novel

Howling-09

 室脇歩(むろわき すすむ)にとって人生は常に人から命令されることだった。

 幼い頃、自分は日本人だと信じていた。日本で生まれて日本で育って、日本人の名前を持って、日本人として日本で暮らしていた。こうなれば普通、よほどな事情がない限り、自分のことを外国人だと疑うことはないだろう。室脇もそれに漏れず、高校に入るまで自分が日本人であることを疑ったことはなかった。

 しかし、父親が病気になった時、その父の仕事を受け継ぐようにと父親の親戚という人間が勧めてきた。そこで初めて自分が完全な日本人ではないことを知った。父親が在日中国人という存在で、中国から仕事の関係で渡ってきて、そのまま日本で結婚したので室脇は二重国籍を持つというわけだ。在日本と言われる在日は、永住の在留資格を持ち、日本に定住している外国人で、母親は日本人だった。なので室脇と名乗っている姓は実は母親の旧姓で、中国人だと解ってイジメに遭うのを恐れた両親が、学校側に願い出て日本人の名字で通していただけだった。
 長年父親や母親から自分が中国人であるということを一度たりとも聞いたことがなかった為、高校になってから親類に打ち明けられると微妙な気持ちになる。
 しかし華僑であると説明されると妙に納得がいってしまった。

 華僑とは、中国の国籍と他の国の国籍を持つ、二重国籍を持つ中国人のこと指す。中国人と日本人の間に生まれた自分は成人をしていないので両方の国籍を選ぶかは保留とされている。
 国籍の保留の理由は結婚した時に母親が取った処置で、本当なら国籍は有無を言わせずに中国籍にすべきだったとその人は語った。
 日本に住みながら中国名を名乗らないで隠し通しておきながら、お前は中国人だと言い張る理由が分からなかった。

 だったら最初からそうして欲しかったというのが本音だった。
 今更中国人になれと戸籍を移せと言われても、室脇はずっと日本人として日本で暮らしてきたのだから、二重国籍である今でも確実に日本国籍を選ぶだろうと思った。
 しかし父親が病気で死んでしまうと状況が変わった。

 まだ高校生だった室脇は、母親と二人取り残された。その二人を助けてくれたのが父親の友人だという中国人たちのコミュニティだった。
 高校も無事に出させてもらい、大学まで保証されてしまっては、今更日本国籍を取るとは言えなくなった。その友人こそが、室脇に室脇が中国人でもあることを教え、中国人になれと言ったからだ。
 戸籍を取り寄せ、中国戸籍にする時に室脇は初めて自分の本名を知った。郁刀歩(ユー ダオブゥ)。戸籍が中国戸籍になったので、本名が変わるかと思ったら、通称で今まで使ってきた名を使える制度があるので助かった。

 急に中国名になったと友人に知られたら、どうなることかを心配していたが、通称名を登録することで就職にもその名を通すことが出来ると知り、とりあえず大学では書類を見た人間しか知らないことになるのだなとほっと胸をなで下ろした。
 だがそこから室脇の人生が変わり始めた。
 それまで面倒を見てきたのだからと、父の友人たちの態度が変わった。親切だった人たちはまるでこのときを待っていたかのように、室脇から母親を奪っていった。

「母親を返して欲しければ、我々の仕事をするのだ。何簡単な仕事だよ。人を見張るだけでいいんだ。そこに行って我々が尋ねることに答え、我々が言うとおりに動いていればいい。すぐ済む仕事だ」

 母親は室脇が彼らの仕事を完了するまで人質として何処かに連れ去られたのだが、その連れ去られた場所を室脇は予想すら出来なかった。日本国内ならまだ助けるために無謀なことも出来るだろうが、もし彼らの祖国中国だった場合、室脇には到底探し出すことは出来ない広大な場所になってしまう。

 ここは彼らの言う通りにして、そのすぐ済むという仕事をすればいいのだろう。少なくとも彼らは室脇の学生としての立場が必要だったらしいので殺しはしないだろう。そう判断して室脇は彼らの言うことを聞くことにした。
 その彼らの要求は至って普通だった。要求が来たのは、去年の春になってからだった。彼らに言われるがままバイトに入っていたところでの仕事だった。

 そこは少し高い料理や酒も全国から取り寄せたものを出すような敷居が高い食事処だ。高級なスーツを着た男が一人で飲みに来てもおかしくはなく、むしろ団体で来る方が珍しい場所だった。そんな秘密の場所にバイトに入るにはそれなりに学歴が必要だったりした。

 幸い、室脇は学歴には問題もなく、人当たりがよかったので前年にすでに採用されていた。給料はかなりいい方で、それを彼らに奪われはしなかったので母親が戻ってきたときの為にひたすら貯金をしていた。室脇の日常的にかかる資金は全て彼らがもっていたのと、その貯金だけで逃げることが出来ないと判断されていたことから、母親が日本にいないのだと解ってしまって、室脇は彼らから逃げることすら出来なかった。彼らも室脇が母親を見捨てて逃げるとは微塵も思っていないらしく、室脇への投資は惜しみない。

 その彼らが室脇に言ってきたやるべき仕事というのは、今年になって付け足された。それはある人物の監視だった。

 その居酒屋にバイトに入ってきた人間で、名前は織部寧野(おりべ しずの)。顔は写真を見せられていたのですぐに解った。どうして彼らが一年も前からこの学生がバイトにくることが解ったのだろうかと思ったら、どうやらマスターの知り合いらしい。
 確かに勧められるだけあって、見た目はそこらに居るむさ苦しい男とは違っていて華やかだった。静かに笑うその顔は19という年齢にしては、少しだけ大人びているように見えた。

 その日はそれだけの接触で済んだ。居酒屋にバイトに入っているとはいえ、室脇はここの他にもう一つオーナーが経営している支店の方のメインメンバーだったからだ。それ以上の接触はいくらなんでも室脇には無理だった。

 見張っているだけでいいと言われても、見張れる環境にはない。自宅を見張れとも言われていないし、大学を聞き出して無理矢理訪ねろと言われたわけでもなければ、彼と友達になって何かを聞き出せと言われたわけでもない。

 そもそも彼らの目的が織部寧野だったとしても、彼がどうして中国人グループのしかも華僑や華人(二重国籍でありながら諸事情から中国国籍を捨て中国の国籍以外を選んだ中国人のことを華僑と区別してこう呼ぶ)から監視されるようなことになるのか謎だった。
 彼も実は華僑の人間で何かをして見張られているのかと思ったが、そんなところは全然なかったように思う。
 とにかく見張れと言う話だったのでどうなるかと思っていると三日も経たないうちに室脇はオーナーに呼ばれた。

「すまないが、支店はなんとか補充できそうなので本店に回ってくれないだろうか」
 そう言われて室脇は首をかしげた。

 本店と支店の距離はそれほど離れているわけではない。
 元々繁華街にあった本店と室脇がバイトで入った支店の距離は二駅ほどだ。支店の方は若者も入れるようでありながらあくまで高級志向は崩さなかったくらいの違いがある程度だ。だから近場に支店があっても問題はないと前に聞いたことがある。

 本店はあくまでオーナーであるマスターの趣味を兼ねているところがあり、客を選ぶらしい。そんなところへ来て欲しいと言われる理由が急にわいてくるのがおかしい。
 この間、バイトは織部寧野ともう一人学生が補充されたばかりのはずだ。それが足りないという方が変だ。

「それがね、冬に入ったばかりの府川くん。あの子が急に来なくなってね。何かあったんじゃないかと心配で電話をかけるんだけど出ないんだよ。彼、店の人とは携帯の番号も交換してなかったらしくて、自宅には繋がるんだけど、ベルは鳴りっぱなしで。今日自宅の方へ行ってみたんだが、お隣の人が府川くんが急に引っ越してっちゃったって言うんだよ」

 オーナーは心配して家まで訪ねてはみたが、府川はバイトに来なくなった日に引っ越したらしい。もちろんそんな話は一切出てなかったし、急に引っ越すにしてもアパートの契約の問題などからその日に引っ越すことになっていたとしたらバイトの方だってちゃんとやめているはずだ。

 府川は勤務態度は非常によかったし、愛想もいい方で、客受けはよかった。だから重宝してバイトに入る時間を増やして対応していただけに、彼が抜けた穴は大きすぎた。府川が捕まらない間はなんとか社員の方でつないでいたが、もうシフトの関係で社員でも追いつかないし、バイトは二人が入ったばかりで指導もなかなかうまくいかない。
 そこで支店は安定しているのでそこから一人を引き抜くことになり、何度かバイトにも来ていた室脇に白羽の矢が立ったらしい。

 支店はこの春は新しいバイト枠はなかったので、今からでも新しく入れて教育しなおせるが、本店は二人バイトが入ったばかりで、慣れてきてシフトも増えていた府川が抜けて大打撃だ。だから即戦力になる人間を寄越せと言うと、室脇が一番本店のことを知っているからとなったらしい。

(道理で、愛想よく何でも引き受けろと言ったわけだ)
 きっと府川が引っ越したのも、本店にバイトが二人も入るようになったのも全部彼らがやったことだろう。

 バイト二人が春でやめることになったのも、そう仕向けられていたか、やめたバイトも脅してやめさせた。オーナーは気に入った人間しか本店には入れないので、結果オーナーがバイトを選ぶことになる。
 バイトが初心者であってもオーナーが気に入った人間なら本店に入れることは解っていることだ。そうして二人バイトが入ったところで、慣れている誰かを追い込んでバイトから抜けさせればいい。

 特にシフトが増えた人間が抜けるのが一番いい。
 だが彼らも店を潰してしまってはここまでした意味がなくなる。
 なんとかぎりぎりで回せるためには、社員をやめさせるわけにはいかない。

 最初、府川も彼らの仲間かと疑ったが、本店に外国国籍を持つ人間が雇われないのは、室脇の時にわかりきっていたことだ。彼らは本店に入り込む為にはこうした細工をしてオーナーに究極な選択をさせて室脇を使うように仕向けるしかなかったようだ。
 だがバイトに入ったからと言って、室脇は織部寧野を見張るだけで何かあるわけでもなかった。

 彼らはただ見張れと言ったっきりで、その後の指示は出ていない。
 たぶん、それなりに室脇が織部寧野に近づいたら指示が出るのかもしれないと思っていたが、その指示もなかなか来なかった。
 はっきり言って早く指示が来て、仕事を終わらせて楽になりたかった。

 妙な緊張感のままでいるのは好きではなかったし、早く母親にも会いたかった。だからまったくの見ず知らずの織部寧野がどうなろうがはっきり言ってどうでもよかった。とにかく、自分が楽にさえなれれば誰がどうなっても室脇の心は痛まなかった。

 室脇は赤の他人が自分の人生を変えたのだと知っていたから、室脇が織部寧野の人生を変えたところでそれが運命なのだとさえ思えていた。

 その室脇の前で織部寧野が一生懸命、給仕をしている。やはり店長の知り合いから紹介されただけあり、顔が客好みだった。一瞬、女性に見えるそれで実は男なんですと少し照れたように言う給仕は、どういうわけか親父受けがよかった。

 家で生意気な自分の子供と向き合っているより、ここで仕事とはいえ、素直に慕ってくれる男の子の方がいいらしい。室脇が居た支店はとにかく体力がある学生なら誰でもいいという受け入れだったので、ここでの仕事の仕方は少し違う。そこまでの体力は求めてはいない。そんなのは長く入ってくれている社員がやってしまう。バイトはとにかく愛想がいい人間が求められる。

 店長がそういうのを選ぶから、客とは外見的な好みは似ているのだろう。そうして受けがいいバイトは優遇されて長くこの店にいることになる。そしてそのまま社員になる人間もいるし、社員になってオーナーがやっている他の店を任されたりもする。そのうち独り立ちしてしまう人間も多くて支店より本店に入りたがる人間も多いらしい。

 織部寧野はそこでは非常に真面目な人間だった。何か問題を起こしたような性格でもなかったし、何か深い闇に関わっているような背景もなさそうだった。しかし、気になって調べてみると彼の経歴の中で悲惨な事件が一つだけ浮かび上がってきた。

 そう3年前にあった、彼の父親がヤクザの抗争中に殺された事件だった。犯人は捕まっていたし、刑も決まっていたが、その犯人である吉村という男は刑務所で死亡していた。それもつい数日前だ。吉村は無期懲役が確定していたが、死ぬ必要はないし、そんな性格だったら最初に失敗した時点で死んで詫びていただろう。それを逃げ回って警察に保護されるまで逃げ、結果刑務所に逃げた形になったのに、自殺する理由が見当たらない。

 その吉村が死んだことは、織部寧野も知っているようだった。
 だが、彼が混乱することはなかった。もう関係ないと思っているのか、それともそれを知ったところでどうしようもないと思っているのか、吉村がどういう理由であれ、死んでくれたことを嬉しいと思っているとか、そういう想いというものを感じられなかった。
 それが過去のことだから気にしないのか、そうしている暇がないのか。そういうことは一切解らなかった。

 織部寧野の過去を調べてみて初めて、見た目で人を判断してはいけないのだなと思った。ヤクザが拷問死とはニュースではあまり聞かないが、それなりにある死の一つだ。ニュースでやっているようなのは、国民が惹かれる内容でないとやらない。ヤクザの抗争でも国民に影響がないなら放送や取材だってされない。例えその場を生き残った高校生がいたとしてもだ。織部寧野はそうやって生き残った一人であったが、彼の周りは少し異常だった。

 この店に来て暫くバイトが続いていたが、やっと彼らが見張れと言った意味がわかってきた。織部寧野が一人で行動しているのを見たことがない。バイト中もバイト仲間がずっと一緒だったし、そのバイトの行き帰りさえ、織部寧野には送り迎えをする友人が存在した。
 まるで彼を守るように二人の男が入れ替わり立ち替わり彼の前に現れていた。

 この調子なら、彼はずっとこういう人たちと時間をともにしていることになるのだが、もしかして織部寧野は自分に迫っている危険性に気付いているのではないかと室脇は疑いだしていた。
 意外に肝が据わっている人間も存在する。室脇と同じように使われているのに、堂々とそれを行う人間が存在するように。

 室脇はずっと母親を助けるために行動をしていたが、思えば何か先を考えて行動をしたことはなかった。母親を取り戻したあとどうするのか。本当にこの仕事だけでこの人たちが解放してくれるか。そのどれも解らない段階で、自分はただそこに立っているだけなのだ。状況を変えようと努力はしてないし、この自分を縛っている華僑のコミュニティが何なのか知ろうともしない。ずっと解らない存在だと決めつけて、従って動こうとしないのかと。

 織部寧野は特に何かをしたわけではなかった。
 ただそこにいて、目の前で動いているだけなのだ。
 なのに何故こんなに不安になってくるのか……。

 お前はどうして動かないのだ? どうしてされるがままでいるのだ? 何度もそう問われているような気がしてならなかった。どうしてそう思うのかも解らなかった。

 織部寧野を尾行するのに、特に気にするようなことはなかった。
 手に入れた情報で、彼を送り迎えする二人は、高校の時に同じクラスで仲がよかった友達だという。大学に入ってその仲間が増えたらしく、彼の家の側には何人か偶然に住んでいる者もいた。ただ織部寧野に近づく人間は全員が織部寧野の過去に何があったのか知っている人間ばかりであり、さらには色々と影響力がある人間が多かった。だがそれで何か起こったわけではない。

 その状態のまま静かに一ヶ月が過ぎようとしていた。
 そのちょうど一ヶ月目、急に周りに妙な気配がするようになった。

 室脇に監視を命じて家を近くにまでしたコミュニティの人間ではない誰かが、織部寧野を追っているのだ。こっそりと尾行をし、彼の生活を見張っていた。室脇と同じことをしている人間がいる。コミュニティの人間が室脇の存在を無視して行動に出たのかと思ったが、それでは店にまで入り込んだ室脇の役目の意味がわからなくなる。

 そして暫く考えて思い当たったことがあった。それは自分がいるコミュニティ以外の人間が狙っているということだった。
 どうして織部寧野が狙われているのか解らないが、彼にはとてつもない秘密があるのだろう。他の組織までが狙う何かが、そうとしか思えない。
 しかし、あの小さな存在に、この世界を動かす何があるというのか。

 至って普通に暮らしている彼から特別な何かを感じたことなど一切無い。なのに、周りは彼をほしがって動き回っている。その中心にいる織部寧野もまた、それが解っているかのような態度でいる。
 そこで室脇は妙だなと思い始めた。

 織部寧野は自分が狙われていることを知らないはずはない。あの吉村も殺されたのだ。何かあると普通の人なら怖くて怯えて過ごしているころだ。なのに、織部寧野は堂々と狙ってくれと言わんばかりの姿で立っていた。
 それはまるで自分を餌にして、獲物を引き寄せているかのようだ。

 ――――――そうか、そうなのだ。
 ――――――彼はそうしているのだ。だって織部寧野の父親を本当の意味で殺した犯人は逃げたままのだ。

 それが室脇の母親を奪い去り、室脇の行動を監視し、仕事だと言って他人を監視する仕事を与えてくるコミュニティなのかは解らない。基本的にやり方は似ているが、彼らが本当に織部寧野の父親を誘拐しようと企んでいた一味と同じだというなら自分はとても拙い組織に介入していることになる。ただでさえマズイ状態なのに逃げ出せない。
 
 どうすればいい。

 そう思って店にいた織部寧野をじっと見てしまった。普段はそれほど真剣に監視していたわけではなかったから、初めてじっくりと見たかもしれない。

 その時、視線がしっかりと合った。
 まっすぐで揺れない、意志が強い力強い視線。
 顔に似合わず、目で意志を主張する存在の意味が強過ぎた。
 彼は甘い顔をして綺麗な顔をして、決してその気強さは見せなかったけれど、今それを鋭く見せた。

 室脇はその視線を見つめ続けることが出来なかった。
 汚れを知らないからあんな目をしているのだと言えなかった。
 彼は人間の汚い部分をあの事件でしっかりと目に焼き付けていたから知らないわけがないのだ。ただ知っていても彼は汚れることはないということだ。室脇のように誰かの為にと落ちることしかしなかった者としては、あんなに強い視線は自分の存在を否定されているような気がしてならなくなる。

 ――――――酷く不快で。
 ――――――酷くうらやましかった。

 あんなに強くあろうとする彼の立ち姿が、凄く美しかったからだ。

 何か出来るだろうか。
 自分に何が出来るだろうか。
 酷くてもいい、自分には目的がある。
 母親を助け出すことが室脇の目標だった。

 そんなに綺麗な道は歩けないから、舗装されていない道を歩いても誰も文句は言わない。
 でもあまりに綺麗な視線を投げかけられたから、室脇は織部寧野に気付かれたことをコミュニティには報告しなかった。室脇は仕事でやっているとはいえ、素人なのだ。失敗しても気付かないことだってある。
 これだってその一つだ。
 室脇は自分にそう言い聞かせて仕事に戻った。

 ――――――酷く綺麗でまっすぐな強い意志を見た。
 ――――――強くあろうとする人は見た目が汚れても、洗えば綺麗なのだ。それだけは絶対に変わらないことだと教えて貰ったような気がした。