novel

ROLLIN'2-24

 大阪についてまず宝生を出迎えたのは、神宮領(しんぐり)の遺品を管理している立花元組長だった。彼が楸のところに出向いて響のDNAと神宮領のDNAの照合を求めた人物だ。

 立花は駅で二人を出迎えた時、響の姿を見た瞬間、その場にへなへなと座り込んでしまった。
 慌てたのは立花の部下と、出迎えられた宝生側だ。

「大丈夫ですか、立花さん」
 周りが慌てて立花を支えると、立花は響を上から下まで眺めて、涙を流しながら言ったのだった。

「黎真(れいしん)さんに、そっくりだ……」
 その言葉に響はふうっと息を吐いて安堵した。
 何かに狙われて撃たれたのかと思ったのだ。だが、響の姿を見てあまりに神宮領に似ていたので驚いただけだったのだ。

「この先、こんなことがずっとあるわけ?」
 響がそう呟くと、それを聞いていた楸と犹塚(いづか)がぷっと吹き出して笑った。

 立花の家に招かれると、そこからは立花の独壇場だった。
 神宮領についての歴史を語り出し、黎真が如何に優れたヤクザのドンだったのかを延々と語ってしまっている。

 響はそれを聞き流していた。その歴史については、前に散々変態加減が酷かった九十九からも聞いている。だから二度目だったし、どっちも熱烈だ。

 しかし何故みんなそこまで死んだ人間の栄光を語りたがるのかが分からない。死んだら美化されるとはいえ、これはあまりに酷すぎる。

 どの神宮領関係者も神宮領を神聖化し過ぎている。
 彼が死んだのは、九十九に殺されたからではなく、ここまでの信者から逃げたかったのかもしれないと思えてきた。

 響には組長クラスの男を二人ほど知っている。一人は楸、そしてもう一人は九十九。どちらのタイプも冷静沈着ではあるが、羽目を外すときは外すし、誰かを好きだと思えば、その人の前では甘えたりもする。完璧な人間ではないのだ。そう思うからこそ、神宮領黎真という人間の完璧性を語られても、どうしたって納得できないのだ。

 黎真だって男で、ただヤクザの家系に生まれただけだ。
 だから余計にこの話を聞くと、この人たちは黎真の本当の姿を見ていなかったのではないかと思えてならない。

 響は神宮領の歴史講座を受けた後、楸が待っている部屋まで引き上げて、やっとほっとしたものだ。

「どうした?」
 楸が響の変化に気付いてソファから立ち上がり、響の側まで来た。顔を覗き込んで顔色を確かめている。

「ん、気分が悪い訳じゃなくて、ただずっと変態の言うことだから、大げさなんだって思ってたんだけど、そうでもなかったから、ちょっとなんかなあと」
 響はそう言って首を傾げている。楸は何のことか分からなかったが、響が何か言いたそうにしていたので座るように勧めた。響は楸の隣に座り、普段ならしないだろう楸の体に手を回して楸を抱きしめると言い出した。

「楸はさ。自分が組員から、ヤクザ界のサラブレットで神扱いされてると分かったら、どう思う?」
 響の問いに楸はなるほどと思いながら、自分の考えを言った。

「俺が組員にそう見えているなら、そう見せておく」
「なんで? 楸は神でもないし、組員と同じ人間だよ?」

「それが分かっているから、組員にはそう見せておくべきだと俺は思っている。神扱いはまあ大げさかもしれないが、組にとってトップであるべきだと思わせることは組を束ねる為には必要な要素だ。俺が普段通りにしていてもそう見えるなら、俺は普段通りにしておく。俺は気にならないしな」

「そんなもの? 俺は……ちょっと違うかなって」

「響は、普通に育っているからな。誰かに神扱いされたり、トップであるべき姿を見せてきたわけでもない。そうだな、響の仕事で、響は一応部下を持つ立場だ。その部下に舐められないようにそれなりの地位に見合った態度を取る。それは必要なことだろう?」
 そう楸に言われて響は確かにそうだと思った。
 ヤクザの世界にもそうした上下関係がある。組を超えたものが存在する。それが神宮領というヤクザだ。

「神宮領ってそんなに偉い? 伝説化するほどなの? 俺には楸みたいな人間としか想像できないんだ」
 響がそう言うと、楸は苦笑した。
 それがヤクザ界にいる者にとってどれだけの賛辞になっているか、響は気付いていない。

「だってさ。ヤクザとしてはりっぱで、部下は皆慕っていて、他の組からも一目置かれていて、かっこよくて、警察とも渡り合って、男気溢れてて、そんで優しいの。そんなの言われても俺は楸しか思いつかないんだ。神宮領の話をされてるのに変だなって」

「それはもの凄い賛辞だな。響がそう思うならそうなんだろう。黎真という男はそうした男だったということだ」
 楸に言われて響はふと母親のことを思い出した。

 母親の梓が黎真に惚れたのは、そうしたところがあったからだ。
 そして自分の趣味は、梓に似ている。似たような相手を求めたのだ。

「それでさ。俺は、その全部を徹底的に否定しようと思うんだけど、どうかな?」
 響がそう言うので楸は苦笑していた。

「お前はそうすると思っていた。だから後は気にせず好きなようにすればいい」
 楸がそれを認めてくれたので響は気が楽になった。出来れば楸に不利なことはしたくなかったが、響が楸と生きていくためには、響は黎真の全てを認めるわけにはいかないのだ。どんなに素晴らしく、強い伝説のヤクザであってもだ。自分が神宮領の子であっても、自分は黎真の生まれ変わりではない。前に九十九にはっきりと言ったように、自分は月時響という存在で、宝生楸の恋人だ。それだけでいいのだ。


 関西ヤクザが一同に会することはほとんどない。
 だが、途絶えたはずの神宮領家の血筋が、宝生に守られて生きていたと聞けば、ほとんどのヤクザがその姿を一目くらいは見ようとして集まってくる。

 大阪の事件後だから、ヤクザが集うのは危険である。警察も事前に情報を得ていて、その会場付近に待機している。東西南北の関西ヤクザの幹部が集まることになったら、何か騒動があるかもしれない。それを近くで見張るつもりらしい。

 そして関東から宝生組の組長までやってきていては、何かあると誰でも考える。

 集まったのは立花の屋敷で、広い客間は全て襖を取っ払い、百畳くらいの広さに各組の幹部が揃っている。
 大阪の事件後に情報を交換する場としても役には立っていて、すでに本物の九十九が生きていることは知られていて、今まで偽物に騙されていたヤクザ界はとにかく九十九の情報が欲しいのだ。

 そんなところに宝生組組長が登場すると、全員が押し黙った。
 関東を統制する組の組長となれば、それなりに礼儀を尽くさねばならない。だが、現れた若い組長の威圧感にその場のものは圧倒されたのだ。
 その場にいるだけで、他の組も黙らせるには十分な貫禄があると言えばいいのだろうか、とにかく直に楸を見たのも初めてである関西ヤクザは、その姿に圧倒されていた。

 それに続いて響が現れると、一部の組幹部がうめき声を上げていた。

「なんということだ……」
「……似ているなんてもんじゃない」
「生きて帰ってきたのかと思った……」
 神宮領の顔を写真でしか知らない者たちには何処が似ているのか分からない。顔はまったくの別物なのに、神宮領と交流した者たちが全員が呻いている。

「何処が似ているんですか……?」
 どうしても納得できない者が自分の幹部に聞いている。

「顔は別物だが、雰囲気といい立ち姿といい、とにかくあの目が似すぎている。あれが血が繋がっていないという方がおかしい……信じられん」
 神宮領の子がいるという噂を完全に信じたわけでもなかった幹部までもがそういうのだから、似た誰かを宝生が囲っていただけという仮説は吹っ飛んでしまった。
 響が座って立花が響のことを説明する。

「月時響殿だ。母親は月時梓、この梓の父は神宮領の片腕だった長井の子だ。そして神宮領黎真と梓の子が、月時響殿である」
 そう立花が説明をすると、更にうめき声が上がった。
 響の母の父があの長井。それを聞いて落ち着ける者はいないだろう。
 神宮領と同じく伝説になった神宮領の片腕の長井は有名である。若いものでもその忠誠心の噂は耳にしている。

「神宮領黎真の子であるという証明は、DNA鑑定に回すことになる」
 立花がそう言い切ると、全員が黙った。
 神宮領のDNAが残っていることは有名で、その管理を立花がしているのも知っている。
 だが、その一同が黙った時に響の声が上がった。

「そのDNA鑑定して、神宮領の子であると分かったとして、それでどうなるんですか?」
 その一言に全員が言葉を発した響を見た。
 当の本人がそれを分かってないとは思ってなかったのだ。

「昨日説明をしたではないですか、神宮領の血筋と言えば、関西ヤクザでは伝説の血筋ですぞ! それを証明するのが私の役目、そしてその跡目を継ぐのは貴方ですぞ!」
 立花がそういきり立って言うのだが、響はそんな立花を見てはっきりと言った。

「俺、伝説の血筋だからと言われても、神宮領の跡目なんか継がない。その必要性をまったく感じないから」

「なんですと!」
 立花はあまりの言葉に倒れそうだった。周りもてっきり神宮領組を再生していくものだと思っていたので、響の否定に驚いていた。

「そもそも、30年も前に無くなったものだ。今更再生させたとしても、新参ヤクザと変わらないと思う」

「し、し、新参ですと! 伝統ある神宮領を新参!?」
 立花は昨日響が大人しく神宮領の話を聞いていたので、てっきり跡目を継ぐつもりなのだと思っていたらしい。

「俺は、神宮領なんて、つい一ヶ月前まで知らなかったし、父親が神宮領だって言われたのもつい最近。貴方が神宮領の素晴らしさについて語ってたけど、俺には全然ピンともこない。テレビゲームじゃあるまいし、伝説の勇者みたいに成り代わるのは無理」
 響が神宮領をゲームの勇者扱いしたことで、神宮領を知っている者達が全員いきり立った。

「ふざけるのも大概にしてくれ! 神宮領の名をゲームごときの勇者と同じにするでない!」

「そうだ! 大体こんな小僧、本当に神宮領の子なのか!?」

「神宮領のことも何も知らないものが、神宮領の子などと名乗ろうとは!!」
 いきり立ったのは50歳くらいの幹部ばかりだ。その幹部の傍に控えていた者達はあまりの幹部の怒りようにここまで怒らせて無事で済むのだろうかと不安になってきた。

 だが、響はそれを平気で受け止めている。
 素人だからヤクザの恐ろしさを知らないのか、それとも神経がどこかおかしいのか。

「というか、ここで神宮領のこと知っている人で、実際に会ったことがあるのは、今怒っている人だけだよね」
 響がそう言うと、全員が周りを見回した。

 古谷の幹部、田巻の幹部、名取の幹部、平尾の幹部、そして立花だ。
 他の幹部は年がまだ若いので、神宮領には会ったことは確かになかった。神宮領のことはこの幹部達のような年齢の人たちがそう語っていた。実際に事件もあったし、神宮領がしてきたことは歴史としては知っている。
 だが、神宮領の素晴らしさについてはただの伝達でしか聞いていない。
 つまり、響と同じ立場の人たちだ。

「30年も前だもんね。知ってる人の方が少ない。神宮領の血筋は途絶えていると言っていたから、神宮領の内情について詳しい人なんていないよね」
 響がそう言うのでいきり立っていた者達も黙り込んだ。

「ねえ、そこで聞いておきたいんだけど。神宮領の組を立てるとして、土地や組員、構成員とか、資金源とかどうなるわけ? 俺、丸裸の王様になるの?」
 響はそう尋ねる。

「そ、それは、我々がそれぞれ用意して……神宮領の財産は立花が預かっているから、それを使って出来る」
 一人が苦しそうに言ったが、それに響はまた質問をした。

「それ、相続税払ったらなくなると思う。一旦立花さんが預かる形になってるらしいけど、俺に相続させたら相続税で土地は持って行かれるな。そんで、組員だけど、そちらさんの組員から何人か選んで、神宮領組が出来たのでお前は今日から神宮領組の組員だって言うつもり? それ誰も納得しないと思う。神宮領組の組員関係者は皆殺しだったっていうから、今更神宮領組作るから集まってーって広告出しても無駄っぽいし。集まったとしてもその伝統やらの神宮領組なんてなれない新参ヤクザになるし。それに資金源のルートまで分けてくれるつもり? そんなことしたら大変だと思うよ。そういうルートないと組が成り立たないってことくらい俺でも知ってるんですけど、俺がそのルートを自分で造らないといけないの? 貴方たちと争って?」

 響が一気にした質問と回答で周りが全員確かにそうだと頷いている。

 相続税も馬鹿にならない。組はルートから隠し財産でそれを払い、相続税をなんとか払っている。そうして相続した組も多い。

 そして組員の問題。響の言う通り、いきなり神宮領組の組員になれと言われても、それぞれの組に思いがあって入った者だっている。その神宮領組に組員を分けるとはいえ、重要な組員は渡せないから、雑魚ばかりの組員構成になる。まさか神宮領組の組員募集という公告を出すわけにもいかないだろう。

 そんなのは伝説の組にふさわしいのか?という疑問が出てくる。
 ルートに至っては誰も渡しはしないだろう。話すだけ無駄なことだ。

 つまり、神宮領組を作っても、神宮領組という名だけの中身が空っぽの組が出来る仕組みにしかなっていない。

「貴方たち、そういう空っぽの神宮領組を作りたいの?」
 響がそう尋ねると、誰もそこまで考えてなかったことが伺えた。

「いや……そういうことは、今まで預かっていたという、宝生がなんとかしてくれるはずだ」
 立花がそう言い切ると、響がジロリと立花を睨んで言った。

「貴方たちは、宝生から神宮領の子というものを横取りした挙げ句にそんなことまで宝生に集ろうっていうんですか!」
 ぴしゃりと言い放つと立花はおろおろとしだした。まさかそう返されるとは思ってなかったのだ。

「そもそも、立花さんや他の方も間違っている。宝生は神宮領に従ったんじゃない。そこをはき違えてもらっては困る。宝生は昔の恩、それも神宮領ではなく、俺の伯父に命を助けて貰ったから、俺のことまで面倒を見てくれただけだ」

「だったら、昔に、貴方が生まれた時に返してくれてたら」
 まだ言い訳をしてまで取り返そうとする者が言うと響はその者を睨み付けていた。

「なら貴方たちに問う。あの時の九十九の暴走の中、生まれたばかりの俺を貴方たちは宝生の先代のように匿ってくれたか?」
 響は厳しい顔になりそう尋ねる。

「……それは、匿ったに決まってる」
 苦しそうに言ってくるが、それくらいは誰でも言える。今更だから言える戯言だ。

「そうだろうか? 組の施設が全国渡って襲撃を受け、組にもかなりの損害と打撃を与えていた九十九から? 伝説だのサラブレットだの崇めて置いて、神宮領の組関係者を誰も守れなかったのに?」
 響が具体的に損害と打撃を思い出せと言って詰め寄ると、その者は黙った。

「…………」

「貴方たちは、自分可愛さに俺のことを九十九にさっさと差し出していたと思う。そうやって貴方たちは神宮領の組関係者を見殺しにしたんだ」
 その響の言葉に一人が怒鳴った。

「それはいくら何でも侮辱しすぎだ!」

「事実を言ったまでだ! 関東の宝生の先代でもかなりの打撃を受けて受け流すしかなかった状況で、九十九どころか、火威会の台頭すらも止めることが出来なかった者に俺を守れると言い切れるなら、それなりに納得できる説明と計画を出して貰おうか。それから神宮領組関係者が誰も生き残っていない理由をきっちり説明して貰おうか!」
 響が怒鳴った人間を睨んで言い切ると、その者はぐっと言葉を飲み込んで立ちすくんでいる。つまり、ここにいる誰もが生まれたばかりの響を当時守るなんて出来なかったということなのだ。
 それどころか神宮領の組関係者が助けを求めても、彼らは見殺しにしたということだ。そうでなければ、神宮領組の関係者がここに居ない理由が説明できない。
 

「それから今更になって神宮領を担ぎ出そうとしてる目的をはっきりと言って貰おうか。立花さんはまだ遺品を管理しているからという理由が通るだろうが、他の人、まさか、言えないってことはないよな?」
 全員の顔を覚えるかのように響が見回すと、心当たりがある者達が視線をそらしていた。

「対火威用とか九十九用とか、そんな馬鹿げた理由なら、さっきの組員構成からしてなんの役にも立たないことは理解しているよな? そんな組の組員にされる各組員に貴方たちは死にに行けと言うわけだ。義理すらない組の組員として。そんな道理が通るのが関西のヤクザ界なのか?」
 響がそう言い切ると、響の近くに座っていた楸がぷっと吹き出して笑い出した。

「……楸、何がおかしい」
 響が低い声で尋ねると、楸は笑いを治めてから言った。

「まさか、こんな何もない、役にも立たないものに、お前を差し出せと宝生を脅せたものだと関心していたところだ」

「俺だって、まさかこんな空っぽだとは思わなかったよ。大体、宝生に集ろうなんて馬鹿な考えがよく出来たと思ったくらいに呆れた」
 響がそうほとほと呆れたとばかりに言うと、前の方に座っていて割合、何の反応も見せなかった一人が口を開いた。

「私は、北岡組幹部の吉沢というものだが、響殿に尋ねたい。何故、宝生を頼ることが馬鹿な考えなのだい?」
 響はそう問われて吉沢を見ると、彼は笑っている。

 吉沢は宝生を担ぎ出すと言い出した時からおかしくてしかたなかったと言わんばかりの態度だった。響にも判断が出来ることがここいる幹部に理解出来ていないことを教えてやってくれと言っているのだ。

「吉沢さんが問われる問題ですが。貴方たち、関西に宝生の進行を許すんですか?」
 そう響が問い返すと、他の者はなんでそんな話になるのだという顔をしていた。

「だから、宝生の資金で宝生からの組員で構成される神宮領が、恩義あることになる宝生に逆らえるとでも思ってるんですか? 関東を統制している宝生には神宮領の名は関西を統制するのに使えるただの名前ですよ。内部から関西を食われるなんてわかりきっていても宝生に頼んで神宮領組を作りたいのですかってことで……って、全然気付いてなかったとかマジですか?」
 響は幹部達がそれに気付いてなかったことに驚いてしまった。

 幹部はまさかそんな作戦が出来上がるとは思ってなかったらしい。義理あるヤクザ界であろうとも使えるものは、伝説であろうが使うべきなのだ。それを甘い考えで居る方はどうかしている。

「貴方は神宮領を立て直した後のことばかりを気にしておいでだ。だが、ここにいる者達はみな、神宮領の組を立てるまでしか考えていない様子だ。それでは話が食い違うのも仕方ない。初めから貴方とここにいる幹部との格の違いを見せられているだけなのだから」
 吉沢はそれにずっと気付いていたらしく、やっと納得したように笑った。

「じゃあ、ここにいる人は、みんな、神宮領組さえ出来れば後は知らんぷりで、火威会や九十九をやっつけてくれる勇者が現れたと思って、神宮領の子を寄越せって言ってたわけですか!? 金もない、組員もいない、組事務所もない、ただの神宮領の子だと噂される俺が全部それ一人でやらなきゃならないわけ? うわ、それはないわ」
 あくまでゲームの勇者にこだわるのはただの嫌がらせだ。
 だが、まさかそこまで適当とは思わなかった。

 吉沢は最初から神宮領の組を立てると聞いた時から、話にならんと思っていた。
 神宮領の名は確かに伝説であるし、曰く付きでもある。だがその前に、組組織というモノを理解していれば、今更神宮領の組を立てるのは無理な相談だった。響が言ったように金銭面や組員など、実動的なものが何一つないのだ。

 それを本気で受け取るような馬鹿がやってくると聞いたので来てみたら、非常に真っ当に全てを覆してくれた。はっきり言って爽快だ。

 頭の痛い幹部の神宮領伝説は、もう時代遅れなのだ。
 その息子であろうモノが、ばっさり切ってくれた。

 彼は最初から、この組を立てることに関しては賛成ではなかったようだし、世話になっているという宝生に関西が楯突いていることに憤慨しているようだった。
 そもそも神宮領の子ということ自体、彼が認めようとしていない。
 だったら、話は最初から無かったことになる。

「し、神宮領の子を名乗る偽物だ! だからそういうことを言うんだ!」
 一般人に全てを否定された平尾の幹部が騒ぎ出した。
 他に馬鹿にされた幹部もそれに乗ろうとしたのだが、響がそれを封じた。

「そもそもそんな馬鹿げた噂鵜呑みにして先走ったの、そっちの方だし、こっちはあんまりしつこいんで来てやったら、中身空っぽの計画だし、それを丁寧に説明してやったら、今度は偽物とか言い出す。まあ、絶対言うと思ったけどさ、あんまり予定通りにしてくれると、ほんと呆れるしかないや」
 響がそもそもの始まりは関西が言ってきたことなのだと言うと、確かにそうであった。
 宝生はそれに応じるつもりは最初からなかったのに、あまりにしつこいから仕方ないと検査に応じてもよいと言っただけだ。
 宝生や響にはその検査に応じる必要はなかったが、それで収まるならやれば?的な気分で来ただけのこと。

「よ、予定通り?」
「うん、俺が思い通りにならなかったり楯突いたら、絶対それ言うと予想出来てた。たとえDNA検査で本物だって証明が出来たとしてもね」
 響がにっこり笑って吉沢に言うと、さすがに吉沢も笑うしかなかった。

「でもさ。偽物だったとして、それでなんの得があるんだろうね? 組は立てられないし、空っぽ計画だし、勝手に勇者扱いしていて、悪者だけは倒してくださいときて、苦難だけでなんの見返りもないんだもんな。何の得があるの、偽物に」
 そう響が結局の所意味はないのだと言うと、一部の関係ない幹部も笑い出していた。

 神宮領の名は確かに使えるだろうが、何の保証にもならないことは、実戦しているものにはよく分かることだ。
 しかも響は神宮領の名を使う必要はまったくなく、宝生にいれば安泰の身だ。偽物になる必要があるとすれば、響が言っていた関西に宝生を流し込む役目くらいだが、それを自分からバラして喋っているので、使う気すらなかったということだ。

 今後、神宮領の偽物が出たとしても、それが使えないことを響は証明してしまった。今まで偽物が出なかったのは神宮領のDNAが残っているので、偽物を名乗るのは到底無理と判断されていたからだ。
 そのお陰で、ある意味、神宮領は伝説のヤクザとして残っただけだ。

 その血筋である響はうーんと考え込むようにして唸っていた。
 その時、響の頭の中で、九十九が言っていた冗談が浮かんできた。

 「神宮領組を立てるなら、俺が若頭になってやるよ」この言葉に本当に意味があったとしたら、響が考えて否定して言い放った言葉を全て埋める条件を九十九は用意していたことになる。

「立花さん、ここに来ている幹部の人はいいとして、来てない幹部とか組の関係者とかいるかな? 特に大阪の中というか、市内で力を持ってる組関係者で、火威会幹部じゃない人」
 響が気になったところを聞くと、楸の顔も真剣になった。
 響は杉浦と楸の話を聞いていなかったというのに、まさかの事態を予想していたようだ。

「……えっと……如罪組(あいの)の関係者だけ誰も……」
「如罪組ってどういうところ?」
 響は楸の方を向いて尋ねる。

「如罪組は、火威会の傘下にある組の一つだ。火威会が出来て、約20年前に傘下に入ったと聞いている。勢いで言えば、今成長期、ちょうど昔の火威会のようなものだ。火威会の幹部がいないことは不思議ではないが、その傘下の美濃組、前田組、柳沢組、津村組がここにいるのを見るに、如罪組だけ不参加なのは確かに不自然だな。つまり、次の寄生先は如罪組か?」
 楸が断定して言うと響は頷いた。

「たぶん。やること同じ過ぎて、びっくり。でもまあ、それがあいつのやり方なんだろうけど」
 響が呆れかえっていると、話が分からない幹部達が不安な顔をしていた。それを代表して吉沢が尋ねる。

「一体何の話をしているんだい? 如罪組が一体なんなんだ?」
 そう尋ねられて響は楸を見ると、楸は頷いていたので響は仕方なしに話した。

「九十九が次に入る組」
 きっぱりと単刀直入に言うと、吉沢の顔色が変わった。
 その場にいた幹部も全員が固まった。
 九十九の名をここで聞くとは思わなかったので、あまりに驚いた為だ。

「一体何を根拠にそんなでたらめを!」
 同じ火威会傘下の美濃組が噛みついてきたが、響は冷静に返していた。

「九十九の出身も元々の活動拠点も全部関西でしょ? それで最初は神宮領から組を立てたと言ってたから、その後に揉めて火威会に乗り換えた。その時、九十九は自分の組を譲って火威の幹部になった。そこまではOK?」

「ああ、だから!?」

「火威に入ってからは、偽物を立てて自分は影で行動してた。その方が便利だって言ってたから、ただの趣味だと思うけど。ずっと沈黙してたわけじゃなくて、色々活動してたけど、宝生の先代が亡くなってから、束縛するものが無くなったので表立って行動するようになった。で、大きくなりすぎた火威会は、九十九の思い通りにはもはや動かなくなってた。なので内部抗争が上がった時に、うるさい上にあるものを全部無くせばいいと思って爆破した。それが火威会の爆破事件の本当の真相かな」
 響が簡単にそう言うので、全員が真っ青になった。

「火威会の幹部がほとんどいなくなって火威会の力も落ちてきてるから、関西は今、組の力関係では割合均等?なんじゃないかな。それで楸の情報を合わせると、その中で急成長している如罪組が怪しい。如罪組はどんな急成長をしてるの?」
 響はそこまで言って、吉沢を見た。

「ある特殊ルートを持っているという噂だ。だが、火威会の幹部にその儲けを吸い取られているという話だったから……邪魔だったのは、火威会幹部。だから爆破した?」
 自問自答している吉沢を置いて、響は美濃組の幹部に尋ねた。

「ねえ、貴方たち、なんで今日来たの?」
「……え?」
 いきなりそう言われて美濃組の幹部はキョトンとした。

「だって、貴方たち、神宮領組を滅ぼした火威会の傘下の人間でしょ? 火威会はある意味神宮領にとっては鬼門の存在だと思うんだけど、そこに堂々ときて大丈夫?」

「お、俺たちは、火威会とはいえ、後から入った組だから、その神宮領の子には興味あったから来ただけだ。それはここにいる幹部も知ってることだ」

「ふーん、普通、上の顔色を伺ったら、来たくてもこれないと思うんだけど? まさか、如罪組の誰かに一緒に見に行こうぜ、どうせ火威会も壊滅に近いし、神宮領の組を本当に立てるなら、そっちに乗り換えようぜとか言われてその気になって、今日になって如罪組がどうして抜けられない取引があるとかで来なかったとか言わないよね?」
 そう響が言うと、美濃組の幹部は図星だったらしく顔を青くしている。

「早く戻った方がいいよ。絶対、今日九十九は何かするつもりだろうから。俺が神宮領の子だっていう噂流したのも九十九だろうし、その混乱と幹部をここに集めて手薄になった市内で堂々工作活動でもやってるんじゃないかな。もちろん、如罪組の組員を使ってね」

 響がそう決めつけて言うと、さすがに思い当たることがあったらしく、美濃組他、火威会傘下の幹部達は立ち上がってその場から走り去っていった。

 すると響の目の前で全員が各方面に電話をかけはじめた。
 さすがに響の想像とはいえ、それがないとは言い切れないのは確かだ。それに噂を流したのが九十九なら、神宮領組を立てることは意味がないことを誰よりもよく知っていただろう。そしてその名が関西ヤクザ界にとって重要な意味を持つものであることも熟知している。

 つまり、今日の一部の幹部が不在という状況は九十九にとってどの組にも僅かな隙が出来る瞬間だったのだ。

 だが響はその九十九の目的が予想できた時にはもう間に合わないだろうなと思っていた。今日が何かをする日と決めていたとしたら九十九はもう動いている。
 だがこれは関西の問題で響には関係ないことだ。

 響はそれを眺めてから、楸を見て呟いた。

「ねえ、ここ、九十九関係対策本部? 俺の話はもういいの?」
 暢気な様子に楸は苦笑しただけだった。