novel

everyhome-4

 ほとんど会話もないままに居酒屋まで来た。
 男性は会話はないことはまるで気にしてなかったらしく、普通についてきていた。

「ここです」
 ビルに入っている居酒屋なので、なかなか見つけることは出来ない穴場らしいが、男性もこれは見つけられなかったらしい。

「なるほど、ビルの三階だったのか。これでは見つからないはずだ」

 そう納得していて、とにかく中へ入ることにした。
 三階に着いてみると大雅(たいが)はまだ着いていなくて、仕方なしに那央(なお)は男性と中に入ることにした。
すると男性がこう言ったのである。

「すみませんが、K大の同好会の飲み会がここであったと思うのですが、どの部屋ですか?」

 そう言ったので那央はあれと思った。
 摩鈴(まりん)がその同好会の飲み会に一緒に行っているはずなのだ。

 店の人はその部屋の場所を説明してくれて男性はそこに向かうことになって那央に礼を言うのだが、那央が妙な顔をしているのに気づいて聞いてきた。

「どうした?」

「えっと、もしかしてですけれど、我妻)(あがつま)摩鈴さんの叔父さんですか?」
 那央がそう率直に聞くと、彼は少し驚いた顔をした。

「そうだが、君は摩鈴の友達?」
「はいそうです」
 那央はほっとしたように笑って答えていた。

「もしかして、那央くんかな?」
「え? 名前まで?」
 なぜ名前まで知られいるのか驚いていると、彼はふっと笑って言った。

「摩鈴がよく聞かせてくれていたのでね。もう一人の友達は寺崎くんだったね」

「あ、はい」
 どこまで話しているのかは解らないが、那央と大雅の区別はつくくらいには話していたようだ。

「君までわざわざ迎えにきてくれたのか。まったく摩鈴の我が儘にも困ったものだ」
 男性はそう言うと、颯爽と部屋に乱入した。

 ガラリと部屋のドアを開けると、ちょうど摩鈴が立っていたところだったものだから、摩鈴の目に男性の姿が入って驚愕していた。

「ああああああああ!! 侑(ゆう)さん!! ええええ、那央となんで一緒なの!?」
 そう叫んだのである。

「侑さん?」
 きょとんとして那央が男性を見ると、男性はにっこりして頷いた。

「そうだ。名乗ってなかったね。氷室侑(ひむろ ゆう)だ、よろしく那央」
「あ、はいよろしくです」
 差し出された手に手を重ねて握手すると、摩鈴が猛烈な勢いでやってきて、その手を切るように手を振り下ろして握手を切った。

「なんで、侑さんがくるのよ! てっきり馨(かおる)さんかと思ってたのに!」
 どうやら摩鈴が予想していた厳しい叔父さん以上の厳しい人が来てしまったようで、摩鈴の予定が狂ってしまったらしい。

「その馨から頼まれた。摩鈴、帰るぞ」
 有無を言わせないそんな口調だ。

「ええええ、もう、なんで……もう」
 摩鈴は往生際悪くしていたが、侑に腕を引っ張られると諦めて帰ることにした。
 那央は摩鈴が可哀想だなと思ったが、近頃遊び回っていたと本人が行っていたように身内が心配して連れ戻しにくるのだから、よほど摩鈴が羽目を外しすぎたのだろうと思った。

「摩鈴、荷物どこ?」
「あーあっち」
 逃げられないように腕を捕まれているから、取りに行けず、那央が中の人にお願いして取ってきてもらって受け取った。

「あの、摩鈴大丈夫なの?」
 摩鈴が騒いでいるのにそれを無視して引きずっていく背広の男がいるのだから普通は心配になるだろう。

「ああ、大丈夫です、家の方が迎えにきただけですので、お騒がせしました」
 那央はそう言って待ってくれている侑と摩鈴を追いかけてレジに向かった。そこで大雅にも出くわして、なんだこれはという状況になっていた。

 とにかくここではなんなのでと、侑が乗ってきた車に乗せてもらって自己紹介をしあった。

「こっちが那央で、こっちが大雅。んで、これが今日話した、叔父さんの一人、氷室侑ね」
 酔っている摩鈴が簡単に説明をする。
 自分の予定が狂った摩鈴は、これから起こることが予想出来ているのでなんだか投げやりであった。

「氷室ということは、あの氷室グループの副社長ですか?」
 大雅は覚えていたらしく、そう言った。

「そうだ」
 侑がそう答えると、那央はやっと納得した感じで頷いた。

「経済誌でみたんだった。どこかで見た顔だと思って思い出そうとしたんですけど、なかなか人の顔覚えられなくて……」
 那央がそう言うと、侑の視線が痛かった。何かマズイことを言ったのかと思ったが侑は何を言うでもなく話題を別に移した。

「悪かったね。うちの摩鈴が何か企んでいたようで、それに巻き込まれたんだよな」
 そう言われて慌てて那央が訂正する。

「いえ、企むなんて、ただ迎えに行った方が摩鈴が帰りやすいと思って」

「ええ。今日は幹事なので抜けられないからと言っていたから、抜けられるようにと」
 大雅もそう言って、摩鈴が企んだわけではないと説明する。

「なるほど、二人も迎えに行ったらさすがに抜けられると思ったのか」
「うん、そうよ。実際抜けられたし。次から誘いも断れる」
 摩鈴はそう言って笑っている。

「こんなのと付き合っていて気苦労が多いな」
 酔っている摩鈴は手に負えないのは確かだが、普段は彼女の面倒見の良さは評判なのだ。

「そんなこと、ないですよ。いつもお世話になってますから」
 那央が本当に世話になっているのだとそう言うと、侑は少し考えてから言った。

「摩鈴と付き合っているとか?」
「へ?」
 付き合っているが二回出てきた、ということは後の質問はどう考えても、恋愛で付き合っているかと聞かれているわけだ。

「そんなことありません。安心してください」
 身内として摩鈴と付き合っているものがいたら知りたいのだろうと思ったが、それは那央ではないし、大雅でもないのだ。

「そうか、それで君には恋人がいたりとか?」
 侑の真剣な目が那央をしっかりと見て聞いてきた。

「え? あの、いません」
 那央は一瞬驚いたが、とりあえず自分には恋人はいないのでいないと答えた。 

「なるほど」
 えーと、何故自分に恋人がいるのかと聞かれたのか那央は分からなかったが、話の流れでそうなったのかと納得する。

「大雅くんの方は?」
 侑が話を向けると大雅は手を挙げて言う。

「彼女いますよ。相手は別の学校の子ですが、付き合ってまだ一ヶ月なのと俺のバイトのことで衝突しあってます」
 大雅はにこりとして答える。それもまた楽しいことなのだと顔が笑っているのでわかる。

「おやおや大変だね、生活費は自分で?」
「そうです」

「那央くんは、バイトは……無理そうだね」
 侑は那央にも話を振ったが那央に普通のバイトが無理なのは見れば分かる。

「……あ、はい。普通のバイトとか、ちょっとむいて無くて。接客業とか立っての労働はちょっと今は体力的に無理だと言われて。事務系の淡々としてるものを今探してます」
 さすがに接客は性格的に向いてないと大雅に言われていたので諦めている。でも学生がする事務仕事のバイトはなかなか見つからない。

「ああ、パソコンに資料を打ったり、コピーとったり、買い出し行ったり?」
 すぐに侑はそういう仕事に向いていると悟ったのだろう、具体的な話を出してきた。

「ええ、そうです。それくらいならやれるかなって」
 まさにそういう仕事だ。事務の雑用なら、出来そうだと見られていたらしい。元々働くということをしたことがないので、事務仕事もどこまでやれるかは解らないが、接客よりは黙々とやれる方が向いていた。

「侑さん、まさか……」
 酔っていてふてくされていた摩鈴が慌てた様子で侑にしがみつく。

「まさかさ」
 そう言って侑は綺麗に笑う。

「うそーん、まさかそんなこと……」
 摩鈴が一人で頭を抱えている。だがそんな摩鈴を無視して侑は那央に言う。

「良かったら、私に紹介させてもらえないかな? うちの事務系でそういう子をほしがっているところがあってね」
 侑はそう言って切り出してきた。その言葉に那央はキョトンとする。

「え? あの、いいんですか?」
 そういうバイトがあるなら紹介してくれるなら乗っかる姿勢の那央。社交辞令かもしれないがやる気は出しておくことにした。

「海都(かいと)と特に摩鈴が散々世話になっているようだからね」
「はい、ありがとうございます」

 社交辞令だろうし、まあ、返事をしておくだけで向こうはした気になるだろうと思って那央は受ける返事をした。
 大会社の副社長がまさか学生のバイトを斡旋するとは思えないのだ。

 この場の冗談だと思っていた方が気分的にも楽だ。
 那央はそう思って返事をしていた。
 何より電話番号さえ聞かれもしないのだから、その気はないのだろう。

 家まで送るという侑に大雅と那央は辞退して途中から電車で帰ることにした。
 ちょうど終電であるし、大雅とは同じ駅で降りるからだ。
 車を降りた後、電車を待っていると、大雅が話しかけてきた。

「那央、お前、氷室さんと前に知り合っているのか?」
 そう聞かれて那央は首を横に振った。

「ううん、知らない人だよ。どうして?」
 どうして知り合いだなんて思ったのだろうか。大雅がこういうことを言うのは始めてだった。

「いや、でも向こうは那央のことを知っているようだった」
 大雅はそう言って首を傾げる。あの人は知っているような態度だったと。

「摩鈴に話は聞いていたって言っていたから、それじゃないの?」
 那央はそう言う。相手もそう言っていたからそういうことじゃないかと。

「いや、そうじゃなくてな……まあ、もう会うこともない人種だしな」
 大雅は向こうの知ってる風な態度は気になっていたらしいが、途中で考えることを放棄した。

 ――――――もう会うこともない人種。
 その言葉は那央に重くのしかかった。そう世界が違うのだ。

「うん、そうだね」
 ちょっと寂しいがそれは仕方ない。住む世界が違いすぎるのだ。

 前の那央なら、おまけとして知り合ったとしても十分だったが、今や養父だったものにさえ見捨てられて、親類なども一切居ない那央には望みが高すぎる人なのだ。
 そう思わないと、なんだか未練があるようで嫌だった。

 もう一度会ってみたいだなんて、惨めな望みは。