novel

ROLLIN'2-2

「徳永、お前さぼり過ぎだぞー」
 纏めた書類を上司に出して部署に戻ってきた月時響(とき ひびき)は、女子社員と和気藹々と盛り上がっている部下の徳永を見つけ、眉を顰めた。

 響が書類を仕上げた時から徳永はそこにいて、さらに30分以上経って戻ってきた時もまだそこにいたからだ。

 月時響は、男であるが、周りから綺麗だの言われるような整った容姿を持っている。目はアーモンド型のはっきりとした目なのに、顎ラインもすっとしており、昨今の俳優あたりにいそうな顔立ちをしている。そのせいなのか、アイドルイベントの企画を持ってクライアントに会うと、必ずスカウトされる始末だ。顔や容姿がモノを言うのは、精々学生時代と思っていた響には今ではこの顔も邪魔だなと思えるものだ。裏方には必要のないものでもある。

 しかし、この顔を眺めて好きだ愛してると言う男が恋人では整形するわけにもいかない。

 このイベント企画などをプロデュースする会社に就職して6年が過ぎた。4年前には劇的変化もあったが、未だに響はこの仕事を好んでしている。

 裏方で企画していくのは大好きだった。大学の学園祭の裏方の仕事でその楽しさを覚えて就職したのはこの会社だ。元々先輩がこの会社にいたのでスムーズに内定を貰え、先輩は今や上司という立場。

 小さな会社であるが、企画が受けていて、始終その仕事に追われる。響は企画を幾つか作り、それを売り込む営業を担当していたが、最近は企画を纏める役職に就いていた。営業に行くのはもっぱら部下の徳永である。

 その売り込みに行くはずの徳永が遊んでいるのは、営業先のキャンセルがあったからだ。
 だからと言って、徳永には別の仕事もある。女子社員と遊んでいる暇があったとしても、残業が確定しているだろうに何を考えているのか響には理解出来ない。

「すいません、月時さん。今、女の子のファッションショーの企画の情報集めしてるんです」
「え? お前、そんな企画携わってたか?」
 響は徳永に仕事を振っている立場なので、そんな企画がないことは知っている。

「いえ、この佐々木さんが出す企画のですよ。ちょっと面白いので俺も若い子の考えっての取り入れてみようかなって勉強中です、はい」
 言い訳が多いのは理由がある。現在徳永が佐々木を気に入っていて、コナをかけている途中なのは社内では有名だ。頼られると断れないどころか張り切ってしまう性格の徳永だ。

 しかし、その女子社員はちょっとだけ困った顔をしている。
 別に社内恋愛を禁止しているわけではないが、彼女は響にとがめられたことで萎縮してしまったらしい。
 別におおっぴらにしなければ問題はないのに、なんで俺がお父さんのような立場になってんだ?

 月時響の顔が整っているというのは周りも認めるものだが、仕事中無表情でいることが多い為か、若干怖いイメージを持たれている。いつでも仕事仕事、部下や仲間と遊ぶことはしない口うるさい上司では、人気がないのは仕方ないことだ。

 どうせ泣くことになるのは徳永一人だ。そう響は結論付けるとさっさと自分の仕事に戻った。
 残業だけは免れるように仕事をし、一息吐くのに部屋を出て、コップで飲める飲料水の販売機に向った。

 今日も無事仕事は終わりそうだ。帰ったら昨日から煮込んである肉じゃがと野菜と、お総菜ものを準備しておかなければならないとふと思い出す。
 考え事をしていて小銭を取り出したところ、その小銭が一枚手の平から転がり出て、床に落ちて音を立てた。あっという間の出来事で、小銭が販売機の下の隙間に入ってしまった。

「あ……ちゃ」
 この出来事だけで十分気分は滅入る。
 落としたのは百円だった。ここは頑張って取るかスルーするか悩みどころだ。
 うーんと悩んでいると後ろから声をかけられた。

「どうかしたんですか?」
 落ち着いたおっとりとした声だ。

「あ、お金が販売機の下に入ってしまって……」
 響がそう言いながら振り返ると、そこに居たのは40歳くらいの清掃員だった。

「じゃ、すぐ取りますよ。これ使えば一発です」
 そう彼は笑って言って小さなモップを取りだした。地面に這うようにしてさっと小銭を出して見せた。そして小銭をハンドタオルで拭いて渡してくれた。

「はい」
「あ、ありがとうございます。助かりました」
 受け取った響は頭を下げて礼を言うと、清掃員は驚いたような顔をして手を振っている。

「いや、そんなお礼言われることじゃないですし……どうせそこ掃除するところですから」
「いえ、本当に助かったんです」
 素直に感謝する響を見ていた清掃員は苦笑していた。

「そんなに感謝されるなら、ここにずっと居ようかな。結構ここでお金落としてる人多いんですよ」
「へえ、あ、なんか聞いたことあります。販売機の下掃除したら結構な額落ちてるって話。あれ嘘じゃないんですね」

「ええ、ここの建物中の販売機の下から毎回二千円くらい出てきたりしますよ」
「お、多いですね……」

 自分が想像しているよりも多い金額に、響はびっくりする。
 意外に百円くらいなら諦める人が多いと言うことだろう。

「この仕事をしてると結構意外なところから変なものが見つかったりして、人間影で何考えてるのか分からなくなったりします」
 清掃員はいろんなものを見てきたということだ。他人がゴミとして気軽に捨てたものを集めている段階で変なものに出会うのは、よくあることなのだという。

「変なものって……」
「使用済みコンドームとか」
「……えぇぇ!!」

「意外にオフィスラブしてる人多いみたいですよ」
「いやいや、それなんか違うと思います」

 その話を出されて、ふと響は自分の家ではどうだったか考えた。あっちの方の始末はほとんど響が知らないところで処理されている。あまり付けてすることがないけれど、あの始末したの、まさか普通にゴミ箱に入れてやしないか……と不安になってきた。

「あ、月時さーん」
 同じ部署の女子社員の鈴木が響を見つけて駆け寄ってくる。

「どうかしたんですか?」
「あ、お金落としちゃって取って貰ったんだよ」

「へえ。でも月時さん、いっつも清掃の人と話するよね?」
「ん? 何かいけない?」
 月時は鈴木の方を向きながらもさっき拾って貰ったお金でコーヒーを買う。何がいけないのかと問うと鈴木は困った顔をしてむくれた。

「それじゃ私はこれで」
 清掃員がそう言って去るのを響はまた礼を言って見送った。

「ありがとう」
 礼を言った時には清掃員は清掃道具を押して背を向けていたので表情は見えなかった。

 正直言うとちょっと話してみたい人だったのだ。清掃員と話すことで人間の見えない部分という情報を仕入れたりも出来るし、意外にゴミが出ないようにする案を貰ったりもする。

 もっとも会社内で同僚と話すと余計なことを言わなければならなかったりする響の立場では、清掃員の気さくな人は話し相手として好ましい人が多かったりする。

 さっきの清掃員は新しい人だった。この建物でまだお目に掛かったことがない人だったし、いい人ぽかったからもうちょっと話してみたかった。

「さて、これ飲んだら、徳永の尻叩いてラストスパート」
「じゃ、月時さん、今日も残業なしなんですか?」

「ああ、ないよ」
 平然と答えてコーヒーを飲む間も鈴木は傍にいた。
 どうしたんだろうと思っていると。

「あの、今日、飲みに行きませんか? えっと他の人なしで」
 その鈴木の誘いに響はなるほどと納得した。彼女が清掃員に難をつけて返した理由がこれだ。

「無理です。ごめんなさい」
 響はいつものように同じ答えで断った。

「二人っきりだからですか?」
「それもある。お酒の席は基本的に断っているのは知ってるよね?」

「あ、はい。お酒弱いからですよね。でも飲み過ぎなければいいんじゃないですか?」
「弱いの分かっててなんで飲まなきゃならないんだ? 自分で自分を見失うの怖いでしょ。気がついたら知らないところなんてごめんだ」

「じゃあ、食事だけでも……」
 尚も食い下がる鈴木に響はため息を吐く。ここまで言って引き下がらなかった人は初めてだ。

「それなら、明日みんなで一緒に昼食でもいけばいいじゃないか」
 もちろん相手の目的は分かっている。だが気は全然ないのだからその気にさせるようなことは一切言わない。 

「……月時さん、彼女いるんですか?」
 おっと、プライベート調査か。

「いないよ。あいにく彼女がいなくても問題ないんでね」
 本当は彼氏がいるが正しい。だがそれは誰にも言っていないことであるし、ここで話すことでもない。

「結婚したい時に彼女じゃない人たちばかりじゃ困りませんか?」
 そう返してきたか。内心でもっとはっきり言ってくれと響は思う。こういう遠回しな言い方をされても困るし、だからと言って気があるのかなんて言うつもりもない。彼女になりたい、好きです、ならごめんなさいで済むから楽だ。

 この部署は結構移動が多い。響が居る第一企画部の他に四つ部署があるが、かなりの頻度で入れ替えがある。新入社員がすぐに辞めたり、途中採用などで、部署を行ったり来たりする人もいる。なので人の出入りが激しい第一企画部には、毎年何人か女子社員が入ってくる。

 全員が全員ではないが、よく響は呼び出されて告白されたりしていた。最近は断ることも慣れてきて、周りは社員には絶対に手を出さない、社内恋愛なんてとんでもないと思っているのが月時響であると言われるまでになっている。

 やっかみもあるが、響が全然気にせずに仕事ばかりな上に、仕事場以外の素性がほとんど分からないこともあって関わらない方がいいと判断されているらしい。
 噂ではどこぞの御曹司で、決まった相手がもう居て、実は結婚しているなどという話も流れてくるほどだ。伯父の息子を預かっているという話もいつの間にか響自身の子供じゃないかと思われている。だがある意味間違ってない。

 そんな話がいろんな処に出回って、混ざって、女子社員の間では玉の輿を狙う輩も結構いる。
 はっきり言って、借金が一億近くあるなんて誰が想像出来ようか。

「困りません。で、話は終わり?」
 きっぱりと言って響は話を終えようとする。
 鈴木はちょっと困って見上げてくるが、そう縋られても流されることはない。

 「じゃ、俺、もうちょっと仕事あるんで」
 響は鈴木を振り切って部署に戻る。すると扉に張り付いていた部署の人たちが一斉に散った。
 どうやら、鈴木の玉砕確実の告白を全員が知っていたらしい。

 何考えてるだか……。
 ふっと息を吐いて自分の席に戻ると、徳永が話しかけてくる。

「月時さん、またフッたんですか?」
「なにを?」

「鈴木さん」
「ああ、なんか飲みに行こうとか食事行こうとか言うから断っただけだ」

「えっと……それってデートに誘われてるんですけどー」
「そうか」

「そうかって完結しないでくださいよー月時さん。鈴木さんめちゃ可愛いじゃないですかー」

「あいにくタイプではないんで、可愛いと言われても分からない」
 響の可愛いと思う感覚はかなり一般とズレている。女の子自体を可愛いとは思うこともあるが、今現在の恋人を時々可愛いと思うことがあるのとは違うのだろう。そういう意味で可愛いと思うのなら、現在の恋人の何気ない我が儘の方が何千倍も可愛い。

「月時さんのタイプってどんなのですかー? 何年も一緒ですけど全然分かりません」
「そうだな……」
 タイプか、と考えて真っ先に出てくるのが楸である。

「仕事は完璧にやる、やり過ぎくらいがいい。仕草も動きも、こうピシッとしてて背筋がしゃんとしてて、弱みがあんまり見えない方がいい。で、時々気を抜いているのか、ふっと鼻歌歌ってたり、異様に甘えてくれるとありがたい、この辺で弱みがちょっと見えてくると尚いい。もちろん、容姿は綺麗であればあるだけいい、むしろ整いすぎて誉める以外に文句のいいようがないのが一番」
 一気に響が自分の趣味を言うと、徳永が呆然としていた。

「すいませーん、月時さん、そんな人あんまり居ないと思うんですがー。それにどこに可愛いがあるんですかー?」

「鼻歌歌ってたり、甘えてくれるところ」
「実際、そんな人いるんですか?」

「いるから言っている。うちの姉なんかまんまこれに当てはまる」
 言っているうちに本気で楸のいいところを出しまくったが、実際に知っているなどと言えば会わせろという話になってくるのでマズイ。ここらで姉を出しておくと案外便利だ。

「月時さん、そういえばお姉さんいましたね。結婚したとかで大阪にいるんですっけ? どれだけ美人ですか?」
「ああ、えーと、あ、これ」
 響は最近持ち歩いている定期の中から姉雅の写真を取りだして徳永に見せた。

「うはっ……なんつー美人さん! つか、月時さんそっくり……うはー月時さん女だったらモテまくりじゃないですか!」
「女じゃなくて良かった」
 本気でそう思う。女だったら今頃姐さんだ。洒落にならない。

「月時さん、シスコンです?」
「ああ、それは認める。俺は姉に育てて貰ったようなものだしね。尊敬に値する存在だ。いくら3歳離れているとはいえ、子供が子供を育てるなんて想像を絶する苦労だ」
 あっさり響が認めるものだから、周りはシスコンで笑おうとしたところに爆撃を受けてしまったようだ。

「自分の時間なんて一切ない、俺の為に家事をしたりしていて、高校出たら働いて、俺を大学まで出して一人前にしてくれた。姉が結婚すると聞いた時は姉にやっと自分の幸せの時間を返してあげられたと喜んだものだ」

「……そりゃ、尊敬しますよね、普通に出来ないことですし」
 さすがにそこまで酷い人生を送っているとは思ってなかったらしい徳永でさえ引いているのだから、周りもそうだろう。

「月時さんって苦労してるんですね。それじゃお金持ちの伯父さんは?」

「あれは見るに見かねて援助してくれた人だ。だから沢山借りがある。それだけだ」
 きっぱりと響が言い切ってしまったので、周りはかなり混乱しているようだ。

 まったく人の噂、どこまででっち上げたんだか……。と響は心の中で悪態を吐く。

 翌日には、月時響はかなりの苦労人という噂が出たが、更に響の理想がかなり具体的になったので、完璧なキャリアウーマンしか好きではないと思われたようだ。ある意味間違ってはいない。

 その噂は巡り巡っていろんなところに流れた。