novel

ROLLIN'2-17

 月時響の元を訪れた九十九は、その日は何故か落ち込んでいるようだった。
 見るからに弱っていて、隙だらけ。今までの圧倒的な威圧感はまったく感じなかった。

 その様子に響は最初はどういうことなのか考えたが、九十九はその日、いつも叩く軽口を一切言わなかった。
 何か九十九にとって予定外のことがあったのか、計画がうまくいかなかったのか、そこら辺は分からないが、とにかく隙だらけだったので、響は思わず攻撃を仕掛けていた。

 ソファに座っていた九十九は響が完全に攻撃態勢に入っていたことに気付いたのだが、それは攻撃を防ぐには間に合わなかった。
 両腕を振り上げて渾身の力を込めて九十九の後頭部に振り落とすと、九十九はあっさりと倒れてくれた。

 あまりにもあっけない。
 演技じゃないよなと一瞬考えたが、そんな暇はない。
 九十九の服を探って、ズボンのポケットから鍵を見つけた。
 ここの鍵と、何処か別の場所の鍵がついている束になったものだ。
 鍵を探る間も九十九は目を覚ます様子はない。どうやら完全に落ちてくれたようだ。
 ゆっくりと九十九の傍を通ってドアに向かい、鍵を通すとドアが開いた。

 まさか、罠じゃないよな? 
 そんな思いが一瞬だけ過ぎるも、響はゆっくりと廊下へ出た。

 監視カメラらしきものはないようで、周りを見回しても誰もいない。やはり最初に攻撃をした時に法月しか出てこなかったのは、この階に出入り出来る人間は法月と九十九しかいないようだ。

 廊下へ出るとまずさっきまで自分がいた部屋に鍵をかけた。倒れた九十九を拘束することは出来なかったし時間もないので、部屋に鍵をかければ少しは時間をかせげるはずだ。
 鍵は法月も持っているようだが、彼がここを通りかからない限り、開けることは出来ないので、九十九が目を覚ましても出てくることは難しい。

 そして鍵を使って隣の部屋に潜り込む。
 こっちにも鍵がかかっていたが、普通の部屋だ。
 周りを見回した時、目に入ったベッドを見て誰の部屋か分かった。

「うわ、本当に骨と寝てるのか……」
 枕元に髑髏が居る。あれが自分の父親の骨だと言われてもなにやら嘆かわしくなる。

「死んでまで苦労してるなあ……変なのに好かれて大変だね」
 さすがに今回は骨を持って逃げるわけにはいかないので、とりあえず放置にしておく。部屋中を捜索してみたが外部との連絡が取れるようなものはない。

「うーん、やっぱり部屋にはおかないのか」
 別の物を探していたが、それもない。

「ということは、別の部屋にまとめておいてあるのか。そういやああいうのは厳重に保管しておくんだよな」
 うーんと考え込んでみるが、本当に実行していいのか響は迷う。
 だが、解決策はこっちから作れというのがあっちの頼みだ。

 悩みながらも周りを見回していたところ、壁にかかったカレンダーが目に入った。その今日の日付に印がつけてある。
 一体何の意味がある印なのか。九十九は印を付けて記念日を祝うようなタイプではない。だが落ち込んでいてやる気のない様子から、響はまさかと思いついた。

「今日が、神宮領さんの命日なのか……?」
 あれほど神宮領について暑苦しく語る九十九が、軽口もたたけないほどに弱っているのは、自分が神宮領を殺した日だからなのだろう。

 しかし、自分で殺しておいて勝手に落ち込むとはなんたる自分勝手さだ。

 それでもやっとこっちから行動しろと言われた理由が分かってきた。あれだけ隙だらけならこっちからも行動は出来ている。あっちにはこうなることが予想出来たのだろう。

 それが確信出来たらのでさっさと部屋を出て、目的の扉を探す。
 確かああいうのの保管場所は扉は厳重のはずだ。その知識を頼りに長い廊下を歩いて行くと、ちょうど一階へのエレベーターがある。だが、問題はこれが暗証番号で動く機械であるということだ。

「くそ、別の降り口を探せってことか」
 自分が居た部屋とは反対側への廊下へ向うと、やっとそれらしき扉を見つけた。
 鍵を何個か試して、やっと開くとそこに目的もモノがずらりと並んでいる。

 そうここは武器庫だ。
 一番花火に近いモノは、やっぱりバズーカだろ。
 どこのメーカーかは知らないが、銃器類は扱ったことがないし、何よりどうやって装置を解除したりしていいか分からない。
 ただバズーカだけは何故か耀に聞いたことがあり、聞き流していたが、使用方法は覚えていた。たぶん、楸が言っていたのはこれだろう。

 一発でもいい、何か中からどうにかしないといけない。
 響は重いそれに弾を入れて装備する。確か構えて引き金を引くだけでどうにかなる。
 マニュアル通りに準備をし、5本あったバズーカに全て装填して準備をした。
 一本ずつ各場所に配置して廊下を回り、1本目のところに戻る。

「あ、服……」
 自分の着ている服がマズイかなと思い、九十九の部屋に戻って黒服のスーツを探して着る。だが、体の大きさが少し違うので不格好になったが、この際仕方ない。これくらいのごまかしは騒ぎに乗じてなんとかなるはずだ。
 それに着替えて1本目のところに戻ると、響はバズーカを構えて部屋の中に向って1発目を撃った。


 法月が通信ルームで指示を出している途中、急にこの屋敷の振動と大きな音を感じた。

「な、なに? 襲撃か!?」
 慌ててレーダーのあるところに座りどこから撃たれたのか探そうとするが、上空を飛ぶヘリは感知出来ない。

「船か?」
 対空ミサイルまで宝生側が持っているわけはないので自然とそうなる。
 船はレーダーに少しだけ入ってきているが、距離的にこちら側から攻撃するには少し離れすぎている。
 逃げ足が速いのか、射程距離には入っていなかった。

 合計5発の爆発音と振動がしてそれはやまったが、集中的に狙われたのは、二階部分だ。どうやらこれは宝生の攻撃と見て間違いない。二階部分に穴を開けて、二階から侵入部隊を送るのだろう。

『法月さん、二階の攻撃された部分から出火してます! 消火しますか!?』
 一階にいる雇った部下達が、そう連絡してきた。

「お願いします。緊急用暗証を解除します」
 いくら九十九が二階へ人を入れたくなかったとはいえ、こういう場合に備えて緊急用だけは作って置かせた。一階と二階の隔離は九十九の安全策ではあったが、攻撃を受けた場合に備えて今回だけ作ったものだ。

「早く戻ってきてくれませんかね……今日が何の日であろうと、今貴方は攻撃されているんですよ」

 今日が神宮領の命日。
 この日の九十九は毎年、妙に落ち込んでいて、周りに誰も近寄らせない。
 一人で30年近くもそうしてやる気をなくすたった一日ではあるが、九十九に唯一完全な隙が出来る日だ。

 緊急用に武装も許可して部隊を下に用意させた後、法月は消火に当たっている者達に被害状況を聞いて回った。
 被害は5つの部屋に及び、海側や陸側両方の窓周辺に何かを撃ちこまれたようだ。

「しかし、妙なんです。確かに攻撃はされたんでしょうが、撃ちこまれというより、ここから撃ったとしか思えないような被害でして……」
 消火に当たっていた者達がそう口にした。

「どういうことです?」

「ここにミサイルが着弾していたら、こんな窓側だけの被害ではなく、部屋全体にも被害が及ぶはずなんですが、どう見てもそれがないんです。二階で一番の被害は武器庫だったので外から攻撃されたのかと思ったのですが、他の部屋はこういう状況でして」
 消火班がいう事実から、法月はまさかと思った。
 消火はそのまま任せ、急いで響が居る部屋に行く。
 ドアの前に立って何回もノックして響を呼ぶ。

「響さん! 返事してください! そちらに被害はないですか!?」
 だが向こう側からは返事はない。
 これだけの轟音と振動を勘がいいという響が気にしないわけがない。
 法月はスペアキーを取りだして部屋を開けて入った。そこには絶対響は居ない。そういう確証があったからだ。

 部屋に入ると、やはり静かだ。
 テレビやソファがある方へ回ると、床に倒れている九十九を発見した。

「やはり! 起きてください! 寝てる場合じゃないですよ!」
 そう叫んで九十九を揺すったり、頬を叩いたりしている内に、一階からの大きな振動を感じた。今度は大きすぎる爆音と屋敷が崩れる音と激しい振動だ。

 まさか……一階の武器庫もやられた? だが一体どうやって一階に?
 響は緊急用の暗証番号すら知らないのに。

 そう思った瞬間、それは自分の失策であると気付いた。
 響は二階を攻撃することで、一階から誰かを呼び寄せ、その作業をしている間に一階へ下りたということだ。それしかあり得ない。暗証番号は仲間に打ち込んで貰えばいいし、仲間内とはいえ、全員が完全な顔見知りじゃない。一階へ下りる言い訳など、この事態なら幾らでも言えるはずだ。

 そうすぐに察知出来たので慌てて九十九を起こそうとしたが、九十九はさっきの振動を感じた時に起きたようで、のそりと上半身を起こすと法月を見て聞いた。

「被害状況は?」
 はっきりとした声と自分に何があったのか、そして誰がこんなことをしているのはとっくに知っているという顔をしていた。

「さっきの振動と今の轟音からして、一階の武器庫まで満遍なく。お陰で二階左側は半分くらいは持って行かれたかと思います。あそこの武器庫は二階以上に武器があるので」
 法月がそう言うと、九十九はニヤリとして立ち上がった。

「なるほど。やはり馬鹿じゃない」
「何感心してるんですか」
 あきれ果てて文句はこれしか出ない。
 この状況を九十九は完全に楽しんでいるからだ。

「法月、脱出用に船を準備していろ。俺はアレのところに行ってくる」
「申し上げますが、アレは置いていった方がいかと」

「いいから、総員退避だ。宝生が乗り込んでくるぞ」
 九十九がそう言うので、法月はぎょっとした。

 今の状況は宝生側にとっても出撃するには十分な機会だ。都内を爆破した事件から三週間は経っている。向こうも落ち着いてきたころだろうし、九十九の居場所も絞れてきている可能性も高い。そこにこんな爆破騒動を起こされた。
 宝生側が今まで攻撃をしてこなかったのは。

「まさか、内部からこうなることを予想していたということですか?」
 廊下を歩きながら、消火をしている者達に退避命令を出し、避難させながらも法月は横を歩いている九十九に聞いていた。

「ああ、そういうことだろう。俺も予想外過ぎて驚いているが、宝生の言った意味のない発言にやっと納得したところだ」

「意味のない? そんなこと言ってましたかね?」
 宝生側は響との連絡が出来たのは、あの誘拐後の一回のみだ。
 あの時の会話は全部九十九が聞いていたし、法月も聞いていた。
 おかしなところはなかったように思うが。

「花火だ。あの話の中で、宝生は息子の我が儘で花火を見に行くことになっていたが、それが無理で出来ない状況だと言っていた。まあ、夏だから花火大会なんて山ほどあるから気にしてなかったが、その花火はこの花火のことだったんだ」

「いや、それだけで通じるもんですか?」

「宝生の息子とアレの間に、花火を見に行くという約束がなかったとしたら?」
 九十九がそういうので法月はやっと意味が分かった。 

「なるほど。花火なんて見に行く予定はないのに、宝生がそういう。そこに意味があると響さんが感じたから、こういう結果になるわけですか」
 二階の作業室に入って緊急連絡をし、内部の被害を確かめる九十九は笑って言う。

「そういうことだ。しかも宝生側は俺がこの日にどうにかなるのを知っていたようだ。俺とアレが少しは互角に戦えると思ってたようだから、この日にアレが行動に出ることも予想していると思っていい」

「まあ、これだけ派手にやられたら、向こうも幾つか絞り込んだ中から、ここの騒ぎに目を付けるのは当然ですね。貴方はまんまとやられたわけだ」 
 法月は全ての情報をある場所に送ってしまうと、パソコンやサーバのデータを全て消去し始めた。

「ああ、やられたな。アレが武器を使えるとは思ってなかったし、宝生が元からそういうつもりだったのも分かってなかったし、俺がアレの部屋にふらふら入っていくのも予想してなかったし」

「貴方が原因じゃないですか」
 法月は呆れたように言った。

 確かに宝生側と響の作戦がこれだったとしても、その作戦には無理があった。
 九十九の存在をどうにかしないことには、これは実行不可能なものなのだ。
 この計画には、九十九が無防備で響の前に現れて響に倒されるという前提で成り立っている。まあ結果九十九はその通りにしたのだが、宝生はそこまで予想していたとなると、正直彼らの情報能力が怖くなる。

「まあ、確かにそうだな。こういうことは予想してなかったが、宝生がここに目を付けているのは確実だ」
 九十九があっさりと宝生側にここの存在を知られていることを知っていたというので法月は更に呆れかえった。いくら秘密主義だからとはいえ、これは自分の命にもかかわってくるので、出来れば言って貰いたかった。

「悪いな。先代があれこれ手を尽くしたが、結局この屋敷の設計図は手に入れられなかったようだから安堵していたが、宝生側がまたこの屋敷の設計図を手に入れようとしていたので、なんとなくマズイなと。たぶんお前が殺し損なった電話持ちの情報から、ヘリの飛行プランを手に入れたようだから、この島のことはバレたなと、それで設計図を探しているんだなって。こうなるとどこかにミスがある。設計図を宝生は手に入れたと予想した」
 九十九にそう説明されて法月はまさかという顔をした。

 あの電話持ちは確かに殺した。自宅にいるのを確認して爆破し炎上させて殺した。遺体は出たし、本人だと確認された。なのに殺し損なったとはどういうことだ?

「その電話持ちの事件を調べてみたが、あの本人確認はたぶん本人だろうという結論しか出ていない。歯医者にも医者にもかかってなかったようだから、確実な確証は得られなかったが、部屋に居たから本人だろうという結論で電話持ちは死んだことになった」 

「飛行計画がバレるということは生きているということになりますね。一体どうなって他人と入れ替わったんでしょう。あなたじゃあるまいし」 

「偶然だろう。たまたま部屋を誰かに貸していた。で、部屋にいるのかとお前に聞かれて、居ますよと言っただけだ。お前が本人が家に絶対に居たと確信したのはその電話一本だけだろ? 自宅が爆破されて部屋にいた誰かが消されたとなれば、電話持ちは逃げるしかない。さすがにお前と爆破の関連性を考えるだろうしな。それに前にあの電話持ちは、佐山組の幹部の電話持ちをしていたことがある。佐山組は、前に宝生に組員を一人売り渡したことがあるから、当然宝生と佐山は繋がっている」
 九十九が真田であった事実を掴んでいれば、そこに付き添う法月の名があがるのは当然だろう。

「今度は私のミスですね。電話持ちは殺し損ねるわ、寄りにも寄って宝生と繋がっている佐山に電話持ちが逃げ込んだのも」

「法月が真田の電話持ちであることが分かっていれば、真田=九十九だと見抜いていた宝生なら、当然法月について調べる。佐山に情報を流して貰う時に真田の名も上がる。佐山は法月と真田が電話持ちを消そうとしたことを知っているから、当然電話持ちの情報は宝生に流れる。そうすりゃいくら金を積んで黙らせた操縦士がいたとしても飛行プランを提出しない飛行機は飛べないから、飛行プランはどこかに残っていることになる。更にあの爆破後に飛んだヘリは沢山いたが、こんな意味もない島に飛んだヘリは怪しすぎたというわけだ。宝生の情報収集を甘く見ていたのもあるが、先代の時と比べものにならない情報屋を内部に何人か飼ってるな。敗因はそこにもあるだろう」
 些細な情報がいろんな歯車を組み合わせて、こんなにも暴走している。

 一体どこから狂ったのか、それは考えるまでもない。
 あの神宮領(しんぐり)の血を引く、月時響の存在そのものだ。それに九十九がはまってしまったからそこからすでに歯車が狂っていた。

 九十九にとって月時響は爆弾でしかない。
 宝生にとっても爆弾でしかないように、彼の存在はこの世界において爆弾にしかならない。

 宝生にも九十九にも、そして神宮領関係にしても、宝生の先代が行った処置が一番的確で間違っていない。
 月時響がこの世界で核爆弾にならない為に、宝生の先代は手を尽くしたのだ。

「やはり響さんは置いていってください。貴方の為になりません」
 法月がまたそう言うと九十九は笑って言うのだ。

「確かに俺がこの世界で生きていくには、さすがに持て余すものだとは思う。だが、俺の止まっていた時間がやっと動き出したというのに、何もしないのは面白くない」
 九十九はそう我が儘を言う。

「動き出した時間は前とは違う……だから時間をくれ」
 九十九はそう言い終えると、作業を全て済ませ、部屋を出て行った。

 法月は暫くそこで作業していた。作業が完了したら避難するように言われていたが、どうしても結末が気になった。

 動き出した時間が違う。九十九は一体何をしにいったのか。
 彼は、月時響を連れ戻すとは言わなかった、その理由を知りたかった。