novel

Howling-27

 山頂のヘリポートに、鵺の総統がやってきた。
 ボディガードがしっかりと守っているのだが、その人物を見て、寧野は驚愕した。見知っていた人物が鵺の総統だと言うのだ。

「うそだー」
 寧野は信じられないと声を出して指を差そうとし慌てて手を引っ込めた。向こうはにこりと笑っていた。最初から知っているモノと知らないモノの差は大きい。

「情報屋でもさすがに学生じゃ宝生や貉の内部まで詳しく調べられないよ、織部」
 そう言ったのは犬束知有(いぬつか ちあり)であり、あの部室の入り口で門番のようにしていた道橋勘介(みちはし かんすけ)はしっかりと知有を守るボディガードになっていた。あの部屋にいた数人もボディガードに混ざっている。
 そういうことだったのかと呆れてくる。最初から鵺は寧野の近くにいて、寧野の周りを警戒していたらしい。そのおかげもあったのか大学内で寧野に怪しげな行動をしかけてくるものもいなかった。ただでさえ宝生の守りが堅い上に、学生まで鵺に掌握されていたのでは、貉があんな強硬手段に出るしかなかったわけだ。

「まあ、道橋さんの年齢は怪しかったんだけどね……というか、俺以外、皆、事情知りまくってた人じゃないか!」
 よくよく考えれば、高校からずっと寧野には耀の監視が付いていたということになる。大学になるとその大学にもそのような人物を置いておいた。
 寧野が耀を見ると、耀はそんなこと当然だという顔をしていた。
 おのれ、しらばっくれることはもうやめたのかと寧野は思ったが、耀は文句を言う。

「寧野って絶対電話してこないよな」
 そう言うので寧野は電話番号を貰ったことを思い出した。

「いやだって、もう番号とか変わってると思ってたし!」
 そうなのだ、本当に変わっていると思っていたのだ。もう3年だ。3年経てば耀のような立場の人間は必要にかられて番号を変えてしまうだろうと思ったのだ。
 そう言う寧野に犬束こと、蔡が携帯電話を取り出してかけるようにと言った。

「え、え、かけるの?」
「そうそう」
 蔡がそう言うので寧野は恐る恐る電話番号を押していた。空で言えるほど何度も唱えた魔法の呪文だったから、今も普通に打てた。すると耀の方から着信音がしていた。
 耀はやっと鳴ったかとばかりに携帯を取り出して言った。

「待っていた。すごく待っていた、これが鳴るのを。寧野が頼ってくれるのをずっと待っていた」
 そう電話で耀が言う。目の前にいるのに電話で思わず答えてしまう。

「だって、あの時だけだって思ってた。もう繋がらないって思ってた。迷惑をかけたくなかった」
 寧野はあの番号が繋がったままだったことを初めて知って驚いた。
 耀はこんな騒動の中にも、その番号が登録されている携帯を肌身はなさず持っていた。つまり寧野がいつ困ってもすぐに助けられるようにと用意していたことになる。

「俺は守ると言った。その約束だけは守ろうと思ったが」
 耀は最後の「が」という言葉をわざとらしく大きく言った。見事に眉間に皺がより、顔が凶悪に変わっていく。

「が?」
 何か不都合なことでもあったのだろうかと寧野が首を傾げて聞き返す。

「なんか、周りがすごく嫌なやつらに囲まれてるみたいなんで、寧野を諦めるのを諦める」
 きっぱりと耀が言うと、電話を切って近づいてきた。

「え、え?」
 携帯を取り上げて、ポイッと投げて蔡に返すと耀は言った。

「目の前に本物がいるのに、どうして電話を待たなきゃならない。俺は馬鹿か」
 そう言って耀は寧野を抱きしめると軽く抱き上げて、さっき蔡が乗ってきたヘリに向かって歩き出す。

「え、え、え、ええ?」
 耀が一人で納得してしまったことに寧野は訳がわからない。諦めるのをやめたという意味も解らないし、周りが嫌な奴らというのもさらに謎だった。聞き返そうとしても、ヘリのプロペラが出す騒音で少しの大声でも耀には聞こえないようだ。

 ちょうど定員が10名というので、ボディガードを乗せても大丈夫だった。櫂谷や香椎は寧野にずっと付けていたボディガードであり、寧野が困った時の相談役でもある 。
 そうしたのは耀であり、当分は寧野にもボディガードを付けるつもりのようでここまで連れてきたらしい。

 そしてヘリに乗り込んで外を見ると、蔡(ツァイ)と新雪(シンシュエ)と高黒(ガオヘイ)が向かい合って何かを話している。二人は穏やかな表情でいたが、高黒だけは気持ち悪そうにしている。
 ずっと敵だと思っていた相手に高黒は守って貰っていたことになるからだ。

 蔡は、寧樹が自分の兄であることを知っていた。当然その甥に当たる寧野のことも知っていた。そして寧野と耀のことも知っていた。

 全て知っていたのは蔡の父である司空(シコーン)が亡くなる前に全てを息子に話しておいたのだそうだ。のちのちの問題でもあったし、司空は愛子との子供である寧樹が金糸雀であり、その力を使っていることを知っていた。
 だからいつか問題が表面化するだろうと予想していたらしい。

「全て父が仕組んでいったことだったんだ。金糸雀騒動を終わらせるのには、織部の力も必要だったけれど、新雪の協力も必要だったんだ」
 そう困ったように笑うのは、いつも自信満々な顔をしていた犬束こと蔡だった。



 飛行機に乗る前に少しだけ話した内容ではまだ解らないままのことも多いけれど、それは後回しにしてしまったのは、耀が暴走を始めてしまったからだ。
「お前はどうして急に開きなおったみたいになってる!」
「俺は最初から結構強引だっただろう?」
「つーか、なんで顔中にキスしてるんだ?」
 顔をがっしりと捕まれて顔中にキスをされまくっていた寧野は、力業で耀を放そうとするのだが、狭い機内では力を発揮出来なかったし、体勢が悪いせいなのと、耀の力が馬鹿力なのでしっかりと押さえ込まれていた。

「寧野が好きだから」
「好きとか一目惚れとか何年前の話だ?」
 高校の時から変わらず好きだなんてことはないだろうと寧野が文句を言う。しかし耀は真剣そのもののまましっかりと寧野の顔を覗き込んでいる。

「今でも好きで好きで忘れられないでいる。この間触りまくったのだって、どうしても我慢出来なかったからだ。あの時寧野だって……」
「あーあーあーあーあーあーあ! それ以上言うな!」
 詳しくこの間のこと話そうとしているのに気付いて寧野は大きな声で止める。はっきりいってあれは恥ずかしいことこの上ないのに、人前で言うことではない。なんとか黙らせるようにしていたが結局耀に好きなように触られたままだった。とりあえず自分を預けておくと耀が黙ってくれるので、寧野は逆らわずに大人しくしていることにした。
 そうしないと日本に帰国出来ないような気がして恐かったのも少しはあった。

 するとやっとヘリが耀たちがベースにしていた基地まで戻って来た。
 そこから上海に戻り自家用機で日本まで戻った。
 時間にして数時間であったが、中国を無事脱出した寧野は日本に着くまでの間ずっと耀と二人で言い争いをしていた。
 ことが全部すんでしまってほっとしたのもあったが、言いたいことが山ほどあるのでとにかく寧野はずっと耀に質問をしていた。

「とにかくだ。いつから俺のことを見張っていた? 高校に櫂谷がいたのはどういうことだ? 香椎は後からつけたのはわかるが」

「櫂谷は元々あの学校にいただけだ。クラスは同じになるように細工はしたけどな。その後、櫂谷だけじゃ危ないと思ったから、香椎を行かせた」
「まさかと思うけど、榧さんまでグルってことは?」

「それはない。榧先生のことは俺も習ったので知ってるが、そこまで俺が口を挟めるわけないだろう。決めたのは弁護士先生と寧野の親父だからな」
「確かにそうだけどって、耀、榧先生の弟子?」

「ああ、身内にすごい強い人がいて、それで誰に習ったのかって聞いたら榧先生紹介された。一応中学まではずっと習いに行ってたかな」
「だからお前は馬鹿力で俺を押さえつけられるわけか」

「馬鹿力なのは寧野だろ。なんだよあの力をこっちまで必死になってとらえようとするじゃないか」
「なんだよそれ、俺が馬鹿力だから馬鹿力で返したみたいに人のせいにしやがって」

「寧野のせいだ。何そんなに強くなってるの? 弱い寧野を一生懸命守りたかったのに、出る幕あんまりなかったじゃん」
「じゃんじゃない! お前は銃刀法違反を堂々と!」

「もってて当たり前だ。いつ何があるかわからないっていうのに、なあ」
「お前だんだん俺に甘えてきてないか? 言葉遣いがおかしいぞ」

「さすがに少し気を抜いた。寧野に会えてうれしいんだ」
「そそそそそ、そんな、素直に認めるな!」
「うれしいのを認めて何が悪い?」

「恥ずかしいから!」
「やめてくれって勝手過ぎるな寧野。俺は寧野の質問に答えていただけなのにな」

 がっしりと上から押さえつけられて押し問答をしているので、周りはあきれているのだが、本人たちは至って真面目だ。

 ガンガン言い合いをしている二人を櫂谷はあきれた顔をして見ていた。耀がこうやって嬉しそうに誰かと会話しているのを今まで見たことはなかった。彼の家に行ったことはないので、身内に対して彼がここまでにやける人間だとは知らなかったからだ。

 元々本家の坊ちゃんということで他の組の息子たちからは嫌われているのだが、それでも失敗と本人が言う寧野の事件後、耀は見違えるほど変わった。 
 櫂谷は初めは面白半分で関わった。しかし寧野があまりにいい人過ぎた上に、事件の概要が酷く目を覆ってしまうほどだったため、首を突っ込むなら半端なことはするなという耀の言葉どおり半端はやめた。

 けれど寧野が強くなろうとして精一杯していることは助けようと思った。
 元々耀とは榧の元で知り合った仲だったので、榧も了承済みだった。
 その後、もう一人のボディガードを増やした。貉の動きの他に鵺の動きも活発になったことでの補強だった。 
 香椎は完全に信用できるとは思わなかったけれど、彼は一目寧野を見て惚れていたようだった。気持ちはわからないでもなかった。しかしあれは耀のものなのだと思っているのもわかって、失恋くらいしてもいいんじゃないかと櫂谷はたきつけたけれど、
その2年後にしっかりと香椎は失恋していた。
 寧野の中に誰がいるのかなんて皆知っていた。
 事情を知っている榧の孫たち、周や語だって寧野には惚れていたけれど、寧野が唱える魔法の呪文のことを聞くと、入り込む隙はないなと感じて諦めた。

 相手が巨大な宝生という組織のヤクザの跡取りとわかっていても、寧野の中でどんどん大きくなるその存在を、皆否定してやれなかったのだ。

 その後、宝生の方は血統による相続をやめ、耀が後を継いだ後は、血統による相続の廃止を決めている。他のヤクザでも一家でない限りは、巨大過ぎる宝生をたった一つの血族に任せるのは危険だと現組長代理が言っている。

 そうしているとまさに神宮領(しんぐり)の二の舞だとわかっていたからだ。
 耀の後続は耀が組長になる頃には、楸が自分で選んで育てている途中ということになりそうだった。現在その教育を施している子供が数人存在するが、その中に逸材がいるそうだ。

 だから耀がパートナーに男を選んだとしても現組長代理のように、本家からは大丈夫であるという保証が出るようになっている。現組長代理はそのように耀の自由を守り、将来を考えたのだ。
 耀が我慢する必要がなくなったと知れば、寧野を全力で守っていけるように自分を鍛えていくだろうし、寧野にもボディガードがつくようになる。
 そんな時、櫂谷は寧野の側にいてやりたかった。親友として、そして頼りになるボディガードとして、その知識をたくさん学ぼうと思った。

 それは香椎も同じことを思っていたようで、二人して九猪や億伎にボディガードとしての人間性などを学ぶことになった。今は学生なので学生をしながらでも寧野は守れるので、当分は親友の立場を崩すことはない。

「そそそそ、そう言えば、櫂谷、香椎!」
 耀に迫られてあたふたしていた寧野と櫂谷は目が合ってしまった。
 すると寧野は誘拐される前に知らされた事実を思い出して、真っ先に怒り出した。今ままで寧野が何かで怒ったことはなかったし、声を荒げることだってなかった。
 しかし今は事情が違うらしい。いきなり怒鳴り出したりと感情は豊かになっている。


「何だ? あの二人が俺の指示で動いてたことがそんなに許せないのか?」
 耀がどこかの取り立て屋のように寧野の頬を叩いている。

「お前、本物みたいすぎるからやめろ!」
「あいにく、こっちは本物だ」

「いいから、ちょっとはお前黙ってろよ」
「再開した時は可愛かったのに」

「悪かったな、今は可愛くなくて」
 そう寧野が言い出した時、香椎が突っ込む。

「織部、そんなに宝生がいやなら俺とつきあうの考えてくれよ」
 その十分な爆撃は耀の耳に入っていた。

「お前ら……それを俺に報告しなかったな?」
「ちょ……香椎」
 何爆弾を落としてんのとは言えなかった。
 完全に機嫌を損ねた本物のヤクザがそこにいたからだ。

「香椎、お前……」
 怖いので是非やめてもらいたいのだが、香椎はさほど怖くはないらしく、平気に言う。

「プライベートな問題です。報告する義務はないです」
「おお、堂々と」

「ちなみに報告しておくと友達以上には見られないとのことです。どうやら誰かさんのことがずっと頭にあったようですよ」
 香椎が今度は寧野の心情を勝手に報告している。

「か、香椎!」
 それが振られた腹いせかと寧野は焦った。

「ほう、そういや携帯、番号見なくても空でかけられたよな」
 耀は思い当たることがあったのかにやにやしながら寧野に突っ込む。
 寧野は口をパクパクさせた後、真っ赤な顔をして完全に撃沈してしまったのだった。


「俺は寧野がそうやって覚えてくれてたことが嬉しい」
 耀は寧野を抱きしめてそう嬉しそうな声で言っていた。
 番号を覚えてくれていた。それは嬉しくて仕方なかったことだった。携帯なんて忘れていたのだと思っていた。かかってこない電話を待つのは結構つらかったけれど、寧野は暗記するほどずっと呪文のように唱えていてくれていた。それがどれだけ嬉しいことなのか寧野は知らないのだろうか。

 危機があるたびに、寧野はずっと耀を思い出していてくれていたことになる。
 そんなに頼りにされていたとは思ってもみなかった。
 寧野の幸せのために、絶対に近づいてはいけないと思っていたが、寧野の生まれがわかってしまうと、本気で宝生は寧野を手放す訳にはいかなくなった。蔡からも頼まれるだろうし、寧野は蔡家の血筋を持つものとしてこっそり生かされることになる。
 その事実を誰も認めないけれど、それでも寧野の金糸雀の血筋の方でも問題がまだあるので寧野は宝生でどうにかするしかない。

 総ての世界に広まってしまった、宝生と貉の抗争は、鵺が関与することによって集結したことになった。これは鵺が間に入って抗争を止め、元凶である貉が組織を解体することによって、争いごとを終結させたと知られることになる。

 金糸雀の噂は噂としてしか残らず、誰もその後手出しすることはなかった。それもそのはずで、ただ愛子の子供だったからどうこしたとしか外部の者は思ってなかったらしい。その誤解はそのまま誤解として残しておくほうがよさそうであった。

 新雪や高黒は、貉を解散した後、カナダへ移住する予定だそうだ。
 高黒が欲しかったのは自由であり、その後継に新雪がついたことになる。
 鵺は貉の金糸雀たちがカジノを荒らし回ることがなくなることで、寧野たちには危険は及ばないと言っていた。

 ただでさえ寧野がそれらしい行動をしてるわけではないので、大丈夫だろうと耀の方も見ていたらしい。
 そんな話が伝わってくるのが、たった一週間後のことになる。