novel

ROLLIN'2-19

 楸が回せと言った方向にある部屋の中に、響が居るのが見えた。
 この方向だけ無事であることから、響は見つかる可能性のある外部ではなく、屋敷内に隠れる場所を確保しているのは予想していた。その予想通りに響は行動している。

 これだけ近づいても九十九側から反撃がないのは、被害を受けた場所が武器保管庫だったようだ。だから一階の武器保管庫は撃ちこまれた弾が爆破した後、連鎖で他の弾にも火が移り、屋敷の半分を削り落とすような大きな爆発になったようだ。
 反撃をしようにも弾がない。武器もない。そうなって九十九は宝生が全力で向ってくることを察知したのか、逃亡を選んだらしい。

 島の向こう側に逃走している船が見えた。
 だが、あれには九十九は乗っていない。あんな狙ってくれと言わんばかりの船で逃亡するはずがない。

 響の方を確認すると、やっと目があった。
 どうやら外の音が聞こえない作りの部屋らしく、響もやっと前を向いた時に楸のヘリに気付いたらしい。

「誰かと話しているようですね……九十九ですかね」
 槙が双眼鏡を覗き込んで呟いている時、楸はすぐさま用意していたバズーカを取りだした。

「ちょ、ちょっと組長、何するんですか!」
 慌てたのは二連木(にれぎ)だ。

「槙、そのまま双眼鏡を俺の目にあてろ。二連木、響が立っている右となりの壁に照準を合わせて俺が撃ったら同時に撃て」

「ええええ? そんなことしたら、響さんに被害が……」

「構わんから撃て。躊躇するな、余計に響にあたるぞ」
 信じられない指示に二連木は一瞬迷ったが、すぐに楸と同じようにバズーカを構えた。
 そうしていると響がこっちを見て、親指を下にしてぐいっとやった。

 合図だ。
 楸が迷わず、響の横にある壁を撃ち抜くと、二連木も同じように撃つ。楸はもう一回、左にある壁を撃って前面の壁を破壊した。

「右の空き地に着陸させろ。上陸する」
 楸がそう言うとパイロットはゆっくりと空き地に着陸した。
 反対側からも組員を上陸させて、内部制圧に入る。とはいえ、ここにいた九十九の部下達は逃げ出した後だったようで、誰にも出くわさなかった。

「逃げ足だけは速いようだが、一匹獲物がいる」
 楸が曲がり角で止まり、その向ってきた獲物に銃を突きつけた。

「やあ、確か法月(のりつき)とか言う電話持ちだったな」
「……随分お早いお着きで、宝生組長」
 法月は自分の目の前に楸がいるのに少し驚いた様子だったが、ふっと力を抜いた。

「さっきの爆撃は貴方でしたか」
「ああ」 

「何処を撃ったんです?」
「一階の右端の方だ」
 その言葉に法月が顔色を変えた。
 そこは九十九の昔の思い出が沢山詰っている場所だ。

「そうですか。貴方の大事な人もそこにいたんじゃないんですか?」
「お前の大事な人もいたようだが?」
 楸が響のことで動揺しない様子に法月も事態を把握したようだ。
 楸は分かっていて撃っている。そして響も了承していたということだ。
 このコンビはどうやらやることなす事滅茶苦茶なのがデフォルトらしい。

「九十九の元まで、一緒に散歩といこうか」
「申し訳ありませんが、私では人質の価値はないと思いますよ」

「さあ、それはどうかな?」
 人質にならないとはっきり法月が言っているのに、楸は違うと思っているようだ。

 法月は本当に自分は人質にはならないし、価値はないと思っている。何より、先に退避するように言われていたのに、まだこんなところにいたことが九十九にバレたら、そっちの方が問題だ。

 だが、楸がここにいるということは、他にも宝生の武装した組員が乗り込んでいるはずだ。逃げたところで捕まるのがオチ。そもそもここから生きて出られるのか分からない。
 法月は諦めて、楸に従った。


 一階の部屋の中はさっきの楸の攻撃で部屋中が滅茶滅茶になっていた。
 響は一瞬だけ意識を失っていたが、それはほんの一瞬で、すぐに気がついた。

「楸……あいつ、デカイ獲物はあんまり得意じゃないな……」
 体が少し痛かったがゆっくりと起き上がって周りを見回す。
 攻撃された部屋は、綺麗に鎮座されていた棚やガラス棚も、壁にかかっていた写真も全てを破壊していた。

 九十九がいた場所を振り返ってみたら、そこには壁がなく、九十九がどうなったか分からないが瓦礫に埋もれているようだ。

 傍に楸が来ている。それだけで安堵しかかった響だが、目の前の瓦礫から九十九が這い出てきたので目を見張ってみてしまった。

 あれ食らってなんで無事なんだ?
 不思議に思っていると、九十九は大きな瓦礫を押し除けて体を起こしている。完全に無事とはいかなかったようで、左腕を押さえている。

「……派手にやったな」
 壁が全部無くなっているのを見て、九十九が呟く。
 ここまで破壊されたら、この屋敷がこのまま建ち続けるのは無理だ。
 この惨劇を見るとやり過ぎはどっちだと言いたくなる。

 おまけに響が諦めて貰うと言った思い出の品々は粉々になり、床の残骸の中に埋もれてしまっていた。その様子を見て、九十九は寂しいとか悔しいとか、とにかく残念だという気持ちはわいてこなかった。

 まるで思い出が墓の中に入ってしまったかのような、思い出はもう眠ってしまったのだと言われている気がして、それを掘り返したりするのは無粋なことだと思えた。
 これはこのままこの島に埋めたままにしておくべきだ。

 この島は、九十九の昔の思い出の大きな墓。
 神宮領(しんぐり)も梓も、宝生も長井ももういない。火威(ひおどし)会長も死んだ。九十九が関わった神宮領関係はもうどこにもない。全部破壊し尽くした。だが悲しくも空しくもない。
 長く続いていた神宮領事件が今、九十九の中で初めて終わりを見せた。

 そして新たに始まる何かがある場所に、月時響がいる。
 神宮領に似た他人、子であることを拒否した存在。彼は一体自分に何を与えてくれただろうか。彼がしたことは始まりが破壊だ。だが、それは九十九には必要だった。

 次に九十九が何かを求めるとして、その中に月時響がいるのは確かだ。
 けれど、彼をこのまま連れ去るのは、九十九にはかなりの決意が必要だ。
 頭の中で打算や計算が働いていて、次に何をやるべきかは分かっている。だが、その隣に、傍に月時響を置きたいと思うことは止められない。

 しかし、自分は彼と同じ舞台にはまだ立っていない。何も始まっていない。

 そうして二人で言葉も交わさずにいると、そこへ楸がやってきた。

 楸は途中で法月を捕まえたようで、その彼の頭に銃を突きつけたまま部屋に入ってくる。 響は楸の姿を見て、やっと会えた喜びで一杯になってしまった。言葉は浮かばない。何を言っていいのか分からない。
 楸はちらっとだけ響を見て無事を確認すると、すぐに視線は九十九に向けられた。

「なんだ、ちゃんと狙ったのに生きてるのか」
 つまらなそうに言っているが、本気で狙ったに違いない。
 その台詞に狙われた九十九は笑っている。

「あいにく、響の合図がなんなのか気付いて床に伏せていたんでね」
「だが、左腕は持っていけたようだな」
 楸がそう言うと九十九は苦笑した。

 そのせいで、危機に迫っているので響を捕らえてられなかったのを見抜かれていた。やはり、一目で事態を把握されてしまうと正面突破は無理だろうし、法月は助けられないから、一番確実な脱出方法はアレしかないようだ。

「で、法月と響の人質交換をしようというのか?」
「そのつもりだが」

「いいだろう。響、組長の傍へ」
 あっさりとした九十九の言葉に驚いたのは響以外の人間だ。
 響はその言葉でゆっくりと楸の傍へ行こうとしたが、抵抗したのは法月だった。

「あなた、馬鹿ですか!? このまま殺されるのに、そんなにあっさりと!」
 確かにこの後、九十九と法月が無事でいられる可能性はゼロに等しい。ここは宝生の組員に制圧されているし、逃げるなら今こそ響を使うべきだ。それは切り札になるし、宝生にも脅しになる。
 そんなことはここにいる法月以外の人間は分かっている。そしてそれが出来ない理由も知っている。

「今日はやたら馬鹿だと言われる日だな」
 法月から馬鹿呼ばわりされた九十九は笑っている。
 さっき、散々響が言ったばかりだからだ。

「とっておきの馬鹿をした日だろ。そりゃ馬鹿馬鹿言われるよ。もう命日とか暗いことの日じゃなくて、お前の馬鹿記念日にでもしておけよ」
 響がそう突っ込むと、九十九は納得したように言った。

「確かにそうだな。その記念日にしておくよ。なあ、響。このまま俺に攫われてくれないか?」
 どうしよう、この存在がどうしても欲しくてたまらない。

「嫌だね」
 九十九の誘いを響はきっぱりと断りを入れる。

「そんなにきっぱり言わなくても」
「あんたと関わってるとろくな事にならないから絶対嫌だ」

「宝生の組長と関わるのとそんなに変わらないと思うが?」
「全然違うし、あんた自分の価値上げすぎ」

「どこが気に入らない?」
「全部」
 響と九十九の言葉の応戦合戦を見ていた他の人たちは、なんでこんなにのんびりとしているんだろうと思っていた。

 どうみたって、これは九十九が響を口説いているとしか思えない展開だ。
 だが、この緊迫したはずの状態でこれはいくら何でもどうかと思う。

 槙がこっそりと楸を見ると、表情には見えないが苛立っているのが分かる。
 いつの間にそんな軽口をたたき合うような仲になりやがったんだ?という怒りが見える。

「響」
 低く底を這うような声が楸の口から漏れる。
 ぎょっとしたように響が振り返って焦っていた。その声が怒っているのだと言っているのと変わらないからだ。
 響が慌てたように楸の方へ歩き出すのだが、それに九十九が話しかけてくる。

「なあ、響。これからも口説いていいか?」
 歩き出したところで、響はそれを聞いてまだ言ってるのかと九十九を振り返る。

「法月さんでも口説いてればいいだろ!」
「それじゃつまらない。俺は響が好きなのに」

「すげー嫌な冗談だな。俺はあんたが嫌いだ」
「じゃあ、困った時は俺を頼れ。関西にいちゃもんつけられたら、俺の名を出して脅せばいい」
 恐ろしい一言を聞いて響が慌てて九十九に怒鳴る。

「あんた何やるつもりだ!」
 これ以上、九十九のせいで騒動に巻き込まれたくはない。

「何もするつもりはないが、響が神宮領組を再生するなら、俺が若頭になってやるぞ」

「再生なんかしないし、再生したってあんたなんか気味悪くて入れられるか! お前が若頭なんて耐えられるかそんな拷問!」

「そうか? 俺と響は結構上手くやれると思うぞ。それに俺の名は結構使えると思うんだがな」

「あんたの名出したら警察から公安からヤクザ界から何から何でもが全力で釣れて入れ食いになって面倒だ!」
 その会話に法月もさすがに呆れていた。

 確かに九十九は神宮領狂いなので、響を好きだとは思う。だが、今までの彼の様子からして、神宮領の子だから好きだと言っていただけなのだ。しかし、今彼は本気で響が好きになっている。九十九の止まった時間を動かしてくれた存在である、月時響という人間に彼は興味を示しているのだ。

 九十九が気力を失って落ち込む日に、彼の中で別の時間が回り始めた。
 周りに息が詰るほど詰められた思い出であるはずの写真や記念品がこんな無惨な姿を晒しているのに、彼はそれをまったく気にしていない。それどころか、それを足に敷いている。普通なら、法月の知っている九十九なら、それはあり得ない行動だった。
 あり得ない行動と言えば、今もそうだ。法月と響を交換することすらもあり得ない行動だ。

「響」
 楸がもう一度呼ぶと、さすがに響もマズイと思ったのか今度は絶対に止まらないように走って楸の傍に駆け寄った。

「響は渡したぞ。そっちも約束を守ってくれ」
 九十九が暢気にそう返してくるので、楸もやっと法月を突き放すようにして九十九の元へ行くように言う。法月はずっと銃を向けられているので大人しく九十九の傍に行った。

 たぶん、ここで終わりだなと、法月は諦めていた。
 ここで九十九を見逃すのは宝生側としても得策ではない。組の事務所を爆破され被害を受けたことで報復をしなければならないし、なにより乗り込んできて手ぶらではマズイだろう。
 九十九もそれは分かっているはずだ。

 だったら何故、意味のない人質交換などしようとしたのだろうか?

 その時、急に何かの激しい爆音がした。音がするのは海側だ。なんの音だと思っていると目の前にヘリがせり上がってきた。武装した大型のヘリ。

「法月、行くぞ」
「え!?」
 九十九は法月の腰に右手を回すと、そのまま崩れた壁の向こう側へと飛び出していた。

「飛び降りた!?」
「いいから走れ!」
 目の前から九十九と法月が消えるのを見ていた響は驚いて慌てたが、楸たちはすぐに踵を返して部屋を飛び出していた。

 楸はやっと九十九が意味もない人質交換に応じたり、響を口説いたりと時間を延ばしていた理由をはっきりと悟った。
 あのヘリを待っていたのだ。船で逃走させた部下は囮。宝生側の兵力を分散させるためにあえて移動が遅い船にした。それにそれを見せておけば、九十九も船で逃げるのだろうと勘違いする。
 宝生側が制圧に乗り出し上陸し、内部に入り込んだのを確認して、九十九が逃げる為に用意していたヘリを出した。だが、あのヘリの武装した兵器で楸達を狙っても来なかった。それはその必要がないからだ。
 九十九の狙いは別にある。

 冗談ではない。
 響は楸の慌てぶりが尋常ではないのを悟った。何がどうなっているのかと聞き出せる状況ではない。とにかく楸が走れというのでその後を追って走った。

「槙、全員退避させろ!」
「はい!」
 楸が早々に退避命令を出した。
 屋敷の外へ出ると楸達が乗ってきたヘリが準備をして待っていた。その中に雪崩れるように飛び込むと、楸が素早く離陸するように命令をする。

「早くこの島から離れろ! 衝撃波に巻き込まれるぞ!」
 楸の命令に全員が退避し始め、ヘリが上空へ何機も上がって島を後にする。
 響はおっかなびっくりで自分がいた島を眺めていたが、楸に頭を押さえられて楸の胸に顔を埋めることになってしまった。

「響、俺がいいと言うまで目を瞑ってろ」
 楸がそう言うので、響は訳を聞かずに言うとおりにした。
 そうしてヘリが飛び立ってほんの数分で、大地を揺るがすような轟音と、飛んでいるヘリの操作の挙動を乱すような衝撃が襲ってきた。

「やっぱり、あのやろう……」
 衝撃波が通り過ぎてヘリの挙動が元に戻ると、楸がほっとしながらも憎々しいように呟いていた。
 楸はいいと言わなかったが、響は目を開けて楸が見ている方向を見た。

「……島が……ない……」
 飛び立った時に見た小さな島が九十九の屋敷跡ごと消滅していた。
 ところどころに残った残骸がかろうじて島があったという痕跡を残しているのみだ。
 あの島は無人島だったから、人はいないだろう。しかしやることが派手過ぎる。
 楸が乗り込んだ組員の無事を確認すると、全員退避していて無事であった。

「最初から何かあった場合に、あそこは破壊する用意をしてたんですか。さすがに九十九のやることは大きすぎますね」
 槙が感心しように呟いていた。

 だが、九十九はただ逃げたわけじゃない。一応は宝生組の組員や組長まで巻き込んでの破壊にしようと目論んでいたようだが、彼がその爆破を自分が安全なところまで逃げるのに使わなかったにしては、宝生側の避難まで間に合ったのはおかしい。

「響さんがいたから、ですかね」
 二連木(にれぎ)もそのことに気がついたようで、響を見ていた。

「え? 俺?」
 自分があの爆破の責任者だと思われていると勘違いした響が慌てていたが楸が言った。

「そうじゃない。こっち側が避難するまで爆破を待っていたのは、響が安全地帯に入るまで向こう側が待ってくれたということだ……腹ただしいがな、そう認めないと、この爆破時間の猶予が長すぎるんだ」

「え……と。俺が居たから向こうはすぐに爆破出来なかったってこと? なんで?」
 響は自分が九十九に本気で惚れられているなどとは思っていないので、こんな言葉が出てくるのだが、それを聞いていた他の人たちは呆れた顔をしている。

「……響さん、まさか気づいてないとか?」
 槙がキョトンとしたままの響を見て、楸にそう聞いていた。

「気付いてないというより、最悪のジョークだと思ってるようだ」
 九十九の精一杯の告白を響はジョークだと思っている。考えれば当たり前だろう。あれだけの神宮領狂いを目の当たりにして、自分が最後には好かれたなどと思いやしない。それどころか、まだ神宮領の子として九十九が言っているのだと思っている。

「そういや、響。あいつに何処触られた? まさか犯られたなんてことはないだろうな?」
 楸が一応確認するように響を問い詰めると、響はむっとしたように怒鳴る。

「あるわけない! あいつ、俺との距離とってたから攻撃範囲に入ってくれないし! やりあったのも一回だけだ!」
「その一回でどこまでやられた?」

「寝起きだったし、お腹が空いてて力でないから、倒れた時に押さえ込まれたけど。俺、腕に噛みついたんだ。だけど、向こう笑ってそれ見てるんだぜ? 頭おかしいの分かったから俺から近寄ったのは、今日、あいつが無防備になった時に攻撃した時だけだ」
 響がきっぱりと言い切ると、槙と二連木がやっと楸が言ってたあの言葉の意味を理解した。

「ああ、なるほど。お互い警戒して、結局近づけなかったというわけですか」
「でも組長には警戒しないんですよね?」
 そう言われて響は楸の腕をどかしながら言う。

「変態な部分では向こうが勝ってたと思うけど、楸のこと警戒するのはこういう時くらいだ! やめんか!」
 響がそう説明している間も、楸は響の着ている服を脱がそうとしている。それも無言でだ。背広のボタンは外されていて、肩から脱がされているし、今はネクタイまでするすると外している。

「お前は、ここを何処だと思ってるんだ!」
 狭いヘリの座席内では逃げようとしても逃げられる範囲がない。おまけに今の楸の手つきはまるで夜の営みをする時の行動に似ていてどうしたって警戒しなければならない。

「お前こそ、一体誰の服を身につけている。臭くて嫌な匂いがプンプンする」
 楸の言葉に響はうっと唸る。これは九十九の部屋にあった九十九の服だ。
 一階へ降りる際、どうしても黒服が必要だったので、九十九の服を借りた。

「し、仕方ないだろ! 一階へ下りるのに部屋着のままじゃまずかったんだから!」
 響は侵入してくる楸の手を押さえつけながらやっとそう叫ぶと、槙が疑問に思ったのか聞いてきた。

「必要だったというと?」
「に、二階には人はいなかったけど、一階には絶対人がいるって思ったし、二階に何か被害が有れば、一階の人の手を借りないといけないから、一階から人が上がってくる。だから、それに紛れて一階へ下りようと思ったんだけど、俺が着ていたの普通の服だったから怪しまれると思ったんだ!」

「それで、何故その服だったんですか?」
 響が着ている背広を眺めて槙が問うと。

「ヤクザの制服っていえば、背広で、色は黒に決まってるじゃないか!」
 響がそう言い切ると、その黒の背広を着ている槙と二連木が納得した。

「なるほど、確かにそうですね……それで黒の背広が必要だったわけですか」
「だったら、法月とかいうやつのを選ばないんだ?」
 納得した槙の言葉に被せるように楸がそう言う。

「そんなこと言ったって、法月さんの部屋がどこなのか分からなかったんだから仕方ないだろ! 体格的に法月さんの方が合ってるとは思ったけどさ!」
 法月の部屋は確かに見つけられなかった。それに反対するように九十九の部屋は見つけられたということだ。

「九十九の部屋は分かったんですか?」
「当たり前だ! あんな屋敷に住んでる人間が選ぶ主人の部屋は、決まって一番端で広くて、大抵廊下から見える豪華なドアに決まってる!」
 確かに一理あるし、急いでいたら最初に探す部屋だ。

「だったらその隣が法月ってやつの部屋の可能性が高いだろうが」
 楸がそう難癖を付けるが一理ある。主人に付き添うような法月の部屋なら当然その隣の部屋があてがわれているはずだ。

「そう考えたよ! だから隣も探したけど、違った。それに、あんなに警戒心があるあいつが、隣に信用してるんだかしてないんだか分からない人間を置くとは考えられないって結論しか出なかったんだ! 二階にはあいつと法月さんしかいなかったみたいだし、二階に警備を置くのも嫌がってたのなら、法月さんのことも同様に考えたかもしれないって! それにエレベーターに暗証番号が必要だったから、法月さんは監視する作業ルームか何かの隣に居たかもしれない。あの時は法月さんにエレベーターの非常用の解除をして貰わなければならなかったから、法月さんに見つかるのはまずかったから、あちこち無造作にドアを開いて歩くわけにはいかなかったんだって!」
 響の反論はこれもまた一理ある。

 九十九の性格を理解していたら、隣が空室なのも納得できるし、響が考えていた作戦に法月を使うのなら、法月に見つかるわけにはいかなかった。

 法月にはしてもらわないといけない作業があったからだ。
 二階に監視カメラがなかった理由も頷ける。九十九が自分がはっきりと映るような証拠になるようなものを残すとは思えないからだ。だから、二階は無人のようで、監視も行き届いてなかった。

 幸いなことに響が居た部屋があんな状態だったので、九十九は響を部屋から出さないようにすればよかったし、もし逃げられてもエレベーターの段階で行き詰まるのは目に見えていた。余計に監視カメラなどに頼る必要なかったのだ。

 それを逆手に取ったのが響の作戦だ。
 響はただ捕まっていただけはない。あそこにいてどんなことが可能なのかを始終考えていたということなのだ。
 楸の助言という暗号があったから、響はそこまで考えて行動をした。
 普通のサラリーマンで、ただの宝生の情人というわけではない。
 これほど隣に居てふさわしい行動をしてくれる情人がいるだろうか。

「暗証番号は結局分からないと思うんですが、どうやって一階に下りたんですか?」
 槙はすっかり響の行動の方に興味が出てしまっていて、目の前でどんどん服をはぎ取られている響のことなど些細な問題で気にならなかった。

 二連木は話の方には興味があるが、響がどんどん剥かれていく様子は見てはいけないと思ってなるべく視線は外へ向けている。

「だから、一階から消火とかそういう作業に人間がくるはずだから、その中に入って消化器持って、その消化器が足りないって言って、他の人と一緒にエレベーターに乗ったんだ! 暗証番号は分からないから、一緒に乗った人に「早く番号押せよ!」って急かしたら押してくれたし! 一階に下りたら大騒動で、外からの消火や襲撃に警戒する警備体制も始まってたし、一階は人がいない状態になってたから動きやすかったし、まず武器庫やればいいかなって! その武器庫は襲撃されたとおもったやつらが鍵あけてたし! 武器持った人間はみんな出払ってて武器庫は無人だったから攻撃しやすかった!」

 スムーズな移動になった作戦がまさか九十九が取っていた非常時の行動まで含まれていたという響の考えに槙は脱帽した。
 そこまで響が考える時間はそれほどなかったはずだ。まずあの部屋を出て状況を理解するのにほんの一時間くらいだろう。九十九に法月が連絡が取れない時間が長ければ長いほど法月に行動させることは不可能になる。

 一階の武器庫を破壊する目的は、九十九側になるべく武器を持たせないようにすることだ。響は楸が「花火」の暗号をもたらした時から、楸が乗り込んでくるつもりでいることは分かっていた。なら、内部にいる響がその武器を使えなくするのが一番手っ取り早い。

 そういうわけで、一階の武器庫を爆破した結果、武器庫どころか、屋敷の半分がなくなってしまったというわけなのだ。
 たぶん、そこには九十九が隠し持っていた爆薬の一部が入っていたのだろう。それに引火してのことだと槙は予想した。島中にあんな爆薬を設置したなら、余っている爆薬はあっただろう。

「それで武器庫の爆破をした後、何故あの部屋にいたんですか?」

「それは! 下手に外へ出てたら九十九の仲間だと思われて、退避する仲間に見つかるとややこしいと思ったから! こんな「花火」あげられたらさすがに九十九もどうなってるのか勘付くだろうし、宝生側が乗り込んでくるだろうと予想して早期退避するかもしれないって思ったし! 九十九の部屋の下の方が、たぶん作り的に頑丈になってるはずだと思ったからあの部屋選んだんだけど! まさか、あんな変態の最終結晶見るとは思わなくって焦ってた!」
 今も焦っているので言葉が乱暴だ。
 響は楸にワイシャツまで脱がされて、ズボンに手をかけられているので大騒動だ。
 槙が質問することで響の集中力が削られて楸の応援をする羽目になっているが、この際は仕方ない。

「変態の結晶ですか? 骨があったとか?」
「骨は部屋のベッドにあったから、本当に添い寝してるのは確認したけど!」

「………………添い寝ですか、それはそれは」
 超弩級の変態と言った以上に変態だった。楸の妄想部屋という名付けはやはり間違っていなかったようだ。響が閉じこめられていた部屋は、本当に九十九が妄想の為に作った部屋だったのだ。

「さっき居た部屋は、あいつの思い出というか、神宮領美術館ってところで! 隠し撮りの写真なんか可愛いもんで! あいつ、神宮領が吸ったタバコの吸い殻まで密封した袋に入れてガラス棚に入れて展示してんだもん! 絶対頭いかれてるって!」

「……大したコレクターですね……」
 いくらなんでもやり過ぎた九十九。神宮領狂いと言われている異名の意味を本当に知ったような気がする。
 しかし、そこを爆破するように言ったのは響だ。

「それに俺もいい加減怒ってたし! 九十九の思い出話も飽きてたし! 九十九が梓にしたことも許せなかったし! 今更、好きだったんだって言われても、アレ見た後じゃ納得できないし! 大体、神宮領と梓の間にあった兄弟みたいな雰囲気を出来てるなんて勘違いして、両方に裏切られると思いこんであんな事件起こしたとかほんと馬鹿だし!」
 響がそう叫ぶと、ズボンを脱がしていた楸の手が止まった。

「九十九が梓に惚れていた?」
 槙も二連木も初耳だったので目を見開いて響を見た。

「九十九と梓は、九十九の話によると、客引きをしていた店で知り合ったらしい。梓は九十九を可愛がってたし、九十九も懐いてたらしい。で、そこで神宮領に会って、梓が神宮領に九十九を使ってやってくれってお願いしたのが三者の出会いみたい……まさか、梓が九十九をヤクザ界に入れたことになってたのには、あきれ果てたけど」
 響があれは驚いたと語ることは、ここにいる誰も知らない事実だった。

 九十九と梓の繋がりはないと思っていたし、調べても出てこなかった。神宮領と梓の繋がりもたぶんキャバクラで客と接客で会ったくらいだと認識していた。

 だから、おかしいと思っていたのだ。
 神宮領と梓の愛人関係が出てこないのに、何故九十九はそこまで詳しく知っていて、梓だけをあれほど執拗に責めたのかという謎だ。

「九十九は梓が長井の子だと知っていたんだろ?」
「いや、それも全部事が起ってから知ったって言ってた。神宮領と梓の間に何かあるとは思ってたらしいけど、まさか神宮領が梓のことを妹のように可愛がっていただけなんて九十九も当時は気がつかなかったみたいだよ。当時は梓が長井の子って分かった後、神宮領と長井が九十九を避けるようになったから、梓のことは可愛さ余って憎さ百倍って感じかな。神宮領も可愛がってた妹をああいう風にされたんじゃ、さすがに九十九の擁護は出来なかったみたいだね。長井って人も怒ってただろうし」
 響がそう言うと、楸にもやっと全貌が見えてきた。

 神宮領は梓が長井の子だと知っていて、梓を妹のように感じていて可愛がっていた。そう言われると納得が出来る。神宮領と梓の間にあったのは、愛人関係じゃないからどこからもそういう情報が出てこないわけだ。神宮領は店以外では梓に会ってなかったから、出てくるわけがない。

 そして九十九が誰に紹介されて神宮領に気に入られて組を立てることが出来たのかもやっと納得が出来る。神宮領は妹と思っていた梓に頼まれたから、そして九十九の才能を見抜いていたからそうしただけなのだ。

 だが、そこから九十九が狂っていく事態になった。
 九十九は神宮領にも梓にも認めて貰いたかった。だが、梓には弟として可愛がられていただけだったから、見向きもされない。神宮領のようになりたいと思っても、まだ若いちんぴら同然の九十九には神宮領は神のように手が届かない。

 どちらにも手が届かない。そう思った九十九は手近にあった梓を陥落させるようにした。だからあのビデオが残っていたのだ。あれは梓に自分は男なのだと見せつける為のもの。忘れるなんて許さない、産むのは神宮領の子じゃなく、自分の子。これで梓を手に入れたつもりだったのだ。

 だが、そうした情報はどこからか漏れる。知った神宮領は梓を助けて、当時親しくしていた宝生に助けて貰った。関西にいるより関東の方が、まだ九十九には土地勘や縄張りの関係で手を出せないと判断したからだろう。弟の清風も宝生を知っていたので、宝生を信じて梓と逃げたわけだ。

 梓を取り上げられ、神宮領にまで愛想を尽かされた九十九が暫く大人しくしていたのは、絶望したからだ。手に入れたはずのモノが指の間から零れていく。その感覚はきっと九十九を完全に狂わすには十分だったはずだ。

 両方を手に入れられない。なら、全部壊せばいい。

 絶望して狂った九十九が、神宮領を裏切り、火威(ひおどし)組と結託して神宮領を滅ぼす計画はすぐに出来た。身代わりを立てたのは、警察の目を逃れる為だけではなく、時間稼ぎでもあった。九十九には壊すものが沢山あったし、直接手にかけないと気が済まないようになっていただろう。

 そうして神宮領事件は起きた。
 宝生が黙って九十九をやり過ごしたのは、あの時の九十九はどうしたって手に負えないモノだったからだ。相手をするだけ火傷を負う。そういう質のものだ。
 九十九は神宮領だけではなく、自分の一族や月時家までも惨殺しまわっていた。
 そうして九十九の暴走が止まったのは、最後に梓を殺してからだ。

「でもさ、自分で殺しておいて、後になってその命日に落ち込んでるなんて、ほんと馬鹿げてるよね。神宮領の遺品集め回って並べたって、神宮領はもういないのにさ。あんなに集めて飾って、神宮領との綺麗な思い出語ったって、もう誰も賛同してくれないのに。20年も付き合ってくれた宝生の先代が居なくなった時から、あいつどっかおかしかったのかもね」
 響がそうしんみりと言うので楸は聞いていた。

「先代が居なくなったのにも今回のことは関係があると響は思うのか?」

「あると思う。20年も九十九が本当は影で生きていて、神宮領事件の真相を知っていて。ある意味、九十九の弱点を握っている一人だったのが宝生の先代だもの。それまで派手なことはあんまりやってこなかった九十九がいきなり暴挙に出たのも、先代が居なくなって寂しくなったのかもって。自分の周りは自分を置いていく人ばかり、昔懐かしい人たちはどんどん先に逝ってしまう。取り残された自分はどうすればいいのか、そういう風に考えたとしたら、こんな馬鹿げた事件起こしてみたくもなるんじゃないかな」
 響があっさりと今回の事件は九十九が寂しいから自暴自棄でやったと言うので、槙はとんでもないと言った。

「それじゃ我々は九十九の我が儘に付き合ったってことになるんですが……」

「うん。だからこれは俺の考えだから、参考にもならないけど。この爆破事件、どう考えても俺だけを誘拐するにしてはデカ過ぎるんだ。俺だけどうにかしたいなら、宝生組の事務所爆破の事件だけでいいってことになるし、火威会やまして九州全土の爆破はやり過ぎ。九十九がヤクザ界全部を敵に回してまで俺一人にこだわるのは変だから」

「いや……九十九はもともと変で、やり過ぎなのが通説なんですが……」
 槙がそれに突っ込む。

「それは分かってるけど、わざわざ用意していた偽物まで殺す必要はなかったし。でもヤクザ界を全部を敵に回しながら表に討って出るっていうなら何か考えがあるのかもしれないけど、そうしたら意味も出てくるかも。それでここまでやって九十九が求めたものは何なのかって考えたら、誰かに相手して欲しかったってことなんじゃないかなって。その為に相手を選んでた可能性もあるかなって……他に目的があるなら、俺の誘拐の意味分からないし。いろいろ繋がらないし」

「つまり……宝生の事務所爆破で収めていたのは、俺にその遊び相手になって欲しかったってことなのか? 火威会の幹部をあらかた殺して、跡取りを残していたのも相手して欲しかったからとか言うのか? 九州には九十九の相手を出来る人材がいなかったから、皆殺しを選んだとでも言うのか?」
 楸が低い声でそう言うと、響はおっかなびっくりになりながらも続けた。

「だから、これは俺がそう思っただけ……なんだけど。九十九は、楸のことを先代の変わりにしていた節があったから。俺のことを神宮領の生まれ変わりだと思いこんで誘拐したのとそう変わらないというか。それから、すっごくマズイんだけど……あいつ、さっき俺は月時響で、楸は宝生楸という人間だって認識してたから……」
 そう響が段々声を小さくしながら言っていくと、槙にも二連木にも九十九に何の変化があったのか理解できた。

「和気藹々だったのは、そういうことですか。これからも我々は逃げた九十九の相手をしてあげなきゃいけないわけですか、そうですか」

「よりにもよって、あんな相手になんで好かれてるんですか、組長、響さん」
 冗談じゃないと思うのは誰でもそうだろう。
 九十九がさっき響を口説いていたのは知っているからこの辺は気をつけようと思ったが、まさか自分たちの組長まで九十九に気に入られていたとは思いも寄らなかったのだ。

「……あの爆破待ちは、響さんだけじゃなくて、組長にも死んで貰っては困るということだったんですね」
 槙がそう結論付けると、楸がもの凄く嫌な顔していた。

 九十九の性格上、気に入った相手とはとことんやる主義なのだ。先代は静かに攻防戦をするくらいで済んでいたが、自分たちがその先代のカテゴリーに入っているとは思えない。思いっきり九十九に楯突いた結果になっているから、九十九の方も派手に来るはずだ。

 更に問題なのは、九十九が響に惚れたことだろう。この辺からも九十九は堂々と責めてくるはずだ。

「………………冗談じゃない」
 楸が頭を抱えてそう呟いた。
 あんな核爆弾相手にこれからやっていけと言われても全力で拒否したい。

 いくら九十九の資金源を全て沈めたとしても、あの九十九があっさり屋敷を爆破した結果をみれば、資金源は大阪だけにあったわけじゃないのは分かる。

 しかも、今どこの組織も上へ下への大騒ぎ中だ。九十九がつけいる先はいくらでもある。この騒動は宝生側が響を取り戻したので宝生側の勝ちで収まったが、九十九は第二戦をしかけてくる。
 島を放棄したのは、その第二戦を想定して逃げたわけだ。
 最初から九十九にはいくつもの計画があった。その都度、九十九は敗走するのではなく、失敗したら次へという道を確保しているということなのだ。
 
 やっかいな。

「……あそこでさっさと殺しておくんだった……」
 九十九を拷問して何か割らせようと考えていたが、甘かった。
 あれは殺しておくべき展開だったのだ。

 痛恨のミスに気付いて、楸はただただ頭を抱えるだけになってしまった。