novel

ROLLIN'1-10

 最近、楸(ひさぎ)の顔を見て無いな……。
 月時響は、そんな事を思っていた。

 現在午後1時。ちょうど仕事を一段落して、昼食を取りに、部下の徳永達と共に出掛けていた時だった。
 本当にふとそんな事を思ったのである。

 最近、響は楸のベッドで寝るようになったのだが、自分が先に眠り、楸より後で起きるという生活をしていた。

 一緒に寝てるのだから、顔くらい見るだろうと思ってたのに、それがまったく気が付かない間に、楸は帰ってきて寝て、勝手に起きて出掛けている。

 そんな日々が最近続いている。
 一緒に住んでるのに顔を見ない事が続けば、少しは寂しくなってしまうものである。

 何故急にそんな事を思い出したのだろう?
 響は首を傾げてしまった。
 そうそんな事を思ったのか。
 それは食堂で見たテレビのせいかもしれない。

「うわー発砲事件ですか」
「またヤクザですねえ」

「白羽組ってこの近所じゃないですか」
 そうこの会話のせいだ。

 白羽組は、宝生組の下になる組だからだ。
 宝生組は、一番上にあたる名称で、その下に九竜組、そして五つの組が存在し、更に下には分家が10程存在し、さらにその下に組がまた存在するという巨大な組織なのだ。

 それを響が知ったのはつい最近の事。
 知らなくてもいい事だが、そんな話が耀から出たのである。
 響は借りにも奥さんなんだから旦那の仕事の事は知って置かなきゃいけないとか、耀の奇妙な気遣いからそんな会話になったのである。
 けれど今の世、ネットにそうした情報が載っていたりするくらいなので一般人でも興味があれば知っているらしい。

 その頂点に立つ楸はかなりの忙しさで仕事をしている。
 配下の事もあるだろうが、ヤクザなりの仕事もある。

 金融業に始まり、小さな会社。
 それが全ての見回りを楸がやることになっている。
 その忙しさは半端ではないようだ。

 響はてっきり上のボスはのんびりと道楽をしていて、必要な時に動くだけなのだと思っていたからそれは意外だった。
 そんな目の回る忙しさの楸に最近会って無いのである。

 ベッドには寝た後があるからちゃんと寝ているのだろうが、忙し過ぎやしないか?そう思ったものである。

 そんな中の発砲事件。
 それは更に楸を忙しくしているとはこの時は思ってもみなかった響である。





 発砲事件は楸の耳にも届いていた。

「組同士のいざこざじゃないのか」
「はい、そのように報告を受けてます」

「じゃ、一般人が鉄砲持って襲ってきたとでもいうのか?」
 楸は書類から顔を上げて槙を見た。
 槙は振り返って、頷いたのである。

「はい、その方向が一番らしい情報です」

「まったく物騒な世の中になったもんだ」
 楸はそんな呟きを洩らす。

「撃たれたのは大丈夫か」
「白羽組長のボディーガードが一人撃たれておりますが、軽傷だそうです」

「そうか」
 楸はそう言って書類に目を通した。

 最近、白羽組からはいい情報をきかないのが気になっている。最近出来たばかりの組ではあるが上納金は多いし、やたらと楸に接触してくる。

 成り上がりの風貌があり過ぎて、他の組からも苦情が出ている。
 やり方が利口じゃ無い分、こうした反発も受けるのだ。
 それに発砲事件とは穏やかではない。

「もっと詳しく調べておけ」
 とにかく調べておく必要がありそうな事件である。

「はい」
 槙(まき)は頷くと何処かに電話をかけた。

 ややこしいことになってきた。
 ただでさえ警察から目を付けられたく無い時期にこの事件である。

 楸は嫌な予感がしたものである。

 発砲事件の時、白羽組の方も発砲をしている。
 警察から家宅捜索を受けているが、まだ拳銃は発見されていないのだが、それも時間の問題である。

 それを考えると頭が痛いところである。

「耀を早めに引き取っておけ」
「解りました」

「それで、響さんはどう致しましょう」
 そう言われて楸は考え込んでしまう。

 発砲事件があったからと言って響に早く帰れといっても仕事を切り上げて帰ってくるわけがない。
 寧ろ響には関係ない事なのだ。

「そっちはいい。耀だけ早く帰らせたとだけ伝えておけ。どうせ言ったところで響が帰ってくるとは思えないからな」

「そうですね」
 槙はそう受けて響に連絡をした。





「はい……解りました」
 会社に戻って一番にかかってきた電話を取ったのは響だった。

 槙からの電話だったので響は何かあったのかと思ったが、ただ耀を早めに帰すからという連絡だけだった。

 やっぱあの発砲事件なのかな?

 あの事件くらいしか、耀を早く帰す理由はないと思う響である。
 まあ、とにかく早く仕事を定時で終わらせて、耀の為に早く帰ってあげることしか出来ない。

「徳永! 仕事しろ!」
 まだ女性社員と食っちゃっべってる徳永を呼びつけて響は仕事に打ち込んだ。
 それが終わったのは、午後6時を回っていた。

「うはーちょっとの残業で終わったー」
 徳永が背伸びをして立ち上がった。

 定時の5時で終わらせるつもりが6時を回っていたので響は舌打ちをしてしまう。
 最近仕事の効率が悪いような気がするのである。

「さあ、帰りましょ」
 徳永はさっさと帰る準備をして入り口に向かっている。
 響も手早く準備をして、入り口に向かった。

「今度こそ、月時さん、酒飲みましょうよ」
 駅まで歩きながら徳永がそう言い出した。

「いや、帰るよ」
「えー何でですかー」

「家で待ってる人がいるから」
「また甥ッ子ですかー。最近月時さんそればっかりですよ」

 解ってるが……。

「仕方ないだろ」
「子供なんて一時間くらい放っておいても大丈夫ですって」

「そうもいかないんだよ。じゃな、俺こっちだから」
 とにかく飲むのはマズイ。
 食事くらいなら付き合ったところで悪くないのだが、飲むのだけは付き合えない。
 酒ぐせが悪い事は自覚しているだけに、付き合いが悪くなっても醜態だけは避けなければならない。

「もー月時さん付き合い悪いですよー」
「ああ、悪いな」

「解りましたよー仕方ないですし」
 徳永は諦めて反対側のホームに消えた。
 それを見送ってから響は電車に乗った。

 電車に乗っている間に今日の食事のメニューを考えていた。
 マンション近くのスーパーで買い物を済ませて帰ってくると、マンション前で怪しい動きをしている人物が目に入った。

 誰だろうと思いながらその人物を避けて、オートロックの解除をしようとして、やっぱり辞め、部屋番号を押してみた。
 怪しい人物は、大丈夫いなくなったと思っていたら、いきなり後ろを取られた。

 本当に気配がなかった。
 背中に何か突き付けられて響はハッとした。

「あんた、宝生組の関係者だな」
 そう男がいった時、響は咄嗟に嘘を付いた。

「……いえ、違いますが」
 響はそう答えたが男が納得したとは思えなかった。

「今、宝生組の組長の部屋の番号を押しただろう」
 スピーカーからは、耀の声が聴こえた。

『響でしょ。響?』
 耀(あき)の声が空しく響く。
 でも響は答えられない。

「響か。悪いが一緒に来てもらうぞ」
 男に腕を取られて、響はマンションから連れ出された。
 近くに止まっていた車の中へと押し込められた。

 すぐに逃げ出そうとしたが、男が自分に突き付けていたのが拳銃だと解って、響は抵抗する事を止めた。

「一体何?」
 運転席に乗せられて、男は助手席に乗り込んだ。

 やはり、目の前で拳銃を突き付けられる。
 本物かどうかは解らないが、逆らって撃たれる訳にもいかない。
 男を良く見ると、まだ若い男だ。

「どうしろと?」
 響は再度問うた。

「車を出せ」
 そう言われて響は車を発進させた。
 乗り慣れてない車なので、運転が怪しいが大きな車道に出ると男は安心したのか、拳銃を下へと向けた。

「悪いな、ちょっと付き合ってもらう」
「どういう事だ?」
 響は運転をしながら尋ねた。

 何がどうなって拳銃を持った男が自分を狙ったのか解らなかったからだ。
 でも月時響自身にではなく、宝生組関係者として狙われたのは明らかだった。
 響に尋ねられ、男は答えた。

「用があるのは、宝生組の組長だ」
 楸に?
 響は驚いて男を横目で見た。なんでだ?と考えたが、思い付くのはない。ただ命を狙っているのなら、人質は耀を選んだだろう。それに、この男、響と宝生組との関係を知らなそうだった。

「あんた、どういう関係者なんだ?」
 男はそっちの方に興味を持ったらしい。
 響は運転を慎重にしながら答えた。

「家政夫」
 大真面目に答えられて男はキョトンとなってしまった。

 変だろうな……いかにも会社帰りの男が家政夫と真面目に答えたんだから。
 そう思って響はそれ以上詳しい事は言わなかった。

「あんたみたいな真っ当な人間が何でそんな事をしている」
 男はそれが不思議でならないらしい。

「借金してるんだ」
 これは事実だ。

「なるほど」
 男はそれだけで納得したらしい。
 借金の為に、さっき出た子供の面倒も見ていると思われたのだろう。

「宝生組の組長に会ってどうするんだ?」
 今度は響きが質問した。

「殺そうと思ってな」
「え? 何故?」
 響は驚いてしまった。
 思わず男の方を向いてしまったが、慌てて前を向いて運転に集中した。

「殺すというか聞きたい事がある。お前連絡取れるか」
 男はそう尋ねてきた。

 楸に連絡取ろうと思えば、携帯に番号が入っているから直通で話せる。
 だがその時、響の携帯電話が鳴った。

 背広のポケットに入れていたのが鳴り出したのだ。
 どうしよう……きっと耀だ。

 響はそう思った。
 さっきの様子で何か異変を感じてくれたようだ。

「出ていいか?」
「いや、こっちに寄越せ」
 男がそう言ったので、響は携帯を渡した。

 男は携帯を広げて中を見た。
 そこには、耀とだけ名前が出ているはずだ。
 楸の家の番号なのだが、楸と入れるのを躊躇った響が耀の名前にしておいたものだ。

「耀って誰だ?」
「さっきインターホンに出た子供」

「なるほど、宝生楸の息子か。ちょうどいい」
 男はそう言って電話に出た。
 響は内心ヒヤヒヤしていた。





 響に何かあった。
 インターホン越しに耀はそう思っていた。

 普通なら暗証番号を入力して入ってくるはずの響が、部屋から呼び出してきたのは初めてだったからだ。

 響が帰ってくるのは解っていた。
 近くのスーパーで買い物していると電話があったからだ。

 だからそれは響だと耀には確信があった。
 だがインターホンから響の声は返って来なかった。

 それで今日の事もあり、耀は酷く焦った。
 慌てて九猪に命じて入り口を見てくるように言うと、自分はインターホンで響を呼び続けた。

 だが、響は買い物をした荷物をエントランスに置いたまま、その姿は何処にもなかったのである。

 何かあった。
 その時にはもう確信になっていた。
 それから急いで響の携帯に電話を入れた。

 すると呼び出し音はちゃんとする。
 だが、響は出ない。

 誰かが響を連れ去ったのか。
 そんな事を感じながらも響の携帯を鳴らし続けた。
 すると呼び出し音が消えた。

「響!」
 耀は叫んで響を呼んだ。
 だが、電話に出たのは別の人物だったのである。

「誰?」

『響を誘拐した犯人』
 電話に出た男がそう答えた。

 誘拐?

「どういうつもり?」
 耀は怒っていた。響を連れ去る人物は誰であろうと許さない。危害を銜えたりしたら殺してやるとさえ思っていた。

『宝生楸と話がしたい。子供は結構だ』
 男はそう言ってきた。

 確かに耀は、自分は子供だと思った。
 楸のように動く事も許されないただの子供だと思った。
 それがとても悔しかった。
 どうにも出来ない自分が許せなかった。