novel

ROLLIN'2-27 ズレテル (吉沢編)

 北岡組幹部の吉沢恒彦は、神宮領(しんぐり)の子という噂の月時響という人間に初めは興味はなかった。神宮領の子が密かに生きていて、宝生で匿われて育ったらしいという情報は、それはよかったなというだけだった。

 あの時代のことを聞くと、神宮領の家系は全滅という悲運を辿っている。例外は一人もなく、神宮領の名が付くものは誰も生きていない。日本の名字を管理する団体から、神宮領という名が消えて30年だ。

 その30年の間に生まれた吉沢は当時の事件の悲惨さはテレビの特番で見て知っていた。
 吉沢はヤクザの幹部の父を持ち、ヤクザの子として育っている。

 北岡組の跡取りの友人として育ってきたのもあり、小さい頃かどっぷりとヤクザの世界に染まっていて、自然と自分も父の跡を継ぐことになった。跡取りと息が合うのもあり、重宝されているから、恵まれている方だろう。

 そうして恵まれた環境でヤクザをやっていれば、神宮領が辿った悲劇は身近にあるものだった。
 いつ自分の組も誰かに寝首をかかれるのか分からない世界だ。

 だから、神宮領事件は教訓として調べたりしていたが、何せ神宮領とその神宮領を滅ぼしたという九十九の情報があまりにないことが気に掛かっていた。

 吉沢が知りたかったのは、神宮領と九十九の間に何があって亀裂が入ったのかというところだ。
 当時を知っている者でさえ、その理由をはっきりと言えないのだ。

 憶測では、九十九の残虐性を嫌ったのだろうと言われているが、それくらいの残虐性で怯むようなのが、伝説のヤクザと言われても納得できない。
 だから調べれば調べるだけ、そこが謎であり気になるところだった。

 もしかしたら、神宮領の子と噂される月時響は何か知っているのではないか。そう思ったら興味が少しわいた。
 だが、宝生側が神宮領の子の存在を認めないという情報が入ってくると、段々とそれは本当だから認めないのではないかと思えてきた。

 それは今更だから。当時関西が手出しすら出来なかった火威会の台頭と九十九の暴走を止められもしなかった関西の幹部たちに、せっかく守って育ててきた者を横取りされるとなると宝生側も黙って渡せないだろう。

 しかも月時響は、宝生楸の情人だという。そうなれば宝生側というより、組長である楸は絶対に手放さない。

 宝生楸は宝生組の仮の組長という立場だ。
 今では完全に関東を制御し、他の地方からの侵略を防いぐ力がある男が、結婚はしないと宣言し、その後に迎えた情人だ。手放すはずはない。

 だが、仮の組長である楸の力は絶大で、仮なんてものがついているのをみな忘れているくらいの存在感のある男だ。
 その宝生楸の情人を神宮領という30年前に滅んだはずの血筋だからというだけで奪おうなんて考える方がどうかしている。

 関西は宝生に正面から喧嘩を売ったわけだ。ただの噂に乗ってだ。

「よっちゃん! ねえ聞いた?」
 部屋のドアが開いたと同時に、そう叫びながら北岡組の跡取りである、北岡湶(いずみ)が入ってきた。

「いっちゃん、よっちゃんはやめろ」
「よっちゃんこそ、いっちゃんはやめろ」
 いつものやりとりをしてさっさと用件を聞く。

「で、なんだ? 何かあったのか?」
 吉沢が言って書類から目を上げると湶がファックスを差し出した。

「あの神宮領の子だって噂の子、DNA検査受けるってさ」
「へー。宝生側としても面倒になってきたか。手っ取り早くやって違いましたで終わりたいんだろう」

「でもさ、そうよっっちゃんでも思うなら、宝生側はさっさとDNA鑑定させて違うって証明すればよかったんじゃないの? なんでここまで引き延ばしたんだろうね?」
 湶はぼけているようで鋭い。確かに湶の言う通りだ。

 違うなら違うと最初に証明すればよかったに、宝生側は引き延ばした。そこに意味はあるのだろうか。あのまま断り続ければ関西が諦めると思っていたから、知らぬ存ぜぬで摺り抜けようとしたとすると、関西に諦めて貰わないと困ることがあるということだ。

「ということは、月時響は本当に神宮領の子で、宝生側はどうしても渡したくないから、関西が諦めるまで知らないふりをし続けていたが、意外にしつこいじいさんたちに、もう駄目かと諦めたか……」

「か?」
「月時響が神宮領の子だというハクが欲しいからとかで、神宮領の子だって認めろと言い出したかのどれかかな」
 後半の案だったら本当に馬鹿な情人を持ったものだなと宝生楸の価値を下げることになりそうだ。

「ふーん、なんか面白そう。よっちゃん一緒に見に行こうよ。その神宮領の子ってやつ」
「馬鹿の面、見に行くのが面白いとか、いっちゃん相変わらずだなあ」
 吉沢が苦笑して言うと、湶は違うと言う。

「そうじゃなくて、よっちゃんがその神宮領の子とかいうのをやりこめるとこが見たいんだよ」
「いっちゃん、相変わらず、弱い者いじめ好きだなあ」
 やっぱり目的はそっちか。

 情人ごときの戯言を一喝して、怯える様を見たいという湶は、性格が悪いと思う吉沢だった。

 吉沢と湶がずっと友人関係が続いているのは、吉沢がずっと湶に勝ち続けているからに他ならない。吉沢が勝っている限り、湶は吉沢を一番の頼りにする。そういう関係がずっと続いているだけだ。

 ヤクザの世界は負けたら終わりだ。勝つことと負けを認める前に上手く引くことを覚え、損害を少なくし、組を維持することをが最優先だ。

 だから湶はずっと勝ち続けてきた。吉沢に負けてはいるが、他の者に負けたことは一度としてない。吉沢に負けていることは、湶が納得できる負けなのでカウントしてないかもしれないが。
 
 そうして馬鹿の面を拝みに来た吉沢と湶だが、思いの外他の組の幹部が勢揃いなのには呆れていた。

「よっちゃん、みんな何期待してるの?」
 湶が不審がってそう尋ねる。確かに何を期待しているのだろうか。
 おまけに、いくら神宮領事件後に火威会の傘下に入ったとはいえ、その傘下の組まで拝みにくるような、そんな大層なものなのか。

 そうして突如出戻った九十九というやっかいな人間の最新情報を集めながら吉沢が待っていると、やっと本編がやってきた。

 最初に入ってきたのは、長身の若い男、あれが宝生楸だ。
 なんという貫禄だ。居るだけで威圧感がする存在に出会ったのは初めてだ。なんだこれは。
 吉沢は威圧感だけで負けそうだった。宝生という長く続いたヤクザのトップだろうからそれなりだろうと思っていたが、これはない。関東にいてくれてありがとうという気分だ。

「よっちゃん……これ勝つの無理」 
 宝生楸を初めて間近で見た湶でさえ、それを感じているようで、勝てるなんていう相手ではない。というか相手にしても貰えない。
 ここにいる幹部達がみな圧倒されて言葉すら出なくなっている。
 格が違うというものを見せられた。
 こんなのと渡りあって情人を奪おうと考えた馬鹿はどこのどいつだよと言いたくなってきた。

 それに続いて、今回拝みにきた馬鹿が登場した。
 月時響だ。顔は女顔で綺麗だし立ち姿も悪くない。男の情人というのはもっと色っぽいかと思ったが、意外に男くささがありそうだった。
 その月時響が入ってきたとたん、周りの幹部が数名うめき声を上げている。

「似てる……なんてことだ」
 そう口走っている。
 再度顔を見たが、写真で見た限り、神宮領にはどこも似ていない。

「顔は別物だが、雰囲気と立ち姿……それにあの目だ」
 そう呟いているので、どうやら顔だけは母親に似たらしい。

「よっちゃんの好みっぽいね。よっちゃん綺麗なの好きだよね」
 湶が余計なことを言っている。残念だが好みであっても手を出しては絶対にいけない部類の人間を好みだと認めるわけにはいかない。

 だが、どうやら湶の方は気に入ったらしい。珍しいこともあるものだ。一般人は好きではないと豪語しているくせに、一般人で情人の相手を気に入るとは。だが、湶の目はいつも確かだ。

 しかし、始まった審議は滅茶苦茶だった。

 神宮領の子だという月時響は神宮領組なんて継ぐのは嫌だといい、幹部と揉めている。おまけに色々と質問しては幹部にだめ出しまでしている。

「よっちゃん、これ面白いよ。目的とは逆になったけど、こっちの方が断然面白い」
 湶が興奮したように呟く。

 ああ、確かに面白くなってきた。
 宝生の情人、そして神宮領の子であることを否定する月時響は、ヤクザの幹部相手に一歩も引けを取らないどころか、勝っているからだ。

 あーあ、老人幹部やっちまったな。これ相手にすら勝てないんじゃ、宝生の組長には歯牙にもかからんではないか。

 そして立花老人が言った一言に、吉沢どころか周りの一部の幹部がぎょっとしている。
 神宮領の組を立てる資金を宝生が負担すればいいと言い切ったからだ。

 おーまーえーはーばーかーかー。
 その言葉を聞いた月時響でさえ、え!?マジで言ってんの!?って顔を一瞬してからきっぱりとそこまで集る気かと言い放ち、更に自分が昔ここに居たとして自分は関西のヤクザに守って貰えたのかと問い詰めだした。

 無理だなと吉沢はすぐに判断できた。どんな言い訳をしようと、当時の関西は滅茶苦茶だったし、子供一人と組のどっちを取るかとなれば、子供はさっさと九十九に差し出していただろう。

 そう、今更神宮領の名に縋ろうとしている輩ほど、この条件に当てはまりすぎる。自分の勝手で一人の人間を右から左へと動かそうしているヤツが、自分の身の危険を感じてまで守ろうとするはずがない。
 なにより助けを求めてやってきたはずの神宮領組関係者を誰も助けておらず、みなが見殺しにした事実がある。
 誰も助けなかったからこそ、神宮領組の関係者は皆殺しにされた。そんな人たちに、子供を守れるはずもない。

 あの宝生でさえ、九十九を持て余していたのだ。それを関西に居ながら混乱した中で守れるわけがない。

 そして月時響は肝心なところは見逃していなかった。
 今更、神宮領を担ぎ出す理由。今回はこれに尽きると吉沢も思っている。

 月時響が暴いた、神宮領組を立てたとて、何もない空っぽの状態で一体全体何をしようとしていたのか、それは吉沢も気になるところだ。
 詰め寄った月時響がその理由を自分で導き出して言い放った。

「対火威用とか九十九用とか、そんな馬鹿げた理由なら、さっきの組員構成からしてなんの役にも立たないことは理解しているよな? そんな組の組員にされる各組員に貴方たちは死にに行けと言うわけだ。義理すらない組の組員として。そんな道理が通るのが関西のヤクザ界なのか?」
 吉沢は心の中で、そんな馬鹿な理由だったのかと呆れかえった。

 そしてとうとう、宝生組長が吹き出して笑い出した。

「よっちゃん、俺も笑いたい……」
「いっちゃん、俺もだ……いいな宝生組長、堂々と笑えて」
 その笑いに月時響が怒っているが、宝生組長が言った一言は。

「まさか、こんな何もない、役にも立たないものに、お前を差し出せと宝生を脅せたものだと関心していたところだ」
 確かに脅しにもなんにもならないことは明らかだった。

 はっきり言ってこれでは神宮領の子という名目の、宝生の情人を人質に取る計画ではないかと思われても全然おかしくない。

 ここで宝生組長が笑わず、睨み付けて一言宣言すれば、ここにいる関西ヤクザは全員宝生に喧嘩を売った相手として認識されることになっていただろう。だが、宝生側にはその気はないようで、暢気に月時響と会話している。 月時響もまさかこれほど酷いとは思ってなかったらしい。

「私は、北岡組幹部の吉沢というものだが、響殿に尋ねたい。何故、宝生を頼ることが馬鹿な考えなのだい?」
 吉沢は笑いを抑えきれないという顔をして尋ねると、月時響はその顔に気付いて、吉沢が何故問うのかを理解していたようだ。

 頭はいい。状況判断も出来る。 
 そして宝生に資金や組員を借りるということは、関西への宝生の進行を許すということなのだとはっきりと結論を出した。
 だが、それを喋っている間に、他の幹部がだんだん顔色を無くすのを見たのか、月時響は素で驚いていた。

「……全然気付いてなかったとか、マジですか?」
 そう言って周りを見回している。

「よっちゃん、ナイスパスだね。みんな馬鹿面晒してるよ」
「だな……俺もここまで酷いのは始めてた。これじゃ関西を火威に乗っ取られたままだってのも納得だ」
 吉沢は湶と二人、苦笑していた。

 そして吉沢は気付いた。月時響が言っていることのほとんどが、神宮領組を立てた後どうするかということに重点を置いていたことに。だが話が、立てることすら無理という話になっていったので誰もそれに気付いてなかったのだ。

「貴方は神宮領を立て直した後のことばかりを気にしておいでだ。だが、ここにいる者達はみな、神宮領の組を立てるまでしか考えていない様子だ。それでは話が食い違うのも仕方ない。初めから貴方とここにいる幹部との格の違いを見せられているだけなのだから」
 吉沢がそう言うと、響は初めてその食い違いに気付いたらしい。

「じゃあ、ここにいる人は、みんな、神宮領組さえ出来れば後は知らんぷりで、火威会や九十九をやっつけてくれる勇者が現れたと思って、神宮領の子を寄越せって言ってたわけですか!? 金もない、組員もいない、組事務所もない、ただの神宮領の子だと噂される俺が全部それ一人でやらなきゃならないわけ? うわ、それはないわ」
 月時響がどん引きした。
 隣で湶もどん引きしている。

「たしかにそれはないわ。素人ですら気にしている組立てた後とか、そんなのここにいるものは知らぬ存ぜぬで、最初からヒーローに悪党全部任せるぜなんだもん。俺がスーパーマンでもお断りで地球に絶望して去ってるわ。そんな義理ないし」
 湶の言うことはもっともだった。
 そんな義理は月時響には全然無い。

 馬鹿を見に来たはずが、身の回りの馬鹿の群衆を見に来たことになってしまった。

 月時響は、ただの情人ではない。
 きっと絶対、神宮領の血は引いているし、隠し子だ。ここまできっぱりとやれるのは、相当なもののはずだから、この会合だけで十分証明されたはずだ。

 実に気分爽快だった。
 神宮領の子だと認めない姿勢も気に入ったし、何より宝生に不利になることは何も言っていない。むしろそんなことで宝生を煩わせた関西ヤクザに憤っているようだ。

「し、神宮領の子を名乗る偽物だ! だからそういうことを言うんだ!」
 誰かがそう叫んでいる。

「よっちゃん、偽物発言きたよ」
「……馬鹿くさい」
 吉沢は面倒になってきた。
 食いついている幹部はやっぱり馬鹿なのだ。
 その偽物だったとしたら、一体何がひっくり返ると言うのか。

「そもそもそんな馬鹿げた噂鵜呑みにして先走ったの、そっちの方だし、こっちはあんまりしつこいんで来てやったら、中身空っぽの計画だし、それを丁寧に説明してやったら、今度は偽物とか言い出すし。まあ、絶対言うと思ったけどさ、あんまり予定通りにしてくれると、ほんと呆れるしかないや」
 意外な言葉が出てきたので吉沢は驚いた。

「よ、予定通り?」
 月時響は、偽物と言われることは予想していたというのか。
 流れでそれはあるかもしれないが、最初から分かっていたとは。

「うん、俺が思い通りにならなかったり楯突いたら、絶対それ言うと予想出来てた。たとえDNA検査で本物だって証明が出来たとしてもね」
 月時響がにっこり笑って吉沢に言うと、さすがに吉沢も笑うしかなかった。なるほど、そういうことは想定済みで来ていたわけか。

 宝生組長を見ると、少しだけ笑っている。こっちもそれは想定済みだったわけだ。情人の性格は把握しているだろうし、こういう話し合いになることも分かっていたのだろう。そうした余裕が最初からあった。
 だが、何が出てくるのか分からないから、一応の警戒はしておいたらしいが、その警戒もさっき笑い出した時に全て無くなったらしい。

「でもさ。偽物だったとして、それでなんの得があるんだろうね? 組は立てられないし、空っぽ計画だし、勝手に勇者扱いしていて、悪者だけは倒してくださいときて、苦難だけでなんの見返りもないんだもんな。何の得があるの、偽物に」
 ない。全然ない。

「その通り過ぎて誰も反論出来ないみたいだよ、よっちゃん」
「まあ、神宮領の子の偽物が出たとしても、何の得もないことの証明にはなったな。もはや過去の伝説の一族ってだけのことだ。名を名乗って関西ヤクザに乗り込もうと考えたとしてももう無理ってことだな」
 吉沢は月時響はきちんと偽物にも意味がないことを証明してみせたのでもう文句もなかった。

 これで話は終わりかと思った。
 だが、ここから怒濤の月時響による、九十九朱明の関西ヤクザ界への復活の手法が晒されて、現場は完全に混乱した。

 幹部達が揃って情報交換をしている中、吉沢は奈良の北岡組に九十九朱明が如罪(あいの)組から関西ヤクザ界に戻ってくることを知らせると、そこで情報集めをするように命じられた。

 電話の向こうは大騒ぎであるが、九十九が火威会の中からの復活をしようとしているのを見ると、まず火威会の本当の内部抗争から始まるはずだ。

「よっちゃん、すごいことになったねえ」
 湶はさほど凄いとは思っていない口調で言っている。
 それも仕方ない。北岡組の縄張りには火威会系は入ってきていないからだ。

「ああ、神宮領の子の流れから、九十九か……」
「ううん、あの月時響って存在」
 湶が九十九のことではないと言ってそう言う。

「誰も今は気にしてないけど、あの人、宝生に置いておくのは勿体ないじゃん」
「いっちゃん、何が言いたい?」
 吉沢が嫌な予感がするのを無視して尋ねる。

「だって、絶対に関西一のヤクザになれる貴重な本物のヤクザの素質持ってるじゃん。なんで、宝生に置いておかないといけないのかな。俺だったら絶対に片腕にするのに。宝生じゃ情人にしかしてないし」
 湶が納得できないとばかりに言うが、それはあっちの事情だ。

 月時響は、神宮領の子であることを否定した。ということは、ヤクザにはならないという意思を貫いたということなのだ。

「いっちゃんは、元からヤクザの子だからそう考えるけど、月時響はずっと一般人として過ごしてきたんだ。いくら素質があると言われても、いっちゃんほどにはなれないよ。先見の目はあっても、組長としてやっていけるのかは別問題だろう?」
 吉沢がそう言うと、湶はそうかなと首を傾げている。

「そういうものだ。宝生の組長みて分かっただろう。あれが本物のヤクザだ。月時響は、ただ今回に関してだけ活躍しただけなんだ。宝生はそれを知っているから、表立って月時響を宝生には入れてない」

「……うーん」

「じゃ、いっちゃん、明日から突然、海外の外資系株取引会社の社長としてやっていけと言われたらどうする?」
 吉沢がそう言うと、湶は速攻で返事を寄越した。

「無理! 絶対無理! 俺、英語とか喋れないし、数字も駄目!」

「でも、いっちゃんは、そこで一回だけ偶然に株儲けしちゃってたから、大丈夫って言われたら?」

「えーそんなの言われても絶対無理だし、絶対偶然だもん、あてにしてもらったら困る!」
 湶がそう言い切ると、ふとなるほどという顔をしていた。

「あーそうか。月時響は九十九に関してや宝生のこととかには詳しいけど、ヤクザ界のことはあんまり分かってない?」

「そういうことだ。いっちゃん」
 吉沢がそうはっきりと言うと、やっと湶は納得した。

「あーそうかそうか。なるほど。だからか。いきなり違うことやれって言われても普通に無理だよね。それが言いたいんでしょ?」

「そういうわけで、宝生が囲っている限り、月時響に関しては心配せずともいいってことだ。あの人は絶対に表舞台には出てこないから。宝生が関東のトップに居続ける限り」
 吉沢がそう付け足すと、湶はなるほどと頷いた。
 だが次に浮かべた表情は、とても意地悪な顔をしていた。

「…………いっちゃん、一体何を思ったんだ?」
 一応聞いておく。それが吉沢の役目だからだ。

「よっちゃん、頑張って宝生の組長さんと仲良くなって」
 まるでハートマークでもついているような台詞に吉沢は頭を痛めた。

「…………いっちゃん、俺の激務を増やすようなことを言うな」
「大丈夫、佐山組長さんには話通しておくから、自然と近づいて仲良くしてみて、ね」
 湶が一度言い出したら聞かない性格だ。

 だが、絶対に無理なことを言っているわけではない。湶はちゃんと組のことを考えて、宝生に近づいておくことは得であると判断をしたのだ。

「言っておくが、こっそり月時響に近づくとか、そういう接近命令は絶対に無視するからな。俺は自分の自宅で孫に囲まれて、みんなに見送られながら死にたいんだ」
 吉沢がそう付け加えると、湶は首を傾げてから言った。

「それって、孫のトラウマになるからやめたほうがいいと思う。よっちゃん、絶対静かに死にそうにないし、孫からしたら死にそうなのに死んでないのはゾンビみたいなもんだよ?」
 湶がそう返してきたので、吉沢は俺は一体どうやって湶に殺される予定になってるんだと呻いたが、すぐに復活し、すぐに湶を奈良に連れて帰る為のボディガードを呼んだ。

 そのボディガードに連れられて帰って行く湶を送ってから、吉沢はよしと決意を決めた。
 宝生に近づくための気合いだ。
 

 幸いなことに、佐山組長の紹介がなくても、吉沢は宝生に近づくことが出来た。
 向こうは月時響の援護をしたことになった吉沢のことは覚えていてくれたようだ。

「北岡組の跡取りの湶殿は、なかなか愉快な方だ」
 そう笑って言われて吉沢は宝生組長が湶があの場にいたことを知っていたのをすぐに察知出来た。地方の組なのに、跡取りの顔まで知っているとは恐ろしい。

 もしかしなくても、あの場にいた組員や幹部などは全員頭にデータが入っているのかもしれない。もしかしなくても……。

「吉沢殿と湶殿は幼い頃からの親友だとか。愉快な噂を聞いたことがある。負けるのが嫌いだとか、湶殿が負けを認めカウントしないのは吉沢殿だけとか」

 やっぱりデータは入ってた。幼い頃の逸話まで。
 なんという化け物組長だ。

 いっちゃん、初めていっちゃんの意地悪に恨みを持ったぞ。
 吉沢は心の中で奈良へ帰っている湶のことを初めて恨みに思ったのだった。