novel短編

Dolls-兔(てう)-5

 兔(てう)は麻世(あさよ)にはあまり懐かなかった。
 元々人と暮らしていたことがないわけで、Dollや博士しか知らないからなのかと思っていたが、麻世(あさよ)に対してはあまりいい感情がないらしい。
「麻世(あさよ)さんが嫌いなのか?」
 麻世(あさよ)が来るとご飯を食べる以外では部屋に籠もり、出てこなくなるのに気付いて嘉藤(かとう)が言うのだが、兔(てう)は。
『嫌いとかそういうことじゃなくて……苦手なだけで』
 どうやら苦手で付き合いづらいと言うのだ。あんなにいい人なのに何故だと思うのだが、Dollを見る目というものがあるのだろうか。麻世(あさよ)も兔(てう)がいる時には相当気を遣っているようで、いなくなるとホッとするほどだ。
「なんといいますか、傷を付けたら壊れてしまいそうで」
 麻世(あさよ)の方もそう言う。
 どうやら相性的にはよくないらしいのは仕方ないことだ。麻世(あさよ)が本当に何を考えているのかは読めないが、それで遠慮する何かを感じて兔(てう)が避けている。 かと言って麻世(あさよ)を呼ばないわけにもいかない。兔(てう)もご飯はちゃんと食べているから、そこまで嫌いなわけでもない。
 とにかく兔(てう)が苦手だと言うので、麻世(あさよ)にはご飯だけを作りに来てもらうだけに落ち着いた。
 掃除は兔(てう)が進んでやり始めていたのもあるし、二人でやるのも楽しくなってきたからというのもある。
 兔(てう)は庭に出るようになった。外に出ることはなかったというから、庭で草木に触れるのも初めてだという。木々を眺めては虫を見つけてじっとそれを眺めていたりする。日焼けをしないように帽子や服を揃えるのも大変だった。
 Dollは基本的に体型が変わらないため、人間の基本的なサイズが合う。百六十センチ四十八キロといえば、平均的な中学二年の身長体重だ。見た目年齢十五歳なので大体こんなものだろう。
 兔(てう)に似合うと思って買い込んだのは、いわゆるゴスロリ系だ。最初から黒と白が似合っていて、それを外した色がどうもしっくりこない。ピンクや黄色と言った服が似合わないのだ。
 更に外見的な白さが問題となり、一般的なデザインだと地味を通り越してダサイ。どうしても気に入らなくて、似合いそうなモノを選んだらそうなった。
「嫌なら好きなモノを選んでもいいんだぞ」
 そう言って服を選ばそうとしたのだが、本人は与えられたものを着るのが当たり前の生活していたせいで、選べと言われても分からなくて混乱していた。
「こういう服は嫌いじゃない?」
『これが普通だと思ってた』
 ゴスロリ系が普通の服だと思っていたらしい。
「まあ、似合ってるからいいんだけどな」
『だったら、このままでいい!』
 似合っていると言ったのが気に入ったのか、あれから兔(てう)はゴスロリ系で過ごしている。お陰でそのメーカーに詳しくなるほどで、そのメーカーの中でもお気に入りなどが出てくるほどだ。
 新作を常に買っていたら、お得意様として認定された。そりゃ、新作が出るたびにまとめて買い込んでいたら覚えられるというものだ。
 庭にいる兔(てう)を見ながら、椅子に座っていると誰かが裏門を開けて入ってきた。
「……あ、本当にDoll買ったんだ?」
 そういう声がした瞬間、兔(てう)が走って戻ってきた。
『誰か入ってきた、怖い、怖い、高和(たかかず)怖い!』
 まさか裏門から誰かが入っているとは思わなかったので、鍵を開けていたのを忘れていた。
「ごめんごめん、姉さんが裏木戸鍵を忘れたかもって言うから、閉めにきたんだ」
 そう言って入ってきたのは、西室麻世(あさよ)の弟で、嘉藤(かとう)の親友の西室真路(にしむろ しんじ)だ。
「真路(しんじ)、そうなら電話で言ってくれ」
「そうだけど、ついでにDoll見に来たんだ。おお、白いね」
 真路(しんじ)はそう言ってどんどん兔(てう)に近付いてくるのだが、兔(てう)が震えている。
「すまないが、少し離れていてくれないか。兔(てう)が怖がっている」
 庭の真ん中から家の方へと歩いてくる真路(しんじ)を止めて、嘉藤(かとう)は兔(てう)に話しかけた。
「兔(てう)、あれは麻世(あさよ)の弟で、真路(しんじ)という。私の親友だ」
『……怖い……』
「ああ、男の人が怖いのか。お前は本当に私以上に人が嫌いだな」
 苦笑してそのまま兔(てう)を抱きしめてあやしていると、真路(しんじ)が信じられないものを見るような顔をしていた。
「お前にそういう顔ができるとは思わなかった」
「どういう顔だ?」
「甘い顔、恋人に話しかけるみたいな」
「どう思おうと構わないさ。兔(てう)?」
『……恋人? それってイリヤと高和(たかかず)みたいな関係?』
「いや、それよりは軽い関係かな。そこから夫婦になることもある関係だ」
『……夫婦って男の人でもなれるの?』
「そうだな、世界にはそういう人もいるし、なれる国もある」
『Dollはなれない』
「……そうだね、そういう法律はないね」
 兔(てう)はそれに少し腹を立てたように、嘉藤(かとう)の腕から抜けると靴を脱いで家の中へと入っていった。見ていると二階へと上がっていくようだった。
 それを見送ってから真路(しんじ)の方を向いた。
「それで?」
「本気でDoll買ったのか?」
 真路(しんじ)が心配したようにそう聞いてきた。自暴自棄になって手を出したと思われているようだ。
「……あれはイリヤの忘れ形見みたいなものなんだ」
 そう告げた。
「って、イリヤさんが面倒みてたDollってこと?」
「そう聞いている。調整したりしていたそうだ。仲が良かったらしくて、それで色々あって俺のところに来た」
 イリヤの転落事故からすでに五年が経っている。それをおかしいと思っている真路(しんじ)が言った。
「お前、騙されてない?」
 どうやら高額で買い込んだと思っているようだ。
「別に怪しい研究所から買ったわけじゃないし、きちんと国の基準を通って登録もされているDollだ。問題はない」
 そう嘉藤(かとう)が言うと真路(しんじ)もさすがにそこまできちんとしているとは思ってなかったらしい。
「へえ、そんな伝あったんだ」
「向こうから連絡をくれて、先々週に引き取りに行ったんだ」
 嘉藤(かとう)はそれ以上詳しいことは言わないと言うように口を閉ざした。余計なことを言いたくない。だったら話題を切るに限る。それよりも問題があった。
「麻世(あさよ)さんは、うちの中で見たことをお前に話しているのか?」
 麻世(あさよ)から聞いたと言っていた真路(しんじ)の言葉を気にする。
「あ、いや、なんか姉さんの様子がおかしかったから、問い詰めたんだよ。それで。お前がDollなんかに取り憑かれてるみたいだなんていうから」
 そう言われて嘉藤(かとう)は不快な顔をした。
 麻世(あさよ)に対してそこまでの感情は今まで持ったことはなかったのだが、兔(てう)との相性の悪さが、そこまで麻世(あさよ)を追い詰めているとは思わなかった。
「麻世(あさよ)さんと兔(てう)の相性があまり良くなくてな。そこまで思っているなら、麻世(あさよ)さんには次からはお断りをした方がいいようだ」
 嘉藤(かとう)がそう言い、麻世(あさよ)との契約はまだ残っているが、違約金を払ってでも切ろうとするので、真路(しんじ)は慌てた。
「待ってくれ、そんなことで切るなんて!」
「真路(しんじ)。お前、本気でそう思っているのか?」
 そう問い返されて、真路(しんじ)は口を噤(つぐ)んだ。
 麻世(あさよ)が嘉藤(かとう)に契約を切られるのは、家の中で起こったことや知り得た秘密を喋ったことからだ。契約で、秘密厳守が伝えられているのに、弟であろうとも知り得た秘密を喋ったことには変わりない。
「今までよくやってくれていたと思う。私は世話になったから本当に感謝している。祖父(じい)さまにもよくしてくれていた。本当に感謝していると伝えてもらえるかな」
 そう言うと真路(しんじ)は舌打ちをして言った。
「お前、余計に人嫌いになってないか? あのDollが来てから」
 そう言われて、嘉藤(かとう)は首を振った。
「もとから私は人は嫌いだよ。兔(てう)のせいじゃない。責任をなすりつけるようなことは言わないでくれ」
「世間じゃDoll飼ってる人間がなんて言われているか分かってるのか」
「世間のことなんて、気にしない。お前が喋ったりしなきゃ、ここにDollがいるなんて知っている人間は政府の関係者だけだ」
「世間じゃ、sex Dollだって言われてるだろ!」
「真路(しんじ)!」
 真路(しんじ)の言っていることを大声で遮断した。
 知っている、言われなくても知っている。一般的に知れ渡っているDollの印象なんてそんなものだと。
 そして、図星をつかれたのが腹が立ったのもあった。
 兔(てう)に手をかけるほど、どんどん兔(てう)中心の自分になっていくのを感じた。それこそイリヤがいた頃のように、彼女だけが女神だと思って尽くしていた頃のようにだ。
 それでも良かった。兔(てう)がそう望むのであればそれでもだ。
 そしてそんな下心を見透かされたような気がして、腹が立った。
「いい加減にしてくれ、そんなこと言いに来たのか」
「いや、そうじゃ……」
 さすがに失言が過ぎたと思ったらしい真路(しんじ)だが、その信用は地に落ちたと言っていい。真路(しんじ)の心を読むまでもない、顔に書いてある。
 あのDollを追い出して、麻世(あさよ)を嘉藤(かとう)の側にと。
 それは姉と結婚させるつもりでいたという真路(しんじ)の心だろう。そしてどうしても兔(てう)と麻世(あさよ)の相性が悪いのか、今更ながらに理解した。
「申し訳ないが、麻世(あさよ)さんには家政婦協会を通じて、今後の仕事は断らせてもらう」
嘉藤(かとう)が強く出ると、さすがに姉の仕事を潰した結果になった真路(しんじ)は呆然としていた。
「待ってくれ! 嘉藤(かとう)!」
 そう言って慌てた真路(しんじ)が嘉藤(かとう)に触れた。
『くそ、それじゃこいつから金を引き出すことができなくなる! 通帳だって上手く誤魔化しているんだ!』
 そう聞こえた。
 どうやら麻世(あさよ)は家の中を掃除をしている時に、屋敷内の私物を売ったりしていたらしい。さらには置いてあって使ってはいないがかなりの金が入っていた通帳も持ち出して引き出していたらしい。
 信頼しているといつもこうだ。
 真路(しんじ)が離れていかなかったのも頷けるし、麻世(あさよ)を紹介した理由も理解できた。最初から遺産を手に入れた嘉藤(かとう)から金を取ることが目的だったのだ。
「退職金は、その通帳の金をくれてやるから、消えてくれ……」
 嘉藤(かとう)は悔しくてそう言っていた。
 そう言ったとたん、真路(しんじ)がパッと手を離した。
「……お前……まさか」
「心を読んでるよ。お前の心を」
「……それじゃお前が人が嫌いなのは……」
「心が読めるからだ。こうやって!」
 そうして嘉藤(かとう)は自分から真路(しんじ)に触れた。
『そんな馬鹿な、通帳のことは、花瓶や……いや、心を読むだって?』
「花瓶も通帳の被害届も一週間後に出す。それまでに送り返してくれ」
「ひぃい!」
 真路(しんじ)はそう叫んで嘉藤(かとう)の手を振り払うと、裏口から走って逃げていった。それを見送ってから裏木戸に鍵をかけ、嘉藤(かとう)は家に戻った。
 家政婦派遣所に連絡を入れ、麻世(あさよ)を解雇して違約金を払うことにし、鍵の返還を求めた。それが終わると、鍵屋に連絡を入れ、家中の鍵を取り替える仕事を頼んだ。
 すべて手配して電話を切った時には、自然と涙が出ていた。
 もう人は信用なんてしないと決めていた。だから友人には触れないようにした。その姉だってそうだ。失いたくなかった。
 なのに彼らはその信頼を利用して、嘉藤(かとう)の一番嫌いな金の亡者となっていた。最初からその気だったのだと思うと吐き気がする。
 ズルズルとその場に座り込んだ嘉藤(かとう)に、兔(てう)が近寄ってきて触れてくる。
『高和(たかかず)、僕がいるよ』
 すべて聞こえていただろう。兔(てう)の言葉が身にしみる。
「お前は知っていたのか、兔(てう)」
 泣きながら聞いていた。最初から相性が合わない麻世(あさよ)と兔(てう)。人が怖いと言いながら、真路(しんじ)を異様に怖がった兔(てう)。正直、兔(てう)の方がよほど人を見ているのではないかと思えてきた。
『お金のことは分からない。でも、麻世(あさよ)さんは高和(たかかず)のこと好きだった。だから僕のことは嫌いだった。僕もどう付き合っていいのか分からなかったから苦手だった』
 麻世(あさよ)を見た時から、ずっとあった違和感はある日すっと解けた。麻世(あさよ)が嘉藤(かとう)を見る目が好きな人を見る目だった。ああこの人は恋人になりたいのだと分かった。恋人がいずれ夫婦になると聞いて、やっと合点がいった。
『さっきの人は怖かった。僕を見る目が、邪魔者を見る目だった。イリヤが最後に僕を見た目だった』
 その言葉に嘉藤(かとう)はああそうかと思った。
 兔(てう)は人から疎まれることを知っていた。嘉藤(かとう)を見る最後の真路(しんじ)の目が、ずっと嘉藤(かとう)が怖がっていた世間の目だ。
「すまない、兔(てう)。嫌な思いをさせた」
『ううん、高和(たかかず)は、もっと嫌な思いをしたよ?』
「ああ、そうだな……二人でだな」
 嘉藤(かとう)はそう言って思い出す。
「これから二人で、本当に二人で生きていくことになる。忙しくなるな」
『大丈夫、僕も頑張る』
 そう言った兔(てう)が張り切っているような声が、嘉藤(かとう)の涙を止めてくれた。