novel

ROLLIN'2-11

 宝生楸から盛大な置き土産を渡された大阪にある九十九(つくも)の隠し事務所は、最初の攻撃だけで5カ所。

 その後、一日置きに爆破が続き、最終的に九十九の持ち物と判断される事務所は全部で10カ所に及んだ。
 警察発表はまだなく、宝生が独自に手に入れた情報では、持ち主の名は全て違っていて、関連性を見つけることがまだ出来ていない様子だ。事務所の持ち主である人物に事情を聞こうとして連絡を取るも、どれも偽名と偽住所。電話番号に至っては、繋がりませんときて、持ち主にたどり着くことが出来ない。

 ヤクザの関連事務所であれば、大阪府警が把握しているだろうし、チェックもされているはずだ。
 そして調査をする上で問題の金庫をこじ開けたところ、億単位の金が出てくる始末だ。

 億単位の金を置いてある場所が爆破騒ぎに巻き込まれても持ち主が不明、持ち主が現れない現状、火威(ひおどし)の殺された幹部の隠し財産ではないだろうかという憶測が出ている。

 そして火威を襲ったのは、関東で唯一狙われた宝生ではないかと疑うものも出てきている。だが、そうすると火威の壊滅的な状況からすぐに宝生に標的を絞り、報復出来るような実行力があるかという問題も残る。
 更に九州のヤクザ界まで爆破するような理由が宝生にあるとは思えないのだ。

 宝生は九州のヤクザとはあまり付き合いがない。基本的に交流があるのは関西までで、そこまで進出するような動機も見つからない。

 むしろ、宝生と火威は、現在平和な関係があり、拗れていた様子はない。
 どちらともどちらにも進出する理由がないのだ。

 現在の取り調べで、火威は宝生からの先制攻撃とは思っていない節がある。それどころか彼らが疑っているのは内部分裂。最初疑っていたのは九十九の存在だったが、彼が死亡した現在、誰が疑わしいのかさえ分からなくなっているのだという。

 武闘派を謳っている宝生は先代時代からかなり大人しくなっていて、代が変わったあたりからインテリヤクザという転身を遂げている。元々上下関係が複雑に入り組んでいて内情はほとんど探らせない宝生は、公安でさえ手を焼いている。

 公安が地道に情報を集めていく中、宝生はその重要な情報を宝生ビル内にとどめてしまい、そこから盗み出すことはおろか、盗み見ることさえ不可能なのだ。

 内部は幹部以外は会議室がある部屋にはいけず、中を掃除するのには業者さえ使わず、自分の会社内で徹底的に監視体制を引いて、自分たちで掃除をしている始末だ。

 宝生のビルの見取り図を手に入れたが、はっきり言って意味はなかった。内部に入るには1カ所しかない入り口から入るしかなく、そこは空港以上の厳戒態勢で内部に入る者の身元や持ち込めるものも限定されて、ネジ一つでも検査に引っかかる計算なのだ。

 一度IDを手に入れた警察が内部に入り込もうとして失敗している。
 厳戒態勢であってもIDさえ誤魔化せば潜り込めると思ったのに、エレベーターに設置された指紋と網膜確認の不意打ちに合い捕まえられたという。

 5年かけて警察が送り込んだ組員でさえ、未だに上層部に上がるエレベーターには乗れない。どういう基準で上に上がれる人間を選んでいるのかさえ、現場の人間も分かっていないのだという。

 宝生楸がトップになってから、徹底的な情報管理が行われている現状しか分からないという結論が出るだけだ。

 そこで彼の自宅に出入りする民間人である月時響の存在を使って内部の情報を知ろうとするが、彼は本当に何も知らないときている。会社では普通のサラリーマン、自宅では家政夫。

 彼の携帯を傍受するもそこで宝生内部の情報が分かることはほとんど知っていることばかりだ。

 彼の過去を調べてみたが、彼が宝生と強い繋がりがあるわけではない。彼の母親が宝生の本妻の実家の病院に入院中に何者かの襲撃で惨殺されていることくらいだ。その事件さえ解決しておらず時効を向かえている。梓の経歴を調べると弟がいて、やっとその弟の戸籍から父親が神宮領(しんぐり)の片腕であった人間にたどり着く。けれど、その両親の結婚生活はたった三年で破局し、その後の繋がりは一切ない。

 響や雅の父親が誰であるのかもまったく分からない上に、響が生まれて4年ほど彼が何処で育ったのかさえ分からないのだ。

 彼らの伯父である清風を調べると、出てくるのは医者の免許を持つ人間で外科医として関西で研修生をした後、東京の診療所に移っていることは出てくるが、清風が東京に移り住んだのは姉の病状が出産時期に悪化したことと関係があるくらいだ。

 梓の過去を探っても、まったく男の影は見えず、キャバクラを辞めた時期と清風が東京へ移り住んだ時期の間には空白しかなかった。その間に何かあったのだろうと探っても何も出てこない。

 梓が入院していた長野の病院は、宝生の本妻の実家だったが、そこに入院させた清風と宝生の本妻との繋がりは一切無い。今更調べようにも、梓の担当をしていた当時の看護婦は病院襲撃の事件で殺されており、当時の梓がどういう状況になっていたのかさえ調べようがないのだ。

 3年ほどの入院期間中に梓は響を妊娠したことになっているが、その父親に関しての情報は一切無い。とうの梓が精神的な病気であったのと見舞いに来るのは清風と梓の娘で父親が分からない子が来ていた情報しかない。

 分からないことだらけで、空白の部分が多すぎる状態が、警察を混乱させてしまっていた。

 響や雅には親友と呼べるような存在はなく、貧乏であったことから人付き合いや親戚との交流もない。親類なら何か知っているかと調べてみると、月時家の親類はみな怪死しているという情報しか入ってこない。親類の事件も犯人が分からないまま時効が成立し、真相は闇の中という結果だ。

 絶対に何かあるはずなのに、何も出てこない不思議。
 月時家に関しては、彼らの一族が何をしたのかさえ理解出来ない。その関係筋を調べていて、やっと遠縁で一切交流がなかったであろう生き残りの女性が一人、九州一のヤクザの妻になっていることが分かった。

 今回の事件を調べていて偶然分かったことだが、それにしては接点のない月時家の血筋まで命を奪われている事実に、担当していた警視庁の組織犯罪対策部、通称マル暴の刑事は頭を抱えて唸ったくらいだ。

「犯人は火威(ひおどし)に恨みがあって、宝生にも恨みがあって、月時家にも恨みがあった人物かよ。って誰だよそんな人間は!」
 そう言いたくなるのは仕方ないだろう。

「しかも爆破ですしね。やることが一々デカくて、理解しようがないです」
 捜査をしている刑事がぼそりと呟く。

「昔なら火威(ひおどし)関係なら、神宮領(しんぐり)事件ですよね。あれデカすぎて謎が多いですし、その後の宝生も襲撃されてますし、でも九州の方は無事だったけれど、月時家は全滅。一体そこに何があったんですかね? 月時家ってそんなに重要な人間ですかね? 調べたところで梓と清風の父親が、神宮領の先代の片腕だったということくらいで、他は民間人です。真面目に会社にいってサラリーマンして、田舎で暮らしてほのぼの老後を送っていた人間。そんな全国に散らばる一族を根切りにしたって理由がさっぱりだ」

「理由……今更なんだよな。九州関係はほんとに今更だよな。月時家に何かあるんだったら何故昔にやっておかなかったのか……まさか知らなかったってことはないよな」
 この辺は誰にも理解出来ない部分だ。

 刑事二人は現在、妙な手紙の内容を確認する為に大阪のあるマンションを調査する道すがらに、今回の事件について話し合っていた。
 警察には犯行声明文が山ほど届いているが、調べる限り愉快犯ばかりだ。

 その中で一つだけ引っかかる妙な手紙が混ざっていた。投函されたのは東京の代官山で届いたのは昨日のことだ。

 「大阪のマンションはとても見晴らしがいいらしい。確認してみるのも面白いかもしれない」という内容とそのマンションの住所だ。

 住所を確認してみると、そのマンションは九十九の屋敷の近くにある地上30階建ての20年前に出来たマンションだった。今回の事件では被害は受けていないが、ここに何があるのか確認して来いというのが上司の命令だ。

 そのマンションに到着すると、マンションの住人が引っ越し作業をしていたりする。やはり近くで爆破騒ぎがあったので逃げ出しているのかと見ていたが、妙だった。

 爆破騒ぎが始まって二週間。逃げるにしても引っ越し先がそんなに簡単に見つかるとは思えないし、ここから逃げ出したところで、まだ大阪内では一日一件の爆破騒ぎが起こっている。どこへ逃げても無駄かもしれない。下手したら引っ越し先が爆破に巻き込まれる可能性だってあるだろう。

「こんないいマンション、簡単に出ちゃうんですかね? ここ分譲マンションでしょ?」
 暢気に一人の刑事、阿部が言うのと同時に、もう一人の刑事杉浦が顔をしかめてしまった。

「どうしました杉浦さん?」
「やべー、俺、ヤバイもん見た」
 杉浦はそう言って引っ越し作業が終わるまで、近くのバス停から動かなかった。

「何、見たんです?」
「公安だ」

「へ? 公安? え、でも、公安ってなんで知ってるんですか?」

「前に現場で事件持ってったヤツが、そこに居た。何度も事件持って行くんで、さすがに顔は覚えたんだよ」

 公安と警察ははっきり言って仲が悪い。公安は扱っている事件を捜査が進んだところで、勝手に持って行くし、現場を押さえたところで全部の証拠を出せと言って手柄も持って行く。当然その事件を扱っている刑事はみんな嫌な思いをする。楽して事件を持って行かれるのは納得が出来ないからだ。公安もまた秘密裏に扱っている事件を現場警察が荒らしていると思いこんでいることもある。よって仲は最悪なほど悪い。

「いやでも、なんで公安があのマンションに……って……あ」
 そこまで言って阿部は気付いたらしい。

「もしかして九十九の屋敷が一望出来るんですか、このマンション」

「出来るんだろう。しかし、それとこれは別ものだ。このマンションから九十九の屋敷が見えたとしても公安がそこを陣取ったとしても不思議でもなんでもない。今撤退してるのも見張る対象が爆破で粉々になったんだから撤退するのも納得だ。だが、この手紙は別の意味を持っているような気がする」

「別の意味ですか……どんな?」

「それを調べるんだろうが。ほら、引っ越し作業が終わって向こうは去ってくれた。心おきなく中を調べよう」
 杉浦はここに何かあると確信してマンションの管理人を訪ねた。
 マンションの管理人に尋ねることはただ一つだった。

「すまないが、最近、ここから引っ越したか、住人がずっと居ない部屋はあるか?」
 これだけだ。

「ああ、さっき引っ越した村山さん以外では……もう三ヶ月前になりますかね、アメリカへ引っ越すことになった真田さんだけですよ」

「その真田という人物について詳しく教えてください。出来れば当時住んでいた部屋も見せて貰えると有り難いんですが」
 杉浦がそう言うと、管理人は快くそれを受けていた。

 真田という人物は、真田正という50歳過ぎの人間で、20年前にこのマンションを建てた当時から住んでいた住人だ。職業はフリーライターで時々家を長く空けることもあった。真田を訪ねてくる人間はあまり多くはなかったが、出版社関係者が何人か出入りしているのを見たことがあるという。

 特に不審な点はなく、静かな住人で、苦情も出たことは一回もないし、問題を起こしたこともないという。

 フリーライターがこんな高級マンションを買えるのかという疑問には、真田は資産家の父が亡くなったばかりで多額の金が入ったらしいとのこと。なので仕事をしなくても生きていける階級の人間だと言われればそれ以上は突っ込んだことは聞けない。

 部屋に案内をして貰う途中で村山についても尋ねると、村山もまたマンションが売りに出された時に入った人間で、こちらは株をやって儲けた金で悠々自適の生活をしていたらしい。その部屋には人の出入りが多く、始終誰かが訪ねてきてたらしい。ただ不思議なことに、村山の友人たちは始終見るのに、村山自身を見ることははっきり言ってなかったようだ。今日の引っ越しも代理人が行ったのだという。

 その村山と真田の部屋が隣同士だったことを部屋の前で説明されて、杉浦は妙な違和感を覚えた。
 引っ越してきた順を聞くと、村山が先で真田が後だったという。

 真田の部屋にはまだ家具類が残っていた。アメリカへ行くのに日本から家具を持って行くよりは現地で買った方が安いので、こちらで処分してしまった方がいいのだろうと思ったがそうではなかった。

「真田さん、アメリカに行っても日本に戻った時は、ここに戻るから部屋売らなかったんでしょうが……ところで刑事さん、真田さん何したんですか? 二週間前に下の屋敷が爆破で木っ端みじんにされたんで、部屋に破片でも飛んできて部屋が傷ついてないか確認しようと思って真田さんに連絡を取ったんですが、教えられた携帯、繋がらないんですよ」

 どうやら真田本人と連絡が付かないことが現在の管理人の心配事だったようだ。もし何か事件に巻き込まれていたとして、刑事が訪ねてくるようなことだ。やっかいごとは好きではないが、管理人である以上、心配しなければならない。真田の承諾なく部屋を勝手に開けることはいけないことだが、本人と連絡がつかないなら、警察に任せてしまえばいいというむしろそうしてくれた方が楽という対処だった。

「まだ真田さんが何をしたのかはお教え出来ませんが、ちょっと事件に関係してる可能性があるので調べています。電話が繋がらないということも気になるところですし、警察でも行方探して見ますね。それでよろしいですか?」
 杉浦がそう伝えると、管理人はやっと安堵したようだ。納得して部屋を出ていってくれたので、鍵を預かって杉浦は先に入った阿部を追って居間に入った。

「杉浦さん……ここ、特等席ですよ。隣が公安というのは納得出来ますね。監視体制敷けば、ここから屋敷の状態が一望出来ますし、対策本部にはもってこいですねー」
 窓が一面ガラスで見事に九十九屋敷が見える。ここから望遠カメラを設置して観察すれば、中の様子は伺えるどころではない。九十九の屋敷は、庭がこちら側を向いていて、昔ながらの平屋の屋敷だったから部屋の出入りさえも観察出来ただろう。
 爆破された屋敷には警察が現在も現場検証をしているところが見える。

 部屋の外の景色に阿部が見とれている間に、杉浦は他の部屋を見て回った。しかし特に変わったことはなく、各部屋に家具があるくらいだったが、一部屋だけ何もない部屋があった。
 ちょうど居間の隣に位置する部屋で、ここを寝室にすれば気分的にいいだろうと思ったのに、よくよく考えたらこの家には家具はあるものの、ベッドがなかった。

 不自然だ。ここに戻ってくるつもりだったのなら、ベッドを捨てる理由もない。
 おまけにこの部屋だけ何もないのは更におかしい。ここを物置にするには日光が入るから向いてないことは誰にでも分かる。

 不自然すぎる部屋。隣は公安の部屋。
 その考えが交差して、ふと気付いた。

「まさか……隣が公安なのを知っていたのか? いやだが、ここまで用心深くしておきながら、公安が隣の部屋を後から買うか? しかしここからは九十九の屋敷が丸見え……この共通点」
 公安と密接する部屋には何もおかず開けておきながらも、わざわざ後から公安の隣の部屋を借りる理由。そしてここから九十九屋敷が一番よく見えることを知っていた真田という人物は、何者なのだ?
 金持ちのお遊びジャーナリストごっこにしてはターゲットが危険すぎるだろう。
 杉浦はそこまで考えて、上司に連絡をした。

 公安が隣にいた事実と真田と現在連絡が取れないこと。ここから爆破された九十九屋敷が一望出来ること。真田という人物が三ヶ月前にアメリカへ渡っていることや管理人に教えて貰った携帯番号を伝えると上司はちょっと調べると言って電話を切った。
 暫く待っていると上司から折り返し電話がかかってきた。

『真田正という人間が日本から出国した事実がない。携帯の契約について調べてみたが、真田の携帯は一ヶ月前に解約されている……一体どういうことなんだ。公安、九十九関係で真田という人間が浮かび上がったことはない上に、真田の携帯を契約したのは、加藤誠一という名義なんだ。その加藤誠一を調べてみたら、三ヶ月前から行方不明だ。おまけに加藤誠一は東京在住、引き落としされていた加藤の口座は一ヶ月前に全額引き出されて空っぽだ。更に口座が開設されたのが三ヶ月前だ。行方不明なのに加藤の部屋は今月分まで振り込みがされている……一体加藤に何があって、真田と繋がっているんだ?』

「加藤誠一が真田に、口座と携帯契約を売ったということですかね。で、その加藤は目的が済んだから消された……行方不明の理由はこれしか浮かびません。ということは、姿を消した真田正自体が問題になってきますね」

『公安が隣に偶然越してきたとはいえ、真田を調べないわけはない。一応の身元は確認しているはずだ。だが、真田を怪しんだ様子はないし、真田は綺麗に公安の隣から消えている。真田が加藤を消したとして、そんな怪しいことをやっている人物だとしたら、さすがに名前くらいは何処かに上がってくるはずなのだが……』
 そんな人物は浮かんでこないから困る。

『ああ、ちょっと待て』
 上司は杉浦にそう言って電話を置くと、何か部下と話している。

 そこに阿部が入ってきてキョロキョロと周りを見回している。その阿部に今上司に報告したことを話して聞かせた。阿部は暫く呆然としていたが、ふと思い出したように呟く。

「なんか、そんな事件、最近聞いた気がするんですけど……えーとなんだっけ?」
「思い出せ、阿部」

「えっと、口座や携帯契約が新規で、その後住民が行方不明の……ああ! そうだ! 宝生関係を調べていて宝生の不審な動きで分かった事件ですよ。あの、清掃員が全然違う人だったというヤツです!」

「ああ、確か爆破事件と同時に宝生が追っていたらしい清掃員だな……てっきり宝生が消したのかと思っていたやつだな。ん? あの清掃員、どこに潜り込んでいたんだっけ?」

「……月時響の会社です……ちなみに月時響は現在面会謝絶の入院中だとか……確認は取れてませんし、入院しているという病院も不明ですので姿を確認したわけじゃないんで入院しているのかどうかも怪しいですが、宝生があんなことになっているから、てっきり身の危険を感じて隠したんじゃって憶測でしたよね?」
 阿部がそう言っているうちに杉浦は段々と見えてくるものがあった。
 同じ手口を使っていたとしたら、この一連の流れがたどり着くところがある。

 真田は今までもこうやって同じことを繰り返してきたのではないか? しかし、それを真田がしたとして何になるのか。だがふっと思い出す。管理人は言っていたではないか、真田は取材だと言ってはたまに出かけていたと。あれが真田が誰かの戸籍や口座ごと乗っ取って行動していたとしたら、ここにいる真田も本物だとは言えないかもしれない。

 公安が調べても見つからない偽装が出来るとしたら、真田の父親が死んで遺産が入ったところは本当にあったことになる。その前に真田の父親を消してから本物の真田が消されて入れ替わっていたとしたら、偽装は可能ではないだろうか?

 その後20年、真田は入れ替わったままここで暮らしていた。
 こんなマンションを買えるくらいに裕福だったことは間違いないが、入れ替わったというのに、せっかく手に入れたというのに、真田は三ヶ月前に姿を消し、連絡すら付かない。ついた先は加藤誠一という行方不明の人間だけだが、その人物も一ヶ月前に消えている。
 真田はまた誰かに入れ替わっているのかもしれない。

「ぞっとしました……そんな人間入れ替えが簡単に行われているなんて考えたら……そもそもそんな簡単に他人になりすまして、生きている人間がいるなんて、怖いです」
 阿部が震えながらそう訴える。

 他人の口座を手に入れるのは実に簡単だ。今や口座は闇で簡単に手に入れられるし、売る人間も沢山いる。携帯も闇販売で手に入れられるし、そんな商売も成り立っているくらいだ。しかし、今回の場合は違う、口座も携帯も本人に手に入れさせてから、その人物の口も同時に封じているのだ。その人物の一時の時間を手に入れるためだけに。下手したら消した方法も案外自殺を装っている可能性も高いし、遺体そのものが出てこないまま失踪宣告が出て終わりかもしれない。

『杉浦』
「あ、はい」

『真田について情報が入った。まったく謎の情報提供者は随分真田を追っていたようだ』
 どうやらこのマンションへの案内状をくれた手紙の主は第二弾を送ってきたらしい。

「何が入ったんですか?」

『真田が学生の頃に留学していたことや、その留学先から送られてきたと思われる写真に丸印がしてあるものだ。真田は30年前に留学をした時にパスポートを申請しているが、その後再発行はしていない。おかしいと思わないか? 資産家の一人息子が財産を受け取ってから、海外旅行すらしないなんてな』

「えっと真田の父親が死んだのは、20年前だと思うんです。真田がここに越してきたのが20年前ということを考えるとその前に遺産を受け取っておかないといけないわけですから。学生時代に既に成人していたとしたら、パスポートの有効期限は10年あります。それまでは自由に旅行をしていたが、遺産を貰ったとたん、パスポートを再申請しなかった理由は一つしか思い当たりません。ここに住んでいた真田が別人という可能性です。真田について少し調べてみます。公安さえ見逃していた事実があると思うんです」

 杉浦はそう言い切って、上司に真田の再調査を願い出た。ちょうど真田の学生時代の写真が都合良く入ってきている。公安が調べて出てこなかった写真は、誰かが上手いこと真田の家から写真一枚すら消した可能性がある。

 もしかしたら偽真田は、何年かのスパンで入れ替わりをしたかもしれない。そうして真田の父親を事故か何かに見せかけて殺し、真田本人に成りすました。真田を調べた公安が別人である真田を同一人物だと決めたきっかけは、真田の実家の葬式からかもしれない。

 真田が大学を卒業してどこかで仕事をしていたとしよう。それを上手いこと辞めさせて、家も引っ越して、入れ替わった真田が真田本人の人生を少し作っていたとしたら、公安が調べたところで出てくるのは、入れ替わった真田のことしか出てこないはずだ。たかだか隣に住む住人を調べるのに、怪しいところがなければ、一年前なんて昔までは調べない。実家で葬式があったというなら喪主は当然真田本人であると考える。別人とはいえ、少しは真田に似ているのか、近所の人も怪しいとは思わなかったとしたら別人の真田の写真を持って聞き込みをしたところで、出てくるのは別人の真田が喪主だったという話だけだ。
 写真を携帯に送ってもらい、鍵を返す時に管理人に尋ねた。

「この人、知ってますか?」
 その写真を見せられた管理人はきょとんとして言った。
「この人誰ですか?」
 似ているという感想もなく、あっさりとした返事だった。

 真田の実家を調べて実家付近で聞き込みをしていると、本物の真田の留学時の写真を見せられた人たちはキョトンとして「誰だ?」という答えを出した。

 何件も当たってみて、やっと見つけた証人は、刑事が出した写真を見て、懐かしそうに言ったものだった。

「随分前、ちょうど正くんのお父さんの誠司さんが亡くなった時にも写真見せられたんだが、あの写真見た時は、お葬式の後だったから、正くんだと疑わなかったんだよね。正くんは高校からこの地を出て寮生の学校に入っていたし、それから15年も帰ってきてなかったから印象は違っても仕方ないと思って納得させていたよ。正くんは葬式から家を処分するまでずっとこっちに住んでいて、その時に昔話もしたし、うちの息子と思い出話に花をさかせていたから、まったく疑いようがなかった。けれどこっちの写真を見せられて、こっちの写真の方が絶対正くんだとはっきり言える。誠司さんの若い頃に似ているよ……今頃正くんについて調べるということは、正くん、殺されてたのかね。もしかして誠司さんも殺されたのかもしれない……あんな雨の日に車で出かけるなんて無謀なことだと思ったけれど、あれが事故じゃなかったというなら、納得出来る。誠司さんはそれはもう慎重な方だったから」

 真田誠司は交通事故で亡くなっている。どしゃぶりの雨の中、彼は何処へ行こうとしたのかわからないが、家を出て、市内に向って運転中に途中の道でスリップし崖下に転落し死亡した。

 警察の調査で事故死であると結論付けられて決着している。だが、当時はなかなか納得出来ない人も多かったらしい。だが、正としてやってきた人物は、それを不服としてもう一度警察に調査させるようなことまでしている。それでも警察の見解は変わらず、正は泣きながらこの地を去っている。
 随分と念の入った正ぶりだ。

 これだけの事をして入れ替わった。これだけの事をしたからには当分真田でいる必要が偽物にはあったということなのだ。

 真田が選ばれた理由はきっと簡単なことだったのかもしれない。15年も実家に帰っていない、肉親は父親しかいない。資産が手に入ったらあのマンションを買ったところでおかしい人ではない。

「だが、そうなると、公安が調べた真田は一体何者だったんだ? 20年も騙し続けた挙げ句、ばれてもいないのに姿を消す理由は何なんだ? 誰かのふりをするならまた戻ってくることもあっただろうが、アメリカへ引っ越すなんて言っているから戻るつもりはなかったってことだよな」
 杉浦が車の中でそう呟くと、阿部が肝心なことを思い出した。

「といいますか、なんで爆破事件の関連でこの情報が流れてきたんでしょうか? 調べてみたら公安がいた上に公安が調べた人物が、偽物の真田ということは分かるんですが、まるで情報を流している人は、真田がこの事件に繋がっていると言っているようにしか思えないんですよね」
 そう阿部に言われて、杉浦はまさかという考えが浮かんだ。
 真田を調べているうちに、この情報を送ってきた人物が総じて示しているのは人間の入れ替わりがキーワード。偽の真田の周りには、入れ替わりの人物が多すぎる。しかも成り代わった人物はしっかり消している事実。

「まさか、公安がターゲットにしている人間までもが偽物だったとか言わないよな?」
「……い、いやですよ、杉浦さん。公安が調べていた人間って、思いっきり九十九ですよ。本人確認は約30年前に警察が行っていて、その時の指紋で爆破で死んだのが九十九だったって分かってるんですから……」

 阿部はそれはさすがにないだろうと言ってみたが、九十九が偽の真田みたいな考えをしていたとしたら、下準備は徹底的に行っているはずと思えてきた。

「もの凄く馬鹿げている考えを言うぞ。口にしてないと頭がおかしくなりそうだからな」
「……はい、お願いします」

「火威(ひおどし)が神宮領(しんぐり)を滅ぼした結果、神宮領側にいたはずの九十九は火威に寝返っている。火威と神宮領の当時の勢力争いは、九十九が握っていたと言っても過言ではない。それは認めるな?」

「ええ、だから神宮領が殺された時、その場に居なかった九十九が疑われて調べられたんですよ。でもアリバイはあったし、その晩に捕まっているのにルミノール反応もなかったんですよね」

「しかし、九十九が入れ替わっていたとしたら、その結果は違っていたと思わないか?」
「えーと、本物の九十九がやっぱり神宮領を殺していた。で、偽物を用意しておいて、偽物にアリバイを作らせて、偽物に警察の任意同行を受けさせたってことですか……でも当時警察からもマークされていた九十九と入れ替われるほど似た人間っていないと思うんですが」

 ここが問題だった。
 九十九に似た姿をしていて、九十九と間違われるような人相をした人間。そうそう確保出来るものではない。整形では何かあった場合バレる可能性もある。

「居る。九十九の血筋なら居たはずだ。ノーマークだった九十九の親族の似ている誰かを成り代わりにさせていたなら、自然と入れ替わることは出来た。九十九が神宮領を裏切ることを前から準備していたとしたらどうだ?」

「えー……九十九の親族ですか。当時九十九は二十二歳。でも九十九の弟はまだ10歳にもなってなかったと思いますよ。他の親族の方は……調べていないので分かりません……だって、入れ替わりなんて誰も思いも寄らなかったと思いますー」

「だが、おかしいことが幾つか解決する。あれだけのことをして火威会の幹部に名を連ねながら、すっかり大人しくなって九十九組もさっさと部下に譲って、自宅に引きこもってしまった理由が説明できてしまう。完全に入れ替えを行ったからこそ、自宅で引きこもっていたのは九十九本人ではなかった。九十九一族はみな殺しにされているから、その偽物の偽物も用意しておいて、顔とか分からないように殺していたら、偽物だとは当時は分からなかっただろうし、疑わなかったと思う」

「いや、そうだとしても、本物はどこいっちゃったんですか?」

「……もの凄く飛躍すると、九十九は偽の真田だったんじゃないかと思っている」

「うあー、聞きたくなかったですー!」
 いきなり超飛躍して答えを出す杉浦に阿部が悲鳴を上げる。

 だが、それは違うと言い切れない状況に阿部は困惑する。飛躍しすぎだと笑われるかもしれないが、そうだとしたら、偽の真田がわざわざ公安の隣の部屋を借りたり、九十九の屋敷が見下ろせる場所に住んだりする意味が見い出せてしまう。九十九の屋敷を見張っている公安を見張っていたということに。

「もしそれが本当だとしたら、九十九ってもの凄く狂ってると思うんです。その要の真田の姿さえ捨ててしまったんですよ? 九十九は一体何をしようとしてるんですか?」

「この事件を起こしたのが九十九だったと考えたら、この無差別爆破事件の概要も見えてくる。九十九にとって火威(ひおどし)はもはや邪魔だったか、利用価値がなくなったか。宝生に至っては、神宮領(しんぐり)事件の時に何故か幾つかの屋敷や病院まで襲われているから何かあったのだろう。九州は分からん」

「九州が分からんってはっきり言わないでください。あれは月時家関係ではないか?って話が出ていたじゃないですか」

「……もう一つ嫌なことを言う。九十九は月時家関係に何故か執着をしていた。当時月時家惨殺を行ったのが九十九だったとしたら、今回の九州全滅も九十九がやったという説明が出来てしまう。月時響の生後の空白の4年間、誰かに匿われて隠されていたとしたら、その理由に九十九を挙げてもおかしくはないことになる。しかも月時響の件で宝生がおかしな行動をしている。その清掃員の入れ替わりをしたのが九十九だったとしたら、月時響が面会謝絶で入院しているのが確認できない以上、九十九が何かしたと判断しても十分じゃないか? だって九十九には宝生は因縁の相手だったかもしれない、その宝生の組長に打撃を与える目的でも、月時家関係で打撃を与えるにしても、いや一石二鳥だったとしたら九十九にとっては月時響という存在をどうにかすることは、十分宝生への打撃になると思わないか?」

「あーもー、杉浦さんやめてください! 飛躍どころか大気圏突き抜けてると思います! たった一人、とは言っても数人程度の仲間はいたと思いますが、影で動いている九十九が設置した爆弾にヤクザ界が翻弄されてるだけだって言われても、すっごい困ります」

「だからそれも入れ替わり後に30年かけて計画し準備していただけだとしたら? お前がいうように九十九は狂ってる。一度走り出したら目的を達成するまで止まらない。神宮領事件が長引いたのもそのせいだ。今回も同じだとしたら、同時爆破が日本全土を震撼するほどの事件だったとしても、九十九には大したことじゃないかもしれない」

「もう、公安を前に喋って、鼻で笑われてしまいたいです……」
 杉浦の妄想が酷すぎて、いっそのこと公安に真っ向から否定されたい。
 九十九は死んだ。絶対に死んでいると言われたい。そうじゃないと安心できない。

「俺も……そうして貰いたい」
 杉浦は吐き出した言葉の数々をお前の妄想だと否定されたかった。