novel

ROLLIN'2-18

 事務所に居た楸が急に今日の予定は全てキャンセルだと言いだした。
 急なことで誰もが驚いていたが、楸は一言。

「響を連れ戻しに行ってくる」
 それだけ言った。

 周りが止めるのも聞かず、最高顧問の久山組長に後のことを任せると、さっさと屋上に用意されていたヘリに乗り、本家を目指した。

 本家では犹塚(いづか)が用意した武装ヘリに乗り換えた。
 宝生の都内にある事務所関係は今もまだちゃんとした機能はしてないので、武装自体を本家に頼るしかない。しかしさすが武闘派と言われるだけあり、武器だけは十分に揃っている。その兵隊である組員も数台のヘリに乗せ、準備させる。

 今日こそ、響が動く日だ。
 響にはそうは教えられないが、九十九が情報通りの行動を取ったとしたら、確実に響の射程内に九十九が無防備で入ってくる。そうしたら「花火」が使える。

 響はあの時「花火など予定してなかったじゃないか」とは言い返さなかった。言い返せないようにもしていたが、響が蒸し返すようなことは言わなかったので、九十九が無防備で現れたとしたら、絶対に「花火」を一発でも上げてくるはずだ。

 響は二階に隔離されていて不自由だが、その隔離処置が今回役に立つ。響は九十九を倒せば後は気にせず自由に行動出来ることを意味するからだ。

 目的の島の間にある島に用意した中間地点までヘリで移動をし、そこで数時間待機をした。三週間あれば、宝生でもここまでは用意できる。だが、目的の島にはまだ乗り込めない。
 響の合図があれば、島にギリギリに近づいている捜査船からの報告が来る。
 後は獲物が響の射程内に入ること。それだけだ。

 そうしていると、昼過ぎに船から連絡があった。
 屋敷から何かを破壊する閃光が見え、船の近くの海に何かが着水したと。

「よし、合図が来た。行くぞ」
 飛び立ったヘリが現場にたどり着くには、30分ほどかかる。

「響さん、大丈夫ですかね」
 二連木(にれぎ)は銃の再準備を確認しながらそう呟いていた。
 船の近くに着水するような獲物を使ったとなると、響が使ったのはバズーカだろう。一体どんな作戦で響が動いているのか分からないし、そもそも実戦での響の動きを知らないだけに不安になってくる。

 だが、着々と報告される九十九の屋敷の被害状況に二連木は天を仰いでしまった。
 九十九の屋敷は二階には幾つか穴が空いているのが見え、その後、一階の部屋も爆発したという。
 確か二階と一階は別フロアになっていたはずで、響がいくら攻撃したとしても一階に下りる術がないはずだ。それなのに、響はちゃんと一階へ下りている。

 やがて双眼鏡でなくても九十九の屋敷がある島から大きな黒い煙があがっているのが見え、目の前に晒された被害に二連木だけではなく、槙までも驚愕していた。

 九十九の屋敷の半分が吹っ飛んでいる。
 何をどうやったらああなるのか……。
 その被害を目にした楸はニヤリと笑っていた。
 こんな状況を簡単に受け止められるのは、楸くらいしかいない。

「上出来だ。さて仕上げは響の合図待ちだな、ヘリを一階の端の部屋の方へ回せ」
 


「うわ……あの変態の悪趣味は分かってたけど、ここまで悪趣味だったか」
 響は目の前にある、ある年表や写真を見ていた。

 どれもこれも神宮領(しんぐり)についてのもので、ある意味この部屋は神宮領美術館とでも言った方がいい。神宮領が使ったという刀や時計、それはまだ分かる。だが、目の前にあった煙草の吸い殻にはさすがにどうかと思ったのだ。

 神宮領の写真は隠し撮りばかりだが、その幾つかはちゃんと撮っているのもある。
 その中に居た神宮領と九十九。九十九はかなり若く、まだ十代という感じだ。

 あれ、これどこかで見た覚えが……。
 響は九十九の若い頃の写真を見て、頭の中に急に何かの映像が浮かんだ。

 男と女、荒い画像、鎖が揺れて鳴る音。
 ガンガンと頭が痛くなってくる。
 男の狂気の言葉、男の指輪。
 自分の母親を犯す若い頃の九十九の顔。

 そして、その時、自分がどこにいて、何をしていて、どうしてそれを見たのかを思い出した。
 手に持っていたバズーカが床に音を立てて落ちる。

 何故、忘れていた。
 こんな残虐なことをする男の顔を。そして悲惨な目に合わされた母親のことを。
 ぐるぐる回るのは、九十九が語る神宮領のこと。

 ――――――あの変態。
 響の中に怒りがわいてくる。
 だが、不意に落ち込んでいた九十九の顔も思い出した。

 ――――――あの変態。

「……馬鹿じゃないか……そんなことしたって人の心は手に入らないのに」
 響はそう呟いていた。

「そうだな」
 ドアが開いた音はしなかったが、響はその声の主がここに来ることは予想していた。
 振り返ると、ドアにもたれるようにして九十九が立っている。
 九十九はゆっくりと中に入って、ドアを閉めた。

「お前、本当に馬鹿だな。大事なもの自分で壊して回って、結局何も残ってないじゃないか」
 響が声を震わせながら言うと、九十九は苦笑している。
 ここに残っているものは、ただの過去の遺物で、それが九十九を慰めてくれるわけじゃない。

「宝生の先代もあんたを置いて行ったわけだし、あんたの事実を知っていて、そこで何があって誰の思いが錯綜したのか。そういう事実を知る人間は、あんたの傍からいなくなった」
 響がそう続けると九十九は少し驚いた顔をしていた。

 九十九がこうした過去にしがみつけばつくだけ、周りの人はどんどん九十九を置いていってしまう。九十九だけはその時間に止まり、まるで世界は回っていないかのようだ。

 だが、それに今の自分たちを巻き込むのは、はっきり言ってはた迷惑だ。

「俺や楸は、神宮領や宝生の先代の身代わりとは違う。俺は月時響という人間で、楸は宝生楸という人間だ。どんなにあんたが懐かしがって俺らにそれを語っても、俺らはそれを知らない。あんたの思いなんて届かないんだ」
 響がそう言い切ると、九十九はゆっくりと響に近づく。

 響は警戒はしていたが、九十九が向っている先が自分の遙か後ろにあることを知っていた。
 九十九は響の傍を通り、その後ろにある写真の前で止まった。

「確かに、お前は神宮領の身代わりでも生まれ変わりでもないな。神宮領はこんな騒動起こさないし、物静かな人だったからな」
 少し笑いを含めた声だったが、いつもの人を馬鹿にしたような感じではなかった。

「悪かったな、騒々しくて物騒で」
「いや、悪くはない。それが月時響という人間だというなら、そういうことなんだろう、響」
 初めて九十九は響の名を呼んだ。

 いつもはアレだのこれだのお前だの神宮領の子だの言っていた彼から名前で呼ばれたことはない。だから響は九十九のことは全力で警戒はしていたが、彼が自分を月時響という人間だと認めない内は、ある意味安全だと思っていた。

「響は梓の変わりでもないし、宝生組長は先代とは違う。こんな事態になって初めて気がつくなんてな」

「お前、本物の馬鹿だろう」
 やっととばかりに九十九が認識したことを響は思いっきり呆れた顔で言い放った。

「響の姉のことだが、アレのことはいいのか?」
「お前の血が混ざってるってことか?」
 あっさりと響がそう返すと、九十九は少しつまらなそうな顔をした。

「なんだ思い出したのか」
 どうやら響の記憶が抜け落ちていることに九十九は気付いていたようだ。
 そういえば、初めてここで会った時もそんなことを言っていたっけ?

「そうは言っても、お前の性格の悪いところは一切ないんで気にしない。うちの姉は凄い仕事が出来たし、頑張り屋で意地っ張りで、いつでも前を向いて走っていて、俺のいい母であって姉であって理想とする女性だ。どう考えてもお前の変態の部分は一ミリとも入ってないから、お前の劣悪な遺伝子、絶対無視したんだと思うぞ」
 響が姉を誉めまくった挙げ句、九十九のことはこき下ろしたので九十九が吹き出すように笑った。

「それはまた、酷いいいようだ。俺の遺伝子の一ミリくらいは残ってるはずなのにな」

「そんなの残ってて欲しいのか? ……って、あんたなんだかんだで、俺の母親に惚れてたのか。神宮領とは別の意味でだけど。憧れと惚れてるのは違うし、あんたの愛情表現滅茶苦茶だな」
 響がそういう結論を急に出したので、九十九は首を傾げた。

 あの女は憎かったはずだ。だが今考えると、あそこまで執拗に責めた理由が神宮領や長井だけというのは妙になってきていた。

 当時の神宮領には梓よりも親密に付き合っている相手はいた。梓はその中では大人しい方だったし、他の者より抜きんでていたわけでもない。
 他の女は脅したくらいで済んでいたのに、梓だけは監禁陵辱になった。おまけにビデオまで撮って、梓に見せるように自分のことを覚えておけと言い放っている。

 今考えれば、あんな証拠残しておくのは、九十九の主義に反することだ。
 そうまでして梓には自分のことは忘れて貰いたくなかったということなのだ。

「つーか、そう思わないと、やってらんねー。こんなことばかりやってたなら、お前の子供がわんさか居ることになってしまうじゃないか」
 響はそれを想像したのか本当に体を震わせている。

 どうやら一匹見つけたら百匹いると思えというゴキブリを表すような表現に九十九は苦笑してしまった。

 もし、自分の子供が居たとしても、九十九一族惨殺の時に殺しているので、そもそも九十九の血を引く者は響の姉だけしかいない。自分の血を引くものは許しておかなかった当時にも梓と自分の子だけは生かしておいた。梓を苦しめる目的だったとしても当時梓は自分のことも分からないほど精神を病んでいたから、子供を生かしておく理由がない。

 梓は死ぬときまで、九十九が殺す時まで、九十九のことは思い出しもしなかったのだ。だからその事実がはっきりした時、九十九は梓を殺していた。

「そう、なのかもしれない……」
 だからあんなに憎かったのか。

 神宮領に近づいただけだったなら脅しで済んでいたのに、梓だけはどうしてもこだわった。その理由が自分は梓のことを好いていて、両方が自分を置いていくような気になった。それが憎かった。
 可愛さ余って憎さ百倍、よい諺があるではないか。

「梓とは、客引きをしていた時に知り合った。当時金があまりなかったんだが、梓はよく夕食を弁当として持ってきてくれて、色々分からないことがあると教えてくれて優しかった。そんな時に梓が神宮領を紹介してくれた。俺が金に困っているから、何かお役に立てる用事でもあれば使ってやってくれって……」
 思い出すように語られて、響は思わず天井を眺めてため息を吐いた。

 九十九をヤクザの世界に入れたのは、自分の母親かよ……と呆れたのだ。

「神宮領と梓は親密ではなかったが、そこに何かあるようなそんな気配を漂わせていて、俺が入っていけるような間はなかった。その後で分かったことだが、梓の父親が神宮領の教育係をしていた長井だったと知った。今なら分かるが、神宮領には梓に対しての恋心はなかった。ただ妹のような存在だったのかもしれない。梓の方は好いていたようだが」

 響はヤクザの組長を好きになるのは家系ですか……と言いたくなった。

「だから許せなかったのかもな。俺は梓には男として見て貰えない。神宮領は確かに俺でも認めるいい男だったし、ヤクザとしても尊敬していた。だが同時に対抗心もあった。男として負けたくなかった」

 だが結果として九十九の前に出されたのは、壊れるまで神宮領を思い、九十九には一切靡かなかった梓という女の存在だけ。さらにそれが神宮領にバレ、長井にもバレ、神宮領からも距離を置かれる結果になった。

 最悪の歯車が回り出したのは、その時からだ。

「そうだとすると、俺は出来るともなしに生まれた子ってことか」
 響がそう言い切るので九十九は不思議な顔をした。

「いや、だってさ。神宮領が妹のように思っていた梓に手を出したっていう流れがおかしくなるだろ? たぶん梓は一回だけ抱いて欲しかったんだと思う。神宮領もそれで梓が立ち直るならと一回限りだったはず。で、結局俺が出来てしまったと。そんでもってこんな大騒ぎになっちゃったと……はた迷惑な結果だな」
 約30年の歴史をそんな一瞬で片付けるので九十九は可笑しくなってきた。

「そんな一言でばっさり切られると、俺の人生なんだったのかって思えてくる」
 九十九が笑いながらそういうので、響は。

「あんたの時間はずっと止まってたんだろ? こんな昔の思い出の中に浸って、そこから出てこないんじゃ、時間なんか進んでないだろうが。おまけに愚痴愚痴ネチネチと自分の思い違いで生きてたんだから、そりゃもうアホみたい。22年も付き合わされた宝生の先代なんか、今頃天国で神宮領に労をねぎらってもらってると思うぞ」
 うんうんと頷いている響を眺めて九十九は笑いながら一応突っ込んでみる。

「ヤクザは天国じゃなくて地獄行きだと思うが?」

「温情で天国行きが決まってんの。あんたは地獄行き超特急だろうけどな。あ、あんた地獄で暴れて、閻魔様の席乗っ取るなよ。楸と鉢合わせなんて洒落になんないから」
 言うことが一々子供を宥めるような口調になっているのが可笑しい。

 子供を育てているだけあって、普段からこういうことを言っているのだろうが、本当に神宮領とは似ても似つかない性格をしている。

 大体、自分の恋人は地獄行きであると認めているのもおかしい。

 神宮領と姿形は似ていても中に入っている魂はまったく別だ。
 目の前に立っているのは、神宮領の分身ではない。
 神宮領の姿をした、他人。

「しかし、やり過ぎたな。あんたは過去も今も限度を知らない。俺だって過去にあったことや今起っていることを許したわけじゃない。たとえあんたが梓を好きだったと言ったとしても俺は許さない。それにあんたは楸の命を狙った。それは絶対に許さない。悪いけど、ここにある記念品のことは諦めて貰う」
 響は九十九に向ってそう宣言をした。

 響はにっこりと笑うと、親指を立て、それを下にして振った。