novel

Distance 9round Losing a distance 3

 景に下水流(しもつる)が付きまとうようになって一週間。その後、景は下水流に付き合わされるように写真部に入った。
 その理由が。

「し、信じられない……こんな経理管理で、適当にやってたなんて……裏販売があるから持ってるような部なんて聞いたこと無い。あなたたちカメラ以外にも興味持ってくださいよ」
 帳簿を出せと迫り、景が中を見ると、信じられない状態だったので思わず、景はそれを整理してしまった。

「だって他に経理するヤツいないし……それで」
「それでこの状態でよく部が持ってるな、信じられない。誰か経理出来る人間を……ってなんで全員俺を見てるんだ」
 写真部の中でパソコンに向かっていた景を、周りは皆尊敬の眼差しで見つめていた。

 経理を完全に管理出来ない人たちから見れば、景の出した部の予算関係の問題解決は尊敬の眼差しで見るものだろう。

「ここまで完全にやってくれた部員はいなかったよ。上和野(うわの)、他の部に入ってないなら、お願いだ入ってくれ!」
 そう言うのは3年の部長だ。必死に頭を下げている。

「ええ!? ちょっと待って下さい!」
 景は慌てて盛り上がっている先輩たちを止めようとしたのだが、写真部12名の部員は全員聞いていなかった。

「やっと、うちの部にも経理が!」
「これで適当な経理担当から手が離せる!」
 などど言っているから、経理関係は本当に適当にやっていたらしい。
 それは景からすれば信じられないという顔をしていたが、最後には怒鳴っていた。

「適当だって?」
 景の低い声に全員が黙った。

「写真部って言えば、カメラは自前だけど、暗室での現像道具などは部費のはず。それを適当に管理していただって?」
 低い声でフルフルと震える手でマウスを握っている手がミシっと音がした。

「馬鹿者が! 写真部の部費は他の部と同じように高いはずだ。それを適当に管理? ふざけるな!」
 景が怒鳴ると全員がひいぃっと悲鳴を上げて肩を竦める。しかしでもだってと言い訳が沢山出てきて結局まじめにやりそうにない雰囲気だった。
 あまりの酷さに景は。
 
「分かった俺がやる。こんなのに高い部費を適当に使われたんじゃたまったもんじゃない!」
 思わず自分でやると言い切ってしまい、周りはポカンとしたが、瞬時に歓喜に変わった。

「やった!」
「さすが上和野さん!」
 持ち上げるだけ持ち上げて置きながら、ここで逃げ出したらきっと気になって仕方ないので、景は逃げるわけにはいかない。

「いいのか、景?」
 一人だけ輪には入っていなかった下水流が景に確認する。
 結局下水流の要望通りになってしまったわけだが、それでも景は仕方ないと思えた。下水流が景をほしがった本当の理由が適当経費管理では、不安で部活に集中も出来ないわけだ。

「お前だって経費が無茶苦茶だったら、せっかく楽しくやってる写真を駄目にされかねないだろう? 写真といえば、結構撮る人もいるし、お前らは裏活動もしているから、誰かが部費を持ち逃げしても分からないって寸法になってたのも気に入らないからな」
 景は何より逃げるのが嫌いだ。
 目の前に問題があるのに、逃げた両親のことも許せないくらいだ。
 それに景には理由がある。

「お前、写真部に入ってないんだろう? 俺に付き合って下校しているから変だと思ってたんだ。あんなに真剣に写真撮るようなヤツが撮らないでいられないだろう?」
 景がそう言うと、下水流が一瞬ポカンという顔をしてから、柔らかく微笑んだ。

「景……大好き」
 ほうっと息を吐きながら下水流は景に抱きついた。
 本当に好きになった。最初は好奇心から近づいたのに、景は朝の言う通りに本当に優しい。
 人のことを考えて行動出来る。

 そして景が今優先している人物は、下水流孝晃(しもつる たかあき)なのだ。それが下水流の中に積もって、どんどんを優しい色をしていく。
 上和野景という人間、それが分かってくるだけで、どんどん好きになる。友人という枠にいるなんて絶対に無理だ。
 朝が言っていた。孝晃くんはきっと景を好きになるよ。そう言っていた。その通りになった。

 どうしよう、本当に好きで好きで好きで。どうしようもないくらいに好きになった。
 綺麗で美人で、言葉はキツイがそれは自分に不用意に近づく人間を遠ざけているだけのことで、本当はちゃんと知り合いになれば、景は他が気にならないくらいに大事にしてくれる人なのだ。

 そういう性格を知っているから、景はあまり知り合いを作らないのだろう。それは今まで朝という兄が座っていたから必要なかった。でもその席に今は下水流が座っている。
 大事な兄のことを知りたがっている景を振り回しているように見えて、景本人はそう思っていない。

「知ってる……お前が俺を好きなことくらい知ってる……」
 景は顔を赤くしてボソッと言った。
 景だって誰かの思いに鈍いわけではない。ただ朝のことだけは気付かなかった。兄弟だからあり得ないと気付かなかっただけなのだ。
 それは景のせいではないし、朝のせいでもない。

「だけど、俺にはお前が好きなのかどうなのか分からない。どう考えたらいいのか分からない。だからずっと考える」
 景は顔を赤くしたまま下水流を拒絶することはしなかった。それは朝との立場が違えば、下水流に恋をすることはあるということなのだ。

 朝との間には景はずっと兄弟として好きという気持ちしか育たなかった。それが分かるだけに下水流は少しだけ、朝に悪いと思った。

 今は景のことを思い出としていたとしても、景が男を恋愛対象として見ることが出来たなら、兄弟でもありだったかもしれない可能性があったという結果が出てしまったからだ。
 少しだけ下水流は景に朝を会わせることが嫌になった。

 景を好きだと嬉しそうに語っていた人に、恋をしようとして可愛くなって、美しい弟を会わせるのは酷かもしれないし、今更やっぱりと考えを翻させられたら困るのだ。

 そんな下水流の携帯に朝から「景に会おうと思う。覚悟は出来た」と返事が入った。

 部室にいると意外に楽しかった。
 写真の部品を綺麗に磨いたり組み立てたりして、部員たちは自分たちが持ち寄った写真を見せ合ったりしている。

 裏の写真はやはり写真を撮り慣れている先輩が行っているので、1年、2年は自分の写真を撮って学園祭などで発表したりし、品評会にも出したりする。
 その写真を自分で現像したりして選ぶのに景の目は非常に役に立った。

「そっちの方、もうちょっと暗めの時間でも良い感じになりそうだね」
 いろんなアドバイスを出すと、皆最初は不思議がっていたが、その通りにするといい写真が撮れた。
 写真には詳しくなくて美意識が強い目をしているのだろうか、景の慧眼は凄かった。

「上和野(うわの)さんの目は確かだな」
「うんうん、凄いな。経理どころかうちの部の女神じゃねーか」

「お陰で技術より目の方が確かになりそうな気分」
「俺も俺も」

「確かに今まで見るものと、上和野に言われてから見るものは違って見えるからなあ」
 部員たちは皆そう言って自分の過去の写真と今撮ってきて現像した写真を見比べている。
 そうして見ると違いが一目瞭然だった。

「けど、やっぱり下水流(しもつる)はレベルが違うよな」
「ああ、物心ついた頃からずっとカメラを触っていたって言ってたし、父親はアレだしな」

「俺らとは違うレベルのところで写真撮ってるって感じ」
 彼らは別に下水流を恨めしく思っているわけではないが、やはりカメラに興味を持った期間や、彼が学んできた環境からではレベルが違うことは分かるということを言っているだけなのだ。

「つーか、こうやって撮られた上和野ってこんな顔してんだな」
 ポッと顔を赤くした先輩が口元を掻きながら照れたように言うと、暗室から出てきた下水流が大声を上げながら写真を取り返しに来た。

「先輩! 勝手に見ないで下さいよ!」
 下水流が写真を取り返すと、先輩たちはにやにやしていた。

「お前、ほんと写真撮る時とこんな時は別物だな」
 大慌てに写真を隠す姿と、写真撮っている時の下水流の顔はそれこそ違う。写真を撮ったりする方が真剣で普段の甘い顔はしていない。

「普段は下水流は犬みたいで可愛いのによ」
「そうそう、お前の写真だって結構出回ってる中ではいい方なのにねえ」

「あ。カッコイイランクとか言うやつですか?」
 先輩たちがそう言っているのを聞きながら、景は過去の経理ファイルを打ち込みながらも、気になったカッコイイランキングという項目を探してみていた。

 下水流孝晃(しもつる たかあき)。一年の中では三番目の人気。外部組だったため写真が少なかったが、注文が殺到。ノリに乗った下水流が挑発するような視線込みで先輩に撮ってもらったのを売り出すと、一気に人気が上がり、今年三番目の人気になっている始末だ。つまり写真部が売り上げ目的で下水流で釣っているわけだが、それは皆分かっているのでわざわざ買ってみる客もいるほどだ。

「そりゃカッコイイはずですよ、本人モデルやってたって言ってたし。ほら」
 そう言って出してきた写真は、下水流が本当に中学生の時にモデルをやっていた証拠品。中学生や高校生をターゲットにしたファッション誌のページだ。そこにモデルになって写っている下水流がいる。

 髪型や色はかなり派手にしてあるが、モデルは引退したと本人が言うように、髪の色は元に戻して黒にし、髪型もそうは見えないようにしてあるので、これだけで下水流を割り出すのは難しいらしい。

 だが、下水流は隠すつもりもないようで、利用できるものなら何でも利用しているようだった。

 景だけはこの部に入るまで、下水流が何をやって育っていたかなどはまったく知らなかったから新鮮だった。
 けど下水流が過去を写真部の部員には話しているのに、自分にはあまり話してくれてないことが悔しいのだ。人から聞かされるのは本当に悔しい。

 だからと言って下水流のことを嗅ぎ回るのも嫌だ。更に本人に尋ねるのはもっと恥ずかしくて嫌だ。
 けれど聞かなければ知ることは出来ない。

「景」
 ぼーっとして考え事をしているところを呼ばれて景は慌ててカッコイイランキングを消した。

「な、何?」
「……景、気になってきた?」
 振り返るといつものように肩のところに下水流が顔を乗せていた。振り向いた拍子にキスでもしそうになって景は更に慌ててた。

「おしい、事故でキス出来そうだったのにね」
 耳元で低い声でそう言われると、景の心を読まれているような気がして鼓動が早くなる。
 後ろの部員たちがカメラを整備し終わって部屋を出て行く音がしている。

 だが景は動くことが出来なかった。
 後ろから回ってきた手が顎にかかっていたけれど、そこから体が熱くなっている。
 その手をまったく拒否出来ない理由は一つしかないだろう。
 景は下水流のことが、今まで出会った誰よりも好きになりかけているというものだ。

 肩に在った重みがなくなって、顎を持つ手が顔を後ろに向かせた。
 抵抗すれば出来ただろう。けれど景は抵抗はしなかった。

 だって知りたかった。
 好きだという気持ちが育っている訳を。下水流孝晃という人間を。その目で肌で感じてみたかったのだ。
 下水流は啄むようにキスをして、もう一回キスをしてから離れていった。

 ぼーっとしたままそれを受け、離れた唇が寂しくて手で触れていると、後ろで下水流が出て行く音がした。

「……キスした……」
 思わず呟いて景は顔を真っ赤にして口を手で塞いでいた。
 何も言わなかった下水流が気になったが、その二時間後に写真撮影から戻ってきた部員たちの中にいる下水流に聞き返すことは出来なかった。

 この心臓の鼓動が激しくなる理由。
 それは下水流と付き合っていく中でドンドン大きくなる。
 それはきっと恋という名の物だろう。
 それを自覚した景はやっと下水流の顔を見て、ちゃんと微笑むことが出来た。

 その日、景は初めて自分から下水流を誘って帰ろうと言っていた。

「景?」
「さあ、行こうか?」
 景が笑ってそう言うから、下水流もキスは悪いことではなかったと感じられた。景は嫌がっていたなら怒っただろうし抵抗もしただろう。だが、抵抗はなかった。景は怒ってもいない。
 ということは、受け入れられたと言えよう。

 それが他の誰に受け入れられ嬉しいと思う気持ちとは、天と地ほどの違いがあることを下水流は嬉しく思った。
 どんどん景との距離が近くなって、そのうち溶け合ってなくなるような気分だった。