novel

calling-2

 花が咲く丘の上は静かなところだった。
 年中雪が積もっているような土地ではあるが、遅い春になれば花が咲き乱れ、短い夏には緑いっぱいになる。それは眠っているこの子も知っている。
 彼が花と呼ぶものが美しいと知ったのは、十歳の時。同じ名で呼ばれるものが、これほど美しい造形をしているとは、夢にも思わずに生きてきた。
 初めて花を見た時の彼の顔は、花以上に綺麗な顔をしていた。
 ヴァルカは、人の笑顔を見て、あまりの美しさに赤面したほどだ。
 そんな思い出が一気に溢れてきて目頭が熱くなる。彼を思って泣くのは、彼が殺されてから初めてだ。
「シーニィ」
 青という色の名前と同じシーニィという名は、彼の青い瞳からきている。
 シーニィには生まれた時から名はなかった。
 皆はシーニィを花(ツェピトーク)としか呼ばなかった。
 花(ツェピトーク)は彼を指す暗号というだけで物の名前、例えば石を石と呼ぶのと変わりない。それはシーニィという呼び名も同じなのだが、最初にヴァルカがシーニィを見て口にした言葉をシーニィが気に入っただけだ。
 そう呼んでくれと言われ、そう呼ぶようになった。
 それから十年は経った。関係は良好で、更にシーニィは花(ツェピトーク)という役目を終え、これから普通に生きていくために新しい生活に入っていた。
 組織の情報をたくさん知っているために、一般的な自由は与えてやれないが、それでも花(ツェピトーク)で生きてきた時よりは百倍も自由だった。シーニィはそれを喜んでヴァルカと一緒に生きていくことに希望も見ていた。
 シーニィはヴァルカに誰よりも懐いていた。
 そんなシーニィが殺された。
 たった一日、ほんの一日。ヴァルカが仕事でシーニィを連れて行かなかった時だった。
 戻った隠れ家は内部だけ破壊されいて生き残った人間はいなかった。
 だから誰がそうしたのか一瞬では理解できなかった。だが部屋で殺されていたシーニィが何かを握りしめて死んでいることが分かり、それを何とか取り出して見たところ、一枚の写真が出てきた。それを広げて見たが最初は何なのか分からなかった。
 日本のヤクザの集合写真。いわゆる、襲名式のようなものを撮った写真で、その中の一人だけシーニィが爪でひっかいた跡がついていた。
 その人物は、現嵯峨根会(さがねかい)系高岸一家総長高岸清影(きよかげ)。現在は高岸一家総長で嵯峨根会からは何の役職も与えられていない。高岸一家は、前の総長が一家を飛び出していき、更にその総長が前会長を窮地に陥れたとして嵯峨根会から総長へ絶縁の旨が伝えられている。一家は嵯峨根会の役職をすべて断り、その代わりに一家を支えてきた元総長に同じく絶縁という処理を済ませた。
 この写真は、その後、清影(きよかげ)が総長になった襲名記念に撮られたものだった。
 その高岸一家の元総長は、真栄城(まえしろ)俐皇(りおう)という。
 シーニィが見ず知らずの高岸清影(たかぎし きよかげ)を指して犯人だというのは酷くおかしな話である。だがその高岸を調べると真栄城俐皇(まえしろ りおう)の名が出てくるのは偶然ではない。
 そうシーニィは真栄城俐皇(まえしろ りおう)の名前は知っているし顔も知っている。だが死ぬ間際にそれを伝える手段がなかった。
 切羽詰まった状況でシーニィができたのは、犯人と繋がりがある人間の顔を爪で引っ掻いて、誰が襲撃したのかをヴァルカに知らせることだけだった。
 無抵抗のシーニィは胸を三発、額も二発撃たれていた。
 ボディーガードや支部の人間は皆首を切られたり撃たれたりと様々な殺され方をしていたが、シーニィだけにはトドメを刺すようなやり方だったため、犯人は確実にシーニィを殺しに来た人間であることはすぐに分かった。
 ロシアまで来て、赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)の支部の人間を殺し、シーニィを念を入れて殺すような人間が早々いるはずもない。
 マトカとは交戦状態ではあるが、こういう報復をするような面倒ごとは今は休戦しているような状態ではあり得ない。そしてシーニィが握っていた手掛かりから、犯人は真栄城俐皇(まえしろ りおう)だろう。
 ヴァルカはその俐皇(りおう)に恨みを買っている。
 ヴァルカはイタリアの別荘で俐皇(りおう)の両親が殺された裏事情を知っているのだ。あの俐皇(りおう)が両親を殺し、料理長も放火に巻き込んで殺した犯人であることをである。
 それを知られたくない俐皇(りおう)がヴァルカの口を封じようとしているのはあり得ることだ。
 だが、そのヴァルカを飛び越えてシーニィだけを狙ったのなら目的は分かっている。
 花(ツェピトーク)狩りだ。
 俐皇(りおう)の背後にいる九十九朱明(つくも しゅめい)というテロリストは、花(ツェピトーク)や金糸雀(ジンスーチュエ)のことを邪魔だと思っている。
 花(ツェピトーク)と金糸雀(ジンスーチュエ)は地域で呼び名が違うだけの同一族の末裔の呼び名だ。
 金の流れが読めたり、数字が読めたりして金策を楽にする能力があり、特に近年のカジノなどでは、面白いように数字を当て湯水のように金を呼び込む力がある。ほとんど伝説のような存在とされ、信じている人間は少ないが、それでもそれを巡った事件は日本や中国で何度か起きていた。
 貉(ハオ)というチャイニーズマフィアがあり、そこで金糸雀(ジンスーチュエ)という一族が貉(ハオ)繁栄に大いに関わっていたという情報があちこちで残っていた。
 その金糸雀(ジンスーチュエ)の一族は力のない者達の方が多く、解放されて自由になったが、その金糸雀(ジンスーチュエ)の力を受け継いだ人間はまだ生きていた。
 金糸雀(ジンスーチュエ)の一族は過去にロシア帝国にも狙われ、そこから金糸雀(ジンスーチュエ)と同じく花(ツェピトーク)と呼ばれる存在が生まれた。
 ロシア帝国が繁栄したのも花(ツェピトーク)のお陰であるが、その金糸雀(ジンスーチュエ)の方に力が移ってしまうと、帝国すら滅んだ。
 ヴァルカは、そのすべてを信じている。
 シーニィは花(ツェピトーク)と呼ばれ、長く眠っていた金糸雀(ジンスーチュエ)が生まれ変わるまで花(ツェピトーク)として生きたからだ。
 金糸雀(ジンスーチュエ)が力に目覚め始めると力を失い、次の花(ツェピトーク)を生むために残されていた。
 そう俐皇(りおう)たちは次の花(ツェピトーク)を生む存在を消したかったのだ。
 その証拠に、各地に散った金糸雀(ジンスーチュエ)一族と思われる人間が殺されていた。
 たった一人、金糸雀(ジンスーチュエ)の子孫である織部寧野(おりべ しずの)だけを残してだ。
 何故織部寧野(おりべ しずの)を残したのかは分かる。彼の金糸雀(ジンスーチュエ)は大きな金は呼ばない。危機感に特化したカウントダウンで警告を知らせる力に変化していたからだ。
 もちろん子供を残す可能性はあるが、彼が子供の残す可能性よりももっと高く他の金糸雀(ジンスーチュエ)や花(ツェピトーク)が生まれる可能性の方が高かったからだ。
 それに織部寧野(おりべ しずの)は金糸雀(ジンスーチュエ)として有名だ。金を呼ぶかどうかは問題ではなく、金糸雀(ジンスーチュエ)として有名過ぎて、彼を殺すとその話が本当なのではないかと、黒社会の中で金糸雀(ジンスーチュエ)や花(ツェピトーク)一族の捜索が始まってしまう。
 だからその前に金糸雀(ジンスーチュエ)一族を殺し、無関係な中国人の殺しのように見せかけていた。もちろんそれに気づいたのは、金糸雀(ジンスーチュエ)に関わる人間だ。だがそれを公にはできなかった。
 俐皇(りおう)はそれすら利用して、金糸雀(ジンスーチュエ)一族を抹殺に成功した。金糸雀(ジンスーチュエ)一族は織部寧野(おりべ しずの)を残して全滅をした。
 けれど、ロシアにはまだ花(ツェピトーク)が残っている。
 それすらどこから調べられたのか分からないが、花(ツェピトーク)として機能してなくてももちろん除外はされなかった。
 ロシアで生きてきた花(ツェピトーク)はこうして滅亡した。
 今の技術では人間そのもののクローン再生はできない。もちろんやろうとすればできるだろうが、そうなると医者や科学者が消えるので分かってしまう。
 伝説の金糸雀(ジンスーチュエ)は織部寧野(おりべ しずの)を残して消えた。
 ただ織部寧野(おりべ しずの)が生きているのは、俐皇(りおう)のただの恋心からだ。世界で一番大事で殺せない相手。それが織部寧野(おりべ しずの)だ。
 更にこの金糸雀(ジンスーチュエ)は、今の医学を持っても子供が作れない体であることが証明されていた。
 ヴァルカはそれを本人に聞いて知っていた。
 その織部寧野(おりべ しずの)を使えば、俐皇(りおう)に罠をかけることができる。だがそれをする前に、白鬼(なきり)と戦争状態になる。そしてそこからマトカとも戦争状態に突入することは間違いない。そうなれば俐皇(りおう)の思うつぼだ。
 俐皇(りおう)からすればヴァルカが勝手に周りと戦争を始め、俐皇(りおう)にたどり付く前に自滅するところが見られるわけだ。それによって弱体化するであろう白鬼(なきり)やマトカを後から始末すればいいという風になる。
 それだけは決してさせてはならない。
 だから織部寧野(おりべ しずの)を使う作戦は本人が協力するつもりがないかぎり無理だ。だが織部寧野(おりべ しずの)は一度俐皇(りおう)に捕まっており、その時のことから協力は絶対に仰げないだろう。次に俐皇(りおう)が織部寧野(おりべ しずの)を手にしたら、二度と織部寧野(おりべ しずの)が自由に生きることはできなくなるだろう。
 それくらいの執着はあるという。
シーニィの復讐のために何でもするつもりではある。だが、織部寧野(おりべ しずの)を巻き込むのはどうしてもできない。シーニィは寧野(しずの)に諭されて変わった。支部の仕事も慣れないながらも協力し、花(ツェピトーク)としての全盛期の力はないにしせよ、数字に強いことには変わりなかったから、その協力もした。
 なくなった力を奪われたと憎むのではなく、これから先のヴァルカと生きる道を選んでくれた。花(ツェピトーク)として弱く終わるのではなく、金糸雀(ジンスーチュエ)でも強く前を向いて運命と闘う相手を実際に見てシーニィは先を見るようになった。
 少しの間でもシーニィがちゃんと自分の意思で生きられたのは寧野(しずの)のお陰なのだ。その恩人を復讐の道具にしてまで復讐を遂げても、シーニィは喜ばない。シーニィが望んだことは、俐皇(りおう)への復讐だけだ。
 現在も真栄城俐皇(まえしろ りおう)について調べているが、彼が何処で何をしているのかという情報は各地から寄せられはするも、明確な隠れ家や拠点は見つからない。様々な名義を使い、偽造したパスポートで移動をしているからなのか、神出鬼没なように見える。
 追っても追っても逃げられ、追い詰めたかと思えばこちらが罠にはまるだけで成果は得られなかった。一年も続けていれば当然、仲間内からも不満は出てくる。
 とうとう俐皇(りおう)一人に構い過ぎだとして無駄に接触することを禁じられた。復讐はもちろん認めるが、今のままでは無駄足どころか内部分裂しかねないからだ。
 最近になりますます年のせいで身動きがとれなくなってきているボス、モーテャは様々な採決をヴァルカに任せるようになってきた。
 大きくなってきた赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)は、青良(せいら)の復讐で元の組織と袂(たもと)を分かち作られた組織で、最終的に殺さなければならないのは真栄城俐皇(まえしろ りおう)だ。その前の復讐も今の復讐もままらなないほど、組織は巨大化し、ただのマフィアとして機能していくしかない。
 望んだことは後にも先にも俐皇(りおう)への復讐。だが、それを望んでいるのは、モーテャとヴァルカだけである。モーテャとともに赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)を結成した同士たちは、ほぼ隠居してしまっている。緩やかな幸福を得た時、人はその幸福を崩したくなくなるものだ。
 若い世代に移り変わっていく組織をただの復讐のために存在していたなんて、今更言えるわけもない。
 ヴァルカとしても組織に残るのか、モーテャのようにマトカのボスの諭した言葉を無視して飛び出したように抜けるのか、決断を迫られていた。
「どうするんだ?」
 ヴァルカとは親友であるイーヴァは、大きな体を小さくして椅子に納まりながら厳しい目で問うた。
 幼い頃からの付き合いであるから、ヴァルカのことは何でも知っているイーヴァは、復讐を諫(いさ)められ、ボスの候補として仕事をするように言われても怒りを静められないヴァルカの気持ちが理解できた。
「どうするって……言われてもな。俺は元々モーテャの復讐には疑問を抱いていた手前、
人のことを言えない状況になったから抜けるなんてことは……できない……だが」
「それでも可哀想なシーニィのためにあいつを放っておくなんてできないのもわかる」
 イーヴァもシーニィとは花(ツェピトーク)から解放されてから知り合った仲だった。小さなシーニィをイーヴァ可愛がっていたし、シーニィも懐いていた。
 だから殺されたことにはイーヴァも憤っていて、基本的にはヴァルカの味方だ。
「そうなんだ。復讐云々はもちろんある。だが、俐皇(りおう)はどっちにしても放っておくことは出来ない」
 あれはただの人間ではない。死神(スメルト)だとヴァルカは言う。
「あいつは人の命をなんとも思ってない。マフィアだろうが一般人だろうがその区別すらあいつはしない。死を平等に与えてくる死神(スメルト)だ。当然、赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)を結成した元幹部たちや手を引いたものだって、あいつは区別しない」
 ヴァルカはそう言った。
 俐皇(りおう)が青良(せいら)を殺した主犯であることは幹部たちも知らされている。そんなことを知っている人間を俐皇(りおう)は区別せずに殺す。たとえ、組織を抜けたとしてもだ。影響力が消えたわけじゃない以上、一般人より危険だ。
 イーヴァもそれには同意した。
「お前がそう言うから暫く元組織の人間の素行調査をした」
「そんなの分かるのか?」
 元組織の人間の現住所が手に入るとは思えない。必死にマフィアとして隠れ、それを引退した人間が居場所を突き止められるようにしておくはずがないからだ。
「連絡は取ってないとはいえ、それぞれの組織のトップにいた人間だ。今でも今のトップとは繋がっている。そこから事情が事情だから説明して今のトップに探してもらったが、十人中生きているのは、連絡を取れない二人を除いてたった二人。二人は病死で、残りは殺されていたといえる」
「まさか!」
 彼らが組織を引退してたった一年ほどである。それなのに十人中、二人が連絡が取れず、二人以外が殺害されているというのだ。
「そこが分からないんだが、強盗だったり事故死でもトップだった人間に非がない巻き込まれた事故死だったり、こういうとあれだがよくある事件での死亡だった」
「つまり、明確に狙って殺されたのか分からないってことなのか?」
 ヴァルカは戸惑った。
 けれど組織の元ボスが続けざまに事故死なんてことはあり得ない。それもたった一年でだ。
「だが、今日ここに来る前に、バグローヴィの元ボスが殺されたと聞いた」
 バグローヴィのボスは、引退はしたが息子が後を継いでいるので居所は分かっている唯一の人だ。
「そこから聞いた話によると、連絡が取れない生きていた三人の中にも死人が出ていたらしい。そこでバグローヴィの元ボスが最近連絡を取り、集まって近況を話してたという」
 続け様に死んでいく仲間の訃報が新聞に載り続けているのを不審に思って調べていたらしい。さすがに仲間意識は強く、すぐさま連絡が取れたのだが、その後も仲間死に続け、元幹部は一年で病死二人、事故死六人という異様な結果だけが突きつけられた。
 そして生き残りの二人のうち、バグローヴィが殺されてしまった。
 行方が知れない二人はもうとっくに殺されているのではないかと思われる。
 残りの一人は怯えてモーテャにかくまわれたという。
 そういえば、最近知り合いがモーテャを訪ねてきたと思っていたがその用件だったらしい。当時の幹部で生きているのはその人間とモーテャだけという現状だ。
「つまり、彼らは命を狙われているのではないかと危機感を持ったわけか」
「思い当たることなんて一つしかないからな」
 そう彼らは青良(せいら)を殺した人間に復讐するために集まった。当然、その復讐相手についてモーテャから聞いていたという。
青良(せいら)の息子の俐皇(りおう)が犯人だったと聞き、全員が落胆した。信じられないが、それでもその報告書を俐皇(りおう)が葬ろうとしたという事実が残っている。 話し合った結果、彼らは復讐をやめた。青良(せいら)がそれを望んでいないだろうことも分かってしまったからだ。
 自分の息子の俐皇(りおう)に殺されたとて、青良(せいら)は自分を殺した息子を殺してくれとは言わない女だ。だから誰もが諦めた。
 モーテャは落胆のあまり寝付いたほどの衝撃だった。
 マトカのボスは薄々気づいていてモーテャのことを止めていた。それでも教えてもらえなかったことから悲劇は続いている。ボスの孫を殺した人間を探していたのに、ひ孫が犯人だったなんてマトカのボスが言えるはずもなかったことだが、あの時父であるモーテャに話してくれてさえいれば、マトカは分解されずにいたはずだ。少なくとも赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)と交戦状態になるようなことはなかった。
 いや、それでもモーテャはその結果を信じずに赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)を作っていたかもしれない。
 だが時は過ぎた。あの時あれをしていればなんて言うのは、いくらでもできることだ。今は差し迫った問題が起こっている。
「俐皇(りおう)が、自分に復讐するために集まった人間を放置しておくかってことなんだ」
 イーヴァの言葉にヴァルカは頷く。
 九十九朱明(つくも しゅめい)によって性格さえもねじ曲げられた俐皇(りおう)は、今や黒社会でも目立つ存在になっている。彼がクトータを率いていることは、日本のヤクザ、宝生組(ほうしょう)の若頭だった宝生耀(ほうしょう あき)に教えてもらった。
 その俐皇(りおう)がクトータを使ってしていることは、破壊だ。破壊をしてから製造するかのように、過去を葬り去り、邪魔な存在はさっさと消した。
 現在進行形で消えていく過去の人たちは、己の覚悟が甘かったことを今更ながら後悔している。だが激動の時代を乗り越えて得た、今の幸せを手放せない。それ故に対応が甘かったともいえる。
「モーテャには厳重に人を付けてあるから、よほどのことがない限り近づけはしないが、ヴァルカ、お前も狙われているんだ」
 どうやら織部寧野(おりべ しずの)を匿ったこと自体はそこまで問題ではなかったらしい。花(ツェピトーク)関係と俐皇(りおう)の過去を知り、復讐をする組織に対しての報復がようやく始まっただけのことだ。
「そうだな」
 そう言ってヴァルカは気付いた。
 何も織部寧野(おりべ しずの)を囮に使う必要はないではないか。
 赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)自体を葬り去りたいと考えている俐皇(りおう)なら、当然その幹部であるヴァルカは狙われる。そして白鬼(なきり)との繋がりを作ったヴァルカは確実に狙われるわけだ。
 この世界にいる限り、俐皇(りおう)は自分を狙ってくる。そこを待ち構えれば今までの苦労は報われるはずだ。
「気をつけろよ。俺も幹部には注意をするように進言するが……」
「最近モーテャのことを排除したがっている連中がいるから聞いてくれるかどうかも分からないな」
 最近の赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)は、モーテャが倒れてから急速に後継者を誰にするかで、それぞれの地区ボスが画策している。一応、ヴァルカが首領として立つようにされているが、それを気に入らない人間がいることもヴァルカは知っている。
 中には俐皇(りおう)の仕業に見せてヴァルカを葬ろうとしている輩(やから)がいることもだ。
 そんな連中に殺される前に俐皇(りおう)との決着を付けたかったが、なかなか叶いそうにない。
 俐皇(りおう)が自分を狙っていることは確認できた。
 ならば自分は赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)のボス候補として生き続けてやる。そうすれば自(おの)ずと俐皇(りおう)とは衝突するのだ。
 だからその前に、赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)の内部の統制を行うことに従事することにした。
 そしてヴァルカは心で誓う。
 シーニィ、お前の敵は必ずとると。