novel

Howling-11

「それにしても、内部抗争ではないにしろ、指揮が明らかに混乱しているようだな。貉の胡高黒(ホゥ ガオヘイ)は最近トップになったばかりだから、最初の事件を起こしたのは明らかにこっちだな」

 現在、貉(むじな)のトップに当たる人物は、胡高黒という人物だ。
 まだ若いという噂しか伝わってこない人物で、父親が病死した為若くして貉のトップになったと言われている。よくよく調べて見ると、年齢は18なので耀と変わらない年齢だ。

 しかし、その父親であった覇黒(バーヘイ)は、酷く騒がしい人だった。カジノで大暴れしたのも覇黒の方で、世界中のカジノ経営者から疎まれるようになったのも彼のせいだ。
 それまではマフィアとしては謎の部分が多くて、それなりに静かで抗争すらなかった一族だったが、高黒の祖父がトップになった辺りから徐々に派手になり始めている。

 胡より前のトップ瑞新雪(ゥルイ シンシュエ)は静かな人だったらしく、評判もそれなりによかったようだった。瑞一族は、胡一族とはまるっきり反対の様相をしていた。まさに静と動と言える。

 今回、親戚から寧野に接触をしようとした方は、騒ぎを嫌っていたようなので、瑞一族の判断で行われたようだ。前回のように傷つけてもいいのでとにかく連れ去りたい輩とは違い、絶対に無傷で手に入れようとしている。

「しかし、無傷で手に入れてどうしようっていうんだ? 殺されるとなっても寧野がそれに従うとは思えないし、それこそ二の舞もありえるだろう?」

 この三年で手に入れた貉の情報はかなり多かった。特に鵺と繋がった辺りからは、格段に確実な情報が手に入るようになり、その伝手で宝生も内部にスパイを送ることが出来た。そこから得た情報で前の事件が起こったのは、貉内部の反乱があったことが原因だったからとされる。
 それに纏わる金糸雀についても十分な情報は得た。

 金糸雀(ジンスーチュエ)。前に楸が言っていたように数字を見ただけで謳うように金を自由自在に運んでくる人間のことをそう呼ぶ。謳うようにお金を呼ぶという意味と、籠の鳥である部分が非常に金糸雀に似ていたことから、そういう風に呼ばれていた。

 昔は数字でお金を呼ぶのはそれほど多いこともなかったので、重宝されることはなかったが、賭け事や全世界が数字に左右されて回るようになった昨今では、その数字を見るだけで大金が手に入る金糸雀は、重要な資源とされた。

 しかし、金糸雀と呼ばれる人間の子供が常に金糸雀になるわけではなく、女性の方が金糸雀としての期間が短いが生まれやすい。特に子を設けることによって能力がなくなることが多く、金糸雀になった女性は皆、男性から隔離されて保管された。

 男性の金糸雀は滅多に生まれないようだったが、金糸雀の一族の男性と他の一族の女性を結婚させると金糸雀になる女の子が生まれることもあったらしい。

 つまり、金糸雀の一族は男女とも金糸雀ではなくても完全隔離しておけば、ずっと金を呼ぶ金糸雀を量産し続けるということになる。
 それが解っていて貉はその辺りは慎重になり、育てていた。

 だがそれすら回らなくなったのはその後に起きた内部抗争であろう。
 それは瑞(ゥルイ)がトップだった時代、金糸雀も不満はなく暮らしていた。数字を読めば一族が皆待遇よくさせてもらっていたからであり、それまでは疎まれていたから役に立つことが嬉しかったのだ。

 しかし、50年前のことだ。金糸雀の一族は二つあり、メインは金(ジン)一族だった。そしてその時のトップは瑞新雪(ゥルイ シンシュエ)だった。当時の金糸雀は金愛子(ジン エジャ)。

 そこで急に瑞と胡とのトップ交代劇が行われ、金糸雀だった愛子一人が追放された。国外追放だったことから見て、そこで何かあったのだろうが記録はされていないし、タブーだったので誰もその理由については口を閉ざす。

 その後、金一族(ジン)から金糸雀が生まれなくなり、もう一つの金糸雀の一族である夏(シア)が金糸雀の一族と成り代わった。
 しかしその夏一族は金一族より酷い扱いを受けていた。
 瑞と違い胡は金糸雀の便利な部分しか見ずにいたため、扱いは最悪だった。

 夏一族としては、金糸雀になれば丁重に扱われて一族がもっと繁栄すると思っていたため、この胡の仕打ちは予想外であっただろう。
 金糸雀はその時、3人ほどいたのだが、その3人を奴隷のように扱い、鎖で繋いで逃げられないようにし、本当に籠の鳥のように扱い、3人の金糸雀は恐怖とストレスと様々な要因で急死して行った。

 そして3代目まで持たずに、最後の金糸雀が飼い殺しにされた。胡の怒りに触れたという些細な動機による殺人は、とうとう夏一族を怒らせた。

 夏一族はそれに抗議するように、集団自殺をしてしまったのである。
 夏一族全てが一致団結しての抗議であり、貉に自分の一族の金糸雀を二度と使わせないという強い意志がそこにあった。
 最後に殺された金糸雀はまだ10才の女の子だったという。

 この事件が寧野たちが襲われる、二年前のことだ。

 胡(ホゥ)は夏一族がいなくても金一族から金糸雀をまた生まれさせればいいと言ったが、その後金一族から金糸雀は生まれていない上に、飼育という金糸雀かどうか解るまでに10年から15年はかかってしまうのを知らなかったらしい。

 胡の祖父は知っていただろう事実を子である覇黒(バーヘイ)が知らなかったといったのは、宥めてくる飼育の人間の戯言だと思い込んでいたという勝手な理由が存在した。
 早急に資金源が無くなったことに焦った胡は、昔自分の父親が追放した金一族で最後の金糸雀で消息が解らない愛子の子孫を探すことになった。そして見つけた織部寧樹(おりべ しずき)が金糸雀であることが発覚すると手に入れる為に行動し、あの事件になった。

 覇黒(バーヘイ)は失敗した。その直後だった。覇黒が急に病になり2年苦しんだ後に死亡した。
 そして覇黒の息子である高黒(ガオヘイ)が貉のトップになった。それが去年のことだ。

 ここまでなんとか事情はわかったのだが、何故金愛子(エジャ)が追放されるに至ったのかは謎のままだった。関係者というよりは、上層部しか知らないことでタブーとされ、語られないままきてしまったことが誰も真相を知らないということに繋がっているようだ。

 しかし、金一族の金糸雀は愛子から新たに生まれている。つまり貉が飼っている金一族の金糸雀には受け継がれなかった何かが愛子にはあったということだ。

 何が基準なのかはまったく解らないが、一族の中でも血統みたいなものがあるのかもしれない。
 トップが胡高黒(ガオヘイ)に変わったのだが、トップが若いことと、昔の因縁がある瑞との関係がまた微妙になっていることから、完全に統制がとれてないのだと思われる。

 なので寧野を狙う貉の日本での動きが妙なことになっているのだ。強気に出るものと慎重になるものとでだ。

「覇黒(バーヘイ)については、それはもう悪行しか報告されません。高黒については目下調べ中になります。まだ日が浅いのもありまして、本人が表に出てきて行動をしているようではないんです」
 九猪は受けた報告をそうまとめる。

「トップの高黒について解らないというのが奇妙だな?」

「はい、あまりにも謎過ぎます。覇黒については要らない程の情報は入ってくるのですが、息子の高黒についてやその母親立慧(リーフィ)についてはほとんど情報がないのは、彼らが王宮と言われる屋敷を一度たりとも出たことがないからだと思われます」

「やっかいだな」
 幽閉されていた側が表に出る為に父親を病気にして幽閉し、自分が表に出る為の準備をしておく。それに3年かかったとしても不思議ではない。

 高黒が表にまだ出てきていないのは、そうした影の事情があるからだ。それをいいことに高黒の周りは使えるものは使ってくるだろう。自分の父親の失敗は解っているだろう。だがそこに別の手が出てきている。高黒ではないと思われる手でありながら貉を使ったもの。

「貉(ハオ)は高黒と瑞一族とまだ内部抗争なのか、それとも一族内の抗争か。しかしそれが今治まっているとすれば手を組んだ可能性もある」
 外にはまったく漏れてこないことであるが、そう考えればここ3年、貉が大人しくしていた理由や今統制が取れてないように見える行動も説明も出来てしまう。

 3年大人しくていたのは、覇黒(バーヘイ)が死ぬのを待っていた。彼に金糸雀を渡してしまえば、確実に殺されるのが解っている。子孫繁栄など夢のまた夢。
 貉としては金糸雀は絶対に手に入れなければならない。
 死なせるのは愚の骨頂だ。そして二の舞だ。
 誰かと誰かの意志が合致してしまった故に起こったトップ交代の可能性もある。

「そう考えるのが一番ですね。貉は基本まとまってはいないですが、金糸雀を手に入れるという目標は同じです」
「つまり、金糸雀を手に入れた方が貉のトップになれるという内部抗争でもあるわけだ。手に入れた方がトップを名乗る。解りやすい」
 金糸雀を手に入れ、繁栄をしっかりと行えると決まった方がトップとは解りやすい方法であるが、下手に内部抗争されるよりはマシなのだろう。

「そういうことのようです」
 段々、見えなかった貉の実態が解ってくる。トップ、貉では総統と言うらしいが、それになれる為の条件が一族を繁栄させることが出来る金糸雀を所有していることなのだろう。
 だから、今寧野が必要になってきたのだ。

「マフィアを舐めてると言われる理由がよくわかるな。こいつら自分の力を使って何かをしたことがないんだ」
 耀が貉に対してそういう感想を漏らすと九猪はなるほどと頷く。

 例えばだが、耀が宝生の跡取りであったとしても無条件でその席に居るわけではない。耀は耀なりに色々と努力して、その場所に相応しいものになろうとしてきた。その為に沢山のものを犠牲にしている。だが貉の総統は基本何もしていない。ただ金糸雀を、金糸雀と呼ばれる人間を奴隷にしているから総統だと言うのだ。

 こんな組織が黒社会で名を馳せている鵺(イエ)を手こずらせてのが不思議だった。しかし、最近では貉は金糸雀から得た金の力で中国国内のマフィアを牽制しているらしい。黒社会とはいえ、政府との繋がりが微妙になるのはマズイ。一応便利なところで利用し合うのが通常のことだ。

 日本のヤクザでもどこかに取り入って自分たちの居場所を確保している。見えるヤクザの部分ではなく、闇の組織としてのヤクザは国会議員でも利用されているようにしながらも利用している。
 その例に宝生も漏れない。ヤクザ単体で生きていける世の中ではないことは痛感している。

 鵺は、日本に執着している貉に隙が出来たことを知っている。しかし鵺自体が動くことは出来ない。中国国内の政治家の要請により、貉には関わるなという情報が出回っているらしい。貉が不安定であるのはどの組織も知っている。けれど、繋がっている政治家のトップが貉と繋がっており、政治面で手出しをするのが難しいのだ。

 そこで鵺は打開策を講じて宝生と繋がった。
 宝生が日本や中国国内で、貉を潰す分にはまったく問題にはならない。
 鵺との話し合いで真っ先に出たのが貉のことだ。鵺はそれなりに日本にも入り込んではいるが、宝生がいる関東で大きな顔をしようという気はないらしい。それなりに上手く付き合えるなら睨み合いをする必要はないと考えていた。

 しかし、そこまで上手い話があるわけがないと思っていると、鵺は「貉をどうにかして欲しい。その為に日本に居る」と言い出した。
 宝生が以前、貉と繋がりのある組織と対立したのは知っているだろうが、どういう事情でかは詳しく知っているようではなかった。しかし、鵺のトップはその理由を知っていた。

 鵺(イエ)のトップは普段顔を見せることはない。出回って暗殺されかねない為、トップとして顔を出すことはないという。だから宝生耀の前にそのトップの蔡宗蒼(ツァイ ゾーンツァーン)だと名乗る人物が現れても本物だという確証はなかった。だが、蔡は総統である証をあっさりと耀に見せてみせた。耀がその証のことを知っていることを知っていて、あえて他には確認しようのないことで証明してみせた。

 宝生耀は、鵺(イエ)の総統の顔を知っている唯一の日本ヤクザとなってしまった。 それが如何に重要なことか、今の段階では計り知れない。
 そのうち顔を出すようになるとはいえ、直接名乗られ、直接印を見たマフィアは存在していないとされている。そのことを耀一人が知っていることになる。

 それを知った楸が、よくやったと本当に褒めたからその重要性は重い。
 鵺には常に表立って動く人間として、崔宗朝(ツイ ゾーンチャオ)と呼ばれる人物を表に出させていて、交渉も何もかもがそこで決まってしまう組織である。なのに、崔を飛ばして総統が出てくること事態が異常だったのだが、一般のヤクザはそのことを知らない。
 鵺としても耀だけと交渉したかったようで、蔡を出してきたのは、本気であるという証明である。

 そうして話し合った中で共通の厄介者が貉(ハオ)だった。
 そこで意見が合致してしまったのだ。

 当分の間協定を結ぶことにし、貉一掃を掲げた。それがこの街であった抗争に発展しなかった第一の理由だ。
 耀は当時から鵺は最初から宝生をアテにしていたと思っている。宝生を巻き込めば鵺が楽できるからという理由でだ。
 普通ならこんな提案には乗らない。しかし耀は敢えて乗った。

「いいだろう、それで」
 それは鵺からしても意外であったし、宝生側としてもあり得ない選択だと思われた。耀の行動を批判しようする幹部の一部も居たが、その場に居た鵺の蔡が感激したように言ったものだった。

「なるほど。馬鹿じゃないってことですか」
 普通ならこの提案は蹴るべきものだ。鵺の目的は誰にでも解っていたし、宝生が利用されるなんてことはプライドが許さない。しかし、耀はそんな組のプライドをあっさり捨てて見せた。

 プライドなんてものは使う場所と意味がある。
 プライドを持ってすることと、捨てるべき場所が解ってなければ、いざという時そのプライドのせいで大きな間違いをすることになる。耀にはそれが解っていた。伊達に組長代理と一緒に居たわけではない。

 この耀の行動は鵺の蔡の興味を惹いた。跡取りが馬鹿をやったわけじゃない。情報通りの好きな相手を助けたいから無謀な選択をしたわけでもない。
 耀は本気で貉を消したいと思っているということなのだ。
 このまま貉を放置すれば、如罪(あいの)組との抗争どころの話ではなくなる。

 何より、耀は関東そのものを8年前のようにしてはならない。そのためには、貉の本拠地に乗り込む必要が出てくる。二度とこちらに手出し出来ないようにするには、大元を完全に潰してしまうに限る。
 耀は、楸(ひさぎ)ほど甘くはなかった。そして貉は九十九より甘かった。

 楸が九十九(つくも)との攻防戦をしていてくれるなら、耀は一人で貉(ハオ)と向き合える。当初から解っていたことだ。楸がただの感傷でこの件を耀に任せたわけでもない。絡んでくるであろう鵺の総統が、耀のように若いという部分があったからだ。
 楸は最初から計算尽くで動いている。耀の感傷も全て見越した上で耀をこの件の窓口にし、行動することを許した。耀がどのように行動するのか、楸には手に取るように解っているということなのだ。

 だから、感傷に浸って鵺の提案を受けることだってあることを楸は知っている。でもそれでも構わない、それさえも計算に入っているということを耀もよく知っていた。

 さすがに楸に似ていると言われるのは顔だけではないということだ。
 知っていて利用し、さらにコントロール出来るという確証があるから提案に乗っただけのことだ。楸もそこまで解っていてこの協定にノーとは言わなかった。

 けれど、そんな宝生内部のことが全て蔡には解ってしまったようだった。だから彼は耀に興味を抱いたわけだ。自分の上に完璧なるヤクザのトップが存在している上での跡取りと言われ、期待を背負っていた耀という存在そのものが、興味の対象だ。

 耀は自分に伸し掛かるプレッシャーや期待などものともしていない。
 微塵も見せないソレは一体なんなのかと興味を持ったわけだ。

 そうして嫌に気に入られた耀は、鵺からあり得ない程の情報を得る結果になった。しかし、これすら楸の思惑通りだったと蔡が知ったら、彼は笑うのだろうか。それとも知っていたと平気な顔をするのだろうか。
 鵺が動けない理由が中国政府にあるのなら、宝生が動いてかき回せば鵺が動くことが出来るようになるかもしれない。本国にてすでに金糸雀を失っている貉は、自分たちの立場を確保するためになりふり構ってられない行動に出てくるだろう。

 今まで金糸雀によって集められた膨大な貉の資金源は金糸雀を失ってからたった5年で財政難に陥っているはずだ。彼らは金の勘定が出来ない。湯水のごとく使ったとしても金糸雀がそれを全て回収してくれていたから金銭感覚がないのだ。

 そして彼らは財政難に陥って初めて焦って金糸雀を得ようとしている。まだ寧野(しずの)がそうであると決まったわけではないのだが、彼らは違うと疑ってやしない。
 だが、その憶測は間違っていないと耀は思っている。

 あの事件の時、寧野は嘘を吐いていた。

 幸いなことに警察はすっかり騙されてくれたから、耀以外は気付いていないが、寧野は自分が金糸雀と呼ばれる人間であることは知らないが、数字を見て何かを当てたことがあるのだ。そして寧樹氏もそれを知っていた。だからこそ寧野を逃がそうとしたのだ。

 貉が夏一族に何をしたのか、寧樹氏は何処からか解らないが、その情報を得ていた。そして近づいてきた貉に危機感を覚え逃げようとしていた。
 その事実が明らかになってくるに従って、耀は絶対に今度こそ寧野を守ろうと思った。前の事件の発端が耀であるのは間違いなく、寧樹氏の計画を崩したのも耀だった。それはしっかりと胸に刻みつけて、貉を潰す。これで寧野が許してくれるはずなんてないけれど、過去は絶対に変えられないけれど、寧野の未来は安泰になるようには出来るはずだ。

 金糸雀であることが他の組織に知られても、寧野の安息が絶対であるようにする。それが耀の最大の願いだ。その為にならいくらでも汚れられたし、その準備のために沢山の血を浴びた。噎せ返るようなソレを人は恐怖として感じ、耀を恐れていく。

 たとえ、寧野がそれに怯えようが、憎もうが、耀にはどうでもよかった。
 宝生に残ると決めた時に、そんな覚悟した。 
 諦めきれない恋だけど、一緒に居る方が幸せに決まっているけど。

 ――――――離れていても寧野が笑って幸せそうだったら、そんな些細なことはどうでもよかった。
 この時は本当にそう思っていた。