novel

ROLLIN'2-15

「別の糸とはなんだ?」
 鬼頭は杉浦の言葉にそう返した。

『大阪の事件以来、大阪中の監視カメラのデータが大阪府警に集められているんだが、そのデータをちょっと拝借して何人かでヒント目印に探していて出てきたものだ。今回の大阪火威(ひおどし)会爆破と宝生組事務所爆破後のあの奇妙な関連性のない爆破事件の方だ』

 杉浦の説明に今も断続的に、いや一日に一回起っている大阪の爆破事件を思い出す。

「ああ、火威会の隠し金置き場じゃないかと言われている金庫ばかりが降ってくる爆破か」
 あいにくその担当は別に居るので報告だけは鬼頭にも入ってきている。

 現在、その金庫が降ってくる爆破事件は17カ所に及ぶ。見解では火威会の隠し金ではないかと言われているが、そうだとして誰がここまで詳しく爆破を仕掛けているのかは調査してもまだ分かっていない。

『そうそれ。そのどの監視カメラのデータにも法月(のりつき)が映っている』

「……あれは真田の裏金だったのか」
 確かにそれは名乗りでないはずだ。今まで警察に押収された金庫から見つかった総計金額は、かるく6兆円を超える。そのどれもが真田の持ち物だったとしたら、彼らは名乗り出られない。真田であろうが九十九であろうが、現状で名乗り出ることは、火威会との関わりやヤクザ関係を疑われてしまう結果になるからだ。

「ヒントって何だ?」

『ヒント「爆破は爆破でも全部同じに考えるからいけない」とさ。ヤクザ事務所と金庫が降る爆破を別に考えろってことだ』

 杉浦は簡単にそう言ってのけたが、この事件を別に考えるのは難しい。爆破という部分が一緒なのだから同じ人物が犯人であるという見解が出ているくらいだ。だが、情報提供者は杉浦の超飛躍した考えならきっと別に考えると思っていたらしい。実際杉浦はそうして法月というキーワードを探し出している。

「ということは、ヤクザ事務所爆破と金庫が降る爆破は別の人間がやっているということか。そうなると、ヤクザ事務所の方は真田が犯人で、金庫が降る方は、真田に何らかの損害を出さされた人間が報復でやっているということになるが……だが火威にも宝生にも九州にもその報復期間はないぞ」

 火威はあの爆破以来内部混乱が激しく収拾が付かない状態であるし、宝生は関東の各事務所爆破で事態は深刻である。九州は全土に及ぶ事務所爆破でもはや機能しているのかも分からない状態だ。そんな中の誰が報復を行えるというのか?
 すると杉浦はまた飛躍した考えを言い出す。

『そもそも、この事件の発端は何なのかってことなんだよ。俺が真田を調べるにあたってずっと思っていることは、事は神宮領(しんぐり)事件前から始まっていると思う。神宮領と九十九の関係が悪化したくらいから九十九の計画が進んでいたとしたら、九十九の偽物への入れ替えも長期間に渡って行われていたはずだ。当時の資料を読んでみると、神宮領と九十九の関係が悪化したのは九十九が二十歳になる前だ。ちょうど神宮領が関西一のヤクザに上りつめた頃で、普通の感覚なら九十九は優遇されていたはずなんだが、神宮領の方が距離を置きだしている。組建ててやったのに、神宮領は一体九十九の何が気に入らなかったのか、気に障ったのかわからんのだが、俺の推測を混ぜると、この時期ある人物が関西から関東へ逃れている時期と重なるんだ』
 また話が飛躍したが、ここは杉浦の思うまま喋らせるのが得策だ。

「それは誰なんだ?」

『月時梓とその弟清風が関東に逃げ出している。この逃亡の手助けをしたのが、たぶん宝生高なんだと思う。彼らの背景を今洗うと、月時家は宝生と借金という金の繋がりがあるんだ。梓が入院した場所が宝生の本妻の実家だってことや、清風が研修先を変えて東京の宝生高の同級生の診療所に身を寄せた、この事実からして宝生は月時家を庇っていた可能性が高い。清風の研修生時代にさかのぼって調べると、宝生が清風が研修生をしていた時期にその病院に緊急入院していることが分かった。緊急入院をしてなかったら宝生組長は死んでいたかもしれないから、救急病棟で最初に診断した清風に恩義を感じていて手を貸した可能性もある』
 熱く語る妄想に鬼頭は頭を抱えてしまった。

「なんでそこで月時家なんか出てくるんだ?」
 全員がそう思っている顔をしている。急に登場した月時家は何なんだ?と。

『俺もおかしいとは思うんだが、月時家を間に挟むとなんかしっくりくるんだ。この後の展開とかがな。俺が思うに、神宮領と梓は公には出てないが知り合いだったと思う、で、それを九十九が快く思っていなかったのかもって。考えてみろ、当時の資料や先輩から聞いた話によると、九十九の神宮領狂いは有名だったそうじゃないか。当時のあいつなら、神宮領に近づくものは排除しまくったんじゃないかってね』

「……確かに神宮領(しんぐり)に婚約者が出来るまで、神宮領の周りには女の影はあまりないな。プレイボーイだったという噂もあるくらいなのに、九十九と出会ったくらいから女の影がほとんどない」

 鬼頭もそこには気付いていた。愛人の一人や二人囲い込んでいるかと思いきや、神宮領の身辺は綺麗なものだった。お陰で彼には子供がおらず、隠し子さえ出てこなかったのだ。なので神宮領の直系の血は絶えてしまっている。

『そこで、ばあさんになった当時の店の持ち主に聞いて回ったところ、神宮領に近づく女はいつの間にか消えているという噂が立っていたらしい。月時梓は当時キャバクラで働いていたんだが、その店に時々神宮領が通っていて、梓をよく指名していたらしい。その梓は急にキャバクラを辞めて、数ヶ月の空白ののち、関東へ弟と逃げ、長野の病院に入院しっぱなしだったらしい。その梓が逃げた後、神宮領は急に九十九と距離を取っているし身辺を綺麗にし出した。それと間を置かず、宝生と神宮領の会合が何度も開かれている』

 鬼頭は頭痛がしながらも部下に時間系列をまとめて貰っていた。ある者は自発的に神宮領の情報を持ってきたし、ある者は宝生の情報を出してくる。
 全員が気になって仕方がないのだ。この突拍子もない仮説の行き着く先が。

 今まで月時家という存在をこの騒動に絡めたことはないので、神宮領と九十九の衝突はいきなりだったという見解しかない。九十九のなりふり構わない暴走を神宮領が嫌ったという説がもっともだが、ヤクザの世界において、あの時代、九十九のような暴走はよく見られたものだ。

 神宮領の片腕と言われたあの長井も九十九のような暴走をよくしていたから、まだ若気の至りくらいで調整出来たはずだ。神宮領の言うことなら大抵は聞いていたらしい九十九なら、神宮領が一言注意すれば、長井のような片腕的存在に化けたかもしれない。

 だが、神宮領自身はもとより、あの長井すらも九十九を毛嫌いしていたようなので、九十九が監視から逃れたところで何かタブーを侵していたのかもしれない。

「あの、鬼頭さん。月時梓兄弟は、あの長井の実子って知ってました?」
 資料を読んでいた者が恐る恐る尋ねてくる。

「初耳だ」
 今更そんな重要な話を持ってくるなといいたくなる。

『何が初耳だって?』
「月時梓が長井の子供だったということだ。つまり、ここでやっと月時家が繋がるわけか」

 長井が何故九十九を嫌うのか、そして神宮領までもが九十九を遠ざけたのか理由が出来た。そこに宝生が些細ながら絡み、さらに神宮領に近づくようになったのかも分かってきた。
 三者は微妙に繋がっていただけじゃなく、長井の子供たちを庇う目的で九十九を遠ざけていた人間達なのだ。

『過去を探るとまた過去を探らないといけないのが、この事件の特徴なんだ。騒動の発端は絶対月時梓なんだ。神宮領から遠ざけられた九十九が恨むのは、この時点で神宮領、宝生、月時家にまつわる人間と長井になる。じゃ神宮領事件で被害を受けたのは何処かというと』

「神宮領、宝生、長井、月時家か。ああ、九十九一族もそうだな。あの時分、長井の息子とされる遠埜はまだ長井の息子であることは隠していたようだから、難は逃れたというわけか」

『九十九が入れ替わりを完全に行った後、神宮領事件を起こしている。当然警察は九十九を疑ったし取り調べもした。結果入れ替わりが有効に働いて、本物の九十九は上手いこと逃げ仰せた上に事件を重ね、結局全部時効を迎える結果になった。当時の警察を恨むなよ、まさか九十九が入れ替わってるなんて誰が想像する? で、話を進めるとだ。九十九はそれから10年くらいは大人しくというか九十九らしくない行動をしていると思う。完全に人の人生を乗っ取り、その人になりきって生きてたはずだからな』

「なるほど、そうして真田の境遇や地位に目を付けたわけか」

『真田はそっちでも調べた通り、高校時代から一度も実家には帰っていない。だが貧乏でもなければ親子仲が悪いわけでもない。ただ田舎が好きではないからという理由で、真田は実家には帰ってなかっただけなんだが、これが九十九の計画にはぴったり過ぎたんだろうな。人の人生を乗っ取るのなんて、真田と入れ替わることを考えた時にはプロ級になってただろうし』

「ちょっと待て、九十九が誰かに成り代わりをするのが常だったような言い方だが、その証拠はあるのか?」
 杉浦はさっきから九十九が誰かに成り代わり、そうして地味に人生を送ってきたことを強調しているが、九十九がやった入れ替えは自分の偽物と真田だけではないだろうか?

『一番の最新情報をやろう。自称真田はつい最近、それも二週間前まで都内のある会社を清掃する清掃員に化けて潜り込んでいた。名前は高木浩介、しかし本物の高木は三ヶ月前から行方不明中。あんたらが持っていたらしい真田の写真をある組織が持ってきて見せ、この人物が面接に来たんですねって聞いている。高木と自称真田はなんとなく似ているらしいぞ』

「まさか、杉浦警部より先に真田を調べているという探偵か?」
 杉浦を追いかけて真田を洗っていた時に出た探偵が存在することは証言を得ている。しかし、妙な探偵だったと言っていたので、これはこの件と関係があるのだろうか。

『探偵かあ、俺が調べたところにも現れているとなると、出所は一緒なのかな』
 杉浦はそれは分かっていたようで、情報の出所には思い当たるところがあるようだ。

「お前、出所知っているのか?」

『超飛躍的でもないんだが、宝生組が絡んでる』
 杉浦がやはりあっさり宝生組の名を出すものだから、全員がそんな展開!?とぎょっとしている。

「何故宝生組がそんな情報を握って……いやどうやって真田から九十九に行き着いたんだ?」

『だからな、この事件は神宮領事件が発端なんだ。神宮領と九十九が衝突するのを知っていて当時から何かと世話を焼いていた宝生が、九十九の情報に詳しいのは当たり前なんだよ。九十九の隠滅したはずの調書を手に入れたり、真田の留学時の写真を手に入れたり、真田が怪しいと睨んで追跡調査したり、今になって真田が九十九でしたってバラす理由があるのは、今や宝生しか居ないんだ』
 杉浦はそういう裏付けは出来ないだろうが、ここまで情報を提供されれば、自分の想像と妄想を合わせても導き出せる答えは一つしかないと言うのだ。

「……何故今なんだ? 爆破事件を起こしたからか?」

『公安さ〜ん、馬鹿なこと言わないでくれよ〜。俺の話を聞いていたか? 宝生が今まで黙りを続けてきた理由は違うんだよ。キーワード出してるから解いてくれよ〜』
 そう言われて全員が唸りだした。

 事件の発端は全部約30年前のこと、神宮領事件が起ったことから。いや、その前だ。神宮領と九十九の仲を決定的に切り裂いたのは、杉浦の話だと、月時梓に何かあった後のことだ。

「あの鬼頭さん、月時梓に何があったのか分からないんですが、彼女には子供が二人いるんですよね。でも、時期的に彼女が関東に逃げ、そして長野の病院に入院した時に一人女の子を産んでます。その後、3年後に男の子を産んでるんですが……この子、4年くらい所在不明だったようです」

「なんだって? 何故所在不明なんだ?」

「それがちょうど生まれた日に、長野の病院が何者かに襲われて、月時梓が死んでるんです。それで子供は隠したんじゃないかと」

「誰が隠すんだ!?」
 そう鬼頭は叫びながらも答えが頭に浮かんでいた。

「……そうか……月時家一族惨殺事件……だから宝生が子供を隠したのか!?」
 呟いた鬼頭の言葉に反応して部下が時間系列に月時家惨殺事件を入れていく。

「鬼頭さん、これは酷いです。月時家惨殺事件と宝生組関係建物の襲撃の時間系列を並べると、北から下がってきて、南まで行き、最後に長野です。ついでとばかりに……九十九一族も同じ時間系列で並びます。月時家惨殺事件だけ追っても駄目ですし、宝生組を外しても駄目だし、九十九一族も外してはいけなかったんです。これ全部、同一の犯人の仕業と見るには三つこうやって並べてみるしかないんです」
 部下がそう言って出した物を全員が覗き込んだ。

 まさかあの事件の流れが全部同一人物の手で行われていたとは思わなかったのだ。
 神宮領事件後に起った様々な惨殺事件は、各捜査陣が担当していた。しかし、これを全て結びつけるものはいなかっただろう。月時家は一般人であるし、九十九一族は神宮領事件の九十九への別組織からの報復と考えられていたし、宝生の事件に至っては、関東のヤクザ関係の縺れかと噂に出るくらいで真相はまったく分かってなかった。

 その事件を全て日付順に並べると、見事に一年に渡り、北
から順番に事件が並ぶ。場所や移動時間などを考えても十分、同一人物の犯行だと見れるのだ。九十九一人でも十分犯行可能だ。

「こんな大きな事件同士が繋がるなんて誰が予想した?」
 一人が呟くと誰かが信じられないと呟く。

「でも、全部時効を迎えているんだよな……」
 もう30年前の事件だ。とっくに時効を迎えているし、中には生まれたばかりに起きた事件だから、ある特番で放送していたのを見ていたくらいの年齢のものも多い。
 鬼頭もまたその一人で、事件の概要をはっきりと知ったのは、公安に入り九十九の監視の役職についてからだ。
 だから、九十九の異常さはあまり理解していなかった。

「杉浦、お前はこの事件を投げるのか……」
 思わず呟いたところ、杉浦は笑っていた。

『投げちゃいないさ。ただ時効を迎えた事件を追うのは俺らの役目じゃないってこと。で、俺が今追っているのは、爆破事件の方だ。ただこの事件の犯人として俺が上げるのが九十九である以上、九十九の異常性については知っておかなければならないからな。お前らもそうやって事件を見直してみて九十九の異常性が確認できたと思う』

「……ああそれは確認した」
 確かにこれが九十九一人の犯行だったとしたら、九十九の異常性をはっきりと確認できる。こんなことを一人で行うような人間はまともではない。だが、そこには計画性のない事件ではなく、確実に九十九の計画的犯行であると証明できる。

 ヤクザ界で九十九がタブー視される意味をはっきりと理解できる事件ばかりだ。

 九十九はこの犯行を行う為に、自分の偽物を用意し、当時邪魔だった人間も殺している。あの神宮領事件後の混乱で、関西ヤクザ界は暗殺が相次いでいたし、そこからのし上がってきた火威(ひおどし)会に九十九の名が連なったのを見たものたちは、全員が火威に逆らうことは、九十九にたてつくことだと学んだことだろう。

 警察がいくら調べようと偽物から事件の関連性は見えないし、ヤクザ界はみな黙ってしまい情報は得られなかった。その不可思議な状況をヤクザ界が恐れて九十九とタブーとしておくのは当然の処置だっただろう。

『でさ、真田が九十九であるという俺の超飛躍の理由はまだあるんだ。真田が高木の名を使って潜り込んだ会社には、月時響という人物が居たんだ』

「月時家の人間か……響というと梓の子だな。宝生が隠してその後普通に生活をしていたようだが、結局宝生の情人になってるな。九十九はまだ月時家を狙っているのか?」

『どこでどうなったのかはまだ分からないが、九十九が月時響を誘拐した可能性がある。宝生側は月時響の行方を面会謝絶の入院で乗り切っているらしいが、その本人が入院した形跡がまだ見られない。おまけにだ。その会社周辺で妙な事件があった。携帯電話の電波塔をいくつか破壊し、さらに固定電話の機械まで丹念に爆破している事件。会社周辺では約10キロに渡って携帯電話が使えない状況だったし、固定電話もそれと同じくらいの距離が不通になっていた。その直後くらいに九十九の屋敷の爆破、九州の爆破、そして約一時間間を置いて宝生の各事務所の同時爆破だ。宝生はその爆破事件後に月時響の身柄を確保しようとして奔走しているが、交通麻痺やらなんやらで、どう考えてもその誘拐が起った時間には間に合わない計算になってしまう』

「月時響にはガードがついてなかったか?」

『そのガードが響の身柄確保の為にニュースで九州の爆破があった後、会社内を同僚たちと探し回っている。一時間くらい探し、一人が飛び出していった後に戻ってきた時は、事故に巻き込まれて救急車で運ばれたが意識が戻らないという報告をしている。そういう事情があるので同僚には面会には来て欲しくないと言い訳している。宝生は早い段階で、月時響が誘拐されたことを知って対処したことになる。その後に宝生が探し回っていたのが、高木という男だ。その日のうちに高木の家にヤクザらしい男達が押しかけていて、さらには品川のホテルに黒服の男が数人、清掃車を調べていた上に、警察だと言ってホテルの監視ビデオを持ち去っている。ビデオはコピーもなかったのでこちらも押収はできなかったが、清掃車は押さえられたが、指紋も何も残っていない。さらに高木の入った清掃会社にまで調査が及んで、そこで高木が偽物であるとはっきりと証明していっている。従業員が見せられた写真は別人のものだったから、高木であるはずがない。つまり宝生はこの段階で既に九十九が月時響を誘拐したことを認識していたことになる』

「宝生は、月時響に危険が迫っているのをいつ知ったんだろうか?」
 爆破騒ぎがあったとはいえ、月時響の誘拐を九十九が企んでいたと瞬時に悟るにはその情報がいつ手に入ったのかが謎だ。

『爆破があるまで通常の警備だったようだし、爆破が起った瞬間から行動が変わってる。つまり、爆破があった日に九十九に関する何らかの情報を手に入れたってことじゃないか? あるいは、月時響が神宮領の子だった事実を知った可能性もあるかな』
 杉浦の妄想炸裂に鬼頭はまた頭を抱える羽目になった。
 飛躍しすぎだ。

「……どうしてそこに飛躍する」

『俺の超飛躍的考えだからあんま気にするな。ただそう考えると、九十九が月時響にだけ執着する理由が見つかるってことなんだ』
 杉浦は自分の考えに当てはまる可能性を言っているだけだ。

 確かに宝生に対する何か脅迫があって九十九が響の誘拐を考えたとしても、爆破騒ぎまではやり過ぎなのだ。九十九が響だけの誘拐を考えたとしても、会社周辺の妙な事件だけで済んでいただろう。だが、実際は宝生の混乱を更に大きくしてまで月時響に執着する理由が必要になってくる。

「確かに九十九は神宮領に異常な執着を見せていたようだから、似ていたなら可能性はあるだろうが、こっちの資料じゃ、月時響の顔はどうみたって梓に似てるぞ」

『そうだな、それは俺も引っかかったところで、九十九も騙されていたことなんだと思った』
「どういうことだ?」
 杉浦も捜査をし始めてあらゆる方面から考えた結果、引っかかりは覚えたようだ。当然その引っかかりは九十九が響に執着する理由だ。

『九十九が誘拐してまでどうにかしたいなら、何も月時響でなくていいはずなんだ。同じ顔なら姉の雅でも十分だし、子連れの女の方が誘拐は楽だろう。それに資料によると響の方はめっぽう腕が立つらしいから、どうみたって人選ミス。しかも会社内から誘拐するにはもっと困難だ。そこまで困難であるのは誘拐する側だって分かったはずなのに、誘拐したのは月時響だ。そこで、そっちにも資料があるなら確認して欲しいんだが、月時響の全身が映っている写真と神宮領の全身が映っている写真、それ比べてみてくれ。俺はこれで少しは自分の仮説を信じたくらいだ』
 そう言われて響の写真と神宮領の写真を比べることになった。
 資料は沢山あるので幾つか出して見ていると、少し錯覚を起こしてくる。

「なんというか、背格好似てますよね……」
 一人が呟くと周りも頷いている。

「似てるからなのか? 誘拐した理由は」
 まさかと思って確認すると、杉浦はそうだろうと言った。

『たぶん、写真で見るより実物の方がより似ているのかもしれない。あれだけの神宮領狂いの九十九だったら、実物を確認して見てどう思うか。考えたら怖いんだけど。動いている姿が似ているのかもしれない。俺らでも似てるなーって思うくらいだったら、実物を知っている者の方が確実に確信出来るものがあったのかもしれない。それこそ九十九の計画が、この誘拐目的にすり替わるくらいには』
 杉浦が恐ろしいことを言い出した。

『俺はこの爆破事件は元々は九十九が長年かけて作ったものだと思ってる。これだけの爆破装置を設置するには、数年単位の時間が必要だろうし、準備期間もかなりかかるし、材料だってかなりの出費になる。というかこんな馬鹿げた計画するのは九十九くらいしか思いつかないのもあるがな。そこで俺が最初に注目したのは、関東で起った関西ヤクザの入出だ。大阪で爆破が起る数週間前から関西ヤクザが関東に逃げ出してきて騒動をあちこちで起こしている。これはとうとう東西ヤクザの戦争か?ってくらいに思った。だが実際に捕まえてみたヤクザが言うには、関西にいたら危ないっていう話なんだ。変だろ?』
 確かに変だ。東西ヤクザの戦争だったとしたら、関西ヤクザはどうみたって先発隊だろう。だが、当のヤクザは逃げてきたというのだから話が変になる。 

『そこで、何が危ないのかってなると、その時期にどうも火威会の内部抗争がありそうだという噂が出ていたらしい。関西一のヤクザの内部抗争だ、そりゃ嗅ぎつけたり噂を聞いた下っ端ヤクザは逃げるだろう』
「だが、内部抗争どころか火威会が壊滅寸前だぞ?」

『そこで話がおかしくなってくるんだ。最初は火威会の内部抗争だって話だったのに蓋を開けてみれば火威会が壊滅だ。さて、これに慌てたのはその計画を立てていた火威会の内部抗争を目論んでいた輩の方だ。あの跡取りの慌て方見たか? なんで自分を支持していた幹部まで死んでるんだっていう顔。それに事情聴取で何度も俺がやったんじゃない、これは何かの罠だ、九十九がやったんだって言ってるらしい。でもその九十九も爆破で死んだって聞いた跡取りは呆然としてたぜ。何がどうなっているって』

「つまり、内部抗争をしようとしていたのは跡取りで、その指示を受けて対立している幹部や組長を消そうと持ちかけたのが九十九だったということなのか……いやにはっきり喋ってるな。だが内部抗争を考えた跡取りでも、宝生や九州まで巻き込んだ大騒動まではしようとは考えてなかったんじゃないか?」

『そうなんだ。元々の計画では、火威会の一部で済んでいた話だったんだろう。ただ念には念を入れて、少しは関東や九州にも被害を出しておかないと、乗っ取るはずの火威が危なくなるから、一応の爆破計画はあったんだと俺は思う。九州を先に仕掛けて、関東の宝生関係を調べているうちに計画が変わったんだ。九十九が月時響を見つけてしまったから』
 杉浦がそう言うので周りがうーんと唸っている。

「あの、月時響って今28ですよね? 神宮領が死んだのも確か28だったかと……」
 部下がそう言うので鬼頭にも分かってしまった。

「生まれ変わりを夢見る50過ぎのおじさんの乙女な妄想が原因なのか、この爆破事件の真相は……」
 言ってしまって身も蓋もない真相だったので、鬼頭はあきれかえってしまった。
 九十九の神宮領狂いはまだ収まっていないということなのだ。似ている響を見つけて、今まで立ててきた計画や仲間を平気で裏切るような行為に出るくらいに。

『はた迷惑だろう? で、この事件を洗い直すと、発端は神宮領事件にあって、そこから九十九の計画は一部進んでたんだと思う。入れ替えを行った後、九十九は裏で資金集めをしながら暇なので片手間に公安をおちょくって遊んで、隣に住むというスリルを味わいながら、自分の偽物が住む屋敷を見下ろして高見の見物をしてたわけだ。時々誰かの人生を乗っ取り、手駒にして遊んでいたようだが』
 九十九の性格をよく理解しているような杉浦にはそう見えているらしい。

「だが、不思議なのは宝生の出方の方だが、何故今になって九十九が偽物だと情報を流そうなんて考えたんだ? 月時響を九十九から守るつもりだったのなら、この調書を手に入れた時点で、何故流さなかった?」
 昔に、いや手に入れた時点でこの情報を流していたら、捜査は一旦振り出しに戻り、本物の九十九を探す捜査が始まっていたのだから、鬼頭の不満も当たり前なのだ。
 だが杉浦は違っていた。

『そりゃ出来ないだろう』
 あっさりと出来ないと言われてしまった。

「何故だ?」

『宝生は元から九十九と派手にやり合おうなんて考えてなかっただろうから』
「だから何故だ!!」
 鬼頭にはまったく理解出来ない。だが杉浦は静かに語る。

『宝生としては、九十九には暫く落ち着いて貰いたかったんだろう。当時の九十九の行動ははっきり言ってそんなものでは止められなかっただろうし、警察や公安にはたぶん九十九の手が入っていたのかもしれない。下手に調書を渡して握りつぶされる可能性を考えたら、俺でも怖くて渡せないだろうな。どの段階でこの調書を仕入れたのかは知らないが、九十九はこの調書を持っていた人間も消しているだろうから、この調書が有効なのは宝生も知ってたんじゃないか? だったら手元に置いて九十九を牽制する手駒として取っておくべきだと判断したんだろう。こういうとなんだが、九十九と宝生はあの事件以来見えない相手に何が有効なのかを高じて、22年双方が沈黙を守った。そこには見えない均衡ってのがあったんだろう。それが崩れたのは、宝生の先代が死んだ後くらいからのはずだ。一番やっかいだと思っていただろう監視の目がなくなってちょうど6年だ。九十九がこの爆破事件を計画して実行に持って行く時間としては十分あり得る期間だと思う』

「……ヤクザにまで公安や警察が九十九と繋がっている可能性を心配されるとはな、皮肉なものだな。結局今まで九十九を黙らせていたのは、宝生の先代だったというわけか」

 公安には幹部にまで九十九の手が入っていた可能性がある故に、当時の宝生の先代の考えは間違っていない。九十九に対してこの調書を出していたら、確実に遠山管理官が握りつぶしていただろうし、警察にもまだその手が残っていたかもしれない。

 九十九が動き出したこの6年、内部もほとんど入れ替わり、当時の捜査官は上層部にいっているか、定年間近で騒動も起こしたくない者ばかりだろう。現場をさわれない以上、九十九が自分の手を送ってくるのは難しい。

 九十九が本格的に動き出した為に、公安にいた遠山管理官はもはや邪魔にしかならない存在だっただろう。遠山は当時もう既に使えない駒になっていたはずだ。周囲にも管理官として関わってきた遠山の存在が邪魔になり始めていたし、こうやって部下達は一様に遠山が関わった事件は何故か情報ミスが多いと思っていたからだ。あからさまな情報操作で遠山は自分の首を絞めてしまい、とうとう九十九に消されたのだろう。

 それに九十九が火威会を邪魔だと思っていたとしたら、火威会と繋がっている遠山管理官はただの邪魔ものだ。
 こう言ってはなんだが、遠山は九十九に遊ばれていただけだったのかもしれない。
 九十九が新たに行動するのに、そのおもちゃはもう必要なかったのだろう。
 杉浦の突飛な発想を最初は頭が痛いと思っていたが、間違ってはいない。
 九十九の異常性を理解した今なら、九十九ならやりそうな手だと思えるからだ。

「だが、九十九の資金源をどうにかしている奴らは一体何者なんだ? お前が言う通り、このヤクザ事務所爆破事件を九十九の犯行としたとしてだが」
 杉浦はこのヤクザ事務所爆破事件と金庫が降る事件を別に考えるようにヒントを出されている。そうなると金庫の降る事件は九十九を調べ上げた何者かがずっと九十九の資金源を調べ上げていたことになる。

『この爆破をしている人物は一人じゃない。爆発物を押収して分かったことなんだが、どの爆発物も共通点が見つからないんだ。爆発物ってのは作り手のこだわりってのがあるのはお前も知ってるだろう。似たような構造、似たような配線とかさ。そういうのが一切無い。まるで爆発物の展覧会みたいになってるぜ。それに一斉爆破じゃないところも気になっている。なんつーの? 真綿で首を絞めている感じ。あきらかに九十九に対して打撃を与えてはいるが、九十九の反応も見ている。この攻防戦の裏には宝生がいると感じるのはやはり月時響の誘拐が絡んでいるとみて間違いないはずだ』

「だったらお前らは宝生を捕まえることが出来るんじゃないか?」

『ところがだ。この爆破を指示したという確たる証拠がないんだな。宝生からの報復と考えられるのに、今の宝生からではないような奇妙な感覚つーの。また飛躍するけど、この爆破計画を立てていたのは宝生の先代だったんじゃないかって気がしてきてよ。九十九との静かなる攻防を続けていた先代が、もしものために用意した九十九対策だが、実働部隊との繋がりははっきりいうと絶対に出ないと思う。これは過去からの復讐だろうから』

「つまり、過去九十九から何らかの被害を受けたが、生き延びた人間が、九十九を追い続け、そしてやっと復讐をしているということか?」

『そう、たぶん神宮領事件から続いているんだと思う。だが30年前だ、今更当時の関係者を洗うのは無理だと思うんだ。九十九が30年も気付かずにいた存在になっている人間が今の合計でも17人いる。神宮領の関係者のはずだが、当時調べた段階で生き残っている者はほとんどいないから、その関係者の関係者というような複雑なものだと思うぜ。宝生が爆破指示を出しているとしても、宝生がやったという証拠がない。俺の思いこみで捜査したところで、何も出ないのはあきらかだ。宝生とこの関係者たちは、30年交流すら持たずにやってきたと思われるし、爆破の犯人が捕まったとしても宝生との繋がりは一切出てこないようになってると思う。俺らの捜査の中でも関西でそうした繋がりがあるような人間は一切上がっていないからな。この辺りは徹底している』

「爆破犯人を捕まえたところで、それはただ一つの爆破事件の解決にしかならず、その一人から横の繋がりも縦の繋がりもない上に、宝生との繋がりも出ないとなると、お前の管轄ではない事件になってしまうな」

『そういうことなんだ。今の爆破事件ではマル暴は犯人を捕まえることすらできないわけだ。おまけに九十九を追っても、今回の爆破事件では俺らは九十九を捕まえることは出来ても、手柄やその後の捜査は全部今ある対策本部に持って行かれる寸法だ。な、俺がやる気でないでお前に持って行って欲しいと思う理由にはなっているだろう?』
 杉浦はやっと最初に言った奇妙な提案の謎を解いてくれた。
 だが、そういうことなら、公安だってこの犯人は捕まえられない。
 今や世界も注目する事件だ。公安のように隠して情報を独占するようなやり方では、被害を受けた国民が納得しない。

 しかし、杉浦はこうも言った。
 この犯人捕まる気がしない。
 そして九十九朱明は、暴力団員であるが、もはやテロリストの一員だ。

 つまり、公安でずっと生きている本物の九十九を追えということなのだ。
 今度こそ、本物の公安の恐ろしさを見せてやれ。
 それが杉浦からこの事件の真相を受け取る為の条件だ。

「お前はこれからどうする?」
 鬼頭がそう尋ねると杉浦は面白そうに笑った。

『暴力団事務所爆破事件を追うのさ。ついでに九十九と宝生、そして神宮領事件の謎もな。それにこの九十九の動きからして、九十九は表舞台に戻ってくるかもしれない。だからそこから九十九を追う』
 そう杉浦は言って電話を切った。

 結局杉浦の妄想や想像力を掻き立てる事件は、神宮領事件の真相なのだろう。
 そこから発祥し、そして今まさに起っている爆破事件に至までの壮大な30年にも及ぶ事件の本当の真相。彼が興味があるのはそこで、それは公安が求めているところと根本は同じなのである。

「聞きしに勝る妄想と超飛躍でしたね……でも外れてないと思えるところが不思議というかなんというか」
 部下は初めて直に杉浦の妄想や超飛躍を聞いて驚きっぱなしであったが、杉浦が出す答えは間違っていないと思えたようだ。

 杉浦の話は先に結論を出すところから始まっているので誰でも驚くが、その流れを聞くと確かにあり得る、そういう考え方もあるのかと納得できてしまうから困るのだ。

「さて、私たちはこの確認作業や、監視、調査をしなければならない。途方もない膨大な資料と向き合うことになるが、みんな覚悟は出来ているか?」
 鬼頭がそう話を向けると、全員がやる気を出していた。やっと終わったはずの九十九の監視捜査だったが、その調査の原点にまで戻ってやり直しをするのに、彼らは期待に満ちた目をしている。余程杉浦の話の確実な裏を取りたいのだろう。
 各々が作業に入ると、一人の部下が呟いた。

「なんで杉浦さんを公安に引き抜かないんでしょうかね?」
 そう聞かれたので鬼頭は苦笑して答えた。

「あいつは現場に居ないとああいう妄想や超飛躍するような考えが出来ない人間なんだ。だから公安のようにじっとして情報を眺めて、することと言えば盗聴監視という地味な作業が向いてない。つまり、舞台の真ん中でスポットライトを浴びてないと輝かない役者みたいなものだ」
 鬼頭がそう答えたが、部下にはそれがあまり理解できなかった。