novel

ROLLIN'2-23

 関西から一報が入ったのは、楸や響が本家の騒動を治めて、都内へ帰って一段落した時だった。その一報は宝生の傘下にある組から広がり、そして組長の元へ届くというやり方だった。

「ひ、響さーん! し、し、し、し!」
 ボディーガードの三束(みつか)が大慌てで部屋に入ってきて大声を出しているが、全然言葉になっていない。

 響は会社復帰に向けて面会謝絶の解けた病院から戻ったという設定のままだったので、その会社への書類を仕上げていた。入院してはいなかったが、そういう設定なので暫く会社には行けない。病院から戻って自宅療養というものに切り替わって、家で寛いで会社に出るつもりだ。

 その間に爆破事件は収まり、犯人からの声明文もないままだが、警察はあるテロリストを捜しているという報道がされている。その関係ではないが、無人島の消滅という事件も報道されていた。島には、あの爆破事件で使われた同じ爆破物が発見されていて、関連性を調べているが、詳細は不明のまま。

 警察は継続して捜査をしているが、あの島が誰の持ち物になっていたかも分からないらしい。らしいとは、報道はされていないということだ。

 警察内部では既に死んだ九十九朱明は偽物で、本物の九十九朱明が生きていて、あの島に潜んでいた情報は掴んでいる。だが、その九十九がどこへ逃げたのか分からないし、そもそも証拠が一切無いらしく、参考人として呼ぶ程度しか出来ないらしい。

 九十九は人の戸籍を簡単に乗っ取ることが趣味と言って過言ではない。その彼の偽の名を追う方も大変な作業になる。
 年間の行方不明者が日本でもどれだけ居るのかということを知っていれば、そのどれが当てはまるのかも分からない。およそ年間10万人というから、途方もない。

 九十九は完全な偽名は使わない。故に完全な偽名からは探れないのだ。

 その九十九の嫌なことは忘れてしまいたい響に三束が衝撃的な一言をもたらそうとしていた。

「三束さん、落ち着いて、一体何があったんだ?」
 響が慌てる三束に飲み物を渡し、それを飲ませてから聞いた。

「ひ、響さんが……神宮領黎真(しんぐり れいしん)の子だって噂が……街中に溢れてて。それで宝生の組は上から下まで大騒ぎになってて……でも組長は黙りで。そしたら、関西から訪ねてきたという神宮領の遺産を管理している人物が本当にそうなのかと問い詰めているところだそうです」
 三束はどうやら宝生ビルにいる知り合いから、その最新情報を流して貰ったらしい。
 響はそれを聞いてもさほど驚かなかった。

「ふーん」
 鼻で笑うような反応しか響がしなかったので、三束は拍子抜けした。

「え、響さん、神宮領って言ったらそりゃ凄い関西ヤクザの一族だったんですよ! なに、ふーんで済ませてるんですか!」
「だって、どんなに凄くても、俺には関係ないし」
 響が淡々と返すと、三束は困った顔をしている。

 しかし、こうも早く九十九が情報を流すとは予想してなかった。
 もうちょっと九十九が落ち着いてからになるだろうと思っていたが、そうはいかなかったらしい。

 だが、楸も覚悟はしていたし、幹部の人たちもそれについての対策は楸に一任しているので、騒いでいるのは一部、いや、響が神宮領の子であることを知らなかった人たちだけだ。

「響さん、どうしてそんなに緊張感ないんですか……」

「緊張感ないというか、今更過ぎて、驚きようがないからかな」
 響はそう答えて書類を仕上げた。三束も響が興味がないようなので仕方なしに警備位置に戻ると仲間からの情報を集める作業に入ってしまった。
 その夜、楸が帰ってくると耀の部屋に居た響のところまで楸はやってきた。

「響、耀、やはり知らぬ存ぜぬでは通らないようだ。一応、うちはそれを知らなかったという主張は通っているようだが、向こうもこれについて引き下がるつもりはないようだ」
 楸がそう言って椅子に座ると、耀もやっぱりそうかという顔をしていた。

「向こうはDNA検査を要求してきている」
「そんなの調べても駄目なもんは駄目なのになあ」
 耀が感想を漏らすと、楸も同感だとばかりに頷く。

「それだけ関西はせっぱ詰まってるということだろう。九十九が故意に流した情報に踊ってるくらいだからな」

「そこまで火威(ひおどし)会をやってくれたってのに、まだ適わないなんて、使えないなあ。あの跡取りなんてこっそり暗殺すれば、自動的に関西の覇権争いになって、功績上げて組を関西のトップに出来るのに」
 火威会は幹部の力で持っている状態だ。跡取りは使えないどころの人材ではなく、今や単なるお飾りだ。そのお飾りに、神宮領のお飾りで対抗しようなど、笑止千万な出来事だ。

 長年、火威会の配下にあった関西は、トップ交代という流れについていけていない。
 その前は神宮領ともう一組の抗争があり、いつでも他の組は蚊帳の外だ。彼らは本当に覇権を取りたいのかどうかも怪しい。トップになるのは怖い、だが利益は欲しい。利益を優先した結果、神宮領の子を選んだ。
 響はそこまで聞いていて、ふと楸を見た。

「やっぱ、俺が行かないと話にならない?」
 響の言葉に楸は頷いた。

「ああ、向こうはどうしてもお前に神宮領の跡目を継いで欲しいんだそうだ。そのことに関して俺が何を言おうが、向こうは俺が響を隠して響の意見は通さないと信じている。だから本人からDNAを取り、検査に回したいというのが今のところの主張だ」

 つまり楸がどれだけ響が神宮領とは関係ないと言っても、向こうは本人から直接得た情報で向こうで判断するので、宝生は口を出すなと言ってきたのだ。
 神宮領という名は思ったよりも大きかったというところだ。

「このまま楸が黙りを続けても、ややこしいことこの上ないね。仕方ないから俺が直接その人たちに会ってみるよ」
 響はうーんと考えた後、そう言った。

「ああ、お前がお前の意思でが前提の話になっている。やれるか?」
 楸の言葉に響はにっこりとして言った。

「ああ、やれる」
 だが、その笑顔はとても物騒なものになっていたことに楸はもちろん耀も気がついていたが無視することにした。
 なにより、自分たちには関係ないことだったからだ。



 宝生の客人は響が関西に赴く意思を知ると、向こうでの会合の予定を立てると言って関西に戻っていった。その二日後に宝生へ会合への案内が届き、響と楸は一緒に出かけることになった。

 宝生の組長が関西に出向くとなると、話は大きくなる。
 暗殺の危険を排除するために、新幹線のグリーン車を貸し切り状態にし、黒服の男達が大勢い移動する。そんな異常事態に警察や公安が気がつかないわけがない。
 警察には早々に情報が入り、杉浦にも連絡が入った。

「何ですかね。神宮領の子の品定めとはいえ、大名行列ですか」
 杉浦の同僚の阿部がそう呟くと、杉浦はずっと首を傾げていた。

「今更、神宮領の血筋の話を持ち出して、関西は何をしようってんだろうな。大体この神宮領の子が月時響なんて情報、バラ撒いた犯人は何が狙いだろう」

「私が思ったのは、この騒ぎに乗じて、宝生の組長の暗殺かと思ったんですが、関西で関東のトップの組長が死んだら、関西は終わりますよね」
 阿倍の言葉を受けて、杉浦はその考えは排除できると思った。
 神宮領の名を使って、何かをしかけるなら、宝生にではなく、関西にだ。

「ちょっと、俺、組長さんと話してくるわ」
 杉浦はそう言って新幹線に乗ろうとしている宝生組の黒服の山の中に飛び込んで行ったのである。

「杉浦さーん、マジで自殺行為ですよー」
 阿部はそういいながらも杉浦を見捨てるわけにはいかないので、その黒山に一緒に飛び込んで行った。
 黒服の男達は、最初向ってきた杉浦を別の組の組員と勘違いをして排除しようとしたのだが、その騒ぎに気がついた楸が組員を止めた。

「マル暴の杉浦警部だ。丁重に扱うように」
 相手が警察だと分かると、組員は警戒をしていたが、乱暴に扱うわけにもいかず、楸の言う通りに道をあけた。その出来た道を通って杉浦は楸の前に立った。

 身長はそれほど変わりない二人だが、並んでみると杉浦の強面の方がヤクザっぽく見える。楸はどこぞのエリートサラリーマンのイケメンで通るような顔つきと体つきで、凶悪な姿をしているわけではない。
 杉浦はその顔を見た時、すかした顔だと感想を漏らしたことがある。
 表面に浮かんでいる苦笑したような唇は、杉浦が来ることは読んでいたらしい。

「今から関西にお出かけですか?」
 杉浦がそう尋ねると楸は笑って答えた。

「ああ、そうだが」
「神宮領のことか」

「ああ、向こうはどうしてもなんとかしたいらしい。今更過ぎて、俺には馬鹿らしいことだがな」
 楸は本当にそう思っていたので正直に答えた。杉浦は神宮領の子が月時響であるという仮説を立てて、かなり事実を知っている人間だ。隠しても無駄であるし、こうまで出回った噂を否定して回るのも馬鹿らしい。

「俺がお前らが乗る新幹線に乗ったとしても、お前らには文句はないよな」
「それどころか、隣に招待しようか?」
 楸はそう言って杉浦を驚かせた。

「別にマル暴の人間と仲良くなりたいわけではない。だが、今回のことはお互いに知りたいことがあるだろう。その情報交換をしたところで、誰も責めはしない」
 楸がもっともらしいことを言うと、杉浦も覚悟を決めた。

「阿部、今すぐ自由席のチケットを買ってこい」
「えぇぇぇ!!」

「招待を受けるわけにはいかないが、自由席からグリーンの席を買い占めている宝生から座っていいと許可を貰って同席するくらいなら、課長も文句はいわん」
 杉浦がそう言い出すと、阿部は慌ててチケットを買いに走っていた。

 楸は買収するつもりはなかったが、この話に杉浦が乗ってグリーン席を宝生から与えられたという不名誉くらいは与えられるかと思っていた。しかし、杉浦はそれを回避してきた。
 さすが、耀が手こずった相手だ。機転が利くし、考えていることは真面目だ。だがある程度妥協は出来る性格らしい。それでも警察という組織からはみ出た行動は絶対に取らないところは杉浦のプライドであろう。

 真実を知ることへの警察官としてのプライドの高さは、どの刑事も勝てるものではない。 今回はそれを買ってやろうというわけだ。
 
 関西に行く新幹線が到着すると、楸とは別行動をしていた響が到着した。
 席は楸とは離れた位置に用意させた。本家から犹塚も連れてきていたから、響は楸と別の席であることは気にしてなかった。

 だが、楸の前の席を向かい合わせに回して、強面の誰かがグリーン車に入ってくると、周りの組員の様子が一気に緊張したのは感じれた。

「あの人、見たことないんですが、誰ですか?」
 響がその人物が座るところまで見届けてから犹塚に尋ねると、犹塚はああという風にして言った。

「あの方は、マル暴の有名人、妄想と超展開発想の杉浦警部です」
「………………はい?」
 その紹介の仕方は、警察の人間と聞くよりももっと驚きがあった。

「その名の通り、妄想し、超展開の発想をしながらも、事件の真実を確実に暴き出す。マル暴の中でも一番の要注意人物です。ですが、今回の杉浦警部の目的は、最終的な情報交換でしょう」

「情報交換?」
「ええ、九十九に関してのです。宝生としても九十九が警察に捕まってくれればのちのち安心出来ますし、警察としても連続爆破犯逮捕に繋がる情報なら欲しいところ。九十九がやっかいなのは宝生も警察も同じということです」
 犹塚がそう言うと響も納得できた。
 どうやら楸に危険が及んでいるわけではないようなので響はそれ以上その話を蒸し返すのはやめた。

 楸に席を勧められた杉浦と阿部は、楸の向かい側に座るように言われた時、月時響が遠くの席に座っているのを確認した。だが、今日の目的は響自身ではないので無視した。

 目の前に悠然と座って足を組んでいる宝生楸を改めて見ると、貫禄があるなと思えた。相手を威嚇するまでもなく、威圧感だけは異常に感じる。大抵の組組織の組長クラスに会ったことはあるが、宝生組組長を間近で見たことはなかった。

 まだ28だというのに、ここまでヤクザの世界にどっぷりと浸かっているとはいえ、他の組長クラスとは格が違いすぎた。
 代は変わっても宝生の名は伊達ではない。そう言われる由縁がはっきりと感じ取れる。
 一緒に座っている阿部などは、完全にこの威圧感に圧倒されてしまっている。

「最近出回っている、神宮領の話の噂の出所は九十九朱明なんだな?」
 杉浦がそう切り出すと、楸はあっさりとそれを認めた。

「ああ、そうだろう。ここまで詳しく知っている者は、うちでもそれほどいない。だが、当時から知っている九十九ならあり得る」
 神宮領の子という噂は、梓が長井の子で、その付き合いで神宮領と付き合い、響が生まれたのは神宮領の死後、そして生まれた日に梓が死亡していること。そして、宝生が響を四年に渡って隠し、今も監視下に置いている経緯までしっかりと九十九目線で語られている。

 九十九目線と思うのは、九十九を知っている人達が全員そう思ったからだ。
 
「だったら、九十九は神宮領の名を使って、関西で何かをしようとしているのか。あそこは九十九の地元であるし、仲間も少しは残っている……何かを始めるなら関西からというわけか」

「ご名答。九十九は自分を死んだことにしておくのはもはや通せるものではないと判断し、自分がしたことを特に関西に知って貰う必要があるらしい」

「また月時響を誘拐する目的があるとは考えないのか?」
 関西で何かを起こすとして、九十九の目的はつい先日まで響だったはずだ。ならその再度誘拐を土地勘のある関西でやろうとし、神宮領の名を出して関西に呼び寄せたのではないか。そう考えた。

「九十九が関西で何をしようとしているかは俺も知らん。だが、うちの組関係で響を関西に連れて行かないといけない状況だから、そうしているだけだ。それに九十九は響を誘拐などしていない」
 楸がそう言い切ると、杉浦はちっと舌打ちをした。

 響が九十九に誘拐された事実を宝生は徹底的に隠そうとしている。
 だが、その誘拐を証明する証拠が何処にもない。月時響が入院していた病院は一昨日判明したが、その記録を調べても特別待遇だったので、情報は患者の守秘義務として病院側が開かそうとはしない。響は事故で入院したはずだと言うと、相手側と示談が成立し、事件にはしないと言われたら、警察は事件を立件することが出来ない。

 つまり、月時響が入院していた事実しか出てこないのだ。

 あの島の惨劇を見るに、響があそこに監禁されていたのは分かる。だが、それを破壊してしまったので響がそこに居た事実も確認できない。そして九十九が居た証明も出来ない。

 しかも宝生側がヘリを出し、島に向ったのは分かるが、あの破壊は宝生がしたわけではないことが判明している。あの島を爆破した人物は、今回の連続爆破と同一人物なのだから宝生の事務所も爆破されているので宝生のわけがない。

 誘拐の証明が出来なければ、月時響を取り調べることは出来ない。そういうわけで警察は現在の九十九を知っているはずの響を尋問することも出来ないのだ。
 宝生側は九十九の存在は認めるが、響が誘拐されたことは認めない。

「誘拐はなかった。まあそれでいい。だが、お前達は月時響の会社に偽名を使って侵入していた、高木という人物を追っていた。そしてその高木が真田という人物であるのを確認しているはずだ」

「ああ、それは確認した。響に近づいて宝生の情報を得ようと考えた輩だ。当然調べるだろう。高木が真田であるという情報は、その後の調査で分かっている。だが、その高木に化けていた真田は消えてしまったのでこれ以上追えない。それが?」
 認めた上でとぼける。出す情報は警察が掴んでいるものばかりだ。

「真田が九十九であるという情報がある。それはお前らが流したものだろう」
 杉浦がそう言うが楸は顔色を変えずに返答する。

「さあ、俺は知らないことだ。そんな情報があったのか。もっと真田を調べればよかった」
 楸が杉浦に流したわけではないので、知らないと言える。

「だが、真田を追っていたのは事実でしょう。行く先々に黒服の男が現れていた。それは貴方たちの組員なのではないですか。真田が九十九だったということに気付いてたんじゃないんですか」
 阿部がそう口を挟むと、楸は阿部を見てニヤッと笑った。

「なかなか可愛い部下だ。名は何という?」
「あ、阿部です……」

「阿部刑事、その黒服の男がうちの組員であるという、その証拠は何処にある?」
 そう切り替えされて、阿部はうっと唸った。証拠はない。ヤクザっぽい人たちだという情報だけだ。その黒服の男たちは探偵と言っていただけで、宝生組の組員とは言ってない。

「それにうちの組員だったとして、その真田とやらを追っていたことは、何か罪になるのかな?」 
 楸がそう言って阿部はそれ以上反論出来なかった。宝生組が真田を調べていたとしても何の罪にもならない。ただ彼らは探偵がやるような身元調査をしていただけだ。
 監視カメラに宝生組の組員が写っていたとして、組員だと分かったとしても無意味だ。真田が九十九だという情報がある以上、真田が宝生に消されたという事件が成立しないからだ。

「俺は、九十九の資金源だった金庫が降る事件は、宝生組が噛んでいると思っている」
「ほう」
 杉浦の切り返しに楸は肯定も否定もしなかった。

「だが、証拠がない。調べたとしても宝生組に繋がるようなものは何一つでないと思っている。だが、時期的にあれは宝生からの九十九への報復だと思っている」
 杉浦はわざとそう言っていた。楸の顔色を伺いたかったのだが、楸の顔はどんな反応もしなかった。

「あれが九十九の金庫だとして、総額は確か、10兆円だったか。随分ため込んでいたものだ。九十九のモノだとすれば、偽名を使っているだろうし、名乗り出てはこないから、6ヶ月後には拾った警察のモノになる。よかったな、重役の豪遊経費が増えて」
 楸がそう感心したように言うと、杉浦はため息を吐いていた。

 またはぐらかした。どうしたってまともに取り合う気がないらしい。

 あの大量の金を警察が拾ったのは事実だ。持ち主は現れないから、押収した警察が保管し、期限がきたら、上層部が喜んでそれに手を付けるのは目に見えている。

 これは楸の皮肉だ。警察はその金を絶対に寄付などしないし、内々で処理したと公表して闇に葬るだけだ。金に汚いのは何もヤクザだけではない、警察も同じだという意味だ。

 どうにもこうにも楸は爆破事件についての真相ははぐらかしてしまうらしい。証拠はないから、こっちの想像だけでしか宝生を追い詰められない。それを知っているから、宝生は重要な証拠に繋がるような迂闊な発言はしない。

「ああ、金に汚いといえば、マル暴から潜入捜査をしている人間だが、アレはそろそろ取り替えた方がいい。警察からの給料も出て、うちからも給料が出ているのに、物品の横領をして金儲けをしている。あれは随分と手慣れているようだから、自分の課の過去の押収品も調べてみると面白いことが分かるかもしれないな」
 楸が自分のビル内部に警察のスパイがいることを知っていると明かし、更にその刑事が宝生内でも物品の横領をしていると報告してきて、杉浦の頭痛は最高潮に達した。

「……忠告ありがとう」
 潜入捜査の刑事はどうやらヤクザ以下に成り下がったらしい。そのヤクザからもいらないと言われてしまっては、同僚として情けなくなってくる。おまけに取り替えた方がいいということは次に刑事を送ってきても気にしないという意味だ。嫌みすぎて泣けてくる。

「月時響が神宮領の子だと認められたら、公安は月時響をマークするぞ」
 一応そう忠告をしてみるが、楸は涼しい顔をしている。

「それが関西には出来ない。九十九が絡んでいて、まともにまとまるとでも思っているのか?」
 楸がそう言うと、杉浦はハッとする。

「まさか、これは関西ヤクザへの警告なのか? 噂を流し、月時響を神宮領の子だと認めさせるために関西ヤクザは一同に動く。もちろん、そこには各組の思惑があるだろうから、そこから九十九は攻めるつもりか!?」

「確証はないが、ただで済むとは思えないのでね。九十九が何故関西に執着するのかという理由はもう杉浦警部にも分かっていると思うが」

「……結局、神宮領か。執着するのは神宮領が治めていた土地だから、そしてそれを理想としていたから。神宮領の子である月時響を使ったのは、ただの動揺作戦。関西が神宮領の子と認める前に、九十九は何らしかの行動に出る、そういうことか」
 杉浦警部がそう言い切ると、楸は内心、なかなか鋭いなと思っていた。
 九十九に関しての情報はそれほど与えたわけでもない。杉浦警部が九十九の性質を理解していればこそ想像出来る内容だ。

「……いや、何らしかの行動ではない。九十九は新しい寄生先の組を探していた。神宮領の名を使ったのは、神宮領の名に左右されない組を探す為。いやもう組は探し当ててる。いやそもそも火威会の爆破は……関西に騒動や組同士の争いを招いて自分が戻りやすくする為か!」
 その杉浦の超展開妄想に楸も一理あるなと納得した。

 九十九の真の目的は、今落ち着く為のヤクザの組。九十九の影のルートはまだ謎に包まれているので、ルートが生きているなら金は徐々に集まってくる。だが、その金を集める為に必要な費用が今のところ少ない。その金を増やす為に、組の金を使って組の金も増やしてやり、そこから徐々に九十九の資産も再構築されていく。

 そして金を集めてきてくれる九十九の存在は、組にとっては重要な資金源になるので、九十九はまた重役に就くことが出来る。そのうち、その組は九十九を飼ってるつもりが、九十九に飼われている状態に逆転する。
 その期間はそれほどかからなかったはずだ。

 表向き、警察も公安も九十九を爆破犯として捕まえることは出来ない。証拠が何処にもないし、九十九に口を割らせようとしても無駄な時間が過ぎるだけ。それに九十九が拘留されている間に法月辺りが別の爆破事件を起こして、また九十九が犯人ではないという証拠を出してくる。そう、30年前の事件のように、九十九は警察も公安もまた出し抜いてくるはずだ。

 30年前の事件も時効を迎えているし、民事も無理だ。成り代わった真田についても事件の時効は過ぎている。なので真田殺害でも捕まえられない。
 真田名義で何かを行った形跡もないので、偽真田としても捕まえられない。
 警察も公安も手も足も出ない。だから、九十九はヤクザ界に出戻ることが出来る。

「現状、警察も公安も、九十九には手も足も出ないということか。九十九は証拠を残さない主義だ。徹底して調べても九十九が爆破犯である証拠など出てこない。そういうところはずる賢いからな」
 楸はそう言っていた。
 九十九が現場に指示を出していたとしたら、九十九の情報は何も出ない。九十九は爆弾を作った人間すらも殺しているからだ。喋ってくれる証人が一人も外部にいないということだ。

「警察が認めることが出来るのは、30年前に任意同行を受けた九十九が偽物で、死んだのも偽物だと認めることだけ。だが、その偽物が居たとしても30年前の罪は問われない。九十九は意気揚々とヤクザ界に戻ってくるわけだ。もちろん、爆破物を作った人間はとっくに消してるだろうから、探すだけ無駄……あーあ、どうやっても九十九を正面から捕まえられないか」

「爆破の起爆に使ったのは携帯電話だろうが、その携帯の履歴も無理か」

「ああ、無理だった。本人がちゃんと契約して買っていたし、その本人はどの人間も行方不明。九十九が表立って行動したとは思えないから、証拠が出たとしても部下の法月が捕まるだけで、九十九は知らぬ存ぜぬで通ってしまう。弁護士なんかついたら、無罪放免になって、その事件で九十九を再度罪に問えなくなる。だから迂闊に逮捕も出来ない」

 杉浦はあらゆる方法で九十九を逮捕出来ないかを探ったが、どうしたって逮捕にはたどり着かない。上層部は九十九を簡単に逮捕しようとしていたが、現場は証拠がないので時期が早々過ぎるといい、検察が乗り出してみたが、状況証拠だけでは起訴すら無理と判断した。
 裁判になっても九十九は罪に問えない。証拠が一切無いからだ。
 唯一問えるのは、月時響の誘拐だ。だが、本人はそれを認めないだろう。

「マル暴の管理官の意見を聞こうか」
 楸がそう切り出すと、杉浦は渋々しゃべり出す。

「毒を以て毒を制す……それが九十九に対するこちらの対応だ」

「それを俺にあっさり喋るということは、もう一つの毒は俺のことか」
 楸はそう言って笑っている。刑事が捜査上の方針をヤクザにペラペラ喋るわけがないので、わざとそう言っている。

「まあ、気長に待ってばいい。後20年もすれば、九十九も安楽椅子犯罪者になりさがる。そうすれば、現場から証拠も挙がりやすくなるだろう。些細な現場のミスは簡単に繋がりを喋りやすくする。九十九が捕まらないのは、九十九が現場で直々に動いているからだ。アレは証拠を残さない方法を知っている。他人任せになってくれば、九十九がミスをしなくても、他がミスをする」
 楸が軽く返すと、杉浦はげんなりとした顔をしていた。
 今の宝生でも九十九を捕まえることが出来ないと言われたのだ。

「後20年ね。俺の定年前に九十九を監獄に送ってみたいよ」
 杉浦がそう呟くと楸は笑って言う。

「ああ、そうだ。一つ気になることを言ってもいいだろうか?」
「なんだ?」

「阿部刑事は、自宅から出勤したのか?」
 楸が意外なことを言い出したので、阿部はキョトンとする。

「……あ、はい、自宅からです」
「一人暮らしか?」

「ええ……それがいったい何なんですか?」
 さすがに楸が何を言っているのか分からずに阿部が身を乗り出して聞き返すと、その阿倍の胸ぐらを二連木が掴んで、その横から槙が阿倍の背広の襟をまさぐっている。

「ちょ! なんですか!」
 阿部が暴れようとするも動けずにいたが、それを見ていた杉浦は楸がどうしてそんな質問をしてきたのか分かっていた。
 槙が探り終えてある物体を取りだし、それを楸の手に渡した。

「ああ、公安の切れ者という噂の警部がいたな。名は確か鬼頭。今、九十九の身辺調査の指揮を執っていると聞いたが……杉浦警部、あまりにも行動を読まれすぎではないか?」
 その物体を杉浦に手渡すと、杉浦は苦笑していた。

「まあ、俺に仕掛けるのは不可能だと思ったんだろう。阿部なら簡単だしな。鬼頭もなりふり構ってられないってことじゃないか」
 杉浦はそう言って、その物体、盗聴器をその場で壊した。

「仕掛けられている可能性は分かっていて、知らないふりをした。九十九の情報を公安に流して、公安にこの案件を押しつけようというわけか」 
 楸がそう見抜くと杉浦は更に苦笑した。

「そういうあんたも、この可能性は分かっていて、さっきまで見逃した。あんたも公安に丸投げしたいんじゃないか」
 杉浦もそう返したので、二人で暫くにらみ合っていたが、ふっと二人が笑い出した。

「公安が目障りなのはお互い様だな。九十九に張り付くっていうなら、そっちに行って欲しいのも同じか」
 杉浦はニヤッとしてそう言った。

「杉浦警部も公安に始終張り付かれるのは嫌らしいな。自分の隙を見せないようにしておきながら、阿部刑事に仕掛けるのは容認した。そうしないとどこまで盗聴されるか分かったものではないから、少し手の内を見せるだけでいい状態にした」
 楸と杉浦がどっちも公安の目を嫌って、一部は容認しながらも、全部は見せないようにしている。

「俺はあんたみたいな組長は憎たらしいから好きではないが、考え方は割合気に入った」

「それはどうも。俺も評判の杉浦警部の超発想を間近で拝聴出来てなかなか楽しかった」
 そう二人が言ったところで杉浦が先に席を立った。
 阿部は盗聴器が自分から発見されたことで呆然としていたので、少し反応が遅れた。

「大阪はこれから荒れるんだろうな」
「だが、我々は関東にいる。嵐は暫く関西に止まるだろう。その成り行きを高みの見物といこうか」 

「そりゃいいな。じゃ、邪魔したな」
 杉浦はそう言うと楸の返事を聞かずに阿部と共に自由席の方へと移動していった。

 杉浦が早々に退散したのは、公安がいるからだ。盗聴されていることは知っていたし、それを見逃していたが、楸が発見し杉浦が潰す羽目になったので、これ以上楸と長く会話をしていると公安に何か重要なことを喋ったのではないかと疑われる羽目になる。
 だから、早々に退散し、盗聴器が見つかったのでグリーン車を追い出されたと見せたいようだ。

「なかなか、頭の回転が速いですね。盗聴器が見つかって約2分。見つかって怒られて誤魔化して退散という流れなら、この時間で撤退すれば車内にいる公安も納得するわけですね」
 槙が感心したように言った。

「それに面白いことを言っていたな。俺でも想像はしてなかった、九十九の寄生先からのヤクザ界への再デビューが火威会の爆破事件と関わっていて、真の目的はそっちだったという話。なかなか筋が通っていて興味深い」

 楸はその可能性は考えてなかったが、杉浦が妄想したなら、この結果はあり得るということだ。九十九は火威会の内部抗争に爆破を使いながらも、その別の目的としての道も残していた。響の誘拐から失敗をしてもまだ使える逃げ道は残していたということなのだ。
 やはり、一筋縄ではいかないわけだ。

「ですが、あまりやる気がないようなのが問題ですかね」
 槙は残念そうに言った。
 杉浦は事件の真相には興味はあるが、犯人逮捕には興味がない。

 元々、杉浦たちが捕まえることが出来ても、爆破事件の対策本部の上官達に持って行かれる事件だ。自分で取り調べも出来ない事件では、杉浦が興味を持つのは逮捕より真相の方だろう。

 この30年に及ぶ、壮大な九十九の人生そのものに杉浦は興味を抱いているだけなのだ。そして九十九が野放しな以上、これからも続くであろう事件に杉浦は絡んでくる。ということは宝生とも杉浦は顔を合わせるようになるだろう。

 今日の対面は挨拶代わりだ。お互いに長く続く付き合いになることへの最初の挨拶。