novel

Howling-26

 高黒(ガオヘイ)の言葉に新雪(シンシュエ)は全てバラしてしまうしかないかと思った。

 外はすでに宝生によって占拠されていた。耀が二日前から用意していた部隊は慎重に街を制圧し、その先にあるここ、総統の館内部に飼っていたスパイを使い、更に深い地下から進入をし、寧野(しずの)が移動したのを機に一斉に占拠にかかった。

 城の内部に入ってしまえば、制圧は簡単である。ずっと外部と接触を持たずにやってきた人間と外で散々訓練をしてきた人間ではやり方が違う。貉の砦は呆気なく崩れた。それほど銃器を使わなくても住民は抵抗せずにいたためである。真っ先に総統が逃げるような砦であったとは誰も思わないし、逃げ出した先で捕まるような総統だ。それを聞いた住人はがっかりしたようだった。

 やはり金糸雀を殺しただけの総統一族だ。住人すらも見殺しにするのだと思われ、彼らは随分憤っていた。
 こうなってはもはや貉は存在出来ない。不信感は人を他の組織へと流出する原因になる。貉(ハオ)の街が強固だったのは住人が総統を信じていたからだ。それが無くなったのでは貉の存在は無駄になってしまった。

 高黒(ガオヘイ)を生かす為に新雪は行動してきた。
 全てを利用して、仲間すら裏切ってだ。助けた愛子すら裏切って。
 高黒には理解されないだろうが、それでも新雪は守りたかった。

「私が高黒を守りたいが為に、鵺と通じていました」
 そう新雪が言うと、高黒が妙な顔になった。

「……なんだそれ……なんだよそれ」
 訳がわからないのは寧野たちもそうだった。
 どうして新雪が高黒を守らないといけないのかということだ。

「高黒は私の子です」
 そう打ち明けられて高黒は嘘だと叫んだ。

「そんな馬鹿なことがあってたまるか! 私は胡一族だぞ!」
「そうです。胡一族を無くさない為に私が使われたのです」
 新雪の言葉に皆がキョトンとした。使われたとはどういうことだ。胡一族ではない新雪が胡一族を無くさない為に使われた?
 どうやら内部事情はかなり入り組んでいるようだった。その始まりは、新雪が生まれた時から全て始まっている。

「初めに、私が胡(ホゥ)一族の女性と瑞(ゥルイ)一族の男性の間に生まれました。もちろん、それは認められるものではなかった」

 当時から反発していた両者は、二人の関係を認めなかった。もちろん新雪は虐待されて育つことになるのだが、その後瑞一族の男性と瑞一族の女性は誰も跡継を残せなかった。親類縁者までも婚姻対象としたのだが、端一族の血を確かに引く子供は当主に近い新雪しかいなかった。
 なので両者は納得は出来ないが、新雪を当主として扱うようになる。
 そうして育った新雪はそれまでの当主とは心構えが違い、民の為にとよく働く人間に育った。虐げられて育ったからなのか、何かを虐げることを嫌っていたため、民の人気と忠誠度は高かった。

 その時生まれた金糸雀は、まさに新雪の補佐の為には最高の金糸雀だった。名は愛子(エジャ)というだけあり誰にも愛されていた女性だった。
 二人で貉を盛り上げていければ、そう思っていたが、そんな幸せはそんなに長くは続かなかった。
 愛子がある人間と愛し合い、そして子を儲けてしまった。
 それは新雪と愛子の子だと勘違いされはしたが、二人はそれだけは必死に否定した。絶対に認めるわけにはいかなかった。

 新雪は足を失ってもなお、自分の子ではないことを主張した為、愛子は一番の重い罪の追放となった。
 だがそれは新雪と愛子が狙っていたことだ。
 そこまでして新雪が愛子を庇ったのかというと理由があった。

「私は愛子のことは実の妹のように思ってました。とても愛らしいとても可愛いそういう風に育てました。けれど本当の意味で愛してはおりませんでした」
 可愛いと愛しいといいながらも、新雪は愛子がどうなろうがどうでも良かったのだ。

「ここにいる者達は薄々気付いていらっしゃるようですが、愛子(エジャ)が愛し合ったのは、当時の鵺の総統、蔡司空(ツァイ シコーン)という者です」
 その言葉に、高黒は言葉を失った。
 付き添っていて捕まった冷(ルオン)もまた驚愕の事実に目を見開いている。

「愛子は皆を裏切ってしまった。よりにもよってですから」
 そう新雪が言ったので、寧野はやっと納得したように言った。

「だから追放されることを選んだのか。貴方はそうしないと貉が守れないと知っていたからずっと子の父親であることは否定したし、愛子はどうしても追放しなければならなかった」
 迂闊に殺せない。黙って殺したと噂されるだけでも鵺には、噂であろうが貉が総統の子と噂れる子供を密かに殺したと受け取られるからだ。
 ただでさえ当時の緊張から上手く鵺と渡り合えていたのに、たった一晩のことで貉の危機にしてしまった責任は新雪にもあった。 
 愛子を生かすことは子を生かすことになる。だからこそ愛子を生かすことを優先しなければならなかったし、何より内部にバレて殺すようなことがあってもいけないし、ましてや人質にする訳にはいかなかった。そんな争いの種を一族の中に残してはいけない。
 貉が他の血を極端に嫌うのは、内部からその血に食い尽くされ、一族を乗っ取られるという迷信に近い教えがあるからだ。
 内部に残して金糸雀になられても困る。奴隷として扱っている金糸雀が鵺の総統の子供だったなどと知られたら、内外ともに混乱どころか貉にとっては破滅という二文字しか残らない。
 内部で育てられない以上、生かして追放し、もう貉は関係ないという立場を作らなくてはならなかった。

「そうです。散々揉めはしましたが追放ですんだ。当時愛子を拾ってくれた方はたぶんですが、鵺の差し金ではないかと思われます。あの人も愛子のことは愛してましたが、我々と同じ事情で引き取ることが出来なかったのでしょうね」
 そう新雪が言うと耀はもっと重大なことに気付いた。だがそれはここでは口に出さなかった。
 新雪がそれを言わない理由も解っている。

 司空は前の鵺の総統だ。そして今総統の座に座っているのは、司空の唯一の子とされる宗蒼(ゾーンツァーン)だ。なので寧野の父親は司空の最初の子になってしまい、鵺の黒社会では長男が跡継とされている。つまり寧野の父親が司空の子だとすると蔡の第一子男子となり、跡継は寧野の父親だったということなのだ。

 それを貉は殺した。

 この事実が明るみに出れば、鵺は名目はどうでも顔に泥をぬられたことになり、全面戦争は絶対に起こっていた。だがそんな戦争をしなくてもいい方法があった。
 寧野の父親が司空の子であることを黙っていることだ。
 もう何十年も知らずに放置してきたのだ。鵺側も放置してきた。

 けれど、それでも貉に報復をしようとする鵺は何を知っているというのだ。この生ぬるい貉なら簡単につぶせただろうにだ。中国国内の何か理由かと思ったが、この秘密を知られるのが恐かったというところだろうか。そして宝生を巻き込んだのは、耀がこうした秘密を喜び勇んで利用しようという気がまったくないことを知っていたから、巻き込んだのだ。

「つまり鵺が表立ってはっきりと動かなかったのは、そういう話が自分たちの内部にも漏れるのが恐かったからってことなのか」
 やっと解ったというように耀が呟く。関係者は最小限というのが鵺のやり方らしい。

「そうです。今度の総統は、出来れば隠密に貉の内部を壊してしまえと仰ってましたが、高黒様もまた金糸雀にとりつかれてしまった」
 そう言って人のせいにしようとしているのに寧野は腹が立っていた。
 そうした状況にいて、そうならないようにするには、全ての事情を総統になるべき高黒に知らせておけばよかったことだ。それを大事に秘密にしたあげくの結果がこれだとしたら寧野には怒りしかわいてこない。

「なに言ってるんだよ。周りが金糸雀しかいないってずっと言っていたら、そうだって信じるしかこいつに生きる道はなかっただろうが! あんたたちは自分が一番可哀想だって言って、そうなったのは他人のせいだって、そういって自分を慰めているだけだ。一族とかそんなのあんたが生まれた時からすでに腐ってたじゃないか! あんたが一番知ってて、なに高見の見物を何十年もしてたんだよ!」
 別に高黒の味方をしているわけではない。ただこうした環境で周りが何も教えなかったら、人は言われたままを信じるしか道がない。そういう環境を作り、そういう世界を何十年も無駄に維持してきたのが、新雪だったからだ。人のせいにし、自分を頼ってきた者達を操って内部を操作してきたのは、目の前にいる新雪だ。
 貉という組織がなんとか形を保っていたのは、総統が無理をした分、新雪が補ってきたせいでもある。そして新雪にはその微々たるものであったが、確かな力やカリスマ性があった。

 その力が散々寧野の周りを壊してきた、金糸雀という力だ。

「自分だって少し金糸雀の力を持っているのに、奴隷にされるのが嫌だったからなんて理由だからな、あんたは卑怯者だ。代福はそんなこととっくに知ってただろうに!」
 卑怯だと言ったのは、それを持っていた父親は殺されてしまったではないかと、その責任すらこの人は代福にあると言うからだ。それに今寧野が狙われているのだって、そうした事実を隠してしまったから起こっていると知っていて、まだ隠していることだ。

 代福は知っていて殺した。司空の子だと知っていたからこそ、殺したのだ。その秘密を新雪が絶対に喋らないと知っていたから殺したのだ。

「そうですね」
「司空の子だからって知ってたのに、金糸雀だったからと呼び寄せようとしたから、俺の父親が、代福に殺されたんだ!!」
 言っていることがだんだんまとまらなくなってきてしまう。もう何に怒ればいいのかわからない。新雪という存在そのものに怒りしかわいてこない。だけど、新雪が最善を尽くしていたことくらい、そんなことは解っている。
 寧野が今生きていることがその証拠だ。

 金糸雀が必要だったのはこの人ではないけれど、なんとかして止める方法があったはずだと寧野は思えてならないのだ。
 鵺に提案を持ちかけられたのは、寧野の父親が死んだ後だろう。そんなことくらい解っているけれど、どうしてもっと早くと何度も何度も思うのだ。

「否定はしません。ですが、代福がそこまで愛子の子を憎んでいるとは思わなかったのです。あれは子がなせない人間だから」
 寧野が激高しているのに、そんなことはもう仕方ないとばかりに新雪は先を進める。暴れそうな寧野を耀が抱きかかえて大人しくさせようとする。

「寧野、全部知りたいなら今は我慢しろ」
「だって……」
 激高が続きそうだったけれど、寧野は耀の言葉に従った。耀の言っていることの方が正しいのはいつもそうだったことだ。
 全部を知らないと自分が前に進めない。そんなことは解っている。だけど無理だった。

「解った……後で全部お前から聞く」
 寧野はそう言い切ると部屋を勝手に出た。外には何故か櫂谷と香椎が居た。何でと寧野は一瞬思ったが、茅切が言っていた言葉が本当だったってことだろうとすぐに納得した。

「織部大丈夫か?」
 櫂谷の言葉に寧野は頷きかけて、ぐっと歯を食いしばっていた。

 大丈夫ではない。

 殺された理由がこんなことだったなんて信じたくない。放って置いてくれれば自分たちは死なずに済んだのに、あいつらの勝手でいつも勝手で死んでる。人が沢山死ぬのに、それが解っていて、理由を言わなかったのは罪だと思った。
 言っていればその場ですぐ鵺との抗争を考えて手を出されなかっただろう。

 新雪(シンシュエ)も金糸雀と同じ能力を持っていたに違いない。だからこそ足一本失ってもまだ監禁されたままなのだ。
 大金でなく資金運用をする才能が新雪にはあったという。そのことが公に解ったのは金糸雀がいなくなったここ最近のことだが、金糸雀が途切れた間の穴埋め程度には新雪にも利用価値があるようで、高黒の父親覇黒(バーヘイ)は知っていて新雪を生かしておいたようだ。


「新雪は金糸雀の力があるんだろう? 少しでいいじゃないか、少しで」
 寧野がそう呟いていると、香椎が言った。

「人間、一度大きな夢を見ると、もっとと願ってしまうものなのだ。そうして腐っていく。人を人と思わなくなったり、奴隷と平気で口にする。同じ人間でもそうなる」
 香椎の言葉に寧野の瞳からポロリと涙が流れた。
 あの事件からずっと泣いてなかった。

 どうして涙が出るのかわからなかったけれど、涙が止ってはくれなかった。
 それに慌てた櫂谷が中に入って、話が終わった耀を呼んできた。耀は驚き過ぎたという風に慌てていて、一つの銃を仕舞って寧野を抱き寄せた。
敵地だから全ての銃は手放せないけれど、優しく抱き寄せてくれたことは寧野の救いだった。

「寧野、こういう時に泣くか……」
 いろいろ悔しかった。悲しいのではなく悔しかったのだ。
 何もかも終わっているかもしれないと言われて、自分はその終わったことに一生懸命になっていたのかとそう考えたら悔しかった。

「寧野、よく聞け。代福は生きている」
「……!」
 ポロリと涙が落ちたけれど寧野は耀を見上げた。そんな馬鹿な話があるのかと目を見開いて本当なのかと尋ねた。

「ああ、遺体が出てない。あれからかなり経っているからもう香港に戻っていて、この惨劇も知っているはずだ」
「それじゃここに戻ってくる?」

「戻ってくる可能性が高いから、今から仕掛けをする」
 耀はそう言うと寧野を抱きしめた手を放してから手を握って言った。

「寧野、お前もするか」
 寧野を脇に退けてするのは何か違うと耀は思った。寧野には復讐する権利がある。実質的に寧野の父親を殺すように持って行ったのは代福だ。ここの全員がそう持っていったのもあるけれど、全員を呪ったらきっと凄く惨めになるのは寧野だった。
 だったら一人恨んで捕まえたからもういいでもいいだろう。
 代福はまだ50代だと聞く。新雪のすごく若い時の子供で、唯一の瑞(ゥルイ)の総統だ。


 新雪はその後、覇黒(バーヘイ)の妻である立慧(リーフィ)との間に高黒を儲けることになった。覇黒が子供の作れない体だったからだ。自分の子ではないからこそ、覇黒は息子と妻を監禁し、外へ出さなかった。憎かったからだ。そして外で大暴れをし、貉を危機にさらしたのである。

 この一族で狂っているのは新雪に関わっていたり、新雪の血を引いていたりする。
 その新雪さえ、雑り物なのだ。なのにここでは血統などと馬鹿げた話が堂々と話されていたという。そんなものなんか何処にもなかったのに。
 寧野がそう言おうとしたら、外で爆音が鳴った。

「戻って来たな」
 耀はここが占拠された後であることを隠さないでいた。その方が代福が戻って来た時色々都合がよかった。だが、それには問題があった。
 説得できない人質が上に沢山いるということと、代福が暴走した結果皆殺しもあり得たからだ。何より代福は寧野を殺したい人間だ。
 そして真っ先に狙ったのは、金糸雀の塔だろう。

「まさかここを全部飛ばす気か?」
 新雪が監禁されていた塔を全力で降りて、耀の部下が案内する方へと走り出す。その向こうから代福の部下がやってくる。

 耀が構えて撃つと全員が抗争となった。向こうも銃で応戦してくるも、出口はとっくに宝生が押さえているので、敵は挟み撃ちになってすぐ投降する羽目になったが、上部への爆撃は収まらない。たぶん、民を誘導して街へ降りていた人間も狙っているのだろう。ここへ残ると言った人間も多かったが、これでは逃げ出すしか出来ない。
 しかしその者達を助けるには、一旦外へ出ないといけない。

「新雪と高黒は後から連れてこい、両方絶対に死なせるなよ」
 新雪は一人では動けないが、高黒は納得しないだろう。しかしこの結末を付けるのは耀の仕事だ。こうなればどうなってもいい。
 事実を告げて各組織がどういう処置を下すのかはその時の問題だ。
 それにいい口実は出来た。

 監禁されていた寧野は一度も金糸雀の力を発揮していなかったということだ。寧野が意地でも使うものかと思っていたから力が消えたのか、それとも昔に言い当てたこと自体が偶然の産物で、寧野にはもともと力がなかったからなのかは解らない。ただ男の金糸雀がどうやったら力を失うのかという、耀の中ではかなり重要であった用件はまだ謎のままである。

 寧野が意図して気付かなかったのではなく、本当に何のことか解ってないのが多くあったとされる。隠して仕掛けられていたものに寧野は一切引っかからなかった。だから本来、耀が助けに来なければ寧野はあのまま監禁されて、寧野の子が出来、育っていくまでずっとあの塔に監禁されて余生を過ごす羽目になっていたという。
 それには結果的に寧野を殺そうとしている代福が邪魔であり、高黒はそこも考えて遠くで暗殺しようとしたらしい。

 しかし金糸雀の力は寧野が訓練しなかったからなのかは不明だが、新雪たちは寧野にその能力は受け継がれなかったから、高黒にも力が宿ったのではないかと思っているようだった。だから余計に金糸雀という存在が必要だったらしい。外見が愛子に似ている寧野なら、その役目に就いても周りは不思議には思わないからと、色々都合が良かったのだ。

「高黒も新雪と同じ力があるのか!」
「微々たるものらしいがな。株を読むのが時々順調だったりするそうだ」
 耀はこれまでに調べてきたことを寧野になるべく途中で死んでいる人間を見せないように話しかけていた。寧野は本当にそういうことには敏感だ。

 父親のことを思い出すかもしれないと気を遣ったのだが、寧野は今攻撃する人間がいるからなのか、気にせずにどんどん走っていく。
 地下から外へ出ると、ちょうど億伎がバズーカを持ってヘリを狙っていた。

「まさか、あの場所で逃げてる人を撃ってるのか!?」
 ヘリが機関銃を使って塔があった場所を撃っている。寧野が監禁されていた塔が撃たれて塔は崩壊してしまっていた。新雪が呼びださなければ寧野はまだあそこにいたことになり、さらには助けに来た耀もあそこにいたことになる。
 寧野はぞっとした。自分が狙われたことより耀も狙われたのだろうと思うと、今までの怒りがさらに増してくる。

「ヘリ落として、引き摺り出してやる」
 寧野はそう言うと森の中を進んでいく。

「寧野!」
「あいつ一発でも殴らないと気が済まない!」

 平和ぼけしてるわけではないが、代福だっていずれ殺されることになるかもしれないから、吉村の時のように何も出来ずに逃すのが嫌だった。

 裏道から塔の近くにある道を上がっていくと門番すらいない入り口に辿り着く。
 そこに辿り着いた時、ちょうど億伎が撃ったバズーカの弾がヘリに当たり、ヘリが墜ちていく。だが後部を狙ったのと高さがそれほどあったわけではないので、墜落しても炎上はしていなかった。そうするように億伎が狙ったとしたら相当な腕である。

 寧野はすぐに中に入り込んで、墜落しているヘリに駆け寄った。中には若い操縦士がいたのだが、それが茅切だった。
 どうやら茅切は最初は高黒側に居たようだが、最後には代福を助けなければならない立場になっていたらしい。あの時寧野を殺そうとしたのは、きっと代福に言われたからだろうが、殺して何になるという問いに答えを知っていた茅切は寧野を殺さなかった。

 だってそんなことをしても誰も生き返らない。
 茅切は何か大事なものを無くしたはずだ。この世界でしか生きていけなくなるようなそんな大事なものをだ。

「お前、どうして沈む船に乗ってるんだ?」
 操縦席から茅切を救い出して寧野は聞いていた。

「沈むからいいんだ。もう先はないことだし、鵺(イエ)が動いているのを知った時から嫌な予感しかしなかったしな」
 かと言って代福を売るような真似は出来なかった。

「代福はお前には優しかったようだが、俺に一発殴らせろ」
 寧野はそう言ってその隣に乗っているガタイのいい人間を引き摺り出していた。

 男は代福だった。自分で自分の街を攻撃していた正気を失った人間。それがずっと貉を腐らせていた一人だ。全員が全員、自分のことしか考えてなかった。その結果、代福という人間のここまでの殺意に気付かなかった。

「お前らが、人の為と言うなら、金糸雀になってやらなくもなかったけれど、お前は殺そうとしただけだ。どうしようもなく酷い!!」
 寧野がそう言って思いっきり拳を代福の顔に沈めた。半分気を失っていたようなものだった代福はこれで完全に沈んだ。

 その直後だった。後ろで妙な音がした。
 振り返ると座っていた茅切が倒れる。その後ろに耀が立っていた。耀が構えている銃から飛び出した薬莢が小さな音を立てたのがやけにはっきり聞こえた。
 
 何でだと思っていると、茅切の手には銃が握られていた。それが寧野の方を向いたままだった。最後に開き直ったのか茅切は寧野を殺す最後のチャンスだと思ったようだ。

 しかし寧野をどうしても殺せないと解ったのか、茅切は撃たれたというのに笑っていた。
 寧野は茅切に駆け寄って彼が何か言おうとしているのを聞く。

「生きていてもきっとろくなことないからな。お前、それでも生きるのか?」
 その茅切の問いに寧野は答えを持っていた。

「どんなことがあろうと、俺は自分で死のうとしない。俺を救ってくれた人たちに失礼なことはしたくない。例え弱くともきっと力はわいてくるはず。お前には死しかなかったのか?」
 寧野の言葉に茅切はふっと笑っていた。言いたいことが伝わってきてしまったので寧野は言っていた。

「暗殺者が、そう気軽に生きられる世界があってたまるか。なんて思ってるんだろうけど、それ使い道が違うだけだから」
 茅切が言おうとしている言葉を遮ってそういうと茅切は驚いた顔をしている。

「お前の力は使わなくてもいいものだ。お前生まれ変わる気はないか?」
「……死ななかったら考えておく」

 茅切はどうも寧野に色々言われると考え込んでしまうらしく、真剣に頷いていた。ずっと盗聴をしていたのなら、今言っている寧野の言葉がその場限りの誤魔化しではないことなど理解出来たはずだ。ただ、彼は裏を知りすぎていた。そんな甘いことが通用するはずはなかった。寧野はあまりに綺麗だったから本当の意味での闇を知らない。

「後変わります」
 すっとやってきた耀の部下に茅切を頼んでおいた。急所を外してくれていた耀は、その後ずっと代福を起こして脅していたから止めてくれと九猪に言われたのだ。

「あいつ、あんなこと普段やってんのか」
 思わず頭を抱えたくなる光景が目の前にある。

 椅子を何処から持ってきたのか解らないが持ってきて、そこに気絶していた代福を座らせて水を近くの井戸から持ってきて、頭から水をかけ、目が覚めた代福をここで生き残っていた住人に見せて、訥々とこうなった経緯を話しているのだ。
 なんだあの紙芝居じみた演技は。

「代福を貰ったようですね」
 そういうやり取りをしていたと九猪が言うので寧野は驚く。

「はぁ!?」
 そんな簡単に自分たちの一族のトップだという人間をくれてやるという話になるのが納得がいかない。そんな寧野を宥めるように九猪が付け足す。

「それと村の住人のことは鵺が上手くやってくれる予定ですので、心配しなくてもいいですよ」
 そう言われて寧野はホッとした。

 さっきの新雪の話が本当なら、鵺の総統はここの一般人には手を上げないだろうし、色々手配してくれるはずだ。それで貉が潰れてなくなるという証拠にもなるし、生き残った人たちを意味もなく殺すのは黒社会とはいえ、出来はしないことだった。
 いずれ、貉の住人も鵺に感謝するようになるときが来るだろう。でも、そうなった時にならないと本当のことは解らないけれど、それがいいことなのか悪いことなのは今の寧野には解らないことだった。

「なんか呆気ないな」
 寧野が呟くと、耀がじーっと寧野を見ていた。
 どうやら呆気なかったのはここだけのことだったようだ。

「寧野……ちょっと話がある、一晩くらいかかるけどいいか?」
 ここに辿り着くまでに用意したことを訥々と語ってくれる話らしい。当然寧野が知らなくてもいいことが山盛りなのは、室脇を助けた時に解っていたことだ。聞いても納得するどころか余計に混乱する羽目になる。それは後日、中国国内のビル爆破テロという死んでも犯人の名を口にしたくない事件として寧野の目に飛び込んでくることになる。

「えー嫌だ。俺は帰って風呂に入って思いっきり寝る」
 寧野は物騒に銃をいじっている耀に向かって平気で誘いを断った。その言葉に耀はひょいっと器用に片方の眉をつり上げてみせた。

「ほう、それで帰る前であるわけだが、どうやって帰るつもりなんだ? 寧野にはパスポートはないし、偽造パスポートでどうやって帰るつもりなんだ? え?」
 近づいてきた耀がそう言うので、寧野はうっと言葉を失う。
 そういえば自分のパスポートが取れているわけないのだ。ここは耀に頼らないと日本に無事帰る前にこの国を出ることすら出来ないということなのだ。

「えーっと、お願い、耀?」
 首を傾げ、手の平を顔の前で合わせて上目遣いにちょっとだけ甘えた感じでお願いをしてみると、耀がその場に座り込んでいた。
 その近くで九猪が笑っている。彼は事情を知っているらしい。

「免疫ないと大変ですね」
「やかましいわ」
 耀がぶつぶつと文句を言いながらも立ち上がって寧野を抱きしめると言った。

「もうちょっとだけ付き合ってな。それで全部終わると思う」
 その耀の言葉に寧野はうんと頷いた。