novel

Distance 4round Start in my life1



 左部邦裕(さとり くにひろ)が、自宅から少し離れた場所にあるコンビニの帰りに寄った公園の茂みの側に寄った時だった。

「永遠に」
 と、聴こえた。
 それは綺麗な旋律に乗った歌だったと思う。
 その後も少しだけ、ラララと綺麗な音階が聴こえる。

 でも、歌はそこで終わりだった。
 とても綺麗だと思ったのは、それをちゃんと聴き終えてからで、その間は思ってもいなかった。

 ただ、呆然としただけだ。
 なぜ、呆然としたのか。

 それは、分析すれば、その声は少年のものであるが、ソプラノ風と言えばいいのか。普通の少年には出せない音を出していたからだ。

 初めは少女が歌の練習でもしているのかと思ったが、こんな時間。そう12時を回った時間に、こんな辺鄙な場所で歌の練習をしていないだろうと思えた。

 左部は動けなかったが、呪縛が解けたようにゆっくりと茂みの影を覗いていた。そこにはよく知っている人物が立っていた。
 名前は、右左唯(うさ ゆい)。自分と同じ男子学校に通い、しかも同じクラスの上に、同じ学級委員。
 左部が委員長なら、唯は副委員長だった。

 それだけ、身近にいる存在なのに、声を聴いても解らなかったのだ。
 それに左部が知っている唯はこんな人物ではなかった。

 歌は下手で、音楽ではいつも音程を外していた。声はもっと低い。
 それが違うのかと解った瞬間に、左部には解ってしまった。
 わざとやっているのには、何か訳があるのだと。
 左部にはちゃんと唯が音程の取れるしっかりとした音階を理解している人間だと解っていた。

 ふとした折りに、ただのCMの曲をちらっと思い出し歌ったことがあったからだ。
 その時は、唯は意識してなかったのだろう。しっかりと音程が取れていて、更にそのCMで歌っている人間より上手かったのを覚えていた。

 それから、なぜ唯がここにいるのかを思い出してみる。
 名簿によれば、唯の自宅は隣町になるはずだ。この辺に住んでいるのなら、何度か出会っているはずであるし、隣町の電車で別れたこともある。
 ということは、わざわざ終電を逃してまでも、ここに来なければならない何かがあったのだろうとしか思えない。

 それがさっきの歌。
 そして、偽音痴の理由。
 だが、そうすると、唯は知り合いには見つかりたく無いのかもしれない。
 左部は迷っていた。
 ここは声をかけるべきか、それとも静かに去るべきか。正直、迷ってしまっていた。

 見つかりたく無いと思ってやっているのなら、知らない振りをしてやるべきなのに、どうしても声を一言かけてやりたくなるのだ。
 そう、すごく綺麗だったと。
 それをしてはいけないと思い、引き返そうと思った時、唯がゆっくりと地面に座った。気持ちよかったのか、伸びをして、そのまま眠りにつこうかとしているような体制に入ってしまったのだ。

 これはマズイと左部は思った。
 この辺りの公園は少し治安が悪い。質の悪い人間が時々出入りをしていて、通行人に悪さを働いている。
 特に女性などは、強姦されそうになったこともあるのだ。
 言っては悪いかも知れないが、右左唯の顔は、見事に女顔なのだ。
 構内の人気があり裏の写真屋でも唯の顔写真はよく売れていると、同級でクラスは違うが仲がいい写真部のやつに聞いていた。

 あの学校で顔が売れると、かなりやっかいなのだが、唯は何故か観賞用のような少し冷たい雰囲気があり、あまりコナをかけられることは少ないようだった。
 だが、ここは学校ではない。危ないところなのだ。
 それだけは知らせないといけないと左部は思い、すっと茂みから姿を出していた。

「おい、ここは結構危ない場所なんだ。寝てると身ぐるみ剥がされてしまう」
 そう左部が声をかけた瞬間に、唯はぱっと起き上がった。

 何が起こったのかは一瞬理解出来なかったようで、唯はぽかん暫く左部の顔をじっと見ていた。
 なぜ、ここに左部がいるのか、それを思ったのだ。

 最初はよく見えなかった顔も、月の光で見えるようになり、それが同じクラスでしかも同じ学級委員の左部邦裕(さとり くにひろ)だと気付いてハッとした。

「な、なんでこんなところに左部が……」
 いつもの低い声になり、唯はそう言っていた。声を戻したのは反射的なものだった。意識してやっているわけでなく、知り合いを見ると自然とそうなってしまうのだ。

 左部がいることが不思議でならなかった唯だが、瞬時に思い出したのだ。
 ここは左部が住んでいる町であり、更にこの近所に左部の家があることを。

「それはこっちの台詞だ。お前こそなんでこんなところにいるんだ?」
 左部の少し心配そうな声に、唯はホッとした。
 それはさっきまでの歌を聴かれたわけではないと解ったからだ。

「いや、俺はよくここに来てて……」
 確かにここにはよく来る方だった。間違ってはいないが、何故か妙に後ろめたい気持ちになってしまう。

「じゃ、ここの危険性は理解していると判断していいんだな?」
 左部にそう言われて、唯は、いつだったか、危ない連中がうろついていた日があって、それに巻き込まれそうになったことを思い出した。

「あの、危ないやつら、まだ捕まってないんだ……」
 そう唯が口にすると、左部は溜息を吐いて側に寄ってきた。
 そうして、唯の隣に座ると、持っていたコンビニの袋からジュースを取り出し、唯に投げてよこしたのだ。

「あ……」
「危ないやつらは神出鬼没だがな、寒いと出ないんだ」
 左部はそう言って、もう一本の温かいコーヒーを取り出して飲みはじめた。

 貰った礼を言おうとするのを遮るようにいわれて、唯は言葉を呑み込んだ。そして、少し間が開いた瞬間に小さな声でありがとうと言った。
 正直歌った後だったので咽が乾いたから、これは本当に有り難かったのである。

「寒いと出ないって、やっぱり寒がりな熊みたいなものだから?」
 唯がそう聞き返すと、左部はニヤリとして言う。

「やつらの住処は、ここから駅前を抜けて、更に唯の家とは反対方向の町にあるゲーセンだ。あそこで、カモを探してるのさ」

「ああ、よく変な連中が問題を起こしてるところだね」
 唯は一度そこを通ったことがあり、彼等に似た服装をしている若者が警察ともめているのを見たことがあったのだ。たぶん、その中のやつらがここで何かをしているだろう。

「あいつらは、仲間がいないとどうにも出来ないからな。連れ立っているのを見たらすぐに逃げろよ。なんならうちにきてもいいし」
 左部がサラリと言った家と言う言葉に、唯は微妙に反応した。

 そう家。
 唯は家に帰りたくない事情があったのだ。

 このまま寒いが、まだ秋口の公園で一晩過ごして、明け方こっそり家に戻り荷物を持ち出そうと考えていたのだ。

 うちという言葉を出したとたん、唯の表情が暗くなったのを見た左部は、理由はこれかと思った。
 歌が下手という嘘の理由はまだ解らないが、今日ここにいた理由は、家出である。

「なんだ、家出でもしたのか? その軽装で?」
 左部がそう言うと、唯はハッとして気まずい顔をした。

 図星だった。
 家人と喧嘩をして、そのまま財布だけを持って飛び出してきてしまったのだ。
 秋口のコートも着てないし、寒いのは確かだ。
 そうすると、左部が来ていた上着を脱いで唯に放り投げた。

「着てろ、冷えてるんだろ」
 コーヒーの缶を握りしめていたのは、寒さからくるものなのは左部にも解っていた。そうして自然とそういう行動をするのも左部の良い部分である。

 普段なら断っていたところだが、ここまで左部に見抜かれてしまったのであったなら、仕方ないと諦めた。
 すると左部が言った。

「どうせ、この辺で夜を明かすつもりなら、うちへ来い」
 左部の言葉に唯は驚いた。

「え……だって、急にそんなこと言ったら……家の人が」

「いや、うちは単身赴任で親父は海外だ。ちなみに母親はいない。俺一人なんだよ。どうせ、勉強もはかどらないしで暇してんだ。来いよ」
 左部はそう言うと、立ち上がって、草を払っている。

 唯は迷っていた。確かに左部の提案は嬉しいものだ。寒いのはないし、寝床は一応室内ではあるし。野宿を考えれば、こっちを選ぶべきなのだが。何故か、妙な感じが自分の中でして、困っていた。

 こうやって、左部に親切されることが嬉しいのだ。

 家でダメージを受けた分、左部の言葉は優しく聴こえてしまう。普段、学校では結構有能ではあるが、人との接触があまりない唯からすると、左部のような周りに人があつまるような人間関係は作れないからだ。

 人付き合いを拒否するしかなかった今まで、こうやって優しい言葉をかけてもらうと、なんだが嬉しくて仕方ない。

「ま、そういうことで行きますか」
 そう言って左部が歩き出す。それに慌てて唯も付いていくしかなかった。ここではぐれたら置いていかれるという恐怖がふっとわいてきてしまった。

 何かにおいていかれる恐怖はトラウマでもある。昔を思い出すと、ふっと恐くなってしまった。
 そして、慌てて左部の側に駆け寄ると、左部が少し驚いた顔をして言った。

「なんだ? 俺、足速かったか? わりぃ」
 そう言って左部は足取りをゆっくりにした。

「え? あ、そうじゃなくて。なんか置いていかれるとなんか恐くって」
 唯がそう言い訳をすると、左部はふっと考えてから頷いた。

「そうだな。なんか、昔、親に置いてかれて迷子になったのを思い出したぞ」
 その時は結構恐かったのだと左部は言う。その意外な左部の姿を思い浮かべて、唯はクスリと笑ってしまった。

「俺だって、生まれた時から俺だったわけじゃないんだぜ」
「う、うんそうだね。ごめん」

「ま、お前は笑ってた方がいいな。そんな世界の終わりがきたような顔をしているよりな」

「え!?」
 そんなに自分は悲壮な顔をしていたのだろうかと、唯は驚いてしまった。

 確かに自分は家出をしてしまったし、今さら、あの生活に戻ろうとも思わない。だが、そこまで悲観してたわけでもないのだ。

 ただ、学校へいけなくなるとなると、自分の生活がどうなるかを考えたら恐いのがある。
 今時の高卒もしてない人間がどんな職につけるのか。それさえも解らないのだ。

 その辺を考えていたら、無性に歌いたくなった。嫌いなはずの歌なのに。何故か歌っていた。
 その時、自分は歌が本当に好きなのだろうかという疑問が解けてきた気がした。

「何をやるにせよ、めいいっぱいやってから後悔するんだな。俺が言えるのはそれくらいかもしれないけどな」
 左部がそう言うので、また唯は驚いてしまった。

 そう自分はただ結論から逃げているだけなのだ。そう無駄な足掻きをしているのかもしれないと思えてきた。
 こんなところで歌ってないで、物事をはっきりさせるべきなのだろう。

 だが、それには十分障害がある。それであの人は納得してくれるのだろうか? 今日だってマトモにぶつかったらこういう結果にしかならなかったのだ。
 いつも自分が折れてばっかりいたような気がする。
 今回もそうなるかもしれないと予想していたところで、左部に会ってしまった。

 左部は何か気付いている様子だが、特に家出の理由もきかないし、困ってるならと手を貸してくれている。
 こういう人間が自分の側にいたとはと気付くと、こんな状況なのに嬉しくなってしまう。

 もしかしたら、左部に家出の理由を話してもさほど驚きはしないのかもしれないと思えてきた。いつでも聡明な左部だ。何かヒントくらい出してくれるかも知れない。

「助かる……ありがとう」
 唯がそう呟くと、左部はにやっとして、唯の頭を掻き回した。

「まったく、髪の芯まで冷えてやがる。速効風呂だなお前は」
「もう、余計にぐしゃぐしゃになる」

「なんだよ。もともとぐしゃぐしゃだったぜ。ほら、草がついてるしよ。お前、犬か? 俺は犬を拾ったのか?」
 左部は一気にそう言うと、自分の言った言葉に受けたのか、一人でケタケタ笑っていた。

 ちょっとムッとした唯だが、楽しそうな顔をして笑う左部を見て、一緒に笑ってしまっていた。
 これが、左部と唯が一気に親しくなっていくきっかけであった。