novel

ROLLIN'2-3

 宝生楸(ほうしょう ひさぎ)はある情報を手にして暫く目を閉じて考え込んでいた。

 周りには幹部達が揃っている。組の幹部会議の場で楸の言葉を待っている一同は息を呑んで次に出る指示を待った。

 ある情報とは、ここ最近起きている組の縄張り内での関西ヤクザとのもめ事だ。
 最初は些細な問題として片付けていた各幹部だったが、段々洒落にもならない数になってきて報告を申し出た。すると他の組からも同じように対処するので精一杯になってきて困っていると報告が次々とあがってきてしまったのだ。
 それくらいならなんとかなった。しかし、現在関西で何かが起きているらしいのだ。
 関西ヤクザのチンピラがどんどん関東に流れてきているのは、危険を察知してのこと。

 だが何があったのかははっきりと言わない。ただヤバイ雰囲気に耐えきれず、まだ治安のいい関東に流れ着いているだけのことだった。中には、宝生組の一部がある北海道にも流れてきているとの情報があり、更に九州の方でもチンピラの騒動が持ち上がって問題になっている。

 確実に関西で何かが起きる。
 だが、その確かな情報がこれと言ってない。

 宝生組とも親しい間柄で、協定をしている関西の一部のヤクザ幹部に問い合わせてみると、どうもここ最近、火威(ひおどし)会というヤクザの動きが怪しいそうだ。関西では一番大きな組織で、前に関西一と言われた組を全滅させてのし上がったという背景がある。

 ここ20年は大人しく活動していたらしいが、情報を集めると、世襲問題で荒れているようだ。
 ちょうど宝生も6年前にやったことだ。

「火威の長男はなんて言ったか……」
 楸が呟くと、槙がさっそく資料を取り出す。

「冬賀(とうが)と言う名で、現在25歳です」
「現在の冬賀の立ち位置に幹部がかなり絡んでいるようだな。こうなったら、火威会長の惨殺ももう目の前か……もう一波乱あるな」
 楸が資料を見ながら情報を集めて答えると、周りは騒然となった。

「まさか、内部抗争ですか?」
 幹部の驚きに楸は冷たい視線を向ける。

「何処を読んでいる。その次の項目にある名前に聞き覚えはないか?」
 楸が資料を投げてそう言うと、全員があっと声を上げた。
 そこにある名前は有名過ぎて見過ごせないものだ。こんな人物が絡んでいて血を見ない解決などあり得ないことを誰もが歴史として知っている。

「九十九(つくも)……朱明(しゅめい)……こんな悪魔を飼ってたな、火威は」
 名前を口にするだけで怯える幹部さえいる始末だ。

「ある意味納得だな。火威の息子の急成長は妙だと思っていたんだ。九十九が裏で何かしていたなら納得できる結果だ」

 九十九朱明の名を知らないヤクザは潜りと言われるほどの有名人。

 若い頃に見込まれて、神宮領(しんぐり)組に鳴り物入りで入り、十九で九十九(つくも)組を作りそのまま神宮領の配下として関西ヤクザを制圧。当時の関西を二分していた古崎会を完全に滅ぼしている。妻子までも血祭りに上げる有様に、九十九を最初に見いだした神宮領組長ももてあますようになった。

 だが、九十九は現在表舞台には一切出てこない人物でもある。警察に捕まるような下手な手を一切打たずにいたためだ。警察でも公安でもマークをしているが、捕まる要素は一切ないままきている。
 その九十九が大人しく神宮領に飼われていたのは、ほんの3年だ。

 裏で当時の火威(ひおどし)組と手を組み、神宮領(しんぐり)のテリトリーを面白いように操り、最後には神宮領までも滅ぼしている。神宮領組関係者に至っては妻子までも皆殺しという徹底ぶりに、内部で何か亀裂でもあったのだろうかと囁かれている。
 この神宮領組壊滅に、当時の宝生組も少し巻き込まれていた。

 宝生と神宮領は杯を交わした兄弟でもあり、頼もしい相手として、宝生は何かと世話を焼いていたらしい。その神宮領の一部を匿ったとして、関東の幾つかの宝生の所有地が襲われて焼き討ちにあっているのだ。そこまで根絶やしに必死だった九十九(つくも)と神宮領の当時の関係を先代は何も語らなかったという。

「これ以上関わるべきではない」
 そう一言漏らしただけだ。
 中には火威への報復を考えた鉄砲玉が何人も志願したらしいが、組長はその必要はない、今は地盤を守るだけで精一杯だと言って止めたくらいだ。

 神宮領の生き残りの鉄砲玉も出たが、見事に返り討ちにされて、見せしめのようにバラバラ死体で発見された。そんな事件が何度も起こった上で、勢いに乗っている火威を調子付けるだけになると判断したらしい。
 もちろん、火威を落ち着かせた後は密偵を放ったりして様子を観察していた。

 その情報は楸に受け継がれている。
 ただ火威の動きは読めるようになったが、九十九は身元がはっきりする者しか身辺に置かない為、彼が何を考えて何をどうするのかはまったく分かっていない。

 そもそも九十九自体が公安のターゲットになっている為、ほとんど屋敷から出てこない始末だ。
 落ち着いて28年、九十九はほとんど活動らしい活動はしていない。

 火威の幹部に名を連ねているが、一度として会議に参加したこともなければ、彼から何か指示が出たこともないという徹底ぶりだ。
 今では出回っている一部の写真すら、本人かどうか分からないという有様だ。

 九十九と名乗る人物に九十九の屋敷で会ったという人らは皆、九十九は教養があり、経済にも精通していて、情報は常に握っているらしい。表情は穏やかで、妻子まで根絶やしにするような人物にはまったく見えないというから人間分からないものだ。

 九十九について、彼の側近である人物がよく外出しているのは見受けられるが、特に目立った行動はしておらず、側近であることすら疑わしい。

 彼の家族については、神宮領会壊滅時に親類まで殺されており、唯一分かっていることは彼には妻や子供がいないという情報だけだ。もっとも彼に子供がいたとしたら、周りが報復の為に使っただろうし、まともに生きていくことすら無理だろう。

 雲を掴むような人物像。これだけでも周りは怖い存在だ。
 火威について調べれば調べるほど、九十九という人物は出てこないのだ。
 だが、分かっていることがある。火威で騒動を起こそうとしている冬賀が、九十九を妄信的に信仰しているということだ。

 しかし、ヤクザ界とはいえ、関西のことに口出しするわけにはまだいかない。
 当分関西ヤクザの処置をしていかないことには、火威どころではない。
 そうして会議が凍り付いている時、情報が舞い込んできた。

「組長! 火威(ひおどし)がとうとうやりました! 会長惨殺です! 幹部が数名追われているとのこと」
 一気に場が騒然となる。

「まさか、ほんとにやりやがったのか!」
「会長はどこで襲われたんだ!?」
 一斉に飛ぶ質問に、楸は慌てることなくモニターをテレビに切り替えた。
 こんな情報がぽっと出で入るわけがない、もうテレビの速報になるようなニュースになっているからだ。

 テレビでは緊急特番に変わっていて、関西ヤクザの屋敷が爆破、屋内にいたものの生存は見込まれないと報道されていた。

 空中から映し出された火威会長の屋敷は、木っ端みじんと言っていいように爆破されており、屋敷どころか庭まで破壊されている。塀も衝撃波でやられたらしく、無惨に散っていた。

 同じくして、火威会の会長事務所が入っていたビルも同時爆破されたらしく、ビルの一部から黒煙が上がっている映像が地上から映し出されている。

 これだけならまだマシだっただろう。幹部の屋敷まで徹底的に爆破している。
 関西では地震でも起こったような振動が一気に起こり騒然となっていたらしい。

 地震のように感じたのは、当たり前だ。十カ所主要な場所を同時爆破である。振動を感じない方が可笑しい。
 犯行声明などは出ておらず、内部闘争にしては派手すぎる。

 これではどこかの頭のおかしな爆弾野郎が、どうせ殺すならヤクザがいいと言って関係者の屋敷を爆破したとしか見えない。
 生存者が分からない今、どの幹部が関わりがあり、生きているのか死んでいるのかさえさっぱりだ。

「これでは……火威の関係者を調べるだけでも、相当な手間がかかりますね」
 槙がそう呟くと、楸は大した感想もなく、槙に言う。

「この騒動で足下救われないように徹底して組内を調べろ。耀を最優先で確保し安全な場所に隔離だ。ただでさえ、こっちは浮き足立っている。関西ヤクザで天手古舞いじゃ話にならんぞ」
 楸がきっぱりと言うと槙はすぐに行動に出た。

 まったくその通りだった。幹部を見ていると確かにこの騒動で浮き足立っているものも数名いる。落ち着いているのは年配の慣れた幹部のみだ。

 慣れた幹部は武闘派でならしていたころのことを思い出して、これくらいで足並みを乱してどうすると思っているようだ。
 今でこそ、インテリヤクザのようになってきて、若い者が増えたからだろう。こういう武闘派の考えを持つものは少ない。慣れていないのが現状だ。

 こんな時期に関西で大きな事件、それに合わせるように関東に関西ヤクザの放流。これは何か流れがあるような気がしてならない。
 火威が勢い付いた時のことを思い出すと、あの火威会はこの事件で関東に難癖をつけてくるかもしれない。火威くらいの勢力とあの武力で争える国内のヤクザは宝生くらいのものなのだ。

 そこで槙(まき)はハッとする。楸はこの事実にとっくに気付いている。だからこそ組内の状態を立て直したいのだ。浮き足立っているところに勢いのついた大量の牛を放り込まれては困るのだ。

 もし九十九が関係していたとしたら、これはかなりの勢力を飲み込むまで収まらない可能性だってある。
 これは正念場だ。
 ここで耐えなければ、こっちまで飲み込まれる羽目になる。
 
 火威(ひおどし)会関係の爆破騒動から一週間経っても、まだ大した情報は入ってこなかった。
 楸が関西のネズミに問い合わせてみても、火威自体がほとんど機能しておらず、唯一海外に旅行に出かけていた長男の冬賀の生存が報告された。

 死んだものはかなりいる。火威会会長はもちろん、その側近だった数名。その部下数百名。

 警察でも内部抗争かと冬賀の帰国に合わせて彼を取り調べているが、彼が海外に出たのは急なことで、しかも父親から頼まれた、彼の妹の入院のことで冬賀が当に関西空港からアメリカに飛んでいることが分かった。

 幹部も数名生存していたが、彼らは揃って会長の事務所があった階のからエレベーターで下りている時に爆破に巻き込まれ、数時間エレベーターの中に閉じこめられていて救出されている。

 爆破に使われた爆薬の量は、とてつもなく多く、仕掛けられた数は数百にも上る。完全に建物を同時爆破していることは確認されているので、一昼夜で出来ることではなかった。

 これは長期計画された爆破である。一個ずつ分からないように持ち込まれ設置され、見つからないように用心し、それを数十カ所に仕掛けたのだから、一人二人の犯行でもないだろう。

 犯行声明が幾つか警察やテレビ局に届くも、どの声明も無難に「悪を排除」くらいでここまで準備をしてやるにしては手が込みすぎていて、犯行声明が幼稚過ぎた。


 日曜、響は休みの日であるが、あの事件から楸はまったく帰ってこなくなった。
 もちろん、火威会の事件はテレビでやっているので響も知っている。そしてその騒動に連動して宝生組の方も情報を集めたりしながらも、通常の仕事をしなければならず、楸はいつにも増して忙しくなった。

 耀は小学生になってからは落ち着いたもので、事件のこともしっかりと知っていて部屋で大人しくしている。
 はっきり言って暇だ。

 ご飯を作るにしても、ボディーガード以外の人たちは全員出払っていて、作り甲斐がない。
 出かけるにしても今はうかつに出歩くわけにもいかなかった。

 そうしていた時、姉の雅から電話がかかってきた。でもつい最近も心配で電話をしたばかりである。

「何かあったの、姉さん?」
 慌てて電話に出ると、姉は元気な様子で笑って言う。

『何もないわよ、大丈夫。うちは市内じゃないし、火威(ひおどし)とかいうところとも遠いって言ったじゃないの。今日は違うの、違う意味で大変なのよ』

「何が違う意味で大変なんだ?」
『清風(せいふう)伯父さんが帰ってきてるって……あんたどうするの?』
 その言葉を聞いた瞬間、響の体が固まった。

「……う、や、えー」
 言葉が浮かばない。

『あんたの連絡先が分からないからってうちにかけてきたんだけど、あたし面倒だから言っちゃったよ』
「な、何を!」

『あんたが今宝生組の組長さんといい仲になってもう数年ってこと。伯父さん、向こうで憤死したみたい。ちょうどいいから電話拒否してやったわ』

 おのれはなんということを……。

 響はその時の伯父がどれだけ怒り狂ったのか理解出来るだけに、言葉が出てこない。

 あれだけ恩がある組長に合わせないようにしてまでも、響を隠し続けてきたのに、その響がのこのこと宝生組に囲われていると知ったら、普通に憤死するだろう。

 大体雅の時でさえ、雅も憤死しそうになったくらいの出来事だ。幸い彼女は響がもう一人前の大人であることを知っていたし、彼女が関わる問題でもないことを楸から説明されて納得してからは、あまり二人の関係については問題にしていない。

 吹っ切るのが早いのが女性のいいところで、吹っ切れないのが男の悪いところか。

「と、というか、伯父さん、アメリカで医者やってるんじゃなかったっけ?」
 納得できずに響が呟くと、雅も事情は分からないと言った。そりゃ電話拒否にしてたら事情も聞きようがないだろう。
 普段は手紙を雅に送り、そこから響の手紙と雅の手紙を纏めて投函して誤魔化していたが、今回はもう誤魔化しようがないわけだ。

 伯父の清風は、雅が高校を卒業し働きに出て、響が高校に上がるのを見届けると、借金返済の大金を掴む為にアメリカの医学部に入り直した人だ。あれから13年経っているが、未だに返済がそれほどないところを見ると、有名な医者にはなれず、普通の医者として働いているらしい。

 年も年なので最前線は無理なのは誰にでも分かることだ。
 元々それまでは清風は大学で医学部に通っていた腕を持っていて、研修生までいったことから、当時診療所の町医者として働いていた。

 子供二人を育てるのも大変だった彼が夢を見たいというなら、響にも雅にも異論はなかった。双方納得して彼をアメリカに送り出したというのに、今更戻ってきて説教なんてごめんだ。

 しかし何か用があってやってきたのは確かだろうから会わないわけにもいかない。

「で、今どこに泊まってるの?」
『後ろでじいさんの、お前も手伝えや!って叫び声が聞こえたから、きっと昔の診療所じゃないかな?』

「ああ、あそこか……仕方ない行ってくる」
『それからついでになんで大阪が危険で、絶対に東京に越さなきゃならないのか聞いてきて』
 変な要請を受けて響は首を傾げる。

「え? それは爆破事件があったからじゃないの?」
『違う。全然違う言い方した。俺は怖くて近寄れないからこっちに越してこいって言ってたし』

 どうやら清風には大阪には行きたくない理由があるようだ。
 あれだけ見たがった雅の子供を出しても、怖くて行けない場所とは何かあったのだろうか。

 よく分からないままも頷いて電話を切って、それからボディガードの三束に話を付けた。
 三束は話を聞いて楸にかけて外出の許可を取っていたが、なかなか繋がらず、やっと返ってきたのはメールで二言だけだった。

「行ってこい。明るいうちに戻れ」
 素っ気なさがより一層楸の忙しさが増しているように見えて気の毒になる。
 さっさと行ってさっさと帰ってこようと響は思った。