novel

everyhome-6

 講義の時間の間があいたので、一旦食事を取りに戻る時、那央(なお)は大雅(たいが)と一緒になった。

 大雅はもうこの日の授業はなくて、今日もまた冷凍ストックを足しにやってくる予定だったから付いてきた。

 そうしてストックの材料を買い物してきて作っていると電話が鳴った。
 この家には固定電話はない。だから鳴っているのは携帯電話だ。しかし音が登録している人からのものではなく、どうやら別の人らしいので、一応何かの勧誘かと思いながら出る。

「はい……あ」
 かけてきたのは、昨日会ったばかりの氷室侑(ひむろ ゆう)からだった。

『昨日はありがとう』 
 すごく優しい声で言われて那央は少しびっくりした。
 昨日の厳しさ含んだ声とは明らかに違っていたからだ。

「あ、いえ」
 返事をする声が少しだけ震えたのは緊張してしまったからだ。

『今日は昨日約束したバイトの件で電話をしたのだけれど、今時間はいいかい?』
 そう言われて、那央は戸惑った。

 あれは社交辞令であって、そんなに急に手配されるようなものではないと信じていたからだ。それにまさか本当にバイトが入るとは思ってもみなかったのである。

 社交辞令じゃなかった? え?
 一瞬でパニックになった。

「あ、と、ちょっと待ってください」
 那央はそう言って一旦保留にすると、大雅に向かって言った。

「ど、どうしよう、昨日の人、侑さんに、バイト紹介されそう……」
 野菜などを袋に詰めて冷凍庫に入れていた大雅が驚いたように立ち上がった。

「バイトってあれか……やっぱり本気だったのか」
 大雅はそういってうむっと考える。
 やっぱり本気ってなに? 当然那央は気づいてないことだ。

「え? 本気って?」
 那央が侑の視線に気づいてなかったことを知った大雅は慌てた。

 あれほど熱心に那央のことを探り、恋人はいないのかとか、親友だという大雅に恋人がいると分かると、あからさまにほっとしていたのとか、そんなのにさえ那央は気づいてないというのだ。

 鈍いとは思っていたが、ここまでとはさすがの大雅も驚く。

「いや、向こうが那央に興味津々という感じだったんでな。社交辞令にしちゃ熱心だったから変だなとは思ってた。でも電話番号なんていつ交換したんだ?」

 あの時は大雅も一緒にいたので、携帯番号を交換していないのは知っていたし、向こうも名刺を出すわけでもなかったから、那央は何にも知らないはずのだ。なのに向こうはかけてこられた。わざわざ調べたのかどうかしたのか。

「してない……」
 聞かれてなかったから、当然この話もなかったことだと思っていたのだ。

「じゃあ、摩鈴からか?」 
 大雅はそう思って摩鈴にかける。すると摩鈴は教えてないとはっきり言った。そしてなんでバイトの話が本当になってるんだと怒っている。

「摩鈴は知らないってこれから叔父さんに電話するとかなんとか叫んでたぞ」
 摩鈴を疑ったのは悪かったが、電話番号が漏れる経緯がそこしかないのだ。 

「あ、なんか、大騒ぎになってきた? あ、電話」
 那央は侑からの電話を放置していたことを思い出して出る。

「す、すみません。お待たせして」
 慌てて出ると向こうはくすくすと笑っていた。どうやらこっちの騒ぎを予想していたみたいな笑いだ。

『ああ、もしかしてバイトの話は社交辞令だと思ってた?』
 那央がまったく期待してなかったことはとっくに見抜かれていた。

「あ、えっと。……はい」
 じゃあ、番号はどうして?と思っていたら向こうから言ってきた。

『電話番号知っていたことにも驚いた?』

「はい……」
 なんでここまで分かっているんだろうか?
 こっちが何か言う前に向こうが先回りしてくる。

「あの、なんでですか?」
 そこが不思議で仕方なかったのでそう聞くと意外な答えが返ってきた。

『昨日、摩鈴が寝ている間に携帯を見たから』 
「あっ……」
 それなら、確かに可能だ。

 摩鈴は見せてないと言っているけれど、侑が知っているのは盗み見なのだ。それなら知っていても不思議はない。知ろうとして盗み見ているのだから。

『納得して貰えたかな?』 
「……はい」
 相手はなんでもお見通しらしい。
 今摩鈴から折り返し、大雅に電話があったらしく、どうやら心配無用だったらしい。

『それでバイトの件なのだが、新しいところは決まった?』 

「いえ、昨日の今日ですし、まだどこも」

『よければ、見学にきてみればいい。それから決めてもいいんだよ』
 どうやらどうしても来て欲しい状況みたいな言い方だ。
 これは見学に行ったら絶対断れないだろうなと思ったが、那央は少し興味がわいてきていた。

 今自分はバイトでもなんでもして前に進まなければいけないのだ。
 それに、この電話をかけてきた主には興味があった。  

「あ、はい、分かりました。それでいつお伺いすれば?」

『明日でも明後日でも、時間が空いた時に受け付けに言ってくれれば対応するよ。この番号にリダイヤルでもいいよ。出来れば登録しておいて欲しい』 

「はい、分かりました。それでは、明日お伺いします」   
 那央はそう言って電話を切った。        

「なんだ? 全部向こうが親切だっただけなのか?」
 大雅がそう言って摩鈴との電話を終えていた。

「摩鈴、侑さんに電話したの?」

「したら、別の人が出て、副社長が勝手に携帯見たのだろうって言ってるとか言ってたが」
「うん、本人認めたから。摩鈴が見せたわけでもないし、もういいよ。悪用されたわけじゃないから」

「まあな、なんかあれば摩鈴に言えばいいだろう。あいつんところの親戚だしな。バイト受けるのか?」
 大雅は携帯をしまいながら聞く。

「心配だったら見学に一度くればいいって……だから明日いってくる」
 相手に促されたとはいえ、那央にしては即決だった。

「いつになく積極的だな、どうした那央?」

「うん、なんか分からないけど、すごく気になる……」
 那央はそう言って冷凍ストックを作る作業に戻った。
 大雅もこれ以上聞いても那央は何となくと言うだけで答えないのは分かっていたから聞かずに、ただ一言言った。

「なんかあったら電話しろ」
「うん、ありがとう」
 こういう時の大雅は頼りになる。そうして自分たちは大学まで一緒に来たのだ。

 けれど、大雅に彼女が出来たのを機に、二人の距離は段々と開いていく。

 那央は大雅だけが前にどんどん進んでいる気がして、自分だけ置いて行かれる気がして、そうしているのは自分が動かないからなのだと分かっていたから、このバイトの話は本当に渡りに船だった。

 何も変わらないで前に進めはしないのだ。
 自分から動かないとどうしようもないのだ。
 今は前に進むことをするだけだ。