novel

Howling-14

 寧野(しずの)が金糸雀について知った。
 その情報が入ったのは、今日の昼のことだ。耀の中ではそれほど重要な情報ではなかったが、寧野がそれを仲間に話すことに抵抗を感じているのではないかと心配になってしまう。絶対に言わないと決めて隠し通したことを喋る羽目になるとは最初は予想もしてなかっただろう。

 しかし、戦うなら隠しておくような情報ではない。
 そこにいる寧野の仲間は裏切らない。絶対に寧野を売ったりしない。
 何が楽しくて、ヤクザやマフィアが絡んでいるような状態で手を貸す人間がいると思う。大抵は利用しようとするか、利害関係が一致しているかのどちらかだ。
 利用しようとする輩は全て、寧野の高校時代の友人によって選別され、ガードされていたから、情報のない人間が新たに近寄ることはほとんど無理だった。

 高校時代から寧野の行く先を知っていたとしても、急激に近寄ることなんて出来るわけがない。櫂谷や香椎はまだ彼らの生活の背景でヤクザであろうが問題はない。寧野はすでに知っているが、二人とも地方の大きな組織の次男だったりする。

 マフィアと事を構えるのかというがそこは、問題はない。その組織の頂点に居るのは、宝生組だからだ。親子杯を交わした故に繋がりがあるとは一般人には解らないだろうが、これは結構楽なことなのだ。
 身元は早急に洗えたし、何を考えて行動しているのかも全て把握できている。彼らは友情から動いている。

 友情から動いているのと義理堅いのがあるので、裏切り行為は許されない。

 それにあの寧野と一緒に居て、どうしてあれを裏切れるというのか。今は強くて一人で生きていけるように見えても、数年前のあの弱かった寧野を知っている人間なら、彼がそこまで落ち込んだ理由も知っているなら、絶対に裏切れない。

 あの中に貉の関係者がいないことはこちらで調べはついているが、周りはやはり怪しい限りだ。
いろいろと寧野が金糸雀であるのかどうかを調べているようだから、今のところは無理矢理連れて行くということはなさそうだったが、また貉の動きが変わったという。

 原因は鵺(イエ)だ。彼らの祖国での動きが代わり、二つの組織の上下関係も段々と微妙になってきているのだという。それもそのはずで、鵺は貉を潰す為に今回かなりの金策とそれなりに計画してきたことを実行している。
 簡単に貉が潰れないのは、今まで貯めた資金のせいだ。

 次に繋がるような資金は、絶対に鵺側からしたら殺しておきたいところだ。利用するとなると争奪戦になり、無益な死を産む。ならば、曖昧な能力者に頼るよりは自分たちの力で何とかした方が早いと考える。
 その考えは耀も賛同している。もし相手が寧野でなかったら、耀は殺す方を選んでいただろう。その方がいろいろと便利であり、抗争の種にならないと知っているからだ。

 だがそれでもそうなる可能性が高いことが解っていても、耀は寧野を見捨てることは最終的には出来ない。楸が響を見捨てられないように、耀もそうなのだ。

 だったら、どうにしかして寧野が生きていける環境を整えることが出来る立場なのだからそのように行動すればいい。
 金糸雀についての情報を嘘で固めれば、寧野を守ってあげられる。

 金糸雀の男子については、あまり情報が入ってこないところを見ると、あまり重宝がられていないようだった。確かに掛け合わせで金糸雀は生まれるだろうが、その情報はほとんど出ていないどころか、貉自体が忘れているようなのだ。

 女の金糸雀が扱いやすかったのだろうと思われ、ここ1世紀は、女の金糸雀しかいないのもある。男の金糸雀一族から女の金糸雀が生まれているという事実を、どうも無視しているとしか思えない。
よほど総統の側近は現状を理解してないようだ。よその世界で生きている彼らに現実の世界は甘いらしい。その外の世界でやり過ぎたことで、全ての組織から邪魔者として認定されていることを彼らは嫉妬しているからだとか、羨ましいからだろうと思い込んでいるようだ。
 他人の力一つにしか頼れない組織が、馬鹿を言っている。

「耀様、寧野さんの方にも情報が流れていますが、どうします?」
 同じ仲介を使っている同士だと同じ情報が流れることになる。情報は生き物で、それを上手く扱っている人間は求めるものを提供する義務があり、独り占めする権利はなかった。

「それはいい。だが、組長代理には突っ込んでおく。あの妖怪変化が茶々入れて邪魔だ」
 貉ではない何者かが日本のヤクザを動かした。

 それは宝生ではないし、そうだとすれば何処かから情報が入ってきているはずだ。しかしそれが無かった上に、宝生と対立する原因となっている人間に手出しするような酔狂な人間は、日本には一人しかいない。
 それは楸と同等に並べてもおかしいところはないどころか、人としてもっと残酷性を持ち合わせた人間、如罪(あいの)組の若頭、九十九朱明(つくも しゅめい)しかいない。 

「よりにもよってですね。鵺ももうちょっと上手くなってくれないと」

 九十九と鵺が繋がっていることなど、耀は最初から知っている。関東では宝生と関西では九十九と鵺は上手いところを選んで寄生し、上手く立ち回る。ただ指揮系統がいくつか違うので、宝生との繋がりが完全に総統からであることを知っているのは、ごくわずかだ。そのせいで情報が行き届かない地帯もある。

 鵺の中で少し混乱しているのだろうが、寧野に手を出すように仕向けたのが九十九であろうが、九十九の手を借りた人間を許すわけにはいかない。
 目の前で尋問が終わった人間を部下が連れ去るのを見送って、耀は一息吐いて椅子に座った。
 人が歩いて去っていく音がやけに響いて聞こえてきて耳障りだった。

「……」
 ここの周りはコンクリートの壁しかなく、椅子は二つで、一つはもう誰も座らずに処分されるようなモノになっている。さっきまで耀が拷問とはいえ、指を二つ、爪を全て剥ぎ取った形になっていたので、椅子には流れ出た血や失禁した湿りがまだある。
 そんな向かいの席に座るのを見て九猪が眉を顰める。

「お願いですから、その部屋から出てください」
 鵺と協定を結んでいることを知っていて九十九が仕掛けてきたのは解っていることだ。あの男は酔狂が過ぎるのだ。自分の注目を引く為にやるのではなく、ただ単にかき回してみるのが面白いからやっただけという単純な理由が通ってしまう奴だ。

 ただでさえやっかいなのだが、鵺は九十九と組む危険性を理解しているのか疑いたくなる。あれは商売では合うかもしれないが、遊びになると遠慮をしないのだ。

 かつて組長代理の楸も散々手こずって、殺せずにいた。手を出そうにも出したら最後、それこそ日本を沈める気でいないとやれない相手。そう認識してから8年経っているが、それでもあの男、還暦間近の癖に自分で行動して厄介ごとをさらに厄介にしてくる。何度も小競り合いと言われるようなことをやっていたら、みな相手するのが嫌になってくる。そんなのと繋がりかけていたとなると、鵺の行動も逐一調査という警戒度を上げないといけなくなってくる。

 貉に九十九に協定を結んだ相手の鵺。
 さすがに三つはキツイ。

 まずは鵺、こちらをどうしてくれようか。そう耀が考えたとき、耀の携帯が鳴る。さっきまで一個の携帯を除いて全て切っていたのだが、それを九猪が電源を入れたせいで鳴っているのだ。
 一番鳴って欲しくない音が聞こえた。
 耀は息をもう一息吐いて、九猪から携帯を受け取る。

「今更言い訳か。堂々としてるのは嫌いじゃないとは言ったが、今がどういう時か解っていて言っているんだな?」
 耀がそう言うと向こうはこれは何か間違いがあったことで説明しているのは明らかだった。しかしすでに耀が全ての状況が解ることを引き出していたから、相手から何を言われても無駄であった。 

「そっちがそういう態度でいるのなら俺にも考えがあるということだ」
 かかってきたのは鵺の側近だった。総統の側近で、名前は忘れた(覚えているが機嫌が悪いので忘れたことにした)が、その男が無断で関西の九十九と連絡を取り合っていたらしい。

 油断ならない。トップの決定を無視して幹部が動くような組織は、宝生だけで十分だ。側近の血筋だから側近という形式は本当に癌にしかならないことが多い。組織が巨大であればあるだけ、総統の眼も行き届かないと信じているのだろうが、とっくに総統はこの事態に陥ったことは理解していると思われる。

 何より言い訳の電話が幹部からという時点で、総統がすでに耀以上に切れていると思われる。なんとか取りなして貰おうと幹部は耀に助けを求めてきたのだ。耀が許せばそれで全ての罪が消えると思っているのだろう。しかし残念だ。そのせいでこの幹部の勝手な行動のせいで、鵺は貉に使えるはずの手駒をいくつか失ったことになる。

 耀が捕らえたのが、普通の下っ端というわけではない。わざわざ関西くんだりまで行ってこの側近の幹部をとらえてきたのだ。
 さすがに九十九のお膝元は危険かと思ったが、九十九は遊んでいただけだったようで、その捜索の手を邪魔されることはなかった。もしかしたら耀が怒りに怒って鵺と抗争するのを見たかったのではないかと疑いたくなる所行だ。

 そうして耀は宝生内にその人物を連れて行き、今まで拷問して鵺に関する情報を引き出していたのだ。
 普通なら死んだ方が情報を漏らしたことを知られて殺されるよりもと考えるだろうが、耀はそんな甘いことを許しはしなかった。
 幹部ならば、拷問なんてもの受けたことはないだろう。
 鵺の内部を知っているからこそ通じる作戦だったが、案外簡単であった。

 宝生の一族だと粋がっていた幹部と似たり寄ったりの弱さだ。やはり凌ぎあって来たわけではないから情報は適当に漏らすので怖いくらいだった。

 耀は内心、さっさと宝生内を整理しておいてよかったと胸をなで下ろしたくらいだ。九十九の時に内部が腐っていることは知っていたが、ここまでの弱さだと本当に九十九にいいようにされる訳がはっきり理解出来てしまったのだ。

 幹部の言い訳が立て並べられていたが、どうやらやっかいごとの後始末は耀の判断にゆだねられたらしい。言い訳を続ける携帯電話を九猪に預け、他に鳴っていた携帯に出るとやはりな人物からかかってきていた。
 一言言っただけで切れた電話に舌打ちをし、九猪にうなずき返しただけでその電話を切るように言う。耀は聞く耳は持たないとして交渉する余地なしとした。

 切れた電話を二度と繋がらないようにしてから着替えることにした。
 飛び散った血が黒とは言え、背広に付いているのが気に入らない。上から下まで全て着替え、血が付いたものは処分して貰う。そうして施設を出ると外はすでに暗くなっていた。何時間そこに居たのか忘れたが、響からのメールが何度か入っているところを見ると夕飯時はとっくに過ぎていたようだ。夜食を置いておくというメッセージから耀は苦笑してしまう。

 大学生になったのを機に家を出た。もう鳥かごのような場所で守って貰うほどの弱さや幼さがあるわけではない。
 それに耀が死んだところで宝生に楸がいる限り、宝生は潰れないことはもう周知の事実だったから、耀が一人になろうとも代わりはしない。

 そして引っ越したと言っても耀付きだった九猪や億伎や他にも何人かついてきたので、結局宝生の事務所が増えたみたいなものだった。だから気楽に居られたが、一緒に住んでいた響は寂しいらしい。
 血の臭いをさせて戻るわけにはいかないから、家を出たのだが、頻繁に尋ねてきては夕飯を置いていくので離れた意味がない。

 耀は楸ほど綺麗な立場には居られない。楸が組長代理とはいえ、宝生組の顔であることからあまりこうした裏の仕事をやらせるわけにはいかなかったし、楸は大学を出たばかりだったから未成年だと言って誤魔化せない。そういう理由から深い闇の仕事はその専門がいた。

 しかし耀はまだ未成年だったし、捕まるほど馬鹿でもなかったので、自ら望んで闇の仕事もしていた。そうしないと汚いことに慣れないと思ったからだ。
 二度と振り向いてもらえない存在を気にして、怯むような人生にはしたくなかったし、上に立つものとして綺麗だけでヤクザはやれないのだと思い知って、下の者をもっと納得させないと宝生は継げないような環境になっていた。

 その理解を得る為にどんどん闇に身を落として、そして現在に至る。
 楸はそんな耀に対して言ったことは、響に心配をかけるなという一言だけだった。あの人も本当に響が幸せだったら後はどうでもいいような人間だから仕方ない。

 今の耀は前と違うことに響が気付きだしているのだろう。
 そこまで変貌する理由を響だけが知らない。
 知っていたとしてもどうにも出来ないことだから知らせてはいない。

 響だけが理由を知らず右往左往しているのだろうが、それを止めないところを見るに、やはり響には弱いのだろうが、本当のことなど楸は口が裂けても言わないだろう。そういう安心感はあって誤魔化しはいくらでも使えた。
 いえないことが増えていく。

「……臭うな、やっぱ」
 洗い流したはずの血の臭いがする。鉄が錆びて、それに触ってしまって付いてしまう鉄の独特のあの臭いだ。その臭いはあまり好きではないから顔が不快感を露わにしても仕方ないことだ。

 それに気付いた九猪が香水をつければある程度は誤魔化せると言うのでつけていたが、それでも臭っていた。
 自分の手はそれだけ鉄さびがくるほど汚れているのだと、そう自分が思っているから臭うのだと自覚したのは最近だった。寧野が大学を東京にしてあの避難場所から出てくると報告があった時からだ。

 こんな時にこんなことを思い出すので情けないが、二度と会わない相手を助けることにはまったく抵抗はないが、こうした自分が寧野を想っていいのだろうかと不安になることがある。そうした時、自分が酷く汚れているのだと気付くのだ。
 それが酷く嫌だった。まだ弱いのだと言われているような気がして、何も出来なかったことを思い出す。

「また、ですか」
 九猪の言いたいことは解る。
 そこまで想っているなら、さっさと攫ってきて閉じ込めたらどうだという毎回無茶な提案をしてくることだ。九猪は相手が幸せそうだからと言って指をくわえて見ている耀の変なところで我慢強いのが許せないらしい。

 しかし、一度手放した時に自分にも課したことなのだ。
 あのゆったりとした幸せを寧野に与える。そのためになんでもする。そう自分で決めたのだ。二度と求めないと誓って。

「なんだって、自分で茨の道をいくんでしょうか」
「俺と九猪の考え方が違うからだろうが」
 いつもの説教にいつもの返し。そんなことが続いていても、先には進めない。

「鵺の方が幹部の始末は好きにするといいと言ってきた。どうやら行き違いがあったことを認めて、こちらを選んだらしい」
 話を別に振ってやると、九猪は仕方ないとばかりにその話に乗った。今はこの話の方が大事だからだ。

「やはり幹部というのはやっかいだったりしますね」
「全員が完全に忠誠を誓っているわけではないってことなんだろう。宝生も似たようなことをやったじゃないか。アレの巨大版だな」
 鵺の組織は宝生の組織と似ていると思ったのはこういう幹部の暴走を簡単に止めることができない体勢が少し残っていることだろう。鵺もまた総統が交代してからまだそれほど経っていない。そのせいで上下関係が少しおかしいのは巨大過ぎる故の結果であろう。

 宝生はそれほど大きくもなかったのに統制が難しかったのを思い出すと、鵺の統制の取れなさを完全に責めるわけにはいかない。

 だがそれは鵺の事情であり、協定相手には通用しない事柄だが、それが解っていても始末を頼んできたのは、耀と同じく内部を清掃したいのだろう。邪魔者が失敗をすればすぐに葬れるマフィアは楽でいいだろう。ヤクザはよほどのことがないと沈めない。

「確かに色々あると簡単に追放して葬るなんて難しいですね。関連性がないようにすると同時に情報が漏れないようにしなければならない」

大抵は家出人としてそのまま処分されて捜査されることもなく、一人の人間が消えていく。相手がヤクザであれば、警察も本格的に調べたりはしない。その中のたった一人を捜すより、消えた一般人を捜してやるほうが断然マシだ。それに家出人捜索で一般人より訳ありなヤクザを見つけてきたら、それこそ上司に怒鳴られる。

 そんなヤクザを探すのはマル暴のすることだ。ただしそこに大きな事件性がないかどうかまで調べ、それすら見つからなかった場合は、ほとんど放置され未解決の事件として片付けられ時効が成立し、事件はファイルとして資料室の奥深くに眠り、そのうちデータ化され、ただの資料となる。
 しかし、警察も馬鹿ではない。宝生など大きな組織が幹部を追放しようものなら、取引としてその者から内部の情報を聞き出そうとしてくるに決まっている。

 マル暴も公安も放ってはおかないわけだ。そうなると都合が悪くなるのが宝生となるので、厳密に追放された幹部というのは存在はしていたが、所謂飼い殺し状態にして、
 一生監視が続く。もちろん死にたくはない幹部はそれに従って大人しく暮らす。警察なんかと接触しようものなら、次こそ命はないと解っているし、家や周りは全て盗聴されていて自由などはない。自由になれるとしたらそれは死しか残っていない寸法だ。

 もし裏切って何処かの組織に入ろうものなら、土産を渡した段階で消されるだろう。そちらの組織が欲しいのは何の力もなくなった幹部ではなく、その情報一つだけ。それが手に入れば邪魔な上に金がかかる寄生虫はさっさと始末するに限る。
 例えばこんな場合は、相手の裁量に任せて始末させた方が、幹部を密かに助けるなどという手を使ったのではないかと疑われることを減らせる。
 寧野に手を出した鵺の幹部は、今頃本国で総統の意志を無視したとされるだろう。

「あいつは放って置いて問題ないな。たぶん面白くなりそうだったから手を出しただけだろうし。本格的だったら寧野は連れ去られているに決まっている」
「そうですね。基本的に組長が関わらない事件に手を出してくるのも珍しいです」

 九十九は耀には興味がないらしく、今まで邪魔されたことなど無かった。今回は鵺をからかう上で接触したに過ぎない。
 九十九からしても貉のことは気にはなっているはずだが今回はありがたいことに傍観してくれるようだ。それは案件そのものを耀がやっているから、あまり興味がないのだろう。ありがたいことに、九十九にはまだまだ相手にならないと思われているのが今回は救われた形になっていた。 

「とりあえずは、鵺も九十九の出方も解ってきました。総じて、貉はどこでも邪魔だということですね」

「まあ、九十九に関しては組長に連絡を入れておけば、なんとかなるだろうし、俺をからかったのも組長が相手してくれなかったから寂しいんだろう」 
 寂しいからと喧嘩を売ってくるような妖怪変化には是非とも異界で戦って貰いたい。現実でやると8年前の二の舞どころの話ではなくなるだろうからだ。

「茶化しているわけではないですが、あなた本当に姿を見せずにやってのけるつもりなのですか?」
 耀が影でずっと寧野を支えいるのを見ていると、向こうが気付いてないだけ九猪は少し苛立ちを感じているらしい。さっきも言ったように無理矢理でもという考えがあるだけに耀の腰の低さに、普段と違う違和感を感じ始めたようだ。
 その耀もまた、幸せに笑っている寧野を遠くから眺めていて、思うことはある。

 楸は絶対に後悔すると言った。自分の性格を生かせる世界に身を沈めていると、どうしてもその残虐性を持って行動しようとしたりする。
 紳士に振る舞いながら、全身血を浴びても平気で立っているような存在が、無理矢理にでも連れてこようと言ってくることがある。本人を目の前にしてないのに、その誘惑に負けそうになる。

 最初は純粋に一目惚れだったのに、段々と執着が沸いてきたのだ。
どこまでのめり込んだらいいのか、どこまで行ったらいいのか、寧野に関する感情をどう処理していいのか解らないことが多々ある。本物の恋というのは、綺麗に終われるはずだったのに、終われないまま来てしまった。
 本物の恋は簡単に終われないのだ。だから後悔すると楸は言った。けれど解っている。結末は知っている。だからそれ以上を望むのは間違いだと思った。

 姿が見えないからまだ理性を保ってられた。
 しかし、姿をもう一度でも目の前で見たら止まるのかどうか、それすら今は自信がない。九猪に焚き付けられたからではなく、自分に自信がないのだ。

 あの楸だって駄目だったのだ。諦めて引き摺り込むことしか出来なかった。
 そして耀もそうするしか道がもう残ってなかった。
 言っていることとやっていることがちぐはぐになるようなことはしたくはないのだが、こればかりは自分のコントロール出来るものではない。感情とは、人に左右出来るものではないのだ。
 唯一耀の中にある寧野に関する感情は、予測不可能な動きをしてしまうのだ。

「見せずに出来ることしかやってない。寧野は寧野の決着の付け方があるんだろうが、俺には俺で譲れないことがある」
 そう耀が言う。

「貉は俺の目の前で、堂々と人を殺しやがったんだ。吉村が危険だと解っていたくせに、手を打たなかった。この時点で貉が殺したも同然だ。そしてきっかけである俺も、寧野に会わせる顔は持ってない」
 耀の言葉に九猪が何かを言うとするのだが、耀はそれを手で制した。

「思い出だけでいいって言っているんだ。焚き付けて取り返しの付かない事態にしたくない」
 自分の感情が強すぎると貉と向き合った時失敗しそうで怖い。
 この世界を選んだ時から迷いなくやってきたのだ。一度迷った時、自分が如何に弱いかを思い知った。でも楸のおかげでなんとか踏みとどまったというのに、また不安定になる自分が怖かった。
 選んだことを覆す気はないけれど、一瞬戻ることを考えてしまう。
 その迷いが寧野を目の前にした時、どこまで広がるのかが怖かったのだ。

 ――――――否定しても、終わらない恋だってある。知らなかったけど。感情が止まらないのです。