novel

ROLLIN'2-12

「組長は、月時家について詳しいことはご存じですか?」

 その話を持ち込んできたのは、普段宝生の本家を取り仕切っている、老院の一人の息子、犹塚(いづか)智宏という人物だ。

 犹塚組を解散した時、先代に引き抜かれて本家入りをした、一度ヤクザを辞めて、またヤクザの重鎮に収まったという変わった経歴を持つ人間だ。彼の息子は、その父の後を継いで本家の老人達を収め、更に導いていく内部指導に関わっている。その息子のことは楸も目にかけていて、一度は表に出るように言ったことがある。しかし彼は本家で楸に情報を流す役目を持ち、友好関係を築いている。
 その犹塚一族は、何故か月時響のことに関しては寛容であった。

「月時家は、とても変わった経歴を持つ人間が時々現れる家なんですよ。長沢原組をご存じですね。九州のヤクザを収める組です。あそこの先代の妻が月時家の人間です。関西の野々山組の片腕と呼ばれている遠埜一徹という男がいましたよね、彼は生まれた時に認知されたなかったので遠埜姓を名乗ってますが、長井修郎という神宮領組の先代の片腕と呼ばれた男の子供なのは今や有名ですよね」
 静かに語る犹塚の言葉に楸は顔色一つ変えずに尋ねる。

 長井修郎といえば、かなりの武闘派で神宮領の先代と共に関西で一二位を争うほどの地位にまで高めた男だ。ただ長井は忠義を重んじる余りに家庭を捨て、更に実の子まで認知しなかった非道っぷりを見せている。その長井の認知をしなかった子供である遠埜も認知はされなかったが、長井の息子としてヤクザ界では有名だ。

「……最初の話は月時家の話だが、月時鏡というのが響たちの祖母って言うならまだ話は繋がるが、月時家生まれというだけで、実際はほとんど遠縁だろうからあまり関係がないはずだ。その後半に至っては、長井の話だろう? 何故長井が出てくる。彼は神宮領の家系でもないし、月時家の家系でもない」
 楸はそう言って不審がると、犹塚は笑って続ける。
 そう関係ない話になるのは仕方ない。だがここからが重要だ。

「その長井に一度は家庭があったことは話した通りなのですが、その妻だった女性が月時家の人間なんですよ」
 ここまで言われれば、話が通ってくる。

「では、梓と清風の父親が長井だったということか? 道理で清風がヤクザが嫌いだとはっきり言うはずだ。実の父がヤクザでその隠し子までがヤクザだっていうなら、嫌って当たり前だ。挙げ句、姉はヤクザの男に弄ばれて、ヤクザの子を二人も産んでいる……頭の痛い話だな」
 楸がそうそっけなく返している隣で、二連木(にれぎ)が呟く。

「……あの、響さんたちって、もの凄くヤクザのサラブレットなんじゃ……」

「祖父があの有名な忠義を重んじる長井で、父親がその神宮領……今じゃ宝生組長のパートナーですからね……エリートコースまっしぐら、あり得ない展開です」
 槙もさすがに驚いていた。そんな血筋だと言われたら、驚かないヤクザはいないだろう。

「月時家に親戚がほとんどいないのはご存じですよね? それも調べたところによると、親戚類はみな殺されているんです。あの九十九に」

「……ここで九十九の話が入ってくるのか、また頭が痛い話だ。清風が生き残ったのは偶然うちが保護に入っていたからで、九十九は月時の名のつくものは何でも抹殺して置いたということか。当時の九十九の狂いっぷりを見ると、雅を生かして置く理由も納得だ。月時家に九十九の血を混ぜることで、子孫が残ろうが、ヤクザ界ではもはやタブーになっている九十九の血をヤクザ界に入れる人間はいないと踏んだか」

 なんとも見事な狂いっぷりだ。当時月時家関係が九十九に抹殺されている事実を宝生の先代は知っていたに違いない。尚更月時と名のつくものを放り出すわけにはいかなかったのだ。

「九州の全滅は、月時家の血を引く人間を殺す目的だった可能性も出てきたな。あそこには月時鏡の血を引くヤクザが仕切っているんだからな」

 ヤクザ界を震撼させる目的にしては、大阪は火威、東京は宝生と目的を持って仕掛けているのに対し、九州だけは全滅という流れを納得させるには、この関係でしかないだろう。鏡の子供はそれぞれ九州のヤクザ界にどっぷりと浸かっている。孫の代までの関係でいくと、かなりの規模になっていたはずだ。この際だから一気に片付けたのも納得だ。爆破が派手であればあるだけ九十九が疑われる理由がなくななるからだ。

 清風が生き残っている理由は簡単だ。彼は結婚などせずに孤独に暮らしている。子供を残す確率は低く、ヤクザを嫌っているのでヤクザの女と関係を持つこともない。

 九十九にとって邪魔なのは、ヤクザ界での月時家の存在だ。
 雅は普通に家庭を持ち一般人、それに九十九の血を引いているので、九十九はそれほど関心を持たなかった。

 月時響という存在を確認したのは、宝生と関わるようになったくらいからか。しかしその存在は宝生の組長のパートナーでありながら決して子供を産むことはない男で所謂情夫という存在。しかも実態はただのサラリーマン、それほどの危険性は感じないだろう。

 九州の月時家の血筋からすれば、それほど大きな存在ですらなかったと判断されたとしてもおかしくはない。

 むしろ、月時という名の付く男が、ヤクザの情夫をしている事実の方が、彼には面白おかしかっただろう。梓の子供だとしても、何にしても、あの血筋が踏みにじられている事実は彼を満足させていたに違いない。あの長井の孫が、散々嬲った梓の子が、男なんかに囲われて生きている。それだけで九十九留飲を下げることになっていたことは間違いない。

 ただ誤算は、その子供が神宮領黎真(しんぐり れいしん)の子供だったという事実だろう。その事実は響に接近して誘拐するまでに至っている。月時の名を持とうが、顔が梓に似ていようが、九十九にとってはどうでもいいような衝撃があった。

「結局、なんだかんだと響のことを認めたのは、あの長井の孫だったことが原因か?」
 ふっと思い出して楸は犹塚に言った。楸には響の祖父のことなど関係ないし、そうだと言われてもピンとも来ないのでどうでもいいことだ。だが、本家連中にとってはそれでも重要だったらしい。

「迂闊に神宮領の子だという言い方をする人はいませんが、一部の方は先代の庇いだてする様子から、響さんはかなり重要な人物の隠し子なのではと予想していたと思います。なにしろ九十九が血眼になって殺し回った月時家の一員です。当時囲い込むにはただ爆弾を抱えるだけでしかなかった存在なのに、先代は響さんの安全の為には尽力を惜しまなかった事実もあります。ただの馬鹿でない限り、そこには余程の事情があると勘ぐることは出来ます。あんなにすんなり認めた要因もそこにあろうかと。それを知らないものにでも長井の名は十分大きかったようですがね」

 長井は神宮領の片腕だけではなく、神宮領黎真の教育係でもあった。神宮領の信頼は一心に受けていた上に、武闘派としての彼は見事なヤクザだった。長井の経歴や実績はヤクザ界では有名な武勇伝として語られているくらいだから、その名は亡くなった現在でもかなり大きい。一般の素人とは血筋が違うとはっきり言える。その証拠に長井の子であると判明した遠埜は、長井のように重宝され、今や関西の二番目に大きな組の若頭をしている。

「犹塚、お前が神宮領の名を出すということは、最初からお前はそれを知っていたということか?」

「ええ、私の父は当時、先代より直接月時家と関わりを持っていた一人です。当然そこで何があったのかは知っています。なにより、梓さんの出産後に響さんを一時期預かったのが父なんです。私は当時10歳の小学生でしたが、響さんのお世話を4年ほどしておりました」
 その犹塚の告白に楸はやっと納得が出来たとばかりに息を吐いた。

「お前が響に異様に親切だったのは、それがあったからか……」
 楸の納得に犹塚は微笑むだけだ。

 昔、散々世話して可愛がってきた子が、本家でいいように扱われないように、彼は彼なりに行動していた。彼の父に至っては、神宮領の名を出すことなく、宝生の懐に響を入れた方が安全だと考えた。下手に外で子供なんか生まれた日には、九十九の逆襲が響を襲う。月時家の長男がヤクザの慰み者になっているという事実が事実であればあるだけ、響の安全は確保されていたのだ。

 そこでふと楸は気付く。先代が月時家に金を貸すことをよしとせず多額の借金を背負わせたわけを。

 九十九(つくも)から見て、月時家が惨めであれば惨めであるだけ、月時家の安全は確保される。利子はなかったし担保もないのは九十九から見ても納得出来る理由がある。苦労して月時家を庇うくらいだからそれくらいの温情はあっても普通だと考える。しかし調べれば調べるだけ、月時家は宝生というヤクザに借金を返すためだけに一生を使い果たす計算になる。一生苦労して嫌いなヤクザに縋っていきていかなければならない事実を落ち着いた後に知った九十九を更に安堵させたはずだ。

 ヤクザ嫌いという清風はそれを頼って生きていくしかなく、その姉の子は死ぬまで借金を背負わされていくのだから。挙げ句、月時家の名を継ぐはずの長男がヤクザの情夫となれば、笑いが止まらなかっただろう。

 だが、それも九十九自身が響の姿を確認するまでのことだった。

 誰も気付かないはずだった、響と神宮領(しんぐり)の繋がりを九十九が知ってしまった。彼にとって事実は裏付け出来るものではないだろうが、似ているだけで彼の興奮を抑えることは不可能だったわけだ。

「しかし、九十九を止めることは出来なかった。彼は父同様に、響さんの姿から一発で神宮領の子供だと結論付けてしまった。写真だけではきっと確認出来なかったことでも、実際会ってしまえば、似ているどころの話ではないようですから」
犹塚は言って沈黙する。

 父は育った響を目の前にして驚愕したという。神宮領黎真(れいしん)という男を間近で見てきただけに、あまりにも似ている体つきや、あの目は誤魔化しようがないのだ。

 普通写真で確認する時は顔写真と決まっている。顔だけなら響は梓に似ていて、到底神宮領とは結びつけようがない。だから今まで九十九を誤魔化せていた。だが、実際にあの目を見て、あの姿を見たとしたら、あれほど神宮領に執着していた九十九を誤魔化すことは不可能だ。

「だろうな。俺も神宮領の姿を写真で見た時、どこかで見た、それもよく知っているシルエットだなと引っかかったくらいだ。ちょうど神宮領が死んだ時期と響の年齢もあるだろう。ほどよく似た存在が目の前に転がり込んできたら、あの神宮領狂いの九十九が何を思うかなど明白だな」
 そう呟いて思いっきりため息を吐いた。

 あんな神宮領狂いと趣味が同じだと言われているようでとても嫌だ。

「組長は、響さんを取り戻しますよね?」
 あまりにのんびりしている様子の楸に犹塚が確認をする。あれだけ執着して騒動を起こしてまで迎えたパートナーなのに、それをあっさりと九十九にくれてやるつもりなのかと疑いたくもなく。

「今のところ、九十九の足下を崩してやっている。まあ、うかうか出てきてくれれば万々歳のところだが、そこまで踊ってくれるとは思えない。こちらの反撃にうんざりして響を返してくれるなら話も早いが、二週間様子を見てやっているがどうやら意地でも返す気はないようだ。よって内部分裂でも起きてくれないかと期待している」

「……あの、九十九のことではなくて、響さんのことですよ」

「響を取り戻すことは九十九をどうにかしなければ話にならんことだろう。大体居場所もはっきりと分からないのにただでさえ忙しい組員を動かして肝心な時に勢力が持たなければ、響どころの話ではないんだ」
 楸がそう言い切ると二連木(にれぎ)がやっと納得したように言った。

「だから組長、とても暇そうにしているんですね。肝心な時に動きたいから」

「響に危害が加えられていないのは確認した。九十九は一晩経っても手も足も出ないことを自覚している。つまり、最終的には押さえられるとしても、ある程度までは響でも九十九と互角に戦えるということだ。俺が助けにいくまでもない、響は自力で状況をなんとかすることを考える。伊達に耀(あき)の教育係をしているわけじゃないしな」

 楸はそういう意味では響を信用している。九十九に関しても響に対して神宮領と同じ事はしないという確信がある。二度目はない。神宮領の血はそこにしかない。一度失った恐ろしさを知っている九十九が二度同じ事を繰り返すはずはない。

 響にとっては九十九は始めは訳が分からない存在だろうが、九十九を見ていく中で打開策も生まれてくる。
楸がちびちびと反撃しているのは、九十九の足下をわざとゆっくりと破壊しているだけだ。

 この二週間で響にはある程度、九十九の行動も分かってきただろうし、パターンも理解出来るようになっているはずだ。
 こんな反撃に対し九十九の反応が一切無いのは、いい兆候だ。あれほど自己主張が激しい九十九が響に手を出したとしたら、自慢しに電話してくるはずで、そうしたことがないことが、十分九十九に攻撃が効いていることを教えてくれる。

 とりあえず、響は捕らえたから、あとでゆっくりなんて考えているなら、それこそ九十九は自分の首を絞める結果になることを九十九自体が気付いていない。

 楸にとって響が神宮領の子であろうが、なんであろうが、そこはまったく気にならない。だが、九十九は気にするあまりに大事にし過ぎるだろう。

 九十九はきっと最後まで自分がどんな爆弾を抱え込んだのか気付かない。

 神宮領の子なんてまだ可愛い爆弾だ。響はあの耀を育てている化け物なのだ。身内でさえ持て余すほどの天才を育てている。そのお陰なのか元々なのか、響の思考回路は時々一般人のレベルで語ってはいけない動きをする。
 その思考回路が冷静に動き出した時が問題だ。

「響は無駄に俺の傍や耀の傍にいるわけじゃない。犹塚、そんなに心配しなくても響は4歳の子供じゃないんだ。やるべきことはやる。そういうところに俺も耀も惚れていることを理解しろ」

 どうやら物騒な親子に惚れられた男にはそれなりに価値があるといいたいらしい。
 それとこれとは話が別だ。助けに行くのが遅くなれば、響に危害が加えられる可能性だって上がり、精神的に傷つけられるかもしれない。
 それを心配しているのに、楸はその辺はまったく考えていないようだ。

「俺がすぐに助けにいけないことは、響がテレビを見ていることから理解してくれていると思っている」
 薄情ではないと響が理解してくれているだけで、楸は冷静な対応が出来る。
 二週間前より自分をコントロール出来ていると思っている。

「だが、九十九にはそれなりに報復させて貰わないと、かなり割に合わないな」
 楸はそう言って物騒に笑う。
 そこで犹塚はやっと楸のことを理解した。

 この人は初めから怒っているのだ。怒っているからこそより冷静に動いているだけで、感情があまり外へ出る人でない分、実はやることなすこと結構無茶をしているのだ。
 最初こそかなり焦ってしまったが、九十九の目的が分かっただけで、今は向ける怒りの方向が全部九十九に向いていて、内部には向っていない分、暢気にしているように見えるだけだ。

 話している間にも、槙が積極的に動いて、下から上がってくる書類を回している。
 それを読みながらなので、話を聞いていないように見えてしまうし、興味はこっちにないのかと思えるが、それもまた違う。

 基本的に楸は同時に二つのことが出来る。話を聞きながら書類を読んだり、電話をしながらパソコンを使ったりという作業が日常的に出来ている。初めて見る人にはふざけている態度に見えるが、こうでもしないと仕事が終わらないのだ。
 たぶん、読書をしながらでも自分を狙ってきた人間を撃ち殺すことも余裕かもしれない。

「うちの倍額の損害を出してやらないことには、納得が出来ん」

  
 楸が電話で九十九(つくも)に言った宣言は、確実に実行されていた。
 先代から受け継いでいたネズミの存在を今動かす。この意味を知ったのは九十九の名前が挙がった時のことだ。先代は謎を沢山残していっているが、特に九十九関係に関してはその謎が多い。その一つがこのネズミの存在だ。

 大阪に沢山のネズミが存在するが、その大半は今や民間人になっている。
 普通の会社に就職し、普通の家庭を持つもの。または夜の世界で普通の居酒屋をしている者。ネズミは様々いるが、その中でも先代から仕えていたネズミは、現在あまり活動はしていない。

 そのネズミは対九十九用に用意された、かつては神宮領(しんぐり)の組に世話になっていた者達だ。
 ヤクザからは足を洗ったが、どうしても九十九に一矢報いたいという気持ちを先代が買って、今日まで密かに行動させていたというわけだ。
 その連絡網は現在も生きていて、彼らが爆薬を仕掛けたりしている。

「先代の土産で一発花火でもやろうか」
 その合図に答えて、全員が持っている起爆装置を次々に作動させた。
 爆破の場所を楸はまったく把握していない。それはネズミだけが知っている場所に各々が仕掛けたものだからだ。
 よって宝生からネズミの存在を絞り込むことは不可能だ。

 現に爆破がうまくいっているということは、ネズミの存在に九十九がまったく気がついていなかったということを意味している。思いの外ネズミは沢山いたようで、爆破箇所が重なることもない。
 各々が勝手にやっているというのに、彼らの連携は取れているのが不思議だった。

「先代はどんな手を使ったんだろうな」
 純粋にその方法が分からない。なので未だにあの親父に勝てた気がしないのが現状だ。
 30年近くも連絡場所しか分からない相手とどうやって連携を取れるのか謎過ぎる。

 彼らにはまったく宝生からの保護や保証はない。捕まったとしても彼らが宝生の名を出すことはない。 利害関係が一致しているだけで、そもそも仲間ではない。ただ一撃だけでも九十九に与えたいが為に集まっているに過ぎない。だが、その利害関係が30年沈黙を守っていたことが奇跡だ。

 中には待ちきれずに暴走する者がいたとしても不思議ではない時の長さだ。しかも利害が一致していた先代はすでに亡くなっている。息子が意思を理解していないかもしれない状態でも彼らは辛抱強く待っていた。

 一体何を言ったら、彼らがここまで待ってくれるのだろうか。

 そこまで考えて楸はこれ以上ネズミのことを考えるのを辞めた。意味がない。
 先代がこの作戦を実行させていたとしても、これはただ一回の反撃の為にあるだけなのだ。

 一人が追い詰めるのではなく、全員のちょっとした仕掛けが徐々に九十九を追い詰めるという全体を通して分かる作戦だ。個々に繋がっていなくても、一撃を与えたら、繋がっていない仲間にもすぐに理解できる仕組みだ。
 宝生とは関係ないという立場のネズミに意味を求めても無駄だ。

 九十九であってもネズミにはたどり着けない。なんと言っても九十九がまったく対策が出来ていなかったことが証拠だ。
 更にこの爆破の反撃は、宝生の組員はまったく知らないことだ。大阪で爆破が起こるたびに報告をしてくれるのだが、また東京でも何かあるのではないかと怯えている。

 とにかく警察以外の人間は絶対にマスコミであろうが仮事務所の中へ入れないことを徹底させて対策をさせている。この際なので、面倒ごとになる人間を事務所に入れないシステムでも作ろうかと考えているところだ。

 大体の仮事務所が決まったところなので、さらなる被害が出ないように事務所管理を徹底させ、再教育している途中だから、上がってくる報告以外は、楸は通常の業務を行っている。
 その片手間に適当にネズミを一匹ずつ選んで反撃するだけだ。
 そうして暇そうに仕事をしているところに、槙が報告を上げてきた。

「お待たせしました。なかなか設計図が手に入りませんで時間がかかりましたが」
 そう言って応接のテーブルにその設計図を広げている。

「へえ、よく手に入ったな」
 ソファに座りながら本当に感心したように楸が言うと、二連木が不思議そうに覗き込んでいる。

「何の設計図ですか?」

「九十九があの島に作った屋敷のものだ。先代でも手に入れることが出来なかったらしいから、かなり厳重に保管していたか、流出は免れていたらしい」

「設計した建築士のところには契約で設計図は残さない決まりになっていたらしく、建築士は本当に残してなかったんですが、大工の方が予備に貰っていたモノを残しているかもしれないと言うので一人一人捜してあたったところ、本人も先代が尋ねた時は破棄したと思っていたものが昨年の大掃除で出てきたそうです。また何かあるかと思って取って置いてくれたそうですよ。先代がちらつかせた報酬額を覚えていたみたいです」

「やっぱり設計図ごとき晒されたら困る弱点があるんだろう。うちみたいに盗まれたとて、まったく問題ない作りにしておかないとな」
 実際に公安や警察にも知られているが、今まで問題になったことはまったくない。

 設計図には書いてある情報とない情報が沢山ある。世間で出回っている設計図は漏れても問題ない情報だ。案の定、さっそく警察が引っかかってくれて、現在警視庁の刑事が組員として入っているのを把握出来ている。はっきり言って簡単だ。公安がこちらの情報を傍受しているのは分かっているので、同じ方法をこっちも取るだけだ。

 九十九が公安で遊んでいたのと同じようになってしまっているが、中に一人でも情報を流しそうな人間が居ると、組織は何故か安堵して次を送ってこなくなるから、仕方ないので飼ってやっている。

「これを小さく一枚に纏められるか?」
 楸がさっそく言い出すと、槙はやってますと答えた。

「二階建ての地下は一階か。当然金庫は地下だろうな。で、響が居るのはここだろう」
 楸はそう言って響が監禁されているだろう部屋を指さした。

「あー、なるほど。断崖絶壁であり、日の当たりも悪くなく、二階は一階とは孤立した作りですしね。たぶん一階には怖いお兄さんたちが結構いるんじゃないですかね」

「誰も入れない分、出るのも難しい。ドアには厚さ五センチの鉄板入り。こりゃ破ろうたって無理だな」
 十分九十九は対策をしていたようで、二階と一階の孤立した作りはさすがだ。しかし響の部屋がまさかこんな頑丈な部屋だとは想像以上で呆れたところだ。

「一体、ここに誰を入れる予定だったんですかね……建てた時はまだ響さんは見つかっていなかったでしょうし」
 不思議そうにその装備を確認した槙は、九十九にそこまでして閉じこめたい誰かがいたとは思えなかったので呟いてしまった。

「妄想部屋じゃないか?」
 その疑問に楸は簡単に答えを出した。

「妄想ですか?」

「ここに神宮領(しんぐり)を閉じこめて見たらさぞかし楽しかっただろうなという、九十九の妄想部屋」

「……とっくに骨になってるのに」
 骨になった人を閉じこめてどうこう妄想するなんてヤバイ人間だ。

「ちなみに神宮領の遺骨は納骨された後、ほどなくして盗まれているから、この部屋に飾っておくつもりだったんだろう」
 盗んだ犯人など九十九以外にいない事件だ。

「…………超弩級の変態だと認識を変えておきます」
 槙がどん引きしている中、二連木は響は大丈夫だろうかと心配になってきた。まさかここまでの変態だとは思わなかったのだ。

 九十九の狂いっぷりは一応劣化したものとはいえビデオで確認している。だが、それ以上におかしいのだと言われたら、もう何されていても不思議ではない。

「おいおい、二連木。あの変態は、響に殴られても喜ぶような歪んだ変態だぞ。刃向かわれているうちを楽しんでるだけ、今のところマシだ」

「……組長……どこまで変態度はあがるんですか……?」
「そうだな。あいつ、響に撃たれたり刺されたりしても笑ってるんじゃないか? 多分起き抜けの響に一撃食らっているはずなのに、妙に喜んでいる節があったし。まあ俺には絶対にない感覚だ」
 うんうんと頷きながら言う楸にさすがに言葉を返せない。

「ちなみに組長と響さん、どっちが強いんですか? いつも反則技で組長が勝ってるような気がして」
 槙がやっと復活してそうツッコムと、楸はふむと考えてから言う。

「響が本気で、俺に何の感情もなくて、最初の一撃を俺が躱せなかったら響の勝ちだろうな。あいつ攻撃だけは速い分一撃食らっても倒れることはないが、連続で二三発食らったらさすがの俺でも倒れる」

「でも響さんの本気見たことないんですが……」

「そりゃないだろ。響は基本的に俺の前で本気出したことないから」
 槙の言葉にキョトンとして楸が答える。その言葉は当然だろうという風に聞こえた。

「……え?」
 本気を出したことはないとはどういうことなのか。

「槙、常識的に考えろ。響がうっかり本気でも出してみろ。俺は本能的に獲物出して一撃で響を倒しにかかるに決まってるだろう。そんな危険があるのが分かっていて本気の殺気向けるほど、響は鈍くはないぞ」
 呆れた顔をして楸が言うものだから、槙は唖然としている。

「……ということは、響さんって、組長のこといつでも警戒しているんですか?」

「いや、警戒をさせないように、いつでも響の弱点を押してやっているから、警戒したことないんじゃないか?」

「弱点って、さっきから言ってますが、何なんですか?」
 二連木が不思議そうに聞いてくる。
 それに楸はニヤッとして答えた。

「俺の声で、響の名前を耳元で呼んでやること。これが一番効く。後は弱いところを全部触ってやりゃ戦闘力ゼロになる。なのでいつも勝ってるわけだ、俺自体が反則技だから」
 なんのことはない、ただの惚気だ。響が楸に惚れている間は絶対に響が楸に勝つことはないというわけだ。

「じゃ組長、この設計図から武器の場所なんか予想してください」
 惚気をスルーして槙が設計図に向き合ってしまった。
 それを気にせず楸もその話に乗る。

「そうだな。二階にも武器庫はある。あの九十九が自分の手の届かない範囲にだけ武器を置くとは思えないからな」

 そう言いながら印を付けていく。二階には1カ所。一階には専用の武器庫。地下にも武器庫はある。どれだけ持ち込んだのかは不明だが、あの島を武力でどうにかしようと思ったら、こちらも打ち落とされる覚悟で向わなければいけないようだ。

 さすがにヤクザといえど、戦闘機は持っていない。
 空から狙うには、ヘリ。海なら船だが、どっちも狙い打ちにしてくれと言っているようなものになってしまう。確実にやられる体制で挑むことは無謀というものだ。

 いくら組長のパートナーを助けるためとはいえ、その為に死んでくれとは言えない。
 響があの暗号に気付いてくれていたら、勝算はいくらかある。

 だが、その為に無茶をしなければいいのだが……その勝算を上げるのは後三日後にある。