。迦葉(かしょう)あれを」
 そうして迦葉が持ってきたのは、沢山のアルバムだ。それに。

「これ、東京の家にあったやつだ」
 そう東京の家を処分する時に捨てたと思われたアルバムがここに全部揃っているのだ。

「そっちは持って帰っていいぞ。そう斗織に言われてたから」

「え?」
 そう言われて水渚と大介は声を揃えて言っていた。

「言ってた?」
 水渚がそう聞き返す。
 言っていたと言うからには、そういう遺言めいたことがあったのだと思われる。

「我が姪ながら、大した策士だな。こうやってこの家に来なきゃ、これは永遠にお前らの手に入らない仕組みってわけだ。良かったな、俺が生きている間に取りに来れて。光琉なんぞに渡ってみろ。死ぬまで隠し通すぞ」

 葵はケケケと笑ってそう言った。確かに光琉ならやりかねない。

「ここは光琉さんに渡るようになっているんですか?」
 この玲泉門院(れいせんもんいん)には名を継いで相続する人がもういない。なので自然とその甥にあたる誰かの物になるのだが、それが光琉という言葉が出てきたことで、葵が光琉に譲るつもりなのだろうと思われた。

「透耶じゃ早すぎるし、元々馨はいらないと言ってたし。一番遅い光琉に渡すのがいいだろうってこと。あいつに子が出来たら、迦葉が奥さん共々面 倒は暫く見れるしな」

「光琉さん、結婚でもするの?」
 水渚が不思議そうに尋ねた。

「もうちょっと先だろうけどな。なんせ、奥さんになる人は今留学中ときてるし。ま、あいつ馬鹿だから計画性もなしに、出来ちゃった結婚だろうけどよ」
 最後がとても可哀相だ。この人にそう言われるとは。

「まあ、残せるものは残してやりたいとは思う。馬鹿光琉にじゃなく、子供の方にな」
 しみじみと葵が言うと大介は決意したように言った。

「協力は出来ると思います」

「してやりたいならしてやったらいい。その時俺はいねえし玲泉門院もねえしな」
 子供が出来るとしても、この人がそれを見られるかどうかは、本当にギリギリくらいなのかもしれない。そのまだ見ぬ子のために何もかも残そうというのだ。

「そうですね」
 水渚は話に入っていけず、思わず手元のアルバムを眺めていた。

 ここにいる時の斗織の写真だ。それも今まで見たことがないものばかりで目移りする。
 自分の記憶が確かなら、これは一度も見たことがないものだ。そう思ってアルバムをよく見ると、渡されたアルバムは二種類あり、一方は斗織が残したもので、もう一方は葵が残していたものらしい。

 水渚が持っている写真は、どれも素っ気無い斗織の表情が多かったのに比べ、こっちはまったく違った表情を持つものばかりだ。

「斗織ってこんなんだったんだ」
 ぽつりと水渚が呟くと、どうやら真剣な話をしていた二人の興味がこっちを向いたらしい。

「そん時は、あんま可愛い子じゃなくてな。生意気なこと言う奴で、「秀才なんてはいて捨てるほどいる」っていやあ、「じゃあ、もっとがんばればいいでしょ」とくる。「つまんねー奴になんな」っていやあ、「面白可笑しく暮らそうなんて無理だ」と言う始末だ」

「で、どうやって普通になったんですか?」
 不思議そうに水渚が聞き返す。

「ほっといた」

「え?」

「どんなに頑張ったところで世の中全部解るわけねえだろ? そういうことすら解らない馬鹿だったから、ほっといた。そしたら、透耶が。「それ、普通 に暮らして何処で使うの? お金持ちのお家じゃ使ってるの?」と言いやがった。その後、「かくれんぼって結構面白いんだよ。見つからない場所って探すの難しいんだ」ときた。そうしたら、ころっと考えが変わった。それからかな、この家にいるようになってから、勉強のべの字も言わなくなったのは」

 そう言われ、水渚は思い当たることがあった。初めて斗織と会った時、彼女と同じような考えだった水渚に、かくれんぼをしようと言ったのは、これだったのかと。

 そして、勉強を頑張ってやっていると「ほどほどがいいのよ。世の中を渡っていくなら」と言っていたのも。
 全部自分が経験したことを教えてくれたのだ。

 勉強が出来ても、それでは世間は渡ってはいけない。いつまでも学生ではないのだから、いつか教える立場になった時、それを上手く伝えられるかも求められる。

 愛情を知らない子供は愛情を上手く伝えられない。だから、斗織は精一杯の愛情を注いでくれた。
 誰かを愛せるようにと。

「斗織が水渚を引き取るって時は、結構もめたな。保護者は上手く出来ても、子育ては出来ないと思ったからな。透耶ももちろん反対した。理由があったからな。でも、光琉が言ったな。案外上手くいくんじゃないかって。お母さんが出来なくても姉なら出来る。それでいいじゃないかってな」

「あーそっか、お母さんって感じじゃないのは解る。姉ならぴったりかも。どんなお母さんでも、お母さんはいるから、必要なかったし」
 水渚はそう言って納得した。
 どうやら光琉の発言が正しかったようだ。それは本当にそういう感じだった。母ではなく姉という存在

「そのようだな。それに、あいつには弟が二人もいたんだから簡単だったろう。母親は甘える存在であるが、姉は真似する存在だしな。お前は結構斗織に似てるよ」
 葵は水渚を見ながら、ふっと思い出したらしい。

「どの辺が?」
 大介にはそうは思えなかったので聞き返す。

「なにかっつーと溜め込む癖。一人で何でも出来るような気になる。勉強はしても一番でなくていい。勝っても嬉しくない、負けてもどうでもいい。でも、一人だけ負けたくない奴がいる、けれど負けてもいいと思ってる。人の話を聞かない時は読書で誤魔化す。かといって聞いてないわけでもない。人の話はとりあえず頭の中にストックしておく。無意識でもストックが出来る。覚えておく時は映像と音声が同時……まだ言うか?」

 一気に葵が特徴を言うと、水渚が大声を上げて遮った。

「うわあああああ!」
 そこまで似ていると正直怖い。
 それを聞いていた大介は納得したように言った。

「結構、似てますね」
 そういう癖は斗織にもあったし、現在の水渚はそのままそれに当てはまるから納得するしかない。

「だろ?」

「けど、一人だけ負けたくない相手ってのが思いつきませんが?」
 大介が不思議そうな顔をして首を傾げる。思いつかないのだ。

 いきなり確信を突かれて、ドキリとしたのは水渚だ。
 まさか、一番突っ込んで欲しくないところに突っ込まれるとは思わなかった。

「いいじゃねえの。負けてくれるっつんだから」
 解っているらしい葵はニヤニヤしてる。水渚はひゃーっとなっている。
 双方を見比べて、大介はある結論に達した。

「もしかして、私、ですか?」

 何処が負けたくないのかは解らないのだが、この状況では自分しかいないだろうという結論だ。

 水渚は恥ずかしくなって、アルバムを数冊抱えると、そのまま部屋を走り出た。

 それを呆然と見送った大介を余所に、苦笑した葵が迦葉に水渚を探してくるように命じる。ここは、彼にとっては初めての場所だから、迷うだろうと思ったのだ。

「当たりですか、へー」
 妙に嬉しそうに言う大介。

「好きは好きだが、斗織の意識を向ける相手としては負けたくないってところだったのだろうな。ま、こういう場合はどっちもどっち」

「理解している振りでどっちも当たってないってことですか……」

「水渚は斗織が大介に自分を憎むように仕向けたと思い、お前は戦線離脱させられた理由に固執するあまり、憎むべきかと思っていた。両方とも外れ」
 葵はきっぱりと言い切った。

「斗織から理由を聞いていたんですか?」
 知っていて黙っていたなら酷いと思い、そう聞き返したが葵は首を横に振った。

「いんや。ただ、あいつは大事なものは最後まで置いておくタイプなんだ。昔からそうだったよ」

 そう言われてしまったら何も言えなくなった。

 確かに近くに居過ぎると真実が見えないものだ。
 あまりにシンプルな答えに、血縁には勝てないと思った。