novel

ROLLIN'2-26有意義な時間の過ごし方 (九十九編)

 九十九朱明(つくも しゅめい)は自分の要塞というべき場所を爆破した。10年かけて計画し、10年前に完成した完璧のはずの要塞は、たった一つのボタンで島そのものが沈んだ。

 あれは神宮領(しんぐり)の墓だ。
 骨も思い出の品も全てがそこにあった。
 けれど、それを自分で爆破をした。
 きっかけは、月時響(とき ひびき)だった。彼がどうしようもなく凶暴であの屋敷を破壊したせい。

 それでも九十九はいい気分だった。
 結果的には負けたのだが、負けるのも悪くないと思わせる相手。それが月時響だ。
 遺伝子や立ち姿が神宮領に似ていたのに、中身はまったくの別人。そして本人からも生まれ変わりなんかじゃないとはっきり言われた。

 そうなのだ。生まれ変わりなんていない。
 自分が錯覚していただけだ。
 その呪縛から解き放ったのは月時響と宝生楸だった。
 あのバズーカーは酷いと思うが、月時響と宝生楸(ほうしょう ひさぎ)によって、九十九は過去の呪縛から逃れられた。

「大丈夫ですか? 腕」
 隣に居る法月がこっちを振り返らずに尋ねてきた。 楸から受けた攻撃で九十九は左腕を強打し、暫く腕を動かすことが出来ない。

 島を爆破し逃げた後、法月の必死の願いで一応非合法の医者に診せたところ、腕にヒビが入っていた。法月を抱きかかえて飛び降りたのでその傷は更に広がっていたから、法月は気にしているようだった。

 いつものように淡々としているが、それでもあの状況で自分を助けてくれた九十九には恩義を感じるようだ。

「なに、ちょっとした怪我だ。俺のミスだから気にするな」

「そうですか……」
 法月は納得していないようだったが、九十九は覗き込んでいた暗視加工がされている双眼鏡から目を離して法月を見た。

 彼も双眼鏡を見ていたが、心なしか落ち込んでいる表情をしている。それも仕方ないかもしれない。
 法月は九十九が怪我をすることを嫌う。それが自分がらみだったとしたら落ち込みは相当なものだろう。

「後ろが壁だったとしても、あの部屋が防音処置がされていたとしても、俺が後ろを取られて、目の前のものに気を許していた結果がこれなんだ。受け入れるしかないだろう」
 法月を慰める言葉なんて浮かばない。もとより人を慰めることとは正反対に傷つけるようなことばかりしてきた九十九にそれが出来るわけもない。

「はい……わかりました。貴方のミスということにしておきます」
 九十九が一応は慰めているのだと分かったのか、法月はいつもの様になってきた。

「それで、ここからその腕でロケットランチャーなんて撃てるんですか?」
 法月の返した言葉に九十九は苦笑した。

「無理に決まってるだろう。お前は手伝ってくれないし」
 一人で支えることさえ出来ない獲物で狙うのは無理だ。そんなことはここに来る前から分かっていた。

「じゃ、無駄足なんですか」
「無駄足じゃないさ。この計画はあっちのミスで終わるだろうから」
 九十九がそう言って双眼鏡を覗き込むと法月は不思議そうに聞いてきた。

「何故ですか?」
「あっちには響が居るしな」

「どうしてバレるんですか。響さんに計画を喋ったわけじゃないでしょうに」
 確かに喋ってはいない。だが、もう一匹スパイがいる可能性を響が見逃すはずがない。最初に響と面と向かって喋った時にそれを匂わせたら、響は過剰反応した。それだけで、響は自分の情報を流した以外の情報が流れたことに気付いていた。

「響の情報を漏らしたヤツがいると言ったんだ。そうしたら響は自分のことより他のことを気にした。つまり、宝生本家の情報を漏らした人間がいることを響は知っている」
「ですが、情報を漏らした老院は捕まったんでは?」「いや、響はもう一人居る可能性をきっと気にし出す。捕まった人間が何を喋ったのかを聞けば、もう一人本家の中に情報を漏らしたスパイがいることにはすぐ気がつく。響でなくても気がついているだろうな」

 双眼鏡から覗き込んで見ているのは、宝生の本家だ。山間にあるのでなかなか狙いにくい場所だが、対岸のここからならロケットランチャーで届く範囲なのは前に調べていた。
 さすがにロケットランチャーまで出すような組織は居ないと踏んでいるだろうが、今後はここから狙うことも出来なくなるだろう。
 本家を潰すなら今しかない。本当に今しかないのは分かっているが、この計画は絶対に成功しない。

「なるほど。響さんは鋭いですからね。そこから可能性を確信に変える。そしてそれを宝生組長が聞けば」

「確実に事実に変える。俺でもそうする」
 法月の言葉を続けて言うと法月は納得したようだった。

 この本家への爆破依頼は本家のスパイを除いた老院と組長を始末することだ。それを今更やる必要は九十九にはないのだが、何かを期待している。
 ここに居ればその期待を本物だと確信付けられる何かが得られる気がしたのだ。

 あの島で、響の心を奪われたように、宝生楸を見た時の高揚感。その確信付ける何かが見られるはずだと。
 暫く向こう側からの合図を待っていたが、期限時間はとっくに過ぎていた。

「なかなか抜け出せないんですかね?」
「いや」
 法月の言葉に九十九はニヤリと笑って法月に自分がしていたイヤホンを渡した。法月はそれを耳にして目を見開いた。

「……バレバレのようですね」
 九十九が聞いていたのは盗聴している本家での様子だ。一応老院は盗聴器を持って本家の様子を知らせてきていたのだが、部屋を理由をつけて抜け出そうした時に響が乱入し、騒動が起っているのだ。
 法月がイヤホンを九十九に返すと、九十九はそれをして様子を聞き入っている。

「バレバレどころか、キレ者だと噂の翁まで胡散臭く思っていて、尻尾出すのを待っていたらしい。さすが、食えない狸だと言われるだけのことはあるな」
 九十九は関心して呟く。
 香山がこそこそ動き回っているのは老院の上部にはバレていて、用心をしていたようだから香山から流れる情報はあまり役に立たないものらしい。

「食えない狸……確かにそうですね。あの人だけふざけた内容の返事を寄越したんでした」

「その辺りからバレていたんだろうな。お前も人を選べよ」

「すみませんね」
 ほとんどの組織の重鎮と言われる人物と繋ぎを取ってきた法月はそれには反省した。
 引きこもって暢気に暮らしているヤクザだと甘く見ていたらしっぺ返しを食らったのは、この人だけである。

「ですが、攻撃する気もないという貴方はここまで何しにきたんですか?」
 法月はてっきり依頼を果たすためにきたのかと思っていたから、怪我で攻撃も出来ないのにロケットランチャーまで持ち出してきた九十九の意図が読めないでいた。

「響にラブレターを残そうと思ってな」
 九十九が意外なことを言って、車のライトを付けて何かを書いている。
 だが、内容がそれはどうだろうというものだった。

「貴方は本当に響さんのこと、好きになったんですか?」
 法月がそう尋ねると九十九はさっきまでの暢気な顔とは違った柔らかな笑みを浮かべて言った。

「響に惚れないやつなんていない」

 影にいる時は本当に目立たないのに、個人でしっかり見ると眩しい太陽のような存在だった。側にいて手を伸ばすと火傷をするような熱い太陽。
 性格も大人しいと思っていたら、そんなことは全然なかった。
 あれほど激しいものを持っている人間に出会ったのは初めてだ。

 神宮領は静かな人だったが、圧倒的な力を感じた月のような存在。しかしその息子は騒動しく、物騒で危険な太陽だ。
 見ているだけでいいなんて思えるものではない。

 でも、それを手に入れることは困難だった。いくら九十九が何でもするとはいえ、響の心は絶対に九十九には傾かない。
 今だって響は宝生楸に愛の言葉を言っているような台詞を口にしている。

 正直、宝生楸が羨ましい。あれほどの激しさで思われたら、惚れているのに惚れ直すだろう。
 だが、自分はその立場にいない人間だ。なら、響の中から九十九朱明という人間を消さないようにするにはどうしたらいいか、それがこの手紙だ。
 これはきっと組長のところに届く、そして響はこれを見る。

「響の怒りが見えるようだ」
 最後に添えた「響、愛してる」という言葉は響を怒らせるだろうし、組長にも刺激を与える。どっちにも有効だ。

 組長にはぜひにも自分と対等の敵として存在して貰いたいのだ。つまらないヤクザの世界に自分と同等の人間が居ることは九十九としても今後の計画の邪魔になろうが、スパイスになってきて、より楽しくなってくる。
 九十九のこれからやることに、二人が関わってくるなら楽しみで仕方なくなる。

 生きているという喜びを実感すると、今ここで二人を殺してしまうのは間違いだと思える。
 生かしておいてこそのものなのだ。

「そろそろ撤退だな」
 話が九十九を捕まえる為の対策になってきた。

 もちろん、あの老院の人間はペラペラと余計なことも喋るだろう。自分が本家を組長もろとも吹き飛ばそうとしたことなどもだ。だがそれはいい。
 ここから九十九が狙っていることなどは、誰でも気がつくだろう。

「じゃ、大人しく関西に戻りますよ。向こうとも繋ぎが取れました」

「はいはい」
 これからは関西に戻り、予定通りの行動をすることになる。

 火威会を潰し、関西のトップに如罪組をのし上げる。30年前に九十九がやったことの繰り返しだ。
 その為に響の生まれを利用するが、今の響ならきっとその無意味さに気がつくだろう。
 響こそが神宮領が何であるかを一番理解しているからだ。

「これから忙しくなるな」
「そうですね。まあ、今日のは息抜きということで」

「いや、こういうのは有意義な時間の過ごし方というんだ」
「ああ、なるほど。貴方には心の中で色々整理しなければならないことが山ほどあったんでしたね」
 法月がそう付け足すと、九十九は笑って頷いた。

「響に会いに行くのは、落ち着いてからだろうな」
 今日会っていたというのに、また会いたい気分になる。だが、それは如罪組の様子を見て、組長暗殺を遂行させ、自分の地位を安定させた後だ。
 たまに顔を見るくらいなら別にいいだろう。
 何もまた攫うつもりはない。

 ただ会いに行くくらい、惚れたものの特権だろう。顔を見て声を聞いて、安心したいのだ。
 響はきっと苛立って色々言うだろうが、それでも自分が楽しければそれでいいのだ。
 そう思えた。
 そうして九十九は響への手紙を残して、別の車でその場を法月と共に逃走したのだった。
 これから始まる騒動への一段落として、依頼は一応果たしたのだと知らしめることは出来た。