novel

ROLLIN'2-6

 月時清風(とき せいふう)。顔は写真でしか知らない。
 日本で医者の免許を持ちながらも、まだ勉強することがあると言って、幼い子供を残しアメリカへ渡った訳あり物件。

 この人物が響の伯父であるという事実を知ったのは、先代が響について話してくれた時だ。
 先代が清風を語る時は、いつでも「怯えた子だから仕方ない」という風に言っていた。

 何にそんなに怯える必要があるのか、それこそ疑問だった。彼は何かヤクザ界で妙なことをやらかしたのか? だが見た目はそんな風には見えない。

 響にも雅にも似ていない風貌。身長こそ響くらいのもう50過ぎのオヤジは、おっかなびっくりという風に落ち着きがない。

 顔にでかでかと書いてある、俺はヤクザが嫌いです、の看板は見ていて苦笑するしかない。
 こんなヤツが何故先代が最後まで匿ってやり、アメリカ行きまで許したのかさっぱりだった。

「こんな忙しい時に申し訳ありません。折り入って話がありまして、お時間取らせていただきました。あの、申し訳ありませんが、この話は出来れば、他の組員の方には伏せていただきたいのです」
 清風の話の始まりはとりあえず挨拶からだ。しかし、他の組員に見せたくないものを持ってくるとは一体なんなのだ。
 気になりながらも、槙(まき)と二連木(にれぎ)だけは身の安全の為外せないことと、彼らには絶対に口外しないことを誓わせてから話が進む。

「まず、これを……内容はあえていいません。見ていただければそれだけで分かると思います」
 そう言って清風が差し出した封筒をまず二連木が受け取って中を出す。出てきたのは、古いビデオテープだ。ちょうど素人が取るビデオカメラのビデオだろう。
 幸いなことにデッキはあるのでスクリーンに映し出して再生させる。

 だが、その直後、後悔した。せめて普通のテレビの大きさにすればよかったと。

 一人の女を鎖で繋いで天井から吊るし、一人の男が強姦している。簡単に言えばそんなビデオだ。
 なんの面白も味もないSMプレイかと思っていると、カメラに男の顔が映る。

 これでは強姦している男が訴えられたら一発逮捕だろう。何の意味があるのか。
 だが喋っている内容は、男の方が狂っている。

「はははは、これで何度も思い出せばいい。その腹に出来る子は、俺の子だ」
 なんだ、ただの強姦魔か。

 この世界に身を置いていると、仕方なしに見せられる映像でもある。
 こんなものを後生大事に残す方も気が知れないが、こんな馬鹿な映像を残して置けという強姦魔も頭がどうかしている。

「お前にはあの人に触る権利もなければ、俺の子を後生大事にする権利がある。どうだ? 生まれてくる子は俺の血を引いているぞ。醜い俺の血を。あの人にそれを差し出す勇気があるか?」
 どうだと言わんばかりの内容だが、引っかかることが二つ。

 あの人とは誰だ? そしてこの俺様は誰だ?

 男の年はビデオの劣化で酷いが、まだ二十代前半というところか。ということは今現在、40後半、いって50前半。40代後半で50代前半? どこかの誰かのプロフィールと合致する。

「……これは九十九(つくも)か?」
 楸の問いに、槙と二連木がぎょっとしている。
 まさかあんなに用意周到な九十九がこんな子供だましのようなビデオを残しておくとは思っていなかったのだろう。

 だが、妙に合致する箇所がある。九十九はおもちゃを与えればいつまでもそれで遊ぶ子供だ。それが壊れてしまったり、飽きてしまったら、目に見えないように消す。
 そして壊されて消されたのは。

「この女は、お前の姉の梓(あずさ)だな」
 楸はそう言って槙にビデオを止めるように言う。清風がどうして耐えられない様子で震えているから邪魔だ。

「年齢的に出来た子は、雅だな?」
 楸の問いに清風は頷いた。
 楸はそれを確認すると、ふっと息を吐いた。
 親父、こんな爆弾墓まで持って行くな。

「見せたということは、今後何らかの事情で九十九自身からこれを公表された場合の雅の身の安全か?」
 まったくやっかいごとばかり持ってくるものだ。今や宝生内部では九十九の名は禁句だ。そこへこんな爆弾を放り込まれたら、雅がどうなるか、このビデオを見ていて分かる。
 九十九を恨む連中はそれこそ膨大に膨れあがっている。

「九十九はこんなビデオの存在は忘れていると思います。彼は姉の梓を殺したことで十分満足しているはずですから。ただ、この中での九十九の様子を見ていて分かっていただいたことがあると思います」
 なるほどと楸は頷く。

「九十九の頭がおかしいのは十分理解した。おそらく、この拷問のようなものは徹底的にやったんだろう。それこそ妊娠が分かるまで」
 平然と言い放つ楸を清風は信じられないような顔で見ていた。たぶん、彼は先代とはよい仲だったのだろう。だが、楸は違う。現実を見るということにかけては、彼は先代とは違う見方をする。つまり、こういうビデオを見たところで感情を露わにすることなどしない。淡々と事実を述べるのみだ。
 例え、それが響に似た母親であろうともだ。

「雅にはこの事実は話してあるのか?」
「いえ、まだ……そもそも九十九という人物自体、訳が分かりませんから、説明のしようがないんです」

「なら、話す必要はない」
「え?」

「九十九が梓をこうやって殺したことで満足しているなら、子供がいることすら彼にはどうでもいいことだろう。今更餌に使うとしても、雅自体こちらとはほとんど縁を切っている状態だ。はっきり言えば、この件はまったくうちと関係はない」
「……」

「だが、響のこともある。安全の方はこちらでも確認はする。滅多なことでは九十九自体動かないだろうし、公安の目もある。公安の犬はどこからでも情報を持ってくるからな。もしかしたら、雅自体知らずに公安が張ってる可能性もある」

「……公安……まさか」
 清風は思いも寄らなかったという顔をしている。
 まったくヤクザ嫌いなら、公安の存在くらい気にしろ。とっくに清風自身も公安の捜査対象になっている事実に気付け。

「忘れてもらっては困るが、うちもその公安に目を付けられている指定暴力団だ。今はただでさえ動きにくい上に、盛大に関西がやらかしてくれたからな、公安の動きも活発だろう」
 楸はそう言い切っていた。実際、公安の動きは目に余るほどになっている。
 こちらは特にやましいことはないので、堂々と活動しているが問題はない。

「話を戻すが、九十九はこの時はまだ神宮領(しんぐり)の配下にいたはずだ。そこでだ、あの人とは神宮領のことか? 九十九は何に狂っている?」
 嫌な感じだが、楸と考え方は似ていると思う。どこを弄ってどこを動かせば、人が右往左往し、そして度肝を抜くのか。こういう考えを九十九もしているはずだ。
 梓のことに関しても、彼はあの人、つまり神宮領の関心を惹きたいが為にやっている可能性がかなり高い。

「あの人というのは、たぶん神宮領さんだと思います。当時、姉は神宮領さんに気に入って頂いて、お店では指名をしてくれていたとかで」

 それだけでここまで狂ったことが出来るか? 正直そこら辺りが訳が分からない。

 神宮領の関心を惹くどころか、どん引き以上だろう。自分の部下にこんなもの見せられたら、公安が見ていようがどうしようが、東京湾のど真ん中に捨ててきてやる。

「指名程度でこの有様じゃ、神宮領と関係した女は軒並み九十九の子供を懐妊だ。そもそも指名程度の何が気に入らない?」
 理解できない。おもちゃで遊ぶのは分かる。だがおもちゃを選ぶ基準がはっきり言って分からない。

「すみませんが、当時の神宮領組長はそれこそ、プレイボーイの名を欲しいままにしてたと記憶しているんですが……」
 槙が手を挙げて申し訳なさそうに付け足す。彼は九十九について調べている上で神宮領に入った当時の九十九という男を洗い直しているところだ。だから神宮領に関しての情報もそれなりに入っている。

 そうして出された写真を見るに、神宮領黎真(しんぐり れいしん)という男は、それこそ俳優か何かのような容姿をしている。ヤクザにしては優男に見えるが、女性からみればそれはいい男だったろう。
 何枚か写真を見ていると、どこかで見たシルエットが気になりだして仕方がない。

 さてどこで見たか……?

「そういや、先代は神宮領とも杯を交わした仲だったな。密かに手を回して事情を知った可能性はある。だがそれにしては資料が足りない。いくら滅びた家系とはいえ、親しくしていたならなんらしか情報は残っているものなのにな。ここまで徹底して情報が消されているのは何か意味があるのか……」

 元々組長だけが持っている情報というのがある。過去になんらしか関係があった組の情報は蓄積されていくだけで、決して減ったりはしない。

「故意に消した可能性があると思います」
 清風がそう意見を言うので、楸は少し耳を傾ける。

「私の姉が世話になっていた場所をご存じですか?」
 そう質問されて、楸は資料を探す。しかしその情報はない。

「長野県のある病院と言えば、事件の方は知っていると思います」
 長野の病院の事件。そう言われて思い出すことが出来たのは、その病院を経営していたのが、宝生の本妻の実家だったからだ。

「あれも九十九の仕業だったのか……本妻宅襲撃事件としか聞いていないぞ」
 そう呟いて思い出す。資料の中に九十九によって襲撃された場所は、どこも療養地と名の付くところばかりだ。果ては北海道、南は沖縄まで丹念にやられている。
 だが病院の事件は、数名の不審者が侵入し、看護士を殺害、一つの病室を荒らしただけだ。そこの入院患者がいきているのか死んでいるのかも記されてない。

「どこの療養地も姉が一度は訪れている場所です。最後の病院に入院中に姉は見つかって逃げ出したところで殺されています」

「それほどまでに逃げ回らなければならないのか?」

「雅が2つの時までは完全に忘れ去られていたと思います。原因は神宮領(しんぐり)さんです、彼が様子を見にやってきたから」
 嫌な予感がする、その先は言わないで欲しい。

「梓は九十九に壊されました。感情も何もないまま呆然として過ごし、何にも反応を示すことさえ出来ずに転々と療養地を移動していました。前組長さんはそれはよくしてくれました。生まれた雅はある家族に預けて、私も姉の療養に付き合いました。そんな中で神宮領さんが様子を見に来られたんです。その一回だけの約束が、梓が神宮領さんの声に反応してしまったが為に何回か会うことになってしまったんです。ですがその期間は二ヶ月ほどで、その後は神宮領さんは家の方が大変になって来なくなったので」

 ああやはり、それが原因か。
 その先は言われなくたって誰でも分かる。

 そこまで話が進んで、響が神宮領の子供じゃないなんて結末があるわけがない。

 先代があれだけ懐かしそうに響を見る原因は何も母親にだけあったのではない。雅を見たとしても、そこには一人の懐かしさしかない。だが響を見たらそこには二人分の懐かしさがある。

 先代が、響とのたった一回の面談で満足したのは、そこに懐かしい旧友をしっかりと見たからだ。
 響と楸の仲を快く思ったのは、自分と旧友の望む姿があったからだ。

 だから尚更死にゆく先代が一番恐れていたのは大人しくしている九十九が響の現在の姿を見て、暴走することだけだ。
 不幸語りの伯父の心配でも、母親似の雅の心配でもない。ただ旧友に似すぎている響の姿が、あまりに心配で楸に頼んでいったのだ。どういう関係でもいい。今度こそ守ってくれと。

「くそったれ……だったら本当の問題は雅じゃないだろうが!」
 楸はすっかり不幸を語ろうとしている清風を止めた。

 冗談じゃない。
 そんな不幸よりもっと大事な問題があるだろう。

「お前本当に分かってないのか?」
 ポカンとしている清風に楸は今日初めて声を荒げて叫んでいた。

「響が神宮領(しんぐり)の子供だというなら、その神宮領に異様な執着を見せる九十九(つくも)が、響の姿を見て何を思うか想像くらい出来るだろう! あれだけのことを平気でやるほど執着しているヤツが、一部でも似ている響に何か思ったとしても全然不思議じゃない!」

「……なんだって?」
 清風はまさか響の方に危険が及ぶとは思っていなかったようだ。

「お前の目は節穴か? これだけ似た要素がある他人なんてそこら中にいるわけがない。後ろ向いてりゃ間違えて声かけるレベルだ。顔のパーツは確かに雅も響も似ている、だが目が違う。あの目はこの神宮領の目だ」
 苛立って写真を付きだした楸の耳に携帯の受信音がする。
 緊急回線と言って開けていた回線への電話だ。

『すみません、組長! やられました! 南町事務所爆破です!』
 その一回線を皮切りに次々と事務所爆破の情報はひっきりなしに入ってくる。
 回線は追いつかず、会議に使っている建物中に電話が入る始末だ。

「槙、全情報の地図を纏めろ。情報は正確にだ。何処がやられて何処がやられてないのかそれが重要だ」
「はい!」
 落ち着いて情報を集めようするも、こっちの感情が追いつかない。

「二連木(にれぎ)、三束(みつか)に連絡つかないのか!」
 耀の方のボディガードには早々に連絡が入り、耀の無事を確認したというのに、肝心の響に付いている三束の携帯に連絡が取れない。

「アナウンスだけしか流れません!」

「響の方もか!」
「はい、出られませんのアナウンスしかしません!」

 一体何が起きている。
 携帯の回線がパンクしているなら、そういうアナウンスが鳴るはずだ。それなのに、響も三束も両方連絡が付かないのがおかしい。

「直接、会社の回線にかけろ!」
「さっきからやってます。でも繋がらないんです!」

「誰か手は空いているか!? 問答無用で響を連れてこい!」
「自宅の方から数名向いました! ですが、爆破の影響で信号などが故障して渋滞、電車も緊急停止しているため、時間がかかります!」

 響の安全確保に時間がかかる事態になって初めて、楸は電話や携帯電波の異常の多さに不信感を抱く。

 まさか、最初から狙いは響だった?
 いや、それだけでは仕込みが早すぎる。

 最低でも下準備の爆薬用意に二ヶ月、仕込みをするにも一年以上かけないとこれだけの規模は無理だ。こんなことを考えてやる暇があるやつは自分の先代と九十九くらいしか思いつかない。
 もっとも先代は九十九に仕掛けられたらやり返すくらいの気持ちで準備していた感じだ。

「組長! 九州全土の組組織も東京より数十分早くに爆破があった模様です!」

「数十分早くだと? だったら何故こっちに報告が上がっていない」

「……組長、こちらを人払いしていたせいで報告が遅れていたようです」
 槙がそう付け加えるとそれ以上楸はそれを怒鳴ることはなかった。緊急回線は東京の事件のみを限定していて誰もこれは緊急で報告していいのか迷ったのだ。

「九州は無差別で、東京はうちだけか」
 出来上がってくる地図を見ていると、見事に宝生の関係事務所だけを狙っている。この会議のあるビルや自宅マンションが爆破範囲に含まれていないのは、持ちビル故に不審な行動が取れなかったせいだろう。

 他の事務所はかなり前から人が出入りしている。ここのように厳重警備ではないので狙われた可能性がある。そして宝生の本家からは何の報告もないのは、直接爆弾を仕掛けることが出来ないと判断されたからだろう。あの地域であの屋敷を今回のように爆破しようとしたら、大きな設備を持って屋敷中をうろつかなければ出来ない作業だ。

 つまり一年や二年で仕掛けられる範囲ではない場所は仕掛けるのを諦めているということだ。

 しかし妙だ。変に戦力を残して置くようなやり方をしている。
 火威(ひおどし)は徹底的で宝生には手を残している。一体、どんな基準で爆破場所を選んでいる?
 九十九(つくも)は本当は冬賀の指示に従っているわけではない?

「組長! 大阪の九十九の屋敷も爆破された模様です!」
 その言葉を聞いて周りは騒然となった。

「なんだって? 自宅を? 一体誰が報復したんだ?」
「大阪に九十九に刃向かうヤツがいたのか?」
「そこに九十九は居たのか? ヤツは死んだのか?」
 一斉に情報を欲しがる幹部に、自宅爆破と本人がいた模様という情報が来たのは大阪の組関係者からだった。

『九十九の屋敷が爆破されたのは、ちょうど九州爆破の前のようです。近くで張っていたマル暴と公安が巻き込まれてます。その様子からかなりの規模かと。多分今までの屋敷爆破よりももっと爆薬を倍くらいにつぎ込んでいると思われます』
 大阪で速報ニュースが上がったと同時に九州の組関係を爆破している。
 九州を爆破の前に自分の屋敷を爆破? 九十九本人がいるのは公安やマル暴がいたことから確実。
 だが、そこに居たのが本物の九十九とは限らない。もしかしたら身代わりが元々住んでいて、それを公安に見張らせて楽しんでいたとしたら。

 そう考えたら納得がいく。むしろそうであったほうが、宝生の事務所爆破や響の行方が分からないことや、電話すら取り次げない様子からして十分納得が出来る。
 ここ数十年、九十九自体を間近にみた者はいない。側近とされるものさえも実態はよく分からない有様だ。

「組長、耀さんから電話です」
「響から連絡でもあったのか?」
「いえそれが妙なことを申されておりまして」
 電話を取り次ぐと、耀は慌てて話し出す。

『あのね、響の背広に面白いから発信器付けて遊んでたんだ。小学校に入ってから響の迎えなくなっちゃったし、つまんないから』
「それで、今どこにいる?」

『それが、会社じゃない。グランドホテル品川ってところ……電話繋がらないから営業かと思って、ホテルで呼び出してもらったけど、響いなかったよ。ついでに三束(みつか)も呼んでみたけどいなかった』
「盗聴まではしていないんだな?」

『そこまでしたら会社の機密情報が漏れたら響が疑われるからやめてた』
「次はしっかり付けておけ」
 楸はそう言い切って、二連木(にれぎ)に指示を出す。品川ならこっちからの方が近い。
 そうしているうちにやっと三束から連絡があった。

『すみません、急に携帯の電波が途絶えて焦って、ニュースはカーナビで見ていたので、大阪の速報が出た時にまず響さんを確保したほうがいいだろうと思って探したんですが、会社内にいなくて。同僚の方にも探して貰ったんですが、どこにも……』

「お前は今どこから電話をしている?」
『ここ、隣の駅なんです。会社の一帯地域で電話線が切断されたらしくて、会社の電話も使えない上に、電波探しながら歩いてきたら隣駅まで……』

「つまり、響の会社周辺だけ偶然にも事件が起きた時に電話も携帯も使えない状態になったということだな?」
『そうです。用意周到すぎて気持ち悪いです。あ、会社には部下の方を残しておいてますので、もし俺が連絡付けた後にでも見つかっていたらいいんですけど』

 確かにここまでやられたとしたら気持ち悪い。
 人一人連れ出す為にここまでやった人間はいないだろう。

 電話線の集合アンテナを壊し、携帯のアンテナも広範囲で壊している。明らかに外部との連絡を取りにくくしているのは確かだ。更にこの爆破事件、道路の交通網が麻痺することや、電車が緊急停止して運転を見合わせることも計算にいれていなければこんなに綺麗に消えることは出来ない。

『でも、そうなると、不思議なんです。会社の玄関は俺らが見張ってたし、響さんが何も連絡なしに消えることはないだろうし。それに裏口から出た不審な人間はいないって言われて』

「不審じゃなければ誰が裏口から出入りした?」

『えっと……それが清掃員だけなんです。でも人間抱えてたとか隠してたとか、そういう風でもなかったそうで。それにその人、三ヶ月前からそこで働いている人らしいです。派遣会社から来た人間とまでは突き止めました。名前は高木浩介、55歳。住所は本人が言っていたところだと、品川のアパート。後は派遣会社からの履歴書みないと詳しいことは……』

 それ以上聞き出すのは確かに無理だ。派遣会社から清掃業者に派遣され、そこで履歴書を入れ替えることだって出来る。下手したら似たような格好顔立ちを使った入れ替えもあるだけに偽装可能な今回も派遣から送られた本人の可能性はゼロに等しい。というか、あり得ない偶然で清掃員が消えるのは、明らかに社内で響を拉致したとしか思えない。

 それらを示し合わせると、一本に繋がることはある。
 響の身柄を押さえてから爆破事件を起こしているということだ。しかも東京が最後だなんて明らかに都心の交通麻痺を予想してのことだ。響を遠くへ連れ出す為には、東京の爆破はどうしても最後でなくてはならないのだ。

 忌々しいことに、響を連れ出し中に携帯や電話アンテナを爆破し、連絡を取れなくさせてから、大阪の九十九屋敷を爆破、それに気付いて響を探して社内を動き回っても、とっくに連れ出した後だ。指示を貰おうにも電話は使えない。これだけでも十分時間は稼げる。連絡出来る距離まで稼ごうとしたら爆破で移動を麻痺させて、更に時間を稼ぐ。ここまででも一時間は優に稼げたはずだ。

 おまけに響を探すはずの宝生自体が爆破騒ぎで混乱中ときている。
 出来すぎていて気持ち悪い。見事過ぎて、腹正しい。

 しかし耀が勝手につけていた発信器だ。あれは予想できただろうか?
 いや、きっとそこまで予想していたはずだ。向こうはこっちがそこまでやっている設定で準備してきている。

 そこまで予想していたなら、盗聴器をつけていたところできっと相手は不利なことは何一つ言ってないはずだ。最後の最後まで嘘の情報を思い存分ばらまいていただろう。だから今回だけはなくてよかった。無駄な情報に踊る準備はこっちだって出来ていない。

 ただ本物の九十九が個人で動いているなら、こっちにだってやれることはある。