novel

ROLLN’ 眠れる森の王子様 秋

 秋。
 毎日響の元へ顔を出していた楸(ひさぎ)がある日店に行ってみると、その日響がカウンターに立っていなかった。

「ママ、響は?」
 真っ先に楸はママに聞いた。

「風邪だって、昨日から調子が悪かったようだから、今日は休ませたのよ」
 風邪を引いた人間が店にいても役には立たないから当然の処置だった。

「風邪ひいてたのか……」
 そんな様子はまったくなかった昨日。
 あれで風邪を引いているとは思えなかったのである。

 風邪を引く程弱っていたのだろうかと考えてしまう楸。
 いつも元気なイメージがあったので、驚いてしまう。

 だがよく考えれば、何故かだるそうにしていた昨日の様子を思い出す事が出来た。
 心配そうにしている楸にママは思い付いたように言った。

「あ、良かったら、楸君、響ちゃんの見舞いに行ってみる?」

「え?」

「ちょうどご飯も作ってたのよ。持っていってくれるとありがたいんだけど」
 ママはそう言って店の奥に入って行った。

 だが、こんな付き合いをしている楸と響ではあったが、楸は響が何処に住んでいるのか知らなかったのである。

「俺、家知らないんだけど」

「ほらこれが住所。ボロアパートだからすぐ解るわよ」
 ママにそう言われて地図と住所の書かれた紙を渡されてしまう。

「楸君も響がいないんじゃ面白く無いでしょ」

「ま、まあ……」

「それにあの子、風邪引いても大人しくしてないだろうから、ついでに見張ってくれると有り難いんだけど」
 ママはそう言って困った顔をする。

「見張る?」
 風邪引いてるなら寝てるだろうに決まっているのだが、あの響なら無茶していそうである。

 そうして楸は店を追い出された。

 暫く呆然としていたが、風邪で苦しんでいるかもしれない響を放っておく事は出来なかった。

 地図を頼りに響の家を訪ねるとすぐに解った。
 店からはそれほど離れていない所に立っているボロアパート。それが目印だった。

 部屋は二階で、階段を登って響の名前を探すとすぐに見つかった。

 チャイムはなかったので、ノックして響の名前を呼んだ。

「響、俺だ。楸だ」
 そう少し大きな声で言うと中でごそごそ動く音が聴こえた。

 どうやら起きていたらしい。
 やっぱり寝てなかったんだな。

 ママの予感的中だった。
 ごそごそしていて、すぐにドアの鍵が開けられドアが開いた。

「楸か。どうしたんだ?」
 ラフな格好をしていた響が顔を覗かせた。
 寝てた姿ではない格好だ。

「ママに頼まれたんだ」
 そう言ってママが用意した食事を差し出した。
 それを見た響は喜んだ顔をした。

「ラッキー。飯作ろうかどうしようか迷ってたんだ」
 本当にそう思っていたようで、嬉しそうにそれを受け取った。

「風邪大丈夫なのか?」
 食欲があるなら大丈夫かと少し安心していた楸だが、一応確認をした。

「あ、まあ、ちょっとだるいかな。ま、入れよ。ちょっと散らかっているけど」
 響はそう言って楸を招き入れた。

「あ、玄関鍵かけてくれる?」
 玄関に入ってすぐに響がそう言った。

「ああ?」
「酔っぱらった学生が部屋間違えて入ってくることがあるから」
 ここはお金の無い学生寮みたいなもので、時々酔っぱらった学生が部屋を間違えて乱入してくる事もあるのだ。

 そうした輩が入れないように鍵を閉めておくのが一番問題なくて済むし、鍵をかける癖をつけておけば防犯にも繋がるのである。
 楸は言われた通りに鍵を閉めてから部屋に上がった。

 部屋に入るとまずキッチンダイニング。奥に6畳の部屋があるだけの狭い部屋。トイレバスがあるだけボロアパートでもましなほうらしい。

 響は散らかっているとは言っていたが、部屋には必要最低限のものしかない、綺麗な部屋だった。

 何処が散らかってるんだと思ってしまう程である。

「楸、一緒に食おうぜ。一人じゃ食べきれないや」
 響は6畳の部屋に用意した食事を見てそう言った。

 すぐに台所から小皿を出し、お箸も用意して戻る。
 楸もそっちの部屋に移動した。

「おっと……」

「おい。ふらついているじゃないか」
 部屋に入ろうとして、ふらついて思わず楸にぶつかってしまう響だった。

「悪い……ちょっと腹減り過ぎて目眩がしたんだ」
 そんな冗談を言って床に座った。

 だが、響の身体が左右に揺れている。

「座布団ないけど」
「構わない」
 楸も座って、お相伴に預かることにした。

 確かに一人では食べられない量だった。たぶん、楸の分も入っていたのだろう。

 こういう所はママの策略だ。
 響一人だと食べない感じがしたのだろう。

 響は少し考えて、楸に言った。

「あ、酒もないよ」
「いらないよ」
 別に楸は酒好きではない。

「あ、お茶」
 立ち上がろうとする響だが、上手く立てなくなっていた。

「いい俺が出してくる」
 一旦座った楸だがこれ以上響に気を使わせる訳にはいかないと自分で動くことにした。

「冷蔵庫に入ってる」
 響もそれに甘えるように指示を出した。

 小さな冷蔵庫の中に、ペットボトルのお茶が入っていた。

 冷蔵庫の中も綺麗なもので、必要最低限のものしか入って無かった。食事も自分で作るのだろう。そうした材料が入っているだけだった。
 それを持って、食器棚からコップも出して部屋に戻る。

「悪いな」
 お茶を出して貰った上に、注いでもらっているので響も申し訳ないと思ったらしい。

「構わないといっただろ。それにお前、病人だろ」
 そう言った楸の方が自分でびっくりしてしまった。

 そう響は今病人なのだ。平気そうでもそうじゃないかもしれないと思い始めたのである。

「そんなに悪く無いって」
 響はへらへら笑っているが、そうは見えなかった。

 楸はペットボトルを床において、テーブル越しに響の額に手を当てた。
 触ってみるとやはりだった。

「お前! 熱あるじゃないか!」
 そう大声で言ってしまう程、響の熱は高かった。

 それも普通の熱さではない。

「そうか? 体温計ないから熱計って無いし解らないや」
 熱があると言われても、響はへらへらしていた。
 このへらへらがもう既におかしいのである。

 食事をしようとしてた響だが、そのまま横に倒れてしまったのである。

「おい!響!」
 楸は慌てて響に駆け寄る。
 響は少し辛そうな顔をして、楸を見上げた。

「飯……」
 余程お腹が空いているのか、響はそれにこだわっていた。

 楸は仕方ないと、響の身体を起こして、自分に凭れかかるようにして響を座らせた。

「楸?」
 何だろうと不思議な顔をしている響に、楸は言った。

「とりあえず、飯だろ。支えてやるから食べろ」

「悪い……左右感覚も変だ」
 箸すら持てない程弱っている様子の響であるが、飯だけには異常に執着している。

 楸は苦笑して、響が食べたいものを口へ運んでやった。
 まるで雛に餌をやっているような感覚である。

 暫くそうして食べていると、食欲がなくなったのか響はもういいと言った。

「じゃ、もう寝ろ」

「うん、寝る」
 響はそういうとそのまま楸に抱えられたまま眠りに入ってしまったのである。

「おい、響」

「ん……だるい」
 起き上がれない程疲れているのか、響は立ち上がる事も出来なくなっているようだった。

 そのまま寝入ってしまうようだったので、楸は仕方なく響を抱えてベッドへ運んだ。

 響の身体は驚く程軽く、楸は驚いてしまった。

 響は本当にそのまま眠ってしまったようで、楸は焦った。
 このまま寝かせて置いて帰る訳にもいかない。

 看病しなくてはと思い、まず冷蔵庫から氷を出し、適当にタンスからタオルを出しそれを冷やして響の額に乗せた。

 それから薬箱が出ているのを見付けて、風邪薬を探した。
 幸い簡単にそれは見つかった。

 ちゃんと薬を飲んでいたらしく、薬の箱は開けられていた。

「おい、響、薬飲んでから寝ろ」
 頬を少し叩いて起こしてみるが、響は「うーん」と答えるだけで起きようとはしない。

 さてどうやって薬を飲ませるか。
 それに悩んだ楸だが、一つしか方法はない。

 仕方ないと思い、水を自分の口に含んで錠剤である薬を飲み、響に口移しで飲ませたのである。

 急に水が入ってきたにも関わらず、響はちゃんと薬を飲んでくれた。

 それにホッとする楸が唇を離そうとすると、響がいきなり口の中に舌を入れてきたのである。

 ギョッとした楸だったが、響が水を欲しがっているのだと思いそのキスに付き合った。

 でも何か変だ。
 くすぐったい感覚が身体を巡り、思わずキスに夢中になってしまったのである。寝惚けている響も夢中になっているのか、舌を入れ替えした楸のキスを受け続けた。

 やがてそれに満足したのか、響の身体の力が抜けた。
 
 それから、楸は響の額のタオルを冷やしては熱冷ましの看病を続けたのである。

 こんな事をするのは初めてだったが、響の為になるならと苦痛ではなかった。

 看病している間、楸はテーブルの上のモノを片付けた。
 響は男のくせにかなり綺麗好きなのか、台所も綺麗なものだった。

 食器棚も綺麗に整頓されている。
 そんな様子を見ていると、響の暮らしぶりが解ってくる。

 借金を背負っているから贅沢は出来ない。
 質素な暮らしぶりだ。

 6畳の部屋に戻ると、窓側に置かれた小さなテーブルの上には大学で使う教科書がきっちりと並べられていた。

 勉強をしていたのだろう。ノートと教科書がそのまま開いた状態で残されていた。

 あれだけ働いているのに勉強を怠らないとなると、かなりの負担になっているはずだ。

 それでは体調を崩す事になるはずである。
 そんな様子が解って、一層月時響という人間に興味が沸いた。




 響がやっと目が覚めると楸は窓際で煙草を吸っていた。

「やっと起きたか」

「あれ? 楸、いつ来たんだ?」
 と、昨日の夜の記憶がないらしい響。
 仕方ないので、楸は昨日の事を説明した。

「うわ!ごめん!」
 響は、自分が覚えて無い事に驚きながらも、必死に楸に謝った。

 楸は苦笑するだけで、何も言わなかった。

 もちろん、口移しで薬を飲ませた事も言わなかった。それから響と夢中でキスをした事も言わなかった。
 何故か秘密にしておきたかったのである。

「お前、熱出ると可愛いな」
 楸は冗談混じりでそう言った。

「おい、可愛いってなんだ」

「まるで小鳥の雛みたいで面白かったぞ。飯くれ飯くれって」

「うわーそれ言うなよー」
 自分が楸に甘えてした事は赤面するほど恥ずかしい響。

 楸は響が普段みせない甘えを見せて貰った気がした。

 本当は寂しいくせに、寂しく無いという響だ。
 弱っている時は、誰かに甘えたいのだろう。

 それが自分であった事は、楸は何故か嬉しかった。




 風邪が完全に回復した響は、お礼にと楸に飯を作ってくれた。

 日頃から自炊しているだけあって美味しい料理が出てきて、楸は美味しいといいながら飯を食べた。

「あ、お前大学!」
 時計を見ると、もう十時を回っていた。

「もう間に合わないから、今日くらいは構わない」
 楸はそう言って立ち上がった。

「悪い、俺のせいか」
 響はとたんに元気がなくなった。

 自分の看病をする為に楸は泊まり込みをしてくれたのだ。感謝はしているが、楸には楸の事情があるのだ。
 それを悪いと思ったのだ。

「いや、悪くない。俺がしたくてやっただけだ。もしそんな気がなかったら放って置いて帰ったからな」

 正直に楸は答えて帰る準備をした。
 響も慌てて立ち上がる。

「今回のは貸しにしておいてやるよ」

「じゃ、悪いけど借りにしとく」
 二人は目を見合わせて笑って別れた。




 その日の夜には響はいつも通りバイトに出かけられた。

「ママ、差し入れありがとう。助かったよ」
 そう言って、差し入れしてくれたタッパーを返した。

「楸君も役に立ったでしょ」
 ママは笑ってそう言った。

「世話になっちゃったんだ。だから今日は奢りにしなきゃな」
 響がそう言っていると、楸がやってきた。

「今日のは奢りにしてやるよ」

「何故だ?」

「借りがあるから」
 響がそういうと、楸は少し考えてからそれを断わった。

「別の形で返して貰うから奢りは結構だ」
 そうニヤニヤして言ったのである。

「借り返すの、なんかヤバイ事のような気がする」
 一瞬そんな気がした響であった。