novel

everyhome-5

「侑(ゆう)さーん、宅急便でーす」
 副社長室に間抜けな声が響いた。

 地上40階の副社長室の窓から見える景色は一面ビル街である。
 このビル自体は50階まであるが、40階から上は機密ルームと呼ばれていて、誰も入ったことはない。
 そのぎりぎり40階にオフィスを構えている副社長室は実質は社長室と同義に扱われる。

 それは社長室となんら変わらない機能を果たしている場所だからである。
 そんな部屋に一日中座って書類を回している彼、氷室侑(ひむろ ゆう)は今日はいつもより機嫌が悪かった。

「お前も遊びか。たく、なんでうちのものは全員バカンス脳をしているんだ。総帥はお年だからいいとしても、会長や社長までバカンスの会社など見たこと無いぞ」
 侑は書類から目を上げずにそう愚痴を漏らす。
 入って来た氷室馨(かおる)は、あちゃという顔をしてこそっと秘書の伊達に聞く。

「なに、また社長に逃げられたの? 今度は何に目覚めたんだ?」

「……花火だそうです」
 途方に暮れたように伊達は言った。

「また、そんなものを……資格持ってるんだっけ? あの資格魔は」
 ギョッとするのは馨だ。真剣に社長の資格について思い出してみるが、それがあまりに膨大な為、そこまで持ってたかと首を傾げた。

「残念なことに持ってらっしゃいます……なので困ってます」
 実は秘書室には社長の資格管理という部署があり、社長がどんな資格を持っているのか一覧にして出せる環境だ。ただでさえ忙しいはずの社長なのに、何故か何十何百といい資格からくだらない資格まで持っているという資格マニアなのだ。

「いや、今年の夏限定ってだけでもいいんじゃない? あの人一作大作作ると飽きちゃうからさ。彫刻とか絵画とかよりは」
 夏限定で4月の今居なくなったのなら、7月の花火発表会で一発あげて返ってくる計算になる。たった三ヶ月だ。

「ああ、そういう時もありましたね……」
 伊達の目がふっと遠くなる。その時は一年くらい帰ってこなかったのだ。

 大体社長の氷室伊織(いおり)は、飽きっぽい性格をしていて、何をやらせてもすごいものを作るのだが、それを作った時点で飽きてしまい、その後続けることが出来ないのだ。

 芸術家としていろんな賞をもらって、さらには天才といわれていても彼にはただの遊びにしか過ぎないのだ。

 ここ数ヶ月はみっちりと会社の仕事を済ませてから出かけているので、また腹が立つやらなんやら。それを運営していくのは時たま会長が顔を見せて指示するだけで、あと全部が侑に回ってくるのだ。

 唯一氷室家で真面目な仕事をするのは侑くらいで、ここにいる馨でさえ、時たま遊びに熱中してしまうこともある。しかし、馨はほとんど補佐として仕事をしているので、用事がない時は遊ぶのである。
 真面目なだけ損をする、そんな氷室家である。

「それで、遊んでいる氷室馨くんは何しに来たのか?」

「宅急便っていわなかった?」

「だから、何を宅急便してきたんだ? 社長だったら万々歳だぞ」
 侑がそういうので、よほど余計な作業を社長はおいていったらしい。

「いや、それより喜ぶものを持ってきました。じゃじゃーん、藍沢那央(あいざわ なお)の身辺調査表」
 馨がそう言ったとたん、侑が視線をあげた。

「お前、なんで」
 昨日知り合ったばかりの那央のことを早速調べられるとは思わなかったので驚いてしまった。だが、そうではなかった。

「前に気になってたとかいってたじゃん。新幹線ホームで出会った子の話。そこからずっと追ってて見つけましたということです」
 半年前に出会った、あの青年の話だった。それが藍沢那央に行き着くのは当然だとしても、半年もかかったのは意外だった。

「それにしては時間がかかったな」
 正直に感想を漏らすと、馨は顔をしかめて言う。

「それがここ半年様子がアレだったんで、心配になった探偵さんは那央くんが元気になるまで報告書を隠蔽してらっしゃったんですわ。で、昨日貴方の車に乗るのをみたので、もういいかなと判断しての提出です」

「なかなかいい判断だ。ちょうど、お前のところの探偵にお願いをしようかと思っていたところだったからな」
 侑はさらっとそういうことを言う。
 昨日那央に会ってから絶対にあの時の子だと確信がもてたからだ。

「あ、やっぱり当たりだったんだ?」
 半年前の青年が確実に那央だと解っているかのように言う侑に、もう確かめたのかと拍子抜けしたらしい。けれどそうではなかった。

「いや、向こうはさっぱり覚えていないらしい。私の顔を見てもなんの反応もなかった。その後は経済雑誌で見たかもくらいの反応だったな」
 侑が昨日それをいわれた時はショックだった。
 自分を励ましてくれた人は、励ました人を覚えてなかったからだ。

 だが、あの時も彼は混乱していたのだろうから、話しかけた人までは覚えてないだろうと思い直した。

 そこで誘いをかけたのだが、これもなにやら普通の社交辞令と思われてしまった。
 
 普通、氷室の副社長から仕事を紹介してやると言われたら、冗談でも携帯番号くらい教えて、期待はしないが期待はしているという態度を取るものだ。
 まったく節度を弁える術をよく身につけているのものだ。あまりに控えめすぎて、うっかり電話番号を聞き返すのを忘れてしまったのだ。

「馨さん、今は仕事中ですので、後にして貰えませんか?」
 仕事をしているときに気になっているものを出されると困るという伊達に、侑が言った。

「お前が取れ取れ言う、昼休みにする」
 そう言って、馨から資料を受け取る。さっさと仕事を放り出した侑に伊達は慌てて叫ぶ。

「私が取ってくださいと言ったのは、食事のことですよ。休みじゃないです」
 食事をしながらでも出来る仕事があるのでそう言い返したが、それには馨が笑って返してくる。
 
「そんなこともあろうかと、さっき知り合いの料亭に弁当頼みました。伊達のもあるよ。自分もここで食べるのでよろしく」
 よろしくとは受け取ってきてくれと言う意味だ。にっこり笑って兄弟で会食しますと言われては、これ以上突っ込んでいけない。
 この一族は、遊ぶ、休むにかけては真面目に取り組む一族だ。邪魔しようものなら、邪魔したものの休みに報復がやってくる。

「分かりました、届けてくれるんですね。下で受け取ってきます」
 なんだか泣きそうになりながらも伊達は部屋を出て行く。
 休み時間となれば、自分も休み時間だからだ。用事がない限りは部屋を出る。

「しかしタイミングがいいな」
 昨日知り合ったから今日中に調査報告を持ってくるにしても、侑が退社後に那央に連絡を取ろうと画策する暇もなく持ってこられるとは思わなかった。

「そりゃもう、本気で落とそうと思ってる相手が目の前にきたんだから、さっさと面倒な仕事片付けているんじゃないかと思ってねえ。最速で持ってきてくれたよ。大当たり、うは、これ次は俺に回ってくるのかあ」
 侑の前にはかなりの量の採決する資料がある。

「ちょうどいいから、持って行け。そっちは終わったやつだ」
 そっちといわれたてんこ盛りにされた資料の山を見て、馨は呟く。

「……多いんですけど」
 当分、この資料にかかりっきりになるなと気が遠くなるものだ。

「それにしても、その子大変だったみたいだね」
「読んだのか」
 侑はさっそく調査表を受け取って開いてみたが、先に馨が読んでいたことにつっこんだ。

「そりゃ、自分が依頼主ですから。父親に捨てられて、母親と二人、囲われるように暮らして、さらに母親が死んだら、囲っていた相手の養父にも捨てられてか。大人の身勝手に振り回された20年。ほんとうに寂しいね」
 養父に捨てられてというのは少し違うが、二十歳になったとたん、那央には親類縁者は誰一人として居ない状態にされたのは間違いじゃない。
 養父との関係はすでに精算されていたからだ。

「寺崎大雅(てらざき たいが)が転校してくるまで、友達もいなかったらしい」
 素早く資料を読みあさっていると、そういうことが書かれている。

「だねえ、人と付き合いうことに恐怖感というか絶望していたんじゃないかな? 大雅くんも相当なもんだったけれど、そこは彼の方が大人だったから今の状況があるんだと思うよ。大雅くんの方も入れておいたから」
 どうやら那央と親友という立場にいる大雅のこともしっかり調べていたらしい。一応は間柄を心配してのことだ。二人がこっそり恋愛関係にあるかもしれないと心配したのもある。

「……ああ、寺崎、どこかで聞いたと思ったら、地方議員の息子か。誘拐されたことがあると言っていたが、それが大雅だと」

「そう、それで家庭内はむちゃくちゃだったみたいだね。同情しちゃ悪いけど、同情したくなる境遇の二人がさ、二人で友情築いて前に向かって進んでいるなんてさ、泣ける話じゃないか」
 とわざと泣けそうだという態度を取るが白々しい馨。
 こういう馨もそれなりに酷い人生である。

「泣きもしないくせに。しかし、高須賀(たかすが)か。あそこはまた危なくなってるじゃんなかったか?」
 資料の中に、那央の養父は高須賀と出ている。その資料も入っていて、業績を見るにかなり危ない経営になっている。

「息子が馬鹿でさ。那央くんじゃない本当の息子な。あれが問題児でいろいろやらかしてるからほされるんじゃないかな、あの業界」
 高須賀の噂は結構出回っていて有名な方だ。特に息子の使えなさはさらに有名で、高須賀は息子の代まで持たないという話だった。

「ふーん。まあいい。これもらっていいんだな」
 そう言って侑は資料を振ってみせる。

「いいよ、俺には必要ないし。お弁当ここで食べさせてね」

「しかしよく調べてあるな、自宅は分かっても、電話番号まで……お前の探偵どうなってんだ?」
 個人情報なんて丸裸にされている資料を見ると、探偵のすごさを思い知る。どうなってんだ?と。

「蛇の道は蛇っつーでしょ、そのへん突っ込んでやらないで。欲しかったんでしょ、携帯の電話番号〜♪ 自宅には電話ないらしいから携帯だけだしねえ」
 そこら辺りの詳しいことは馨にだって分らない。ただ探偵が使える存在であることは確かだった。

「これはラッキーだな、さっそく」
 侑がさっそく会社の電話を取り電話をかけようとしている。

「え? かけるの?」
 馨が驚いたようにそう聞き返した。

「バイトを紹介する約束をしたのでね」
 侑はそう言って番号を打ち込み、もうすでに登録してしまっていた。

「はえー手配はえー。当然、自分が見られる位置なんだよな」

「もちろん、秘書課の雑用をしてもらおうと思ってね。秘書課のお嬢さんたちはみんな爪研ぎに忙しいとおっしゃるので、全員出て行ってもらう予定なんだ」
 侑はこのところ問題になっているところも一緒に片付けようとしていた。

「自分が女性嫌いなだけじゃん」
「有名だからいいだろう。前から秘書課は一掃する予定だったんだ。ちょうどいい口実でもある」
 侑は極度の女性嫌いだ。失礼にならないような態度は取れるが、恋愛、結婚なんてとんでもないと思っている。それくらいに女性が嫌いなのだ。ある意味トラウマでもある。

「ふーん、いいんだけどね。邪魔だしあの人たち」
 馨はそう言う。彼もまた他の女性には興味ない人だ。
 そこに伊達が戻ってくる。

「秘書課の一掃計画なさるんですね。助かります。それなら、バイトの一人でも二人でも好みの方でいいですよ」
 秘書課の室長でもある伊達には、爪研ぎだけして給料を持って行く邪魔な存在はいらないのだ。

「専門家からも苦情がくるくらいだからな。さっそく通達。お嬢さん方には帰ってもらっていい」

「はい、了解しました」
 そうして秘書課は一掃され、下に居た部署の人たちはやっとかと嬉しがって侑の判断を指示し喜んでいた。