novel

Distance 6round everywhere1-1



 又起真麻(ゆきの まお)は、それは元気な男の子だと言われていた。

 入学した時は頭はそれほどよくないので、クラスでは下の方であったが、それでも偏差値は高い学校には入れたので、それなりに頭はいいのだろう。

 しかし、態度ややっていることが子供じみているため、みんなは真麻をしょうがないヤツだなあと可愛がっていた。

 そんな真麻たちが物理室の掃除をしている時だった。
 科学や生物なども共有している教室なので、たくさんの標本がある。

 その中にホルマリン漬けのものがあった。
 気をつけているつもりだったのが、注意力散漫だったのかは分からない。とにかくあっと思った時はもうすでにそれは床に落ちて割れていた。
 
「あ……」
「え……」
「ちょっと……まずくない?」

 ちょうど箒を持っていたのは三人で、三人が同時に通りかかった時に割れたのだが、誰も触った感覚がなかった。

「お前触った?」
「いや、お前こそ」

「違うおれじゃないよ」
「じゃ誰なんだよ?」

「勝手に落ちたとか?」
 そんなことを言い合っていても勝手に落ちたわけはない。
 それは分かっているから全員が罪のなすりつけあいを始めたのだ。

 そこに化学の教師がやってきた。

「何をやっているんだ?」

「あ……」
 まずいと思ったのは全員だったけれど、逃げ出したのは二人だけだった。

 逃げるなんて意志はまったくなかった真麻だけが一人、その教師の前に残されてしまったのだった。
    
「あ……れ……」

「どうした、お前が割ったのか?」
 そう聞き返してきたのは、化学の教師で、鉄仮面というあだ名を持っている、京義照仁(たかぎ あきひと)だ。30くらいらしいが浮いた噂一つしない奇妙で静かな教師。

 しかし、近くで見るとそれなりにかっこいい顔立ちなのは真麻でもわかった。
 普段見ようともしなかった顔だっただけに、気になると結構気になる顔ではあった。

「これはお前たちの中の誰が割ったんだ? お前か? 又起(ゆきの)?」
 そう言われて真麻は驚いた。

「え? 俺の名前……」

「自分が受け持っている生徒の名前と顔くらい空で言える」

「すごー……って、あの。これ割ったの、俺なのか誰なのか分からないんです」
 真麻は素直にそう正直に申し出た。
 ほんとうに分からなくて罪のなすりつけあいをしていたのだから。

「だが、この状態だと、後の二人は又起が犯人だったで口裏合わせるんじゃないのかな? これ、30万はするものだから」
 さらっと最後に爆弾を落とす、京義。
 その瞬間に真麻の笑顔は固まった。

「……さ?」
 こんななんだかよく分からない物体に?

「そう滅多に手に入らないものだそうだから、30万したって倉田先生言ってたな」

「……く?」
 ああ、目眩がしそうな名前を聞いた真麻(まお)。

「そう倉田。あの趣味の為にはなんでもござれの倉田先生。割れたってしったら、家に殴り込みだな」

「……やば……今だめなんだ……」
 そう呟くとふらりと真麻が座り込もうとすると、京義(たかぎ)がその腕を引っ張った。

「ホルマリンの匂いで気分が悪くなったんだな? この匂いは独特だからな」
 そう言われ、腕を引っ張られて隣の準備室に連れて行かれた。

 そこは化学だけの教師の準備室だったらしく、教室を挟んだ向こう側が物理などの準備室がある作りらしい。

「……つか、なんでベッドがある?」
 ふらりとしながらでも一応ツッコムことは忘れない真麻。

「実験で泊まり込むこともあるからな。これでも一応論文も出しているんだぞ」

「へえ、それでさ。あの、弁償なんだけれど、お金、少し待って……」
 と真麻が話を先に進めようとすると、そこを京義が遮った。

「他にいい金の出し方がある」
 京義の言葉に真麻は目を見開く。

「え? そんなのヤバイ方法に決まってる……」

「ああ、ヤバイな。金は私が出そう。その代わり、君は君の身体を私に差し出せばいい」

「それって、もしかしなくても、売春とかになっちゃうんじゃ……」

「なるな。だが、すぐに弁償するなら、この方法が楽だぞ。私に身体を出せば、30万耳を揃えて、しかも私が壊したことで始末を付ける。これでどうだ?」
 京義がそう言って、真麻の顔をじっと見る。

 真麻がいいと言えば、それで事が上手くいくと言っているような気がするのは罠なような気がする真麻。

 それでも今は家も大変で、バイトはこれから探すのだから、すぐにお金は支払われない。そして、倉田が問題だ。この教師は一度怒り出すと手が付けられないくらいにかんしゃくを起こすのだ。

 一度同じようにビーカーをふざけて割った生徒に注意をすると金払えばいいんだろいくらだよと返ってきたことから、家庭の教育がなってないと親を早速呼び出し、さらに生徒は補習続きだったという事件があったばかりである。

 あのホルマリンが倉田のお気に入りだったとなると、この騒ぎは更に酷くなる。

 そこに教師であり、同僚で、生真面目で評判はいいらしい京義がうっかり割ってしまったとなったら、話は別かもしれない。

 倉田の方が不注意だったという話になるかもしれないのだ。
 その方が真麻にしても楽なのだが、何故かその身体をだし出せの意味がはかりかねる。

「身体って、変なことしないだろな? 重労働はあんま向いてない……ですよ」
 最後に「ぜ」と言いかけて、真麻は言い直す。

 その言葉に少し驚きを見せたのは、京義の方だった。
 まかさここでこの言葉で返ってくるとは思わなかったからだ。

 この学校へ来て、なんの被害にも遭わず、被害にあっているもしくは周りでくっついているものを見てもなーんにも感じるところはなかったらしい。

「いいだろう。商談成立だ。そこで服を脱いでもらう」
 そういきなり笑顔全開になった京義にそう言われて、真麻はひっくり返りそうになった。
 京義の笑顔が何となく可愛かったのと、身体を貸すことの意味が別にあると気づいたからだ。