novel

calling-12

 寧野(しずの)の誘拐を企むデル・グロッソ家の三人。
 一人はピエトロ・リアルディ。部下を使い寧野(しずの)に接近している。
 二人目は、パオロ・アラゴン。金を使い、沖縄の高嶺会(たかみねかい)最高顧問の真栄城安里(まえしろ あんり)に依頼、安里(あんり)はそのままロシアンマフィア、マトカのボスの息子であるアリョーシャに又貸しのように依頼を押しつける。そして寧野(しずの)は実際その部下にあたり息子でもあるトーリャに誘拐された。
 三人目はリナルド・ガリアーノ。人脈を持つ人間で、それを使い、赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)の下部組織にあたる、白鬼(なきり)との取り引きがある真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)のボス、ジヤヴォール・クリエーストを使い寧野(しずの)の誘拐を企む。しかし成功しかけたように見えた誘拐をマトカのトーリャに邪魔され、ジヤヴォールは白鬼(なきり)と赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)に追われることになっていた。
 それ以外に寧野(しずの)の誘拐を目論むのが、ロシアンマフィア、マトカのトーリャだ。このトーリャの行動が安里(あんり)からの依頼とは違った行動であることから、別の誘拐だと認識する必要がある。
 今回は帰してくれたが、次回はどうか分からないのが真栄城俐皇(まえしろ りおう)である。今回は協力的であったが、次に会った時は事情が変わって殺されるかもしれない。そう思っていた方がいい相手だ。

 自宅のこたつに座り、ミカンやせんべいを食べながらの会話とは思えないような会話を続けている耀(あき)と寧野(しずの)と音羽(おとわ)である。
「なんか、金糸雀(ジンスーチュエ)ってだけで世の中誘拐犯ばかりに見えてきた」
 全世界から狙われていると言われても過言ではない、金糸雀(ジンスーチュエ)伝説のせいであるが、寧野(しずの)の否定してきたことが受け入れられ始めたと思った矢先に、興味がなさそうだった組織が急に寧野(しずの)を狙い始めたのはどうしてなのだろうかと寧野(しずの)は考えた。
「白鬼(なきり)の存在そのものを勘違いしたというのが、本当のところかと」
 音羽(おとわ)の言葉に寧野(しずの)が呆れてしまう。
「耀(あき)の実力を金糸雀(ジンスーチュエ)のおかげだって思ってるわけ? 本当に馬鹿じゃないのか」
「それくらいじゃないとおかしいと。そう考えているということ」
 耀(あき)が作った白鬼(なきり)の巨大さは、宝生組(ほうしょう)にいるときから蓄積された耀(あき)の天才的な能力により維持されてきたものだ。
 よって宝生組(ほうしょう)は耀(あき)を失っただけでも痛手を負うほどの戦力をなくしたことになっているが、それでも宝生楸(ほうしょう ひさぎ)の持つ土台も大きなものであるからなのか、揺らいですらいないのはさすがだ。
 世界を相手にする耀(あき)と日本で組織を維持する楸(ひさぎ)とでは、やり方が違う。それ故に目立つものが違ったのだろう。
 耀(あき)の実績を疑うものが多いのも、宝生組(ほうしょう)において耀(あき)が軽視されてきたことにも関係があると思われる。だが耀(あき)を直接知っている人間は耀(あき)の実力はこんなものではないと知っている。
 例えば、赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)のボス候補になったヴァルカは耀(あき)のことを認めている一人だ。
 世界のマフィアの主体が変わりゆく中で、まずデル・グロッソ家が変わり、煌和会(ファンフォフゥイ)も変わった。白鬼(なきり)が生まれ、クトータが真栄城俐皇(まえしろ りおう)により動かされている。赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)はヴァルカを次のボスとし、マトカもまたボスがグリーシャに変わったという。
 形は変わらなくてもボスが変われば、何かが変わる。ということらしい。
「前のボスたちはそれなりに俺のことは評価していたと思うぞ。ただ今のボスは俺と年齢が近いやつが多いからな。認めたくないってところだろう」
 耀(あき)がそんなことを言って少し寂しがっているように見えた。
 若いボスたちよりも古いボスたちとの付き合いが長かったからなのだろう。その人たちが年を理由に退いていくのを見るのは悲しくなる。張り合おうとしてきたのに、いきなり目の前から目標などがいなくなるのだから。
「そういうこともあります。私も同じ」
「そうだな」
 音羽(おとわ)もまた沢山の同朋を見送ってきた。亡くならずに老後を迎え、穏やかに生きている人の方が少ない世代だ。
「とにかく、狙ってくるヤツが多いのは理解した。寧野(しずの)の周りは固めるとしてだ。ジヤヴォールあたりは始末をつけないと示しがつかないな」
 耀(あき)がそう言い出した。
 トーリャあたりを捕まえるには無理があるが、赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)と繋がっている白鬼(なきり)なら、ことの責任をジヤヴォールに取らせることはできる。もちろん赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)もそのつもりだったようでジヤヴォールの行方を捜している。警察から逃げるということを成し遂げたことも意外だったが、日本に真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)の協力者がいるのは間違いない。
 そのことを突き止めるのはたぶん無理だろうから、ジヤヴォール一人の命で話をつけるしかない。
「それにしてもジヤヴォールに金糸雀(カナレイカ)の話を信じさせた人間がいるはずなんだがな」
 耀(あき)がそんなことを言い出した。
「リナルドが依頼したからでしょ?」
 寧野(しずの)がそう言うと耀(あき)は首を振る。
「そういう問題じゃない。依頼を受けたとして、果たして真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)が、赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)を裏切ってまでして、寧野(しずの)を誘拐するとは思えない。それにジヤヴォールは金糸雀(カナレイカ)と寧野(しずの)を呼んだ。花(ツェピトーク)を知らないからそう呼んだだけだが、もし信じてないなら金糸雀(ジンスーチュエ)と呼ぶのが正しい。新しく金糸雀(カナレイカ)と呼んだとなれば、金糸雀(カナレイカ)として寧野(しずの)を得ようとしていたことになる。つまり、信じるに足る何かがジヤヴォールの周りで起こっていたことになる。そうじゃなきゃ、依頼自体受けるとは思えない」
 耀(あき)はそう言った。
 普通なら依頼を蹴っていたはずなのに、金糸雀(カナレイカ)として試した後、そうでなかった場合はリナルドにくれてやればいいと思っていたと考えられる。
「ジヤヴォールの中での価値観が変わる何かがあって、俺に対して金糸雀(カナレイカ)って言ったってことか……けど、金糸雀(ジンスーチュエ)を証明する何かって言われても、一族はもういないし……花(ツェピトーク)も……俺だって力の出方が違うしねぇ」
 寧野(しずの)はそう言って首をかしげる。
 証明できる手段は俐皇(りおう)によって奪われたと言っていい。周りの金糸雀(ジンスーチュエ)伝説を信じる人間は言い伝えや漏れ聞いた話を信じているにすぎない。
 つまり誰も本物の金糸雀(ジンスーチュエ)を見たことがないのだ。
 みたことあるような人間はほぼ老人のみで、老人の戯言を信じる人は早々いない。
 ただ一人の金糸雀(ジンスーチュエ)である織部寧野(おりべ しずの)を手に入れてみたら何か起こると思い込ませるには、想像だけでは駄目である。
 実際、寧野(しずの)を誘拐した俐皇(りおう)はその辺は気にしてもいなかった。煌和会(ファンフォフゥイ)もそうだ。彼には彼なりの理由が存在していた。そのついでに調べられた程度。トーリャも同じく金糸雀(ジンスーチュエ)であるかどうかはそこまで気にしてはいなかったように思える。
 ジヤヴォールだけは違った。彼だけは何か確証があるように金糸雀(カナレイカ)と言ったのだ。
「何を知ったのだろうか……」
 噂にされている以外に金糸雀(ジンスーチュエ)には何もない。ただ寧野(しずの)に現れた力の在り方を貉(ハオ)の人間は知らなかったことだけは確かだ。
 鵺(イエ)が調べ、結論として貉(ハオ)から得られた情報は共有された。まさか鵺(イエ)が隠したなんてことはないと寧野(しずの)は信じている。
 だが金糸雀(ジンスーチュエ)一族が生きていれば、寧野(しずの)のような例外もあったことが記憶として受け継がれているかもしれない。けれどそれも叶わない。
「継続して金糸雀(ジンスーチュエ)についての事件を調べよ。どんな些細な情報でもいい」
「はい」
 音羽(おとわ)は耀(あき)の指示を受けるとそっと部屋を出て行った。
 これ以上、寧野(しずの)の金糸雀(カナレイカ)事件について話すことはなくなったのだが、対策が寧野(しずの)が誘拐されないこととなってしまった。
「これじゃ当分、俺が取り引きだなんだって出歩くのは無理そうだね」
 耀(あき)が言う前に寧野(しずの)が言い出した。
「悪いな。手伝いたいというお前の気持ちも分かるが、今は」
「分かってる。さすがに失態を犯している以上、文句は言わないよ」
 寧野(しずの)がそう言って苦笑いをする。
 真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)の罠に嵌まり、トーリャの裏を読めなかったのが敗因とはいえ、自分が失態をしたことは事実。トーリャに盗聴器を仕掛けられた時点で、疑わないといけなかったのだ。トーリャがただ者ではなかったことを。
 そういう寧野(しずの)を耀(あき)が抱き寄せた。背中を撫でるようにされ、寧野(しずの)は息を吐いて耀(あき)に体を預けた。
「お前の失態なのは間違いないが、このことに関しては俺も失態を犯した。トーリャが怪しいという情報はちゃんと寧野(しずの)から聞いていたんだ。だから対策をする時間は十分にあった」
 耀(あき)はそう言って寧野(しずの)を力強く抱きしめる。
「だから、お前がそこまで罪悪感を持つ必要はないんだ」
 耀(あき)があまりに寧野(しずの)が従順だから、罪悪感からそうしているのではないかと疑い始めている。
「違う! そうじゃない!」
 寧野(しずの)は叫び、耀(あき)の体を抱き返す。
「罪悪感があるのは、当たり前だ! 抱かれたくて抱かれたわけじゃない! そう思ってるからある気持ちなんだ! お願いだからこの気持ちまで否定しないで!」
 寧野(しずの)はそう言い続ける。
「だけど耀(あき)に抱かれているのは好きだからそうしている! そこには一片の罪悪感なんてない! ないから!」
 寧野(しずの)が興奮したようにそう言い出し、耀(あき)は驚いた。
「寧野(しずの)……」
「俺は……耀(あき)以外に抱かれたいなんて思ったことはない……耀(あき)以外に求めたこともない……それでも生きるために耀(あき)のところに戻るために、選んだことで後悔はしたくはない。でもそれでも、この体を耀(あき)以外に許すことは、あってはならないって思ってる。だから……罪悪感は生まれるし、自分を嫌悪することもある。耀(あき)はそれでも抱いてくれるから、求めてくれるから。俺は……立ってられる」
 理屈は分かっても感情がついていかないことなんて腐るほどある。
 耀(あき)が生きるためにしろと言ったことは正しいと思う。だが実際にそうした時に生まれるものを否定されたら、寧野(しずの)は立っていられなくなる。
 感情はいつか気持ちの整理がついて消えたり薄れたりするものだ。今はその時間が経ってないから消えない感情。それをなかったことになんてできない。
「俺は……強くなったつもりでも、腕っ節があがっても、耀(あき)がいないと駄目なんだ」
 寧野(しずの)がそう言って必死に耀(あき)の体を掻き抱く。
 捨てないでくれと必死に縋る姿は、過去に見なかったものだ。
 寧野(しずの)が立ってられるのは耀(あき)のおかげだと口でいくら言っても、いつかは一人で立てる人間だと耀(あき)は思っていた。いつか耀(あき)がいなくなっても寧野(しずの)は上手く生きてくれるとさえ思えた。
 もしかしたら、一般人に戻してやれるかもしれないという希望もまだあった。金糸雀(ジンスーチュエ)伝説が消えかけ、夢物語だと広がった半年前から耀(あき)の中で生まれたことだ。
 寧野(しずの)が幸せなら手放せるかもしれないと思う一方で、手放せずに無理を押してまで抱いて潰すほどだ。
 自分の中の感情が、乱れていることを寧野(しずの)は知っていたと思う。
 だから気持ちを汲んでくれていると思っていた。
 だが寧野(しずの)はそうではないと言う。
 結論を言えば、耀(あき)がどんなに思っていても、寧野(しずの)は最初の弱いままの心で生きている。一度手放されたことがあるからこそ、二度目がないとは言えない。耀(あき)のいない世界で息ができずに苦しかった記憶だけが、寧野(しずの)を不安にさせるのだ。
 生きていると実感できない世界に戻るなんて、もはやできない。
 寧野(しずの)はだからこそ言った。
「耀(あき)……もし俺を捨てるなら、手放すなら、お願いだから殺して」
 寧野(しずの)の言葉に耀(あき)は安堵したように息を吐いた。
「分かっている」
 重い気持ちを耀(あき)に向けるのは寧野(しずの)の生きる意味が耀(あき)の隣にいることだけだからだ。それ以上もそれ以下も望んでいない。
「そういうことじゃなく、俺が無理させていることをだな」
 耀(あき)が寧野(しずの)の背中を撫でながらそう言うと、寧野(しずの)は言った。
「嫌じゃないから……」
 今日だって昨日無理をさせたからこうして寝込んでいたというのに、寧野(しずの)はそれでもいいと思っていたと答えたのだ。
 他人が注意するほど耀(あき)の欲望が手に取るように分かるほど、寧野(しずの)が疲弊しているのに、寧野(しずの)はそれでいいと言うのだ。
「だから、嫌じゃないからそうしてる」
 そう言った寧野(しずの)は顔を真っ赤にしている。
「疲れてだるいのも悪くないって思ってるから、いい」
 耀(あき)はその言葉に気分を良くした。
 不安を口にすると、寧野(しずの)は必ず耀(あき)の満足する回答を用意してくる。本人が嫌がりもしない純粋な感情をぶつけてくる。
 わざとやっているのではない。伝えられない感情と縋ることを願えない環境で、耀(あき)を諦めた過去があるから、気持ちを純粋に思っているままを伝えて耀(あき)を引き留めようと必死なのだ。
 真っ赤な顔をしている寧野(しずの)の頬を包んで耀(あき)はキスをする。寧野(しずの)の唇に触れて優しくキスをして、何度も何度もキスをした。
 その間に寧野(しずの)は気持ちよくなったのか、安心したのか耀(あき)の腕の中でうとうととし始め、最後にキスを落とした時は完全に寝ていた。
 耀(あき)はそんな寧野(しずの)をゆっくりとこたつに寝かせて、その隣で一緒に寝転がった。
 寧野(しずの)の顔を見ながら、頬を撫でて耀(あき)は思う。
「お前はいつも正解を出すんだな」
 それがどれだけ耀(あき)を安堵させるのか、分かっているのかと問い質したいけれど、きっと寧野(しずの)は言うのだ。
 耀(あき)を好きだから、それだけと。