novel

ROLLIN'2-1

 世の中には似た人間が三人は居るという。

 そっくりそのままというわけではなかったが、この気配、そしてこの回し蹴り。そして相手を圧倒するほどの力を、その細い体で見せつける人間がそうそういるわけがない。

 自分の前に悠然と立っている男。見た目はサラリーマン。だが、牙を剥けば相当に危険な人物。

「だから、な、無茶するのはよくないって……一応警告したんだけど」
 申し訳なさそうな言葉にねじ伏せられた男は、何度も許しを請おうとして悪かったと言葉を吐くだけである。

 見た目では明らかにちんぴら風の男の方が圧倒的に強そうだった。だが勝敗はたった一撃の回し蹴り。そして逃げようとした仲間を素早く捕まえて、物の道理を教えるサラリーマン。妙な構図だ。

 そもそもサラリーマンがヤクザの下っ端の喧嘩に口を挟むことは危険であろうに。後でどんな報復が待っているか、この若者は知らないのだろうか?

「この辺の治安ってそんなに悪かったっけ?」
 サラリーマンが一人で呟く。

「ああ、あんたか。無茶しないでくださいよ。ここは確かにうちの傘下ですが、このチンピラは流れてきた関西ものみたいですよ」
 この騒動の中声をかけてきたのは、この地域を仕切っている中山組の幹部の一人だ。

「そうなんですか。まったく困ったもんですね。じゃ後任せていいですか?」
 サラリーマンは幹部と知り合いだったらしく、平気な様子で話しかけ取り押さえた者を引き渡していた。

「おい、丁重にお持てなししておけ」
「はい」
 幹部の部下たちは暴れていた男達を連れて行ってしまう。
 
 ここは小さな街の中の一軒のバーだ。店の名前は見なかったが、長くやっていて固定客もいる。繁盛してるわけもないが、ならず者も集まることもあり、一部でこの関東を取り仕切っている宝生組の組長が若い頃に通い詰めていたという話が有名だ。

 情報を集めるならここがいい出発地点と思っていたが、思わぬ邪魔が入って、彼は困っていた。
 この計画は誰も知らない。誰にも話したことはない予定外の行動だったからだ。

 しかも寄りにも寄って関西のチンピラに絡まれる羽目になり、目立つ行動を控えたかった彼は、応戦するわけにもいかず、成り行きを見守るしかなかった。
 そこに現れたのが場違いなサラリーマンだ。彼はもめ事を認めるとさっさと仲裁に入り、見事にことを納めてしまったのだ。

「ああ〜助かったわ、響ちゃん」
「ママ、最近こんな風になってるの?」
 響と呼ばれた彼は事態の収拾をヤクザに任せてしまうと、親しい間柄のママと話し始めた。

「最近ね、関西のチンピラが何かしてるらしいの。西から流れてくるから、当然西で何かあったみたいだけど。困ったわね、ここずっと宝生さんが治めてくれてなんとか平和になってたのにねえ」

「ふうん、大変だな。あ、ママ、頼んでたアレ貰える?」
 サラリーマンはヤクザの世界など興味はないという風に話を切って、ママと楽しそうに話している。

 なるべく顔を見ないようにしていたが、声だけ聞いていると、本当に似ている。若い声だから当時の彼と同じ年だろうか、彼の声の波動にもよく似ている。聞いている者を落ち着かせる。そして自分をとても苛立たせた声だ。

 だが、ここまでいい印象を持っていたのに、顔を眺めた瞬間。あの悪魔を思い出した。
 なんてことだ。あの声の持ち主はあの悪魔にそっくりの人間なのだ。
 あんなにあの人にそっくりだった外見なのに、顔はあの悪魔。
 だがその違いをまた見つけた。目が違う。そう瞳に宿る炎は明らかにあの人のモノだ。

 どういうことだ? 

 事態が混乱する。ここへ来たのはある情報が入ると聞いていたからだったのに、今やそんな情報よりもこのサラリーマンの方が気に掛かる。何故だ、何故そんなにもあの人にそっくりな部分があるのだ。そして何故その顔はあの悪魔に似ているのだ。

 結論は簡単に出る。まさかあり得ないと考えたが、あり得ることでもあった。

 あの人はいつでもあの悪魔を気にしていた。
 あの悪魔はもう排除してやったというのに、あの悪魔に与えた一番の屈辱の結晶だって残してやったのに。あの人さえも葬ってやったのに。

 あの悪魔――――――よりにもよって。
 握っていたコップが割れそうなほど力がこもった。
 怒りや憎しみ、そんなものが溢れてきていたが、それ以上に歓喜する自分が存在した。

 生きてきて、あの人の最後を見届けた時に何もかも色あせたはずの世界が、また色を取り戻し始める。予定外の予定が、目的を変え始める。
 欲しいモノはいつでも手に入れてきた。あの人の運命さえも自在に操ってきた。
 なら、また欲しいモノが増えたとしても、問題はないだろう。
 サラリーマンが颯爽と去っていった後、彼はママに話しかけた。

「いやー助かっちゃったよ。彼が来てくれたお陰で、彼何者なんです?」
 そう話を向けると、ママはふふふっと笑って言った。

「昔、ここでバイトしてくれてたのよ。響ちゃんって言ってね。月時(とき)響ちゃん、本当によく出来た子なのよ」

 月時響。
 名前だけで十分証拠を裏付けるものだ。
 月時家のその後など、自分は今の今まで気にも止めなかった。

 あれから28年。とっくに忘れていた存在だ。
 その存在をしっかりと男の中に残していった月時響。
 こんな偶然がこんなに重なるわけがない。
 
 あれは俺のモノだ。
 生まれから今現在まで、全部が俺のためにある存在だ。
 あの人もあの悪魔も俺のものだったのだから、その間にあるものだって俺のものに決まっている。

 その話を聞いて勘定を払って外へ出る。
 町中を抜けて、裏道に出たところに大きな黒い車が止まっている。
 誰も見ていないのを確認してその車に乗り込んだ。

「守備の方はどうでした?」
 部下の法月(のりつき)がつまらなそうに聞いてくる。がっしりとした体と顔にまで傷を付くって貫禄を付けた強面は何でもつまらないという顔をしてくるのはいつものことだ。

「情報はなかったが、面白いものを見つけた」
 男はそう答えて傍にあったパソコンでデータを検索する。
 名前は月時響。何か一つでもヒットすれば設けものだと思っていたそれは、眉を顰めるほどの情報を引き出してきた。

「……宝生組の宝生楸(ひさぎ)のパートナー……」
 意外な結果だ。
 宝生は世襲の時にパートナーに女性は絶対に取らない仕組みになっていた。直系がまだ小学生だ。後継人として彼の伯父である楸が現在の仮のトップ。それは有名なことであったし、彼はそれを守って男の恋人を作ったのも有名だ。

 そのパートナーが月時響。
 何故だ。自分の時は絶対に手に入りさえしなかったものを、宝生組のトップが意図も簡単に成功している事実。

 生きてきた中で一番の屈辱を味合わせられたような感覚。
 今の宝生などちょっと遊んでやろうと思っていたくらいに気にならない存在だったのに、今や憎い存在に変わってしまった。まるで器が違うのだと見せつけられたような敗北感。
 そうしたものが一気に押し寄せてきて、男の心を乱す。

 また宝生だ。またなのだ。

「面白い」
 男は一言呟いた。

「何が面白いんです? あなたがそう言うととても物騒でいけない」
 法月は眉を顰めてそう言ってくる。

 男の中の何かに火をつけたのがなんであろうが、この先起こることが想像絶するものであるのは間違いないのは理解できるだけに、なるべく出てくる言葉は穏やかであってほしいものだ。

「面白いものを手に入れるのに、一体どれくらい時間をかけたらいいのか。その時間は十分にある。もしかしたら、これが一番の痛手になるやもしれない。そう考えるだけで面白い」

「痛手ってどっちに対してですか?」

「どっちもだ。俺にもこいつにも、そしてそれに関わるものにも、これは爆弾だ」
 自分で手に入れても、宝生にあっても、どこにあっても、これは手を出してはいけない爆弾。核爆弾かもしれない。
 このまま静かに暮らしていれば、彼の爆弾は永遠に動くことはないだろう。
 だが、その爆弾が欲しくてたまらない。どうしても欲しい。

「それにあいつが言い出したことだ。それともう二人、やり方は問わないと言ったのは向こうだ。だが俺が俺の為に何かしたとて、問題は一切無い」

 男は響の情報を引き出すとニヤリと笑う。
 まるで未知の生き物を捕らえに行くような、そんな野獣の目をしていた。