novel

Distance 7round everywhere2-5



 埜洲(やす)は知ったことを話してくれた。
 その間ずっと抱きしめてくれていたから逃げ出した現状を知るのは怖くはなかった。

 その教師は、久己(ひさき)が受験と共に学校を休み、東京で受験を始めた時期になると、やはり元々がショタだったらしく、田舎では久己くらいしか食指を伸ばすような相手もおらず、居着けないまま、東京の学校の空きが出来たら東京の学校へ出ようとしたらしい。

 母親のことは久己を呼び戻すには必要と考え、結婚を目処に話が進んでいたらしいが、その話はつい先日立ち消えになっていた。そう埜洲は教えてくれた。

「なんで……?」
 あれだけ世間体を気にし、結婚までしようとした人が諦めるのだろうかと思っていたが、これが違った。

 教師の方が久己の母親にショタがバレてしまったそうなのだ。
 久己の母親にその疑惑を教えた誰かがいたそうだ。探偵は偶然その疑惑を漏らした人から詳しく話をきけたらしい。
  久己の母親はそんな人とは結婚出来るわけもない。自分の息子も手を出されていたのではないか。母親はそんな心配を最近するようになっていた。息子が東京の学校へ逃げるように出て行ったのも、結婚を頑なに反対していたのも原因は教師だろうと。
 息子に手を出しておきながら平然とその母親と結婚しようと考えるような教師の実態が明らかになって、母親は婚約をやっと解消したそうだ。
 久己に事実を確認してもいいのかと問う母親の言葉にさすがに構わないとは言えなかったらしい。久己とは綺麗に別れたわけでもなかったし、久己がどんなことを喋るのかも分からない。さすがにその場を切り抜けるには婚約解消しかなかった。
 婚約を解消すれば言い訳をしてでも切り抜けられる事態と思っていたようだ。

 だが次第に焦ったのは教師の方だ。
  久己(ひさき)の母親が教師の実態を知ったことと、久己の母親に教師がショタで生徒に手を出していたかもしれないと吹き込んだ誰かがいるのを思いだしてくると安泰とはいかない。
  そんな噂が田舎で出てしまったら、教師は田舎にはいられないだろう。今まで久己の母親に遠慮していた誰かが他の誰かに漏らすかもしれない。
  田舎に飽きてきていた教師は、母親と結婚したら東京に戻ろうと計画していたようだったが、今年の教員の空きはなかったらしい。
  あと一年我慢してと予定していたが、久己の母親と婚約解消したところから、教師の悪い噂がどんどん出るようになっていて、今回調べるのにあたって探偵は調べやすかったらしい。 
 さすがに噂が噂を呼び、だんだんきな臭くなったところに探偵が教師を調べていることまで加わって、教師の立場が完全に悪くなり教師は鬱病を理由に一旦休養を取ることになった。

 それが今月に入って長い休みが終わった後のことだ。
 久己は母親へ連絡は一切してなかったので、別れたことすら知らなかったし、母親も急に態度を変えて反対する息子を切ってまで結婚しようとしたことを思うと気軽に久己に連絡が出来なかったらしい。
 間に入ってくれいた親戚は婚約解消のことは知っていただろうから次に久己に会う時に何か話があっただろう。

 休養という休みを手に入れた教師は、事前に母親から聞き出していた久己の住まいや携帯を使って、今更ながらに接触をしようと試みたのだ。今でも久己が自分のことを慕ってくれている無垢で従順な生徒と信じて。
 だが、その夢もすぐに終わる。

「久己のことじゃなく、前に性的虐待を受けていた生徒が、その教師を訴えてきたんだ。それが昨日の出来事だそうだ。休養しているはずの教師は東京で前に従順だった生徒を数人呼び出そうとしてたらしい。久己のところに連絡をしてきたのも、昔の知り合いだったからなのと東京にいたから、誰か一人でもひっかかってくれればってことだったようだな」
 埜洲(やす)の言葉に久己は息を呑んだ。それは教師にとって一番避けたかったことではないだろうか。

 教師はその従順だった生徒に連絡をつけて呼び出そうとしたのだが、その生徒が何度も脅されて関係を強要されていて、それが教師の転勤でやっと解放されたのに、また脅されて呼び出されてしまい、今度はもっと悪いことになると生徒がパニックを起こしたおかげで教師の過去の行いがバレた。
 そして再度連絡を取ってくる相手に、家族は訴えることにしたのだという。教師のせいで生徒は家から出ることも出来なくなるほど恐怖を感じていたからだ。

 教師が久己に連絡してきたのは、その訴えが本当に出されて、教師が自暴自棄に出た結果らしい。
 埜洲はこれを知っていたので教師が久己の前に現れるという事態はないと思っていたらしい。

「悪かったな久己。明日にでもニュースになるだろうからそこから久己は事実を知ることも出来るし、俺が調べたこと言わなくても久己の方は色々解決するだろうとみていたんだが、まさかまだ逃げ回っているとは思わなかったんだ」
 埜洲はこの事実を知って嬉しくて祝杯を勝手に上げていたそうだ。そんなところに久己の様子がおかしいと聞いたら確かに慌てるだろう。

「……あ……そうだったんですか……」
  あっさりと教師のしてきたことが明るみになっていたことに久己は拍子抜けしていた。

 あんなに怖かった存在だったが、今は逃げ回るのと言い訳を考えながら現実逃避しているのが実情らしい。

「何人も手を出していたから手慣れたものだったんだろう。でもそれも終わりだ」
 彼には取り繕うやましいことが久己のこと以上に山ほどあるのだ。

「……でも、俺、被害とは思ってないんですよ」
 久己はそう言う。元々自分は女性を好きになるより男性にあこがれをもっている方で、性の対象も男性なのである。だから母親にも言えなかったし、教師とも顔を合わせるのが辛かった。実際裏切られたと思っていた。
 他元生徒みたいな脅しは久己には必要なかったから、被害とは言えないだろう。

「まあそうだろうと思った。久己が被害だと思っていたなら、その教師である俺のことは徹底的に避けていただろう」
 埜洲はこの事件のことで久己は絶対に教師を訴えないだろうと予想は出来たらしい。

「久己、俺を好きになれよ」
 唐突に埜洲(やす)はそう言った。
  びっくりして埜洲を見ると にっと笑っている。この顔はどうにも憎めない。
 やっかいな事情を抱えている久己(ひさき)に、埜洲は好きになれという冗談で言える台詞だったはずの言葉が事情を知っている相手となった今、冗談ではすまない言葉になっていた。
 
「なんで俺なんですか……?」
 久己は誤魔化されるのは嫌で、顔を眺めると埜洲はにこりとしている。敢えてやっかいな事情がある相手を選ぶ埜洲。その理由を聞きたかった。つまり惚れたというならそう言って欲しい。

「久己の倒れている姿に萌えたって言ったら、久己はどう思う?」
 埜洲は苦笑してそう言った。

「……へ?」
 意外な言葉に久己はぽかんとする。
 倒れていた姿というからには、初日の式の時のことだろう。まさかその倒れた姿に萌えたから手を出した。しかもあんな卑怯な手を使って。更に探偵まで使って過去を調べたというのだ。

「どう思う?」
「……あ……と、えっと、すごく変人ですね……」
 久己はなんとか言葉を言ったのだが、どうしても変人にしか思えない。普通。惚れたからといってそんなことしないだろう。

「だよな。俺も変だと思ったんだが、久己がさ、こう眉をハの字にしてるのが、一番萌えるんだよな。だからいろいろやりたくなってくるっつーか、もう止まらない自分にびっくり」
 埜洲はそう言うと、久己の唇にキスをする。
 温かで、煙草の味が苦くて、けれど心地いいキスだ。
 黙って受け入れる久己に不思議になったのか埜洲が尋ねる。

「……拒否はしないんだ?」
 埜洲がそう尋ねてくるが、今日の久己は反撃する気はなかった。

 今までの胸のつかえが取れたのと、さっきまでの恐怖が抜けたから、自然と受け入れられたのだと思うが、それでもさっきまで埜洲の存在で自分が安堵していたのだと分かっているから、それを認めないのは駄目だと思う。

「拒否したら解放してくれるんですか?」
 久己はそう聞き返していた。ただそう聞いたときは笑っていた。

 すると埜洲は少し驚いた顔をして久己を見る。
 さっきまで怯えていた久己の顔は少し照れて赤くなっている。そっぽを向く目が照れて直視出来ないと訴えているようなものだ。

「いや、解放はないな。だって、久己は最初に俺と約束したもんな。負けたんだから俺のモノになるって」
 埜洲はにっこりと笑って久己の頬にキスをする。
 久己はそれを受けて、ボソっと呟く。

「逃げる余地すらないじゃないですか……でもそれでいいです。嫌じゃないです」
 その声を埜洲は聞き逃すわけはなく、クスリと笑う。はっきりと好きだと言わないけれど、言わないからこそただ照れているのだと分かるからだ。

「今日は疲れただろうし、寝るか。あの事は事情がはっきりと分かったら久己にも知らせるよ」
 今日散々久己を抱いて酷使したのを思い出した埜洲は、久己にそう言った。

「もちろん、ベッドは一つしかないけどな」
 埜洲はそう言って、久己をベッドに連れていってそのまま布団に押し込んだ。

 抱きついてくる埜洲がちょっと鬱陶しいけれど、誰かと寝るのは久々だったからこの温もりは懐かしかった。緊張と疲れが重なっていた久己は、ここに来る前に寝ていたというのに、また静かに眠りだした。
 この度は自分を好きだと言う、エッチでどうしようもなく可愛い人と共に。



「あー、夏服になると、なんかラインが見えてエロイなあ……」
 放課後に保健委員が集まって保健委員の雑用をしていると、それを見守っていた埜洲(やす)がそう呟く。
 ここの制服はブレザーだから、夏服になるとワイシャツ一枚になる。それまではブレザーは着てなくてもウェストコートまで脱ぐことはなかったから余計にそうなるのだろう。
  ただその台詞を全員がスルーしている。

「……で、夏風邪がはやっているようですので、注意を呼びかけてください」
 その言葉を遮るようにわざとらしく三年の保健委員長が言葉を被せた。

 保健室に長く出入りしていれば埜洲の戯言は全員が慣れてしまう状態だ。クスクス笑っている人もいれば、何言っているんだ?という顔をして呆れているものもいる。誰がターゲットなのか知っているから余計にそうなる。

 その中で一人、頭痛でもしているかのように額に手を当てて唸っている者が久己(ひさき)だ。

 あれからすぐに久己の田舎の教師は訴えられた問題が問題で裁判になり、さらに教職を追われたそうだ。大々的にニュースにもなったが、すぐに忘れられるような問題だったのか、話題はすぐに別の事件へと移り変わっていく。だが教師がしたことはしたこととして裁判は続いているし、訴えた人の他にも教師から脅迫を受けていたという生徒が何人も現れて裁判は長引きそうだが、内容が内容だけに刑期も長そうだった。

 久己のことは知られることなく、久己もまた母親にも黙ったままだった。教師との関係は久己の中では被害ではなかったから告げ口しても無駄だったのだ。
 ただ一つ伝えたことは、自分が男性を好きになるような同性愛者であることを認識したことだった。

 母親は一瞬何か言いかけたが、ずっと素直だった久己が逃げるように母親の元を去ったこともその原因の一つで、ずっと親戚の人には相談していたことを伝えると、完全には納得してもらえなかったが、否定はされなかった。

 さすがに教師と付き合っているとはまだ言えないが、このまま埜洲と付き合っていくことになるだろうから、いずれは紹介することになるかもしれない。でも母親の中では教師という存在は禁句だろうから卒業するまでは言えない。

  成長すれば考え方が変わることもあるかもしれない。だからそれまで自分で色々考えてみたいと久己が言うと、母親はそうしてみるというなら久己の好きにしたらいいと言った。
  久己を切ってまで結婚を強行しようとした母親だから、久己の言葉を頭ごなしに否定は出来ないのだろう。
  久己の信用を失っていることもあるが、一番辛くてしんどい時期の子供の相談相手をしていた親戚の人がかなり母親を責めたらしく、久己が言うことを考えもせずにいきなり否定することはしなかっただけでもかなり変わっていた。
 それが久己には少しだけ嬉しいことだった。

「……って、先生、触るのやめてくれませんか!?」
 ズボンの中にしまっているワイシャツを引きずり出されて、久己は慌てて引っ張って戻す。

「やだ」
 埜洲はそう言い切ると、むき出しになる久己の脇を撫でたりしてくる。その手がいやらしく動いているからさすがに久己も焦った。

「や……やめてください!!」
 久己がそう叫ぶも、だんだんと近寄ってきた埜洲は久己を抱き込んで生徒たちに言うのだ。

「もうみんな帰れよ、気が利かないな」
 などと言い放って生徒たちを保健室から追い出す。

 当然いつものことだから生徒たちは埜洲の言い分を聞いて笑いながら出て行く。それを引き留めようとするも無駄な努力で、ブレザーがなくなった今の時期はワイシャツも脱がしやすく、久己はすぐに裸に剥かれてしまったのだった。

「また……ですか?」
「久己が美味しそうだからいけないんだ」

「何言っているんですか、もー」
 呆れてがっくりする久己だか、内心はドキドキしている。

「好きだぜ、久己」
 埜洲はそう言ってキスしてくる。それを受け入れて久己も心の中で呟く。

――――――好き。と。