novel

calling-1

 ヴァレリオ・トニの言葉に頭を悩ませたのは三人の男だった。
 イタリア、シチリアに引きこもったイタリアンマフィアのデル・グロッソ家は一年前に組織存続の危機に陥った。
 組織のボスであるロレンツォ・デル・グロッソがスイスでイタリア当局とスイス当局に拘束されたことが始まりだった。
 ロレンツォは何十年もイタリア当局から逃げ延びていて、なかなか有力な情報がなかったところだったが、三十年ぶりにボスの情報が手に入り、逮捕に至ったのだという。
 だがそれだけで組織は揺るがなかった。
 組織は逃亡中のボスが逮捕されただけではそこまでの衝撃はなかった。ふだんからいないボスである。指令や様々なことをやっていたのは、十年前から長男のアレッシオが行っており、そのアレッシオがいれば、組織としては問題はなかった。
 だが、そのアレッシオが過去に犯した殺人でイタリア当局に指名手配された。
 それは次男ジョルジオ夫婦を殺害した容疑だった。
 ジョルジオ夫婦は、イタリア滞在中にデル・グロッソ家の別荘で不審火により焼死したと思われていたが、その前に殺害されていることが分かっていた。依然として犯人が不明のままの未解決事件となっていたのだが、ここにきて急展開したのである。
 長女のダニエラとその夫のライモンド・ニルコラーンが実行犯として逮捕され、アレッシオがその指示を出したことが分かったのだ。当時の料理長を使ってジョルジオ夫婦を殺害、放火した。しかし、料理長本人が火災の際に逃げ遅れ死亡したため発覚はしばらくしなかった。だがその料理長の妻がダニエラから多額の慰謝料という名の報酬を払っており、それが決定的な証拠となった。細々とした証拠が積み重なり、アレッシオは当局から出頭を命じられた。
 そのアレッシオは、出頭命令が出る前にイタリアから逃亡した。
 奇しくも捕まった父親が逃亡したのと同じ年で逃亡生活に入ることになった。
 アレッシオが逃亡した翌日に、彼の側近であるニーノ・ボルガッティが殺されて港に浮かんでいるのが発見される。
 アレッシオは逃亡の邪魔だったニーノを殺したのだろうと思われるが、その死に関しては何の証拠もない。
 とにかくアレッシオは逃亡に成功したように見えた。
 実際にそれから当局は、アレッシオの行方を全く知ることができなかったからだ。
 罪を犯して逃げたとしか思えない状況ではあるため、イタリア当局はアレッシオによる跡目争いからのジョルジオ夫婦殺害と断定した。そして部下のニーノを殺したのもアレッシオであるとして、指名手配をインターポールから全世界にされた。
 デル・グロッソは一斉家宅捜索されたが、アレッシオの手掛かりは一切なかった。
 それをおかしいと思っていたのが、ロレンツォの妹であるレティシア・カルツェ・デル・グロッソだった。
「アレッシオが逃げたままで何の連絡もよこさないのはおかしいでしょ!」
 そういうのである。
 とにかく、デル・グロッソ家は跡取りがすべていなくなり、アンダーボスの位置にいたヴァレリオ・トニをボスに据えた。
 当面、当局に睨まれたままであるから、派手なまねはできないのだが、トニは違った。ボスの座を手に入れたと同時に好き放題やり始めてしまった。
 最初に金糸雀(ジンスーチュエ)伝説を持ち出してきたのである。
「あれが手に入れば、我らは金に困ることがなくなる」
 そういうのである。
 金糸雀(ジンスーチュエ)は、金を呼ぶ能力を持った人間の俗称である。数字を見るだけで金の流れが自然と読め、息をするように金を呼び込める。実際、そうした例があり、繁栄していた組織などもあった。
 だが現代において、それが使われた形跡はなく、あくまで伝説とされているのだが、自体はここ最近起きていた、新たな金糸雀(ジンスーチュエ)事件のことで実は本当にあるのではないかと疑いだした人間たちも多いという。
 その根拠は、白鬼(なきり)のせいだ。
 現代の金糸雀(ジンスーチュエ)と呼ばれている織部寧野(おりべ しずの)は、現在白鬼(なきり)の社長、宝生耀(ほうしょう あき)の恋人だ。宝生耀(ほうしょう あき)は、日本のヤクザの若頭だったがそこを追放された。
 こういう世界で若いうちに失敗すると、買っていた恨みのせいでろくな死に方をしないことが多い。
 だがたった数ヶ月で白鬼(なきり)を作り、黒社会に戻ってきたのである。ヤクザをしている時よりも制限がなくなったのか、活動は精力的である。そんな彼の落ちぶれたところからの復活に、織部寧野(おりべ しずの)の金糸雀(ジンスーチュエ)が関係しているとトニは信じて疑わないのだ。
 白鬼(なきり)は今やイタリア一だったデル・グロッソなど遙かに超えた組織として世界中で活動している。だが本当は元々名称もなく活動していたから下地があっただけのことだ。それに名前をつけて活動し始めたのが最近のことなのだが、見える部分は急激な復活劇としか見られない。
 見えない部分の苦労は見ずにトニは白鬼(なきり)の功績だけを手に入れたがった。
 レティシアはそんなトニを止めようとしたが、暴走は止まることなく、三人の部下に難題を振りかけたのである。
「織部寧野(おりべ しずの)を捕らえてこい」
 その言葉に困ったのは、三人の部下だ。
 ピエトロ・リアルディはうめき声をあげ、リナルド・ガリアーノは首を横に振り、パオロ・アラゴンは天井を仰いだ。
 人一人の誘拐は簡単だ。それがイタリアにいればだが、更に旅行者だともっと簡単になる。問題は、相手がイタリアにいない場合だ。
 織部寧野(おりべ しずの)は日本人だ。日本に住んでいて日本を拠点としている。海外旅行はするかもしれないがイタリアにくる可能性にかけるのは無理がありすぎだ。
 だから日本に行くしかないわけだが、日本でイタリア人が日本人を誘拐というのは困難を極める仕事だ。気軽にやるわけもいかない上に、輸送手段も確保しなければならない。そうなればかかる費用もそれなりだ。
 更に白鬼(なきり)という組織の奥深くに関わり合っている人間の誘拐だ。
 費用もそうだが、それ以上の困難を極めるのは誰が考えても分かることだ。
 ヴァレリオ・トニの言葉に三人は顔を見合わせて唸った。
「できるか?」
「無理だろう。ただでさえうちは人が足りないんだ」
「これでクトータに寝返る人間も出かねない」
 三人はそう言った後顔を見合わせて思った。
 どうしてトニなんかがボスになったんだ。あいつはアレッシオの機嫌取りだけでのし上がった人間だ。元々、ボスとしての資質すらないのだ。
 そんな人間がボスなんてやっても周りを気遣いながらやれるわけがない。案の定、無理難題をふっかけて部下を困らせる。
 それも伝説と言われている金糸雀(ジンスーチュエ)の誘拐だ。
「そもそも金糸雀(ジンスーチュエ)って本当なのか?」
「分からないがその噂なら聞いたことはある」
「確か金を呼ぶんだろ? どういう方法か知らないが」
「カジノに連れて行くと、例えばルーレットの出る目が分かるんだと」
「へぇそれは便利だな。不正なんかしてないわけだし」
「それで昔の貉(ハオ)とかいう組織はできていたらしい」
 話してみると嘘くさい。誰かが適当に作った話のように聞こえる。
 実際その金糸雀(ジンスーチュエ)を持っていた貉(ハオ)は組織ごと解体された。金糸雀(ジンスーチュエ)なんて言われている人間はいるが、その人間がそれらしいことをしていれば周りの組織が放っておかないだろう。
 その人物が元気で生きているなら、この話は嘘であると言えた。
 だが嘘を嘘だと分からないトニ。
 けれど現在の金糸雀(ジンスーチュエ)が金を生まないのならば、その子供を増やせばその中の誰かが金糸雀(ジンスーチュエ)になる確率は上がると言うのだ。
 確かにその可能性はあるだろうが、話がうますぎるのだ。
 どうやらトニは誰かに何かを吹き込まれて、それを信じ込んだらしいのだ。
 やっかいな話を持ち込んだのが誰なのか知らないが、トニがやれと言った以上、やらないわけにはいかなくなった。
 ボスの命令は絶対なのだ。
「どうにかするしかないだろうが……」
 最初にピエトロが去って行った。どうするか決めかねている様だったが、それでも何か決めたらしい。
「あいつ自分のところの部下を使いそうだな」
 リナルドが言った。
「確かに部下が一番多いのはあいつだしな。それでうまくいくならうちだって総動員してやるところだがな」
 パオロがそう言い、ため息を吐きながら去っていく。困ってはいるが、やはり何か決めたようだった。
「金を一番持ってるのはパオロだからな」
 リナルドがそう皮肉を呟いた。
 パオロは自分ではやらない。きっとどこかの組織に依頼するだろう。
「さて私はどうするか」
 金もなければ人材もいない。あるのは己が築いてきた人脈のみ。
 そう冷静に自分を分析するリナルドはうっすら笑みを浮かべた。



 トニの提案に納得したのはレティシアだった。
 そんな実現可能か分からない途方もない計画だが、やらないよりはマシだ。
 現在クトータにイタリアの主要都市は食われている。シチリアにこもるしか身を守る手段がないのが現状。そのせいで他のシチリアマフィアには笑いものにされている。
 あれほどの力を保っていたのに、今や陰すらない始末だ。
 一体何が間違っていたのか。
 ジョルジオはただ家庭を持っただけだった。マフィアになりたくないと家を出て、静かに暮らしていただけだ。それなのに何故アレッシオはそこまでジョルジオを恐れたのか。昔から優秀だったジョルジオをマフィアで終わらせるのはもったいないと、レティシアはマフィアから去っていこうとしていたジョルジオを応援していた方だった。
 だがどこかで歯車が狂った。
 あの嫁のせいか。レティシアはそう思い返す。
 真栄城青良(まえしろ せいら)は、ロシアのマトカの親戚で実家は日本の沖縄にあるヤクザ高嶺会(たかみねかい)。父親はそこの会長であったとされたから、アレッシオは危機感を覚えたのかもしれない。
 マフィアの名門の嫁をもらい損ねていたアレッシオと、マトカという組織の血筋の青良(せいら)を妻にするジョルジオ。ジョルジオがアレッシオに成り代わろうとしたと勘違いをしても仕方ない。
「余計なことを本当に」
 ジョルジオが日本で暮らし続けていたらもしかしたら違ったのだが、イタリアに帰ってきたことが問題だったのかもしれない。
 いくら葬式とはいえ、呼び戻すのではなかった。その判断だけは間違っていたと思う。
 だがそれもあの嫁がいなければ問題がなかったはずだ。
「あんな子供までも凶悪で……おぞましい」
 自分たちの血を引いていないし、名前も与えなかったが、それでも化け物に育った。マフィアとして育ったとしたらならきっと優秀なボスになっただろうと思われるほどの素質を兼ね備えた最強のモンスターだった。
 その力は復讐のために使われた。
 復讐するためにやってきて、復讐でデル・グロッソを潰したようなものだ。ロレンツォの潜伏場所はレティシアしか知らなかった。送金も受け渡しも何十年と気をつけた。それなのに、田舎で暮らしていただけの人間を探し出した人間がいる。
 それが俐皇(りおう)だ。力を得た俐皇(りおう)はロレンツォを探し出し、当局に逮捕させたのだ。
 デル・グロッソという組織のボスだけは殺さず逮捕させる。そのやり方も屈辱を与えているようなものだ。死ぬまでロレンツォは刑務所で暮らすしかなく、下手すれば刑務所内で殺されるだろう。
 そこまで考えて、レティシアはある疑問が浮かんだ。
 俐皇(りおう)が復讐する相手は、ロレンツォではないからだ。両親どころか俐皇(りおう)自身も殺そうとしたのは、長男アレッシオなのだ。
「まさか……アレッシオも」
 そう考えると説明がついた。
 アレッシオは俐皇(りおう)に殺されたのだ。だから逃げたはずのアレッシオは出てこない。母親や父親を殺し、もう少しで自分をも殺そうとした人間を俐皇(りおう)が生かしておくとは思えないわけだ。 
 俐皇(りおう)の復讐は完了しているのだ。
「おのれ俐皇(りおう)……」
 そう言ってみるものの、俐皇(りおう)への扱いが酷かったのは事実。それを恨むのは普通であろう。だがレティシアは自分が恨まれるほどのことをしたとは思っていない。あれくらいの区別でと思っている。
 その区別という名の差別が、どれほどの恨みを買っているのかをレティシアは思いもしない。
 俐皇(りおう)の名前が再びレティシアの耳に入ることになったのは最近のことだ。
 俐皇(りおう)が日本のヤクザから追われていることを知ったのは一年前だ。警察が事件の当事者である俐皇(りおう)の居所を知らないかと聞きに来た時に、もう日本にはいられないことを知った。
 日本のヤクザから絶縁までされた。絶縁というのは、ヤクザという組織全体に対して、その者を助けることも援助することも許さないという意味になる。他の組織も俐皇(りおう)を助けることはできなくなる。そういう決まりなのだという。
 それを他の組織が破れば、組織同士の宣戦布告となり、戦争となる。
 だから平穏でいたい組織はそれを受け入れ、俐皇(りおう)は迫害する。
 中には、俐皇(りおう)から理不尽な扱いを受けた人間が、自由に命を狙うことができるようになる。案の定、俐皇(りおう)は各組織から命を狙われていた。
 つまり俐皇(りおう)を狙うやからが増えたから日本を脱出したのではないかということで、イタリア当局は一応は親戚になるレティシアに行方を聞いたのだ。
 だがたった二年ほどイタリアにいて二度ほどしかあったことがない嫁の子供の行方なんて、知っているわけがない。
 今思えば、それ自体が失態だった。
「いや把握しておくべきだったんだわ。ルキーノ!」
 レティシアは執事を呼んだ。呼ばれた執事のルキーノ・フィオラヴァンディはすぐさま部屋に駆け寄る。
「なんでございましょうか」
 六十を少し超えた老人にしては素早い行動であるが、皺のある顔は真顔で窪んだ瞳は冷淡な顔をになるようだ。
「今すぐ俐皇(りおう)の居場所を探してちょうだい」
「俐皇(りおう)と申しますと、真栄城俐皇(まえしろ りおう)でございますか?」「ああ、そうねそういう名前だったかしら。日本にはいないらしくてね、警察からも探すように言われているのよ。分かったらすぐに私に知らせてちょうだい」
 レティシアはそう言うとルキーノを下がらせた。
 とにかく俐皇(りおう)の居所を探り、なんとかして俐皇(りおう)を殺せないものかとレティシアは考えた。
 俐皇(りおう)はアレッシオを殺しているはずだ。だからこそ、レティシアには復讐する権利が生じていたからだ。


 部屋から執事室に戻ったルキーノはふうっとため息をついた。
 部屋のパソコンで真栄城俐皇(まえしろ りおう)を検索する。だがヒットするのは十年前の事件だけで、写真もその時の物だ。
 そうジョルジオたちが死んで、俐皇(りおう)が日本の親戚に引き取られるまでしか記録していないのだ。本当ならこの記録すら消えているはずだったが、幸いなのは、消す人間がいなかっただけのことだった。それくらいに俐皇(りおう)への関心はデル・グロッソにはなかったわけだ。
「今更ですかね」
 よく分からない事情で俐皇(りおう)を探すわけだが、日本にいない理由はすぐに分かった。だがそこから彼が何処へ行ったのか分からなかった。
 昔の記録を探っていると執事の補佐をしているダヴィード・レグレンティが思い出したように言った。
「前に資料整理をした時に、確か……一時期フランスのどこかへ届けたっていう記述がありましたよ」
 そう言われて思い出した。
 確かに自分がその手配をしたのだった。
「ああ、そうか」
 住所録を漁(あさ)ると、その住所が出てきた。
 シス・シジエムという名の元貴族。
 たった一回の付き合いだった。俐皇(りおう)を沖縄に送る前に、フランスの元貴族シス・シジエムが一旦俐皇(りおう)を預かってくれると申し出て、沖縄の安里(あんり)が一ヶ月か二ヶ月ほど預けていたはずだ。ルキーノはそこへ生き残ったメイドと共に俐皇(りおう)を送ったのだ。送ったとはいえ、イタリアの駅でフランス行きの列車の切符を手配しただけだが。
 あのときは、メイドがすべて俐皇(りおう)の身の回りを世話していて、片時も離れることがなかった。だから彼女に任せたのだ。
 あの時のメイドは確か、サーラだったか。
 殺人事件の目撃者などメイドとして使い続けるわけもいかない。変な噂が出ないうちに厄介払いをしたかった。するとシジエムが話を聞いて是非とサーラを欲しがってくれたので、面倒ごともなく厄介払いができたわけだ。
 傍目からはマフィアの屋敷のメイドよりは、フランス元貴族の屋敷のメイドの方が箔がつく。急な事情の変化にもサーラの両親も納得したほどだ。元貴族の屋敷のメイドとなれば、娘の雇い先を今後は隠したりする必要もなかった。
 その元貴族シジエムに連絡を取ってみると、俐皇(りおう)の居所は把握してないが、探しては見るという返答が来た。俐皇(りおう)がヤクザの総長になったところで付き合いが切れてしまっていたらしいが、その後、他のヤクザに追われて、元いた組織もヤクザもやめたのは知っていた。
 本人が匿ってくれと一度来てその時に一晩泊めたという。
 その後、迷惑がかかるとして行き先は言わずに消えて、一年になるらしい。
 その時のメイドのサーラに行き先の心当たりがないかと聞いてほしいと言うと、サーラは5年前に屋敷をやめて、今はどこにいるのかは知らないと返ってきた。サーラは実家にも戻らず、現在何処で何をしているのかは家族すらも知らないらしい。

 さて困ったことになったとルキーノは思った。
 ここから俐皇(りおう)を探すなんてことができるのだろうか?
 追われているという俐皇(りおう)がわかりやすい行動をしているとは思えない。それにもう殺されているなんてこともありえるのだが、極秘に処理されていれば、見つかるはずもないだろう。
 知っている人間を探すのが効率的だが、調べたところで俐皇(りおう)の知り合いは日本人しかいない。その日本人はヤクザしかいないわけだ。しかも絶縁をしているという組織の門を叩いても素直に教えてくれるわけもないだろうし、むしろ向こうも行き先を探しているレベルだろう。
「さて困ったことになったものだ」
 トニの我が儘な注文にも頭を抱えたものだが、レティシアの無茶にも頭を抱えてしまった。どちらも日本人を探しているのだが、誘拐と出頭などと面倒なことばかりだ。
「済まないが、ダヴィード。君に頼みたいことがある」
 自分がレティシアから離れるわけにはいかないので、結果的に自分の部下に仕事をさせることになるが仕方ない。
 ダヴィードは説明を受けてから首をかしげた。
「無茶な注文ですね。完全に消えた人間を早急に探し出すのは……」
 どこから手を付けていいのか分からないと、素直に言うダヴィードだが、それは百も承知で頼むのだ。
「見つからないならそれにこしたことはないんだ。そのうちレティシア様が忘れてしまうこともありえるわけだ。だが一応探したという結果が欲しい」
 無茶なことは分かっているが、それでもこのダヴィードの行動に俐皇(りおう)が食いついてくれれば、もしかしたら姿を見せるかもしれないとルキーノは考えたのだ。最悪、ダヴィードが死んでくれれば、俐皇(りおう)は探す人間を殺す人間で危険だという流れで、レティシアに助言もできる。
「分かりました……それでいつから?」
「明日から頼もうか。当面の費用はレティシア様から支給されるが、私を経由することを忘れず領収書を」
「はい」
 ダヴィードに面倒ごとを押しつけてしまったルキーノは、溜め息を盛大に吐いた。せっかく補佐にと頼んだ人間に、無謀な仕事を振ってしまったために、その彼の仕事が山ほど残っている。当面は自分でなんとかしなければならない。そして新たな人間を雇うための相談をレティシアに進言せねばならなかった。



無茶なことを命令されたダヴィードはすぐに屋敷を出た。
 歩きながら振り返り、盛大に溜め息を吐いてまた歩き出す。
「しまったなぁ、こんな用事、普通執事補佐なんかにやらせないよな」
 自分が想像していた執事補佐という仕事は、それなりにやりがいがあった。なのにだ、何処にいるかも分からない人間を探してこいという命令をされるとは思わなかったのだ。
「どれだけ人手がないんだよ」
 そこまで言って心の中で思う。
(せっかく苦労して潜入したのに、苦労が台無しじゃん)
 ダヴィードは、シチリアマフィアであるデル・グロッソ家に侵入し、その情報をもらう仕事に就いていたスパイだった。苦労してやっと執事補佐というトップに近い人間の側で情報を操作できる立場の人間として雇ってもらえたのもつかの間だった。
 挙げ句探してこいと命令された人物の名前を知ってまた溜め息だった。
「何処にいるか知ってるっつーの」
 ダヴィードはそのまま屋敷から出て、アパートに戻る。少ない荷物を整えてから大家に事情を話しておいた。もう戻ってくることもないだろうが、次もうまく自分たちの仲間がそこへ入ることになるだろう。
 執事補佐とはいいながらの雑用係。あの執事は自分がしなければならない仕事を部下に回しているだけなのだ。有能な人間はとうの昔に逃げ出していて、そこにしがみつくしかない人間しか残ってないのが今のデル・グロッソ家なのだ。
 そこでダヴィードは携帯を取り出して電話をかけた。
「……すみません、実質解雇みたいなものです。いえバレたわけではなく、人捜しをしてこいと言って追い出されました。どうせまた執事補佐募集があると思うので、うまく入り込める誰かを用意してほしいと」
 ダヴィードがそう言うと、相手は苦笑して分かったと言ってから、誰を探すのかと尋ねた。
「今の所、トニが織部寧野(おりべ しずの)を誘拐してこいと命令したことと、私にはあなたを探してこいと言う命令です」
 ダヴィードがそう言うと、相手、真栄城俐皇(まえしろ りおう)は、苦笑してから言った。
『戻ってこい、そのうちお前の死亡が新聞に載るように手配しておく』
 俐皇(りおう)の言葉にダヴィードは内心ひやひやしていた。
 今日知り得た情報は、織部寧野(おりべ しずの)の確保をヴァレリオ・トニが出したこと、そしてレティシア・デル・グロッソが真栄城俐皇(まえしろ りおう)の身柄を確保しようとしていることだ。
 そのうちの俐皇(りおう)の方は本人が笑って済ませるだろうとは思っていたが、織部寧野(おりべ しずの)の話になると、俐皇(りおう)は人が変わる。
 触れてはならない何かがあるのか、本人は自覚がないのか、とにかくわかりやすい反応をする。トップの人間として俐皇(りおう)が相応しくないのではないかと思えることが一つあるとすれば、織部寧野(おりべ しずの)への反応くらいだ。
 あれでは織部寧野(おりべ しずの)が自分の弱点だと言っているようなものである。一度は捕らえたが結局は逃げられた時から、俐皇(りおう)は人が変わってしまった。
 それまでにあった凶暴性が牙を剥きだしになり、ボスだった九十九朱明(つくも しゅめい)にまで逆らって、クトータを乗っ取った。
 正直ダヴィードは気味の悪い九十九に、ボスでいてほしくなかったので喜んだのだが、その俐皇(りおう)がこれではクトータの未来が絶望である。
 彼がクトータをただの破壊組織として導くなら、九十九に寝返る人間が出てくる。そうなるとクトータは内部から崩壊していくだけだ。
 今の所、クトータについている人間も見限ることが出てくるのではと思った。
 そんな心配は一年ほどで収まった。最近の俐皇(りおう)はボスらしく行動している。
 やっと落ち着いた時に、また織部寧野(おりべ しずの)の名前が出た。
 言わない訳にもいかず言ったが、一瞬の沈黙の後の苦笑はどういう意味なのだろうか。前ほどの動揺は見られない。
 ダヴィードが俐皇(りおう)の元を離れてから半年経っている。その間に落ち着きを取り戻した俐皇(りおう)は、やはり何かが変わったのだろうか。
 とにかく本部へ戻るように言われたため、ダヴィードは尾行が付いていないかを確認しながら電車を乗り継ぎ、安いホテルに入り、そこに荷物を置いてから裏口からホテルを出た。
 案の定、表に車が止まっていて、その車が出入り口を見張っていた。
「……あれは刑事か」
 どうやらデル・グロッソの屋敷から出てきた自分を尾行してきた刑事がいたらしい。これでは、イタリア当局にトニの案件も尾行が付いているのだろう。
「……当局も馬鹿ではないと」
 デル・グロッソがトニに乗っ取られてから、動きが活発である。長男アレッシオが死んだわけではないから、刑事も張っているだろうに、こんな動きをしたら当然、当局も食いついてくる。
 ダヴィードはホテルを抜け出し、刑事を撒くとうまく俐皇(りおう)と合流した。


 その三日後に一人の男が港に遺体となって浮いた。
 名前はダヴィード・レグレンティ。宿泊していたホテルのキーからホテルを特定。そこの部屋から出た荷物から運転免許証を見つけ本人と確認され処理された。
 イタリア当局はデル・グロッソ家にも事情を聞くも、ダヴィードはその三日前に解雇されいたとし、遺体になった理由は分からないと突っぱねた。
 だが俐皇(りおう)の関係者に殺されたかもしれないことはルキーノには容易に想像でき、レティシアに報告した。

 レティシアは俐皇(りおう)が生きていることだけを知り、それ以上の詮索はしないことに決めた。探しているのがレティシアと知られれば、自分の命が狙われる。
 たった三日ほど探していたダヴィードが殺されたのだから、当然探している人間のことは知られていると思っていい。
 けれど一応の理由は、イタリア当局の要請を聞いた形というものであったためか、レティシアが殺されることはなかった。
 だが、たった三日探したダヴィードを、簡単に殺せる人間である真栄城俐皇(まえしろ りおう)の恐ろしさだけが、レティシアには伝わってきていた。