novel

Howling-10

「こんばんは、さすがに不況が続くと凌ぎもキツイですな。ここのところ、ほら例のアレでね」

 一人の男が店前でホスト風の男に話しかけていた。店の名は「キャンティ」。ワインの名前を貰ったので、もちろん酒は出るが、イタリアで上等なワイン認定を受けた名前の通り、高級ホステスが居る店の名前だ。
 その店の前で客を誘導する店員が、ホスト風の男に話しかけたのは、この付近で一番の暴力団事務所であり、この辺りを統治している組の組員だったからだ。
 ただ組員であることを知っているのはこの店に勤めて客引きをしているこの男だけだった。

「また中華系か。最近多いな」
「へえ」
 男の前を中国国籍風の人相の人間が数人通っていく。この辺りにも中華系マフィアは存在している。しかし彼らは普段潜っていることの方が多いのと、この辺りのマフィア関係とホスト風の男の組とでは協定が出来ている。

 目の前を通って行った輩はその協定から漏れている組織の人間だが、歩いているだけで難癖つけるわけにはいかないので黙って何処へ行くのか見ているしか出来ない。
 ホスト風の男は実際にはホストではないのだが、こういう格好をして偵察していることが多い。その男に話しかけている男もまたそれが解っているので便宜を図って貰いたくて周りの状況を知らせている。

「中華系のお客様も多いですね。そっちは鵺(イエ)の客なんですけど。なにか違うのが混ざってることも」
 違うのというのは、鵺ではない中華系という意味だ。しかも図々しいという意味でもある。

「へえ。おっと奴ら戻ってくるぞ」
 ホスト風の男の前を平然と通って向う側へ渡ろうとしていた男たち三人ほどが慌てたように目の前を通って元来た道へ戻り始めた。その戻り方からして、向う側からよほど見つかりたくない人間が来ているのだろう。
 そう思ってみていると、黒服の6人ほどの集団がやってくるのが見えた。異様な雰囲気を纏っているので、堅気ではないとすぐに解ってしまう。

「ああー、宝生のところの」
 ホスト風の男はそれを見てなるほどと納得したが、店の客引きはその顔をしっかりと見て何度も頷いた。

「染まってきたなあ、あの坊ちゃんも。恐ろしいっす。まるで宝生組組長代理って人の若い頃を見てるようだ」
 そう客引きが言うので昔を思い出して見ると結構似ているのに男は気付いた。

 その先頭には厳つい男が二人居て、すぐ後ろにまだ若い顔をしている青年が居る。若いと見ればすぐに解るような顔だったが、その顔つきはその若さと反してどっぷりとヤクザの世界に染まっているような面をしていた。
 それは最近なってよく顔を出すようになった宝生の跡目である宝生耀だった。

 その顔は非常に叔父に当たる現宝生組組長代理、宝生楸(ひさぎ)に似ていた。ちょうど宝生の顔として出てきた時の楸に似ていたのはまだ血が繋がっているからだと理解出来たが、その彼が関わっていると思われる案件の方が驚愕だっただろう。

 顔を完全に出すようになった頃から組織の仕事に関わるようにもなっていきており、この数ヶ月ですでに裏の世界では宝生の血はやはり伊達ではないと言わせるほどのことをしてきている。

 似ていると周りが言う以上に、耀の方が成長が著しいため、楸以上に化けるのではないかと言われている。
 元々本家などを纏めていたのは耀の方だと知られたのはつい最近のことで、あの本家を酷い状態から纏めたのが耀だと知った者達は皆戦々恐々とした。

 まだ成人してない学生だと甘く見ていた。大学生になったばかりだからと安堵していたら、とんでもない化け物が秘蔵子だったわけだ。
 10才から完全に関わってきていたことを証明してしまったからだ。

「上の方のことはあんまりよく分からないが、あの人が出来ることは間違いないからな……鵺(イエ)との協定もあの人がやったらしいし」
 この辺に出没していた中華系マフィアの鵺と一年ほど睨み合っていた宝生組系列の暴力団事務所は、間に宝生組が入ったことで協定を作ることで睨み合いや衝突を回避することになった。それは双方が譲る形にもなったが、ここで宝生自体を敵に回して追い出される形になりそうになった鵺の方が大幅の妥協をしてきたのだ。

 あのまま追い出してくれればと思う輩も多かったが、あのまま退散してくれたとしてもその後報復があっただろう。たまたま時期がよかったから宝生はやれるだけやれた。ただでさえ西からの脅威を気にしているところだから中華系と遊んでいる暇はない。むしろ西からの人間がこないように中華系を纏めている鵺には居て貰った方がいいと判断した。

 西にも鵺の仲間は居る。だからその鵺と協定を組めば西の情報も入りやすくなる。西にも中華系は多くおり、その中に目当ての組織もいた。だからこその妥協案でもあった。そうした折り合いを見せないと宝生とて海外でやりにくくなる。

 本格的に鵺との関わりが出来ると、関東近辺のヤクザの動きも変わる。あれほど五月蠅かった中華系の動きが協定の通りに動き出すと今まで問題になっていた別の中華系の存在が浮き彫りになってきた。

 この中華系は宝生と鵺の協定を知らない組織であることはすぐに分かり、その顔は覚えられた。向う側は協定にまだ気付いていないようで、大手を振って歩いているが、大体の組織関係は見えてきていた。

 怪しい動きをしているのは鵺ばかりだと誰もが思っていたら、実際は別の組織であり、しかも奇妙な動きしかしていないということだった。
 鵺側もこれには気付いてなかったようで、協定した形で発覚したようだった。もちろん誰もこの者達がどんな目的で動いているのかは解らない。彼らが騒動を起こしているわけでもなく、ただ新宿あたりをぶらっとしていたりするだけだった。気味の悪い動きをするのはこの輩だけではなく、もう一つあった。やはりこちらも鵺に紛れていたため、実態を把握するのに二週間ほど間が開いてしまった。

 この二つの組織が何なのか、宝生も鵺も扱いかねていたところだった。
 ホストの男はその様子を探るべく、この地に立っていた。

 だが、宝生の幹部、しかも宝生耀を間近で見るのは初めてだった。だから噂に聞くほどの人物なのかと悩んだが、実物を見てぞっとした。
 視線はあってなかったし、こっちが耀に気付いたことすら遠目にしか解らないはずなのに、見ていたら視線がしっかりと合っていたのだ。この距離で向う側と同時に目が合うことはない。ホストの男はそれなりに街に染まっていたし、そこらにいるホストのような格好だったからヤクザから見られるはずがなかった。

 だが実際に目が合ったし、向こうはジッとこっちが認識するまで見ていたが、視線が合ったことにこっちが気付くと向こうから目をそらしてくれた。
 そうしなかったらホスト風の男は、メデューサに睨まれてそのまま石になったまま動けなかっただろう。
 その先にいた耀は、ホストの男と目が合う前に別の動く人間を見ていた。鋭い視線はそれを捕らえてはいたが、向こうが気付いて逃げたことですぐに解放してやった。

「またいたな」
 耀はゆっくりと歩きながらかなり先を走っていた怪しい人物の顔を思い出そうとする。頭の中で何枚か写真を捲り、該当者を探してみると案外簡単に見つかった。

「名前は皆倉(かいくら)、二丁目辺りに出没していたが、とうとうこっちにも顔を出すようになったか。他の二人はここでよく見る顔だったが」

 周りの気配には敏感であるが、周りが自分をどういう意味で見ているのかが伝わってくるのには割合慣れていた。だからその中で違った視線というのにはすぐ気がつくようになる。向こうは確実に耀を認識していて、焦ったような視線を向けた。明らかに耀を意識した行動をとっている怪しい人間だ。しかも相手は中華系。そうなれば思い当たるのは一つしかない。
貉(ハオ)だ。
 鵺に気付かれないように潜り込むことが出来る組織といえばここしかない。他の組織は潜っていても活発的に動いているから何処に繋がっているのかわかりやすいものだが、貉だけはその様相を見せない特徴がある。

 しかし彼らがこれといって行動していることはない。貉らしい組織の人間が繁華街などに出没はしているが、他の組織を邪魔したことはないし、何か計画をしているようにも見えない。ただそこに居るだけなのだ。
 前のようにカジノを荒らしたわけでもないので、見つけ辛いのだ。

 彼らが何をしているのかは解らないが、大元で何をしていて何を狙っているのかはわかっている。奴らは懲りると言うことを知らないようで、何度でも準備が整えばしかけてくる。その最前線にて邪魔な存在が宝生耀なのだろう。耀に一度邪魔をされていて、彼らはここまで日本で活動を開始するまでにかなりの時間を要したらしい。
 その様子は去年から動き出した彼らの動きから想像出来た。

「本当にくだらないことを思い付く」
 金糸雀(ジンスーチュエ)というのが彼らの目的の一つだ。
 それを手に入れる為に彼らは一族の威厳を持って行動している。どうしてもそれを手に入れないといけないと思っているようだが、その様子も数年経って事情が明らかになってきた。

 向こうは時間がない。何か内部であったようで、金糸雀の入手を急いでいるらしい。それもそうだろう。彼らは金糸雀が謳う金の流れを追っているだけの組織だからだ。それに付属するマフィアな部分は後付けのおまけのようなものだ。
 下手に資金源があるから彼らはマフィアとして伸し上がったに過ぎない。だがその力も二世紀もすれば着実に彼らの力になっており、彼らがマフィアとして存在する意味もなしてくる。

 彼らがカジノを荒らしているのは何もアジアだけではない。アメリカやカジノが有名になってある場所なら彼らはいくらでも荒らしてきた。普通なら大金を落としながら大金を得るのは歓迎されるパターンなのだが彼らは歓迎などされなかった。彼らは大金を落とすことは一切しなかったからだ。
そうして世界中から嫌われる羽目になったわけだ。
 マフィアと関係ない人間たちであっても貉の存在はただ厄介な一族だ。消えてくれないかと思われていることだろう。
 その貉に真っ向勝負になっているのが何故か日本のヤクザ、宝生組だった。

 貉が抗争を起こしたことはほとんどなく、静かな一族なだけに彼らの実態は結構謎だった。だから抗争を仕掛けるのも難しく、しかも本拠地が繁華街があるような街にないことや、彼らが一族だけを集めて作った街が存在して、そこに全員を監禁しているというから、仲間に入ることや、その一族だけが入ることが出来る場所へ外から出入りし、内部から情報を漏らすことは難しかった。

 それだけ難しいことだったが、数年も静かに国を超えた抗争の火種は徐々に大きくなっていっていた。
 しかし表面的にも水面下でも鵺と繋がって、色んな組織と水面下だけで情報のやりとりをしていたとしても、耀はそれだけで満足できるようなものではなかった。そんな怪しげな待ち体制でいるような男ではないということだ。

 とにかくこの辺りの周辺で情報を収集して、見回りの店を周り、耀は部下を連れてあっさりとその場を後にした。
 宝生耀がこの場にいるということがバレれれば彼らはここでは何もしないで去っていくから耀が粘っても無駄なのは知っていた。なので顔だけは出すが余計なことは一切しないで立ち去っておくと、後に残っている調査する人間が楽になるらしい。そういうやり取りをして車に戻ると、隣に座った九猪(くい)が呟く。

「あなたの凶悪な顔も随分売れたものですね」
 無表情で座っている耀を眺めての台詞だったが、とたんに耀の顔がムッとしたように眉間に皺が刻まれる。
 長くヤクザをしているつもりだったけれど、九猪や億伎(おき)、ましてや叔父であり父親である楸には到底及ばないことは、最近実感してきたばかりだ。

 子供からなかなか成長出来ないこともあるが、この周りにいる人間が皆、耀が生まれた直後辺りからよく知っているというだけで子供扱いされたままなのも原因だ。

「こういう顔でもしてないとナメられるんだ。俺は組長とよく比べられるしな」
 耀は正直にそう言い返していた。九猪に隠し事をしても無駄だったし、彼にからかわれているのは解っているから、そのネタをくれてやるわけにはいかなかった。

「最近乗ってくれませんからつまらないですね」
「お前は俺で遊ぶ癖をなくせ」

「あなたの反応が一番面白いんですがね」
 なんだかんだで九猪に応えている状態だが、耀は、ふうっと息を吐いて持っていた書類に目を落とした。

 それはさっきもらってきた宝生組の財政になっている店の一覧だ。宝生組は、直接経営ではないが、店の土地や店自体を沢山持っている。その場所を貸して利益を出しているので、耀が普通にその店から売上金の何割かをもらったとしても問題はない。ちゃんと契約でそうなっているからだ。

 そんな書類を取りに跡取りの耀が出向くのは少しおかしいが、耀が跡取りの修行としてやっている一環であると思われているようなのと、あちこちで顔を売るために宝生関係に出入りしていると思われているので、大して問題ではない。

 実際その顔を売るということもやっていたし、一般人には解らなくてもヤクザ関係なら解るだろうことを耀はやってきている。その作業の流れでこの三年関わってきた貉関係も耀はずっと追っている。
 あの日からずっと耀の担当のものとなっているのだ。

「九猪」

 ふざけて遊んでいる九猪に釘を刺すと九猪はピタリと耀をからかうのをやめ、すぐに耀が求めているデータをモバイルのパソコンに出して手渡す。データは全て宝生が集めたデータを九猪が好きにデータ化したものだ。
 逸脱してることもあるので、ちゃんと出来上がったもの以外は耀との共有にしてある。とはいえ、権限の問題で耀でも覗けない部分は存在するが、それは組長代理に頼んで渡して貰うようにしている。
 特に今関わっている貉関係は問答無用で寄越せとまで言って迫って貰っている。この事件だけは耀が解決しなければならない問題で、耀の所謂手腕を問われる問題ともなっている。

 宝生耀として堅実にヤクザの世界に多々関与するようになった事件が、この事件だったからだ。まだ解決すらしていないこれを耀はずっと追っている。

 あの時から耀は変わった。子供だった部分を捨て去り、完全に裏の世界に入ってきた。それまでの宝生の天才児として関わっていた部分だけではなく、耀を関わらせないようにしていた部分すら、組長代理は任せてくれるようになり、完全に認められた形になっている。

 耀が急いで変わろうとしているのを知っている楸は慌てないように、ゆっくりと耀に組のことを任せるようになってきていた。どうやら二十歳過ぎれば、確実に跡目として認める形に持って行きたいらしいのが見えてきたのが最近解ってきたところだ。

「なかなか尻尾は出してくれませんが、最近彼の周りで妙な動きが多数見られますね」

「動きが頻繁なのは、アレが動き回っているからだろう。隠密活動は意外に苦手なのがA班で、B班も動いているという様子か」

「そうでしょう。A班の方は前回も結構派手に動いてしまった方でしょうし、最近活発で派手なのはA班です。ですがB班の方も接触を図ってますから同じ組織ではありますが、司令塔が違うというところです」
「仲間割れの可能性もあるわけか」

「それがどうも数十年前までは、貉もそれほど目立ったマフィアではなかったんです。最初に華僑マフィアが被害に遭い、その後中国国内でもそれなり派手な行動を取るようになったのが、ほんの40年前ほどです。前回の貉と今の貉の様子を見るに、内部抗争か主導権を握っている何かが変わったと思われます」

 九猪は資料を見ずにそのことを教えてくる。九猪の頭の中にはすでにその情報が全て入っており、耀の返答次第ではすぐに対応出来るようになっている。それが九猪の役目であり、九猪がここにいる理由でもある。

 彼が宝生組に入ったきっかけが耀であるように、九猪が生きていく理由を見つけたのにも耀にある。その為に自分の周りの生活は全て切り捨てたと言っていい。この場所に居る為に捨てたものは多すぎただろう。一般的な生活は出来ないと大学時代から思ってはいたが、ここまでどっぷりとヤクザの世界に全てを捧げるとは思わなかったというのが正直な気持ちだった。そうさせたのは耀という存在と、宝生という一族だ。

 宝生の一族と言っても直系の一族のみで、高(こう)に始まり、楸の兄、榊に繋がり、そこから受け渡された楸、そして耀へと繋がる流れのある一族のことだ。彼らが望んでこの世界に生まれ落ちたのではないとは解っていても、この世界に生まれる必要があったのではないかと思えることが増えてくると不思議とそれを否定出来ない。

 生粋というものが存在するのだと認めざるを得ないのだ。
 実際に生粋のヤクザというのは存在していて、それが目の前にいる耀になる。
 その耀の携帯が鳴る。方々から連絡が常に入るので、耀は携帯を切ったことはない。緊急な用でもない事件が舞い込んでくるが、それでも地道に組員たちの様子は気にしている。そこから得られる些細な情報が生きてくることだってることを耀はよく知っていたからだ。

「……悪い。……で? ああ、そういうことか。それはこの間渡してあったB案でいいだろう。やってみろ」
 それだけ言って切ると、すぐに頭を切り換えてパソコンに目を落とす。眼球の動きで必要なことを頭の中に投げ入れているのだけは理解出来る。とりあえず必要だと思える情報は頭に入れておいて、必要な時に思い出すのだ。 

 これは別に九猪が教えたわけではなく、耀が独自にやってきて身についたものらしい。そうすると無理に覚える必要はないようだ。元々記憶力だけは異様に高い耀だから可能なのだろう。そうして数分で紙の枚数で50枚に目を通してしまう。こうやって速くやってしまわないと仕事は次々と舞い込んできて処理が出来なくなる。組長という仕事は、頭も使う仕事だ。昔ながらの一家にあるような組長では、宝生を動かすことは出来ない。

 そういう風にヤクザの世界も変わって行っている。それに合わせるように、宝生の体制も変わって行っている。どこよりも早く体制を変えていた宝生は生き残るのに成功している。

 表向きは宝生組としてあるのに、そのまた表も企業として存在する、インテリヤクザだ。そうして体制を少しずつ変えて世界に通用するようになってきている。
 それらの情報を読み終えたところで、また別件のベルが鳴る。しかし今度は露骨に嫌な顔をした。出るのがもの凄く嫌なのだ。

「…………電話番号getとか馬鹿か?」

 その言葉で九猪には誰からかかってきたのかは理解出来た。ここ最近、耀にまとわりついている大学での同級の留学生だ。外見はまったくのアジアの人間だが留学生はイギリスから来ているそうだ。

 大学の生活は耀にとっては知識を取り入れるだけの場所であり、こうして電話をしてくる相手を作る場所ではない。だが、相手は耀を気に入ったらしくこうしてどこから手に入れてくるのか解らないルートで電話番号まで入手できるような金持ちらしい。

 耀のこの携帯の番号を入手するのは、裏の組織と繋がっていないと無理なことだった。それ専用の電話にわざわざかけてくる辺り、どうにでも出来ると言うのだろう。
 だが、耀はそれでも相手がそこまで出来る人間だと解っていたようで、呆れを通り越して馬鹿にしている。

「……はいはい、じゃもうかけてくるなよ、仕事に使ってる携帯だ。営業妨害で損害賠償請求するぞ」
 裏の仕事だけではないので、きっちり請求出来るだけに本気で言っている。向こうもそれが解ったらしく慌てて別の携帯にかけてきた。それは耀が普段持っている、ある専用の回線だ。
 それを取り出して耀は舌打ちをして出た。

「……お前、ほんとに沈める……もう沈めることを決定した」
 さくっと言って携帯を切るが電源は絶対に落とせない。しかし相手から折り返しかかってくることはなかった。どうやらこの携帯番号は使われない回線であることは理解していたらしく、履歴だけを残しておいたらしい。

 耀は相手との通話は切ったが、携帯はまだ閉じていなかった。暫くそこにある名前を見ていた。勝手に調べて入れた、織部寧野の携帯の番号だ。大学生になった寧野もさすがに携帯を持つようになったらしく、その番号は簡単に手に入った。

 しかし、その番号を耀が使うことはなかった。
 三年前の出来事、それを思い出して感傷に浸るのは数分だ。
 それが終わると、耀はすぐに頭を切り換えた。