novel

ROLLIN'2-29 1&2 番外編(徳永くん一人称)

 月時響という名の先輩を紹介されたのは、就職した企画会社でだった。

 その日月時さんは出張から帰ってきたばかりで、俺が入社してから丸一週間部署に居なかったのだ。
 慣れてきた部署に知らない顔。しかも美人な男となれば当然興味もわくのは普通だと思う。こう言ってはなんだが自分は所謂面食いだ。美人なら男でも歓迎。毎日見るなら美人の方がいいに決まってる。

 スッとした鼻に柔らかそうなで白い肌。ぷっくりとした唇。目は意外に鋭いが、美人の顔にはぴったりの力強さがある。男なのは見れば分かるがこれは女装されて黙って座ってられたら案外男だと分からないかもしれない。というか、こういう女いたらいいのに勿体ない、実に勿体ない。

 上司に紹介されて目の前に立ったら、その人は自分より背は10センチほど低かった。ちなみに俺は185はある。そう大きい。だから目の前に立ったのが男性だと分かっているのに、なんだこの細いのに足が長くて、モデル体型はとびっくりした。
 どうしたって裏方仕事の人間じゃない。これは表に出るタイプの人間だと思えた。

「こいつ、先週入ってきた新社員の徳永だ。こっちは月時だ。月時が出張でお前だけ顔合わせしてなかったからな」
 上司が自分を月時さんに紹介してくれたら、月時さんはにっこりとして手を出してきた。

「俺は月時響だ、ちょうど二年先輩かな。よろしく徳永」
 どうしよう、声がすごく穏やかな人だ。静かに響いてくると言えば分かるだろうか。とにかく心地良いトーンで喋る人だ。ただやっぱり喋ると男だって分かる。

「よろしくおねがいします。徳永です」
 俺は月時さんの手をおっかなびっくりしながらやんわりと包んで両手で握手していた。
 だって、俺の太い手で握手したら折れそうだと思ってしまったからだ。それになんか柔らかい手だ。やっぱり肌とかも柔らかくてつるつるしてんだろうなこれ。

 そう思いながら何度も手をニギニギと肌の柔らかさを確認するように何度も握りかえしていた。
 そうやっている俺に対して月時さんはふっと優しい笑顔になって俺を手をギュッと握り返す。

「……って……あだだだだだっ!!」
 月時さん……思いっきり手を強く握りかえしてきて、その力強さは月時さんの体つきからは想像も出来ないくらいの力だったからこっちも油断した。

「おいおい……月時、またやったのかよ」
 上司が俺がわめいているのを見て呆れた顔をして月時さんを見て言った。

「ええ、何か尋常ならぬモノを感じたので思わずです。ごめんな徳永」
 握力だけで俺を床に撃沈させた月時さんは笑っている。

 つーか、なにこの凶暴な人……誰か説明してくれー!
 なんでその手で185もある体格もいいはずの男の俺を握力だけで沈めることがどうやったら出来るんだよ!
 そんな技習わなかったぞ!
 そんな月時さんは謝った後、普通に机に戻ってしまった。どうやら最初の挨拶の段階で俺は彼には気に入ってもらえなかったらしい。

「悪いな、徳永。お前なら上手くやれると思ったんだが。まさか挨拶から撃沈食らうとは予想外だった」
 やっと起き上がって机に戻った俺に上司は手を合わせて謝ってくる。

「えっと……やっぱまずかったですか?」
 ニギニギしたのはやはりまずかったかと聞き返すと上司は苦笑して言った。

「ほら、あいつあの顔だろ? 美人とかいろいろ言われていろいろあったらしくて。たぶん営業に行った先で何かあったんだと思うが、口を割るやつじゃないしで。とばっちりがお前の方へ行ったという感じかな」

 なるほど、あの対応されたということは肌が柔らかそうだと思っていたことは見抜かれていたわけだ。
 営業で出来なかった腹いせが思わず出てしまったのなら文句も言えない。だって挨拶してくれた最初は本当に歓迎してくれていたのに、俺の対応がまずかったのは明らかだったからな。

「すみません。うっかり……」
 あれだけの美人なら、男に言い寄られることも多かろう。それに営業先ともなれば良からぬ提案を持ち出して、月時さんと……なんてあり得そうだ。ちくしょーあってもおかしくない。

「まあいい。月時の方から接触あるまでお前とりあえず月時のこと気にするなよ。ほら手の痛みが治まったら仕事だ仕事」
 上司は月時さんに俺に謝罪しろとは言わなかった。
 何故だろうと不思議に思いながらも手を握ったり振ったりして痛みが消えるのを待っていると、いきなり月時さんに声をかけられた。

「あの……徳永、これ」
 目の前にさっと出された小さな絆創膏のような大きさのモノに俺は首をかしげ、差し出してきた月時さんを見上げていた。

「えっと……なんですかこれ?」

「湿布だ。悪い、手加減してなかったから、たぶん半日くらい痛みとれないかもしれない」
 月時さんは少し困ったように湿布を俺の手に渡してくれた。

「えーと、もしかして常備してるということは、よくやっちゃうんですか?」
 俺は普通にそういうことがあるのだと尋ねていた。すると月時さんはため息を吐いてそれを素直に認めたのだ。

「ああ、たまにやる……悪いと分かってるんだけどな」
 どうやら反射的にやってしまうものらしい。そういえばこの騒動だったというのに誰一人としてこの部署の者は驚いてやしない。ということは新人の恒例行事ということなのだろうか。

「やー、まあ仕方ないですよ。俺、月時さんの手柔らかいなーとか思って握ってましたし、握り返してくれなかったらいつまでも握ってたと思うからあれでよかったんですよ」
 俺がそう思っていることをはっきりと言うと、月時さんはすごく驚いた顔をして俺を見ていた。

「お前、なんかあっさり認めるなー。ここはなんか文句を言うところじゃないのか?」

「え? 文句言うのは月時さんの方じゃないですか? 美人だってだけでいろいろ苦労されてるって聞いたし、それに月時さん謝ってくれましたから気にしてません」
 俺はそう言って湿布を手に貼ってみようとしたが片手だと意外に難しくて苦戦していると、月時さんが手を貸してくれた。

「手出してみろ。親指と人差し指の間、そこ握ったからそこに貼らないと意味がない」

「へ? ここですか? ここ急所か何か?」
 右手を出して見ると月時さんは言っていたところに湿布を貼ってくれた。

「まあ、そこが一番効くな。猫でも手を狙ったらそこを噛むことがあるらしい」
 月時さんはそう言いながら湿布を貼った上に医療用のテープを取り出して固定してくれた。

「ありがとうございます」
 とりあえず手当は完了したが、これでは仕事が出来ない。右手はまだ痛いままだったし、パソコンのキーボードも打てない。さて困った。仕事をしに来てここでぼーっと痛みが治まるまで座っているのは情けない。
 するとその現状を誰よりも理解している月時さんはいすだけを自分の席から引っ張ってくる。

「ほら、ちょっと下がって。お前の午前中の仕事はこれか?」
 月時さんはそう言うと俺の仕事をさっと取り上げた。それはまだ入社して一週間しか立っていない俺に任されたデータをパソコンに打ち込む作業だ。

「え、や、月時さんがやるんですか?」

「ああ、お前の手を使えなくしたのは俺だ。その責任はとらないとな。痛みが引くまでやってるから、そこで何か質問があれば何でも言ってくれ」
 月時さんは急に仕事モードになってデータをちらっと見ながらすごい早さでデータを打ち込んでいく。つーか、これプロじゃん。

「あの、そのスピードでされると俺の午後の仕事もなくなっちゃいそうなんですが……」
 一応気にしてそう言うと、月時さんは、ん?と側にあった仕事のデータを見て首をかしげた。

「これ、午前中の仕事じゃないのか?」

「いえ、一日分だって言われました。まだなれてないので、なかなかスピードも上がらなくて。といいますか、月時さんこの量を午前中だけだと思った訳を……」

「俺の机を見ろ。あれ全部午前中の仕事だ」
 月時さんがそう言うのでさっきまで月時さんが座っていたところを見ると、分厚いファイルがおいてある。中身はざっと俺の二倍はある。

「ちょ、ちょっと待ってください。あそこまでやらないといけないんですか? マジですか?」
 ギョッとして俺が尋ねると月時さんはうんと頷いた。

「あれくらい出来ないと仕事にならない」
「嘘だ……」
 あれが一日の量だと言われても不思議ではない。
 俺がそう呟くと隣に座っていた女性社員がクスクス笑っている。

「え? 何ですか?」
 女性社員は笑いを納めると手を顔の前で振りながら言った。

「うそうそ、あれは月時さん用のだから。私たちはあれが一日分。月時さんは異常に仕事が早いから、デスクワークから追い出されちゃったの」

「早ければいいんじゃないんですか?」

「ううん、ほらデータって何日もかけて作ったものでしょ? 月時さんがやるとどんどんそのデータ仕上げていっちゃうから月時さんの仕事なくなっちゃって暇になったからって営業にも行かされて」

「……暇だから営業に行くってそれなんか違いますー」
 化け物社員め。なんでそこまでする。

「ほら、でも月時さん、美人でしょ? だから取引先の人には評判がいいのよ。向こう側から月時さんをお願いしますって言われるくらいに」

「へー……指名入るんですか……すごい」
 俺がそれに感心していると月時さんはさっきの饒舌とは違い黙ってしまった。仕事に集中しているのかと思っていたら何か違った。そう機嫌が悪そうなのだ。あの握手の時のような機嫌の悪さだ。

 ふと上司の言葉を思い出す。
 営業先で何か嫌なことがあったとか……だから不機嫌だったって……まさか。

「えっと……月時さん」
「なんだ?」

「営業先で嫌なことあったんですね」
 俺が核心を突くようにそう尋ねると月時さんはふうっと息を吐いてから言った。

「……ああそうだ」
「そういうのはよくあるんですか?」

「……珍しいかな……でも今回はちょっと手が込みすぎてて拙かった」
 月時さんが正直に告白してきたことで、月時さんが美人と言って笑っていた女性社員がギョッとしたような顔をしていた。まさかと思ったのだろう。

「それって、まさか営業に差し障る何かを要求されたということでしょうか?」

「いや、営業は普通だった。だがその後が拙いな。まさか上に部屋とってますからと直接的に誘ってきたからあからさまとはいえ呆れたな」
 月時さんはその時のことを淡々と話してくれた。
 ホテルで上に部屋と言いながら鍵を見せる。それは枕営業していると思われたということなのだ。

「月時さーん、それ拙いじゃないですかー。どうやって逃げたんですか?」

「もう無視、無視に無視。今回はご相談ありがとうございました、ご検討頂けたらまたご連絡をーと笑顔で逃げた」
 月時さんはその時の物騒な笑みを浮かべてそれを再現した。そして俺の痛いところを指さして、ため息を吐いた。

「あー……握ってざけんなよってやっちゃったんですね」

「そう、だから今日は朝から機嫌が悪かったんだ。だから徳永にも八つ当たりした」

「いえ、八つ当たりはいいんですが。それ、枕営業をしてるって認識されてたってことですか? 月時さんはそうやって仕事とってるとか噂が流れているとか、拙くないですか?」

 俺はそれを心配した。仕事は出来ると側に居る女性社員がそれを認めているのに、そんな噂が出ていて月時さんに指名がくるようになっているとすれば、月時さんの営業はほとんどが無駄足になっている可能性がある。

「三分の一は実行に移そうと努力してくるな。三分の一は話している途中で気がついてくれて、一応申し訳なさそうに小さな仕事はくれる。残りの三分の一がリピーター。今のところ、三分の二をリピーターにしたところだ」
 月時さんはそうやって仕事をこなしてきたと言う。最初は引き継ぎした仕事でリピーターを増やし、噂を聞いた人間の勘違いを払拭するように仕事仕事で押してリピーターにする。そんな努力をずっとしてきたというのだ。

「すごいですね……月時さんすごいです」
「仕事をしたまでだ……他にすることないしな」
 そう月時さんが呟いた。その時の月時さんの表情は、寂しそうという表現が一番あっていると思えた。

「えー、そんな仕事ばかり恋人に振られますよー」
 俺は茶化してそう言ってみたら、月時さんはピタリと作業を止めてうーんと唸った。

「徳永でもそう思うんだな」
「……へ?」
 月時さん、まさかあなた、それが原因で振られたとかいいませんよね?

「いや、仕事と私どっちが大事なの?てやつ。俺はまだ会社員二年目で給料だって少ないだろ? 働かないと暮らしていけないのに、仕事ばっかりとか言われて、じゃどうやって俺は生活をしたらいいんだ?ってなってさ。どうすりゃいいんだ?」
 月時さんはすごく真剣な顔で俺にそう言った。
 どうしよう、すごく真面目に尋ねられた。月時さん女心ちっとも分かってない。

「そういうときは、なるべく女性の方に合わせてやって……」

「じゃ生活はどうやって? 切り詰めて生活して精一杯だから出張はいい報酬になるのに仕事で出張はだめよとか訳分からない。それで喧嘩になって別れたとしてもさ、こういう場合は自分には向いてないとあきらめるしかないんじゃないか?」

 月時さん……すごくすごく、仕事人間です……。

「出張なんてそうそうあるものじゃないと思うんですが。それで出張はだめと言われるような環境ってどんなのです?」

「週末は大抵出張してる。仙台あたりに先輩が就職した会社があってそこの紹介で仕事が結構入るんだ。だから出張してる。そうすると生活以外に貯金する金額も増えて老後が安心だ」
 最後の方はちと嘘くさい言い方だったが、月時さんにはそうしなければならない理由が存在しそうだった。
 だって月時さんはこの話し中ずっと真剣にそう思って発言しているからだ。

「別にずっと営業にいるわけじゃないんだ」
「あ、確かに……あ、月時さん、もしかして部署内に戻る予定があるとか?」

「ああ、今日その内示をもらいにきたところだ。前から部署内の仕事、上司が9月に上に異動になるからここの部署を任される話が来ていて、それで営業先のコネは沢山作っておいた方が後任の為かと思ってやってた。引き継ぎとかいろいろ引き継いでもらう予定だから今年中は忙しいってことは彼女にも言ったんだけど、やっぱり友達としか思えないって振られた」
 月時さんは特に悲しく思っているわけじゃない言い方で淡々とした説明をしていた。

「つまり、仕事ばかりの月時さんが彼氏らしいことをしないので、友達以上には思えないって言われたんですね」
「そうまさにそういう言い方だった」

「体のいい振られ方してますねー……その彼女とは会ってるんですか?」

「いや、全然」
 きっぱりと会ってないという月時さん。いやそこは追いかけてやっぱりお前がいないと!とやってくれるはずと彼女は期待してたと思う。

「うーん、月時さんの場合、追いかけてくれるような……それでもって、仕事に理解がある人でないと駄目なのかなあ……」
 俺がそう言った時、月時さんは一瞬だけ困ったような顔をした。それが何を意味しているのかは分からなかったが、月時さんの昔に何かあったのではと思えるような、そんな困った表情だった。

 入社1週間目にして出会った月時響という人間は真面目であるが、それ故に損をしている人なのだなと思えた。
 月時さんのような少し変わった感覚を理解してくれるような女性はそれこそ少ないと思う。包容力とかあって月時さんを自由にしながらもちゃんと思いやってくれる、そんな人というのは実際いるものなのかという問題だ。

 とにかく仕事人間だった月時さんだったが、数ヶ月経ったある時から少し人間味が出てきたようだった。
 そう叔父さんの子供を預かっていると言い出し、その送り迎えが黒のベンツで黒服の人が毎回送り迎えしてくれるようになってからだ。

 月時さんが彼女と別れたことは会社では有名になっていて月時さんを狙う女性も増えたのだが、月時さんははっきり言ってそれどころではない様子だった。

 その期間、およそ一年くらいで月時さんは落ち着きを取り戻し、なんだか幸せそうにしていたので俺も彼女などの話題は何となく避けていた。

 月時さんは仕事場では普通にしていたし、俺なんかの面倒も見てくれたし、なんと言っても俺が月時さんのことを普通に好きでかっこいい人だと思っていたから、些細な問題は無視することにした。

 そう月時さんは女性と付き合うことはやめて、男性のしかも彼氏がいるという事実だ。  このことに気づいたのは、4年経ってからだ。

 俺は取引会社の人たちとあるホテルの個室がある小料理屋で食事をしていた。この取引会社の取引は月時さんが最後にもぎ取ってきたアイドルのイベントの企画を毎回頼んでくれるタレント事務所だ。この事務所の関係者、坂本さんは月時さんのことを信用し気に入っていて、それを引き継いだ俺のことを気に入ってくれていた。

 他のイベント企画会社とは格段に違っているとかで時々接待をしてくれる。この小料理屋には俺が普段一人暮らしだから良い物を食べさせようとしてくれているのも知っている。
 だが、今回は違った。

「あっとちょっとお手洗いに行ってきます」
 食事も一段落して帰り間際に手洗いに立った。
 小料理屋の奥にある手洗いを借りて、個室への戻りの最中に俺はばったりと偶然にも月時さんを見つけてしまった。

 最初に出てきたのは長身の黒服の男だった。嫌に決めたスーツ、しかも高級っぽいのを着ていて、顔も何処の俳優だよと言いたくなるほど整った美形の男が最初に出てきて、その後に月時さんが薄水色のスーツで出てきたのだ。

「大丈夫か?」
「あーうん、ちょっとだけ酔ってる」
 月時さんはどうやら飲んでいたようで、ほんのり顔を赤くしているのが見えた。

 黒服の男が手を貸して月時さんを支えている。その手を当然として受け入れた月時さんは酔っているからなのか周りのことは気にならないらしく、黒服の男に甘えるようにすり寄っていた。
 こう腕に抱きつくようにして鼻背を腕にすりつけるようにした後、何か囁くように男の耳元で喋っている。その表情は普段の月時さんからは考えられないほど妖艶な雰囲気があって、とてもじゃないが直視に耐えられない。
 こっちが誘われている気分になってくるから見てられないのだ。

 うわどうしよう……そう俺が思ったと同時に、黒服の男がちらっと俺の方を見た。そしてニヤッと笑ったと思う。
 思うのは考えが追いつかないからなので本当はどうだったか分からないのだが、目の前で黒服の男は月時さんの顎を持ち上げて唇にキスをしていたのだ。

 あああああああああ――――――…………。
 濃厚なキス、たっぷり1分ほど目の前で繰り広げられております。
 キスが終わると黒服の男はもうこっちを見ずに月時さんを支えて廊下を歩いて出入り口の方へ向かった。

 その時月時さんはずっと微笑んでいた。それも甘ったるい顔をして。

「……見なかったことにしよう」
 あんなのを月時さんだと認めたら、自分がおかしくなりそうだ。そう見なかったことに……そう思ったけれど、月時さんが安堵して微笑んでいられる場所が、あの黒服の男の側だというなら、それはそれでいいではないか?と思えてきた。

 そう4年前に月時さんが彼女と別れた話をしていた時、月時さんにはもっと包容力があって月時さんを自由にさせてあげられるほどのキャパがあるような人じゃないと無理だと思ったことを思い出したのだ。

 なんだ月時さん、だからみんなに秘密だし、女子社員のことは絶対にフルんだなと俺は納得した。

 だって月時さんがあんな表情をして見ているその相手を月時さんがどれだけ好きなのかすぐに伝わってきたからだ。

 月時さんは、自分の半身を見つけたのだろう。あのちょっと凶悪そうな人がどんな人であるのかなんて詮索はしないけれど、月時さんが無体なことをされている訳ではないのは見て取れたのでそれ以上気にするのは止めた。
 そして同時に月時さんが話していた月時さんにとって可愛いという人の話も思い出した。

「……やー、月時さん、まさかですが、アレが鼻歌歌ったりとかするわけですか……? そんでもって可愛いわけですか……?」

 いやいやいや、あれが鼻歌歌ってたら、絶対何か企んでいるって……月時さんなんか絶対どっかおかしな恋愛脳変換しちゃってますって!

 俺は心の中で精一杯叫びながらも、なんだがかおかしくて仕方なかった。
 月時さん、すげーメロメロだし、会社と違う姿を普段は見せているのだと分かると急に親近感が沸いてきた。

 今まで月時さんはいろいろ喋ってくれていたが、最大のことはいえない秘密だろう。
 だけど、それはただ好きな人がいて、好きな人と暮らしている日常が裏にあるのだと思えば、それほど謎でもなんでもない。
 だから俺は今でも月時響という人間を尊敬している。
 この人だって人間なのだ。誰かを思って愛することが出来る人なのだと分かって凄く安堵した。

 それからも俺は月時さんの部下で、真面目に仕事に励んでいる。時々月時さんに怒鳴られながらだけれど。