novel

Howling-22

 やっとか。
 三年前から失敗続きで強硬手段を取ればいいのだと思っていたことから随分遠回りをしたものだった。父親が死んで、やっと自由になれたと思ったら、今度は対立していたはずの瑞(ゥルイ)が絡んできて、高黒(ガオヘイ)は辟易していた。

 双方のやり方が間違っているというのに、誰も自分の意見を聞こうとしなかった。
 そこで高黒は強硬手段を取るように勝手に軍を出してみたら、あれだけ周りが苦労していたのにあっさり金糸雀は手に入った。

 やはり父親の強引なやり方があっているのだなと思ったが、同じだと言われるのは心外だった。似てるのではなく、貉はこうでないといけないのだ。
 そう貉は無敵であると周りに知らせないと、今までのように中華系マフィアどころか、世界中のマフィアに馬鹿にされたままだ。
 それは高黒のプライドが許さない。

 ただでさえ、重大な秘密を抱える高黒は絶対に金糸雀の血筋を引く人間が必要だったのだ。織部寧野が手に入れば後はどうとでも出来る。だから殺そうとしていて機会を狙っている瑞は本当に邪魔だった。

 代福(ダイフゥ)は今や自分が当主であり、総統であると思い込んでいる。だが矢面に立つのは嫌だったらしく、高黒を総統にした。姑息で吐き気がする。

 金糸雀を金糸雀の檻になんとか代福に気付かれないように運べたのは、代福にイタリア行きを押しつけた結果だ。金糸雀の檻は前から用意させていたもので、代福も知らない場所だ。すでにうち捨てられた場所でもあったからだ。

 瑞の一族が入れる場所では代福に殺されると思い、別の場所を用意するように言ったのは高黒の母親、立慧(リーフィ)だった。

 自分の中に呪われた血が混ざっている経緯は、胡の歴史をさかのぼれば解ることだった。そしてどうして瑞がずっと総統になれたのか、そして胡だった父親があれだけ強気に出られたのか解ってしまった。

 18で理解したし、その為に金糸雀が絶対に必要だと思えた。 
 代福に使われるなんて冗談ではない。やっと自由になったと思ったら一族ためだの繁栄のためだの、自分を監禁してきたものになれと言う。
 高黒はそんなのを我慢出来る人間ではなかった。

 まず、代福をどうやって遠ざけるのか悩んだ。あの男は案外小心者である。トップに立ちたいが責任を取りたくない。金糸雀を殺そうとしているのも、他に微々たるものであるが、金糸雀に近い人間が実は三人いるからだ。

 金糸雀の能力というよりは別の何かと言った方がいいその力故に高黒は恥だとされて幽閉されていたのだ。そこから血を吐くほど努力をした。母親まで虐げた父親をどうやったら殺せるのか考えた。
 でも案外簡単に人は死ぬということを高黒は知らなかった。
 金糸雀を父親が殺すところを見た。それが最初、父親の顔を見た瞬間だった。

「どうしてお前はそう外してばかりなのだ!」
 あの時父覇黒(バーヘイ)は錯乱していた。

 後に解るのだが、その金糸雀はまだ十分育っておらず、恐怖に支配され、金糸雀としての仕事を果たせなくなっていたのだ。ちゃんとしたケアをしてやらないと、金糸雀も人間だ、恐怖で身動きは取れなくなる。

「う……うう」
 だがそこは問題ではなかった。
 相手はまだ10才ほどの子供だった。

 その小さな子供の手に届きそうなところにナイフがあった。それを必死に取ろうとしていたので、高黒は自分の目の前にあった剣を滑らせてやった。どうせなら殺してくれないかという意味を込めてだった。

 金糸雀は剣を手に取ると、躊躇することなく、覇黒を刺した。
 父親は毒が塗られていた刃を受けながらも、金糸雀の首を絞め殺した。
 金糸雀が死んで、父親が完全に倒れてからも高黒は誰も呼ばなかった。だってこのまま死んで欲しいし、邪魔だった。
 金糸雀だってまた補充すればいいじゃないかと思ったので助けようとはしなかった。全てをそのまま放置して高黒は自分の幽閉されている部屋に戻った。
 父親が瀕死の重傷だから、総統として立ってくれと言われたのが、その4時間後だった。

――――――いい気味だった。 

 それとリンクして、まだ5才程度だったころの記憶が蘇ってきた。父親はああやって激情すると誰にでも手を上げた。最初は母だけだったが、周りの側近にあたるようになり、最後には高黒もああやって首を絞められて殺されそうになった。ただ高黒は記憶が無く、殺されそうになったという話を後で聞いて、夢の中のあの人物は父親なのかと納得したくらいだった。

 ただどうして殺されそうになったのかは覚えてなかったが、理由はただ一つしかないだろう。高黒にも能力があったからだ。

 貉(ハオ)では、能力を持つことは、奴隷を意味する。そんなに大きな力ではないから、周りの人間を困らせるだけだと言われ、監禁されて育つか、力が強すぎると監禁中に気が狂って死ぬかのどれかだ。
 貉(ハオ)の中で金糸雀だけが、まったく狂わずに能力を発揮出来た。

 能力者の中でも順位がある。金糸雀の金糸雀らしい能力は力になるので、重宝されたが、あくまで普通の能力者は奴隷であるという制度は残っていた。
 その奴隷である金糸雀が手に入ったことに、高黒はホッとしていた。

 今まで代福(ダイフゥ)との戦いだった。
 貉は宝生組が出てきた段階で、強硬手段は難しいとしていたが、その本家からの帰りにあっさりと手に入ったではないか。

「代福は過敏過ぎるのだ」
 宝生と事を構えるのが恐いだ? 笑わせることを言ったものだ。そのおかげでかなり遠回りをしたではないか。
 呟いて、金糸雀を見下ろした。

 やはり愛子(エジャ)の子だと解る顔をしていた。金糸雀の男女は非常に美人であり、しつけ方によっては最高の人間になるという。今まで金糸雀を伴った総統がカジノへ入ることを許されていたのは、一重に金糸雀という鑑賞出来る人間の奴隷が好評だったからだ。

 まさか彼らも金糸雀自身がこのカジノで負けない秘訣だとはしらないから、金糸雀からカジノで遊びたいと言われれば仕方ないとしてきた。
 だからカジノから追い出されたことはなかったし、金糸雀は加減をしてくれていたので、今のように出入り禁止になるようなところも少なかった。
 金糸雀を完全に奴隷にしてしまったのは祖父がしたことだった。

 祖父はただの嫉妬から最高の金糸雀を産んでいた金(ジン)一族を追放に近い形で、瑞の総統とともに追い出した。街を出たのは愛子(エジャ)だけだが、その子供も金糸雀であったがその子供を殺しても、まだ他の金に金糸雀が出なかったので、この青年が金糸雀である可能性が非常に高くなった。

 金糸雀は一世代が能力を無くすとやっと新たに出現する能力なので、夏(シア)一族から出ていたのは当然だが、日本でずっと能力を備えた子供がいたのだから金から出るはずがなかったのだ。
 世代交代は日本で行われていた。
 そしてこれはその愛子の孫だ。
 愛子の顔は写真で見たことがあった。瑞新雪(ゥルイ シンシュエ)の金糸雀であり、この街にあってはならないことを知っていた人物だ。

 愛子が追放されたのは、何も新雪と恋仲になったことだけが原因ではなかった。愛子はある秘密を知っていた。それは高黒の秘密でもあることはのちに解ったことだ。
 まさか総統にある身分の人間が奴隷と同じ能力を持っているなど、絶対に知られてはならないことだった。

 しかもその奴隷よりも能力が劣っているなど死んでも認めてはいけないことだった。だが、それで納得がいくことがいくつか解った。

 どうして金糸雀は奴隷でなければならないのか。
 どうしてトップに居る人間は金糸雀を奴隷にしなければならないか。

 全てプライドの為だった。

 これで何故、瑞新雪が殺されず、足一本失っただけで愛子まで解放させたのかという理由が出てくる。でも街の人間はそのことを知らない。
 総統になる条件の中で、体の一部を失ったら、即日総統を選び直すという基準があるのだが、胡一族はそれを使い、新雪から足を奪っただけではなく、愛子までも奪い、生涯幽閉とした。愛子はそれによって秘密を絶対に外では喋ってはいけなくなり、さらに貉と同じことをする人間しか外の世界にはいないと知っていたので、追放だけでも十分の処置だったらしいが、彼らは愛子の喉も潰し、喋れないようにしてから日本に追放したという。

 日本に追放したのは、日本の方が文字も通じないのと、外国人を救うほど余裕のある国ではなかったからだろう。
 新雪がこの事実、喉まで潰されたことを知ったのは、愛子が日本入りしてそのまま姿を消した後だった。

 発狂しかけた新雪は自らが作った、幽閉の場所に閉じこもり、自分の息子である代福すらも寄せ付けなくなった。代福はそんな父親を見て育ったためか、金糸雀にはかなり非情な考えを持っている。胡が総統になって行っていたことを正当化していたのも彼だ。しかし、いい年になって結代福が婚しなかったのは、憎んでいるはずの愛子を忘れられないからだ。

 青年の顔を見たら代福はどう思うのだろうか。ちょうど代福の前から愛子が消えた時の年齢と似ている青年の顔。これだけで十分、代福は憎々しいと思うのだろうか。そうして少し似ていた父親の方を殺させたのはもしかして代福なのか。

 疑い出したら切りがなかった。
 元々代福の動きは最初から怪しかった。自分がトップに返り咲くなら金糸雀は必要であろうに、なぜ殺すことに執着するのか。私怨だとしても今はそんなことを言っている余裕がないのが解らないのだろうか。

 目の前に寝かされている青年は、女性用の襦袢のようなものを着せられている。
 これは宝であり、大事なものであるから触れるでないという印だ。総統が好きにしていいものであり、一般人が手を出すモノではないとはっきり解る形にしてある。
 織部寧野という青年は薬で眠っていて動く気配はまったくない。
 その足には鎖を繋いで、暴れても逃げられないようにした。

 確かに綺麗な顔だった。あの新雪という人間がこの顔が好みなのかと思うと、なんだか納得できる。

 新雪の妻となるはずだった娘はずっと新雪と共にいる愛子をそれはそれは憎んだという。仕方ないだろう。こんなに綺麗な人形がずっと側に居たのだ。嫉妬しない女はいないだろう。その分、自分の母親は嫉妬せずに済んだ。

 金糸雀は丁重に扱うべきと解っていた母は、この金糸雀もかなり大事に扱っていた。一族の運命を左右するかもしれない貴重な生き物で、もしかしたら最後の金糸雀かもしれないのだから当然だろう。
 しかし高黒(ガオヘイ)は少しだけ嫉妬をした。
 母が自分以外を大事にするところを見たことがなかったからだ。

「高黒様」
「解っている、何もしやしない」
 手を伸ばして頬に触れた時、側に控えていた冷(ルオン)に注意された。

「いえ、金糸雀が起きていれば少し危険だと言おうとしたのです」
 そう言われて撫でていた手を止めてすっと手を引いた。寝ている相手とはいえ、冷にそう言われるような人間はかなり危険なのだ。

 自分たちをずっと守ってくれた冷だから、彼がどれだけ強いのか知っている。その彼に気をつけるように言われたのだから、この人物はかなり危険なのだろう。冷でも押さえられるかどうか難しいので、こうして塔に入れたくらいだ。

「そういえば、京(ジーン)はまだ戻っていないのだな?」

「はいそれが、香港に入ったところまでは連絡があったのですが、その後連絡が途絶えております」
「やはり、香港は危険過ぎたか」

 顔を知られているとは言え、香港で行方不明になられるとは思わなかった。代福は居たイタリアで消えて貰おうとしたのだが、なかなかどうして消えてくれない。おまけにこの青年を連れてきたことで、日本から宝生というヤクザが堂々と中華系マフィアの黒社会に顔を出すようになった。
 非常に困った事態だ。

 宝生とことを構えることは避けるようにと、散々代福には言われてはいたが、たかが日本のヤクザごときと侮っていれば、さっそく貉の香港本拠地が何者かに襲撃されたという。そこにちょうど居た京はその騒ぎに紛れて居なくなった。
 彼が逃げるなんてことをするはずないと信じられるのは、彼は立慧の弟であり、貉の中枢を知り尽くしている人間だ。逃げるなんて奴隷のすることで、上層部の彼がすることではない。
 つまり何者かに襲われた香港本拠地で死んでは居ないが捕まったか。

「何処の手のモノか解っているのか?」
「いえ、解ってはいないのですが、報復の仕方が似ているとあの方が」
 そう冷が言い、高黒は少し考えてから、ああと思い出したように頷いた。

「宝生の現組長代理と前組長のあれか」

 数年前に日本であった東西ヤクザの抗争にまで発展した事件だ。あれは九十九という男が仕掛け、それに対抗した宝生と攻防戦だったはず。人質ではなかったが、二人が取り合っていたのが、一人の伝説となったヤクザの男の落とし子だった。

 その宝生側からの反撃がまさに重要な場所を攻撃してくるというものだった。あの爆破事件の時、九十九が失った金額が1兆円を軽く超えていたというから、恐ろしい。それを全て調べられるような組織がヤクザとして存在していることがだ。

 まさに香港本拠地は金が貯まる場所でもある。金貸しもしていて、政府のお偉い方までも借りているくらいの信頼性はあるのだが、まさかそこを攻撃して、その支社で取り扱っていた借金の借用証まで盗まれるとは思わなかった。

 宝生だけではこんな騒ぎは起こせないから、背後に鵺が居るのは解っているが、どうして鵺が放っておけばいい事件に首を突っ込んでいるのかが謎だった。
 黒社会において、貉が邪魔なのは仕方ないと思う。しかし実力で均等は取れていたはずだ。わざわざこんな騒動を起こしてまで鵺の組織が表だって動く必要はない。、だから総統の蔡(ツァイ)に貉に対する別の思いがあるとしか思えない所行だった。

「鵺の動きは」
「追わせております。宝生に繋がっているのですから宝生が動けば自然と鵺の方も動くかと」
 鵺としては宝生に出し抜かれるわけにはいかないはずだ、しかし、状況が変わった。
 もしあの政府の役人たちへの借用証を盗んだのが宝生だった場合、宝生は独断でこの地で動けるようになってしまうからだ。

 冷はそこにはまだ気付いていないようだった。
 重要なのは出し抜かれるのはきっと貉と鵺になるだろう。

 宝生は、ずっと組長代理で相手にしていることになっているが、実質は跡取りである宝生の跡目が相手なのだ。年齢はほとんど同じで、考え方ややり方が完全に宝生跡目が有利であることを冷静に高黒(ガオヘイ)は考えた。

 自分が3年用意している間に宝生跡目も用意をしてきた。
 どちらが有利に動いているのかと言われれば、宝生だと答えるしかない。

 そう、高黒は争いの元を自分の縄張りの中に入れてしまったからだ。それに宝生はきっと金糸雀のことを知っている。そしてそれを高黒が殺せないことも知っている。
 高黒は絶対に金糸雀を殺せない。殺すはずの代福はイタリア。
 こちらに有利な体勢で望んだのに、まさか窮地になるとはおもわなかった。

 もし宝生がそれを見越して何かしているなら、高黒は宝生の手の平の上で転がされているだけになってしまう。
 同じマフィアとして、酷く屈辱的だった。プライドを傷つけられたような気がした。
 誘拐された後の行動まで全て準備済みだと誰が予想した? 
 そう言い訳を考えるだけで、すでに負けていると思うので腹が立った。

 父親に虐げられて育っても、さほどプライドは傷つかなかった。いずれチャンスがくれば殺せると思ったからだ。案の定簡単に死んだ。
 しかも3年も苦しませてやった。生きながら体が腐っていく病に犯されて治療もせずに3年持たせてやった。最後は苦痛で狂っていた。

 それに満足していた。
 だが、殺したい相手がまた出来た。

「鵺と組んだことを後悔させてやる」
 高黒はそう呟くと、冷(ルオン)にその場を任せると、部屋を出た。