novel

Howling-16

 某国。
 山は深く、人は来ず。

 昔は街へ降りていた一族は、便利になった世のモノを使い、山の頂上に一族の街を作った。金はいくらでもあった。湯水のごとく使っても彼らは尽きることない金をつぎ込み、一代帝国を作りあげようとした。

 山の頂上に一族の街を作ったのは、一族を守るためではなく、一族に伝わる秘密を漏らさない為。飛行機やヘリが登場すると、それを使わないと街から出ることが出来なくなるほど監視体制が整った。
 ここで生まれて、仕事で出る以外に山を下りたのは、たった一人だと言われている。

 大きな屋敷を中心に、高い塀に囲まれた街は、入ることは割合自由ではあったが出ることは一族の長の許しがないと絶対にいけない。中に入れば一生出られない人間も存在する。

 彼らは、貉(ハオ)となのり、中華系マフィアに名乗りを上げたのは約200年前のこと。次第に大きくなる勢力に周りのマフィアが気づいた時には、貉は一代帝国を山の頂上に作り引きこもって暮らすようになる。
 一般的に長や幹部は山を下り、上海や北京と行ったり来たりしているが、基本彼らがしていることはひたすらモノを買うということだった。
 山の上は不便だからと下の街まで彼らは買い占め、その地帯一帯を彼らの地域に変貌さえさせた。

 彼らは他のマフィアの邪魔はしないが、彼らが他のマフィアの側に遊びに来ると他のマフィアが困ることになっていた。彼らは賭け事にめっぽう強かったのだ。彼らに潰された店は何軒もあったが、彼らがいかさまをしている証拠も何もなかったので、どうにも出来なかった。
 それを目障りと思っている人間が彼らを調べようとしてことごとく失敗している。彼らの街に入り込んで無事に戻って来た人間がいなかったからだ。入ったまま行方が解らず、数年が経過することはよくあることだった。

 黒社会の一部の人間は、貉とはなんぞと詳しく調べだしたのが、ここ50年のことである。
 やっと彼らに動きが出たのだが、何故か彼らが動いたのは中国国内ではなく、日本であった。日本人が嫌いと公言しているのを聞いたことがある人間は結構居て、嫌いな日本で宝生でも如罪でもない名前すら知られていない組に出入りしているのを、皆が首を傾げていたところだった。
 
 その彼らは一旦撤退したのち、また再度日本入りをしていた。
 抗争はもうすでに避けられないところまで来ていると誰もが知っていた。
「豹(バオ)、杜(ドウ)はまた高黒(ガオヘイ)様のところかい?」
 豹と呼ばれた50才を超え、頭も薄くなってきた男は、ゆっくりと自分を呼んで杜の心配をしている男の方を振り返った。その男も豹と同じ年で役職も同じだった。

 彼らの仕事は金糸雀(ジンスーチュエ)の飼育だ。
 金糸雀とは鳥の金糸雀ではなく、ある人間の呼び名で、彼らの一族が発見してからずっと秘密にしてきたものである。
 この金糸雀の一族を夏(シア)を呼んでいる。
 彼らは皆従順だった、つい二年前までは。

 夏に金糸雀は数人しかいなかった。夏の前に金(ジン)という金糸雀の一族が居たが、今は鳴くことさえ出来ない一族になっている。
 金から夏に金糸雀が映ってちょうど三代目だった。

 現在の総統である、胡高黒(ホゥガオヘイ)の父親覇黒(バーヘイ)は三代目の金糸雀を殺してしまったのだ。長くストレスがかかる状態での金糸雀の使用は禁止になっていたが、胡が総統になってからというもの、金糸雀を飼育することをする前に、金糸雀を潰してしまうことが多くなった。
 夏の金糸雀はより繊細だったらしく、怖さのあまり胡の要求に答えられないことがあり、胡は見せしめのために金糸雀を壊していたのが仇になった。

 夏の金糸雀はたった三代で鳴く者が一人になり、夏の鳴けない一族のものは、もう居ないのだから大事に扱って欲しいと訴えていたにもかかわらず、胡は最後の金糸雀、それもたった10才だった子供を殴り殺したのだ。

 それに夏の一族が反発し、一族で集団自殺をした。
 それが三年前の冬だった。

 その胡は重大性に気づくことが暫く出来なかったが、たった数ヶ月で激減した一族の資金に苛立ちを見せ始めた。
 夏の一族はすでに無く、金の一族も鳴くことは出来ない人間しか残っていなかった。

 金糸雀はもういないのだという事実を胡は受け入れられなかった。

 そこで代わりを見つけようとするも、鳴く金糸雀は代わりになるようなものではなかった。
 策を考えろと言われて、やっと思い付いたのは、昔、瑞新雪(ゥルイ シンシュエ)が匿って日本へ逃がした金糸雀、愛子(エジャ)の行方を捜すことだった。

 愛子は、金(ジン)一族最高の金糸雀でありながら、当時の総統との通じ合った為に金糸雀の座を奪われた人間だった。新雪に会えなくなった愛子はすぐに鳴けなくなり、用済みと判断されると同時に山から追放された。それが40年前のこと。愛子が子を産んでいたとしたら、孫辺りがいるはずだった。

 夏が一族心中してしまった為、一番金糸雀を産むのに近いのが愛子の金一族である。

 しかし愛子が日本に逃がされたことまでは解っても、そこから先は新雪すらも居場所を把握してなかったらしい。戸籍のない人間が全うになれるはずもなく、人伝いでやっと四国のある一族の男性に拾われたところまでは解った。

「やっと見つけた金糸雀だったんですが、殺してしまっては……」
 そう言うのは豹(バオ)だった。

 三年前の出来事で自分たちの不手際でさえなかった金糸雀の死は、相当に堪えた。だが、その金糸雀は男でしかも子供を残していた。男の金糸雀は少ないが、一族から生まれる子は金糸雀になる確率が上がる上に、愛子の子だ。可能性はさらに上がる。

「しかし、その金糸雀の子はまだ金糸雀ではないと言うではないですか」
 そう言うのは曹(ツァオ)だった。
 豹と曹は高黒の側近であるが、杜(ドゥ)はその二人に向かって言う。

「何を言っているんですか、男の金糸雀は貴重ですよ。何故女性の金糸雀が重宝されてきたのか調べてみれば解りますよ。連れて歩くのに美人の方がいいからという理由だけです」
 そう見栄えをよくするために、女性の金糸雀を欲しただけだった。
 男の金糸雀は主に街のために使っていたが、女の金糸雀は総統の為に使ったと言えよう。しかしもうそう言ってられないのが現状だった。

「それに……代福(ダイフゥ)様の動きも怪しく……」
 豹の言葉に全員が押し黙る。

 金糸雀を全滅させてしまった責任を未だに取られないでいのは、豹や曹たちだ。総統に近い側近であることから処分はまだ見送りにされている。その流れで愛子の子供が金糸雀の可能性が高いと調べたことから、やっと見つかった金糸雀は高性能だった。

 それを殺されてしまったのだが、そのさらに子供が居た。
 その子供はもうすぐ二十歳になる。 

 男の金糸雀は女の金糸雀より金糸雀と判明するのに20年かかる。そして金糸雀になると子供を作っても力は無くならないことの方が多い。今考えれば男の金糸雀を上手く育てておけば量産出来たのだろうと思うが対面ばかり気にしていたモノはその欠点に気付かないまま来て、全滅させる結果になった。

「金(ジン)の男から金糸雀が生まれなくなったのも痛手ですね」
 瑞(ゥルイ)が愛子を追放を援護して日本に逃がしたのは、手柄と言えた。怒りにまかせて愛子を外へ出した結果が今だ。近場に居たとしたらもう殺されていたかもしれない。

 高黒(ガオヘイ)は父親に似て残虐性はある人だった。
 ずっと隔離されて育っていたせいで、彼には一族を率いてどうにかするという気概がないのだ。父親の覇黒(バーヘイ)は自分に内部が似ている子供を毛嫌いし、その妻である立慧(リーフィ)も監禁した。その覇黒が何より怖がったのは息子の高黒だった。

 案の定、外の街には秘密だが、立慧と高黒は結束して、覇黒を毒殺した。
崩れた総統の座はすぐに対応をした高黒へと移ったが、瑞がどうして黙った居るのかは不思議だった。

 だが瑞には解っていたのだ。金糸雀を所有するものこそがトップであること。その踏み台に高黒を使うことにした。高黒はいわばまだ子供だ。その癖にトップである矛盾する行動を取るようになり、金糸雀さえ彼は気にしてはいなかった。

 それで一旦引き下がることになったのだが、急激に減る財産関係を危惧した者達の助言で一応は金糸雀が必要だと思い出したようだ。その金糸雀である可能性のある織部寧野を顔を見た瞬間だった。
愛子にあまりに似ている顔や全てのことに置いて彼、織部寧野は愛子だった。

 高黒は金糸雀ではなくても、あの鳥を鳥かごに入れたいと思うようになった。その執着は母親である立慧も唖然とするほどだ。
 なんとか彼を閉じ込めることで独断で動くことがないようしなければならない。それになんとか金糸雀を手に入れて繁殖をさせたいモノとしては、勝手に動かれては困るところだった。

 しかしその高黒に一番近づいたのは、なんと瑞代福(ゥルイ ダイフゥ)だったのだ。彼は金糸雀など要らないものだと主張する、自身の財産を自分で作る人間だったから、金糸雀の不自然な金の流れはいずれ外の世界にも広まり、何処かの国のマフィアに強引に奪われ、街は失われると解っていたから、金糸雀は必要ないという考えだった。

 それで最後の金糸雀である織部寧野をこちらに攫ってきて殺せばいいと思っているのは、幹部なら誰でも気付いていることだったし、立慧がそれに賛同しているから止められない状態になっていた。
 最初は金糸雀連れてくることには同意していたのに、ここにきて瑞代福の考えが明らかになり、奪うか殺すかのどちらかになってきていた。

「なんとか殺さないで、捕まえられないのか。このままでは瑞の思い通りになってしまう」

「そうだ、こういう時こそ、あの方だ」
 そう思い付いたように三人は、あの事件以来幽閉されて暮らしている元瑞の総統を尋ねた。

 瑞新雪(ゥルイ シンシュエ)は、70を超えた今でも幽閉されたままである。あの事件で唯一金糸雀を庇い、総統の座を追われたのは40年前のことだ。以来40年、彼は見張りの棟と言われる、まるでラプンツェルでも呼ばないと上れない棟の上に住んでいた。
だがそこで自由だったわけでもなかった。

 愛子を助ける目的で動いたことで、周りの反感を買い、足を折られ、その足は腐って切り取ることになった。なので彼は足一本、義足すらなく松葉杖を使用して狭い棟の上にいる。

「ほう、愛子に子がいたのか」
 愛子の子である寧樹のさらに子供、寧野を捕らえようとしている輩と、それを殺そうとして準備をしている輩。その両方のことなどどうでもいいように新雪はほほえんだ。

 愛子を始終側に置いて可愛がったのは、新雪だった。姉のようで妹のようで、そして母でもある愛子。それを忘れようとしても忘れられず、捨てようとしているのに捨てられずになんとか追放で済んだのは、この足一本のおかげであった。

 愛子はそれを知っていたから、大人しく日本に渡ったし、それ以降両親とも連絡を取ることを許されない孤児とされたが、ちゃんと新雪の望むとおりに子供を産んでくれていた。
 いつか、その子に会える日を楽しみにしていたが、まさか孫の代になるとは思わなかった。
 それを嬉しがっているのを見て、幹部たちは一応にため息を吐いた。

「新雪様は、もう駄目なのか」
 頼りになるはずの新雪がこれでは使い物にはならないし、対抗する力を持っている代福(ダイフゥ)は暗殺を望んでいる。なんとかして代福を止める力を持つものである新雪に頼んでもこのように昔を懐かしむだけで、手を貸してくれそうにない。

 それもそのはずで、新雪の足を切り落としたのは覇黒の父で、その時側近に居た幹部たちの子供はここで手の平を返して頼むことではなかった。 新雪の足を切るようにと言ったのは豹や曹の父親なのだ。

 新雪の時が止まっている以上、同じ顔をして違うことを言う相手を警戒しても仕方ないことだ。相談に乗っても彼らには新雪を自由にする権限がない。
 代福は絶対にこの幽閉を続けるために高黒を使うだろう。そうなれば、指示が大きく、街の人間に慕われていたという新雪でも無理が生じる。

「一言言うとです。この中はもう腐りきっているのです。人を殺しすぎて血を浴び続けた壁や床が錆びたようなもの。金糸雀は飼い殺しにすべきではないのです。己の力で何もやれないものが街を救えるはずもないのです」

 金糸雀に拘るからこそ無理が生じてきたのだ。新雪の時代でも他人のテリトリーを荒らすようなことはやってきていない。それをしたのが胡一族だ。すでにそこから間違っていたのにそれを総統の一族として認めた側近たちが悪いのだと新雪は言う。
 そんな新雪に豹は頭を下げていた。

「金糸雀は殺されるのと、保護されるように飼われるのかの、どちらかを選ぶ」
 何度も失敗している。最後の賭だ。

「金糸雀が愛子の血を引くだというなら、両方ともノーだ」
 新雪ははっきりとそう言った。

「君たちは私たちに何があったのかを知らないで、愛子を私から取り上げた」
 そう言えば、どうしてこの二人が恋仲になったとはいえ、愛子を追放する
必要があったのか。奴隷のように扱われていたのではなく、大事に大事に育てたはずの金糸雀だ。それを追放するのは妙な気がするのだ。
どうしてなのだ? 誰もがそれを知らなかった。自分の父にきいたのは、裏切りだったからだということだった。
 金糸雀を嫁に迎えたとしても、他にも金糸雀は居たし、入れ替えは出来たはずだ。
 だが、猛烈に反対したのは胡一族だ。

「まさか、金糸雀を追放したのは、新雪様の婚約者になるはずだった自分の娘を捨てられそうになったからか?」
 それも要因の一つだ。胡は嫉妬したのだ。宝物のように扱われて、機密情報として総統の側を離れない、凛とした女性を新雪に取られるのが嫌で抵抗し、街の法律(当時では奴隷との結婚は認めないとされていた)に照らし合わせ、金糸雀が奴隷であるとしたのだ。

 それに反発したのは瑞一族だけとなれば総統交代劇は簡単に行われた。
 あの夏一族ですら、胡一族についたのだから。
 そして総統として奴隷と寝るなど言語道断とし、瑞を総統から引きずり落とした。それが真相だ。

 ただ好きだった。一緒に居たかった。けれど寝たわけではなかった。
 そんな些細な願いすら、彼らは美しい金糸雀を奴隷にして打ち消した。
 最後に愛子を見た時、愛子は寂しそうに目を伏せた。

 一族とも別れ、最愛の主人でもあった新雪とも別れ、その新雪が唯一勝ち得たのが、愛子の海外追放なのだ。愛子は死んでもよかったと思っていたはずだ。新雪の足一本と引き替えにされた命など欲しくはなかったはずなのだ。

 新雪はそれを知っていたけれど、無視するしかなかった。
 そうして心は少しだけ行き違った。
 その最後の言葉は、「さよなら」だった。

 二度と会うことなどないし、日本へ逃れれば愛子はただの難民になる。誰も助けてなどくれないと思っていたが、意外に親切な日本人にすぐ拾われたらしい。

 それだけは幸運だったし、愛子は子供を産んだあと、病で死んだと言われて、内心それほど傷ついていたけれど、寂しい思いを沢山せずに向こうへ渡れたことだけが、新雪には救いだった。

 その愛子の孫が事件に巻き込まれ、また同じことを繰り返そうとしている。
 確かにそれはいけないことだと言える。だが、それに対して自分は何の力もないときている。息子に代を譲ってから、息子は屈辱に耐えた。父親が幽閉され、母親もいつの間にか引きこもるようになり、代福は一人取り残されて育った。そんな子に野心があるのは当然で、愛子の子を気にかけるよりもこっちの方が問題だと新雪は思った。

「ところで代福は何処と繋がっているのですか? 宝生と戦うにしても日本への繋ぎが必要でしょう?」
 とりあえず代福の作戦をきいてみることにした。

「確か、宝生と対立関係にあるヤクザの如罪(あいの)という組織とでしょう。ついこの間は鵺を出し抜いてやりましたが、宝生に邪魔されました。互角とはいえ、如罪の方は特にこれで勝ちたいわけでもなさそうです」

「つまり代福は遊びのコマの一つというわけですか。確か九十九と言えば、テロまで起こした人物でしたね……代償は大きいかもしれませんよ」

 得体の知れない部分では宝生も変わらないのだが、まだ宝生の方が礼を尽くしてくるはずだ。だが如罪は何でもありの場面が多く、海外のマフィアは出来れば宝生の方と手を組みたいのだがいかんせん、宝生も人を食ったよな態度であるから難しいとされる。

 日本は狭い国だ。そこにひしめき合ったヤクザの組織で、トップだと言われる二人に攻撃されれば、テロでは済まないだろう。 
 宝生もまたテロ返しをして、日本を恐怖に陥れた人間がトップにいるのだから。

「そもそも、日本を舞台に事が進むと思っているなら甘いかもしれません。この国での我々の立場はどんどん鵺(イエ)に奪われているというのに、金糸雀探しですか。暢気ですね」

「新雪様……言葉が過ぎますぞ」
「過ぎる言葉も聞けないものが、人に意見を求めるなど笑止千万ですよ」
 新雪が厳しく返すと、全員が息を呑んだ。これから意見を聞こうとするものが 口出しして自分に有利な意見を貰おうとするのは、それは相談しているとは言えない。そうしたことを指摘されて三人は頷いて、新雪に頼み込んだ。

「どうか良策を」
 途方に暮れる幹部と暢気に本物の金糸雀に餌をやる新雪は、この日約50年ぶりに和解したことになった。しかしそれと同時に、内部抗争は避けられない策になるかもしれない。