novel

ROLLIN'2-16

「やっぱり怖いな杉浦警部って」
 宝生耀はノートパソコンを操作しながら、ある会話を盗み聞きしていた。

 宝生の事務所関係の爆破から三週間。耀は学校へも通えない状態が続いている。学校側から欠席扱いにはしないので、出来れば騒動が落ち着くまで登校を控えて欲しいと要請されたのもある。生徒の混乱はもちろんあるだろう。だが耀はそれどころではなかったので、ある意味ラッキーだった。

 毎日、自分のことを起こしてくれて学校へも送り出してくれる、耀が一番大好きで一番信用している月時響が誘拐されていたから、どっちにしても学校なんか行っている場合ではない。

 行方探しは父親代わりの組長、楸がやってくれてはいるが、それだけで満足する耀ではなかった。
 誰が誘拐し、誰がこんな混乱を招いたか。その資料は楸から全て耀に渡されている。
 ここで子供だからとか、大丈夫だからと言ってのけ者にしないのが楸のいいところだ。

「お前の出来ることで、使えるものがあるなら、何でも使っていい。だが、響のところへ乗り込むのだけはしないでくれ。それは俺の役目だ」
 楸からはこう言われて、一応忠告は受けた。

 何をやってもいいが、助けに行くのは無理という結論を今は出すしかない楸が一番辛いのは分かっている。やるべきことは沢山あったし、まずは組長としての仕事を優先させないといけないのも耀には理解できる。

 そして耀もまた自分のやるべきことをしなければならない。
 まずは自分の身柄の安全。これはもう出来ているので、必要な機材を揃えてもらい、出来ることをやろうとした。
 そして宝生本家からの避難勧告を無視すること。あんな山奥に逃げ込んだのでは、大事な時に動けない。更に楸が忙しく、響がいない今、耀を懐柔しようとしているのは明らかなので相手にするだけ馬鹿らしい。

 だが、この馬鹿を相手にしなければならない事情もある。
 そう裏切り者の内通者だ。寄りにも寄って宝生の本家からこの爆破を起こした九十九朱明に繋がるような輩が存在していること自体が問題だ。

 この裏切り者は、まだ自分が九十九と繋がっていたなどとは思っていなかったようで、耀が楸から手に入れたメールの内容を突きつけると真っ青になって土下座して事をすませようとした。もちろん、耀の逆鱗に触れていると思っているならこんな態度くらいでは済まない。

「まったく馬鹿げた理由で、宝生の大事な情報を流す事の重大性を十分その体で理解してもらわないことには僕は納得しない」

『ですが、月時響が儀式をしたくらいのことで、そんな』

「そんな大したことない情報? 馬鹿か。儀式をした意味をまったく理解していないんだな? 宝生の儀式は月時響を宝生の身内として認めるという大事なことだ。お前はその身内の情報を売ったということを十分理解してもらおうか? 情報というものがどういうものなのか、年寄りは理解していないから呆れかえっている。組長の沙汰も必要ない。僕の独断で、貴方には老院から外れて貰う。もちろん、お小遣いなんてやらない。そこで雑用でもして自分で働いた分の小遣いを稼ぐことだな」

 耀の言葉に老院の一人が肩を震わせて怯えている。組長の言葉よりも本家では耀の言葉の方を重要視する体制がある。それは直系の純粋な血統主義があるからだ。
 楸は妾の子という認識が強く、仮の組長であるから、本家では大きく出ると色々と問題が出てくる。今の組長に忠信を誓うものが現れると、耀の後継者問題の時に支障が出ると思っている輩だが多いからだ。

 だが、耀からすれば楸は先代にも劣らないりっぱな組長である。そのパートナーである響をぞんざいに扱うことは、絶対に許さない。
 耀は響が大好きだし、信用もしている。だが楸のことは尊敬しているし、理想の組長だと思っている。その二人に不利になるような行動を取るような輩が本家にいること自体が許せないことなのだ。

「犹塚、今後そちらの統制はお前が取れ」
 耀の言葉に老院の一部が不満の声を上げたが、それを耀は一蹴する。

「僕は犹塚以外の老院は信用していないということをこの際理解して置いて貰った方がいいようだ。それからくそじじい」

 耀がくそじいと呼んだ人物は、いつもそう呼ばれているので平気で返事をする。これは別に彼を軽く見ているわけではなく、食えない狸という意味のある彼の名を呼ぶのがただ単に耀が嫌がっているだけだ。そういう彼は元々、楸の為に響を完全に宝生に取り込もうと目論んだ人物で、先代との繋がりも深かった故に事情を色々知りすぎていて、更に先を見据えているのにあまり積極的でもない姿勢から、頼りになるのかならないのか実態すら掴めない人間だ。そういう彼を耀が気持ち悪いと思っているのは仕方ないだろう。

「お前知っててまた報告しなかったな」
『これくらい気付かないでどうします? そっちには情報に詳しい槙や九猪(くい)がいるじゃないですか。あまり本家を当てにしないで頂きたいですね』
 一々もっともで頭に来る。

 本家は基本的に宝生という長く続いた組織の重要な地位にいた人間を余所へ流出しないための隔離施設のようなものだ。組長に対して対等に指示やしきたりを持ち出してくるが、ほとんど権限は一部の人間にしか与えられていない。老院であろうとも、その発言力を持つものは犹塚やこのくそじじいともう一人の元組長くらいだけだ。

 宝生の先代から老院の扱いが段々と変わってきて、耀が関わるようになってからは老院はほとんど楸の手中にある。勘違いしている老院は、老院としての一族として宝生の癌になってきていたので、徐々に排除していっている。

 今回のその馬鹿もその一族の一人だ。だがこれはある意味、老院の残りの癌を大人しくさせるには見せしめとして使える。
 くそじじいの言いぐさは、そっちにはそっちの仕事があるのだからと言っているように聞こえるが、実のところ、本家は役に立たないのだとはっきり言っているだけなのだ。

「次からは報告を義務にする。老院であろうが誰であろうが、本家の情報を流出させた者は命がないと思え。もちろん、微々たるものでもだ。その辺は分かってるだろうな?」
 耀ははっきりと本家は黙っていろと言った。
 お前らはそこで大人しく余生を過ごしていれば、老後の心配はないのだから、少しの贅沢の為や地位向上の為に何か企もうものなら、消される覚悟でやれと。

 耀からの通信が切れると、老院の一部が不満そうに声を上げたが、くそじじいはニヤリとして言うのだ。

「老人は頭が鈍くていかんな。今やその軽口一つとっても情報という戦力になる時代なのだ。今回の事務所爆破は、組長の責任ではないのだ。ここいる誰かの軽口が呼んだ呼び水。それを頭に置いておいてくれよ」
 それに犹塚が付け加える。

「宝生のこともそうですが、月時響に関しての情報は、絶対に軽口を叩くのはよしたほうがいいようですね。なにせ、先代と現組長が30年もかけて押さえつけて均衡を保っていた九十九という化け物を呼び起こすようなものになっているし、次は関西と宝生の抗争にもなりかねない。迂闊な行動は慎むべきですよ」
 それにもう一人が呟く。

「時代は変わっているのだ。もはや本家の体制も古いことを理解しなければならない。我々は、本家をもり立てる為に存在をしているのに、どこの誰かさんは何を勘違いしたのだろうね。宝生あっての自分、宝生組組長がいてこその本家、それを忘れて貰っては困るのだよ」
 それに続くように老院の一人が言う。

「犹塚、これからどうする?」
 それに犹塚はにこりと笑って答えた。

「本家の人間全員の身元調査と身辺調査をします。例外はありません。もちろんやましいことなどない皆さんは同意して貰えますね?」
 その言葉に頷いたものの、身辺調査には戦々恐々になっている者も多かったのは言うまでもない。自分の一族を優遇し過ぎている事情があるものもいるし、意味もなく重要な役所に自分の名を使って配置したものもいる。

 耀はこの機会に本家の膿を全て出すように犹塚を任命した。それは当初から楸が考え、耀も賛同したやり方である。もちろん、くそじじいはその思惑を知っているが、自分にはやましいところは一切無いので文句は言わない。
 この爆破は皮肉なことに、宝生の内部を改造する為の良い機会になっている。
 ただ代償は大きすぎたのは問題である。


 耀は通信を終えると、ニヤリとしていた。
 傍で別の作業をしていた九猪(くい)は呆れた顔をしている。

「まったく、この機会を使って再編成や犹塚さんを上手い具合に配置するとは」

「もったいないんだよ。こっちは大損害受けるだけってのが気に入らないし、元々本家は情報がだだ漏れ過ぎたんだ。ここらで手を入れておかないと、僕は組長になった時に動きにくいったらありゃしないだろ」

「響さんの心配してたんじゃないんですかー?」
 からかうように九猪に言われると耀は眉間に皺を寄せて唸るように言った。

「僕がヤクザの子だって思い知った。響を心配だと言いながら、こんなことを平気でやれる。なんか自分が気持ち悪いや」
 本音を口にすると、黙って聞いていた億伎(おき)が呟く。

「別にいいんじゃないですか。今後の響さんを守るための対策だと思えば。あの人が普通に生きていくには必要なことでしょうし、ここまで巻き込んでしまった我々の認識の甘さを痛感して今後に生かすようにすることは、悪いこととは思えません」
 その言葉に耀はふむと頷く。

 確かに億伎のいうことは間違っていない。本家の体制を変えることは、響の為でもあるし楸の為でもある。あの二人が幸せに静かに暮らせる環境を内部から整えることが出来るのは今は耀しかいないのだ。

「貴方は結局の所、自分のためといいながら、あの二人のことが最優先であるのは間違いないですからね。マル暴の杉浦警部を使うことにしたのもそこにあるんでしょう」
 九猪は片方にイヤホンをしたままでデータを見ながら言う。

「まあ、相手にはバレバレだったようですが」
 一々文句を付けたがるところが九猪の悪いところだ。

「杉浦警部が公安の鬼頭警部と繋がってたなんてねぇ」
 杉浦警部の調査は元々マル暴に配属された時点でやっている。だが、彼の経歴は面白いもので、思考に少し妄想があり、捜査に支障を来す可能性も上げられている。だがそれを重大な問題としなかったのは、彼の妄想はかなりの確率で当たっていることが多いからだ。

 元々は警視庁捜査一課第五強行犯捜査−特別捜査第2係(未解決事件の継続捜査)に所属していたが、あまりの突飛な発想で事件を捜査していた為、周りに煙たがられていたし、その人相が強面だったことからマル暴に移動になってしまっている。

 だが、彼は実際に未解決事件を何件か解決しているが、彼が気に入ったり、妄想出来るものでなければその威力は発揮できないで居たため、あまり重要視はされなかったらしい。 だが今回未解決事件とマル暴としての捜査が彼の中でそれこそ妄想や超飛躍を発揮するには十分な環境だったようだ。
 耀が少しずつながした情報で、彼はちゃんと耀が示すターゲットにたどり着いていた。
 だがしかしだ。

「……公安に丸投げするとはなぁ」
 杉浦にこそ事件を追って貰いたかったが、まさか公安絡みに持って行くというのは、耀も予想はしてなかったのだ。
 杉浦には公安と繋がっているところはない。むしろ彼は公安を嫌っている。
 だが、その嫌っている相手にも情報を流す杉浦は、予想以上に突飛な考えをする人間だったようだ。

 今まで盗聴した全て聞いていた耀は、杉浦が何を考えているのは分かった。

 九十九が相手の人生を乗っ取るようにして生きてきた背景まで想像出来れば、今後も九十九はそうして生きていく可能性が高い。マル暴だけでは追い切れないし、九十九が火威を抜けた今、九十九は元暴力団員の肩書きを持つ、今や世界的なテロリストに過ぎない。
 杉浦が言ったようにマル暴で追える相手ではなくなっているということなのだ。
 九十九が表舞台に出戻って来ない限り。

「公安と仲良くするのは嫌なんだよね。マル暴なら巻き込めるかと思ったんだけど、この人、それ警戒して先回りしてるし」
 情報を流しているのが宝生であると彼が結論付けた今、その宝生から情報を一手に受けるのはあまりに危険すぎると判断されたのだ。杉浦が宝生の手先になって動いていると思う人間も出てくるだろうし、なにより杉浦は自分が公安に目を付けられるのが嫌なのだ。
 だから一切合切を公安に打ち明けることは、公安から自分への疑いをなくす目的でもあったのだろう。

 実際、公安は杉浦には感謝しても、杉浦を疑うという考えは今のところないようだ。杉浦が提出した証拠や情報は微々たるものであるし、そこから杉浦がたどり着いた結論は、公安の職員がみんな聞いている。彼の突飛な発想と妄想が生み出すものであると彼らはみんな知っていることになる。

「杉浦警部ちょっと邪魔だったんだけど……妄想発言で逃げられるとは思わなかったや」

 耀は杉浦の腕は認めている。彼の発言で宝生のあるルートが暴かれそうになったことがある。公安も嗅ぎつけていなかったルートだった上に、そこは耀が管理するところだった。 そのルートに刑事の影が見え始めたので、ルートは程なくして潰し、別のルートを造るに至った。一つのルートを潰された挙げ句、あたらなルートを造るのに苦労したから耀の損害もかなりあった。潰したルートから宝生にはたどり着けないが、相手側の情報はかなり持って行かれたはずだ。

 誰がここまで持ってきたのかと調べてみたら、杉浦という警部の一言だったというから、耀は彼をこのままにしておけないと思っていた。
 杉浦は些細な一言で、関東の第二の宝生かと言われ台頭してきた組織を潰してしまった経歴があるからだ。

 ヤクザ界は警視庁のマル暴に優秀な人材がかなり導入されたと思っていたようだが、結局杉浦一人の移動の結果だから、耀はもう呆れてしまった。

「なんで警視庁はあのまま未解決事件捜査室に杉浦を置いておいてくれなかったんだろう……もうやだこの警部」
 未解決事件を扱っていた時はそれほど驚異でもなかった杉浦は、マル暴の捜査に関わるようになって警部に昇進している。つまり警視庁はやっかいものを移動させた結果、成功しているのだ。その分、杉浦の使い方も分かってきたようで、彼の上司は彼を信頼して重宝している始末だ。
 この辺りを使って情報操作をしようとしたが、杉浦は勘付いていたようだ。

「神宮領の子が響さんであるとまで妄想出来るくらいですから、彼の驚異ははかり知れませんね」
 響が九十九に誘拐されたまでは警察に気付かれてもいい。そこは予定に入っていた。だが、その九十九が響を誘拐する理由は普通なら宝生の情人だからという理由で収まるのが普通の考えだ。けれど杉浦は見事に本当の理由までたどり着いてしまっていた。

「うーん、まあ、DNAなんて調べられないし、想像の域を出ないから調べるだけ無駄だし、関西に知られたところで、困るのはきっと関西の方だと思うよ」
 耀はそう言ってこの問題を宝生組として大問題とは思っていない。

「問題にはならないと?」
 九猪が面白そうに尋ねる。

「それどころか、そんなことを持ち出したらきっと響が怒ると思うなあ……僕には優しいけど、他には厳しいし、なんて言っても親父を困らせるようなことになったとしたら、もうそりゃどうなることやら……」
 耀は恐ろしそうに呟く。

「今だってきっともの凄く怒ってると思うし、この問題、絶対ただじゃすまない」

 響は宝生組のことも心配しているだろう。そこに自分が知っている組員がいて、その人たちが被害に巻き込まれていないか考えるはずだ。だが、一番に響が事件を知って心配したのは、楸だ。彼の無事が分かって、そして耀の無事を確かめた今、響は楸の命を狙った相手が自分の傍にいることを知っている。

 最初は怒りに狂って行動をしたかもしれないが、楸と九十九のやりとりを聞いて、響は冷静になっているはずだ。
 そうなった時、響がやることは、復讐でも報復でもない。
 きっと九十九も思いつかないようなことをやってくるはずだ。

「はあ、最近響に火器類のこと無邪気に教えといてよかったのかなあって不安になってきた」
 段々心配になってきた。自分が操作する時に必要なマニュアルを響に見せて無邪気に説明していたことがよくあった。あれを響は興味なさそうにしていたが、聞いていなかったわけじゃない。

「耀さんの訓練に同行していたんですよね。でも素人には……」

「その素人だから怖いんだ。響は加減を知らないからなあ」
 しかし、その指示を出したのは他でもない楸だ。
 どうなっても知らないと耀は一人、そう思うのだった。