novel

Howling-21

 極秘に香港へ降り立った耀だったが、周りがそれを知らないわけはなかった。だが、そこは地元の鵺に融通が利くようにしてもらうことになっていて、途中で付いてきていた公安をまいてしまった。

 日本から付いてきていたようだったが、さすがに勝手が違うとこうも簡単にまけるものだった。中国の警察はまったく動いておらず、迎えに来た香港に潜り込んでいた宝生の仲間からは、鵺がどうにか様子を見るようにと上手く政治家を操っているらしい。
ちょうど貉はトップが変わったことと、政治的不安からか、貉との統制がとれなくなってきているようだった。

 その貉を影から操っていると噂されていたのが、瑞代福(ゥルイ ダイフゥ)とされていた。総統から落とされたとはいえ、長年民をまとめてきただけあり、胡覇黒(ホゥ バーヘイ)が無茶をするようになってからは民を実質的にまとめていたのは彼であった。その分代福の人気は金糸雀を殺したとされる胡一族よりは高かったし、民の為と始終言っていたので、民は高黒が総統になると聞いた時はがっかりしたのだという。
大事にしていた金糸雀を殺したのだから何も出来ない民はまさに要らないものだと思うだろうし、少しの不祥事を起こした金糸雀が追放されたことも薄々知っていた。

 そうした噂はいろんな話が付け加えられて町中に広がった。
 そして密かに街の外へ持ち出されて、一部の黒社会の中では有名な出来事へと変貌するはずだったのだが、それが何を意味するのか誰にも長年謎だった。

 金糸雀という幸運の人間がいるというのは貉ははっきりとは言わないが、自慢はしていたらしい。その金糸雀をほしがった人間が沢山居た。それは外見だけで美しいと感じるからだけではなく、絶対服従している姿に感嘆したのである。つまり美人の奴隷なら欲しいというところだ。
しかし、貉はそれには応じずにきた。
手放せるはずもない、金糸雀は金を呼ぶ貉の奴隷なのだ。絶対に手放せるわけはない。

 そんな金糸雀についての情報を知っているのは、上層部だけだったとされる。彼らが金を呼ぶ人間だと知られれば、いずれ反発しあって金糸雀を取り合った内部抗争に発展する。それを恐れた貉はまず民を服従させる作戦をとった。

 それが金糸雀の金を呼ぶ力を使って管理された金銭を均等に分け、住む家を建て、家族が病気になれば面倒を見て、至れり尽くせりということをしていた。今では誰も外の世界に憧れなどしなくなった。外の世界が如何に酷いのかを外へ出ていた人間から聞き、中の暮らしは最高だ、手放すなんて馬鹿のすることだと言わせていたからだ。
実際、外から来た人間からすれば、天国であることは間違いなかった。

「だから内部の情報が漏れにくいのは解った。しかしまったく出てきた人間がいないわけではないだろう」
いくら監視を続けてもどんなに厳しくしても、そこが豊かであろうと、そこから逃げ出す人間は沢山いる。自由になりたい、外の世界を知ってみたい見てみたいという夢を持つ人間は人類が始まってからずっと続いている。
そうやって人は世界中に広まってきたのだから。

 耀は香港に入ってから、まず自分の影武者を香港に有名ホテルに派手に置いてきた。自分はホテルに入らずに、さっそく手配をしていた作戦を実行させることにした。手始めには向こうも知っているだろう方法を使ってだ。

「全然面白くもないやり方ですが、もう一つは任せて貰いましたので、よろしいです」
九猪がそう言うと、耀に携帯電話を渡した。
過去に九十九が使ったやり方であるが、仕込み方は祖父であった先代組長のやり方である。まず、貉に対して不満を持つものを集め時期が来たら作戦を実行させる。このやり方は簡単なようで難しい。不満を持っているものを何年も待たせる結果になるからだ。しかし耀の場合は期限が結構早く来ることは予想できたので最低4年の約束を取り付けていたが、3年で事が足りたようだった。

「一番痛いところを狙われると人間らしく対応してくるんだな」
過去の九十九は化けものだったが、楸がじわじわと真綿で首を絞める様に責め立てて行く途中で、完璧と言われた九十九でさえ尻尾を見せた。
それが解っているからこそ、この手は九十九以外には案外簡単に使えた。
さっそくとばかりに耀が貉の香港支部を爆破してしまうと、貉の幹部である京(ジーン)という男が引っかかった。

 京鹿那(ジーン ルゥナー)は、覇黒から仕えていた人間で、今は高黒の側近でもある。さらにどうもこの人物が瑞代福と裏で繋がっているようだった。
彼らは胡一族の高黒を表に立たせることによって、裏では好き勝手にしようとしていた形跡がある。例えば、総統にさえ見せていない金の流れを自由自在に使えるようにしていたり、総統権限で使うはずの印鑑を隠しておいたりしていたようだ。

 高黒は馬鹿ではない。そんな特権があることは知っていたはずだ。
だが彼は放っておいた。高黒が我慢強い性格らしいと思ったのは、高黒の父親が死亡するまで表に出てこなかったことからも十分に解ることだった。
長くかかろうとも、確実に手に入る方法を取るのがトップに立つモノが一番最初に考える対処方法だ。

何より怖く、邪魔だったのは父親の覇黒だった。母親を守る為に覇黒だけは殺しておかなければならなかった。その為に母親が疑われるようなことのないように、高黒は遠回りもした。
そして父親が死ぬまで三年待って地位を自然と手に入れた。
だが、そこには自分の居場所はわずかしかなかった。
今度は高黒は待たなかった。待つ必要はなかった。

全ての舞台は用意されている。宝生の手によってだ。
もちろん鵺も絡んでいるが、実質行動しているのは宝生だった。



そんな宝生の行動は貉を潰すための行動であり、その為に少しだけ協力してほしいとお願いするだけでいい。向こうが渋れば、別の組織に持ちかけるだけで済む。
その上で相手の弱みを握って誰も断れないように準備をしてきた。
イタリアの世界的に大きな組織を巻き込んで貉を釣った。

 まずは瑞代福(ゥルイ ダイフゥ)だった。
それについてどうにかしたいのだがと、高黒に繋がる人物に伝えるだけでよかった。耀は自分が高黒の立場にあったとしたら、自分を縛るような足かせにしかならない人間を別の場所で別の理由で死んで貰う方が都合がいいと考える。

 高黒は絶対に自分だけは動かない、というより彼は動き方を知らない。
耀のように訓練するように学んできたことを彼はまったく習ってないのだから。

動揺させてやればきっと街に繋がる者から寧野の詳しい居場所が流れてくる。そして普段流れがない場所から急激に人が流れれば、印象に残りやすく発見情報も確実性を持って入ってくる。
貉は移動の際にヘリを使うことが多い。よって目立ち方は派手だ。
そのヘリが貉が幽閉してずっと隠している金糸雀の一族と、重要な人物が幽閉されている地域に入るのを見たという者がいた。

 案の定、いくつか点在する貉の拠点の中で人の多い場所はさけた用だった。
 街中では、金糸雀が全滅したことは知らないのだろう。当主が偵察の為に移動していると思っているようだった。

 耀はまずそこへ向かうように全ての武器を用意させた。
 幸いなのはその街の周囲100キロに渡って村などがないというのが攻撃がしやすいと言えた。街の人間から死者を出すわけにはいかないが、そんな全てに置いての綺麗事を言ってる場合ではない。
 全ては助けられないと最初に言った。
 その犠牲の上に自由があることになるが、それでもいいのかと寧野に尋ねたことを思い出す。
 寧野は怒りだけで貉を潰したいわけではない。そうした人たちが本当の意味での自由を手に入れればいいと思ってはいたが、その環境を自ら望んでいる人たちもいることも知っていた。だから寧野がすることは大きなお世話な出来事で、憎んでくる人間も出てくるだろうと。


 寧野はこのことも覚悟していたようだった。
 全員が室脇のように人質を取られて強制させられた生活をしているわけでもない。そんなことは解っている。少しの犠牲で多くを助けられればいいとは思うが、一瞬躊躇することでもある。
 その為に人が死ぬことだってある。
 寧野はその重要性について、かなり悩んで決めたと言っていた。

「俺のせいで、人生が変わった人がいる。俺がこれからしようすることで全てを失う人も出てくるかもしれない。でも俺はそんな世界は違うと思う。俺便りで生きていけば、きっと何処かで歯車が違ってくる。その愛子という人を追放したのだって、きっとそうした辻褄が合わなくなった結果だと思う」

 寧野は貉の全てを知っているわけではないのだが、言っていることは間違ってはいなかった。全て終わらせることは寧野だけの人生ではなく、幾多の人の人生を変えることになる。そんなことは最初から解っている。

 けれど、寧野は逃げる訳にはいかなかった。
 自分の平和を守るために誰かが不幸になることだってある。寧野がこうして生きているのだって、誰かを不幸にしているかもしれないのだ。
 だからそこまで考えて行動するのはやめようとしていた。

 櫂谷や香椎を巻き込んでしまったのは弱さからだ。一人では恐かったと正直に認めた。その上ですでに櫂谷や香椎の運命も変えているのだから、見えない人の運命まで背負おうとは思わない。
 生きている以上そういうことはあるのだ。でもそれは誰のせいでもない。
ただそうなったからこうなったという問題なのだ。
 どちらもいいようには出来ない。けれど自分がその為の犠牲になるのは正直冗談ではないことだった。そんな器用な偽善家にはなれない。全ての人がうまくいくようにするには寧野は死んでも駄目だし、生きていても駄目ということになる。

「俺にだって守りたいものがあるんだ。その為に自分が多少汚れようが仕方ないと思ってる。綺麗事で全部が片付くなら、耀はそう困った顔はしないだろ? 実際はそうではないって、お前結構悩んでるだろ?」

 困ったように笑っている耀の顔を見て、寧野はそう言った。寧野の為に綺麗事で全てを納めたらよかったのだが、寧野は嵐を待っていた。

「正直、復讐なんてやめろと言う人間がいなくて助かってる。報復したってきっと後味が悪いんだって後で後悔する。でも、俺は自分の運命くらい自分で変えてみたい。ずっと人に狂わされてきたからこのまま流されるままなんて駄目だとずっと思ってきたし」

 寧野が好戦的なのは、戦いたいからだけではない。復讐は絶対に後味が悪いのだと知りたいのと、何か目的があるようだった。

「俺は綺麗なままでいては駄目なんだ。そのままじゃ誰も守れない」

 昔、今ほど強かったら父親を助けられたかもしれないという気持ちが強いので、そうしたことを思ってしまうのもあるが、ずっと守られたままでは本当に何も出来ない。

 寧野はそのことに気付いていた。
 耀がずっと寧野を守ってきたことは知らないが、知ったらきっと自分の言葉に間違いはなかったのだと気付くだろう。
 簡単な決断ではない。けれど先に進むために寧野は選んだのだ。
 汚れても血まみれになっても、先へ進むため、全てを受け入れようと。

 人の闇の部分を沢山見るだろうが、それでもこの事件はそれを覗かないと終わらない。それが解ったから寧野は心を強くしようとしていた。
 本当はそれほど強くないのに。
 耀はそれを尊重にやりたかった。寧野が悩んで選んだ道だ。耀だってそうしてもらったから先へ進んだ。否定してはいけない。否定なんてさせない。

「軍をやはり買収していたか」
 日本で暴れた軍隊っぽい動きの人間たちが何者なのかが追加情報が来た。やはり中国からの密入国による作戦だったようで、全員が極秘に帰国したらしい。

 だが今回は動けないだろう。情報によると、貉はかなり無茶をしたようで、軍の指揮官の私情による作戦ということで指揮官が逮捕され、処刑されることが決まった。決め手はタクシーの運転手がつけていた事故の時に撮る監視カメラである。さすがに顔まで出てしまった人間を庇う程中国も甘くはなかった。

 わざわざ耀が中国まで乗り込んできたのは、日本で余計な軍を動かされても困るのと、ヤクザやマフィアの抗争に国は必要ないという考えからだ。
今頃、マル暴や公安は事件そのものが中国に移ってくれたので、捕まえられなくても向こうのせいとごまかせると思っているだろう。

 無謀に日本のヤクザであるからと中国政府が捕まえるのは実は簡単なのが、そのあと上の方から逮捕などとんでもないと死刑すら中断に出来る流れは作ってある。政府はすでに日本と中国の闇組織が対立を深めていることすら快く思っていない。しかも仕掛けた側が貉であることは明白で、すでに貉から手を引く役人も増えている。辛うじて繋がっている政府関係者すらも貉と聞くと頭を抱えるようになってしまった。

「貉も動かせる手は自分の組織しかなくなった」
 耀は報復の手始めに、貉の香港での資金源になっている銀行を爆破し、その現場から貉が使っていたと思われる昔の地図を手に入れた。それは貉がそこに街を作る計画をして出来た街の様子を描いた地図だった。

 大事な昔の地図に書かれている今の地図にはない抜け道が沢山見つかった。
 貉はこうした場所を利用して外部から人を連れてきたりしていたようだ。
道理でいろいろ調べていて妙な道がありそうだという気がしたと耀は思ったものだ。自分なら抜け道の抜け道は沢山確保しておくからだ。

「代福は見つかったか?」
 イタリアへ昨日渡っていたはずの瑞代福(ゥルイ ダイフゥ)が今朝イタリアであった銃撃戦のあと見つからないのだ。死んだとはっきりとさせるには遺体が必要だったが、現場は銃撃戦だけではなく、車をバズーカで狙ったものまであったとされるので、代福の遺体は吹っ飛んだのかと思われていたが、代福を乗せていた車は大破しておらず、近くで乗り捨てられていた。 

 歩いて逃げたのだろうが、それにしても代福は自分が誰に命を狙われたのか解っているのだろうかと考えた。
 もし解っているなら使い道が出来たことになる。

「面白いことになったな」
 代福が生きているのなら、耀がつけいる隙がいつくか出来ることになる。
高黒(ガオヘイ)は代福が死んだのか死んでないのかは確認している暇はないだろう。高黒は密かに京(ジーン)が作っていた迷路の街へ引きこもるつもりで寧野を連れて行ったのだろうからだ。
 爆破騒ぎの時に偶然捕らえた京は、黒社会ではあり得ないほどあっさりと耀の拷問で喋ってしまった。

 捕らえた京は耀の目の前で失神してしまっていた。
 まだ生爪を二個目のところでだ。

「本格的じゃなかったのにな。この間の鵺の方がよっぽど幹部らしかったよ」
 耀はペンチを壁に当ててコンコンと音を出して妙なメロディーを作っていた。今の耀ははっきり言って自己嫌悪で吐き気がしそうなほどだった。
 全てが予定通りだとはいえ、寧野が誘拐されたと報告されると、思った以上に動揺したのだ。自分でも訳がわからないまま対応していたのだが、その耀の様子がおかしいことに気付いたのは、側にいた九猪くらいだった。

 今は落ち着いてはいるが、攫った相手が高黒だ。 
 高黒は寧野を殺すことはしないだろう。目的が金糸雀であるべきとしているのは高黒だからだ。彼はそういうことで寧野を殺しはしないが、絶対に耀の目の見えるところには置かないだろう。

 それが解って少し動揺した。しかしそれを落ち着けるように、今手に入れたこの地図はかなり有効だった。耀の心にもだ。

「街ごと沈めてやりたい」
 ボソリと耀が呟くと九猪が突っ込む。

「頼みますからあまり多くを巻き込まないでくださいね。出来れば無傷で貴方を日本に連れ帰るんですから無茶されては困ります」
「悪いが、どうなろうが、俺は寧野を連れて帰るためなら多少の無茶もする」
 耀がそうきっぱりと言うと、九猪は呆れた顔になり、億伎は苦笑していた。そんな鉄砲玉みたいになりそうだったことがあった。あれも寧野絡みだったなと。

 あの時もやっとの思いで止めたような気がすると億伎は苦笑したのだ。今では十分育ってしまったから簡単には止まらないだろう。
 止まらないと解っていても守らなければならないのが九猪と億伎の仕事だ。
 それに、この件がやっと解決するかもしれない大詰めに来ているのは皆解っていることだった。