novel

Distance 9round Losing a distance 5

 翌日起きてみると知らない天井を見て目が覚めた。

「あれ?」
 一体何処に自分が居るのか考えて、ふっと思い出した。

「そういや、孝晃(たかあき)の家に来たんだっけ」
 それから喧嘩をして好きだと言い合って、キスをした。そこまでは記憶にあるがその後がない。
 一体どうしたんだと不思議がっていると、目の前に見えていたドアが開いた。

「あ、景起きた?」
 下水流は風呂に入っていたようで、ジーパンとワイシャツ姿で、頭にタオルを乗せている。

「あ、俺……」
「ああ、景、あの後寝ちゃったんだよ。疲れてたみたいだしねぇ」
 下水流が笑ってそう言った。

「寝た? 俺寝たの?」
 どうやらキスをしていて気が抜けたら寝たらしい。

「ご、ごめん」
 さすがに告白の後キスをして安堵して寝るという失態をした自分が情けなくて景が謝ると、下水流はやっぱり笑っていた。

「いいよ、別に急いでなかったからね」
 下水流はベッドに座ると景の顔を手のひらで包んでキスを軽くした。

「うん、これで十分いいよ。急がないからいいよ」
 下水流はがっついたところは見せずに、ニコニコと笑いながら景の頬を撫でている。
 それに景はホッとしたような顔をして、下水流にされるがままになってしまった。頬を撫でる手が優しくてとても安心するのだ。

「こうしてていい? 凄く安心する……」
 景が普段言わない言葉を言いながら、下水流の手の上に手を重ねると、下水流は優しく笑って景を引き寄せてベッドに戻った。

「今日は一日寝て過ごそうか?」
 引き寄せて抱きしめた景に下水流が言うと、景は頷いて下水流に引っ付いた。こんなことは普段は絶対にしないだろうから、下水流の前でだけ景は素直になれるようだ。

 しかも告白をした翌日ともなれば景もいつもとは違う気持ちで居るのだろう。そうした柔らかい時間を大事にするのもいいだろうと下水流は思っていた。急ぐことはないのだ。

 そうしてその日はずっとベッド中で二人はお互いの存在を確かめるように触れて笑って喋って、いろんなことを楽しんだ。
 食事は配達して貰って食べ、それを片付けるとまた二人でく
っついてソファに座ってテレビを見ながらキスをしたりした。

 そうして二日も二人っきりで過ごしていたが、学校が始まると景はいつものように戻っていた。

「景、何かあったのか?」
「ん? 何が?」
 浩紀が白々しいとばかりの視線を向けて別に何もないと言う景に更に質問をしていた。

「お前、下水流(しもつる)と何かあっただろう?」
「ないよ」
 即答する景に浩紀は何で隠すんだと思い、また突っ込む。

「お前、顔が緩んでるの気付いてないだろう?」
「…………緩んでる?」
 どうやら本人はそのつもりはないようだったが、完全にキツイ顔がいつもと違うと見破れるのは親友のなせる技だろう。
 景は顔が緩んでいると言われてそんなはずはないと自分の顔を触っているが、いつもなら怒鳴るところだろうに景に変化が現れている。

「下水流と何があった?」
 浩紀が真剣に聞き返すと、景はやっと本当のことを言った。

「好きだって言った」
「……へ?」
 景の緩んではいるとは言っても普通に人が見れば平然とした顔から出てきた言葉は十分浩紀を驚かすモノだった。

「だから、俺も好きだって言っただけだって、それ以上はその……あれだ」
 最後は少し照れて誤魔化した。キスしたというのは何故か照れた。
 
「キスしたのか?」
 照れている様子からたぶんこれくらいだろうと思って浩紀が言う。

「した……それが普通じゃないのか?」
 景はその行為に繋がることは不思議ではないと思っている。それが普通の流れではないかと。好きだと告白する前からキスはしていたし、通じ合ってたら余計にしたくなる行為だとも実感したからだ。

「いや……正直驚いた。まあ、お前は犬好きだし、ああいうの嫌う方じゃないから、まあいいんじゃねーの?」
 浩紀はやっと景が朝との関係を修復したのだなと感じられた。下水流が朝の居場所を知っていることは浩紀は知っていたし、その繋がりがあることも知っていたから、朝と何かあって、今の景の雰囲気を作っているのだろうと思えたのだ。

 それまでの景はかなり警戒したピリピリとした雰囲気があったのに対して、今はそういしたモノが一切なくなっている。
 何かあったのかと聞かなくても何かあったのだろうと分かってしまうほどの違いだ。

 だが、普段がそれほど人と接していたわけでもないから、変化に気付くのは所謂身内という人たちの間だけである。

「好きだって分かったからそう言っただけだ。そこにどんなことがあったとかはない」

 朝に会ったから変わったわけではない。初めから景は下水流の視線をずっと受け入れてきた。好きだという好意の視線をずっとだ。そうしていれば、いつかは何もなくても自然と景は下水流を一番に意識をするようになっただろう。

 そうして意識していくうちに朝に感じる兄弟愛とは別の感情であることを景は悟ったのだ。
 ただ好きだと思うこと。ただ下水流孝晃が好きだということだ。
 景がそう言い切ると、浩紀は仕方ないなあと諦めた。

「正直に言うと、俺さ。朝さんにお前のこと頼まれてたんだ。朝さんが消える前のことだけどさ」
 浩紀はこれはもう時効だろうと白状して、朝に消える前に学校での景のことを頼むと言われたことを話した。すると景はふむと考え込んだ後笑って言った。

「心配するなら、消えるなって言うところだな」
 景がそう言うと浩紀も笑って言った。

「だよな。俺マジで焦ったからな。居なくなることは聞いていたけど、失踪ってなんだよって」
「朝は事を軽く考えているところがあるからな。頼んだことも今は忘れているかもな」

「ひでー、けど朝さんらしいよ。そういうところ」
 浩紀がそう言うと景も頷いた。
 朝には自分が手一杯になるまえに分担をしていったのだろうが、浩紀へのサポートすらも忘れているだろう。そういう話は昨日でなかったからだ。

「今度朝にそう言っておくよ。「兄さん、浩紀のこと忘れているだろう」ってね」
 景が苦笑して言った。
 
「そうしてくれよ。やっと俺はお役目も忘れて、お前と友達やってられるってね」
 浩紀がそう言ったので景は笑ってお役目ご苦労様と言ってやった。本当に浩紀が側に居てくれたお陰で景は学校生活も上手くいっていたし、助かりすぎていた。そんな彼が朝との約束に縛られていたとなれば解放してやるしかないだろう。

「それでお前の犬はどこなんだ?」
「さあ、部活に朝から出てるみたい」
 昨日の夕方に別れてから今日まで景は下水流には会っていない。彼は朝から部活に出ると言っていたので何かやることがあるのだ。

「どうせ現像か何かしたいんじゃないかな?」
 結局カメラ好きだからなと苦笑した景が言うと。

「は? 現像って? あいつ家にも現像の部屋とか持ってるって言ってなかったか?」
 浩紀が下水流から聞いた話を思い出してそう言った。

「……え? 確かに部屋は作業の部屋だって言っていたけど……え、現像する部屋とかあったのか? じゃ何しに部活に?」
 そこまで言って景はハッとした。まさか昨日撮っていた写真をどうにかしようとしているのか?

「ちょっと行ってくる!」
「あいあい、行ってらっしゃい」
 景が慌てて出て行くと、浩紀は笑って見送っていた。本人的にはこれからの景で遊ぼうというところだ。

 そろそろ授業が始まるという予鈴が鳴っているが、景は部室にやっと辿り着いた。

「孝晃(たかあき)っ!」
 怒鳴って部室を開けると、部員たちが大盛り上がりをしているところだった。

「お、やっと来た、上和野(うわの)お前可愛いなあ」
「上和野さん、マジ可愛いですよ」

「おお、上和野これ売っていいか?」
 一斉に全員に話しかけられて景は一瞬だけ怯んだが、彼らが持っている写真を見ると、昨日ふざけて撮った写真の、しかもぬいぐるみを抱えて景が笑っている写真だった。

「…………プライバシーを切り売りはしません」
 低い声を出して写真を取り返すと、部員たちはちぇっといいながらも笑っている。その部員たちは予鈴を聞き部室を出て行ったが、景はその人たちが去るまで待ち、暗室から出てきた下水流を睨み付けていた。

「ああ、景、昨日の写真現像していたら先輩に見つかってさ」
 元凶である下水流がにっこりと笑って言うのだが、どう考えてもおかしい言い回しだ。自分の家に現像する場所があると言っていたのに、学校でやる意味は一つしかない。

「お前は馬鹿か!」
 乾いてアルバムに入れられた写真を取り上げて景が怒鳴ると下水流は景の耳にいきなり低い声で言った。

「だって早く公認になりたかったんだよ。景は俺のモノだってね」
 部員に知らせることで景への想いが伝わったことを知らせているのだ。それもわざと写真を見せて、自分の知っている景の姿はこうやって別にもあると思わせている。
 それを見ることが出来るのは、下水流だけという明確な優越感を持ってだ。他の者のモノにはならないと見せつけておけば、割合写真を買っている者達でも遠慮はするらしい。

 しかしいきなり独占欲丸出しでこられてしまい、景は少しだけ驚いた。告白し合って通じ合ったというのに、まだ余裕のない下水流がいたからだ。

「お前はな、そういうのは言わなくても見せなくても案外誰でも気がつくものだって知らなかったのか?」
 景は苦笑してからそう言うと、下水流はキョトンとした顔をしていたが、それが何を意味するのか分かったのかふっと笑っていた。
 景が下水流の頬を優しく撫でたからだ。
 普段の景なら絶対にしないことだ。

「そうだね」
「そういう訳だから、言いふらさなくてもいい。あと、今月末開けておけ」
 景が少しだけ顔を赤くして下水流を誘うと、下水流まで釣られて顔を赤くしていた。

「そ、それって……そういうこと?」
「開けられないなら、そう言ってくれ」
 景はそれだけ言うと、下水流が慌てて予定を言った。

「俺もそうしたいと思ってた。一緒で嬉しい」
 下水流は上機嫌でアルバムを片付けると景の手を取って部室を出た。それに続いて顔を赤くしたままの景が部室を出ると、鍵を閉めていたが、ふと景の顔を見ると覗き込むようにしてキスをした。

 触れるだけのキスだったが、景が更に顔を赤くしたことで下水流の機嫌は大いに良くなった。
 景は結構大胆なことをいきなり言うタイプであるが、その主導権を握られるのは下水流は男として出来れば自分が握っていたいのだ。
 赤くなった景だったが、本鈴が鳴ったことでハッと我に返った。

「いけない、本鈴が鳴った……」
「景、走ろう!」
 そう言って下水流が先に走り出した。

「あ……」
「早くしないと、一時間目に間に合わないぞ、景!」
 さっさと走っていく下水流に景は怒鳴り返しながら追いかけた。

「お前が余計なことをするからだろうが!」
 景が怒鳴ると前を走っている下水流がゲラゲラと笑っている。それを追いかけながら全力で走って教室まで走りきった。
 
「お前、だんだん馬鹿になっていくな……」
 教室に一時間目の英語の教師が来る前に辿り着いた景だが、朝から全力疾走してしまったため、机に撃沈していた。それを見て浩紀が呆れたようにそう言ったのだ。

「うん、俺も馬鹿になってるなって思う。だからあえて言うな」
 景は自分でも段々馬鹿になってる気がするので、あまり言われたくなかった。
 でもそれは下水流と居て楽しい出来事だから馬鹿になってもいいと思えた。

 それに月末に約束したこともある。
 恋愛してドンドン馬鹿になって、お互いがいないと生きていけないようになればいいとさえ思えた。
 そうなれればいい、距離を失って絡まってしまえばいい。
 そうなれることが景の願いだった。

 でも今は楽しく馬鹿騒ぎをしている間でも、みんなと楽しくしていることは無駄な時間じゃない。
 下水流や浩紀が教えてくれたことだ。
 朝に拘って一人になっていた景を自由にしてくれた人たちと笑って生活していくのも楽しいだろう。
 
 そうして月末の約束は静かに叶えられた。