novel

calling-15

「よいしょっと!」
 寧野(しずの)が足を振り上げ、体重差は三十キロはありそうな大男を一本背負いで投げて、転がったところから一気に起き上がった。
 周りには男たちが二十人ほど倒れている。
 場所は、本社の目の前だが、人通りはなかった。
 誰かが道路の工事中の札をさげ、地面を掘って音を立てていたから、人通りは迂回していて、本社から出てきたところで寧野(しずの)たちが襲われたわけだ。
 このところの寧野(しずの)への襲撃が続き、寧野(しずの)の周りは武術などの最強集団がボディガードについているのだが、それでも寧野(しずの)の手を借りないといけないほどの強敵が用意されていた。
 中でも寧野(しずの)が一番強く、俊敏であるため、一人で三人ほどをあっという間に倒してしまい、最後の一人を投げ飛ばしてしまうと、寧野(しずの)を守ってきた人間は「やっぱりそうなるよね」という顔をして呆れた。
 襲ってきたのはイタリア人だったので、ピエトロ・リアルディの部下たちだろう。
 寧野(しずの)を捕獲するのが目的なので、当然襲撃に武器は素手だ。そうなると武闘派である白鬼(なきり)の人間の方が能力的には上である。
「寧野(しずの)さん、なんで前に出てるんですかねえ」
 犹塚智明(いづか ともあき)が寧野(しずの)の側にやってきて、寧野(しずの)の体に傷一つないことを確認している。
 寧野(しずの)はそういう犹塚(いづか)に笑って答える。
「だって武器は持ってなかったし、強そうな人がいなかったから」
 そう言って本社から出てきた人間を手配して、二十人をまとめて社内に運び、地下からバンを使って運び出した。
 さすがに少し乱闘したせいで、見かけた通行人に通報されたようで、警察が本社ビル前に集合したのだが、その時にはすべて片付けてしまっていた。
 警察も現場を見て、誰もいないことを確認し、周りの会社などに乱闘を見かけなかったかと聞いて回っていた。だが乱闘をしていたのはたった数分。しかも襲った側が現場を誰も通れないようにしていたせいで、イタリア人が通行止めをしていたという情報しか警察は入手できなかった。
 だがそのイタリア人も消え、いつの間にか工事をしていた人間も消えてしまっては、一般的な警察官は上司に報告することもせずに、何もないと報告書を仕上げるだけだった。
 襲ってきたイタリア人は耀(あき)が直接尋問し、聞き出したいことを聞き出した上で、織部寧野(おりべ しずの)に二度と手を出すなと警告を与えてから空港に放置してきたという。
「最後の一人の襲撃もあっさり撃破。これで懲りてくれるとありがたいけど」
 寧野(しずの)がそう言っていると、志智達也(しち たつや)が久山鉄男(ひさやま てつお)を連れて寧野(しずの)がいる家にやってきた。
 寧野(しずの)たちの家は、本家の敷地内に別に建てた一軒家に住んでいる。昔は倉庫があったところで広い土地を普通の一軒家にしているから、本家ほどの大所帯ではない。ただ本家から一軒家までは通路がつけられて移動しやすいようにしてあるので、いわゆる離れという感覚であろう。
 老院だった志智(しち)と久山は、今回の後始末の報告をしてくれにきたようだ。
「ご機嫌よう、寧野(しずの)様」
 久山がそう言い、先に挨拶をしてきてから志智(しち)がにこりと笑う。
「どうぞ」
 座っていたこたつからソファに移動した寧野(しずの)が出迎えると、二人はソファに腰を下ろしてから話し始めた。
「今日は耀(あき)様は」
「朝から本社の方です。一昨日のことで組対がちょっと」
 組対とは警視庁の組織犯罪対策部のことだ。白鬼(なきり)は組織犯罪対策部などから暴力団とは認められてないが、それでも宝生組(ほうしょう)の元若頭が作った組織ということで一応監視の対象にされているのだ。
 しかも一昨日はイタリア人とやりあっていたらしいという情報が寄せられたとなれば、一応の調査はするわけだ。耀(あき)はそんな様子に不安がっている部下たちを引き締めるために出社している。こういう時にボスがいれば、大抵の社員は安堵するわけだ。
 寧野(しずの)は昨日の今日ではさすがに出歩くのは危険だと言われ、本家に引きこもって書類を仕上げていた。
「組対も杉浦警視が余計なことを考えないでくれるとありがたいのだが」
「たぶん、考えても俺のこととなれば、手の出しようがないと思いますよ」
 寧野(しずの)がそう笑って言うと、志智(しち)も笑ってしまう。
「確かに、ありもしない噂程度の超能力の話を真に受けて警察が動いたとなれば、それこそ警察の信用問題になる」
「そういうことです」
 寧野(しずの)も笑って言うと、久山が言った。
「そのイタリアのことですが、昨日、デル・グロッソ家のボスであったヴァレリオ・トニが暗殺されました」
「え?」
 笑っていた寧野(しずの)も笑いを納めて真剣な顔をして身を乗り出した。
 ヴァレリオ・トニは昨日、スイスにあるイタリア領土にあるカジノにて、ホテルを出たところを射殺された。狙撃による暗殺で、現地警察も調べているが犯人は見つからなかった。
 最近のデル・グロッソ家は呪われているとさえ言われるほどの不幸。しかし裏の世界では真栄城俐皇(まえしろ りおう)率いるクトータとの戦争にデル・グロッソが負けたのだと広まっているという。
「……俐皇(りおう)が……」
「クトータにとってもデル・グロッソが元々持っていた背景にあるものがほしい。狙っているものがある以上、潰すのがクトータのやり方。だがほぼ潰れたと言っても過言ではないデル・グロッソを徹底的に潰すつもりなら、俐皇(りおう)にとってどれほどの恨みがあるかという問題になります」
 そう久山が言うので寧野(しずの)も頷く。俐皇(りおう)は自分の両親を殺しはした。だが、その前にデル・グロッソ家に殺されそうになっていた。その事実は消えない。現実社会では、デル・グロッソ家の長男アレッシオと長女ダニエラが手を組んで、次男ジョルジオ夫婦を殺す計画があり、その実行をしたとされている。
 俐皇(りおう)が殺したという明確な情報や証拠はなく、一緒に生き残った事情を知るメイドのサーラは、助けてくれた俐皇(りおう)に付いていってそのまま消息不明だ。 
 ただ寧野(しずの)たちはそうした俐皇(りおう)が殺したという明確になる証言を得ていて、その情報を必死に俐皇(りおう)が潰そうとした事実から、俐皇(りおう)が両親を殺したと結論をつけている。それに対して俐皇(りおう)は反論はしていない。
 だが警察に俐皇(りおう)を捕まえさせるのには無理があることくらい、寧野(しずの)も耀(あき)も重々承知である。だから俐皇(りおう)はイタリア当局から追われてはいない。
「俐皇(りおう)の心次第ってことか……」
「そうなりますかね」
 デル・グロッソ家のヴァレリオ・トニが死んだということは、金糸雀(ジンスーチュエ)問題が一応はクリアされたと考えていいのだろう。命令がなければ部下は動かないし、この三連続の失敗でさすがに懲りたと思われる。
 真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)は壊滅し、赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)は新たな真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)を結成させ、日本との取り引き再開に向けて復旧中だ。
「ロシアのマトカも、あれから動きはありません。トーリャの顔も割れましたし、そうそう寧野(しずの)様の周りをうろつくこともできませんでしょうし、アリョーシャはさすがに父親のグリーシャに失敗した事実すら知らせることはないかと思います。トーリャは諦めないかもしれないが、アリョーシャは懲りたかもしれませんな」
 トーリャの失敗は既にアリョーシャの知るところであるという。トーリャから寧野(しずの)には金糸雀(ジンスーチュエ)の力がない事実がそろそろ伝わっているはずだ。あれだけ寧野(しずの)の側で動いていたトーリャが、寧野(しずの)を調べないわけがない。調べても寧野(しずの)の力のお陰で白鬼(なきり)が動いていると見えるほど、トーリャが愚かだとは思えないのだ。
 もちろん、アリョーシャもそこまで本気だったわけでもない。親族だから受けたものであり、そこまで重要視することでもないと思っているだろう。実際に本気で狙っていたとすれば、トーリャに任せることはしなかっただろう。
 半信半疑だったからこそ、自分では動かなかった。
 そして依頼を持ってきた、高嶺会(たかみねかい)の真栄城安里(まえしろ あんり)しても、寧野(しずの)のことは消えて欲しいのだろうが、寧野(しずの)一人を動かしたせいで大きな騒動に発展するのをみれば、手を出すべきではないと判断しただろう。
「安里(あんり)に関しては依然魂胆はそんなものでしょうし、鵺(イエ)に対しての不信感からの行動でしょう。本気で寧野(しずの)様を排除しようと考えていたなら、今回は失敗したという事実のみが伝わっているでしょう。それに安里(あんり)本人が動くことはないということが分かっている以上、警戒するのは別組織となりますし」
 つまり今まで通りに周りに気をつけて、外国人は特にということらしい。
「鵺(イエ)といえば、情報が入ってきました。胡高黒(ホゥ ガオヘイ)が殺されたそうです」
 そう志智(しち)が言った。
「……高黒(ガオヘイ)が?」
 高黒(ガオヘイ)に会ったのは、貉(ハオ)を壊滅させた時だけだ。それから鵺(イエ)に連れて行かれ、彼の消息は寧野(しずの)も知らない。彼が何を知っていて何を知らないのか、それは鵺(イエ)にすべて任せた。
 もう復讐は終えていたから。
「ええ、隔離されていた場所が俐皇(りおう)に漏れたと考えた方がよろしいということでした」
「やっぱり……俐皇(りおう)なのか……あいつ何してんだ?」
「金糸雀(ジンスーチュエ)に一つでも繋がりがあるものを殺しているのでしょう。彼の内情は分かりかねますが、金糸雀(ジンスーチュエ)が脅威である事実は俐皇(りおう)にも分かっているのでしょう。幸い、俐皇(りおう)にとって寧野(しずの)様が大事である今は寧野(しずの)様が殺されることはなさそうですが、寧野(しずの)様を殺してなり得る金糸雀(ジンスーチュエ)一族はすべて殺してしまうでしょうね」
 志智(しち)の言葉に寧野(しずの)が目を見開く。
「まさか……」 
 寧野(しずの)を殺させないために、金糸雀(ジンスーチュエ)候補になりそうな者達を殺して回っている?とは口に出して言えなかった。
「俐皇(りおう)め、余計なことを」
 寧野(しずの)が困って固まってしまっていたところに耀(あき)が帰ってきた。
「……耀(あき)……」
 不安そうに耀(あき)を見上げた寧野(しずの)に、耀(あき)は額にキスをしてから言った。
「あいつが勝手にあいつの事情でやってるだけだ。お前が頼んだわけでもないし、望んでもいない。その事実だけ受け止めておけ」
 耀(あき)がそう言うと、寧野(しずの)はやっと不安な顔をやめた。そうなのだ、寧野(しずの)はそんなことで延命をされても嬉しいとは感じない。たしかに金糸雀(ジンスーチュエ)一族が生きていれば自分が殺されてしまうかもしれないのは事実である。それでも寧野(しずの)は簡単に殺されるつもりもなかった。
 俐皇(りおう)がやってることは俐皇(りおう)の事情があるからだ。
「お前の命を、あいつが右へ左へできるなんてことはあってはならないことだ」
 耀(あき)がそう言って、寧野(しずの)も頷く。生きるも死ぬもその時の運次第のことだ。そう思って寧野(しずの)は生きてきた。その足場が俐皇(りおう)のお陰であると思いたくはなかった。
「それで、俐皇(りおう)の方は?」
 耀(あき)はそう言いながら椅子に座った。
 それを見てから寧野(しずの)はコーヒーを入れて皆に出した。
「ドイツで見かけたという話がありましたが、最近のクトータの動きを見ていると、本腰を入れ始めたと思って構わないかと」
「ふん、潜伏した九十九(つくも)の動きも分からないままか?」
「さすがに潜伏のプロとなりますと、また誰かになりすましてのことでしょうから、難しいことです。あれは表に出てくるまで手の出しようがありません」
 そう言われて耀(あき)は舌打ちをしてしまった。
 俐皇(りおう)に後れを取ることはなくなったつもりであるが、それを育て、父の代わりだった叔父、宝生楸(ほうしょう ひさぎ)すら、手玉に取るような九十九朱明(つくも しゅめい)の行方が分からない方が耀(あき)にとっては不安だ。
「とりあえずは……金糸雀(ジンスーチュエ)伝説の証明がしようがなくなったってことだよね……」
 寧野(しずの)がそう言い、耀(あき)は頷く。
「寧野(しずの)がどうこういう問題ではなくなった。世界の誰かが金糸雀(ジンスーチュエ)伝説を忌み嫌っていて殺し回っていると噂が広まっているくらいだ。今回のデル・グロッソの話も広まり始めるだろうな。真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)の一時解散も噂になっているくらいだ」
 耀(あき)の言葉に寧野(しずの)は何それと首を傾げた。
「最近出回っている噂の一つで、金糸雀(ジンスーチュエ)伝説の噂自体を消したがっている誰かが、金糸雀(ジンスーチュエ)一族を殺し回っているという話がでてきた。さすがに世界中の誰にでもそれが分かるくらいの派手な殺しだからな。調べてみたら金糸雀(ジンスーチュエ)一族だったなんてことが数度続けば、いい加減気づくレベルだ。いらない恨みは買いたくないってツァーリのボスが気をつけろと言っていた」
 耀(あき)はその話をツァーリのボスであるキーマことアキーム・ロベルトヴィッチ・バクシンだ。今でも耀(あき)とは親友と言って付き合いがある。彼はロシアの西側をマトカからどんどん奪い、以前の二倍ほどの力を誇っている。赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)とは現在共同戦線を張っており、お互いの縄張りは犯さない契約で行動しているらしい。
「最近は金糸雀(ジンスーチュエ)に触れると、組織が崩壊するっていう至極真っ当な噂も出回っているおりますが」
 志智(しち)が笑いながらそう言った。
 久山も笑っている。
 寧野(しずの)はそう言われて、ふと考えた。
 寧野(しずの)に危害を加えそうになった組織、例えば和青同(ワオチントン)辺りも消えてしまったし、煌和会(ファンフォフゥイ)は鵺(イエ)との抗争に敗れ、香港から撤退する羽目になっているし、今回は真紅(マリーノヴィ・ツヴェート)が一旦解散された。
 残っている俐皇(りおう)は個人であったけれど、本拠地にしていた島は和青同(ワオチントン)に爆破され、損害を受けている。
 今回は元々の依頼をしたデル・グロッソ家もまたもやボスを失うという愚行を犯した。
 寧野(しずの)が何かやったわけではないが、動けば撃たれるとばかりに抗争に巻き込まれている。
 まだ被害を受けていないのは、間接的に請け負ったマトカと高嶺会(たかみねかい)であるが、その事実を知るものは少ない。
「このまま寧野(しずの)に触れると金糸雀(ジンスーチュエ)の呪いにかかるみたいな噂が広まってくれれば、寧野(しずの)に手を出すのはいなくなるかもしれないな」
 たまたまそうなっただけの偶然が重なったことではあるが、実際は寧野(しずの)が巻き込まれているのは事実である。だから寧野(しずの)を動かせば、どこかに損害が出ると認識してくれれば平和な人生が送れそうではある。
「何でもいいから、平和でいたいな」
 寧野(しずの)がそんな感想を漏らしたので、話が終わった志智(しち)と久山が下がっていく。その中で久山が志智(しち)に文句を言った。
「わざわざ寧野(しずの)さんの不安を煽らないでもよかっただろう」
「そういうな。俐皇(りおう)のことは、寧野(しずの)様にとってトラウマから解放され、懐柔まではいかないにしろ、いい感情を少しでも持たれては困るんだ。だから心が何処にあるのか我々が知っておかなければならない」
「そうは言ってもな」
「分かっているか。もはや寧野(しずの)様は一人の問題ではない。耀(あき)様の問題でもない。我ら白鬼(なきり)の問題なのだ。寧野(しずの)様が今更抜けると言うことはもう許されないくらいに白鬼(なきり)の中に入り込んでいる。だからこそ、土台一つが揺らぐことで白鬼(なきり)が消えることもあることをしっかりと認識してもらわねばならんのだ。甘いことを言うのはお前や阿門(あもん)に任せているからな」
 そう志智(しち)が言うので、久山も仕方ないというように頷く。
 久山が寧野(しずの)に甘いのは、絶対に裏社会から抜けられない寧野(しずの)を可哀想だと思っているからだ。組長をやっていた久山でさえ、抜けることができるのに、何も持っていない寧野(しずの)が裏社会から抜けることができない血筋であるという理由だけで、絶対に一般人になれない未来があまりにも可哀想だと思えて甘くなる。
 だが志智(しち)はそうならそうとして受け入れて、強く生きてもらいたいと言っている。耀(あき)の側にいるならしっかりと立ってもらわないと困るのだ。隣に立つものが揺らいでいては耀(あき)の命にも関わる。
「分かってるさ。寧野(しずの)様も」
「分かっているのと実行できるかの違いを言っているんだ」
 志智(しち)がそう言ったので、久山は笑って言った。
「なに、問題はないさ。耀(あき)様が側にいるんだから」
 久山がそう言うので志智(しち)は言葉を失う。
「お前は基本的に楽観的なんだよな」
「なんとかなるものさ」


 志智(しち)や久山が去った後、寧野(しずの)はいつもと変わらず食事の用意をし始めた。本家でもらってきた食事がほとんどであるので、寧野(しずの)がするのは並べるだけである。栄養関係がしっかりしている本家の食事なので、寧野(しずの)は忙しいのも手伝って最近は料理をしなくなっていた。
 それでも耀(あき)は文句を言わないし、抜ける手は抜いていいと耀(あき)に言われた。その方が本家の料理人のやる気にも繋がるらしい。
 時計は十八時を周り、テレビからは今日のニュースが流れている。
 そのニュースではロシアのテロ爆破事件がまだトップニュースである。
「たぶん、そのテロ。俐皇(りおう)と関係があると思う」
 寧野(しずの)が静かにそう言うと、耀(あき)は黙って先を促す。
「爆破されたホテルの部屋が、その……泊まったところだったから」
 真っ先に爆破された部屋がそうだったと告げると、耀(あき)にもすぐに伝わった。
「ロシア当局にでも目をつけられたか何かだろうな。マトカはまだロシア当局と繋がりがある方だから、マトカの周りをうろつく俐皇(りおう)を逮捕して、こっそり獄中で死んでもらう予定だったかもしれない。だが、俐皇(りおう)はテロリストと手を組んで、けむに巻いたと」
 そう耀(あき)が言い出して、寧野(しずの)はびっくりする。
「お前がニュース見て顔色を変えたから、気になって調べてみた。どうやらロシア当局が俐皇(りおう)の潜伏場所に侵入した瞬間に爆破されたらしい。で、俐皇(りおう)をテロリストにして世界で指名手配しようとしたら、他も爆破され、テロリストが犯行声明を出して俐皇(りおう)の名前を消した。実際爆弾を仕掛けたのはテロリストだから、俐皇(りおう)は巻き込まれた形を立証できる。おまけに当局はそんなことをやっている暇がない。テロリストを捕まえる方に動かないと、国民に批難される。俐皇(りおう)一人に構ってられないときた。やり方が九十九(つくも)にそっくりだ」
 忌々しそうに耀(あき)が言ったので、寧野(しずの)も肩の荷が下りたように息を吐いた。
「言おうとしたけど、確証がなかったから」
「分かってる。そう思ったから調べた」
 耀(あき)の答えに寧野(しずの)は笑って言った。
「もう、耀(あき)には叶わないなぁ」
 そんな笑顔を見て、耀(あき)はふっと笑う。
「明日からまた本社で仕事をしてもらう。お前は取り引きとかに駆り出すよりは、本社で仕事を回してる方が使えるからな」
 そう耀(あき)が言って寧野(しずの)の仕事の方向性を見極めた。
「やっぱデスクワークの方が向いてたかぁ」
 寧野(しずの)はこの一年、色んな仕事を回してもらってある一定期間はやってみたが、やはりやり慣れたデスクワークの方が楽だったことを白状した。
「ちゃんと寧野(しずの)に合っているところで俺のことを助けてくれればいい」
「うん、任せて」
 耀(あき)の言葉に頷いて寧野(しずの)は微笑み返した。
 その笑顔は、耀(あき)の頬を少し赤く染めるような綺麗な笑顔だった。

 ずっと側にいるために選んだ道で、やっと落ち着ける場所が分かった。
 世界はいろいろ回るけれど、生きるべき道は見つけた。
 この世界が酷い世界でも、耀(あき)がいれば生きていける。
 織部寧野(おりべ しずの)が選んだ道は険しいけれど、それでも宝生耀(ほうしょう あき)と共に生きていくと決めた。
 どこにいていいのか分からなかった時から、時間はかかったけれど寧野(しずの)はやっと耀(あき)の隣に立っていると実感したのだった。